2017年11月17日 (金)

脱原発奈良でも行動(268回)

友を送ったあとに、奈良まで行く。

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脱原発奈良でも行動に参加した。今日で、268回目。どんな天気でも、毎週行っている。友人のAさんは毎回参加している。私は足をケガしたこともあり、本当に久方ぶりであった。

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奈良旧駅舎前で、簡単な集会のあと、デモ出発。「原発、要らない!」「再稼働、反対!」など、腹の底から声を出してみんなでアピールする。塾や病院の前では中止。ゴミを拾いながら歩く人もいる。
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関電前では、再稼働に走る関電に対して、怒りを声に込めて大きな声でシュプレヒコール。
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再び奈良駅までコールしながら歩く。
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まとめの集会。「脱原発ソング」をみんなで歌う。(もしもし亀よの曲に合わせて)

1番「原・原・原発・原発よ おまえは危険が多すぎる 今こそなくそうこの世から」

5番「金・金・金曜・金曜日 全国津々浦々で 原発無くせと声上げよ」
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声を大きく出しすぎて、喉がからからであった。Aさんと、原発や政治、教育のことなどを話しながら、加茂まで帰る。

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友来たる

昔の職場の友が二人、数十年ぶりに加茂を訪ねてきた。山の家で待ち合わせをして、石仏の里を案内する。紅葉日和で、歩くのに最適であった。

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浄瑠璃寺の紅葉は、ちょうど見頃であった。光の加減によって、ますます赤が際立つ。境内では、スケッチをする人が何人かいた。
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塔尾茶屋で、とろろうどんを戴く。とろろが多くて、うどんが見えないくらいであった。昔ならきっと飲んでいたであろうが、みんな歳を取ってしまった。Rimg_0994_r
浄瑠璃寺から岩船寺にかけての道は石仏が散在して、「美しい日本の歴史的風土」、「美しい日本の歩きたくなる道」に選ばれている。「わらい仏」「眠り仏」「三体地蔵」など、どれをとっても心ひかれる仏さまだ。友も熱心に見入っていた。Rimg_0995_r
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門前の店で、しばし買い物。
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岩船寺に参る。本尊は、像高約3m欅造りの阿弥陀如来座像である。友もその気高さに息をのんでいた。この辺りで一番高い貝吹き岩まで、境内の山坂を登っていく。しばらく昔の頃の四方山話に花を咲かせる。また、本堂まで戻り、周辺の石仏を案内する。

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車を停めたところまで引き返す。吊し柿が陽を浴びて、甘さが増しているだろう。
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最後の石仏は、一願不動。一つの願いを叶えてくださるということだが、友は何をお願いしただろうか。
自宅まで帰り、妻を交えて一時間余りゆったりとお話しをする。昔だったらここで酒宴となるのであるが、私を含めて自重するようになった。少しさびしい気持ちがしたが、仕方ないのかも知れない。

すっかり外は暗くなっていた。

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2017年11月13日 (月)

NHK問題を考える奈良の会

NHK問題を考える奈良の会に所属しておられる、同じ団地のAさんと一緒に奈良地裁まで行く。放送法遵守義務確認等請求事件で、NHKを被告として集団訴訟で訴えている。今日は第3次集団訴訟(22名)の第1回目の口頭弁論がある。第一次(45名)、第二次(58名)に分かれているので、集団訴訟の併合(一本化)を求めているが、地裁は応じないらしい。Aさんは原告の一人である。

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奈良地裁は、奈良公園の近くにある。周辺の木々は色づいてきている。

開廷したが、たいへん呆れてしまい頭に来たことがある。それは、被告席のNHKの弁護団が誰一人出廷しなかったことである。原告が負けると、なめているとしか言いようがない。悔しいので、勝訴して見返すしかないであろう。
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放送法第4条には、「政治性の公平、報道は事実を曲げない、意見が対立している問題には、できる限り多くの角度から論点を明らかにする」とある。

