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2012年3月

2012年3月24日 (土)

Vocal Space in Vories Vol.20

「歌い場 イン ヴォーリズ図書館のコンサート」にいがりまさしさんが出演されることをHPで知り、水口を訪ねた。都雅都雅でのライブの際に田口氏からいがりさんのことを教えられ、HPのライブ情報を拝見した。
なお、「撮れたてドットコム」は、花の色や地域、季節などにより植物のことが検索できる植物図鑑である。こんなすばらしいHPを創られていることだけでも驚嘆した。

街中を散策した後に、コンサートが行われる旧水口図書館に行く。
ヴォーリズの設計による建物で、昭和3(1928)年に竣工。玄関両脇の円柱やその上の半円アーチ形の壁のくぼみ、小ぶりのバルコニー、塔屋の上のランタンなど、クラシック的雰囲気の建物である。国登録有形文化財ということだ。

重厚で落ち着きのある旧閲覧室で、コンサートが行われた。
いがりまさしさんは4番目に登場。間近にお聴きするのは初めてであり、こちらが少し緊張した。

いがりまさしさんは、「四季の野の花図鑑」技術評論社、「日本のスミレ」山と渓谷社など多数書籍を出されている、プロの写真家である。

実に心優しい歌い方であった。一語一語を大事にされ、思いを込めて歌っておられた。
自然の中で、自然写真家という仕事の中から生まれる思いを、音楽の形で発信されている。「ネイチャーフォーク」という言葉で表現されている。

リコーダーの音色は純真で、心揺さぶられた。心は、人間の手で汚されていない大自然へと飛んでいった。
「誰にも振り向かれないときも 自分を信じて咲いている」
「はこべ」という曲の一節であるが、その詩は自然からおのずから産まれてきたものであり、作為がない点で本当に素晴らしいと思った。「君の翼」「人生道なかば」「はるにれ」など、正真正銘の名曲だと思った。

いがりまさしさんの歌は、小生の大好きな我夢土下座のフィールドフォークに共通するところが多いと思った。大地や自然、平和や愛など、人間の最も大事にすべきものに根付いた音楽である。これからも機会があったら、コンサートに行かせて頂きたいと願った。CDと書籍を買い求めた。サインまでいただき、これは小生の宝物になるだろう。

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水口(滋賀県)探訪

水口市は東海道に位置する宿場町である。
天和2(1682)年に加藤明友が石見から水口に入り水口藩が成立し、水口城は2万石の居城であった。

梅はまだ五分咲き。
十字型洋剣
秀吉が家来に与えたという。ちょっと格好良かった。

長持

水口名物の干瓢で作ってある。

歴史民俗資料館
曳山祭は江戸中期の享保年間に、町衆のパワーにより始められた。にぎやかな巡行と江戸ゆかりの水口囃子が特徴という。まだ見たことがないので、一度見に来たい。

柳町の山車(全長4.35m、全幅3.26,全高5.2m)
ほいのぼり(曳行の際、水口神社に奉納される)

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2012年3月20日 (火)

世界から原発をなくそうコンサート

天王寺区民センターで、原発なくそうコンサートが行われた。
「原発をなくそうの声を広げよう。願いをみんなに伝えよう。避難者と共に。」の趣旨に賛同して、江雄は参加した。
月桃の花歌舞団に知人がいる。いつかは歌舞団に入りたい。

あだかしねんとあなむんみ・MICHIKA

ADACCHI・小部 修

福島から避難されているお母さん達のお話がありました。家族の幸せを奪った原発への憎悪を、涙ながらに語っておられました。東電や政府に対して、反原発の声を一人一人が発信していこうと、力強く語ってくださいました。

月桃の花歌舞団

〔ベリーダンス〕・テンパリング

Legame・七海りか

ISSIN・夢☆工場
このような若者達が、反原発へと立ち上がってくれているのが何より嬉しいことである。

「フクシマ」をみんなで声高々に歌いました。
「危ない原発 すぐ止めよう いけない原発 まじ不要」
「子供たち その命が何より大切だ 子供たち 君の未来は今始まっている」「空が大地がつながっている この町、フクシマ、つながってる」

