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2012年5月

2012年5月27日 (日)

あかんで!大飯・伊方の再稼働

あかんで!大飯・伊方の再稼働 5.27関西行動が、扇町公園で行われた。ストップ・ザ・もんじゅなど関西実行委員会の主催である。
                公園には2000人くらい集まっていたであろうか、労働団体の方達の他、江雄のような一般市民達も数多くおられた。
                福島の事故がまだ収束していない(収束には何十年もかかるだろう)中、再稼働を画策している金亡者の愚かさにほとほと呆れてしまう。だが、地震列島にここまで原発の建設を許してきた私たちにも、かなり責任があると思う。子供たちのためにも、絶対に原発の廃炉を実現していかなくてはならない。
                2時から集会が始まった。
                椎名智恵子さん(子供たちを放射能から守る福島の会)のスピーチがあった。当たり前にあった福島の自然や生活を子供たちに返してほしいと、詩に託して訴えておられた。
               

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2012年5月26日 (土)

通天閣のツムテンカク

通天閣周辺で行われているデザイン&アートイベント「ツムテンカク」を見に行った。
天王寺で下車して、公園沿いを歩く。つるバラが満開!

じゃんじゃん横丁はちょうど昼時で、串カツを求めて行列ができていた。。

大衆演劇〔朝日劇場〕

看板はさまざまな趣向を凝らしてある。


ビリケンさん
明治41(1908)年、アメリカの女性芸術家が夢で見た神様をモデルに制作したという。

通天閣
今年で100周年!スカイツリーに比べてやはり庶民的だ。あしながおじさんが風船を作って子供にプレゼントしていた。

坂田三吉
妻小春に支えられ、将棋一筋の人生を歩んだ。

安くて美味しい!きつねうどんが220円。通天閣下にある、地元の人が食べに来る食堂。

何 コレ ??

スパワールド入り口前広場にて

さまざまなアートが展示されていた。

大道芸人やゴスペラーズが楽しかった。

恵比須を通り阿倍野へ向かう。路面電車のデザインも大阪らしい。

阿倍野に来たら、いつもここの大学芋を買う。芋そのもの味が甘い。

いつのまにか15000歩を越えていた。

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2012年5月20日 (日)

陶芸作品

もう何年もやっているのだが、なかなか上手にならない。
以前は、徳利とぐい飲みばかり作っていた。今は、実用的な茶碗や皿などが多い。

これだという自分でも納得するものが作れない。才能がないので、ただただ数多く作るしかないのだろう。

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2012年5月19日 (土)

甘南備山

午前中仕事があり、京田辺駅で下車する。
甘南備山をめざす。周りには長閑な田畑が広がる。案山子が迎えてくれた。

鹿も迎えてくれた。

新緑が目に眩しい。

山道を登っていく。躑躅はもう終わりかけ。よく整備されている。

頂上に到着。217Mしかないが、平安京の造営の時に、朱雀大路の目印となった。

平安時代に編集された、延喜式に甘南備神社のことが載る。

下山して、一休寺による。
一休寺は、頓知で有名な一休禅師が晩年を過ごした寺で、正しくは「酬恩庵」という。一休禅師が童宇を再興し、師恩にに報いるという意味で、命名された。
参道の新緑で心洗われる。

御廟所
文明7(1475)年、一休禅師82歳の時に建立する。6年後に、示寂される。

方丈
加賀城主前田利常が慶応3(1650)年に再建する。

一休禅師木造
等身像で頭髪と鬚は自らのものを植え付けられたという。

名勝 方丈庭園(南側)


方丈庭園(北側)

