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2012年8月

2012年8月26日 (日)

和束川

あまりに残暑厳しいので、川に潜りに行った。
大台連峰や曽爾高原の山々が遠望できた。

堰堤の川の落ちるのを見ているだけで、涼感があった。

深いところは約4m以上あり、見た目よりかなり深い。

夕刻が近づき、影は濃くなった。

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2012年8月25日 (土)

バサラ祭り その2

「錦・粋・心・地 全て揃って 天下ご免のバサラ者」

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バサラ祭り

「踊る・なら・そら  天を照らす 舞の輝き」
                「まほろばを知らずして まほろばを語るべからず バサラを知らずして 奈良の夏の終わりを語れず」
                平城宮跡の大極殿前のステージを見に行った。
                最も迫力があったのは「関西京都今村組」で、南三陸町から「陸仙海」から友情出演があった。
                関西京都今村組 「震災を乗り越えて」
               
                ダンスを通して、豊北復興を目指しておられる彼らに、しびれるほどの感動を覚えた。
               
                「平成の奈良に 風流で 粋で いつもと違う 非日常の2日間 ここぞとばかりに踊って魅せます」
                開演前
               
                今年は40チームが参加する。老若男女がバサラに熱中していた。どのチームも個性や魅力が溢れ、どんどん引き込まれていった。
                ジュニアフィットネス 「バサラ楽しみます」
               
                Kids cheer peache’s 「夏を一緒に楽しもう」
               
                花蔵 「楽しく!明るく!!元気よく!!!」
               
                伊賀FC くの一チアダンスcrew 「Cheer]
               
                MIYUHIKA 祭りだ!!イキ・かわいい!」
                Cheerful show 「Carnival!」
               
                奈良琉球無用サークル 「ユイマール・助け合いの心」
               
                team 華 「楽しく!元気に!! 華やかに!!!」
               
                マルハン流祭の会 「We need たのしい」
               
                大和いろは 「CHANGE]
               
                心舞 「希望」
               
                よさこい踊り さい 「すべての縁に感謝」
               
                こまいっこ 「お湯の流れに身をまかせ」
               
                蝶々喃々 「にぎわい2112」
               
                大阪教育大学エイサー隊 「沖縄伝統舞踊」
               

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2012年8月24日 (金)

当尾の野菜を買い求めて

当尾には野菜無人販売所が至る所にある。各農家が収穫物を、朝一番出される。

野菜類が新鮮な上にメチャ安い。
殆どがなんと100円。

50円のもある!

稲の穂が実っていた。後もう少しで収穫できるであろう。

野菜は東京へ送る。

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2012年8月19日 (日)

8月の陶芸

夏の猛暑ゆえに、涼感を与える白を基調とした物が多い。

蔭山先生から、高台が小さすぎ安定を欠くという指摘があった。さすがよく見抜いておられる。

形に少し変化を付けてみた。

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2012年8月16日 (木)

甲立を訪ねる

安芸高田市甲立を訪ねた。
かって宍戸氏の領する甲立荘があった。

最近アスパラガスが人気となり、多くで育てられている。
江の川沿いに歩く。

大きな鯉を飼っている家があった。

五龍城跡に到着。
五龍城は、甲立盆地の南西端の丘陵先端部に造られた山城である。南北朝以来、毛利氏の防長移封までの約250年間、宍戸氏の居城であった。

宍戸氏は建武元年(1334年)安芸の守に任ぜられ、甲立庄を領した。山上には井戸水がなく、五龍王に祈願したところ、水が湧き出したので、この白の名が付けられた。
本村川と江の川との間に挟まれて、難攻不落の城であった。毛利氏は何度も攻めたが、落城を断念したほどである。八代城主隆家と毛利元就の娘との婚姻により、両氏は和睦した。
小高い山を登っていく。
まず、急な石段を登る。

宍戸司箭神社

物見の段

一位の段

矢倉の段

三の丸

二の丸

桜の段

本丸

下山して、芸備線を渡り、高林坊へと歩く。
早くも稲の穂が出ていた。
高林坊は、名園を持つ安芸の本山である。

本堂

無量寿堂

鐘楼

鐘は宍戸氏の寄進と言われる。

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2012年8月15日 (水)

