2017年12月 8日 (金)

MIHO MUSEUM

松本市のぽこ・あ・ぽこから、CD「見上げれば恵那山」が届いた。第四集で、今回は笠木透さんの詩に曲をつけたものや、笠木透さんを思い慕う歌が中心となっている。何度も何度も聴くことだろう。

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今日は、信楽まで粘土を買いに行く。まず、三筋の滝を見に行く。
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近くに、秀明自然農法しがらきの里がある。自分で採った種を蒔き育てる、無農薬・無肥料の自然農法をしている。
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庭には、なぜか「残念石」がある。大阪城石垣再築で使われなかった巨石である。犬島から運ばれ、約4tある。
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田代高原の里は、とても懐かしい。10年くらい前に、この陶芸小屋でN先生のご指導で修行をしていた。今では閉鎖されている。残念で仕方ない。
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チケットをもらっていたので、MIHO MUSEUMに行く。開館20周年記念特別展「桃源郷はここ」が開催されている。

ルーブル美術館のガラスのピラミッドなどで、世界的に有名なI.M.ペイ氏。この湖南アルプスの山中に、桃源郷のような美術館を作るということで、ペイ氏は設計した。自然と建物と美術品との融合をテーマにして、80%以上を地中に埋没させた。
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礼拝堂とベルタワーが遠望できる。
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まさに、桃源郷の世界である。日本や世界の貴重な古代美術が展示されている。写真撮影は禁止なのでパンフから。
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信楽に寄り粘土を買い求める。タヌキが迎えてくれる。
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信楽から家まで、車で約40分。和束川添いの紅葉は、すっかり散っていた。

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2017年12月 6日 (水)

李 政美トーク&コンサート

仕事帰りに京阪電車に乗り換え、枚方市に。「まいかた」ではなく、「ひらかた」。誤りを逆手にとって、市を宣伝している。

メセナ枚方会館で、李政美(い ぢょんみ)さんのトーク&コンサートに参加した。タイトルは、「自分を愛し、人を愛すること」である。枚方市人権週間事業のイベントで、無料である。竹田裕美子さんのピアノである。手話をする人や、字幕つきの、障がい者に配慮したコンサートである。

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李 政美さんは,東京の葛飾生まれの在日コリアン二世である。小さい頃のことから、歌を作り始める頃のことまで、半生を淡々と語った。小さい頃のことで印象に残っているのは、李さんの家は廃品回収業をしており、あまり働かない父親が懸命に働く母親に暴力を振るうのが嫌でたまらなかったと言うことである。寒い日には道に水を撒いて、氷で父が滑って沁んでくれたならとまで思ったそうである。
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それに対して母親は必死に働き、子どもたちを育ててくれた。その思いを、「遺言」の歌に込めて歌った。「幻の荒野にいつか 立ちつくす子に 母は霜よけの草であったと 母も忍ぶ草であったと 一陣の風よ 伝えておくれ」。
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国立音楽大学を卒業しても、音楽とは無縁であったという。定時制高校の講師を務めて、在日や部落出身などの、荒れた子どもたちと接する中で、李さんは自己の立ち位置に目覚めた。今まで忌み嫌っていた、在日コリアンから遠ざかるような生き方から、在日コリアンとして生きるというアイデンティティーを身につけていった。そして、自然とその中から数々の歌が生まれた。

「京成線」、「ありのままの私」、「生きようよ」、「ありがとういのち」、「そのままで大丈夫」などを次々に歌った。

「わたしと小鳥とすずと」は、聴衆と共に手話を交えながら歌った。
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李さんはチャングーを持って、聴衆のみんなと「アリラン~珍島(ちんど)アリラン~密陽(みりゃん)アリラン」の朝鮮民謡を歌った。
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李さんの両親は、済州島の生まれである。現在、韓国と朝鮮民主主義人民共和国の二つに分断していることを悲嘆していた。そして、ミサイルの発射への過剰な防護について、在日コリアンの子どもはどんなふうにそれを思っているだろうかと、心配していた。在日コリアンへのヘイト(特に子どもに対して)についても、真摯に非難していた。

李さんは、平和や人権について、しなやかに自分の意思を訴え続けている。
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枚方人権まちづくり協会の方から、花束を戴いてとても嬉しそうだった。時間を延長して、更に「ローズ」を歌った。聴衆はみんな、深い感動の中に包まれていた。
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李 政美さんの思いが切々と伝わってくる、すばらしいコンサートだった。本当に「自分を愛する」ならば、「人を愛すること」につながることに気づかされた。他者愛を伴わない自己愛は、偽物である。
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李 政美さんの透き通った声が、いつまでも心のなかに響いていた。

