2018年6月13日 (水)

奈良井宿・薮原宿

木曽路の宿場を歩いた。

まず奈良井宿。木曽十一宿の、北から2番目に位置する。江戸のころには、「奈良井千軒」と言われるほど栄えていたという。

北方から歩く。旧街道の面影を残す、杉林がある。

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その近くに二百地蔵がおられる。石仏に興味を持っているので、じっくりとお話しをさせていただく。お顔の表情が、何とも微笑ましい。
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1978年には、伝統的建造物群保存地区にされている。少し整備されすぎている感も無くはないが、旅人が行き交う昔を偲ぶことができる。
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水場があり、冷たい水で喉を潤す。
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1キロくらい続いているのであろうか。けっこう長い宿場である。
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中村邸を訪れる。江戸の終わり頃、塗り櫛問屋として栄えた。奈良井の民家の中で、最も古い形を残している。間口が狭く奥行きが深い、いわゆる短冊の形状である。潜り戸、蔀、格子など、町家の意匠を典型的に備えている。
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この宿にも、水場が各所にある。
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奈良井宿を過ぎれば、木曽路最大の難所とされていた鳥居峠。今度来たときには、薮原宿までぜひ歩きたい。
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木曽の大橋を渡る。
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露草に目が行く。
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奈良井駅から、電車で藪原駅に行く。
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薮原宿は、中山道の真ん中に位置する。飛騨街道との追分として栄えたが、今は街道の面影はあまり残っていない。

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お六櫛の産地として有名であった。
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雰囲気のある座敷に上がらせていただく。
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この宿場にも、酒蔵がある。その名も、「木曽路」。
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薮原宿で、「けものみち」というアーティストのイベントが行われていた。オレンジ部屋には、目を奪われた。

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この宿にも、水場がある。旅人の喉を潤してくれたことだろう。
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朴葉餅を買い求める。この季節の食べ物である。朴歯の香りに包まれて、まろやかな品の良い味である。
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もう少し旅を続けたかったのだが、嫁さんの顔が脳裏に浮かんだので帰ることにする。

奈良井宿のあるお寺に書いてあった言葉を、自戒とし生きていきたい。

「痛みたくはないけれど 胸が痛くなるような生き方をしたい」

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2018年6月12日 (火)

木曽福島宿

江戸へ69里、京へ67里、中山道の丁度半分の位置にある宿が、木曽福島宿である。69次中山道の37番目である。中山道の内、贄川宿から馬籠宿までは11宿あり、、木曽路と呼ばれている。「木曽路はすべて山の中である」と、馬籠生まれの島崎藤村は書いた。

木曽福島宿は、木曽川の両側に山々が迫り、細く狭い街道となっていた。

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関所が設けられ、人や物資の動きを取り締まった。
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興禅寺に参る。関所を守る代官であった、山村氏の菩提寺である。
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木曾義仲の墓に参る。波瀾万丈の生涯を思い浮かべた。
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境内には、江戸末期に彫られた貝治の石仏があった。貝治は333体の石仏を彫ることを祈願して、それを成就した。
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長福寺に参る。ちょうどヤマボウシの花が満開であった。

ヤマボウシの碑まである。「わたしは土に還り やがて樹となり 花に咲く」

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街道の随所に、水場がある。
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木曽川沿いにある、大悲観音に参る。数多くの石仏があった。首なしの石仏の上に、頭に合うような石が置かれていた。
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木曽福島の辺りの木曽川は、川幅がまだ狭い。川の流れに、しばし目をとめる。

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木曽の代官であった、山村氏の屋敷を訪ねる。調度品や文化資料が展示してある。
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この日は、木曽福島の宿に泊まる。「自由旅クラブ」木曽三河屋の名にひかれた。夕食、朝食は、木曽川を眼下に眺めながらとった。ヤマボウシがきれいであった。
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温泉だったので、何度も入り疲れをとった。

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2018年6月11日 (月)

開田高原

一日雨の予報であったが、朝起きてみると曇り。ひょっとすると御嶽山が見えるのではなかろうかと期待して、開田高原までバスで行く。

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厚い雨雲に覆われて、御嶽山は全く見えず。雨が降らないだけマシだと、気を取り直す。
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木曽馬としばし戯れる。
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蝶と戯れ、花を愛でる。
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土産には、蕎麦と赤カブ漬け。これでバッチリだ!
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蕎麦打ちをしたかったが、時間がなくて残念。食べるだけにする。やはり本場だけあって、実に美味しい。

