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2012年6月

2012年6月30日 (土)

京街道の枚方宿

京街道は東海道の延長部で、伏見・淀・枚方・守口を通る。
枚方宿は797間(約1.5KM)あり、問屋場・本陣をはじめ旅籠や商家など、多くの町屋が軒を連ねていた。伏見と大坂を結ぶ淀川船運の中継港として栄えた。
鍵屋
枚方宿の代表的な船宿であった。江戸時代後期に建築。

辺りには町屋が多い。
表屋造りで、長い間口・出格子・虫籠(むしご)窓などに特徴がある。

問屋役人 木南家

淀川は、大坂と京・伏見を結ぶ重要な交通路であった。30石船が1000艘以上行きかい、船を監視する船番所が置かれた。
30石船の客相手に飲食物を売る船は、「くらわんか船」と呼ばれた。

枚方は浄土宗と縁が深く、一時寺内町を形成していた。
浄念寺

台鏡寺
京阪電鉄の電車がすぐ下を走る。

意賀美(おがみ)神社
「茅の輪くぐり」が行われていた。
祓え葦を持って、三度茅の輪をくぐり、無病息災や健康長寿をご守護頂く神事である。
この日に、梅林で採れた梅で作られた梅ジュースが参拝者に振る舞われる。

万年寺山の梅林

秀吉が文政4(1595)年に建てた、お茶屋御殿の跡。

眼下に淀川が流れる。

再び京街道を歩く。

妙見講常夜灯

宗左の辻
東海道と磐船街道との分岐点。

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2012年6月23日 (土)

蛍狩り

知人に誘われ、玉川上流に蛍狩りに行く。
玉川は万葉集に詠まれている清流で、カジカガエルが住む。

家、石垣、露天風呂、川床など全て手作り!!
日が暮れるまで男の料理三昧。

山葵や茗荷も植えている。水槽にはアマゴが泳いでいる。

だいぶ暗くなった。宴は佳境に入る。

源氏ボタルや平家ボタルが乱舞というほどではないが、飛んでいた。増水のために今夜は少ない。
写真を撮るのは難しく、手に停まったのを撮影。

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奈良佐保路

奈良阪町から歩く。観光客のあまり行かないコースである。
奈良豆比古(ならづひこ)神社には樟の巨木があった。
樹齢千余年、土際の幹 約12.8m、目通りの幹 約7.5m、樹高 約30m、枝張り 約20m
古色蒼然たる巨樹である。長らく見とれてしまった。

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2012年6月17日 (日)

原発を問う民衆法廷 第4回大阪法廷

「原発再稼働は犯罪だ」
                大阪市平野区民ホールで、原発を問う民衆法廷が開かれた。200人くらい参加していた。昨日野田首相が大飯原発再稼働を決定した後だけに、限りない憤懣を抱きながらも、冷静に多角的に民衆法廷は続けられた。
                【開廷】
               
                【今回の法廷について】判事
                「福島第1原発事故以来、原発犯罪という言葉が用いられるようになってきた。原発政策における情報隠蔽や情報操作、地域社会の分断と破壊、御用学者の重用と批判的な学者への嫌がらせ、コストを理由にした安全措置の回避等々、次々と絡まり合って原発推進施策を可能としてきたのではなかろうか。これは現代日本の縮図ではないだろうか。」
               
                【訴状】代理人
                「被告関西電力は、国によって発電用軽水炉型原子炉施設についての福島第原発事故原因を解明した上で、新安全審査指針及び技術基準に適合したとする定期検査が完了するまで、大飯原発などを稼働させてはいけない。」
               
                【意見陳述】斉藤征二さん(敦賀より 元原発下請け労組分会長)
                「元請け・下請け・孫請け・・・という多重構造の中でピンハネが行われ、末端の労働者が受け取るのは最低で7千円でした。みんな寄ってたかって、人の命を食い物にしてしまいます。結局、末端の労働者には何の保障もないのです。最後には使い捨てにされててポイです。」
               
                【意見陳述】斎間淳子さん(八幡浜より 原発から子供を守る女の会)
                「地域住民の命よりも、四国電力という企業の利益が優先されたのです。魚の大量死は、その後今日まで7回も発生しています。私の原発反対運動は、このときから始まりました。」
               
                「今後子供の生きる大地や海より、大切なものがあるわけがない。どんなに除染してみても、色も臭いも味もない放射能は、今後何万年も消えはしない。」
                「あの戦争を止めれなかったと、親を責めた私は、今子供たちから原発を作ったのはお母さん達じゃあないかと責められても仕方ありません。福島原発での大きな犠牲を真摯に受け止め、原発を止めること、原発のない社会に大きく踏み出す決断を世界中の人からわき起こることではないかと思います。」
               