2時半から始まり、6時半頃まで、さまざまな音楽家達が熱演されて、瞬く間に時間が過ぎた。感動に揺さぶられた貴重な時間だった。

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2012年3月18日 (日)

坂越(さこし)を訪ねて

赤穂市の坂越を訪ねた。山陽本線で姫路に。

坂越駅で下車。千種川を渡り、坂越大道を歩く。

鳥井の地蔵堂

椿のかなたに海が見えた。

満開の梅

宝珠山を登る。

児島高徳墓
「太平記」の中に登場。

船岡山遥拝所

宝珠山妙見寺観音堂・地蔵堂

観音堂から播磨灘を遠望する。

境内の枝垂れ梅

宝珠山88カ所霊場

大避神社
本殿は明和6(1769)年、拝殿・神門は延享3(1746)年に再建される。

絵馬殿

楽船

坂越港

生島
周囲1.6キロの小島。大避神社の神地として人が入れないところだったので、樹木が原始のままの状態を保つ。
10月の第2土・日には勇壮な船渡御が行われる。今度また見に来たい。

海の駅・しおさい市場
柿の店が多い。

「食い道楽」は大人気で、回転1時間前から長蛇の列。

焼き穴子とでべらを土産にする。

海岸通りを引き返す。旧家が並んでいる。

小さな魚屋でくぎ煮を買い求める。

坂越浦会所

坂越街道


妙道寺

坂越駅

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2012年3月17日 (土)

大阪の探梅(おまけ)

天神橋商店街を歩いた。日本一長い、活気のある商店街である。

ステーキ定食がなんと500円!

天満天神繁昌亭

大阪天満宮

大阪天満宮梅林

道頓堀

法善寺横丁

千日前道具筋

黒門市場

生国魂神社

本殿と井原西鶴

山下清展(心斎橋大丸)・シャガール展(なんば高島屋)

今日は一日中歩いた。38500歩だった。

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大阪の探梅(おわり)

鶴見緑地にサーカスを見に行ったが、行列に並ぶのが嫌で、公園内を歩いた。

EXPO’90花の万博が行われた。

カモたち

河津桜

メジロがやって来た!

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大阪の探梅(つづき)

大阪城梅林

満開だった!!

青天で梅も映える。

梅の品種
紅千鳥・思いのまま

八重唐梅・東錦

豊後梅・春日部

月影枝垂れ・小緑萼

月の桂・古城

江南・一重野梅

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大阪の探梅

今,、春場所が行われている。お寺が宿泊場所になっている相撲部屋もある。
久成寺(高砂部屋)・高津宮参道

高津宮梅林

多品種の梅
それぞれ魅力がある。

高津宮・高倉稲荷神社

相合坂(縁結び坂)
ドラマが作られている。

近松門左衛門の墓・井原西鶴の墓

難波宮跡を過ぎ、大阪城へ行く。

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2012年3月14日 (水)

京都烏丸四条都雅都雅

都雅都雅で、「宮崎勝之 プラスワンプロジェクト ゲスト 田口正和」がありました。前回の「我夢土下座」のライブで、妻はすっかり魅了されたようで、共に至福のひとときを過ごしました。

田口氏にとって最初のソロライブということを知り、正直驚きました。名曲の数々を世に送り出しておられるので、当然ソロ活動もされていると思ったのですが、やはり我夢土下座のバンドの居心地がとても良かったのでしょう。「ソロはしゃべるのが面倒だな、いつもは横に専門の司会がいるから。」という言葉の中に、それがうかがえました。

我夢土下座のメンバーの大半も来られていました。「さくら」では決して無くて、温かい雰囲気の中で盛り上げておられました。舞台には上がらなくても、きっと心の中で田口氏と共演されていたのでしょう。

田口氏のスピーチも少しテレながらですが、何気ない一言一言に人生のふかい味わいがにじみ出ていていました。時にはユーモラスなスピーチで、会場内が笑いに包まれていました。

