« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年11月

2011年11月28日 (月)

奈良公園の紅葉狩り-東大寺-その2

東大寺の境内で書道展をしていた。東日本大震災の復興を願う言葉が書かれており、思わず見つめていた。

東大寺の西側から眺める。この辺りは、殆ど観光客はいない。

〔指図堂〕

〔戒壇堂〕

千手堂を通り抜けたところの、坂の土塀がいかにも奈良らしく風情があった。

〔依水園〕

門のすぐ脇の紅葉が色鮮やかだった。

紅葉は土塀によく似合う。

〔三秀亭〕

真っ赤よりも、このような緑と赤の組み合わせが好きだ。


奈良の魅力は、このような何も無い路地だと思う。

〔国際奈良学セミナーハウス〕公共の施設で一、泊が5390円は格安。

〔旧世尊院〕
興福寺の子院として建てられた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奈良公園の紅葉狩り-東大寺-その1

二月堂から東大寺へと歩く。
東大寺塔頭 中性院

〔大湯屋〕
奈良時代に創建。東西八間、南北五間の洗浴の貴重な遺構。

東大寺傍の見事な紅葉。

〔東大寺〕東側から撮影


東大寺前の池の紅葉

観光客の多さに圧倒される。

境内には、紅葉は殆どない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奈良公園の紅葉狩り-二月堂-

若草山から二月堂へと歩く。

〔手向山八幡宮〕
聖武天皇が大仏造営の時に宇佐から八幡宮を迎え鎮座し、北条時頼が現在地に遷座した。
二月堂へと歩く。

法華堂前の紅葉

〔四月堂〕

〔法華堂(三月堂)〕

〔二月堂〕

続きを読む "奈良公園の紅葉狩り-二月堂-"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奈良公園の紅葉狩り-若草山ー

春日大社から若草山へと歩く。
〔総宮神社〕・・・安全防災の神様

〔水谷神社〕・・・疾病を退散する。

茶店

春日奥山遊歩道にて

〔若草山〕

続きを読む "奈良公園の紅葉狩り-若草山ー"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奈良公園の紅葉狩り-春日大社-

高畑から、上の禰宜道を通り、春日大社の方へ歩く。

春日大社の末社として、様々な神様がおられた。
〔紀伊神社〕
新たな生気を頂く神様

〔宗像神社〕左・・・学問・芸能の神様
〔金龍神社右・・・開発発達の神様〕

〔佐良気神社〕左・・・福運の神様
〔二十八所神社〕右・・・開発開拓の神様

〔葛城神社・廣瀬神社〕左・・・夢を叶える神様
〔夫婦大国社〕右・・・夫婦円満の神様

若宮大楠
県下で1・2位を争う大木。樹高24m、樹周11.46m。

〔若宮神社〕
12月17日に、有名な祭「春日若宮おん祭」が行われ、この神社に神様が一日だけお渡りになる。

〔春日大社〕

公孫樹の黄色が見事だった。

石灯籠との組み合わせが絵になる。

祈祷所では七五三参りの家族で混雑していた。

春日大社では、ここの紅葉が最も色鮮やかであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奈良公園の紅葉狩り-高畑-(その2)

