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2011年10月

2011年10月18日 (火)

宮古島を訪ねて(おまけ)

帰りの機中では、運良く窓席だった。
珊瑚礁の美ら海。
この海を、美しいまま残さなければいけない。珊瑚礁を埋め立て基地を作るなど、絶対に許されないことだと痛感した。

来間大橋が見えた。

雲上。宮古から那覇へ。

生きていることのありがたさを感じた。

那覇から伊丹へ。
夕焼け空は刻々変化した。

宮古島へは数年後また行くつもりである。今度は1週間くらいは滞在したい。

思う存分海に潜っていたい。好きなだけ海を見ていたい。

宮古島を訪ねて(おわり)

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2011年10月17日 (月)

宮古島を訪ねて(おわり)

三泊四日の旅であったが、ずっとTシャツとハーフパンツであった。初秋の京都とは違う別世界である。宮古島は平坦で山が無く、川も無い。それゆえに泥水が海に流れ込まず、珊瑚礁が広がり、美しい海となっている。

前浜ビーチ。
バナナボートとクルージングをした。

東平安名崎。
約2キロ半島が突き出ている。国史跡名勝天然記念物に指定されている。宮古島を代表する風景。


砂山ビーチ。
吹き抜けの洞窟があった。ここの砂は、まさにパウダー。

来間大橋。
約1.7キロあるが、ここも歩いた。車が殆ど通らないので、ハイカーには助かる。橋の上から見た海は、言葉にならない美しさであった。

伊良部島に渡る。

通り池は神秘的だった。

仲地付近

渡口の浜。長さ800メートルの砂浜が広がる。

また平良に帰り、最後に漲水御嶽(はりみずうたけ)にお参りした。
人蛇婚伝説(宮古島創生の神話)の伝わる、島で最も由緒ある御嶽である。

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2011年10月16日 (日)

宮古島を訪ねて(その5)

イムギャーマリンガーデン。ここにステージを組み立て、ライブをやっていた。

最近売り出し中の「ハーベスト」というグループ。ラップの音楽はノリノリだったが、シルバー世代にはちょっときつかった。。

農家の手作りの弁当をいただいた。本当に最高だった。

ムイガー断崖が間近に見えた。

ホテルに帰り、「琉球の風」というライブ会場に行った。宮古の民謡の他に、「涙そうそう」などの新しい音楽も歌っていた。

女性は島人だと思ったのだが、大阪出身だそうだ。おじいが宮古なので、その縁で7年前に宮古に来て、それからおじいやおばあに民謡や方言を習っているそうだ。美声に聞き惚れた。

土産。最近売り出し中なのが、交通安全を見守る、「マモルくん」の絵入りのお菓子。

土産はやはり泡盛にした。1升瓶で4本買った。

マティダ市民劇場まで行き、地元のエーサー団の演舞を見た。やはり迫力が違う。

花たち


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宮古島を訪ねて(その4)

ホテルからシギラ岬まで歩いた。

シギラビーチ

さまざまな青色の競演に、ただただ圧倒される。

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宮古島を訪ねて(その3)

博愛の里「うえのドイツ村」を訪ねた。1873年、座礁したドイツ商船の乗組員を村人が救助したことによる。
「博愛記念館」ドイツの古城マルスブルク城を再現したもの。ドイツ商船救助の資料が展示されている。

宮古の海には不釣り合いに思ったが、次第に違和感が無くなった。

博愛パレス館。中世の優雅な宮殿を思わせる。

キンダーハウス。ドイツの壁は必見。

ドイツのおもちゃがいっぱいあった。

通り池。熱帯魚が泳いでいるのが、よく見えた。

3年前に宮古島に来たときは、シュノーケリングをして、珊瑚礁の海に潜りクマノミやハタタテダイなどを間近に見た。

とても残念ながら、今回は海上から見るだけだった。次回来るときは、ぜひ度付きの水中めがねとシュノーケルを持参しよう。


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2011年10月15日 (土)

宮古島を訪ねて(その2)