しかし、今のNHKは第4条とは真逆のことをやっており、現政権に肩入れしすぎで「安倍チャンネル化」している。そのようなNHKの報道の現状の是正が図られない限り、受信料の支払いを一部留保するというのが、訴訟の趣旨である。至極当然の主張である。

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NHKは公共放送としての本来の役割を果たして、公平で多様な情報を提供して欲しい。しかし、辺野古の米軍基地建設に限っても、政権側の報道ばかりである。毎日反対の座り込みをしているウチナーンチュのことなど、報道したことはない。

政治や政権党の圧力に屈しないことこそ、NHKは大事にすべきではないか。高い受信料を払わされている者にとっては、現状はあまりにも耐えがたいことである。
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口頭弁論が終わり、近くの興福寺に参る。ようやく怒りが少し薄らいでいく。
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東大寺周辺を紅葉狩り。池にも映り、二重に楽しめる。
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五劫院に参る。見返り仏にお会いするためである。見返り仏の、その動きがおもしろい。
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夕日地蔵に参る。朴訥な表情が大好きである。
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般若寺に参る。コスモスはもう終わっていた。
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NHKの大本営発表は、即刻是正すべきである。現状では、受信料など支払いたくない。

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2017年11月12日 (日)

はじめての木彫教室

加茂山の家で、「はじめての木彫教室」が行われた。石仏の里の当尾にある山の家で、「心静かに仏像を彫りませんか」というのが趣旨である。

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幸いに抽選に当たり、ワクワクしながら参加した。10数人の老若男女が参加していた。

先生は、平杉峯香先生である。女性で、とても柔和で寛容あふれる人柄であった。

平杉先生門下の生徒の作品が置かれていた。素晴らしい作品ばかりで、思わず驚嘆した。私には到底無理であろうと、弱気になってしまった。

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「な~む おじぞうさま」を、これから実際に彫っていく。お手本には、「無心にやさしく楽しんで下さい」とある。
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二時間あまり悪戦苦闘、自暴自棄。不器用すぎて、「無心にやさしく」、「心静かに」など、全くなれはしなかった。

拙作を載せるが、赤面するばかりである。お地蔵さまからは縁遠いものが出来上がった。

平杉先生は笑顔を浮かべて、下手で良いのですよ、すぐ上手くなれますからと、慰めて下さった。「根気と集中」が大切だと言われた。
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気落ちしながら、陶芸小屋に向かう。大門の丈六仏の周辺は、木々が色づき始めた。
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しばらく畑作業をする。タマネギや苺などを植える。
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白菜が、覆いの下ですくすくと葉っぱを伸ばしている。
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銀杏がたくさんなっている。畑に落ちたのを拾う。
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しばらく陶芸に没頭する。ようやく心静かに無心になれた。
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木彫教室は確かにワクワクしたが、あと二回あると思うと少し心配になった。


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2017年11月11日 (土)

原発も核燃もいらん!戦争いやや!関西集会

「原発も核燃もいらん!戦争いやや!関西集会」が、エル大阪で行われた。友人や知人たちも多く参加していた。

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11時30分より、「奪われた村ー避難5年目の飯舘村民」(豊田直巳監督)を上映された。飯舘村は二年前に訪れたこともあり、生々しく見た。日本で最も美しい村、そしてまでい(手間暇を掛けるの意味の方言)の村が、福島原発第一事故によって全てを根こそぎ奪われてしまった。彼らの苦しみや悲しみを思うと、政府や東電に対して、怒りの嵐が渦巻いてしまう。再稼働などとんでもないことだ!

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小浜市の明通寺の中嶌哲演さんが、要点をまとめて明確にスピーチされた。迫り来る巨大地震の前に、原発も核燃料サイクルも止めなくては日本は破滅してしまう。もんじゅの廃炉は喜ばしいが、大飯原発3・4号機の再稼働は許しがたい行為だ。

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小出裕章さんが「原発と戦争を推し進める愚かな国・日本」と題して講演された。小出さんは権力と対峙して、民衆の側に立って誠実な生き方をされている。偉ぶらない小出さんは、大好きで尊敬している。理路整然と真実をズバリと説明される、小出さんの話しに何度も心中で「そうだ、そうだ」と大きな相づちを打った。