美星町を訪ねる

名前の美しさに惹かれて、美星町を訪ねた。
500mの高原が広がり、笹百合が咲いていた。
産直市場を訪ねた。

野菜が安いので、たくさん買ってしまった。
すいか1300円、まくわうり40円など、めちゃめちゃ安い。

墓前に供える花やささきを買った。

鳥肉や寿司、餅や菓子類なども安くて美味しい。一度食べたら、もうやみつきになる。

併設して、園芸店やパン屋などもある。

福塩線に乗り、戸手駅で下車する。

近くの山麓を散歩する。
薬師堂と石仏を見ながら、しばらく歩いた。

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2012年8月14日 (火)

世羅町甲山を訪ねる

高野山にゆかりの地、甲山を訪ねた。
甲山を中心とする世羅の東半分の地は、鎌倉時代から高野山領の大田庄であった。

大田庄を経営するために、「今高野山」として龍華寺を中心に十二院が建てられた。
安楽院 
桃山様式の山門である。

福留院

粟島神社の石鳥居は鎌倉末期のものである。

龍華寺 

太子堂

観音堂

カラマツ
県下第一位の巨木。根回り2.15m、樹高30m。

丹生(たんしょう)神社

ひまわり園
ひまわりの多さに、ただただ圧倒された。

なし園
遠景は世羅富士と言われる明神山。

世羅ワイナリー
ワインの試飲ができ、何度もお代わりした。少し酔ってしまった。

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2012年8月13日 (月)

柳井を訪ねる

岩国から山陽本線下関行きの電車に乗り、柳井駅で下車した。
まず目に飛び込んだのが、これ。
金魚ちょうちん

室町時代に大内氏の東の要港として重きをなした。

寛年間文の頃(1663年)から干拓が進み、諸国から商人が集まった。

白壁の町並みは、元禄以降の典型的な町屋造りで、その繁栄が偲ばれる。

甘露醤油

甘露醤油を仕込む清水。
琴石山系の伏流水で、冷たくて美味しかった。

町並みふれあい館

お金金魚
お金を入れて、良い音がすれば、なんとお金が貯まっていくという。

2階は、松島詩子記念館となっている。

金魚ちょうちんたちが町の至る所に泳いでいた。

金魚ちょうちんに見送られて、柳井を後にする。

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2012年8月12日 (日)

尾道から呉へ

山陽本線尾道駅で下車する。
山が迫り、海が川のように狭い。そこを渡船が行く。千光寺や西園寺など古寺も多い。どこか懐かしい感じの町である。

糸崎駅で呉線に乗り換え。
呉駅で下車する。
江田島行きのフェリー

潜水艦あさしお(てつのくじら館)・大和ミュージアム

戦艦大和の1/10の模型
あの時代には、いくら巨大でも戦艦では時代を切り開けなかったのであろう。

旧呉鎮守府庁舎

旧呉鎮守府司令長官官舎
和洋折衷の落ち着きのある建物だった。

周囲にはレトロな建物が多くあった。

美術館通り
「日本の道100選」に選ばれている。

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2012年8月11日 (土)

鞆(とも)を訪ねる

福山駅で下車して、バスで鞆に行った。
鞆は瀬戸内海の中央に位置して、潮の干満の分岐線にあたる。それゆえに、この潮に乗って航行する船の、潮待ちの湊として栄えた。

いろは丸展示館など、坂本龍馬ゆかりの史跡が多い。

廻船問屋の建物や蔵などが建ち並ぶ。


福禅寺は平安時代創建と伝えられる、真言宗の寺である。。

福禅寺に隣接する対朝楼は、元禄時代に創建された客殿である。この座敷から見る海の眺めは素晴らしく、朝鮮通信使の李邦彦は「日東第一景勝」と賞賛した。
向かいの弁天島や酔鯨島などの島々や穏やかな海を眺めていたら、時の過ぎゆくのを忘れてしまった。

保命酒を買い求めた。

架橋問題で揺れ動いていたが、長い目で見たら、この景観を損なう橋は架けるべきではないだろう。

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2012年8月10日 (金)