                【意見陳述】入江紀夫さん(小児科医・医療問題研究家)
                「『100ミリシーベルト以下の被曝線量では・・・発がんリスクの明らかな増加を証明することは難しい』との見解は事実に反しており、直ちに撤回すべきである。」
               
                「放射線管理区域内の低線量被爆で平均累積量20mSvは、成人においてさえ明らかな発がんリスクが存在する。」
               
『原子力発電の放射能汚染から小児や胎児を守るために、最新の科学的知見に基づく大作を早急に行うべきである。」
               
                【判事の所見】
                「原発事故は「人道への罪」であるというのは、人間のおごりではないか。全ての生き物が犠牲になるのだから、『生命への罪』と概念を変えるべきではないか。人間は生き物の一つでしかなく、全ての生き物との共存という生き方にシフトすべきである。」

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2012年6月16日 (土)

簡素な暮らしで命を守ろう

NPO法人「使い捨て時代を考える会」主催の、節電シンポジウムに参加した。
                大飯原発の再稼働を政府が理不尽に認めたこの日、「この夏、おうちは節電所」と題して、「簡素な暮らしで命を守ろう」をテーマに行われた。
                京都駅前にあるキャンパスプラザで開かれ、150人くらいの参加者があった。
               
                NPO法人「使い捨て時代を考える会」山田晴美代表理事
                政府はフクシマから何事も学ばず、根拠を失った原発神話に今もなおすがろうとしている。安全対策も安全規制も不透明なまま、なぜ政治家の政治判断を先行させるのか。これは、無知を通り越して、民主主義的理性への愚劣な挑戦である。
               
                朴 勝俊さん〔関西学院大学准教授〕
                「脱原発のための節電所」
                再生可能エネルギーの普及はもう少し先なので、それまでは節電所を作っていこう。
                たとえば、消費電力200Wの冷蔵庫を、100Wのものに買い換えると、100Wの節電所を建設したことになる。
                発電所は、長い建設期間(数年~数十年)が必要で、高い建設費・燃料費が要り、環境破壊や大事故の危険性がある。それに対して、節電所は、短い建設期間(できたところからすぐ動き出す)、燃料費は不要で環境破壊無し。
               
                電気をカエル計画滋賀 新田時子さん
                さまざまなアイディアを出して、少しの電気で豊かな暮らしを作りましょう。
               
                「みんなでやろう!夏のピークカット」実行委員会 準備会事務局
                南村 多津恵さん
                電気に頼り切る暮らしと社会のあり方を脱却して、明るい未来を作りたい。
               
                「省エネ普及ネット 京都」山本和仁さん
                エアコンやテレビのない途上国の人にしてみれば、先進国の節電内容はエコではない。
               
                NPO法人「使い捨て時代を考える会」会員 村上 聖子さん
                「私の節電生活」
                外出時は、冷蔵庫と電話機以外の配線ブレーカーを切ります。朝起きたときは電灯を付けずカーテンを開け、晴れの日は電気を付けません。
               
                NPO法人「使い捨て時代を考える会」会員 和田 美登里さん
                この夏は、「片ひえひえ」と「レディースすててこ」で、夏を乗り切りましょう。
                学者の上野千鶴子さんも愛用しています。
               
                NPO法人「使い捨て時代を考える会」相談役 槌田 劭
                関電は不誠実であるだけでなく。虚偽隠蔽により社会を恫喝し原発推進世論を醸成しようとしている。私たちは騙されてはいけない。原発をゼロにしても、東面の電力不足は起こらない。しかし、そのことは節電の必要が無いということを意味するのではない。今夏の節電努力こそ、新しい社会と生活への道の第一歩である。
               
                信念と正義の人であり、このような人こそ首相に推したい。

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伏見街道を歩く

丹波橋で下車して、伏見街道を北上して京都駅まで歩いた。
藤森神社
洛南深草の産土(うぶすな)神として崇拝されている。楠の大木があった。

紫陽花の宮として知られている。

「菖蒲の節句」の発祥地であり、「菖蒲」は「勝負」に通じ、勝負や馬の神様としても知られる。

絵馬殿には競馬の絵馬が掲げられていた。

不二の水
伏見名水の一つ。二つとない良い水として名付けられる。

七福神もおられた。

八幡宮
永享10(1438)年に足利義教が建立。

藤森神社を後にして、伏見街道を歩く。風情のある古家が所々にあった。

教会があった。

伏見稲荷に寄る。
殿舎の朱と新緑の緑が調和して、日本の美を実感した。

やはり稲荷さんには狐が似合う。

いろんなかたちの狐が居た。この狐はあげを咥えている。

本殿

権殿

神楽殿

東丸神社
荷田春満(東丸)を祀り、合格祈願の絵馬や千羽鶴がたくさんあった。

末社

千本鳥居

伏見稲荷を後にして、再び伏見街道を歩く。
伏見人形が店頭に飾ってあった。

伏見街道を離れ、鴨川を渡る。

高瀬川を遡る。

ようやく京都駅に到着。
この後、節電シンポジウムに参加する。

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2012年6月10日 (日)

STOP再稼働アクション

円山公園でSTOP再稼働アクションが行われた。
                つながろう、つなげよう!脱原発を願う、個人や団体のネットワーク「バイバイ原発」の主催である。
               

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祇園界隈

午前のバレー練習が終わり、京都四条へ。
祇園新橋を歩く。
江戸時代・明治初期の町屋が立ち並んでいる。
白川に沿って歩く。
「かにかくに 祇園は恋し 寝るときも 枕の下を 水の流るる」吉井勇
明治43(1910)年作

花見小路を歩く。表通りは観光客で溢れかえっているので、裏通りへ回る。こちらの方が風情がある。

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2012年6月 9日 (土)

勝風・大畑・西小を歩く

午前で雨が上がり、歩きに行く。
勝風(しょうぶ)をめざす。

勝風口のバス停
今はバスも通っていない。

田植えの準備


途中で逢った花たち!

竹の皮
これで鯖寿司を作ったら最高やろうな!

勝風の集落

青地蔵
勝風の集落の外れに、青地蔵がおられた。
「脱原発 廃炉 命のために 子供たちのために」とお願いした。

赤地蔵
きりりと引き締まった表情が、原発事故は許すまじと言われているようだった。

茶畑を見ながら、INACHAN農園へ!

先週植えたそば達は、みんな元気!!

奈良県と京都府の境の路を歩く。
奈良県側の山々。
京都府側の山々。

大畑の集落に入る。長閑な山里である。

大福寺地蔵
大畑の集落の奥にある。

岩船へと歩く。
ミロクの辻磨崖仏
文永11(1274)年に造られる。笠置寺の弥勒如来磨崖仏を写す。
笑い仏
永仁7(1299)年に造られる。
観世音菩薩座像・阿弥陀如来座像・勢至菩薩座像の三体。「アルカイックスマイル(永遠の微笑)をたたえておられ、心癒やされた。

眠り仏

からすの壺
康永2(1343)年に造られる。
阿弥陀如来座像

地蔵菩薩立像

藪の中三尊
弘長2(1262)年に造られる。
十一面観音菩薩立像・地蔵菩薩立像・阿弥陀如来座像

浄瑠璃寺へ寄る。
ちょうどこの日に、行者祭りが行われていた。灌頂堂で住職の佐伯氏からのお話がある。
寺号は三重塔の内陣に安置されている薬師如来の浄土「瑠璃光浄土」から来ている。本堂には九体の阿弥陀如来を安置している。

梵字の阿字をかたどって造られた池を中心として、東に薬師仏、西に阿弥陀仏を配した庭園は、極楽浄土をこの世に表したものである。

お寺を出て、大門へと歩く。
首切り地蔵
首のくびれが深く切れて見えるので名付けられる。

大門石仏群

仏谷阿弥陀磨崖仏
巨大な花崗岩に厚肉彫刻された丈六(約2.5M)の如来座像。この地では最も大きい。

15000歩と越えると、やはりしんどくなる。

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2012年6月 3日 (日)

蕎麦植え

バレーの練習後に、いなちゃん農園に蕎麦を植えに行った。
奈良県と京都府の境にある谷あいの畑である。

竹藪を通る途中で、「ひとりしずか」の花を見つけた。
山羊が迎えてくれた。

いなちゃんが結構広い畑を提供してくれた。

1週間前植えた蕎麦が、早くも発芽していた。

いな爺が見るに見かねて、手取り足取りして教えてくださった。
いなパパがキャベツを採って、土産にくれた。
いな爺やいなパパに感謝!感謝!

いなちゃん農園の周辺の植物
あざみ

野いちご

わらび

すかんぽ

ひめじおん

ははこぐさ

名前がわからないので調べてみよう!

雉子(きじ)がいた!!