「朝鮮民主主義人民共和国の核の件、皆さん冷静にならなければいけません。熱電力で25メガワットのごく小さな原子炉しかありません。日本でも世界でも、標準的な原子力発電は100万キロワットです。つまり、朝鮮が持っている原子炉は、日本の原発の原子炉の100分の1以下という小さなものです。朝鮮が原爆を作ったということすら、私は未だに懐疑的です。」

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「ただ、問題はそんなことではなく、朝鮮半島の分断を終わらせ、平和を回復することです。お互いに敵を威嚇することなどやってはいけません。」

「本当に危機だというなら、日本国内の原発をまず停止すべきなのに、地下鉄を止めてみたり、迎撃ミサイルを配備してみたり、警戒警報を出してみたり、ひたすら危機を煽ることだけやっています。ひどい国ですし、ひどいマスコミだと思います。」

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福武公子さん(弁護士)が、「うそつき!新高速炉計画」と題して講演された。理学部出身の弁護士ということで、少し難解な言葉があったが、具体的に問題点を次々に指摘されていた。要するに、新高速炉計画は技術的にも経済的にも不可能だということだ。核燃料を入れずに高速炉を止めた、ドイツに学ぶべきである。今ではそこはテーマパークに変身したという。
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山田清彦さんがビデオメッセージ「六ヶ所村 再処理の現状」を寄せられた。再処理工場の危険性を強くアピールされていた。
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川口眞由美さんが、「花はどこへ行った」「ケサラ」などを激しくそして熱く、魂を込めて歌われた。みんなで一部唱和して、終わるときには拍手喝采であった。川口さんが辺野古ゲート前で歌われていて、座り込みの人たちの勇気を鼓舞していたのを思い出した。反戦の歌姫である。
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4時過ぎまでの長丁場であったが、教わることがいっぱいあった。自分も反戦反原発のために、小さな動きをしていこうと誓った。

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2017年11月 5日 (日)

鞆の浦 散策

早朝日の出を見るために、仙酔島を周遊する。空には、忘れたように丸い月が残っていた。

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海から太陽が昇る。真っ赤な太陽だ。生きている嬉しさが、胸に込み上げてくる。しばらく見とれてしまった。
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宿舎まで引き返す。朝焼けの海が、何とも言えず美しい。
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平成いろは丸の船で、鞆の浦に渡る。孫たちは船に乗るのが珍しく、はしゃいでいた。

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鞆の浦を散策する。鞆には、朝鮮通信使が毎回寄港していた。

福禅寺にある客殿「対朝楼」は、正使・副使たちの宿泊場所として使われていた。朝鮮通信使の詩書などが多く残されていて、これらは世界記憶遺産として登録された。
朝鮮通信使が「日東第一形勝」として、ここから見えるこの景観を称賛した。
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港には、江戸時代の常夜燈や、雁木(船着き場)が残っている。この沖で、1867年に坂本龍馬の乗るいろは丸が、紀州藩の明光丸と衝突し沈没した。龍馬は、紀州藩と激論を交わし談判した。龍馬が泊まった屋敷や、談判を行った屋敷が、今も残る。
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土産には、鞆竹輪や海産物を買って、みんなにプレゼントした。
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安芸高田、東京や大阪、京都へと、それぞれみんな帰途についた。

二日間が、本当にあっという間に過ぎた。みんな良い思い出を、こころに残してくれたであろう。

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2017年11月 4日 (土)

仙酔島へ

岡山を早朝に発ち、福山へ。ここで家族と落ち合い、福塩線で実家に行く。墓参りをして、その後母を見舞いに行く。

みんなで車に分乗して、仙酔島へ行く。瀬戸内海国立公園に位置する景勝地である。小さい頃は海水浴に来ていた。

天気が良くて、服を着て泳いでいる者までいた。浜辺では、ヨガをしていた。

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東京から来た孫たちと、浜辺で戯れる。じいじと呼ばれて、至福の時である。
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島の探検をする。瀬戸内海の穏やかな海だ。
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夕暮れ時の海は、一段と美しさを増すようだ。
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仙酔島にある国民宿舎に宿泊する。鯛をメインとした魚料理がいろいろ出た。何と言っても鯛のカブト煮が美味しかった。
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甥っ子や姪っ子たちは、遅くまで酒を酌み交わし談笑していた。私は9時前にダウン。