襖絵は江戸初期の狩野探幽の筆である。

本堂
1450年に、足利義教の帰依により建立。入母屋造り檜皮葺。で、唐様仏殿としては最も古い。
開山堂

一休禅師の肖像画

一休禅師の自筆。「葉室」とは飼い雀に与えた道名である。

一休像

境内には個性的な石像があった。

能楽観世流三代 音阿弥の墓

浴室
方丈の再建時に修復される。

京田辺駅に向かう。
薪神社に寄る。能楽発祥の地である。「薪能」の名は、この地で野外能を演じたことによるという。

更に歩いて、棚倉孫(たなくらひこ)神社に寄る。

本殿は桃山時代に再建され、一間社流造、屋根は檜皮葺。

瑞饋御輿(ずいきみこし)
10月の例祭に、御輿が秋に収穫される26種類の野菜や穀類で飾られる。屋根はズイキ(里芋の葉柄)で葺かれる。

江戸時代の絵馬(修復されている)

加茂に帰り、陶芸に行く。

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2012年5月13日 (日)

名張(なばり)探訪

三重県名張を訪ねた。大和八木で名古屋線に乗り換える。長閑な山里が広がっていた。
名張駅で下車する。
四方を遠山に囲まれ、町の裏を清流が流れる城下町である。
駅前に観阿弥像があった。

名張藤堂家邸跡
かって広大な敷地だった。藤堂家の家紋の桔梗により、桔梗が丘と呼ばれる。現存する数少ない上級武家屋敷である。

寿栄神社

太鼓門

初瀬(はせ)街道を歩く。
長谷寺と伊勢神宮を結ぶ街道で、江戸時代は重要路として賑わったという。麹屋さんに寄って、麹を買い求めようとしたが、冬季しか作っていないと言われた。

格式のある旧家が多い。

レトロな銭湯もあった。

酒蔵も2軒あった。今回は珍しく買わなかった。
酒造木屋正

北村酒造

やなせ宿
裏には名張川が流れていて、アユの名所であった。そのアユをとるための簗(やな)たくさん設けられ、そこから個々の地名も簗瀬と称されていた。

清風亭
ウナギ料理が美味しいという。

江戸川乱歩の生家跡
「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」

「ひやわい」とは、写真のような狭い路地を言う。

宇流冨志禰(うるふしね)神社
名張藤堂家から寄進を受けた、能や狂言の面45点を展示している。桃山時代や江戸時代の逸品が多い。

近鉄電車に乗り、美旗へ行く。
伊賀南部の美旗大地に、七つの古墳(美旗古墳群)がある。
馬塚古墳は五世紀後半に造られる。三重県最大級の前方後円墳である。

墓には数多くの石仏が置かれていた。

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2012年5月 6日 (日)

カーネーション

NHKの連続ドラマ「カーネーション」の地、岸和田を訪ねた。江雄は勇壮なだんじりのファンで、毎年見に来る。祭の頃は観光客が溢れるばかりであるが、平生はそんなに多くなく、岸和田の町の懐かしい雰囲気が味わえる。
「カーネーション」の小篠綾子(1913年生まれ)さんは岸和田のお母ちゃんである。コシノ洋装店は駅前通り商店街にある。店の前をだんじりが通った。

コシノ三姉妹の津軽こけし

どこか懐かしさが漂う町である。

旧和泉銀行本店(1933年建設)

岸和田中央会館(1921年建設)

旧四十三銀行(大正8年建設)

岸和田城堀

岸和田城
文政10(1827)年に焼失したが、昭和29(1954)年に再建される。

五風荘
1929年から10年間かけて造営された。約2500坪の回遊式日本庭園で、三つの茶室がある。

岸城神社
だんじりがこの神社に宮入りする。

自泉会館
スパニッシュスタイルの建物で、関西建築界の草分け的な存在。昭和7(1952)年に建設。

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2012年5月 5日 (土)

関電京都支店前

関電京都支店前で、「使い捨て時代を考える会」相談役の槌田劭さんがハンストをされている。「万一の時の危機管理の不備」や「電力需給の現状」などについて、関電から具体的な回答をもとめているが、未だ何も無いことを憂えて実施されている。
               