芸術家の集まる町として知られる、高畑を歩いた。

旧足立家住宅
フランスから帰り、ここにアトリエを作る。

志賀直哉旧居
武者小路実篤や谷崎潤一郎など多くの文人や芸術家達が集まり、高畑サロンと呼ばれていた。「暗夜行路」をここで書いた。


センスのある店が多い。

不空院
本尊は不空羂索観音であり、衆生を救う。
奈良町の芸妓さん達に、深く信仰されている寺である。

左が縁結びの神、右が縁切りの神。

石塔がいろいろあった。

土塀には紅葉がよく似合う


比売神社
十市皇女(額田王と大海人皇子との子)を祀る。
大友皇子に嫁ぎ、夫と父とが争うことになり、夫は敗死した。

新薬師寺
有名な仏様がおられるが、今回はパス。

鏡神社
大同元年(806)、新薬師寺の鎮守として造営される。

境内の紅葉は色鮮やかであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奈良公園の紅葉狩り-興福寺-

滋賀・京都の紅葉狩りを終え、今回は奈良。
JR奈良駅前で、有機農法の農業をしている若者達がバザーをしていた。

猿沢の池

興福寺何円堂
橘の実の黄が、仏堂の朱に映えていた。

五重の塔

東側から撮影。

浮見堂まで行く途中には、料理屋が数多くあった。

やはり奈良と言えば、鹿がないと始まらない。

紅葉の下に鹿が・・・。

鷺池

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月27日 (日)

浄瑠璃寺の紅葉(おまけ)

9時の開門前から、浄瑠璃寺前で待った。観光客はまばらであった。
本堂

三重塔

鐘楼

境内の植物

本堂の番をしている猫

浄瑠璃寺そばの「あ志びの店」

無人販売所

藪の中三尊

金蔵院
浄瑠璃寺からの帰りに寄りました。
ここの紅葉は、知る人ぞ知る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

浄瑠璃寺の紅葉

浄瑠璃寺の紅葉も、やっと色づいた。例年より1週間ぐらい遅い。
浄瑠璃寺の名は、東方浄瑠璃浄土の主、薬師瑠璃光如来に因んだものである。
四季それぞれ魅力はあるが、紅葉の頃は特に極楽浄土の世界が開けている。
参道

山門

本堂(阿弥陀如来)

三重塔(薬師如来)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年11月26日 (土)

琵琶湖周辺探訪(おわり)

貴生川駅から草津線に乗り換える。
油日駅で下車。
次の電車まで1時間あったので、油日神社まで歩く。往復4.5キロ。



拝殿・・・桃山時代に造営。

本殿・・・明応2年(1429年)に造営。三間社流造(ながれつくり)など、室町時代後期の特徴が見られる。

回廊

高野槙・・・樹周6.5m、樹高35m、樹齢750年。高野山のより古いそうだ。

油日駅に着いたときは、だいぶ暗くなっていた。
柘植駅で関西線に乗り換え。加茂まで約50分。長い長い一日が終わった。今日もよく歩いて、約25000歩。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

琵琶湖周辺探訪(その4)

近江鉄道彦根駅に、東北支援の看板の電車があった。

近江鉄道で、豊郷まで行く。

豊郷小学校旧校舎を見に行く。
1937年に、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で建設され、「東洋一の小学校」「白亜の教育殿堂」と賞賛されていた。

ところが、今日来てみると、若者たちがたくさんいた。お目当ては、女子学生のフィギュア。よく知らないが、「けいおん」という漫画のメンバーたちであるということだ。

違和感がないのが不思議だった。

室内も、「けいおん」の漫画の場面なのかと思わせた。

小さいステージがあった。

女子学生に見送られた。

八幡神社(那須城跡)

称名寺

伊藤忠兵衛記念館

豊郷駅にあった看板。

桜高の新入生歓迎会が、豊郷小学校旧校舎で2012年5月5日にあるそうだ。近江鉄道で、豊郷から貴生川まで行く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

琵琶湖周辺探訪(その3)

大津から膳所(ぜぜ)に行き、JRに乗り彦根へ。
近江鉄道彦根駅。

今回は西方の彦根城には行かず、東側へ歩いて天寧寺へ行く。

〔天寧寺〕
井伊家中興の名君である井伊直中が建立したお寺。本堂は建立東寺の簡素な造りである。

境内に大きな紅葉があった。今が盛りである。

柔和な顔のお地蔵さまがおられた。
井伊直弼の供養塔。

六地蔵。

観光客のあまり行かない、紅葉狩りの穴場である。




| | コメント (0) | トラックバック (0)

琵琶湖周辺探訪(その2)