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2012年6月 2日 (土)

原発法廷を成功させるつどい

天王寺から谷町6丁目の大阪府社会福祉会館まで歩いた。
                「大飯・伊方原発の再稼働を許さず、原発ゼロから廃炉へ!」のテーマで、民衆法廷を成功させる集いが行われた。
                中嶌哲園さんの講演「原発銀座・若狭から 廃炉をともに」
                中嶌哲園さんは小浜市の明通寺の住職であり、原発反対小浜の会の中心的存在として、市民達と共に小浜市での原発設置を止めさせた。
               
                中嶌氏は、言語道断な「見切り発車」の動きに対して、凄まじい怒りを内に持っておられる。表はとても柔和な感じであるが、すごい芯の強い人だと思った。
               
                若狭の「ミニ原子力ムラ」と、野田政権を含む「巨大な原子力ムラ」にサンドイッチ状態にされている、地元の人たちの苦しみを切々と述べられていた。
               
                金力・権力・警察暴力など総動員して原発を推し進めたことを、原発マネーファシズムと的確に表現されていた。
               
                地元とは、従来の「立地地元」だけではなく、「被害地元」や、「大電力消費圏としての地元」を意味すると鋭く分析されていた。少数の弱い立場へデメリットを押し付けて、大多数の強者たちがメリットを受けている「差別の構造」を変えなくてはいけないと強調されていた。
               
                再稼働を進める人たちには、想定外の大地震や大事故が起こりうることを想定する謙虚さが全くないことを大変嘆かれていた。
               
                国策としてのかっての侵略戦争と、原発推進の構造が似通っているという指摘には、全く同感した。ヒロシマ・ナガサキでやっと白旗を揚げたが、フクシマそして「第二のフクシマ」がなければ、原発をやめることができないのか、国体を守ろうとする権力亡者達は早く過ちに気づくべきだ。その訴えは真実であると実感した。第二のフクシマが起こったら、今度こそ日本の未来はなくなるのだから。
               
                原発を止めて、美しく豊かな若狭の海を復活させ、歴史や文化を子供たちに残していきたいと願っておられた。明日も小浜や福井で再稼働反対の集会をされるということだ。少しでも何かの形で応援していきたい。
               
                斉藤征二さんは元敦賀原発の下請け労働者である。斉藤さんは今度の民衆法廷で「被爆労働と原発の欠陥」を陳述してくださる。
               
                原発のコンクリートのもろさなど、構造上の欠陥を鋭く分析されていた。原発労働者の被爆の状況を聴いていると、人間の命を軽視する原発ムラの人たちこそ現場に行って作業すべきだと思った。
               
                6月17日(日)に大阪市立平野区民ホールで「原発を問う民衆法廷・大阪法廷PART2」が行われる。汚染・被爆・地域破壊の原発は廃炉だと見事な判決が下されることだろう。江雄は参加するつもりだ。

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通天閣8景とバラ16種

天王寺周辺を歩いた。
大阪市立美術館で行われている「契丹」を見に、天王寺公園に入る。
通天閣が間近に見えた。現在の通天閣は2代目で、103mしかない。スカイツリーに比べたら、低すぎてレトロな感じであるが、庶民の町にはよく似合う。

公園内のバラは盛りであった。
マイガーデン/天津乙女

ニュードーン/つるチャールストン

ドレスデン/パパメイアン

ラ・フランス/アンテーク・レース

キングローズ/ザ・フェアリー

ヒアワサ/宇部小町

つるユーロピアーナ/ラ・セビリアーナ

カウンティ・フェア/セント・セシリア

江雄の最も好きなバラ

バラ園を過ぎて、大阪市立美術館へ行く。
「契丹(きったん)」世界初公開!黄金の至宝、千年の輝き
草原の王朝「契丹」の数多くの遺物を目にして、シルクロードへ思いを馳せた。つい見とれてしまい、長時間滞在した。

館を出て、その裏手にある日本庭園「慶沢園」を訪ねた。都会にあることを忘れさせてくれる閑静な公園であった。菖蒲の花が清々しかった。

慶沢園を出て、茶臼山に登る。1613年に、この山周辺で大坂夏の陣があり、激戦が繰り広げられた。

温室に入る。
ラン、シャボテン(金鯱)、ベゴニアなど目を楽しませてくれた。

天王寺公園を出て、谷町筋を北上する。
四天王寺へ寄る。あじさいの花が開花せんとしていた。

禅宗 万松山 吉祥寺
義士の寺として知られ、12月の赤穂義士祭典では子供が47士に扮して時代行列する。

谷町9丁目付近のラーメン店で昼飯。
な・なんとコレで250円!味も良かった。替え玉は50円。

15000歩を越えていた。

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