倉敷を訪ねる

倉敷は、古来より交通の要衝であった。高梁川の支流である倉敷川は運河として利用された。その河港には多くの商人が集まり、蔵が立った。

江戸時代には幕府直轄地「天領」になり、大規模な新田開発で更に発展した。明治時代以降、水運業は衰退するが、倉敷商人の活躍で引き続き町は整備されていった。

白壁土蔵のなまこ壁、格子窓や柳並木など、情緒豊かな町並みである。

大原美術館
明治5年に設立されたの本で最初の私立西洋美術館。エルグレコの「受胎告知」やモネの「睡蓮」などを展示収蔵している。一見の価値あり。

倉敷アイビースクエア
元倉敷紡績の工場を再開発したもので、アイビー(つた)のからまる赤煉瓦が美しい。

有隣荘
大原家の別荘。瓦は見る角度によって緑色に光り、「緑御殿」とも言われる。

星野仙一の記念館は今度行くことにしよう。

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2012年8月 6日 (月)

東海道線

青春18を使い、東京から加茂へ帰った。
東京を5時過ぎに発つ。総武線、山手線を乗り継ぎ、この時間帯でも出勤する人で混雑していたのに驚いた。
9時半頃に清水駅で下車。

清水港にあるマグロ店で、朝・昼(少し早いが)兼用の食事。さすがに刺身の鮮度が良く、ご飯をお代わりしてしまった。

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2012年8月 5日 (日)

江戸下町探訪 その2

夕刻自転車を借り、木場・深川などを訪ねた。

富岡八幡宮

深川不動堂を訪ねる。

現代美術館

砂町銀座に寄る。東京に来たときは、毎回訪ねる。

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江戸下町探訪 その1

早朝5時から、江戸の下町を歩いた。
荒川添いを歩く。

亀戸の商店街はなぜか優しい。

亀戸香取神社では、7時より祭礼が行われていた。

祭礼が終わり、御輿を担いで巡行。自分も一緒に担ぎたかった。

亀戸大社からスカイツリーがくっきりと見えた。


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2012年8月 4日 (土)

奥の細道(二本松にて)

奥の細道の最後は、二本松。
智恵子が愛した二本松である。
「阿多多羅山の山の上に 毎日出ている青い空が 智恵子のほんとの空だといふ」高村光太郎

二本松駅で下車して、霞ヶ城城跡へと歩く。上り坂でかなりきつかった。
二本松少年隊

霞ヶ城城跡

本丸へと山を登る。
本丸

傘松

鶴松

霞ヶ城城跡から阿多多羅山を眺める。

「花吹雪 霞ヶ城の しろあとに 仰ぐあたたら 峯の白雪」土井晩翠

「われわれの敵」 あらおしゅんすけ(二本松市在住)
いつもと変わらない智恵子のほんとうの空の下でも
こんなに憂鬱で
こんなにも不安で
健康と命が脅かされている と感じるのは
見えないからです
聴こえないからです
触れることができないからです
そして国や専門家が それぞれ別のことを言うからです
誰か本当のことを教えてください
われわれの敵、忍び寄る放射能、居座る放射能に
どう立ち向かえば良いかを

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奥の細道(福島にて)

芭蕉は元禄2年(1689年)旧暦5月1日に、ここ福島を訪ねた。

福島駅前

わらじ祭りがまもなく行われる。
震災を乗り越えて元気を出そう。

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奥の細道(飯坂温泉にて)

奥州三名湯の一つ、飯坂温泉で一夜を過ごした。
松尾芭蕉もここで泊まっている。
「その夜、飯坂にとまる。温泉(いでゆ)あれば湯に入りて宿を借る」

温泉街を歩く。

「飯坂のはりがね橋に雫するあづまの山の水色の風」与謝野晶子

源泉付近

外湯がいくつもある。65度の単純温泉。弱アルカリ性高温泉。源泉掛け流しの湯。

八幡神社
けんか祭りで有名。

大草鞋

八幡寺

鮎料理
奥の細道の旅の終わりなので、少し食事を豪華にした。鮎料理!