浜大津に戻り、大津港に行く。

MICHIGAN(ミシガン)に乗る。琵琶湖汽船は125周年を迎える。

ミシガン州にあるランシング市との国際交流がきっかけとなり、1982年に就航する。全長59m、幅12mの外輪船である。


早速カモメたちがやって来た。


プリンスホテルに着岸。

離岸する。船内ではショーが行われていた。

比叡山(848m)

三上山(近江富士)

くさつ夢風車

ヨットは気持ちよさそうだ。

水質観測塔の後には、琵琶湖大橋。

三井寺

大津港に着岸。90分のクルージングが終わる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

琵琶湖周辺探訪

JR山科から京阪電鉄に乗り換え、浜大津へ。石山坂本線で、坂本に行く。

坂本駅近くの生源寺。傳教大師の御産湯井があった。

日吉大社の山道の紅葉。
快晴だった!

この石垣を穴太衆(あなおしゅう)積みと言う。穴太の衆が、自然のままの石面を巧みに用いて石積みしている。

坂本は比叡山延暦寺の門前町である。現在、50余りの里坊がある。
〔竹林院〕

〔律院〕

〔壽量院〕

〔日吉大社界隈〕
日吉大社は、山王さんの総本宮である。紅葉の美しいところだが、船に乗る時間が迫ってきたので、今回は入らず。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月23日 (水)

洛北の紅葉狩り(おわり)

三明院から山沿いに歩く。
〔三宅八幡神社〕

叡山電車に乗り、「もみじのトンネル」を見る。

二ノ瀬駅で降りる。観光客が多いのも嫌だし、時間も無く、貴船まで行かなかった。
今日は、知らないうちに3万歩歩いていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

洛北の紅葉狩り(その3)

蓮華寺から三明院へと歩く。
〔三明院〕
真言宗醍醐寺派の寺。
観光客が殆ど行かない、紅葉の名所である。

多宝塔の前の紅葉がとりわけ見事だった。
弘法大師

様々な仕草をした石像があった。

楓にはいろんな種類がある。

紅葉の美しさに、思わず長くいた。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

洛北の紅葉狩り(その2)

八瀬川を下る。比叡山が間近に見えた。

蓮華寺へと行く。

〔蓮華寺〕
帰命山と号する天台宗の寺。本尊は釈迦如来。庭園は石川丈山の作とされる。紅葉の美しい穴場である。

山沿いを歩き、三明院へ行く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

洛北の紅葉狩り

叡山電車に乗り、八瀬比叡山口で下車。

〔八瀬〕
川沿いを散策する。

池に映る紅葉も美しい。

〔瑠璃光院〕

| | コメント (0) | トラックバック (0)

洛東紅葉探訪(その2)

南禅寺には、早朝から多くの観光客が訪れていた。

公孫樹の黄色が眩しいほどだった。

〔水路閣〕

紅葉拡大!

遊心門から、永観堂の境内に入る。

〔永観堂〕
中興の師である永観禅師にちなみ永観堂と呼ばれているが、正式には「無量寿院禅林寺」という。
紅葉の永観堂と言われるくらい、やはり最高にすばらしい!
〔京都市立美術館〕
知人が創画会の会員なので、ご招待いただいた。
「瀑」と題する大作で、冬の寒々とした滝が描かれていた。絵は撮影禁止だったので、ここに載せられないのが残念!!