                早速カンパして、その後一緒に2時間ほど署名活動をした。
                「さよなら原発1000万人署名をお願いします」
                「大飯原発反対署名に協力をお願いします」
                観光客が多く急ぎ足で立ち去り、なかなか署名して頂けなかった。表情が硬いせいかと、意識して表情を和らげて訴えていると、次々に署名をして頂けるようになった。あまりこちらが深刻になり過ぎても、だめなんだろう。自然体が一番なのだろう。
               
                ミュージシャンたちも支援のために参加して、反原発の歌を歌われていた。「核々死か慈か」のスローガンは的確に、核の本質を訴えていると思った。もちろん核は慈ではなく、死そのものである。
               
                5月5日こどもの日、日本の全ての原発が止まる。42年ぶりに原発がゼロになる。子供たちのために、自然と共存できる世を築き上げて、原発はこのまま眠らせましょう。
               

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八幡を訪ねて

京阪電車に久しぶりに乗る。ケーブルカーに乗り換える。

石清水八幡宮に参る。
新緑の参道は気持ちが良かった。2012年1月に、境内全体が神仏習合の信仰の歴史をたどることのできる代表的な地として、国の史跡に指定される。

九世紀半ばに、大安寺の僧行教が宇佐八幡宮のお告げにより同神をお祭りしたのが始まりとされる。

石清水灯燎華(とうりょうが)の準備がされていた。蝋燭一灯500円で献灯できる。

楠の大木。

若宮殿社

山はほぼ自然のままの植生が保たれている。荒樫や藪椿などの常緑樹が多い。

展望台から、愛宕山や比叡山がよく見えた。

ゴールデンウイークではあったが、あまり人が多くなかった。

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2012年5月 4日 (金)

西播磨の海

西播磨の海を見に行った。姫路から赤穂線に乗り換え、赤穂に着。
赤穂御崎からは、家島諸島や小豆島が間近に見えた。四国もかすかに見えた。

大石神社
四十七義士石像表門隊

義士討ち入りから、310年経つ。
表門の脇に恵比須天・大黒天がおられた。撫でると福が授かるという。

坂越

しおさい市場
鯵釣りが楽しそうだった。

地物なので鮮度抜群。。

室津港

室津には古い港町の面影が色濃く漂う。

龍野市の街中へ行く。醤油やそうめんで有名である。三木露風のふるさとであり、赤とんぼの曲が時報で流れる。
龍野城御殿

本竜野駅から姫新線で姫路まで行く。山陽本線・環状線・関西線を使い、加茂に帰着した頃には、星が瞬いていた。

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2012年5月 3日 (木)

加茂の新川に沿って

新川に沿って歩いた。連休中はどこも人が多いので、地元を歩くことにする。蕨(わらび)取りする人が何人かいた。対岸の森の藤の花が満開だった。

新川の橋を渡り坂を少し上がると、西光寺がある。

燈明寺(とうみょうじ)
宗派や寺名などが幾変遷し、盛衰を繰り返しついに戦後の混乱期に廃寺となった。国宝の三重塔は、今横浜の三渓園に売却され移築されている。本堂も何も残っておらず、ただ幾らかの名残がある。
梵鐘
貞享5(1688)年造の銘がある。

十三重石塔(鎌倉時代末期)と石灯籠(江戸時代中期)

境内には、御霊(ごりょう)神社がある。
かって燈明寺の鎮守社であった。本殿は、南北朝創建の三間社流れ造り檜皮葺である。

更に新川を下る。地蔵尊が祀られていた。

浄土宗 医王山 薬師寺
牡丹の花に見入ってしまった。

新川から離れ、山田の方へ坂を登る。
山の新緑に心が洗われるようだった。

野仏たち

かってこのグランドで子供たちがサッカーの練習をしていた。

筍 伸~びた

雲行きが怪しくなったので、坂を下り旧街道筋を歩き、雨宿りできる駅まで急ぐ。

雨が降ってきたので、歩くのをやめた。1万歩いかなかった。

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