前売り券を一ヶ月前に求めに行ったときに、一つ願ったことがあります。それは、田口氏の名曲の中でも小生の特に大好きな曲「時は流れて」を歌ってほしいということでした。小生の一途な思いが通じたのでしょうか、それが見事に叶えられました。「時は流れて」は、田口氏の「老人が若い時を振り返るという内容で、年をとった今がシュンです」の言葉のとおり、田口氏は思いのすべてを込めて情感豊かに歌われて、生きていることの神髄が切々と伝わってきました。「フィールドフォーク イン中津川」のレコードにおける20代の歌とは違う魅力があり、小生としては今の歌のほうがより心を揺さぶるものがあります。

新曲が2曲披露されました。「帰れない村」と「桜の木の下で」というタイトルで、3.11の大震災に関係する歌でありました。田口氏がネットから引用された言葉「原発と共生をはかった町が、原発と共生できなくなってしまった、帰りたくても帰れない。」を話された後、「帰れない町」を聴きながら「原発と共生をはかることそのものが間違っていた。」と確信しました。それから田口氏は「家族が一番大事で、そんな身近なところに幸せがある」と語った後に、「桜の木の下で」を歌われました。メロディーは一度聴いたら忘れない懐かしさや優しさが溢れており、その分余計に桜の木の下で家族とともに暮らしていた、福島の人たちの生活を無残に奪った原発が憎らしく思いました。バイバイ原発のために、自分のできることを少しでもしていこうと誓いました。この2曲は、後世まで残る(残してほしい)名曲であると断言できます。

ギター演奏「エル・クンバンチェロ インストゥルメンタル」 宮崎氏のマンドリン演奏と競演された田口氏のギターテクニックは凄さを感じさせ、更に豊かな芸術性も発揮されていました。
本当にありがとうございました。

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2012年3月10日 (土)

バイバイ原発 3.10 きょうと

3月10日(土)、円山公園でバイバイ原発の集会とデモに参加した。
                東北大震災から明日で1年経ち、東電や政府の無責任さが浮き彫りになりつつある。
                原発は人間がコントロールできない放射性物質をまき散らし、さまざまの生き物たちの命を脅かしている。原発は即刻廃絶するしかないと江雄は確信する。
               
                円山公園ではフリースピーチが行われていた。若者達が多く参加していたのは非常に心強い。。
               
                「熊取からの提言」小林圭二編著と、黄色いバッグをを買い求める。
               
                手作りの横断幕などには、原発反対の思いがこもっている。
               
                円山公園の枝垂れ桜の前には、季節の生け花が展示してあった。
               
                円山野外音楽堂には、3000人以上の人たちが入っていた。会場に入りきれないくらいの賑わいだった。
                アトラクション ザ ファミリーが行われていた。
                「鬼剣舞」
               
                集会は、黙祷から始まった。
                その後、主催者を代表して、バイバイ原発の呼びかけ人の、原 強氏より挨拶があった。大飯原発の再稼働を絶対許してはいけないという力強いアピールだった。
               
                京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏がスピーチされた。
                原発をここまで増やしてフクシマを起こした自己の責任について謝罪されていた。小出氏よりも、原発村の人たちこそ謝罪して、今こそ反原発へと動き出すべきである。しかし、エセ学者達は保身に走るだけであろう。
                夕刻より、小出氏の「私たちの未来を考える」講演会がある。
                小出氏を初めて間近で拝見したが、目が優しく情熱が溢れていて、本当にかっこよかった。権力や地位やお金に迎合しない、本物の学者である。
               
                制服向上委員会&橋本美香さん「原発さえなければ」
               
                「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」
                可愛い風貌の10代の若者のコメントが、権力に対して辛辣であった。
               
                バイバイ原発ネットワークの長谷川さんによって、集会決議がアピールされた。再稼働を止め全原発を廃炉にしたいという熱い想いが溢れていた。
                「原発のない社会を目指そう」
                「再生エネルギーを中心にしたエネルギー政策を実現しよう」
                「大飯原発の再稼働をやめさせよう」
               

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2012年3月 9日 (金)

長浜探訪(つづき)