美術館界隈の紅葉

丸太町まで行く。
京都新聞社チャリティー美術展「ともに生きる」に参加する。
今年も何点か絵画や陶芸を買って、地域の福祉や東日本大震災の被災者支援のために、ほんの少しばかりの支援をさせて頂いた。
「泥中散華(陸前高田)」の題の日本画を、早速部屋に飾っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

洛東紅葉探訪

蹴上駅で降り南禅寺に向かう。
〔何有荘〕

〔金地院 東照宮〕
家康の遺嘱により、寛延5年(1628)造営される。

続きを読む "洛東紅葉探訪"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月19日 (土)

有馬温泉紅葉狩り(おわり)

相変わらず雨が激しく降っていた。
極楽寺に行く。

念仏寺。
この寺の境内に、樹齢200余年の沙羅双樹がある。花の咲く6月下旬にまた来たい。

太閤の湯殿館。
阪神大震災のあと、極楽寺の復興をしているときに、太閤の湯殿が発掘された。その跡に、記念館が建つ。
左が、蒸し風呂の遺構。右が、岩風呂の遺構。

跡から出てきた陶磁器。

金の湯。銀の湯。それぞれ湯質が違う。

炭酸泉源。

炭酸泉を飲んでみたら、サイダーの味だった。昔は砂糖を入れて、サイダーにしていたそうだ。

滝川の紅葉。


有馬から芦山まで、六甲山を阪急バスで下りた。
滴翠美術館。
江雄の陶芸の先生はここでも教えておられる。

茶室を見せて頂いた。

阪神芦屋駅から六甲山を眺めた。今日は一日中雨で、計画の半分くらいしか行動できなかった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

有馬温泉紅葉狩り(その2)

瑞宝寺公園を後にして、温泉場の街中に入る。
太閤の井戸。今は蓋をされて使えない。
9回秀吉は有馬に来て、茶会の水はこの井戸のものを使ったという。

林渓寺。
樹齢200余年の桃の木がある。この桃を食べたら、子宝に恵まれるという。門前の柿の木も巨樹である。

ここの紅葉の赤は盛りだった。

町並み。風雨が激しく、あまり観光客がいなかった。

レトロな雰囲気が素敵だった。

炭酸せんべい。試食を一枚頂いた。


天神社。

境内には天神泉源がある。有馬の中心的な泉源である。98度の熱湯が噴き出している。

温泉寺。
薬師如来の導きで訪れた行基が、神亀元年(724)にここにお寺を建立した。

温泉神社。
温泉寺から急な階段を上り到着。紅葉が綺麗で、しんどさを忘れた。


妙見堂。階段の途中にあった。猫が番をしていた。

雨でレンズが曇り大変だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

有馬温泉紅葉狩り(その1)

激しい雨風の中、有馬温泉まで電車を乗り継いでいった。神戸電鉄で、有馬駅着。自分でも本当に好きだなと思う。

中心に向かって歩き、まず目に入ったのが、ねねの橋。
ねねは秀吉とよく有馬温泉に来て、別荘まで作っていたという。

六甲川に沿い、瑞宝寺公園に歩いて行く。真っ赤な紅葉が目に飛び込んできた。

瑞宝寺の跡を公園にした。約2500本の楓がある。

続きを読む "有馬温泉紅葉狩り(その1)"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年11月13日 (日)

木津川アート2011

バレーの練習の後、木津川アート(加茂地区)を見に行った。
〔Catch the Sun〕少年少女科学クラブ
旧加茂図書館にて

〔大仏鉄道所記〕三谷智恵
ランプ小屋にて
明治30年(1897)加茂駅が関西鉄道により開業したときに、ランプを保管するために、独立して建てられた。

〔フキだし屋台プロジェクト〕松村忠寿
白寿庵にて

〔アニマル〕坂田源平
石井米穀店

〔parking chair〕永田 幹
小西邸にて


〔風の標べ〕許斐英明
木津川土手にて

〔上田保護帽製作所〕上田周平
村田鍛冶屋にて


〔白くて 薄くて 軽いしつらい〕長谷川政弘
加茂JA倉庫にて


〔髪の着物ー髣髴ー〕松谷真未
川越織物工場にて

〔遡及空間〕中村 岳
中森神社にて

アートではないが、古家をいろいろ見つけた。

旧酒蔵。


灯台もと暗しで、地元でありながらあまり知らないことが多く、今回いろいろ発見できた。
それにしても、このようなアートは素人にはよくわからないが、何か感性に訴えるものがあった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年11月12日 (土)