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2017年11月 3日 (金)

岡山禁酒會舘マンスリーライブNo.199「ぽこ・あ・ぽこ」

岡山禁酒會舘マンスリーライブに、久しぶりに参加した。いつも気になっていたのだが、長らく足のケガで動けなかった。小さな館から、温かい光が漏れている。旅をし終えて、家に戻ってきたような気持ちになる。

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No.199は、松本市のぽこ・あ・ぽこをゲストにお迎えして開かれた。尾崎ツトムさんが端的に紹介されている。「笠木透の精神を受け継ぎ、エネルギッシュに活動を続ける」「敬愛する笠木透さんの想いを継承し実践している」

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OZAKI UNITは、岡山禁酒會舘をイメージした、「小さな館」を歌われた。次に、小生の拙作に尾崎さんが曲をつけて下さった「あなたが今ここに住んだら」。最後に、大逆事件に連座して殺された大石誠之助をうたった「川は忘れない」。

拙作「あなたが今ここに住んだら」は、人間の尊厳を踏みにじるものたちへの憤怒を詩にした。尾崎さんはオブラートに包んで軽快な曲をつけて下さった。それゆえに、歌を聴いていると、彼らへの批判皮肉の思いがじわじわと伝わってきた。権力との闘い方に余裕のある尾崎さんに、深く感謝している。
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鳥取から来られた武部仁さん。マンスリーライブでは、もうなくてはならぬ人だ。今回は、雑花塾の創作合宿で合格した「キープレフト」、「「私の村」であった。戦争へと傾きつつある現代の状況を、おもしろおかしく風刺して歌い、観衆を巻き込んでしまう。武部さんの歌唱につい引き込まれて、一緒に歌ってしまった。
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ぽこ・あ・ぽこのリーダー鈴木幹夫さんは家具職人のプロであるが、版画の名手でもある。笠木透さんの詩と、自然の生きものを描き、純朴な絵となっている。見ていると、心洗われる気持ちになる。
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最近出されたCD「雑歌繚乱」を含めて、ぽこ・あ・ぽこはCDを三枚作られている。「雑木誌」「雑奏雑歌」で、何れも「雑」を冠している。「雑」はごちゃごちゃという意味もあるが、むしろ「見向きもされないさまざまなものに命を与える」という意味合いもありそうだ。
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ぽこ・あ・ぽこの歌を聴きながら、すっかり心は北アルプスの麓の町へと飛んでいった。山国の自然やそこに生きる人たちの暮らし、生きざまなどが、熱い血の流れるように豊かに流れ込んできた。

尾崎さんの評が、全てを物語っている。「自身に正直な思いのこもった歌の連続であり、言葉もはっきり伝わり、それを支える演奏も音楽的であった」。
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リーダーの鈴木さんは、西田敏行さんに風貌が似ている。リーダーとして歌に対しては厳しく追求されるが、人間性は包容力があり、どこまでも優しい。北アルプスの山々のようである。お話の端端にそれが感じられた。
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松本から一緒に来られた丸山さん。60歳の退職後からギターを弾き始め、十年以上たち自分の世界を作っておられる。その弾き語りはユーモアが溢れて、観衆を笑いに誘い込んでいた。
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ぽこ・あ・ぽこのメンバーたちの声声は、高低取り混ぜてハーモニーが実に素晴らしい。北アルプスから吹き流れてきた涼風のようだ。
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岡山を代表する黒瀬さんのギターが加わり、「一本のギターがあれば」を歌われた。黒瀬さんのギターはまさに華麗でエネルギッシュであった。見ているだけで楽しくなる。反戦平和への想いを、したたかにアピールしているようだった。
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尾崎ツトム作詞、鈴木幹夫作曲「今はワルツを」は、岡山の歌姫である吉井江里さんと尾崎さんが加わり歌われた。吉井さんの歌唱は芸術性が高く、ずっと聞いていたいと思った。