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観光協会に寄り、御嶽山の写真を見せていただく。こんな風景を見たかった。またいつの日か来よう!
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また、バスで木曽福島駅まで帰る。月曜日とは言え、バス内の乗客は、往復とも私だけだった。昨日の御嶽山行きのバスも同じ!私みたいな一人旅にはありがたい。

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2018年6月10日 (日)

御嶽山

中津川駅から木曽福島まで、特急に乗る。

木曽路フリー切符は、エリア内が特急乗り放題。しかもエンジョイ切符(乗り物券4000円、お買い物券2000円)込みで、名古屋市内初で9320円の格安である。

乗り物券で、おんたけ交通の「木曽っ子号」Day Pass(2500円)を買い求める。天気が危ぶまれたが、御岳ロープウェイ線に乗る。

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バスの窓外に、御嶽山が見えてきた。登山できるかも知れないと期待した。
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六合目にバス停があり、そこで下車しようと思った。だが、その前から雨が降り出し視界がきかなくなった。それで、ロープウェー駅まで行く。
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まず、献花台に行く。2014年9月の大噴火で58名亡くなり、戦後最大の犠牲者であった。晴天や紅葉、昼間で頂上付近には、登山客が大勢いた。まさかの噴火であっただろう。しかし、御嶽山は活火山である。哀しみの記憶を、後世まで残していきたい。
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全く御嶽山の勇姿は見えない。
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お花畑を散策する。

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昼ごはんは、可児市のTさんからいただいた朴葉寿司。昨日以来、何度食べても実に美味しい。
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御嶽山信仰の神秘的な聖地を見ながら、バスで下山する。

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その後、木曽福島の町並みを歩く。

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2018年6月 9日 (土)

朴葉寿司&フィールドフォークコンサート

付知町の山中にある、鼓土里座で「朴葉寿司&フィールドフォークコンサート」が行われた。

昨年で山内酒造場の「さんさ酒屋のコンサート」は終わりになり、とてもさびしい思いであったが、それに代わるものを土着民の大棟梁さんが中心となって企画してくださった。本当にありがたいことである。私を含めてファンのみんなは、たいへん感謝している。

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鼓土里座には、出演者の皆さんやファンたちの温かい交流があった。ビールをいただき談笑して、ゆったりとした時間が流れている。開演前の3時からは、朴葉寿司作りも行われた。
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開演!!

飛び入りコーナーは、「さんさ」と同じ趣向であり、私はこれを内心とても楽しみにしている。
フィールドフォークのエキスのようなものが詰まっているからだ。

トップは、久米さんの「お天道さまは怒ってござるぞ」。何回聞いても、考えさせられ納得させられる。すばらしいフィールドフォークだ。
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丹下さんが「椛の湖讃歌」など3曲歌われた。一人一曲という掟を破る、行動力あふれる人のようだ。
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我らが紅ちゃんは、な・な・なんと豪華メンバーを引き連れての演奏と歌。「街」を観客と一緒に歌った。紅ちゃんは、なんと幸せ者であろうか。人柄のなせるワザであろう。
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田中さんは、土着民と一緒に歌われた。相変わらずの、情感豊かな美しい声である。
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土着民が登場された。

付知町の風土や生活、生きざまなどを背景にしたフィールドフォークを続けておられる。「僕らのフィールド」、「味噌汁」、「草刈りブギ」、「熊谷守一の歌」「道の草」・・・・。付知町に生きる人々の慎ましい暮らしや、山川草木のさまざまな姿が浮かび上がってくる。

土着の代表曲や、新曲も披露された。「僕らの楽園」は、今年10月で15周年になる鼓土里座をうたったフォークである。「バルちゃん星人今日も泣く」は、やはり一番観客に受けた。場内は、何度も爆笑に包まれた。ゲストのあかべえが作曲されたフォークである。

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我夢土下座が登場!!