みやこパラダイス。
ブーゲンビリアやハイビスカスなど、200種類以上の熱帯植物があり、ここは常夏。

「オオゴマダラ」日本最大級の蝶。

優雅に舞っていた。

蝶の戯れに見とれてしまった。

オオゴマダラの「金のさなぎ」は必見。時期が違い、見られなかったのは残念。

「リュウキュウアサギマダラ」

蝶の楽園だ。

「スジグロカバマダラ」

「クロアゲハ」

マンゴー。

バナナ。

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宮古島を訪ねて

関空から2時間で那覇空港。そこから更に50分で宮古島。宮古島は、江雄の住んでいる京都とは、気候や風土、文化や歴史などが遥かに異なり、まさに異国だった。
池間島。御嶽信仰が残る。

鰹漁の盛んな漁村村でもある。

透明なエメラルドグリーンの海。これを見るだけでも価値がある。

ウミガメが泳いでいる。

海の美しさに、何枚も写真を撮ってしまった。

池間大橋。約1.4キロ。1992年に開通。

大神島。周囲約2キロの小島。パワースポットの島として知られつつある。

風力発電。

右は鰹味噌。酒の肴になりそうで、土産にする。


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2011年10月10日 (月)

下呂温泉を訪ねて(その2)

白鷺の湯。

日本三名湯の一つ。

露天風呂に入った。アIルカリ性の単純温泉で、ぬめぬめしている。

水着着用である。

下呂大橋のすぐ横にあるので、水着着用。わざわざこのために、家から持参した。

温泉寺。薬師如来が化身した、白鷺が見つけたという。

本堂横の中庭。

下呂の町が一望できた。

お寺の裏の方に回る。

昭和初期の水屋があった。松の木を刳り抜いて作られる。

楓月庭と称され、野仏がおられた。


お湯掛け地蔵。痛いところに源泉を掛けると治るという。頭に掛けさせて頂いた。


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下呂温泉を訪ねて

鉄道記念乗り放題切符を使った、この旅の最後の目的地、下呂。美濃太田から高山本線の電車に乗る。右は長良川鉄道の電車。

高山本線添いには、飛騨川が流れ、様々な渓谷を作っている。

飛水峡。

藤倉峡。

下呂温泉が近づいてきた。正面が下呂富士。

下呂駅に到着。

下呂大橋から特急列車を撮影。

江戸時代の儒学者の林羅山が、下呂温泉を紹介して以来有名になった。

せせらぎの小道。

湯の町通り。

小さい旅館が数多くある。ホテルよりは余程情緒がある。

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中山道 太田宿を訪ねて(その2)

太田宿の本陣は、街道筋に表門しか残っていない。

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中山道 太田宿を訪ねて

2泊目は中津川で泊まる。早朝、駅前から恵那山が見えた。

多治見から美濃太田へ行く。

中山道の太田宿に行く。太田宿は、江戸日本橋から99里(約385キロ)の位置にある。

天保14年(1843)、町並みは約680メートル、118軒の戸数で、20軒の旅籠があったという。

「木曾の掛け橋、太田の流し、碓氷峠 がなくばよい」の俗謡にあるように、中山道の中でも難所であった。

早速目に入ったのは、「三代桜」の酒蔵。

街道すじを歩くのがすきだ。タイムスリップしているような感じになるから。

祐泉寺。臨済宗妙心寺派の禅寺である。

境内に坪内逍遙の石碑があった。逍遙はこの地の生まれである。
「やま桜 さけるを見れば いにしへを 幼きときを 神の夜を思ふ」

境内にあった水琴窟。音を文字にできないのが、残念。

十六銀行。明治40年に建築。

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2011年10月 9日 (日)

土着民40周年記念コンサート(その2)

ゲストが多彩であった。大手メディアにはのらないが、実力のある真の音楽家たちばかりである。彼らは資本や大手メディアに迎合しないので、有名でもない。しかし、芸術性豊かで、心を揺さぶる魅力を有しておられる。
宮崎勝之。知る人ぞ知る世界的なマンドリン奏者。CDを何枚も出されている。

SAM(赤木一孝・松崎博彦)ギター演奏だけではなく、歌も超一流。

茶木みやこ。「泪坂」で知られている、豊かな表現力のあるフォークシンガーである。

笠木透。この人こそ、本当の民衆の側の歌手である。権力に迎合せず、人間の一番大事なものを常に追求されている。
今回歌われたのは、「みんな生きている海ー日本国憲法第104条ー」。この一条をぜひ入れるべきであると、江雄は強く思った。

「人間は・・・・」

今回、「みんな生きている海」の絵本を買い、サインまでして頂いた。CD文庫「ポスターー大逆事件100年ー」と「ホウセン花ー韓国併合100年-」も買ったきっと大事な宝物になるだろう。

我夢土下座。フィールドフォークの神髄を教えてくださったグループである。昨年中津川市で40周年コンサートをされ、江雄は仲間と参加した。

笠木透さんの愛弟子である。「時は流れて」「海に向かって」などの名曲が作られた。

土着民のコンサートも終わりに近づいてきた。

ゲストたちも交えて、みんなで合唱。

3時間半があっという間に過ぎてしまった。終わってほしくなかった。

5時35分のバスで付知を発ったが、車内は一人だけであった。皆さん、車で来られたのだろう。
コンサートのいろんな場面を思い出しながら、夕闇深くなっていく空を眺めていた。

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土着民40周年記念コンサート

今回の二泊三日の旅のメインは、これである。付知川のそばにある、アートピア付知文芸プラザでコンサートが行われた。

500人の席が満員だった。土着民の飾らない音楽と人の良さ、交友関係の広さなどによるものであろう。

お祝いもいっぱいされていた。

1971年に結成され、付知という自然に囲まれた大地に根ざし、音楽活動を続けてこられた。

土着民の名前の通り、地域に根付き、身の回りの生活や家族や自然などを歌にしておられる。

40周年を記念して、「僕らのフィールド」というCDを出された。

4人とも個性豊かである。特に、リーダーは見ているだけで楽しくなる人だ。


歌だけではなく、芝居や踊りもあった。

我夢土下座の間宮氏は、役柄もぴったりで演技もうまかった。


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中津川市付知町を訪ねて

奈良井から電車に乗り、中津川に到着。

バスの待ち合わせの時間に、菓子祭をしていたので寄る。栗を使った銘菓で有名である。

菓子で作った花は見事だった。菓子職人の腕は、まさに芸術である。

二ツ森山(1223㍍)湖の麓で、昨年「我夢土下座」40周年コンサートがあった。

付知町は、中津川市と下呂温泉のちょうど中間にある小さな町である。二十年ごとに伊勢神宮のご遷宮が行われるが、この付知の国有林からご神木を伐採する。ご神木の里として知られている。
付知川の清流に沿って、町並みがある。それにしても、川の水の美しさには驚嘆した。

付知の街道には、時代を感じさせる古い家があった。

そば畑があった。

飾らない感じのそばの花は、大好きだ。

ここだけどういうわけか、彼岸花が花をまだ咲かせていた。

付知川を見ながら食事した。遠くに恵那山が見えた。

夏に鮎釣りに来てみたい。

この付知川のすぐ横にある、アートピア付知文芸プラザで、これから「土着民」の40周年記念コンサートがある。

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奈良井宿を訪ねて(その2)