尾崎さんと鈴木さんとの作詞作曲の歌は数多く作られ、雑花塾のなかでも高い評価を得ている。生きざまや歌への想いなど、相性がぴったり合うのだろう。
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作詞鈴木幹夫、作曲尾崎ツトム「恵那山」は、笠木透さんの姿を描いたものだ。「見上げれば恵那山 あなたがどんと座っているような 振り返れば恵那山 いつも見守ってくれている」。尾崎さんを交えて歌われた。笠木透さんがここに出てこられそうな気がした。
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商業主義に反して、みんなで作り歌い文化で闘うという、笠木透さんのフィールドフォークの思想が、ぽこ・あ・ぽこの歌の中にしっかり根付いて美しく多彩な花を咲かせていた。朴訥で飾らない雑草の花であった。

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やはり禁酒會舘は、私にとって「こころの原点」だと再確認できて、嬉しくてしかたなかった。

OZAKI UNITやぽこ・あ・ぽこのメンバーたちを交えて、打ちあげが「下津井港」で行われた。実に楽しすぎて、医者から禁じられていた日本酒まで飲んでしまい、午前様であった。久しぶりに、こころがわくわくした日であった。

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古備前に憧れて

岡山マンスリーライブに参加するために、岡山に行く。途中、備前に立ち寄り備前焼を観賞する。

亡父が備前焼や古備前に興味を持ち、収集していたので、私もその影響を受けて古備前に憧れている。

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建物の壁にも、備前焼が使われている。
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旧街道を歩く。山陽道として、遠い昔から今に至るまで栄えている。
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桃山時代の大甕があった。長いこと見とれてしまった。
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天津神社に参る。境内には、備前焼の狛犬や七福神、イヌなどが置かれている。
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旧街道には、備前焼を売る店が多い。窓越しに備前焼を眺める。私も陶芸のまねごとをしているので、大いに参考になる。
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山の展望台まで上る。伊部の町が見渡せる。煙突が随所にある。
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伊部北大窯跡に行く。古備前の破片が散らばっている。
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天保窯は、名の通り天保時代に築窯された。古窯で姿を留めているのは、この天保窯だけである。規模を縮小した小窯で、大窯の四分の一の十数日で焼き上げたという。
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備前焼作家、佐藤苔助を訪ねるが不在だった。父と何度か訪ねたことがある。昔のことを懐かしく思い出した。
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不老川沿いにも、陶芸作家の工房がある。橋のたもとに、備前焼のわらべ地蔵がおられた。
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人間国宝の伊勢崎淳の工房は、残念ながら閉まっていた。
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南大窯跡に行く。全長54m、幅5mの大窯で、桃山から江戸まで壺や甕、擂り鉢や徳利などの日常雑器を焼いていた。4石(約720ℓ)入りの大甕も焼いていた。陶器3万個を、一ヶ月余りかけて焼いていたという。マキ60トンも使っていた。スケールの大きさに驚嘆する。
一時間ほど、古備前のかけらを調べて観賞する。全く見飽きない。
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備前焼ミュージアムや、伝統産業会館を訪ねる。

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父と何度も訪ねたこの町を、一人で訪ねる。父が横にいるかのようだった。

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2017年10月30日 (月)

お米を戴きに

雨が上がったので、タマネギやワケギ、水菜やカラシナなどを植える。急に冷えてきたので、植えるタイミングが遅いかもしれない。

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畑の傍にある柚子やスダチが、黄色く色づいてきた。

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夕暮れ時に、知人の農家にお米をもらいに行く。

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倉庫には、お米がたくさん積み上げられていた。農協に出荷したあとでも、こんなに多くある。1俵7000円の安さで譲っていただく。あまりに安いので申し訳ない気持ちである。

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小豆を干していた。
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籾殻が、富士山のように高くなっている。
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大きな富有柿までいただく。日があっという間に暮れてしまう。

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