2018年9月 1日 (土)

2018 PEACE LIVE

第14回「2018 PEACE LIVE」が、京都教育文化センターで行われた。笠木透さんと共に創られてきて、亡き後も継続されている。戦後73年、憲法誕生から71年経ち、憲法改悪の嵐が吹きまくる中、このコンサート開催の意義は非常に深い。

トップバッターは、川口真由美さん。

辺野古基地反対のために、足繁くキャンプシュワブゲート前まで通い、歌で勇気を与えておられる。「ケサラ」は、心にジーンと響いた。「人のチカラ」(新しいCDのタイトル)は、「国のチカラ」に必ずうち克つはずだ。

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二番手は、早くも高石ともやさん。
「蝉しぐれ」を熱唱されて、心に届いた。笠木透さんと出会った頃のお話しが、興味深かった。「街」は「小さな町」と同じく、名詞が連なっているとの指摘もあったようだ。
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次は、松元ヒロさん。
今の政権に対して、庶民はどのような思いを持っているのか、批判を笑いに包んで、次から次へとテンポ良く語られる。移り変わる表情を見るだけでも、笑えてくる。憲法を改悪することは、絶対に許さない。「憲法くん」よ、共に元気に生きていこう!
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ジュスカ・グランペール

ギターとバイオリンとの音色の饗宴だ。「祈りのボレロ」は平和を願いながら弾いておられる。優しい気持ちに包まれてくるのが不思議だ。
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最後に、雑花塾(増田康記さん、山本忠生さん、鈴木幹夫さん)。トリとして無名の我々がどうかと謙遜されていたが、やはり雑花塾でなくてはいけないだろう。このライブは、笠木透さんと共にこれからも創っていくべきなのだから。

「海に向かって」、「君は君の主人公だから」など、笠木透さんの若かりし頃の歌がまず披露された。「ペンペン草」、「恵那山」など、雑花塾のなかで作られた歌へと続いた。そして、「軟弱者」、「ピースナイン」は、聴衆と共に歌った。私も「軟弱者」として生きるつもりだ。静かな闘志がわき起こってくる。

できることなら、全国に散らばる雑花塾のメンバーたちが、この日に集結して「雑花塾」として歌って欲しいものだ。

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PEACE LIVEの看板歌とも言える、「平和の暦」を最後に歌って欲しかった。
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笠木透メモリアルCDブック「歌がなくては 人間らしく 生きてはいけない」がこの日発売された。このタイトル通りに、出演者も聴衆たちも、「歌」によって「人間らしく」生きようとしているのだろう。このライブを通して、そのことをずっと感じていた。

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2018年8月29日 (水)

涼を求めて

猛暑に耐えかねて、青春18切符を使って、涼を求めて日帰りの旅をした。

まず、8月17日(金)に、養老の滝と醒ヶ井。

養老駅から、歩いて約40分。汗だくだくであったが、滝飛沫を受けて、すっかり疲れがとれた。

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菊水泉は、百名水の一つである。清冽で美味しい。この水を飲めば若返るというが、それは叶わず。
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大垣に寄る。自噴井戸が各所にある。冷水をいただく。
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醒ヶ井の地蔵川を散策。川沿いに、中山道の宿場がある。梅花藻の白い小花と、百日紅の赤い花とが、みごとに合致している。
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8月22日(水)、奥琵琶湖に行く。マキノ駅で下車して、レンタサイクルで海津大崎の辺りを彷徨う。竹生島がすぐ近くに見える。
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新旭駅で下車する。針江の生水の郷を訪ねる。伏流水を、かばた(川端)と呼ばれる仕組みで各家庭が上手に利用している。水が良いので、酒蔵はもちろんある。
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8月29日(水)、紀伊の湯浅、由良町を訪ねる。

まず、名物シラス丼をいただく。
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レンタサイクルを借りて、海岸沿いを走る。
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日本のエーゲ海と言われる、白崎海洋公園まで行く。起伏があり、かなりきつかった。しかし、石灰岩の白い岩、澄み切った青い海に、癒やされた。
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9月3日(月)、名松線に乗るり、伊勢奥津に行く。
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レンタサイクルを借りる。電動自転車で、無料。非常にありがたい。アマゴの住む清流を見ながら、ただただ無心に彷徨う。水着と水中メガネを持って行ったのだが、水が冷たすぎて潜りは断念。
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青春18切符の残り一枚は、妻が使用する。

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2018年8月24日 (金)

まるでファーマー

京都府と奈良県の県境付近で、農作業のまねごとをしている。

県境の尾根筋を車で走ると、このような景色が見える。

京都府方面

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奈良県方面
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畑のオーナーの友人から、耕耘機の手ほどきを受ける。最初は戸惑ったが、次第になれて面白くなる。
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畑では、毎日が発見の連続である。

フォックスフェースの花が咲いた。花は早くも、その名の通りだ。
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千生り瓢箪は千もないけれど、このような双子もできた。
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赤くて小さいカボチャができた。観賞用であろうか。
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カボチャは多種類植えた。
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「し」の字のカボチャができた。
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日々、ミニトマトやオクラなどたくさん収穫する。

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2018年8月15日 (水)

かも平和の鐘

8月15日(水)正午に、加茂町内の寺院で一斉に平和を願う鐘が鳴り響いた。加茂町九条の会などが実行委員会を作り、毎年行っている。

私は岩船寺担当で、市議の西山さんとお参りする。紫陽花の花はすっかりなくなっていた。

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住職の植村氏親子が、戦没者の追悼と平和を願って読経して鐘を撞かれた。その後、参拝者が鐘を撞いた。ポーランドからやってこられたグループも、趣旨に賛同して鐘を撞いた。たいへん国際色豊かなものになった。
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岩船寺から、今年の「かも平和の鐘」のつどいが行われている大願寺に行く。すでに、鐘撞きや住職のお話は終わっていて、ちょうど木津川市木津に在住の南さんが、「こどもから見た戦争体験・機銃掃射をうけて」と題して戦争体験を語られていた。
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南さんは、1945年5月に地元で機銃掃射を受けた恐怖を語られた。そして、戦争が終わり、ゆっくり寝られる喜びと平和のありがたさを述べられた。京都新聞より「『こどもまで巻き込む戦争は馬鹿げている』と強い口調で訴えた。」

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2018年8月14日 (火)

陶芸(8月)

いつも酸化で焼くのだが、今回は還元。地味になるが、酸化よりは渋い味が出る。20cmから30cmの大きさの、食器を作ることが多い。

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下手は下手なりに、やっていくしかないのだろう。

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2018年8月12日 (日)

勝手に万歩会(奈良まで)

近所の人たち6人で、勝手に万歩会。炎天下、奈良まで歩いて行き、鰻料理をいただく趣向。

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梅谷の集落を過ぎて、奈良阪を通り、般若寺へ。
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奈良少年刑務所は、やがてホテルになるという。
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鴻池周辺には、運動施設が多くある。
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大仏鉄道の終着駅が、公園になっている。
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三条通まで歩き、うなぎ料理屋へ。
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いつもサンマの蒲焼きで誤魔化している身にとって、実に美味しいものであった。しばらく、胃は驚き尽くしているだろう。

質素な食事になれているが、たまにはこんな贅沢も良いのかもしれない。

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2018年8月11日 (土)

自治会の夏祭り

自治会の夏祭りが行われた。

わが住む丁目の区長をしているので、何かと忙しく動き回っている。この日は、午前中は買い出しをして、午後からは場所の設営や火起こしなどをして、6時よりフランクフルト販売開始。

高齢化する団地であるが、この日ばかりは子や孫たちが帰省しており、祭り会場は足の踏み場もないくらいであった。

800本を、約1時間半で完売した。皆さんの協力があって、成功裡に終わった。

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長蛇の列ができた。1本100円の安さだ。
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夜店が忙しすぎて、河内音頭の踊りなどは全く見られなかった。

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2018年8月 8日 (水)

オクラの花

水やりや草刈りなど、畑の世話に追われている。かなりの重労働で、心が滅入るときがある。今日は、早朝6時より栗林の草刈り。

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休憩して汗をぬぐうときに、野菜の花たちに救われるような気がする。自然としばらく見入ってしまう。

特に、オクラの花が好きだ。あのネバネバとした野菜が、このような清爽な花から生まれるとは!

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フォックスフェースは、花も狐の面影がある。
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落花生の花
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シシトウの花
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西瓜の花
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ゴーヤの花と、実
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真桑瓜の花と実。
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瓢箪の赤ちゃん。
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西瓜がたくましく成長した。
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南瓜を収穫して、煮物を作る。
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親類から、高級桃をいただく。食べるのがもったいないような気がする。
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近所の釣り好きな人から、イサキを分けていただく。和歌山南部まで、早朝出かけたそうだ。生きが良くて、実に美味しい。これを食べたら、スーパーのものは買えなくなる。
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一日の終わるスピードが、とても早い。勤務していた頃とは、大違いだ。それだけ充実しているのだろう。

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2018年8月 5日 (日)

帰省

岡山禁酒會舘マンスリーライブが終わり、翌朝福山へ。兄が迎えに来てくれていた。

実家に帰る途中、地元で人気のある大衆食堂へ行く。「ニク」がとにかくうまい。甘口だが、中華ソバも美味しい。いっぱいやりたいところだが、我慢!

