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2011年3月

2011年3月27日 (日)

亀岡

亀岡運動公園にある体育館にて、ソフトバレーの近畿大会があった。試合前に近くを散策した。

秋にはすぐ体育館横の田畑が、広大なコスモス園になるが、今は何もない。サクランボの花が咲いていた。

柳の薄緑の色が好きだ。

櫻はつぼみがまだ堅かった。

鳥たちも、春を待ちこがれてるようだった。

30/40代相手に、試合の方は1勝しただけであったが、いい勉強になった。若いパワーはやはり羨ましい。

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2011年3月26日 (土)

加茂散策

加茂の里周辺を歩いた。まず常念寺へ。このお寺を中心に念仏の教えが広がった。室町時代に、真盛上人が「無欲清浄 専勤念仏」(人は正直であることが大切で、心の安らぎは念仏にある」と説かれた。。

南北朝時代の阿弥陀如来立像などの貴重な仏像や、釈迦涅槃図などの絵画も納められている。数年前に10数㍍の観音菩薩が建立された。

ここから駅がよく見える。今ではマンションが建っているが、昔は駅の周辺には桜並木があった。昔の方が、風情があった。便利かもしれないが、むやみに開発するのは反対だ。

連翹(れんぎょう)の花が満開であった。シンプルな花びらで空に向かって歌を歌うような感じであった。

ジンチョウゲの気品ある香りに、しばらくたたずんでしまった。

明日は試合で、亀岡まで行く。

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2011年3月23日 (水)

鹿背山城

3月24日(木)NHK教育テレビ【趣味工房シリーズ】直伝・和の極意
体感・実感!「日本の名城」

第11回 「鹿背山城」 縄張り図を読む 15:10~35

第12回 「鹿背山城」 縄張り図を書いてみよう 22:00~25

近くの鹿背山城が取り上げられます。今も人知れず眠る貴重な遺構を観察して、遺構の位置や大きさを縄張り図として蘇らせる。この番組を見れば、きっと山歩きが楽しくなると思います。

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2011年3月22日 (火)

伝統産業の日 (最終回)

二条川端のラーメン屋「華芳」に寄った。本に載っているようで、醤油味の

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2011年3月21日 (月)

伝統産業の日 (その3)

みやこめっせを後にして、平安神宮に行った。背後に大文字山が見えた。少し雨が降っていたので、観光客はまばらであった。

西方の白虎楼、当方の蒼龍楼は、平安京の朝堂院を模している。

次に、金戒光明寺を訪ねた。「黒谷さん」の名で親しまれている、浄土宗のお寺。

熊谷直実の鎧掛けの松(この寺に法然を訪ね、鎧をこの松に掛け出家した。)

三重塔(寛永10年)1633年建立

真如堂に行った。天台宗の古刹で、極楽浄土を願う十日十夜の念仏会がある。

紅葉や彼岸桜の名所である。

紅梅はまだ蕾だった。

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伝統産業の日 in みやこめっせ(その2)

舞妓さんの春の踊りがあった。顔よりも身にまとう装飾品があまりにも美しくて見入ってしまった。

午前一時頃まで仕事をして、寝るのは三時頃になると話をされていた。きれいやけど、ラクや無いなと思った。

京都市伝統工芸連絡懇話会主催の「京に生きづく手しごと展」では、職人さんの話が聞けて工芸品も買える。
京こま(着物布や綿紐を巻き重ねてつくる)三センチくらいの小さいのを買い求めた。

花かんざし・京和傘

提灯・京弓

京丸うちわ・京つげぐし

京の伝統産業わかば会(若人たちの感性や美意識は、やはりすばらしい。)

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伝統産業の日

京都ではこの時期を伝統産業の日と名付けて、京都の伝統産業の啓蒙をしている。エリアは岡崎、東山、西陣、室町のエリアで行われている。今日は京都市勧業館(みやこめっせ)に行った。
京手描友禅作品展では新作着物・帯の展示発表や実演が行われていた。また、西陣織の優秀作品が展示してあった。

美しすぎて酔ってしまうようであった。

値段はどれくらいするのであろうか、ただ見るだけでいい。

地下1階には京都伝統産業ふれあい館があり、伝統工芸品の数々が展示してあった。匠(たくみ)による技(わざ)の実演は、つい見とれてしまった。
金箔貼り

美しい伝統工芸品に触れて、豊かな時間を過ごした。
京人形

京扇子

甲冑


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當麻寺・二上山(終わり)

相撲の始祖として知られる當麻蹴早(たいまのけはや)の塚があり、相撲館には本場所と同じサイズの土俵があった。

當麻寺への街道には、旧家が至るところにあった。

玄関口に「水」と書いた石瓶があった。防火の用心のためだろうか。


當麻寺から石光寺へと歩いた。途中の道から二上山がよく見えた。雄岳517㍍雌岳474㍍の二峰からなり、雄岳の頂には大津皇子の墓がある。「うつそみの 人なる我が 明日よりは 二上山を 弟世と我が見む」

中将姫の墓塔があった。十三重石塔で高さ約三メートルある。

その近くには洒落たギャラリーがあった。

石仏の柔和な表情を見ながら、被災地の復興を願った。

石光寺に寄った。光り輝く石仏が掘り出されたという。石造の弥勒仏は白鳳時代の日本最古のものである。

中将餅というよもぎ餅を土産に買って、帰途についた。

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當麻寺(たいまでら)・二上山

バレーの練習が終わり、近鉄で當麻寺に行った。當麻寺は二上山の山麓にあり、真言宗と浄土宗の両宗が並立している。牡丹の寺として有名であるが、今は人も少なかった。

中将姫がこの寺で深い信仰と仏様の加護により、曼荼羅を織り上げられた。この當麻曼荼羅は極楽浄土を現し、本尊としている。

東塔西塔は平安時代創建で、国宝である。

日本最古(白鳳時代)の石燈籠と梵鐘。

仁王像は本当に怖い形相であった。この大震災を天罰と言った愚劣で無慈悲な知事が居るが、被災地の方々に誠に失礼な発言である。ただ、原発の事故のことを考えると、人間の仕業を深く反省しなければならない。仁王像を見ながら、そんなことを考えた。

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2011年3月20日 (日)

東海道(桑名) ラスト

六華苑には和館も併設されている。この和館も国の重要無形文化財である。大正元年に棟上げされた。とにかく広い。

格調の高い客座敷である。

富豪はやはりスケールが違う。

蔵は2つあり、離れ家があり、稲荷社もある。番蔵棟では華道の展示がされていた。

池泉回遊式の庭園がある。

桑名の千羽鶴は一枚の紙から連続した鶴が作られる。

萬子焼き(赤泥紅色丸文瓶)

「その手は桑名の焼き蛤(はまぐり)」と言われるように、木曾三川の淡水と海水がほどよく混じり、蛤やアサリがよく獲れる。貝のしぐれ煮を買って土産にした。

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東海道(桑名宿) 第2回

揖斐川・長良川の傍らに、六華苑という旧邸(国の重要無形文化財)がある。入苑料は300円したが、それ以上の値打ちがあった。六華苑は、山林王と言われた桑名の実業家である、諸戸清六の邸宅として大正2年に竣工した。

この洋館は、鹿鳴館などを設計した日本近代建築の父と言われるイギリス人のジョサイア・コンドルが設計した。圧倒的な存在感を持つのが、4階の塔屋である。

天井には、イギリス王朝を象徴する薔薇模様が施されている。
暖炉はアールヌーボーの様式である。

神戸の異人館は人がいっぱいであるが、ここは私一人であった。

こんなサンルーフで一日中本を読んでいたい。

六華苑がロケ地になった。

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2011年3月19日 (土)

東海道(桑名宿)

大震災で自粛すべきであるかもしれないが、あまりに萎縮するよりは元気を出す方がいいと判断して、近鉄を利用して桑名宿を訪ねた。三八市が開かれる寺町通りに沿って、早桜が満開であった。人間は自然の中で生かされていることをつくづく思った。


寺町通りの餅屋さんで、彼岸餅を買った。赤ちゃんの手の大きさのかわいい餅である。彼岸団子も美味しそうだった。名物の安永餅も土産に買った。

桑名宿は42番目の宿場で、尾張宿との間は、海上七里と定められた。七里の渡しは、揖斐川河口にあり桑名宿の言わば玄関口である。その近くには、船津屋という料理旅館があり、泉鏡花がここに宿泊して、その時の印象を基にして「歌行燈」という小説を書いた。

東海道の面影が残っているところは、ほとんど無い。春日神社の青銅の鳥居(寛文7年)や「左 江戸道」の江戸時代の道しるべにより、江戸時代をいくらか感じることができる。

本統寺は「御坊さん」と親しまれている寺である。松尾芭蕉が「野ざらし紀行」の初旅の折にこの寺に一泊して、「冬牡丹 千鳥よ雪の ほととぎす」の句を詠んだ。

境内には、梅やミモザの花が満開であった。

運河沿いに煉瓦造りの倉庫があった。

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2011年3月14日 (月)

鹿背山城(かせやまじょう)

3月17日(木)午後10時~10時25分、NHK教育テレビで「にっぽんの名城」を放映する。今回は、近くの鹿背山城。
この城跡は、ほとんど史料に残らないまま忘れ去られている戦国の山城である。テレビでは「遺構のの位置やその大きさを縄張り図として蘇らせる」という企画である。奈良大学の千田教授が、講師として解説されている。是非見てほしい。TAKAが自転車で山越えして高校に通っていた、あの山である。

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2011年3月13日 (日)

若者たちが動き出す

若者たちが動き出す 東北関東大震災の義援金を集めるために、JR奈良駅前で若者たちが音楽活動していた。少し照れながらやっていたが、しかしそれが実に美しく感じられた。被害者のために何かしてあげたいという思いが、様々な活動となって現れてくるであろう。JR奈良駅も高架となり、少し風情がなくなった。モバログから投稿(^0^)/

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料理屋「ゆき」

料理屋「ゆき」
14年前、子供達がサッカーしていた頃の、親たちの同窓会〓知人の料理屋「ゆき」で昔の話の花を咲かせた!この店の味は抜群だ。地酒もうまいし、飲みすぎに注意。モバログから投稿(^0^)/

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2011年3月12日 (土)

探梅

探梅
関東や東北の大地震は自然の脅威、梅や桜の開花は自然の恩恵。被害が極力軽微であってほしい。この梅は近くのお宮さんにあり、満開であった。モバログから投稿(^0^)/

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2011年3月11日 (金)

中仙道を訪ねて(最終回)

電車の待ち合わせで、南木曾駅周辺を歩いた。2時間に一本くらいしか無く、その電車を逃したら大変なことになる。桃介橋を渡った。

福沢桃介が水力発電開発のために作った吊り橋である。全長247メートルの木製の吊り橋としては、日本最大最古のものである。

名古屋までの電車がなく、中津川で下車する。

名古屋行きの電車まで40分ほどあったので、町中を歩く。和菓子屋さんのショーウインドーに、お雛様が飾られていた。

中山道の中津川宿までは、駅から割と近かった。最後は締めとして、酒蔵に寄った。はざま酒造の酒遊館で「恵那山」しぼりたてを買った。

今回の旅はこれで終わり。青春18で普通電車を乗り継いで帰った。

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中仙道を訪ねて(その3)

解説板が雪に埋もれていた。この辺りの道は険阻である。

男滝・女滝を訪ねた。この滝は旅人の憩いの場になっていたようだ。

こちらは、女滝。吉川英治の「宮本武蔵」の中に、ロマンスの舞台として登場している。

大妻籠。この辺りまで観光客が来ないので、より風情がある。

そしていよいよ妻籠。わらで作られた馬が迎えてくれた。

江戸から42番目の宿駅で、この宿が最も江戸時代の姿をよく伝えている。出梁により二階が張り出しているのが、建物の特徴である。

江戸時代の面影は、歴史的町並みの保存事業の成果である。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

団体さまが次々バスでやってこられていた。早々と退散する。

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2011年3月10日 (木)

中仙道を訪ねて(その2)

中山道は江戸と京を結ぶ重要な街道であり、132里(約550キロ)ある。69の宿場があり、旅人たちで賑わっていたのであろう。馬籠宿から妻籠宿に向かって歩く。

峠の集落。観光化されていないここの方が、江戸時代の面影がよく残っていた。、

馬籠峠。木曽駒ヶ岳がよく見えた。

山陰には雪が残っていた。何度も滑りそうになった。

立場茶屋といい、宿と宿の中間にあり、旅人に休息と利便を与えていたということである。

丸太をくりぬいて水場が作ってあった。

椹(さわら)の木で、樹齢300年。山の神(天狗)が腰をかけた休むところであったそうだ。神居木(かもいぎ)という。

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中山道を訪ねて(その1)

中津川からバスに乗り、馬籠へ。本当はここから歩いて行きたかったが、この日のうちに帰らなければならなかったので、バスを利用した。車中から恵那山がよく見えた。

馬籠宿は急峻な坂道にある宿場で、木曽路の最南端にある。

文豪島崎藤村の生まれ故郷である。「夜明け前」の舞台となったところなので、小説の各場面を思い起こしながら歩いた。

若かりし頃、この宿場にある民宿に泊まったことがある。いろりを囲んで遅くまで、手作りの漬け物を肴に酒を飲んでいた。

中山道を歩く旅人は、恵那山を仰いで何を思ったのであろうか。

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2011年3月 9日 (水)

東伊豆探訪(最終回)

大室山から伊東市に行った。途中、「伊豆の瞳」と呼ばれる一碧湖に寄った。神秘的な湖である。この周辺には大小の美術館がある。

伊東市街には至る所に温泉がある。俳人の山頭火はここの温泉を気に入っていたらしい。「大地からわき上がる湯はありがたい」と記している。

東海館

玄関

土産物屋の店先には、干物が干してあった。

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2011年3月 8日 (火)

東伊豆探訪(その4)

大室山の麓には、桜の里があった。桜が35種3000本あり、9月から翌年6月まで間断なく桜が楽しめる。

大寒桜はまだ3分咲きであった。菜の花は満開。


リフトで頂に登った。大室山は巨大なプリン型で美しい山である。沖合を通る船から絶好の目印となった。「神の山」として願い事を聞いてくださるということだ。

360度の大パノラマで、感動のあまり冷え切る中2時間くらい滞在した。
残念ながら富士山の頂はあまりよく見えなかった。

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東伊豆探訪(その3)

ホテルは温泉だったので、何度も入って温泉三昧を楽しんだ。翌日大室山を目指して歩いた。

大室山はすぐ近くに見えるのだが、なかなか遠かった。紅梅が満開であった。

白梅も見事。

昨夜は冷え込んで、雪がうっすらかかっていた。

せっかく咲き始めた桜も、雪にびっくりしているだろう。

桜には申し訳ないが、絶好のチャンスなので、思わず写真を撮りまくっていた。

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東伊豆探訪(その2)

竜ヶ崎海岸を歩いた。溶岩が海岸に流出して、無数の岬を作っている。その岬ごとに名前がつけられていることに驚嘆した。「だせんぼ」「にちょう」「なみだし」「おとじろう」「とよ」など、いったい誰がつけたのだろうか。

周辺にはヤブツバキが自生していた。

「いがいが根」の岬には、荒磯の釣り人が多かった。それと猫が多かった。10匹近いこの猫たちはどうやって生きているのだろうか。周囲には何もないので、食べ物はいったいどうやって確保しているのだろうか、それが気になって仕方なかった。

海岸線から、伊豆高原駅に向かって歩いた。辺りにはおしゃれな別荘やペンション、様々な美術館などがあった。

駅の近くには「おおかん桜」の桜並木があった。3月5日から桜祭りが行われるということだ。

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2011年3月 7日 (月)

東伊豆探訪(その1)

城ヶ崎海岸を歩き、まず門脇吊り橋とと灯台を訪ねた。吊り橋は長さ48メートル、高さ23メートルあり、最初は恐る恐る踏み出した。だが、写真を撮っているうちになれてきた。辺りは溶岩流が冷却した痕跡をとどめていた。

荒々しい波が打ち寄せ、壮観な風景に見入っていた。灯台に上り、伊豆諸島を眺めた。間近に大島が見えた。

日蓮聖人ゆjかりの蓮着寺を訪ねた。国内最大級の山桃の木があった。根回り7.2メートル樹高15メートル。

境内には河津桜があり、ちょうど満開であった。数本でも見事なのに、町内に8000本あるという河津町の桜はすごいやろうなと思った。

河津桜は、2月上旬から1ヶ月以上にわたって咲く早桜である。寒緋桜と大島桜の自然交配でできたということである。

観光客はまばらであり、河津桜の美をを独り占めにしてしまった。、「まないた岩」の伝説を思い出しながらお参りした。


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2011年3月 5日 (土)

中山道の土産

中山道の土産
土産を買うために中津川駅で降り、宿場に寄った。家への土産は、名物「栗きんとん」。中津川には和菓子屋さんが多く、栗を使った名菓がいっぱいある。街道筋の酒蔵で「恵那山」しぼりたて吟醸生原酒を買った。季節限定品で、もちろん一升瓶∞!酒だけは重さを感じない∴モバログから投稿(^0^)/

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妻籠宿

妻籠宿
江戸から42番目の宿駅。歴史的町並み保存の先駆である。若い頃泊まったことがあるが、夜の方が風情ある。次の宿場の三留野宿まで歩きたかったのだが、電車の時間が迫っていたので断念。モバログから投稿(^0^)/

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熊追いの鐘

熊追いの鐘
幸せの鐘でなく、熊避けの鐘。どうにか熊に遭遇しなかったけど、一度出会ってみたい気がする〓死んだ真似が有効かどうか試してみるのだが、怖いやろナ。モバログから投稿(^0^)/

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馬籠宿

馬籠宿
木曾と美濃との国境にあり、江戸から43番目の、中山道の宿場である。坂に開けた宿場はまれである。島崎藤村の「夜明け前」の舞台であり、藤村記念館もある。恵那山がよく見えた!今回は馬籠からスタートした。モバログから投稿(^0^)/

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中山道

中山道
馬籠から妻籠まで約10キロ歩いている。好天に恵まれたが、山陰には雪がまだ残っていた。ここは男滝。女滝も近くにある。長い氷柱が張っていた。モバログから投稿(^0^)/

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2011年3月 4日 (金)

大室山上から

大室山上から
標高581㍍しかないが、360度展望できた!太平洋、伊豆七島、天城連山、南アルプス、熱海箱根、三浦半島。富士山も見えたが、頂は雲に隠れてしまった!直径300㍍の噴火口があり、周囲1キロのお鉢巡りをして、思う存分目の保養した!モバログから投稿(^0^)/

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雪中の桜

雪中の桜
大室山は雪景色。桜の里に来たが、まだ三分咲きくらい。これからリフトで登山する!歩くコースがないのでやむを得ない。モバログから投稿(^0^)/

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桜に雪が

桜に雪が
昨晩かなり冷え込んだようで、うっすら雪が積もっていた。せっかく開花した桜も驚いたことだろう〓ホテルから大室山まで、1時間歩く!モバログから投稿(^0^)/

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2011年3月 3日 (木)

河津桜

河津桜
河津桜は花径3センチで、早咲きで開花期が長い。今夜は、ホテル伊豆高原に泊まる。焼津の鰹のたたきでいっぱいやるo(^-^)o明日は早く起きて、高原を散策する。プリン型の大室山に登る!富士山が見えたらいいのになあ。モバログから投稿(^0^)/

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河津桜と伊豆の踊り子

河津桜と伊豆の踊り子
今回の伊豆への旅の目的は、河津桜と伊豆の踊り子である。踊り子にははたして遭えるかどうかは心もとないが、河津桜は早速見ることが出来た!早咲きでビンクの大きな花である。アロエの花も巨大だった。海岸線をだいぶ歩いて、今はTシャツ一枚になった。モバログから投稿(^0^)/

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城ヶ崎海岸

城ヶ崎海岸
伊東市の城ヶ崎海岸に来ている。梅や椿はもちろん桜まで咲いていたw(゜o゜)これから伊豆高原の温泉まで歩いて〓に入る!モバログから投稿(^0^)/

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2011年3月 1日 (火)

春を呼ぶ茶源郷からの灯り

2月20日から27日まで茶源郷の和束で、春を呼ぶ灯りのイベントが行われていた。最終日、仲間に誘われて行ってきた。

竹灯籠は手作りであり、その他牛乳パックでも作られていた。かぐや姫が現れてきそうで、幻想的な空間が展開していた。

折り紙ランプも手作りである。折り紙のくす玉が、天から贈られた宝物となっていた。

和束は緑豊かな山腹に、茶畑が広がっている。宇治茶の主産地であり、「茶」の字が、緑のライトで中心に置かれていた。。

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