大通寺あせび展を見に行く。途中、山車を収納する蔵を見かけた。

銘菓堅ボーロの本家である。

街角に奇抜な彫刻が置かれていた。

大通寺の表参道

長浜城の追手門を移築した。

無碍智山(むげちざん)大通寺は、真宗大谷派の別院である。

広間付き玄関
入母屋造りの屋根に軒唐破風を付けて、重厚な趣である。

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長浜探訪

青春18を使い、長浜へ行く。途中伊吹山がよく見えた。

盆梅パスポート(1000円)を買い求める。盆梅展を含め、4箇所入場できる。
長浜鉄道スクエアは、現存する日本最古の鉄道駅舎。

慶雲館
豪商が明治天皇の行在所として建てた。この長浜の迎賓館で盆梅展が行われている。

長浜の盆梅は約300鉢あり、専門員が1年を通じて育成している。育成には、温かい愛情と厳しい管理が必要だと言うことだ。これは教育と同じであろう。

樹齢400年を超える古木もある。

仁寿・鳳来

華婉・瑞光

朧(おぼろ)・花衣

花簾(すだれ)・高山

清音・簑雫(みのしずく)

彩雲・百千鳥

花が咲き終わった瞬間から、来年の開花に向け手入れが始まる。

さまざまな品種があり、目を近づけても楽しめる。

武蔵野・・・日本の梅花で最大の品種。

小鉢の梅も風流である。

慶雲館を出て、北国街道を歩く。趣のある古家が多い。

長浜浪漫ビール
後に伊吹山が見える。

曳山まつりでの祭の華である子供歌舞伎。このような集会所で、祭の20日あまり前から練習している。



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2012年3月 5日 (月)

東京下町を訪ねて(3月5日)

東京での3日目。あいにく雨で、当初の計画を断念。興津から由比まで薩埵(さつた)峠を越えて、富士山を眺めながら東海道を歩く予定だった。残念無念!
急遽、しばらくの間浅草方面をうろつくことにする。
浅草橋で下車して、北上する。
鳥越神社。

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2012年3月 4日 (日)

東京下町を訪ねて(3月4日)

東京2日目も快晴。
昨日は文京区と台東区の下町を歩いたが、今日は江東区の下町を歩く。
錦糸町からスカイツリーを望む。ヘ音記号のオブジェとマッチしていた。

押上を通り、業平橋へ行く。完成したばかりのスカイツリーを、直下から見上げる。紅梅がスカイツリーに似合った。

見上げ続けていたら、首が疲れてきた。
亀戸天神社へ行く。菅原道真を祀る天神である。
梅の開花は、まだ七分咲であった。


スカイツリーは少し離れたところから見た方が良い。5月に藤の花が満開になる頃、また来てみたい。

歌川豊国の碑

砂町銀座まで行く。庶民的な店ばかりで、いろいろ買い物をした。特に、焼き鳥は美味しかった。

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2012年3月 3日 (土)

東京下町を訪ねて(3月3日)つづき

東大を後にして、本郷の町を歩く。台地と谷が交錯する地形で、坂と細い路地が続く。多くの文人達が住んでいた。
法真寺
樋口一葉ゆかりの桜木の宿。一葉は24歳で結核により夭逝した。

石川啄木(1886~1912)
蓋平館別荘で、現在太栄館と名を変えて旅館が営まれている。ここで啄木は連射砲のごとく次々に歌を作った。

鳳明館

長泉寺の門前の梅は、満開であった。

このような旧家はいつまで見られるであろうか。この辺りに、宮沢賢治(1896~1933)が住んでいた。「ドングリと山猫」などの童話の名作が次々に作られた。1日に原稿用紙300枚書いたという。

本郷を後にして、根津のほうへ歩く。この辺りは弥生という地名で、弥生時代の石器などが見つかった場所である。
立原道造記念館
「萱草に寄す」という素晴らしい詩集を、江雄は若いときに読み、感動を覚えたことを思い出した。

竹久夢二美術館

根津神社を訪ねる。
宝永3年(1706)、5代将軍綱吉が、権現造りの社殿を造営したのが始まりである。本殿と拝殿と、それらを接続する幣殿からなり、一つの屋根で造られているのが、権現造りと言うらしい。

