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2012年7月

2012年7月31日 (火)

奥の細道(水戸にて)

青春18を使い、東北を彷徨った。
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。」
芭蕉が江戸を発ったのは、元禄2(1689)年のことである。約320年前のことである。
小生は大震災のことを思いながら、奥の細道を彷徨った。
富士山がよく見えた。
早朝5時30分加茂発、名古屋は8時半頃、東京は2時過ぎ、ようやく水戸に夕刻5時前に着いた。福島に直通であれば、夜の8時半頃着くのだが、手前で1泊した。
荷物を置くやいなや、街中を散歩。
千波湖畔を歩く周囲3キロのひょうたん形の湖である。
ジョギングする人や散策する人が多い。

テレビで有名な水戸黄門像が建つ。

偕楽園を歩く。
偕楽園は日本三名園の一つである。金沢の後楽園、岡山の後楽園はすでに訪ねている。それぞれの特徴が違っていて面白いと思った。

好文亭

御幸の松

左近の桜

日が暮れて、水戸の街中へと帰る。

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2012年7月28日 (土)

剣山登頂

日本百名山の一つ、剣山に登頂した。
徳島県にある1955mの高峰である。

キレンゲショウマやナンゴククガイソウなどの高山植物を愛でながら登頂した。

祖谷の山々の途方もない奥深さには驚嘆した。

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2012年7月22日 (日)

陶芸作品

7月の陶芸作品である。
下手くそなので恥ずかしいけれど、世界で一つのものである。
我が家の狭い庭で撮ったが、外で撮った方がいくらかよく見えるのは錯覚か。

別な作品を、室内で撮影。
今月は多くできた! 最近は、皿や茶碗類が多い。

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2012年7月21日 (土)

若草山 鶯陵

雨模様の天気の中、若草山の鶯陵まで行く。観光客は少ない。

子鹿が母鹿と共に草を食んでいた。

奈良公園が一望に見える。

何でもない風景だが、これが平和というもの。

鹿せんべいより、やはり草の方が良いのでは。

雨に洗われた緑がきれいだった。

江雄の住む団地が、山々の彼方に遠望できた。

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2012年7月16日 (月)

加茂長坂道

加茂の美浪(みなみ)から長坂川沿いを通る長坂道を歩いた。当尾から加茂駅へと行く最短の道であったが、車社会の今は誰も歩く者もいない。

小さな滝もあり、真夏日の暑さをしばし忘れさせてくれた。

途中の森には巨大なキノコがあった。

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2012年7月12日 (木)

生玉まつり

生国魂神社は俗に「生玉さん」と親しまれ、大坂で最も古い神社である。
そこで行われる夏祭り「生玉まつり」を見に行った。
夏祭りはそもそも、疫病退散を願うお祓いの祭りであった。
生玉さんに通じる道路には、屋台が所狭しと建ち並んでいた。

境内の奥まったところには、人もまばらであった。桔梗がひっそり咲いていた。

茅の輪くぐり
暑い夏を無事に過ごせるように、茅の輪をくぐる「夏越しの祓え」が行われている。

これだけの願いを叶えてくださる。神様もたいへんだ!

祭りが始まった。まず、獅子舞。
子供たちが目を輝かせて演じていた。子供たちの獅子はとても可愛かった。

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2012年7月 7日 (土)

恭仁京の紫陽花

恭仁京を訪ねた。あいにくの雨であった。

恭仁京は、天平12年(740年)に聖武天皇が平城京から都を移し、わずか5年で再び遷都した。
この恭仁京で、諸国に国分寺・国分尼寺の建立が命じられる。

紫陽花はもう終わりかけであった。

恭仁小学校
現在もこの木造校舎は使われている。

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2012年7月 1日 (日)

蕎麦の花

6月3日に植えた蕎麦が、どうなっているのか見に行った。いなちゃん農園は山の中にある。夕刻に、少し雨の降る中訪ねた。

山羊達が迎えてくれた。

蕎麦の実を植えてから、4週間近くで早くも花が咲いていた。種類によっては、まだ花が咲いていない。韃靼蕎麦は遅いようだ。

蕎麦の花は、余り自己主張しないような感じで、質素で誠実な感じがして、とても好きになった。

実ができるのはいつ頃だろうか。またブログで報告したい。

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