妙心寺を訪ねて

嵐電に乗り、妙心寺駅で下車。
妙心寺は臨済宗の妙心寺派の本山である。建武4年(一三三七)、花園天皇が自らの離宮を禅刹に改め、慧玄(無相大師)が開山した。

応仁の乱などで一時衰退するが、細川勝元の支援を受けて復興し、次々と名僧を排出した。
妙心寺の伽藍配置は、近世の禅宗伽藍の典型である。
北へ向かって、三門・仏殿・法堂などが一直線に甍を並べている。
【大方丈】

【法堂】

【仏殿】

【三門】

広大な山内に46の塔頭がある。
【隣華院】

【麟祥院】

【春光院】

46の塔頭を、全て回るのも大変である。日本最大の禅寺であることを実感する。


【慈雲院】

【玉鳳院】

【桂春院】
この塔頭の紅葉が、最も色づいていた。


この後、西大路へバレーの抽選会に行く。今日はよく歩き、3万歩を超えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

嵯峨野から嵐山へ

【祇王寺】

【二尊院】

【落柿舎】

やはりシーズンなので、観光客が多い。

【常寂光寺】

【小倉池】

【竹のトンネル】気持ちが落ち着く。

嵐山展望台から保津川を眺める。

トロッコ列車と保津峡下りは未体験。

何か売っているのであろうか。

嵐山

紅葉はまだ早い。
祭の準備をしていた。

観光客が多いので、早々と嵐電で退散した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

嵯峨野さやさや

嵯峨野を歩いた。
まず、大覚寺へ行く。

目当ては、嵯峨菊。


大沢池の菊が島に自生していた嵯峨菊を、長年にわたって王朝の気品ある感覚を持って仕立て上げた。

花は先端が三輪、中程に五輪、下手に七輪としている。繊細で格調高いので、普通の見慣れた菊より好きである。

嵯峨流の生け花も展示してあった。

【覚勝院】
11月22日・23日に嵯峨聖天の大根供養が行われる。

【清涼寺】
源氏物語の主人公である光源氏のモデルとされる源融(みなもとのとおる)の山荘が、この寺の起こりである。

境内の奥に行ってみたら、木々が色づいていた。


経蔵

弥勒多宝石仏

大門・多宝塔

続きを読む "嵯峨野さやさや"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

錦雲渓を歩く

高雄の神護寺から、清滝川に沿って歩く。高雄から清滝までの約四キロの間が、錦雲渓と呼ばれる渓谷である。東海道自然歩道として整備されている。

冷えていけば、もっと色づくであろう。今秋は暖かいので、少し遅い。



Tシャツ一枚でも十分であった。

清流を見ていると、潜りたくなった。

所々、見事な紅葉があった。

清流を眺めていて、時の経つのを忘れた。

清滝に着く。猫が迎えてくれた。人気(ひとけ)はあまりない。
愛宕参詣の前に、身を清めるために水垢離をしていた。

カジカガエルやオオサンショウウオ、源氏ボタルもいる。
与謝野晶子
「ほととぎす 嵯峨には一里 京へ三里 水の清滝 夜の明けやすし」

柿が美味しそうだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高雄・清滝を訪ねて

紅葉を見に高尾の神護寺を訪ねた。
高雄、槇尾・栂尾は併せて「三尾」と称せられ、紅葉の名所である。
神護寺は密教美術の宝庫として有名である。
【楼門】
バス停からいったん清滝川におり、また登る。お年寄りには少しきつい坂である。