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午後から、福山平和フォークジャンボリー。その後、実家に行く。兄たちは、私の酒好きなのを知っており、酒肴を用意してくれていた。ほんまにありがたいことである。

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兄や甥っ子たちと、よく飲み、よく話をした。

翌朝、5時から散歩と墓参り。7月豪雨の爪痕が、随所に残っている。

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蓮池がある。豪雨で亡くなった人たちを、心より哀悼する。R20180805_060533_r
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昔、父の命令でよくこの酒蔵まで酒を買いに行かされた。今は、もう荒れ果てている。
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芦田川の沈下橋が欠落している。豪雨の凄まじさを物語っている。
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母のグループホームに行く。95歳の認知症の母は、私のことが誰か分からなかったが、心持ち嬉しそうな顔をしていた。

その後、母の実家のある井原市へ行く。墓参りをすませた後、葡萄の産地である青野へ行く。
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美星町へ行く。鶏肉の焼いたのを土産にする。これは実に美味しいのだ。
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ジーンズの店がある。母の実家は、ジーンズの綿布を織っている。
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矢掛を通る。東に車で15分も行けば、真備町がある。兄の話によれば、まさに悲惨の極みだということだ。辛すぎる話だ。それでも、住民は必死に復興に努めている。
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笠岡まで行く。最近売り出しの、笠岡ラーメンを食べる。
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兄に福山駅まで送ってもらう。

車中では、ずっとOZAKI UNITの「雑木群生」のCDをずっと聴いていた。

兄もファンになってくれて、たいへん嬉しい気がした。

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2018年8月 4日 (土)

福山平和フォークジャンボリー

8月4日1時から、福山市駅家町のカフェ・ドゥ・ララで、第3回「8.6福山平和フォークジャンボリー」が行われた。7月豪雨災害の救援チャリティーライブとして、収益金は被災者支援に当てられる。

私の実家から車で約10分くらいの間近であり、兄夫婦と参加した。クリームイエローの壁が印象的な、山小屋風の洒落た店である。

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まず、原爆犠牲者や7月暴雨災害での死者を哀悼して黙祷。

広島県では、原爆が生活のすぐ隣にある。73年経ち風化しつつあるが、忘れないための行動を懸命にされている。
地元の人たちが、平和に関する歌を披露された。「むらさきだいこん」、「リナフレンズ」、「あやみきこ」、「すきま風」、「アジアン」、「たそがれどんべえ」。初めてお聴きしたが、自ら歌ったように生きておられる人たちのように感じた。飾らずおごらず偉ぶらず、その人間性がそのまま現れていた。まさに、「雑木群生」の「雑木」たちであった。どこかの国の政治屋たちと、全く対極にある人たちだ。

我が故郷で、このように平和を希求しながら、自らの歌を創り、歌い続けている人たちがいることを知って、たまらなく嬉しかった。

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ゲストは、OZAKI UNITである。正直に言えば、彼らの歌が聴きたくて、ここへやって来たのである。始まったのは、予定の3時を大幅に過ぎていた。地元の人たちの熱唱が続いたからやむを得ない気がするが、兄たちは少しおしりが痛くなったようだ。
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QZAKI UNITのリーダーの尾崎ツトムさんは、今まで見たことがないような異様に輝く目で登場された。このステージにかける、強い意気込みが伝わってきた。
まず。大谷さんの「鳥の歌」の演奏。岡山でのフォークジャンボリーでもこの曲から始まった。室内の雰囲気が厳かになり、憲法9条の鳩たちの羽ばたきが聞こえてくる。
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「木は立っている」、「横並びに歩きたいね」、「雑木群生」、、「牛窓オリーブ園の丘にて」「今はワルツを」、「灯り」。

ここには紛れもない、「うた」があった。民衆の生活の中から生まれ出た、ビー玉のように懐かしくも心温まる歌たち。そして、理不尽なものに対してあらがい続ける、斧のように頑として強靱な歌たち。
聴衆は、OZAKI UNITの創り出す音の世界に親しみ、心がいつのまにか軽くなり、自由に飛翔するようだった。

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「アブラゼミが鳴いている」、「大浦湾は誰のもの」、「歴史教科書」、「愛するもののために」、「ホタル狩り」。
戦争前夜のような今の世の中に、終止符を打たなければというメッセージが、、インパクト強くストレートに伝わってくる。今に妥協するのではなく、今を変えていかなくてはいけないという勇気が、ふつふつと自然に湧きだしてくる。

それにしても、尾崎さんのこの日の歌唱は、鬼気迫るほどの何か凄い迫力があった。ビデオカメラを持つ手が、何度もうち震えたほどだった。
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「花はどこへ行った」、「原爆を許すまじ」、「メープルシロップ」、「恵那山」。

最後に「恵那山」を歌われたのは、笠木透さんのことを意識されたのだろう。亡くなるその年、2014年にこの地で病気をおして平和コンサートを開かれた。今回出演されている方たちが、たいへんよく世話をしてくださったということだ。そのお礼を込めて、尾崎さんは最後に歌われたのだろう。笠木透さんは三途の川を渡ってきて、今ここにおられるような気がした。どっしりとした大きな体躯が、嬉しそうに揺れ動いた。
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アンコール曲は、「風は」。尾崎さんの伸びやかな高音が、平和への思いを載せて会場内に巻き起こっていた。

聴衆の拍手が、いつまでも鳴り響いていた。

終わったのは、6時近くだった。5時間あまりの長丁場であり、兄たちは少し虚ろな表情をしていた。

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