境内には、乙女稲荷社があった。

庚申堂
寛永9年(1632)に石像が造られた。

根津から谷中(やなか)へと歩く。
谷中は、上野台と本郷台との谷間に位置しているので命名された。経王寺・観音寺・永久寺・蓮華寺・瑞輪寺など、実に数多くの寺がある。

西光寺の韋駄天。

日本美術院(左)近代日本画に新風を吹き込んだ。
岡倉天心の宅跡(右)

谷中霊園の早桜。スカイツリーが遠くに見えた。

蛍坂の築地塀。江戸時代に築造された。

初音(はつね)町の古家。鶯の初めて鳴く音色から名付けられた。

初音町には、趣のある絵馬を展示しているところがあった。

日暮里駅からスカイツリーを眺める。

谷中銀座。
70軒ほどの小さい店が建ち並ぶ。ミンチカツを買い求めた。

夕焼けだんだん
懐かしい風景が広がっている。夕焼けの風景をまた見に来たい。
谷中を後にして、上野まで歩く。
東京芸術大学音楽部

奏楽堂(1890年に建立)

東京国立博物館

国立科学博物館

国立西洋美術館

上野公園を過ぎ、アメ横へ。こんなに人がなぜいるのかと思えるほど、混雑していた。アメ横の雰囲気を十分に味わった。

御徒町から山手線に乗り、格安ホテルで宿泊。
35000歩を越えていた。

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東京下町を訪ねて(3月3日)

夜行バスを使い、京都から東京へ。4人シートで4000円。熟睡はできなかったが、休息はできた。7時に着き、まず霞ヶ関へ。

経済産業省の敷地をオキュパイ(占拠)している、反原発テントを訪ねる。3月3日で、テント村は175日になる。

江雄はフクシマのずっと前から、原発との共存は不可能だと考えて行動してきたので、反原発の拠点ともいえるテント村を支援している。早速署名してカンパをした。

テント村前で何人かの人と立ち話をしたが、フクシマの事故の最大の責任はいったい誰なのかということを中心として、いろいろ話を聞かせて頂いた。

東京電力までは、歩いて10分ぐらいであった。子供たちの未来のためにも、今こそ脱原発へと舵を切り替えてほしい。

山手線で御徒町へ。アメ横はまだ店が閉まっていた。

湯島天満宮へ梅を見に行く。先日の寒波で雪が降り、石段脇にはまだ雪が残っていた。
梅祭が開かれているが、つぼみのいくらか綻ぶ梅の木が大部分だった。

受験シーズンで、合格祈願の絵馬が多かった。
「男坂から見返る梅に女心がまた揺れる」

境内には、樹齢70年から80年の梅の木が約300本ある。満開の時に、また来たい。

無縁坂
森鴎外「雁」に「岡田の日々の散歩・・・・・、寂しい無縁坂を下りて・・・・・」
無縁坂からスカイツリーが見えた。鴎外はどのように描くであろうか。

不忍池からも、スカイツリーが見えた。

東京大学
鉄門から東大に入る。入学は困難だけど、簡単に学内に入れる。

学内から見るスカイツリー

三四郎池
旧加賀藩の心字池であるが、漱石の「三四郎」で有名になった。

安田講堂(1925年竣工)
大学紛争の頃を思い出した。

アーケードのある法文1号館(1935年竣工)

赤門
旧加賀藩前田家屋敷の御守殿門(1827年建立)であった。

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2012年3月 1日 (木)

加茂船屋の雛飾り

木津川近くの船屋商店街で、3月1日から5日迄、雛飾りが行われている。商店主らによる実行委員会によって運営されており、町の活性化を図ろうとされている。昭和の時代までは人が絶えなかったようだが、平成になった頃から大型店に客を奪われて、通りには人気(ひとけ)があまりない。この期間中は多くの人で賑わう。常にこのような状態であったら良いのだが、商店主さん達はいろいろ知恵を絞っておられる。私たち庶民ももっと協力しなくてはいけないだろう。

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