早朝に訪ねたので、観光客は殆どいなかった。

酒蔵があったが、朝早すぎて開店していなかった。

軒先を飾る花たち。センスの良さが光っていた。

秋の草花をいけておられた。

水場。水の豊富な地域である。険峻の鳥井峠を越えてきた、旅人の喉を潤わせたことだろう。

マリア地蔵。隠れキリシタンが密かに祈るために作ったという。

木曾の大橋。樹齢300年以上の木曽檜で作られた。橋脚が無い。

中山道杉並木。当時はこのような雰囲気だったのだろう。

二百地蔵。観音様や地蔵さまが祀られている。

石仏の様々な表情に見とれて、時間を忘れてしまった。

奈良井を後にする。

今日も駒ヶ岳がよく見えた。

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奈良井宿を訪ねて

伊那を始発電車で出発。夜明け前の伊那の山々。

塩尻の周辺には葡萄畑が広がっていた。

奈良井駅に到着。

宿は中山道木曾11宿で最も賑わったという。

江戸時代や明治時代の建物が建ち並んでいる。

中2階建てで、低い2階の全面を張り出して縁としている。

勾配の緩い屋根を掛けて、深い軒を出している。

奈良井千軒と言われるほど賑わっていたらしい。

国の重要伝統的建造物保存地区に指定されている。

日本一の宿場町と言っても過言ではない。


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2011年10月 8日 (土)

諏訪を訪ねて(おわり)

下諏訪温泉街。

今井邦子文学館。

来迎寺。稲が奉納されていた。

温泉別当方に、「かね」という信心深い少女が奉公していた。あらぬ疑いを受け、焼き火箸で額を傷つけられたが、地蔵が身代わりになったという。

諏訪宿本陣。

諏訪大社下社秋宮。春宮と同じ造りである。

弊拝殿は、二重楼門造り。弊殿と拝殿が一体となっている。

安永10年(1781年)造。


御柱。

諏訪を後にする。

飯田線で伊那市まで行き、泊まる。駒ヶ岳が遠くに見えた。

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諏訪を訪ねて(その3)

諏訪大社下社春宮を訪ねた。諏訪大社は全国に1万有余の分社を有する。

諏訪大社では7年目ごとに宝殿を造営し、社殿の4隅に樅の大木を建て替えるお祭りをする。これが、天下の奇祭「御柱祭」である。

寅年・申年に建て替える。次の「御柱祭」は、2016年。

春宮一の御柱は、長さ約17㍍、直径1㍍あまりある。霧ヶ峰高原に続く東俣国有林で伐採し、数千人の氏子たちが曳行する。いつか見に行きたいものだ。

龍の口の辺りから、諏訪湖が少し見えた。

中山道。下諏訪宿は、唯一の温泉の涌く宿場であり、たいへん賑わったという。

伏見屋の家内。

御作田社。諏訪大社の末社で、御田植え神事が行われる。その社前に、水飲み場があった。右が水で、左が温泉である。流しっぱなしでもったいないような気がしたが、温泉地では当たり前なんだろう。


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諏訪を訪ねて(その2)

下諏訪駅で下車して、レンタサイクルを借りる。1時間100円で格安である。諏訪大社近くに下馬橋があった。

力石。昭和の始め頃まで、若者たちの力比べに使われていた。約10キロあるという。

万治の石仏。岡本太郎絶賛の石仏。これは必見の価値あり。

胴体は仏像、顔は南米のモアイ像のようで、石仏のイメージとはかなり違う。

万治3年(1660)と刻まれている。

高さ2メートルあまりの半球状の自然石に、頭がのっかている。

見飽きずにいつまでも眺めていた。

石仏近くの砥川の紅葉は、少し早かった。

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諏訪を訪ねて

鉄道の日記念乗り放題切符(3日分)を利用して、諏訪地方へと旅だった。
中津川駅。

野尻駅を過ぎる頃から、駒ヶ岳が見えるようになった。

日本100名山の一つ。

2956メートルの名峰である。

寝覚めの床。上松駅の手前で、一瞬見えた。

塩尻駅にて。ワイン会社が多くある。

駅前の街路樹は葡萄だった。

諏訪方面の電車に乗る。

下諏訪駅。駅構内に、御柱祭で使われた古御柱と曳綱が展示してあった。

2010年の御柱祭の時に、役目を終えたものである。

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2011年10月 3日 (月)

箱根・芦ノ湖を訪ねて(おわり)

芦ノ湖は、それほど観光地化してないのが良かった。

逆さ富士を見たかったが、残念無念。

芦ノ湖畔の植物。湖面に映る草々。



県立恩賜箱根公園。

公園内の秋の草花。




小菊

帰りの車中から、伊豆半島を望む。京都まではなかなか遠い。

式が何とか終わり、本当にほっとした。二人の幸せ多かれと、伊豆の夕焼けに祈った。

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箱根・芦ノ湖を訪ねて(その4)