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2017年12月 4日 (月)

放送法等遵守義務確認請求訴訟

「放送法等遵守義務確認請求」の集団訴訟における、第6回口頭弁論を傍聴支援した。奈良地裁には多くの人が集まり、大法廷はほぼ満席。どれだけNHK受信料を支払いたくないか、その思いが伝わってくる。

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原告側の弁護士が、三つの論点にわたり理路整然と弁論された。要するに、受信契約を結び受信料を支払うからには、NHKは放送法を遵守すべきであるということである。現状は、公共放送としての務めを放擲して政府の宣伝機関のようになっており、放送法4条に明らかに違反している。
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意見の異なる問題には、さまざまな角度から報道しなければならないのだが、現状のNHKはあまりにも政権側に偏っている。これでは高い受信料など支払いたくない。

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6日に、最高裁でNHK受信料は合憲かどうかの判決が出るが、おそらく現在の司法は体制側に位置しているので、合憲となるであろう。

しかし、私のように安倍マシンたるNHKをいっさい見ない者が、なぜ受信料を支払わなくてはならないのか。安倍信奉者だけがNHK受信料を支払えば良いと思う。もちろん、NHKが放送法を遵守して、公正・中立なニュースを提供するならば、当然受信料を支払う。
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その後、奈良教育会館に移動する。弁護士の安藤氏が「メディアと権力について思うこと」と題して講演された。
まず、衆議院選挙投票当日の新聞一面の自民党の広告を取り上げ、これは公職選挙法違反であると指摘された。それから麻生副総理の「ナチスの手口を見習ったらどうか」などの暴言を列挙して、安倍政権の暴走ぶりを非難された。

司法も行政も、メディアも、現政権に取り込まれて忖度している現状で、いかにこの権力者の暴走を止めるのか。それは、周りに流されず、自分で考え、主体的に行動する民衆が、一人でも二人でも増えること、それにつきる。

安藤弁護士の主張は、明快でわかりやすかった。
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「呟く女性9条の会」から会報をいただいた。その中に、すばらしい記事があった。

「55歳の男性が妻と一人息子を失ってから、何かためになる仕事をしたいと思いつき、不毛の地に生命の種を植え付けていったのです。89歳で死去するまで、荒れ果てた地を甦らせた名もない農夫に、限りない敬意を抱かずにはいられない。」

「そうだ、今の日本だって、人の幸せを願って、木を植える地道な仕事をしている人が大勢いる。子や孫のために平和を願って、木を植える人がいる。一緒に頑張っていこう。」

私も、一人の「木を植える人」でありたい。

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2017年12月 3日 (日)

男の料理教室、鍋-1グランプリ

自治会の大掃除があり、バス停周辺をきれいにする。

その後、近所の男の料理教室が行われた。メニューは、鶏肉のロールとサーモンのムース。何れもクリスマスシーズンに備えた料理であるという。

まず、鶏肉のロール。もも肉と胸肉の皮を剥いで平たくして、そこに人参とエンドウ豆を詰めて、ぐるぐる巻く。レンジに掛ければ、それで終了。お手軽な料理だ。

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サーモンのムースは、更にお手軽。スモークサーモンをミンチにして、カテージチーズなどを混ぜ合わせるだけ。
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講師のSさんが気を使ってくださり、誰にでもできる簡単な料理を教えてくださった。Sさんが家で焼いたパンの差し入れ。これがめちゃ美味しい。
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料理ができた頃に、奥さん方が集まり、しばしパーティー。ワインの差し入れもあり、この料理によく合う。昼間から、かなり戴いてしまった。
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酔い醒ましに、加茂駅まで歩く。笠置まで行く。今日は、鍋-1グランプリがある。

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駅前の広場では、子どもたちがボルタリングの体験をしていた。「笠置Rock!」という映画が作られ、その中で木津川沿いの岩でボルタリングをする若者を描いている。
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わかさぎ温泉笠置いこいの館広場で、全国のご当地鍋が競い合う、鍋フェスタが行われていた。地元の笠置町からは、雉子鍋。加茂からは、恭仁京鍋。

秋田からきりたんぽ鍋、甲斐からほうとう鍋、滑川市から絶品牛すじ鍋、那智勝浦からマグロつみれ鍋・・・・・。グランプリを獲得したのは、北茨城市のアンコウ鍋。
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鍋の匂いだけで腹がいっぱいになる。木津川沿いを歩く。紅葉はすでに終わっている。ボルタリングをする若者たちが、練習をしていた。なかなか難しいようだ。簡単には岩の上には上がれない。
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木津川上流に向かって撮影。ここの風景が好きだ。
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加茂まで帰り、歩いて帰宅する。
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今日も慌ただしい、師走の一日だった。



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2017年12月 2日 (土)

師走

松本市のぽこ・あ・ぽこのリーダーで雑花塾のメンバーである、鈴木幹夫さんから「恵那山」の版画をいただいた。早速自分の部屋に飾り、ずっと見ている。笠木透さんの歌が聞こえてくる。身に余る光栄というのは、こういうことを言うのだろう。感謝至極に尽きる。

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午前中は陶芸の修行。午後からは、陶芸教室の大掃除で手伝い。その後、和束に紅葉狩り。夕食は、息子たちが来たので一緒に食事。師走の、慌ただしい一日であった。

陶芸工房の周りの紅葉・黄葉。真っ青な空に、美しく映える。

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陶芸教室(あじさいホール)の大掃除をみんなでした後に、木津川を渡り和束へ。
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和束の山々もすっかり紅葉している。和束は、「日本で最も美しい村」に認定されている。茶源郷として、世に知られるようになった。
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和束川の対岸から、弥勒菩薩磨崖仏を拝む。
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和束の紅葉と言えば、正法寺。見頃は終わっていた。石仏たちは前掛けや帽子をもらって、とても嬉しそうだ。
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動物たちも帽子をもらっている。
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茶畑を遠望する。紅葉の木々との対照が、一枚の絵になる。
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八坂神社の北山杉を見に行く。樹齢1300年~1500年という。幹周り12.8m、樹高31mの巨木である。再三の落雷にも負けずに、勇壮な姿を留めてる。そのエネルギーをわけていただく。
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境内から、和束の山々を遠望する。
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和束川の川沿いに、今を盛りの紅葉の木があった。
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野菜市で、しばし休憩。大きな大根を買う。1本150円。
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和束町園区の丘に行く。茶畑が広がる。
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肉屋のキザキに寄り、肉やコロッケを買い求める。店先には、猪の皮が置かれている。

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息子たちと一緒に、すき焼きを作って食べ、そして飲む。その後、デザート。芋入りのパイ。
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島田の弥次喜多さんからいただいた、お菓子を食べる。これが、またすごく美味しい!
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美味しいものばかり食べ、日本酒も少し飲んだので、血糖値がおそらく上がっただろう。

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2017年12月 1日 (金)

弥次喜多 都紅葉 道中

島田市から友人二人(紅ちゃんとBBさん)が来京。彼らは現代版弥次喜多道中と言えるくらい、愉快な旅をしている。京都駅で待ち合わせ。ここですぐラーメンとビールということになるのだが、今回はラーメン店はまだ開いておらずパス。

何処に行かれるのかと興味を抱いていたのだが、まずバスに乗り、目的地の銀閣寺に行く前のバス停で下車。行動が読めないのがおもしろい。

まず、南禅寺の座禅道場。鮮やかな紅葉が、目に飛び込んでくる。彼らは毎年春秋に京都に来ているのだが、やはり京の紅葉は、色も違うらしい。

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真如堂に参る。観光客が少ないので、ゆったりと観賞する。友人たちは写真愛好家であるので、目の色を変えて写真を撮りまくっていた。場所の選定やアングルなど、大いに参考になる。友人たちは真如堂の紅葉に、いたく感動していた。
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真如堂から、金戒光明寺に行く。黒谷さんと呼ばれている、古刹である。BBさんは、墓所がある会津藩の歴史を語ってくれた。知識も豊富である。
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お目当てのうどん屋さんも蕎麦屋さんも長い行列ができていたので、グリル小宝へ。オムライスが有名な、洋食屋である。友人たちは早速生ビールとトンカツ、そしてオムライス。〆にワイン。よく食べよく飲む。圧倒されて、見ているだけで満腹になる。
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哲学の道へ行く。哲学とはあまり縁が無い二人だが、なぜか姿はよく似合う。どうもまだ酒が飲み足りないようだ。店が見当たらないので、しかたなくカフェへ入りコーヒータイム。
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永観堂禅林寺に参る。参拝料金は1000円で、今まで何回も来ていたが門前を通り過ぎるだけであった。友だちも同じみたいで、お寺に入るのは初めてであった。
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「紅葉の永観堂」と言われるくらいあって、さすがに紅葉の種類や多さは際立っていた。曇ってきていたのだが、阿弥陀堂の辺りからは日射しが差してきて、浄土の世界が開けてきた。やはり光を受けてこそ、紅葉はいっそう鮮やかな美しさを魅せてくれる。
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思わず写真を多く撮ってしまった。もちろん目にしっかりと焼き付けた。友人たちも同じであろう。すっかり目も心も真っ赤になっていた。紅ちゃんは名前の通り、特に!
南禅寺を通り過ぎ、地下鉄に乗り、ホテルに行く彼らと途中で分かれる。
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友人たちは、これからメインの酒宴。仕事を終えた進ちゃんたちと合流して、思う存分飲むであろう。参加できないのが残念で、あまりない後ろ髪を引かれるような思いであった。

ほんの一部ではあるが弥次喜多道中に参加できて、本当に楽しかった。ありがとうございました。

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2017年11月27日 (月)

嵯峨野さやさや

次女宅まで車で行き、自転車を借りる。まず、京都新聞社に行く。先日京都新聞チャリティー美術作品展で、運良く落札した写真を受け取る。

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「石彫 杉村孝氏」と題する、わらべ地蔵の写真(393×508の額入り)である。撮影者は、井上博義氏である。井上氏は、1941年生まれで、5年前には京都写真家協会の会長を務められた重鎮である。

石彫作家の杉村氏は、島田市の野のほとけさんの師匠であるという。微笑みが、優しく語りかけてくれる。嬉しくてたまらない。

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すぐ近くの六角堂に参る。池坊の発祥の寺である。お地蔵さんは、帽子を被り、ぬくそうである。

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二条の家まで戻り作品を置き、三条通りを西に自転車を飛ばす。これから嵯峨野周辺の紅葉狩り。

広隆寺に参る。弥勒菩薩で有名な寺だ。

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車折神社。芸上達の神様もおられる。
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大堰川(保津川)に到着。急に人が湧いたかのように、観光客が多くなる。自転車から降りて歩く。
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対岸の山の木々は、色とりどりに紅葉していた。ちょうど逆光で、良い写真が撮れない。保津川下りの船が到着した。
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嵐山公園の坂道を上る。紅葉の間に、川が見える。この取り合わせは、絵になる。
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展望台に到着。眼下に、小倉山や保津川が一望できる。しばらく見とれてしまう。
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また山を下りて、天竜寺周辺を散策する。着物姿の女性が目につく。外人の方もおられる。

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常寂光院に参る。紅葉が一段と鮮やかだ。
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落柿舎には、柿が数個木に残っていた。残柿舎だと勝手に思った。

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大覚寺に参る。縮れた花に特徴のある、菊が堂前を飾っていた。
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東の方へと自転車を進める。ようやく嵯峨野らしい長閑な風景が広がる。
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広沢池に到着。ここまで来ると、観光客はいない。ゆったりと紅葉を観賞する。大覚寺の大沢池と共に、観月の名所として知られる。古来詩歌に詠まれており、「名月や 池をめぐりて 夜もすがら」(芭蕉)もここで作られたという。
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印空寺には、タラヨウの大木(樹齢約300年)があった。葉の裏に傷を付けると、濃く変色する。これを利用して、字を書いて相手に送ったらしい。「葉書」の語源になったという。
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自転車のお礼に、土産を買う。三条通り商店街にある、「究極の焼き豚」。
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清涼寺そばの、森嘉の嵯峨野豆腐。
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自転車に乗りすぎて、膝ががくがくだ。

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2017年11月26日 (日)

木彫教室最終回

木彫り教室の最終回である。加茂山の家の、周辺の紅葉は、今が盛りである。

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これまで悪戦苦闘していたので少し気が重かったが、だいぶ度胸が据わったのか胃痛もしなかった。

最終回は、なーむおじぞうさまの仕上げと、台座の模様や字を彫った。

時間が限られていたので、無我夢中、忘我境地であった。そして、何とか完成した。

かなり下手ではあるが、そのままを受け入れるしか仕方ない。できあがったおじぞうさまに、愛おしい気持ちを抱いた。

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10人の受講生の彫った、10体のお地蔵さまの展示をして、観賞する。

お手本があったのだが、なーむおじぞうさまは、みんなお顔も僧衣も台座も違う。器用で上手な人もいれば、自分のように不器用で下手な人もいる。精緻に彫った人もいれば、荒削りで大胆に彫った人もいる。みんな違っていて、とても面白かった。

正面からご対面。
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斜めからご対面。
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平杉峯香先生が、最後のまとめのお話しをされた。自己の最初に彫ったお地蔵さまは、作品としては未熟ではあるが、それが原点となり、良いところがたくさん埋まっている。これから木彫りを通して、仏と向き合い、楽しく貴重な時間を過ごして欲しい。

平杉先生は、木彫りをするのが好きで好きでたまらないようだ。そのひたむきな情熱が、ひしひしと伝わってきた。

なんとか形になったのは、平杉先生とその愛弟子たちのおかげである。深く感謝します。

もう一体彫りたいのでと申し入れると、先生は檜の木を下さった。完成するかどうか分からないが、チャレンジしてみたい。
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平杉先生は、仏像彫刻の第一人者である松久朋琳先生の門下である。1年に1度展覧会があるので、ぜひ見に行かせていただきたい。

来年4月には仕事を完全に終えるので、平杉先生の教室に入り修行したいと思った。
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火照った心を静めるために、浄瑠璃寺周辺を少し歩いた。
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長屋の阿弥陀座像は、徳知2年(1307年)造立である。屋根石、蓮弁の台座を持ち、定印を結ぶ。確かな存在感がある。
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大石の上に立つ木に、生命力の強さを思った。
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小さなお地蔵さまは誰が彫ったのか分からないが、時代を超えて衆生を見守っておられる。
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石彫りをしたいのだが、静岡県島田まで行かなくてはいけない。島田には、わらべ地蔵を彫られている、野のほとけさんがおられる。しかし、遠いので無理だ。

木彫りなら、近くに師匠がおられるので修行してみたいと思う。

 

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2017年11月25日 (土)

浄瑠璃寺の紅葉

浄瑠璃寺の紅葉を見に行った。朝の光が眩しい。真っ青な空だ。

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紅葉の盛りは過ぎつつあった。開扉からあまり時間が経っていないのに、観光客が多い。

本堂に光が当たり、西方浄土の面影があった。堂内の九体仏は、衆生の導きについて思い巡らしておられるだろう。

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本堂の水鏡。これは一見の価値あり!
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紅葉のグラデーションに、つい見とれてしまう。自然の織りなす綾だ。
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心の中まで、紅葉色になったようだ。
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門前の吊り下げ店で、柚子大根(一袋100円)を売っていた。これが美味しいのである。

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2017年11月23日 (木)

.11/23 おしどりケン・マコ講演会

「11/23おしどりケン・マコ講演会」が、クレオ大阪東で行われた。

「フクシマと結ぶ 音の力 いのちの言葉」のシリーズで、第12回目である。副題に、「原発あかん・橋下いらん・弾圧やめて!」とあるが、弱き民衆の側に立つ集会である。

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第一部は、まずスタンダップ・コメディのナオユキ。座席が前列だったので、表情に注目していたら、これがまたおもしろい。登場人物になりきっている。ナオユキの話には、エライ人は誰も登場しない。出てくるのは、ぐでんぐでんに酔っぱらったおっさんや、やさくれ女たちである。場所は、安酒場やガード下の飲み屋である。

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主催者のパギやんが、「阿呆陀羅経」や「ワテらは陽気な非国民」を歌った。現在の政治への批判や風刺が炸裂した歌で、観衆の共感を呼び起こしていた。

パギやんは、民衆の闘いを伝えてきた、「人民新聞社」の編集長の不法逮捕を伝えた。共謀罪の先取りとも言える、報道機関への弾圧には、観衆も怒りが込み上げた。
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その後、パギやんは司会もされた。女性のスカートは、フーセン製である。フーセンは、不戦の思いからであるという。この洒落がステキだ。
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古河さんや高橋さんたちは、毎月1回フクシマに野菜などを届けておられる。除染されても帰れるような状況ではないことを、スライドで報告された。ボランティアでこのような行動をされていることに、敬意を表したい。
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大湾宗則さんが、「沖縄反基地闘争の壁をどう乗り越えるかー東アジアの中の沖縄」と題して、講演された。大湾さんは、私も所属している「No Bass!沖縄とつながる京都の会」の共同代表である。現在置かれている状況を冷静緻密に分析されて、見通しをもってその運動のありかたを提起され、果敢に実行されている。熱情的で、心優しい我らがリーダーである。今回の講演も、的を射た、鋭い指摘が随所にあった。