諸般の事情で地元を離れることができない、杉浦さんが久しぶりに参加され、7人全員が揃われた。ハーモニカやベース、「君は夜汽車」の歌で活躍された。全員揃って重層的な音楽の厚みが生まれていた。感動が込み上げてきて、嬉しくてたまらなかった。

前日飲まれすぎた間宮さんは、その為に嗄れた声であったが、「うまい酒を飲もうよ」、「どこかに美しい島はないか」を歌われた。。極端に言えば、声が出なくなっても、それぞれの年齢や健康の状況などに応じて、それぞれのフィールドフォークの魅力がある。「矢車草」「野いちごの唄」を細田さんが、しみじみと歌われた。ますます歌に味が出てくるようだ。「雨が止んだ」は、古井さんが若々しい感性で歌われた。

新曲も披露された。敏子さんが作詞して、田口さんが作曲された「夕空」。進藤さんが情感豊かに歌われた。我夢土下座の代表曲になるであろう。そして、進藤さんの定番になることはまちがいない。最後は、バンマス田口さんが「河よ」を、思いがほとばしるように歌われた。いつまでもこの世界に留まっていたかった。
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休憩に入り、朴葉寿司と豚汁をいただく。山内酒造場の新酒も久しぶりにいただいた。朴葉の香りに包まれて、「小野桜」がよく合った。

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休憩が終わり、ゲストのあかべえが登場。抜群のギターテクニックや、かん高い美しい声に包まれて、「あかべえワールド」に誘い込まれていった。「お父さんの朝ご飯」、「痛風のうた」、「告別式」、「鉱夫の祈り」、「アンモナイトの朝」。そして最後に「海に向かって」を歌われた。田口さんがギターで加わり、究めた者同士の醸し出す音の世界に、すっかり酔いしれてしまった。
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アンコールに、出演者が全員登場された。「あー今日もしあわせ」、「物干し台」を観客も含めて全員で歌った。まさに「呑んで幸せ 食べて幸せ 歌って幸せ」であった。至福の思いで、感動が渦巻き、いつまでもここにひたっていたかった。
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コンサートが終わった。

鼓土里座は、椛の湖、さんさに続いて、その代わりとして「フィールドフォークの聖地」になることであろう。
第二回以降も、大いに期待したいと願うばかりである。土着パワーは必ず実現されていくであろう。
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打ちあげでは、郷土料理の数々が出された。よく食べ、良く飲み、よく談笑した。

裏方の土着ファミリーたちには、本当に頭が下がる思いである。彼女たちなしでは、このようなイベントは無理であろう。ファンたちの思いをくみ取り、果敢に実行された大棟梁をはじめとする土着民、出演者の皆様に、いくら感謝しても足りない。

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鼓土里座

中津川市の付知町を訪れた。ここの鼓土里座で、「朴葉寿司&フィールドフォークコンサート」が行われる。

木曽路フリー切符を利用して、中津川まで特急「しなの」に乗る。バスで、付知町へ。清流の付知川では、鮎の共釣りをしていた。昔自分もしていたので、つい眺め入ってしまう。

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飛騨街道を歩く。人通りはあまりないが、懐かしい感じのする町並みだ。「そでや」さんの店の前には、コンサートのポスターが掲示してあった。
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今夜泊まる「山下や旅館」に荷物を預ける。女将さんの愛想が良い。
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可児市の友人に、鼓土里座まで送っていただく。彼もフィールドフォークをこよなく愛する者だ。久しぶりに会ったので、話が弾む。

鼓土里座は土着民のフィールドフォークの活動の場所で、なんとメンバーの大棟梁が自分で建てられた。
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出演者たちが音合わせをしていた。とても音響が良い。土着民の大棟梁さんに挨拶をする。付知の風土をそのまま表したような、とても純朴で誠実な人である。今回のコンサートの原動力である。
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婦人部たちは、朴葉寿司を懸命に作られていた。聞くところによると、600個作られるという。手際の良さや、協力ぶりに、ついつい見とれてしまう。

土着民や我夢土下座のファミリーたちは、良いコンサートを作り上げる男たちのために、献身的に働いておられた。それが実に楽しいという感じで、どの顔も生き生きと輝いておられる。

この女性たちがあっての、コンサートなのだろう。
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我夢土下座のメンバーたちや、おっかけたちと、久しぶりに会った嬉しさで固い握手を交わす。島田の弥次喜多さんたちも来られていた。同窓会の始まりである。満面の笑みの花々が咲き乱れている。
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バンマスが何やら怪しい行動をされていた。ブログでおなじみの、端材木工の出店を立ち上げられたのだ。密に集まる蟻のように、みんなが押し寄せた。どれも欲しいのであるが、少し遠慮をして遠目で見ていたら、次から次へと品物が売れていった。本気になって割り込んだのだが、タッチの差で長老に最も欲しいものをかすめ取られた。
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端材木工の出店は殺気立っていたが、他はゆったりとした時間が流れていた。コンサート前の、この時間が好きだ。
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朴葉寿司を作る体験もあった。土着民たちのアイディアやエネルギーには、本当に圧倒されるばかりだ。
コンサートが始まる。(別項)

打ちあげにも参加し、山下屋旅館で土着の人たちを交えて再び飲んだ。医者から禁じられていたが、この日だけは爆飲も良いだろう。

翌朝、コンサートの余韻を楽しみながら付知川沿いを散歩する。二日酔いで少し頭が痛いようだが、心地良い。付知川は大好きだ。
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宿の女将さんに鼓土里座まで送っていただく。

土着民たちは後片付けをされていた。なんと、ゲストのあかべえさんも手伝われていた。これが人間性というものだろう。
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島田の弥次喜多さんたちに、中津川駅まで送っていただく。ここに集うものたちは、みんなやさしい。フィールドフォークのおかげで、やさしくなれるのだろう。

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2018年6月 8日 (金)

勝手に万歩会

近所のシルバーたちが、「勝手に万歩会」なるものを立ち上げた。健康のためには、まず歩くことが大事だということで、懇親も兼ねている。

今回は、三上山(373m)登山。梅雨入りしたが、何とか天気は曇り。

近くの公民館に7人が集合して、歩き始める。740年に都が置かれた恭仁京跡で、しばし休憩。仏生寺をすぎ、海住山寺から山に上る。

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山城森林公園に着く。リーダーのSさんは、あまり休憩を取らないので、正直かなりきつい。
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三上山の頂上には、展望台がある。

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三六〇度見渡せる。南方には、我が住む団地が見える。
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西方には、生駒山や木津川が遠望できる。
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北は、山城の山脈が見える。
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東は、信楽の山脈が見える。

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下山して、竹の中の道を歩く。山城の筍として有名である。
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腰折れ地蔵がおられる。
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上狛駅から加茂駅まで、電車に乗る。
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三万歩を超えて、かなりの筋肉痛である。みんな、疲れたけれど満足そうな顔であった。

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2018年6月 7日 (木)

行者まつり

浄瑠璃寺で、第一六回行者祭りが行われた。毎年、役行者の昇天の日とされる6月7日に開催されている。

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住職の佐伯功勝さんが、案内文に次のように書かれている。

「原発の事故以降も、数年に一度と言われていた大災害も毎年止むことがありません。だから、今年も『一天四海 安穏泰平』を改めて祈念しなければ思っております。(中略)行者さんと縁を結んで、私たちが失ってしまった大切なものを気づかせてもらえたらと思います。」

浄瑠璃寺の周辺の地蔵堂では、いろんなイベントが行われている。R20180607_094132_r

NPO法人ふるさと案内・かもは、「高田寺(こうでんじ)薬師如来と大門石仏めぐり」を主催した。10数人の参加者があった。最近入会したばかりの私も、お手伝いをした。

浄瑠璃寺口までバスで行き、小高い山にみんなで上る。石造の行者像がおられた。大峰山信仰の名残であろう。
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高田寺に案内する。夜遊び地蔵が微笑みながら迎えてくださった。
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住職さんから、詳しいお話をお聞きする。本尊の薬師如来像は、藤原時代に作られた洗練された彫像である。台座裏には、保安(1120年~1122年)の年号と、藤原実方の歌が墨書されている。
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「薬師如来は東方世界にあって、娑婆の苦悩にあえぐ、我々のその苦悩や哀しみを抜き取って、正しく浄土に向けて進めるように生きる力を与えてくれる如来である。」

永遠の未来へ来迎してくれる阿弥陀如来も、柔和な顔でましておられる。
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屏風に書かれた仏画に、すっかり目を奪われた。
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高田寺から、田んぼを見ながら当尾へと歩く。
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当尾大門の丈六仏を、仏谷の対岸から眺める。
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大門の石仏や、藪の中の石仏に案内する。石仏の著作もある、ふるさと案内・かものIさんが詳細に解説してくださる。
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浄瑠璃寺に参る。今回のリーダーのOさんが、専門の歴史をひもといてわかりやすく解説される。
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午後からは、「神変大菩薩三尊像供養と祈願」、住職の法話「懺悔ー過去を振り返る・自己を振り返る」などが行われる。

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2018年6月 3日 (日)

6.3京丹後総決起集会

「米軍Xバンドレーダー基地撤去!東アジアの平和を!」を求める「6.3京丹後総決起集会」が行われた。京都駅前からバスに分乗して、一路京丹後へ。由良川を窓外に眺め、てんきてんき村で休憩。立岩を見に行く。サイクリング大会のイベントがあり、混雑していた。

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丹後国定公園や、山陰海岸ジオパークに指定されている。豊かな自然が残っている。
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久僧公民館で、集会が行われた。主催は米軍Xバンドレーダー基地反対協議会、協賛は米軍基地建設を憂う宇川有志の会である。
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代表世話人の大湾宗則さんが、主催者として挨拶された。東アジアの情勢を冷静に分析されていた。

「4月27日の朝鮮南北首脳会談と板門店宣言は、朝鮮半島南北の民衆、そして東アジアの民衆の何としても戦争を避けたいという平和への願いを反映したものであった。私たちはその会談と宣言を断固支持する。」
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憂う会の永井友昭さんは、毎日基地の状況を見回り報告されている。永井さんが、ユーモアを交えながら現地報告された。(毎日新聞より抜粋)

「軍人宿舎や厚生施設を建設中の2期工事を取り上げ、『住民は全く無視する日米軍事同盟と日米地位協定の本質が工事に現れている』と切り出した。その理由として『数々の約束違反』を挙げた。『原則として休日には工事はしない』と約束しながら事前の通告無しに2度(4月21日と5月19日)にわたって実施。2度目は京丹後市長が抗議した直後で『市長と市民の顔に泥を塗った』と指摘した。さらに、基地の外の里道を掘削したことについて『米軍は業者に責任を全部押しつけた』と述べた。その上で、『市民の切実な要請にも日本の防衛省は『米軍に伝える』と答えるばかり。これが米軍基地の本質だ』と指摘した。」

早期警戒レーダー「Xバンドレーダー」の電波停止要請に応じずに、ドクターヘリの救急搬送が17分遅れた。この問題について、永井さんは「丹後地方、そしてわれわれが住む宇川は過疎地で、ドクターヘリはまさに命の最前線だ。米国に従属しているさまは独立国家として情けない」と述べた。

「人命より軍事優先」の米軍は、即刻撤退すべきである。
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沖縄平和運動センター議長の山城博治さんが、 激情を抑えながらもたいへん熱くスピーチされた。(毎日新聞より)

「『政治家や軍人に求められているのは現実を見ることだ。現実を見ないと誤る。日本には原発が数多くある現実がある。一発でもやられたらおしまいだ。今の日本の指導者は軍備拡張ばかりだ』と警鐘を鳴らした。日々ごう音に包まれている嘉手納基地をはじめ、『泣き寝入りしかない』という米軍関係者による『公務外』の交通事故など沖縄の現状を語った。」
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THAAD配備反対金泉(キムチョン)市民対策委員会のク・ジャスクさん、パク・ビョンジュさんが、韓国の闘いを具体的にスピーチされた。実に勇気づけられる発言であった。
「配備された星洲(ソンジュ)は、山の中の小さな村。THAADのような武器は似合わない。住民の日常の平和が破壊された。」

「北朝鮮の核の脅威に対抗するというが、3~五分で飛来するミサイルの迎撃が不可能であることは専門家も認めている。THAADは東アジアの覇権を維持するためのミサイル防衛体制の一環である。」

「ローソク革命により、朴政権を打倒して、THAAD配備阻止闘争を推進して、東アジア情勢の転換を切り開いてきた。それはまさに、民衆の闘いこそが歴史を前進させる原動力をまざまざと示す事態である。」
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近畿連絡会各府県からのアピールがあり、その後集会決議。閉会の挨拶を、服部良一さんがされた。京丹後にも、沖縄にもどこにも米軍基地は要らない、という強いメッセージが伝わってきた。