【書院・茶室】
紅葉は満開に近い。

【和気公霊廟】
平安京造営の最高責任者であった、和気清麻呂を祀る。

【明王堂】

【五大堂】
応仁の乱で焼失し、元和9年(1623)に再建される。

紅葉の種類、光の加減などにより、紅葉は千変万化する。
【毘沙門堂】

【太子堂】桃山時代の再建。柿葺きの屋根と、蔀戸が特徴の質素な建物だが、とても優美であった。

【金堂】

昭和10年(1935)に再建される。

【不動明王】
白い椿により、憤怒の顔がいくらか和らいでいた。

金堂前から五大堂や毘沙門堂を見下ろす。


【多宝塔】

【鐘楼】

【地蔵院】

【和気清麻呂公墓】
墓には誰も訪れる者も亡く、ひっそりしていた。墓に至る道は緑豊かだった。


かわらけ投げ。
いかに風に乗るかが大事だ。風に乗ったかわらけは、どこまでも飛んでいく。眼下に清滝川が見える。
【硯石】【お地蔵さん】

茶店。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 6日 (日)

東山を歩く

高島屋に用事があり、その後東山を散策した。
【八坂神社】

裏側に回って撮影。こちらの方が風情がある。

【東山】色づきはもうひとつ。

【長楽館】実業家の別荘だった。

【大谷御廟】親鸞聖人の墳墓がある。1262年に90歳で亡くなり、この地に埋葬された。


【ねねの道】道沿いには瀟洒な料亭が多い。

【高台寺】色づくまでもう少し。


【霊山観音】
「観音様に御前に来って合掌したまへ。法悦と随喜の光は、自ずから心の闇を照らし出さん。」

本当に穏やかな良い表情をされている。

【二年坂】

【霊鷲山荘】



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 5日 (土)

御所周辺を歩く(その2)

秋の一般公開をしている、京都府庁旧本館を訪ねた。
明治37年(1904年)に竣工した。
この期間中、野外彫刻が飾られ、ちょっと違和感があった。

旧本館はルネサンス様式に属し、正面の一段高くなった屋根を中心として左右両翼に対称に張り出している。

【旧本館中庭】

【容保桜】元京都守護職にちなみ、命名された。大輪の山桜である。

【旧本館廊下】
旧本館は現在も、執務室や会議室として使用されている。

廊下から中庭を望む。

【旧知事室】昭和46年(1971)年まで、知事室として使われていた。明治38年(1905)から67年間で、24人の知事か使用した。最後は、蜷川虎三知事である。革新系の知事、蜷川氏の業績は今もなお輝いている。


【大丸ヴィラ】

【平安女学院】

【有栖館】

【聖アグネス教会】1898年に建設される。

現在、平安女学院礼拝堂、京都教区主教座聖堂として用いられている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

御所周辺を歩く

松本明慶仏像彫刻美術館を訪ねた。
【復興祈願一刀三礼運動】
直径1メートルの大楠を二分割して、大震災の犠牲者を供養し復興を祈願する仏像を彫刻されている。その未完の仏像を、この美術館に持ち込まれ、多くの人たちに一刀ずつ造仏に協力してほしいという趣旨である。

「一名でも多くの方々のお心と共に再生復興への祈りを、今逆境下にある方々、そしてへこたれず歯を食いしばって踏ん張っておられる方々のお心へと発信できたらと願っております。」

江雄も鑿を使って、一刀彫らせて頂いた。その木くずは小袋に入れて頂いた。大地震発生時刻の2時46分になり、般若心経を唱和して黙祷した。

護王神社に行く。足腰の健康維持に霊験あらたかな神社である。

祭神は和気清麻呂で、宇佐八幡宮に向かうとき、300頭もの猪が現れ道案内してくれ、足なえが治ったという故事により、猪がいっぱいいた。

幹に多くの猪が彫ってある。

すべて猪!



| | コメント (0) | トラックバック (0)

京都御所一般公開(おわり)

現在の建物の殆どは、安政2年(1855)に再建されたものである。平安時代以来の寝殿造りや、中世・近世における書院造りなど、様々な建物を見ることができた。
【御内庭】

