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2011年4月

2011年4月30日 (土)

名古屋散策

名古屋はいつも通り過ぎるだけであるが、前夜市内で泊まったので午前中散策した。まず、古川美術館へ。近代日本画が展示されているが、朝早くて開館していなかった。

久屋大通公園を通り、テレビ塔に行く。

蕉風発祥の地。貞享元年(1684年)、芭蕉がこの地で「野ざらし紀行」の「冬の日」の歌仙を興行した。俳諧が芸術の域に入ったといわれている。

市政資料館。旧裁判所があった、大正11年に建築された最古の庁舎。

名古屋城へ行く。牡丹がきれいだった。

天守閣から駅近くの高層ビルがよく見えた。

甲冑と美蝶型兜

ホラ貝と陣太鼓

葵紋入り徳利

日本刀の妖しい光に見とれた。

樹齢600年以上の榧(かや)の木。

牡丹の園でゆっくりした。

藤の花もきれいだった。

西の丸展示館で花鳥風月展を行っていた。ステンドグラスの作品が展示されていた。全額震災地へ寄付されるということで、フォットフレームを買い求めた。

名古屋駅まで歩いた。四間(しけん)道町は堀川沿いにあり、元禄13年(1700年)、大火の後に道幅を四間にしたことにより命名された。町並みが保存されている。

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東青山四季の里

名古屋からの帰途、東青山駅で下車した。

ウサギが迎えてくれた。

ツツジは満開まで少し早かったが、早咲きのもあった。

霧島ツツジの深紅がきれいだった。

せせらぎコース。小川のせせらぎを聴きながら、樹林の中を歩いた。

バードコース。鳥の鳴き声はあまり聞こえなかった。

二つのコース(全長3.1キロ)を歩いた。夕刻より、枚方市で20年ぶりに知人に会うために、早々退散した。青山高原行きは次回持ち越し。

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2011年4月29日 (金)

ミュージックキャラバン ふれ愛コンサート

今回の旅のメインは、このコンサートに参加することであった。
ステージトラック「つばさ号」が、国境なき楽団によって、フォークジャンボリーが40年前に行われた中津川の坂下にやって来た。リーダーは「飛んでイスタンブール」で有名な庄野真代さんである。50代だと思うが、その若さと美貌と歌のチャーミングさは、ただただ圧倒された。そして、被災者との共生の姿勢は、本当に感動させられた。
この地を東日本大震災の直後から、このトラックで被災地へ救援物資を運搬されていた。この坂下をスタートに、全国各地で復興応援のコンサートを開催される。
司会は元我夢土下座のメンバーで陶芸家のSさんがされていた。飾り気のない朴訥なしゃべり方が、とても好感を持てた。

セルプひまわりの皆様は、楽しく一生懸命演奏されていた。

土着民登場。大棟梁さんのパワーには圧倒される。歌を愛するというのはこういうことなんだなと教えられた。今年40周年コンサートを開かれるそうだ。

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坂下町(その2)

坂下の【キリラ坂下】で、庄野真代さんをリーダーとする国境なき楽団によるふれ愛コンサートが開かれた。少し時間があったので、付近を彷徨う。弥栄橋を渡る。我夢土下座の歌を口ずさみながら。

昨日まで雨が降り続き、木曽川は少し増水していた。

川沿いには、花桃が満開であった。

枝垂れ桜も満開。

川上川沿いには鬱金の桜(花びらが淡黄緑色)が咲いていた。

木曽川・川上川の水色と、桜の色が良く調和していた。

きりら坂下。木の実で作った。狸?たちが楽しく縄跳びをしていた。

童窯の皿を一枚買い求めた。このコンサートの司会をされていた。

地元の山内酒造所の生酒は、こくと香りが良く、いくらでも飲める。

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坂下(岐阜県中津川市)

28日は仕事で遅くなり、大阪で泊まりました。次の日、朝早く近鉄で名古屋まで行き、JRで中津川まで行きました。

5月1日は、六斎市というお祭りが行われるということです。中山道の通りで、食事をいただきました。地元の食材(芋やタケノコなど)を使った定食は、530円で、とても美味しかったです。

JRで坂下まで行きました。駅員さんに町の地図はないですかとお聞きしたら、ここは観光地ではないと笑われていました。
坂下神社で10月10日に行われる花馬祭は、とても有名です。木曾義仲が平家追討の出陣の折の故事に由来しているそうです。

鞍に差した花を奪い合う勇壮な祭を、また見に来たいです。

坂下出雲福徳神社。恵比寿様と大黒様が迎えてくれました。宝くじを持参して、おなかをさするとよく当たるということです。

この境内から、恵那山がよく見えました。

坂下は、地名通り坂の多い町でした。美濃土人形は素朴な表情にいつまでも見入っていました。

街道筋に古い家もありました。

この後、キリラ坂下に行きました。

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2011年4月24日 (日)

鹿背山城跡(最終回)

鹿背山城は、戦国末期の山城の特徴をよく残している。織豊時代の城郭前の城郭として貴重なものである。
西念寺。城の大手に当たるところにある。

地元の保存会「木津の文化財と緑を守る会」が作成された城跡の縄張り図をいただき、上っていく。

15世紀に南都興福寺の北方防御の拠点として、傘下の武将がしばしば入城した。そして、16世紀の後半に大和の北半部を支配した松永久秀が、本城を拠点とするために改修したと言うことだ。
海抜135㍍の低い山ではあるが、急坂であった。大手道を上る。

敵の攻撃を防ぐための竪堀や空堀を見ながら上った。

城虎口(城の出入り口)。後もう少し。

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鹿背山(その2)

鹿背山不動を訪ねた。天明7年(1787)の「都名所図絵拾遺」にも、この鹿背山不動が紹介されている。
不動明王は火炎を背にして右手に剣を持ち、襲いかかる災難に立ち向かって人を守る。お顔は憤怒の形相で、人々の幸せを守護くださっている。
東北の被災者たちをお守りください。

すぐ脇に巨岩がある。この巨岩の上で、仙人が碁を打っていたという言い伝えがある。

お不動様の両脇に刻銘があり、建武元年(1334)に作られたことがわかる。「諸願成就」のお不動様として、知る人ぞ知るパワースポットである。

大石を利用した手水。

その傍らに、スミレがひっそり咲いていた。

二日間雨が降り続き、久しぶりの青空だった。

菜の花、芝桜、レンゲの花の三色はすばらしい。


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大野から鹿背山へ(その1)

大野を歩いた。菜の花とネギの取り合わせは、平凡だが好きだ。

これは、大根の花。

山桜が満開であった。

地蔵院を訪ねた。

山桜が多種咲いていた。

椿の落花。

シャクナゲ。

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2011年4月23日 (土)

六角堂頂法寺

雨の中、京都市内を歩いた。六角堂頂法寺は弘法大師ゆかりの寺で、西国33カ所巡りの第18番札所である。

本堂が六角宝形造りなので、この名がある。

親鸞聖人が100日間この寺に参詣されて、霊告を得られて真宗を開宗されたということだ。親鸞聖人750回忌ということで、団体さんが多い。

北の本坊は池坊と呼ばれ、室町時代以降多くの生け花の名手を排出した。池坊華道の発祥の地である。
その傍らに、石仏が数多く祀られていた。

童地蔵。寝ておられる地蔵もいた。こんな地蔵は大好きだ。

十六羅漢。この羅漢さんは和顔愛語を実践されて、いつもにこにこ優しい顔で穏やかな話をされている。私も何とかまねをしなくては・・・・。

合掌地蔵。手と手を合わせ、その手に願いをささやこう。

一言願い地蔵。少し首をかしげておられるのは、願いを叶えてあげようかどうかを思案しておられるということだ。東日本大震災の被災者の皆様が早く復興して昔の通りの生活ができるように、ただただお願いした。きっとこのお地蔵様はかなえてくださるだろう。

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2011年4月22日 (金)

桜狩り【二条城】最終回

御所御車返し(もと御所にあった桜で、桜守の佐野氏が繁殖栽培した。)

桜と新緑の組み合わせも素敵である。

桜と紅葉の組み合わせもいい。

緑の園の八重紅枝垂れ。

桜以外に、いろんな花が咲いていた。芳香に誘われて近寄ってみると、ライラックだった。

椿。


昼食は二条城近くの小さな店「栄寿」。きつねうどんと卵丼で750円。ガイドブックに載らない店で、美味しいところが市内には数多くある。京風の甘口の味は、大好きである。

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桜狩り【二条城】その3

城内の西側には、知る人ぞ知る「八重紅枝垂れ」がたくさんあり、今満開であった。

色とりどりのツツジも咲いていた。

明治時代仙台市長が市内に植えたことから、「遠藤桜」とも呼ばれる。被災地にも春は巡り、この桜も咲いていることだろう。ひとときでもいいから、この桜を愛でて癒やされてください。

本丸御殿の楼からの景色は抜群である。

清流園そばにも多様な桜があった。
松月

鬱金(うこん)。淡黄緑色の花を咲かせる。

鬱金が最も魅力的だった。

福禄寿(花が大きく、花弁がねじれたように曲がる)

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桜狩り【二条城】その2

二条城の城内には、桜が約50品種約400本植えられている。さとざくら群・やまざくら群・エドヒガン群などに分類される。

城内の「桜の園」には、里桜群が多く植樹されている。

関山

一葉(一つのめしべが葉のように変化した)

普賢象(めしべ二つが葉になり、普賢菩薩に似る)

滝匂い(花に芳香あり)

多様な桜を見ていると、人もそうでありたいと思った。ソメイヨシノだけでは面白くない。

飛行船が飛んでいた。

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桜狩り【二条城】その1

二条城は慶長3(1603)年、徳川家康が京都御所の守護と、将軍上洛の際の宿所として築城した。家康はこの城で将軍就任の祝賀をした。慶応3(1867)年、徳川慶喜が二の丸御殿大広間において大政奉還した。

二の丸御殿。国宝。

1994年にユネスコの世界登録遺産に登録された。平日ではあるが、観光客や修学旅行生が多かった。

二の丸庭園。書院造りの庭園で、三つの島四つの橋があり、滝を落とし汀に岩石を配置している。

本丸御殿の玄関。

唐門。


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2011年4月17日 (日)

桜狩り【平野神社】最終回

ある桜守が言っておられた。「見る人の感性によって桜の見方は異なる。自分だけの桜を見つけよう。」わたしもこれから何年もかけて、自分の桜を見つけようと思う。ソメイヨシノでないことは確かだ。
虎の尾

平野妹背桜(平野神社の代表的な桜)

衣笠

大内山

白雲桜

100年の歳月を重ねた本殿内の桜。

舞台の周辺の桜。

その他、一重枝垂れ桜の「魁桜」や、黄緑色の花の咲く「御衣黄桜」、大輪の「胡蝶桜」など、多種多様な桜が楽しめる。
他の寺社にも桜狩りに行きたかったけれど、京都ソフトバレー連盟の総会があるので断念。

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桜狩り【平野神社】その2

桜の咲き方は多種多様である。一ヶ月にわたり、約50種、約400本の桜が咲き続ける。
平野撫子

白妙

有明

楊貴妃

一葉

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桜狩り【平野神社】その1

嵐電に乗り、平野神社を訪ねる。

古くから各公家伝来の桜が奉納された。普段はひっそりしているが、桜の時期には、店も出て人も多い。

枝垂れ桜。円山公園の桜一世は、ここより移植する。

境内には鹿や猪などがいた(もちろん偽物)。風情を損ねるものだと思った。

本殿は寛永年間(一七世紀)に建築された。春日造りの四殿を並べ、「合いの間」で連結されている。

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2011年4月16日 (土)

大津を訪ねて(最終回)三井寺

お地蔵さんの表情に救われたような思いがした。

三重の塔。徳川家康が寄進した。

一切経蔵。毛利輝元が寄進した。

金堂。池に桜の花びらが浮かんでいた。

本尊は弥勒仏。

三井の晩鐘。近江八景の一つ。日本三名鐘で、600貫(2250キロ)ある。

仁王門。

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大津を訪ねて(その5)三井寺

琵琶湖疎水の桜を眺めながら、三井寺に行く。西国33カ所観音霊場の第14番札所である。

本尊は如意輪観音。

琵琶湖が眺望できる観月舞台の周りのさくらは、散り際であった。

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大津を訪ねて(その4)

膳所は「ぜぜ」と読む。おそらく読めないだろう。石山寺を後にして、膳所城跡公園を訪ねた。

徳川家康築城の美観を誇った城であったが、明治維新で廃城。若者たちが何組も宴会をしていた。
琵琶湖疎水は大津市三保が関で取水して、京都市蹴上へと流れる。

明治18年に着工して、延長9キロの人工の川である。ここの桜は一見の価値あり。

長良神社のしだれ桜。

「さざなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな」平忠度

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大津を訪ねて(その3)石山寺

石山寺の多宝塔は鎌倉時代に建立され、均整美はすばらしかった。

石山寺は花の寺と言われるほど、境内には様々な花が植えられていた。

ちょうど三つ葉ツツジが満開であった。

桜とツツジの微妙な色の違いを、どのように表現しようか。

新緑とも映えて、この色使いはただただすばらしかった。

瀬田川を眼下に。

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大津を訪ねて(その2)

石山寺は良弁(ろうべん)僧正により天平勝宝元年に開基された。西国巡礼の13番の札所である。

堂内の「源氏の間」は紫式部が「源氏物語」を書いたところと伝えられている。源氏物語1000年紀ということで、三年前はいろんなイベントをしていた。

硅灰岩。石灰岩が地中から突出した花崗岩と接触して、その熱作用により変質した。石山寺の名前の起こりのなっている。

左側が毘沙門堂で、安永2年(1773年)に建立された。

観音堂には、西国33カ所霊場の全ての尊像が安置されている。

子育て観音は本堂の奥にあった。孫の成長を願った。


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大津を訪ねて(その1)

京阪電鉄の京津線・石山坂本線に乗って、石山寺に行った。

瀬田川ではボートの練習をしていた。

石山寺の東大門と朗澄大師ゆかりの庭園

朗澄大師は、石山寺の聖教を守護するために鬼になることを近い、入寂した。この執念には驚嘆してしまった。しだれ桜・雪柳、そして後方のシャクナゲは真っ赤で印象的であった。。

多宝塔。桜は散り際であった。

良弁杖桜。良弁大師の杖が根付き、育った桜と伝えられている。

古花の奈良八重桜。

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2011年4月11日 (月)

笠置を訪ねて(おまけ)

銀の帯コースの布目川にはには、甌穴(おうけつ)という、珍しい穴がある。川底のくぼみに、渦巻き流が生じて、中に落ち込んだ小石が回転しながら河床を掘ってできたものである。

飛鳥路(あすかじ)は長閑な里であった。更に木津川縦断コースへと歩いた。潜没橋といい、増水の時には橋がつかる、シンプルな橋があった。

法明寺を訪ねた。草葺き屋根の寺は珍しい。椿の花が散っていた。

木津川の北岸を歩く。今はトンネルができているが、昔はここが国道であった。

正面に見えるのが笠置山。

対岸の桜。

笠置の駅。

約10キロ歩いた。

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2011年4月10日 (日)

笠置を訪ねて(最終回)

河川敷公園は人が多いので、木津川南岸沿いを上流へと歩く。

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笠置を訪ねて(その1)

京都府で一番小さな町であるが、日本で一番大きな弥勒大磨崖仏がある。高さは約17メートル、幅約13メートル。元弘の変で戦火に遭い、仏像の光背の形だけを残している。

大震災の影響で桜祭りは中止となった。自粛と萎縮の境が難しい。
駅周辺の桜が最も見事である。
駅構内にはカメラマンが多かった。

駅前の桜の大樹。

河川敷に入場するには300円いるが、それだけの値打ちは十分ある。
駅近くの木津川南岸沿いに上流へと歩く。ここは銀の帯コースと名付けられて、片道四キロのコースである。

巨岩が多く水深もかなりあり、水遊びは禁じられている。若い頃はカヌーでよく遊んだところである。もちろん、ファルトボートは笠置のフジタカヌーのもの。

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2011年4月 9日 (土)

伊賀市島ヶ原を訪ねて(最終回)

昼食は、島ヶ原駅の前の「夢の道」でいただいた。「生き生き元気」に里作りを手がける女性たちが、夢いっぱいで作ったお店である。

伊賀米のご飯や、朝採りの野菜で作った「おかみさん御膳」(700円)を食べた。ご飯おかわりで、特にコンニャクやタケノコの煮物が美味しかった。

土産はやはり好物の豆腐(前川豆腐店)。三重県産の大豆を使用している。近辺に酒蔵はなかったが、「はさめず」という醤油蔵はあったので、、これを買い求める。

よもぎ餅を買い求めた。作りたてでまだ柔らかく、ヨモギの香りがして、餡はあまり甘くなく、辛党の私でも美味しく食べられた。

手作りかりんとう、作りたてでまだ温かいコンニャクも買い求める。今晩の食事はちょっと贅沢になりそう。

あとは駅までひたすら歩いた。

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伊賀市島ヶ原を訪ねて(その3)

和銅の道を歩いた。平城遷都に伴い、開設された道である。

ため池の周囲に桜が植えられていて、水面に映っている姿が幻想的であった。

相田川の近くの跨線橋から、関西線の電車を撮った。

ゆうゆう鯛ヶ瀬を訪ねた。木津川沿いに、テニスコートやパターゴルフ場などがある。

オートキャンプ場もある。孫が大きくなったら、一度泊まりに来たい。

やぶっちゃの湯という温泉があり、重曹泉で美人の湯と言われている。源泉掛け流し(35.7度)で関節痛や疲労回復などに適応するので、是非とも入りたかったが、まだだいぶ歩くので、今回はパス。

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伊賀市島ヶ原を訪ねて(その2)

観菩提寺正月堂を訪ねた。奈良東大寺の実忠和尚の開基と伝えられる由緒あるお寺である。

本堂や楼門は重要文化財である。本尊の十一面観音立像は、33年に一度しか開帳されない秘仏である。

花の寺と言っても良いくらい、桜はもちろん、ツツジや椿などいろんな花が咲いていた。これは、木瓜の大樹である。

十三重石塔の背後に、ツツジが咲いてた。

桜と連翹(れんぎょう)。

桜はほぼ満開であった。

大道(おおみち)の地蔵尊の周囲には、山桜が咲いていた。

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伊賀市島ヶ原を訪ねて(その1)

小雨の降る中、関西線で旅をした。単線で、わずか2両の電車である。笠置を過ぎて木津川沿いを走るが、その車窓から見る風景はすばらしい。

島ヶ原へ到着。ここはもう三重県である。

薬師堂の磨崖仏を見に行く。岩と岩との間は50センチぐらいのスペースしかなく、それが風雨による浸食から守ってくれたのだろう。磨崖仏にしては、立体感があった。

西念寺に寄る。天台真盛宗の宗祖である真盛上人が15世紀末に建立したと伝える。境内の巨木はカヤで、樹齢500年、周囲は六㍍高さは20メートルあり、県の巨木に指定されている。

永禄7年(1564年)建立。阿弥陀石仏のご面相は、ふくよかで穏やかであった。拝見しながら、東北の被災地の方々の苦しみが早く癒やされることを願った。

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2011年4月 3日 (日)

桜の奈良

まだ桜の花はちらほらしか咲いていなかったが、観光客のあまり訪ねない桜風景を紹介する。東大寺には普通土産物屋の建ち並ぶ南大門方面からお参りする。へそ曲がりの小生は、観光客のあまり訪ねない東大寺の西側から桜狩りをした。戒壇院の桜。

東大寺勧進所の桜。

大仏池周辺の桜。

鹿と桜。

北側から東大寺撮影。
上ノ坊の桜。

鐘楼の桜。

東大寺境内の桜

近鉄奈良から南大門を通るコースは観光客が多いが、それを少し外れると観光客が急に少なくなり穴場と言っても良い。脇道を進めたい。

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観光客のあまり知らない奈良

近鉄奈良の北側には有名寺社がないので、観光客はまばらである。ここにまちかど博物館がある。地域の伝統の技や文化に触れることができる。
まず西口鰹節商店。炭で鰹節を焼く時の香りは何ともいえない。100グラム460円の最高級の鰹節を買った。庶民の贅沢である。

奈良女子大学記念館。明治42年(1909)に高等師範学校本館として建てられた。

次に、いちのき菓子店を訪ねた。手作りで飴を作っておられる。にっき・はっか・しょうがなど1000円も買ってしまった。今日は贅沢三昧。

その他、鹿せんべいを作る店や昔ながらの醤油作りをしている店などがある。

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ならまち散策(最終回)

奈良町資料館に寄る。身代わり猿がたくさん飾ってあった。家の中に入ってきた災いを代わりに受けてくれるという。

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奈良町散策(その1)

猿沢の池の周辺の桜はまだちらほら咲であった。

大樹の脇に人力車が人を待っていた。

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2011年4月 2日 (土)

備後地方(最終回)

府中市に行き、首無し地蔵にお参りした。市道拡幅の時に見つかり、ある人の夢の中でに、この地蔵をお祀りすればすべての願いを叶えてくれるというお告げがあり、霊験あらたかであり信者が急速に増えていった。

高さ25センチ幅20センチの小さな仏さんである。もちろん首がない。東北大震災の被災者たちに早く平安が訪れることをお願いした。

名物のカリントを買い求めた。

近くの畑では、まんさくの花が満開であった。

この町の星野のバウンドケーキは、予約しないと買えない。ナッツやバターなど良い材料を用いて、この店ではこのバウンドケーキしか作っていない。1本1000円であるが、かなり値打ちがある。

備後地方への旅は終わり、青春18で帰京した。

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瀬戸の島々(最終回)

向島からしまなみ海道にのり、生口島に渡る。この島で有名なのは、耕山寺である。実業家の、耕三寺耕三が母親の死後、母への報恩感謝の意を込めて、自ら僧籍に入り菩提寺として昭和10年より生涯を掛けて建立したお寺である。世の中のすべてのお母様にありがとうと心から手を合わせる「母の寺」として親しまれている。

この寺の前には、たこ飯で有名な「千鳥」という店がある。

しまなみ海道が開通していない頃は、船で島に渡っていた。船着き場の近くには、古い旅館があった。

耕三寺にいく通りには、古い屋敷が残っていた。

この島で有名なのは、他に平山郁夫美術館である。この島出身と言うことで、若い頃描いた絵も展示されている。それから、マイナーではあるが「コロッケ」も有名である。名の知れたタレントたちも、よくやってくるそうである。1個80円であるが、さすがに美味しかった。

瀬戸田から三原市にフェリーで渡った。

しまなみ海道よりは高額ではあったが、瀬戸内海を満喫できた。

今度は自転車で島々を回りたい。

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瀬戸の島々(その1)

車(な・なんと・・・・クラウン)を借りて、瀬戸の島々を訪ねた。春の海は瑠璃色で、見ているだけで至福であった。

まず沼隈の道の駅「アリストぬまくま」へ。この店の柏餅は有名で土産に買い求めた。、また近くの海で獲れる魚介類や山で採れる柑橘類も売っていた。

内海大橋を渡り、田島に着く。ここでは内海食品の「うつみ天ぷら」を買い求めた。全国の天ぷらを食ってきたが、ここの「がす天」は最高である。次に横島に渡る。和楽亭という食堂で「刺身定食」をいただく。

黒はげの刺身は新鮮で、生きたエビもまだ動いていた。魚入りの吸い物や、酢の物の小鉢は少し甘口で私好みで、とても美味しかった。

また沼隈に戻り、千年港を過ぎた。常石造船では巨大な船が作られていた。20年くらい前には水族館もあった。戸崎から歌(向島)へとフェリーで渡った。

港近くに岩場があり、水は透き通っていた。

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2011年4月 1日 (金)

備後地方

青春18切符を利用して、備後地方を彷徨っている。福山駅で降りて、食堂「稲田屋」へ。大正時代から守り続けた関東煮と肉丼が有名である。

秘伝のたれを使って長時間煮た関東煮は、とても美味しかった。黒糖やみりんなどを入れているので、甘口である。土産にしようとしたが、15本しかいただけなかった。私の後の人は30分後に来てほしいとのこと。客が次々やってきていた。

福塩線戸手駅にぶらりと途中下車。駅間近の家が売り出し中であった。こんな田舎に住むのもいいかもしれない。

近くの畑には夏みかんがいっぱいなっていた。誰も食べる人はなさそうであった。

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