「韓国をはじめとした東アジアの民衆との連帯を強化しよう。辺野古新基地建設を阻止して、基地のない平和な沖縄・日本を目指して、各地の反基地運動の結合と連帯を推進しよう。とりわけ近畿地方においては、米軍Xバンドレーダー基地撤去に向けて民衆の力を総結集させていかねばならない。」
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久僧海水浴場の駐車場から、デモスタート。美しい海の景観を見ながら、大きな声を張り上げながら歩いた。
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広範に拡張された、自衛隊基地が見えてくる。軍拡路線をまっしぐらに進む、安倍政権の姿がありありとわかる。
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清凉山九品寺は、海洞穴の上にあり穴文殊と言われる。本堂や山門は、江戸中期に建てられた名刹である。両隣に自衛隊と米軍基地があり、更に拡張しており、文殊菩薩は憤怒の塊となっておられるだろう。参道の古い松は、息絶え絶えである。
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美しい海の景観を損なう、米軍基地。第二期工事が始まり高い壁で封鎖されており、たいへん不気味な情景である。
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平和菜園に、鯉のぼりがはためいている。
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すぐそばに、袖志の集落がある。地元への優遇なのか、公園にぴかぴかの遊具が置かれ子どもたちが遊んでいた。子どもたちの未来のためには、こんなものは不要だ。その無邪気な顔を見ながら、「ここの大人たちは小さくてもいいから、基地NO!の声を上げて欲しい」と願った
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またバスで京都まで。解散して家に着いたのは、10時前であった。

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2018年6月 2日 (土)

伊賀甲賀ピースナインコンサート

ふるさと会館いがで、「伊賀甲賀ピースナインコンサート」が行われた。趣旨は、二つある。一つは、「憲法九条こそ平和をもたらす希望の星」で、平和を希求することである。もう一つは、「堤洋子さんを笠木透さんの歌で励ますつどい」である。

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会場には、洋子さんの作品が展示してあった。折り紙工芸、特に一枚の紙で作る連鶴には、たいへん驚嘆した。

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洋子さんは、短歌や絵手紙もお上手である。
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ところが、洋子さんは現在、脳の萎縮により認知が進み、要介護1になられた。夫の健治さんが、次のように書かれている。

「できないことを嘆くより、できることを楽しもうと、洋子が少しでも意欲が湧くように、いま二人三脚でがんばっています。洋子の好きな笠木さんの歌で洋子を励まそうと、仲間のみなさんの力を借りて、ピースナインコンサートに取り組むことになりました。」

会場は満席で、追加で椅子を用意するほどであった。年齢層は、60代70代の輝くシルバーたちである。

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森みち さんが「花さき山」(原作:斉藤隆介 作曲:山本忠生)を独唱された。物語の中にずんずん引き込まれていく。ソプラノの天に響く美しい声が、心の琴線をびりびり震わす。
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雑花塾の増田康記さんが、笠木透さんの作詞の歌を10曲歌われた。「海に向かって」、「君は君の主人公だから」、「君よ五月の風になれ」、「長良川」、「アザミの花」、「ひとつぶの涙」、「千枚田」、「豊かな青い海」、「海は広いよ」、「ぺんぺん草」である。
増田さんが、笠木透さんの思いを重ね合わせて熱唱された。笠木さんとは違ってだみ声ではないが、巧みなギター演奏とあいまって観客の心を深く揺さぶった。歌詞カードを坪さんが作られており、観客も一緒に口ずさんだ。

雑花塾のメンバーがもっとここにおられれば、笠木透の魅力がますます引き出されるのになあと思った。
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作曲された廣岡明郎さんと一緒に、「憲法九条五月晴れ」を歌った。

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洋子さんが登壇されて、「私の子どもたちへ」などの歌をみんなと共に歌った。洋子さんは喜色満面で、この上もなく嬉しそうだった。認知が進んでいるとは、到底思えなかった。
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このコンサートの呼びかけ人代表である、西田さんが登壇されて、お得意の「平和の暦」をみんなと共に歌った。西田さんは実に大きな声を出されて、会場を盛り上げておられた。
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友人たちから、洋子さんに花束贈呈。
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健治さんや西田さんたちが手作りされた、実にアットホームな感じがする、すばらしいコンサートだった。モクモクファームで打ちあげがあるそうだが、友人たちを送らなければならないので失礼した。これから洋子さんと二人で、手を携えて地道に歩まれることだろう。

奥さん思いの優しさを、私も実践しなければ・・・・。

西田さんから、9月恒例のピースライブ(京都教育センターにて)のチケットを購入した。




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