芦ノ湖に来た。海賊船が3種類あるらしい。
やはりススキがよく似合う。

湖面は、標高723メートル。

箱根関所。入り鉄砲(江戸に入る武器類)や出女(西国大名子女の江戸脱出)を防止した。

県立恩賜箱根公園。宮内省が離宮を造営したが、震災で倒壊した。

湖畔展望台からの眺望は素晴らしかった。

箱根と言えば、やはりこれ、「箱根駅伝」。車で通っても、過酷なコースであることはわかった。

ワカサギの天ぷらが美味しかった。

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箱根・芦ノ湖を訪ねて(その3)

大涌谷を訪ねる。
約3000年前、箱根火山末期の活動で、神山(1438メートル)が崩壊してできた。

硫黄のにおいがすごかった。冠が岳(1412メートル)は、まさに冠形だった。

元は「地獄谷」と呼ばれていた。

80度の温泉池で茹でている。温泉卵の表面は硫化鉄となり、黒色をしていた。

有毒なガスゆえに、木も生えない。

昨日泊まった仙石原のホテルも、この地獄谷から温泉が送られている。

ロープウエーに乗っても来られる。

大涌谷から見る富士山も美景と書いてあったが、雲に覆われていた。

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箱根・芦ノ湖を訪ねて(その2)

曇り空で富士山は見えないとは思ったが、長尾峠に行った。
芦ノ湖がよく見えた。

ゴルフ場が無ければ、もっと神秘的であろう。

芦ノ湖の北部まで、観光船が遊覧していた。

大涌谷もよく見えた。

噴煙を上げていた。

長尾峠に着いた。晴れてきていたが、富士山の頂上は見えなかった。しかし、裾野が見えだして、その雄大さが想像できた。

仙石原に戻り、美術館を訪ねる。
星の王子様ミュージアム。
不朽の名作「星の王子様」を書いたサン・テグジュベリの生涯が紹介されている。

「肝心なことは目に見えない・・・・」の言葉が浮かんできた。

再びススキ草原を通る。やはり晴れた方が美しい。

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箱根・芦ノ湖を訪ねて

車で旅をすることは殆ど無いのだが、東京に車で行ったので、帰りに箱根に寄った。
箱根仙石原に泊まる。

宿舎は、有名なゴルフ場のそばにあった。江雄は旅先では質素な食事しかしないので、こんな豪華な料理には驚嘆した。

翌朝早く起床して、近辺を歩く。

ススキ草原に行く。曇りなので、ススキの輝きが無いのが、少々残念である。

台ヶ岳(1044メートル)の斜面一帯に広がっていた。

春には山焼きが行われるそうだ。

美術館やホテルなど、洒落た建物が多くあった。

薪がたくさん置かれていた。薪ストーブには憧れる。

秋の草々。ホトトギスの花が一番気に入った。






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2011年10月 2日 (日)

築地周辺を訪ねて(二日目)

早朝築地近辺を歩いた。日曜日で、市場は休みだった。
聖路加国際病院。

トイスラー記念館。1933年に、宣教師館として建築される。

聖路加タワー

東京タワーと築地市場。

大事な式が行われる。これが今回の旅のメイン。

東京タワーが見える屋上で行われた。

幸せな二人。素晴らしい家庭を築いてください。

ウエディングケーキケーキ。

新婦がメチャ綺麗だった。

スカイツリーと東京タワーが式場から見える、地上221メートルのロケーションは最高だった。

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2011年10月 1日 (土)

築地周辺を訪ねて

今回は珍しく車で旅をする。
浜名湖で休憩。

東京へ着く。築地市場内へ、美味しい寿司を食べに行った。

江戸前寿司はやはり美味しかった。

佃大橋を渡る。スカイツリーが見えた。

佃屋を訪ねる。

深川不動堂や豊岡八幡宮を訪ねる。

ススキが秋らしかった。

神輿の豪華さに、ただただ圧倒される。

聖路加タワー。
明日、ここで大事な式が行われる。

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