「沖縄闘争の壁の克服は、基地被害に対して徹底弾劾を継続しつつ、沖縄労働運動を立て直し、沖縄平和センターに結集する労働者を中心に、辺野古現地で埋め立て阻止闘争の最前線を担い得るように取り組むこと。それまでは全国の支援を含めて、とにかく一秒一分でも工事を阻止すること。」

「辺野古新基地建設は、安倍内閣の手によって日本多国籍資本のアジア進出と、その経済権益防衛の最前線基地として進められ、アジア民衆に敵対して建設が進められています。それ故、日本政府のアジア戦略に対決し、東アジア民衆との国際連帯を強化し、全基地撤去を掲げて進みましょう。」
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休憩時間、反権力の書籍を売る店の他、さまざまな店が出ている。
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第2部は、おしどりケン・マコ講演会。

原発事故以来彼らは芸人の仕事をしながら、被爆者・被災者の側に身を置いて、政府や東電などの原発マフィアに堂々と立ち向かっておられる。
政府・東電統合対策室合同記者会見には、毎回出席されて専門家たじたじの鋭い質問をされている。年月が経つにつれて、マスコミの取材が少なくなって空席が目立つことを、慨嘆されていた。スライドにあるように、責任者も次から次へと代わっている。フクシマを忘れてはいけないのだが、本当に嘆かわしいことだ。
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福島県「県民健康管理調査」検討委員会には、年月が経つにつれて満席状態になり地元の人々も多く出席されている。健康を心配する声がますます高まっているのだろう。

特定線量下業務は2.5マイクロシーベルト/時が基準であるが、福島の校庭園庭で活動できるのは、3.8マイクロシーベルト以下である。児童や生徒への被曝が非常に心配であることを、マコさんは訴えておられた。4つも芽があるタマネギの写真を見て、恐怖にとらわれた。こんな線量で児童や生徒に活動を許す、県や国に対して腹が立って仕方が無かった。将来健康を損ねた場合、誰が責任を取るのか。
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マコさんの報告では、福島の農地は(空間線量は下がっているが)、まだまだ線量が高い。4万ベクレル/m₂の基準を遙かに超えている。ここでブドウやサクランボなどを育てている。風評被害を言う前に、基準値以下に農地を元通りにすべきである。家も敷地を出れば、線量が高い。帰還政策を取る国に対して、政策を決めるおまえたちがまず住んでみろと、思わずつぶやいてしまった。
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マコさんの報告では、除染土を入れたフレコンバッグは山積みで、中には破れて放射能が漏れているものもあるという。「中間貯蔵 除去土壌などの減容・再生利用 技術開発戦略検討会」という長々とした会議があるそうだ。ここで話し合われているのは、全国の公園にその除染土を埋めて再利用するという。ほんまに馬鹿げたことを、エライ学者やお役人が決めているのだろう。健康を損なうのは、私たち庶民である。
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ドイツで聞いたことを、マコさんが言われていた。民主主義がナチスを生み出した。ナチスは選挙で選ばれた。大事なのは、民主主義に頼るのではなく、私たち一人一人の生き方や考え方である。社会の不正に対して、自分の頭で考え、おかしいことはおかしいと声を上げて、不正をただす行動を起こす。そのような真の主権者になることが、民主主義を正しいものにするのだと。
今、ドイツは脱原発を国全体で進める。反原発団体は、隣国ベルギーの原発を止める運動を起こしているという。日本の国民も、大いに見習うべきであろう。
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パギやんも、おしどりケン・マコの講演に大いに感心されていた。
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原発賠償関西訴訟の代表が挨拶された。「ふつうの暮らし 避難の権利」を求めて司法に訴えておられる。私もできる限りの力を尽くして、応援していきたい。
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パギやんのコメントがすばらしい!

「国家権力が堂々と違法行為を重ね、正義も人権もかなぐり捨てて民衆に襲いかかってくるのであれば、私たちは堂々と『毎日歯磨きをするように』共謀して闘いましょう。

笑いや勇気をいっぱいもらって、帰途についた。

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