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2012年8月 3日 (金)

奥の細道(伊達にて)

東北本線の伊達駅から飯坂温泉迄、約5キロ歩いた。
道脇には、桃やリンゴなどの果樹園が広がっていた。

果物の自動販売機は初めて見た。
桃一盛りが200円。メチャ安い!もちろん購入。

価値ある看板を見つけた。

農家は風評被害に負けないで欲しい。福島産を大いに買いたい。
年寄りだから、内部被曝は余り影響ないだろう。
法伝寺

庚人堂

不動寺

西根神社

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奥の細道(松島にて)

仙台から仙石線に乗り換え、松島海岸駅で下車する。日本三景の松島を訪ねた。

石巻線が未だ不通で、石巻方面へは代行バスが出ていた。

海岸沿いを歩く。
「島々の数を尽くして、そばだつものは天を指さし、ふすものは浪に腹ばう。負へるあり抱けるあり、児孫愛すがごとし。」松尾芭蕉

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奥の細道(山寺にて)

仙台に泊まり、仙山線で山寺へ行く。
「山形領に立石寺といふ山寺あり。慈覚大師の開基にして、ことに清閑の地なり。」

「岩に巌を重ねて山とし、松柏年ふり、土石老いて苔滑らかに、岩上の院は扉を閉ぢて物音聞こえず、岸を巡り岩を這ひて仏閣を拝し、佳景寂寞として心澄ゆくのみおぼゆ。」

根本中堂

芭蕉と曾良
「閑かさや岩にしみいる蝉の声」

夫婦地蔵

念仏堂(修行道場)

山門から参道を上っていく。
姥堂

岩の上から仏さんが見守ってくださる。

百丈岩

弥陀洞

仁王門

開山堂と納経堂
五大堂

山寺こけしを孫娘に土産にする。

仙山線の車窓から

作並駅

愛子(あやし)駅
駅名に魅かれた。

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奥の細道(仙台にて)

朝早く起き、早朝の仙台を歩く。
青葉通りを経て、広瀬川を渡る。

魯迅の碑

仙台城跡を上っていく。

本丸跡
仙台藩62万石を治めた伊達政宗の騎馬像が建つ。

あいにくの雨で、視界が開けず。

まもなく七夕祭りが始まる。

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2012年8月 2日 (木)

奥の細道(平泉にて)

「三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたにあり。」
念願の平泉中尊寺を訪ねた。
弁慶堂

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奥の細道(遠野にて)

盛岡を発ち、釜石線で遠野まで行った。
若い頃、柳田国男の「遠野物語」を愛読していた。

時間があったら、南部曲がり家やカッパ淵を見に行くのだが、時間が無いので、近場を歩く。
駅前にはカッパ達が居た。

遠野蔵の道を歩く。

とおの昔話村

柳田国男の住まい

水車

梅花藻が咲いていた。

南部神社へ行く。

遠野駅

今度来る機会があったら、南部曲がり家やカッパ淵を見に行きたい。

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2012年8月 1日 (水)

奥の細道(盛岡さんさ踊り)

「一万太鼓に心も躍る」
盛岡では1日から4日迄、さんさ踊りが行われる。
初めて見たが、太鼓を抱えて踊る老若男女のかっこよさに、ただただ見とれた。
ミスさんさ踊りやミス太鼓、ミス横笛の踊り子達のパレードから始まった。

子供たちも体の不自由な人たちも、踊りに加わっていた。

この日は40チーム以上の太鼓連が参加していた。

9時前までパレードがあり、その後輪踊りが行われた。
またぜひ見に来たい! 今度は最終日の太鼓大パレードを見たい。一万太鼓の大パレードは、ギネス認定を受けたほどで、すごい迫力があるだろう。

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奥の細道(盛岡にて)

福島を経て、盛岡に着。5時間あまりかかった。
今晩から「さんさ踊り」があり、踊り手達が駅前を歩いていた。

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奥の細道(郡山にて)

水戸から常磐線でいわき迄行き、磐越東線に乗り換え郡山に着いた。

東北線で盛岡まで行くのだが、乗り換えの時間が一時間近くあったので、郡山の街中を歩く。
安積国造神社を訪ねる。茅の輪くぐりはどの地域でもするようだ。

善導寺

大震災を経て、母子像に目が留まる。

如宝寺

銅鐘(国認定重要美術品)

大震災で倒壊したままの石仏や石塔など。

うねめ祭のちょうちん

駅まで急いだ。

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