遣り水が流れ、土橋や石橋が架けられている。

青もみじが鮮やかであった。

【御凉所】

【迎春】

【御常御殿】
天皇日常の住まい。15室から鳴る書院造り。

16世紀以降、清涼殿から独立して建てられる。

【襖絵】


清所門から築地の外に出た。たっぷりと王朝文学の世界に浸ることができた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

京都御所一般公開(その2)

明治2年(1869) に東京に遷都するまで、皇居であった。何度も焼失や再建が繰り返された。

【小御所】
諸種の儀式が行われた。


慶応3年(1867)の王政復古の大号令が発せられた日に、ここで小御所会議が行われた。

【管弦】

【蹴鞠の庭】

【御池】

【欅橋】

【御学門所】

【襖絵】




| | コメント (0) | トラックバック (0)

京都御所一般公開

秋季一般公開を見に行った。いつもは5日間であるが、今年は京都で国民文化祭があり、7日間に延期されていた。仕事柄古典に接する機会があり、勉強のために何度か見に来ている。
【御車寄】
昇殿を許された者が参内するときの玄関である。

【諸大夫の間】
参内した者の控えの間である。

身分の上下により、「虎の間」など部屋が違っていた。

【新御車寄】
大正以降の玄関である。「五節舞姫」の人形があった。

【回廊と月華門】

【建礼門】

【建春門】

【承明門】

回廊には、様々な流派の生け花が飾ってあった。

【紫宸殿】
即位礼などの重要な儀式が行われる。
【左近の桜】

【右近の橘】

【清涼殿】
平安時代には、天皇が日常の生活の場として使っていた。

古典によく登場する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月 4日 (金)

湧水巡り

米原市大清水の泉神社湧水に、水を戴きに行った。
「日本百名水」の一つである。

一日の流水量は約4500トンで、豊富で良好な水である。

伊吹山麓に源を発し、石灰岩の岩間を縫い、この泉神社に湧出する。

水温は11度で、まろやかな水であった。何杯もお代わりした。
水をくみに来る人の中には、数十本のペットボトルに水を入れていた。いったい何にするのだろうか。

醒ヶ井にも行った。「平成の名水百選」の一つ。ここには夏に、避暑で来ることがある。

地蔵川の清流。アマゴや沢ガニもいた。

梅花藻がまだ咲いていた。

梅花藻。多年生水草で、白い花が可憐。

地蔵堂。

居醒(いさめ)の清水。霊仙山に降った雨が長い年月を経て、この地に湧出している。ここにも水をくみに来ている人がいた。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年11月 3日 (木)

伊吹山登山(その2)

頂上から日本アルプスが見えると言うことだが、雲がかかっていて見えなかった。

急傾斜の山の先の方には、琵琶湖が広がっている。

伊吹山はその昔山岳信仰のメッカであり、石像や石仏があった。

弥勒堂の弥勒仏。
日本武尊(やまとたけるのみこと)にちなんだ石像もあった。

土産はバッジ。

下山する。イヌワシが飛んでいた。

もっと性能の良い望遠レンズがほしくなった。

七彩(なないろ)観音の前で、護摩法要が行われていた。

実際に弓矢を放っておられた。

山を下りるにつれて、紅葉の山が迫ってきた。

色とりどりの紅葉も、あっという間に散ってしまうだろう。

紅葉も今が盛りと、精一杯生きている。

下山してまた日常の生活に戻るのが、少し億劫になった。

また今度、高山植物を見に登りたい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

伊吹山登山

日本百名山の一つ、伊吹山に登った。標高1377メートルあり、紅葉の盛りだった。

色とりどりの紅葉に見とれてしまった。

養老の山々。

紅葉の山々の向こうに、琵琶湖が見えた。

竹生島まで見えた。
全山紅葉に圧倒される。

高山植物が少しだけ見れた。1200種類以上の植物が咲くということなので、今度また見に来よう。




山頂に到着。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »