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2012年9月

2012年9月30日 (日)

9月陶芸作品

蔭山先生から作品を頂いた。宝物である。
                出来の悪い生徒であるが、大変かわいがってもらってる。本当にありがたいことである。
               
                先生の作とレベルは大違いであるが、小生の作品。
                あまり代わり映えがしないが、9月にできた陶芸作品。
               
                恥ずかしい限りである。

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2012年9月29日 (土)

山添村探訪

いつも電車を使うのだが、今回は交通機関がないのでマイカーで出かけた。今回の目的は、巨石探し。
岩船寺を過ぎ、奈良市に入り山中の道をドライブ。棚田が広がっていた。

鍋倉渓に着く。
鍋倉渓は、幅25m長さ650mの黒々とした岩の流れである。神野山の巨石は星座を地上に映したのではないかと考えられ、この鍋倉渓は天の川を表すという。

角閃班れい岩という深成岩で、黒くすすけた色をしているので鍋の底を連想させるので名付けられた。

伊賀の天狗と神野山の天狗が岩を投げ合ってできたという伝説がある。こちらの方が面白い。

鍋倉渓に沿って登る。
竜王岩
鍋倉渓の中央付近にある。さそり座のアンタレスを表す。

天狗岩
わし座のアルタイル(彦星)を表す。

二つに割れた岩があった。何の力が加わったのだろうか。

八畳岩
高さ7m、幅10m、頂の広さは名前の通り8畳、切り立った側面は50畳ある。こと座のベガ(織り姫)を表す。

神野山の頂上に着く。
神野山は高さ618.8mの円錐形の形のいい山である。
頂上には王塚と呼ばれる墳丘がある。はくちょう座のデネブを表す。

展望台に上ると、360度の展望が開けていた。

望遠レンズに替える。
大和富士と言われる額井岳が見えた。

頂上の植物

神野寺に参拝する。
神野寺は740年に僧行基が創建したという。銅造菩薩半跏像は国の重要文化財。で今は奈良国立博物館に寄託する。
境内には天狗杉がある。
神野宇山の天狗伝説の中心として、多くの民話と共に尊崇を受ける。
樹齢250~300年、樹高約20m、幹周り4.26m。

伏拝

下山する。山添村は茶所なので、茶畑が広がっていた。

大師の硯石
主石の頂部に三角形の窪みがあり、常に水をたたえ涸れることがないという。

塩瀬地蔵
道中の安全や目のお守りとして、深く信仰されている。鎌倉時代に建造される。像高160cm。

山添村の中心へと車を走らせる。
長寿岩
直径7mの見事な球形。推定重量約600トン。赤道・子午線とおぼしき十字ベルトがある。
円満な相でしばらく見とれてしまった。

車を走らせて、布目湖へ行く。湖岸に車を止め、牛ヶ峯を約1キロ山道を登る。

岩屋
高さ6m、幅13m、奥6m、585トン。

丈六の大日如来が線彫されている。

近辺には巨岩があり、経文などが書かれている。

石仏の顔が優しい!

枡形
大日如来を彫られた弘法大師が、鑿や槌を枡形の中に入れられたという。

布目湖を後にして、柳生・笠置を通り帰宅した。車はやはり気がつかれる。

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2012年9月22日 (土)

桜井周辺を歩く

奈良で万葉まほろば線に乗り換える。

三輪山が見えてきた。
稲穂が実り、畦には曼珠沙華が咲いていた。

三輪駅で下車する。
講社崇敬会大祭が行われ、幟がはためいていた。

大神神社
拝殿
1664年、徳川家綱が再建。三輪山をご神体とする。

巳の神杉
樹齢400年。蛇神は大神の化身として信仰され、この木の洞罠から蛇が出入りするという。

祈祷殿では講社崇敬会大祭の儀式がしめやかに行われていた。

狭井神社
三輪の神の荒玉を祀る。

三輪山登拝口
大神神社のご神体である三輪山はここから上る。
写真撮影が許されない。

薬井戸
万病に効くという。

大美和の杜展望台
恋人の聖地という。ここから大和三山がよく見えた。
耳成山

畝傍山

天香具山

山の辺の道を桜井方面へ歩く。
平等寺
581年に聖徳太子が十一面観音像を彫り、大三輪寺と称した。その後、平等寺と改称された。

延命ねつとり地蔵

金屋の石仏

周辺の森

海柘榴市(つばいち)
大阪から船が着いた。また街道の交わる要衝の地であった。男女がこの市で歌を互いに交わした、歌垣の地として名高い。

仏教伝来の碑

初瀬川沿いを東進する。

玉烈神社
大神神社の摂社。

阿弥陀堂

阿弥陀寺のけやき
樹齢800年、樹高15m、幹周り4.3m。

桜井駅まで歩く。久しぶりに2万歩を超えていた。

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2012年9月17日 (月)

茶源郷・和束町

京都府山城地域の東南部にある和束町は、いま「茶源郷」として売り出し中である。宇治茶の生産地で、京都府の生産量の約半分を占める。山の頂まで茶畑が広がる景観は、人と自然との調和を感じさせてくれる。

八坂神社の大杉
樹齢約1300年以上、幹周り12.8m、樹高約31m。京都府自然200選に選ばれるほどの、勇壮な樹木である。

根もすごい。ただただ圧倒された。

和束川の畔に、磨崖仏が鎮座しておられる。

仏さんの近くまで雑草が生い茂り、やむなく対岸から撮影した。

西法寺
聖武天皇の第5王子阿積親王の冥福を祈り、行基が創建した。

実相寺  浄土真宗

境内の榧の木
樹齢約500年、幹周り約3.7、樹高約17.4m。

和束天満宮
本殿は室町時代の様式を残しており、重要文化財。


のどかな風景

安積親王陵墓にも茶畑が広がっている。

稲刈り

コスモス畑

ガマの実

蓮の実

茶源郷の名にふさわしい町である。

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2012年9月16日 (日)

玉川上流

万葉集の歌にも詠まれている、歌枕の「玉川」上流を訪ねた。「玉川」は平成名水100選にも入っている。

大正池
南山城水害をきっかけとして、二ノ谷池を改修した。府内最大の溜め池であり、「日本のため池百選」にも選定されている。
池の周囲は2キロあり、散策路となっている。

周辺にはログハウスが多く建っている。

釣り堀やグランドなどの施設も整う。

更に上流へと歩く。芸術家達の活動の場である、「たくみの里」があった。陶芸作家や木工作家達の作品も展示されていた。

玉川沿いで見つけた初秋の植物たち

ブルーベリー

無農薬の茶が至る所にある。

5年ほど前に、玉川支流傍に友人が山小屋を建てた。そこに一泊させて頂いた。

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2012年9月15日 (土)

壺阪寺から談山神社へ

高取城跡から山道を下り、五百羅漢を訪ねた。
壺阪寺の奥院にあたり、でこぼこの巨岩にさまざまな石仏が刻まれている。いったい誰が何のために彫ったのだろうか。風雨により顔面が次第にはっきりしなくなっているが、やがては土に帰るのだろう。

三尊弥陀

千像如来

来迎如来

十一面尊

奥院三尊

冥救地蔵

壺阪寺
西国三十三カ所の第六番札所。浄瑠璃の「壺坂霊験記」のお里・沢市物語で知られる。

昼食は当地名物の「柿の葉寿司」と「吉野蕎麦」。

談山神社に寄る。

土産はもちろん、西内酒造の原酒「談山」!!19度あり、淡麗の美酒である。

初秋の空がきれいだった。

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高取城跡

高取山(583.9m)に築かれた高取城跡を訪ねた。
高取城跡は日本三大山城の一つであり、比高(麓から本丸までの高低差)が390mあり、その壮大な規模ゆえに日本一の山城といっても過言ではない。天正13年(1585)に豊臣比で長の家臣本多氏が入城して、山城に平城の長所を取り入れて、堅固なものに築いた。
壺坂口門跡

続きを読む "高取城跡"

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2012年9月 8日 (土)

生駒山越え 3

鳴川峠から生駒山を縦走する。
テレビ塔が間近に見えてきた。

葛城山や金剛山も遠望できた。

府民の森なるかわ園地に到着。
標高525mの「ぼくらの広場」からは大阪平野・大阪湾が一望できた。
長らく雄大なパノラマに見入ってしまった。

望遠レンズに替える。
大阪城が見えた。

大阪駅が見えた。

京セラドームが見えた。

淡路島や明石大橋が見えた。

関西空港が見えた。
花園ラグビー球技場

「ぼくらの広場」を後にして、山道を下る。よく整備されている。

枚岡展望台に到着。かなり下ったので、パノラマは小さくなった。

枚岡神社による。河内一の宮で由緒ある神社である。

近鉄奈良線の枚岡駅から奈良まで行き、JR奈良まで歩きた。
久しぶりの山歩きで、疲れてしまった。

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生駒山越え 2

ようやく千光寺に着く。
千光寺は660年頃に役行者が開き、山上が岳を開く前に修行したので、元山上と呼ばれる。
役行者たちが所狭しと並ぶ。

観音堂
役行者が自ら刻んだ漆の木の線で観音像が祀られている。

開山堂
役行者・前鬼・後鬼像の3体は鎌倉時代の作。

十三重石塔(鎌倉時代)

さまざまな石仏が置かれていた。

梵鐘

閃光寺を後にして、山道をひたすら登る。

巨岩あり。役行者はこの岩上でも修行されたことだろう。

渓流脇で休憩。

石畳
こんな山中に誰が造ったのだろう。

鳴川峠には首切り地蔵がおられた。

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生駒山越え

元山上口駅→千光寺→生駒山鳴川峠→枚岡駅
生駒山を越える約10キロのコースである。
近鉄生駒線で元山上口駅で下車。

櫟原(いちいはら)川沿いに遡る。

山口神社に寄る。
延喜式の古社である。

神前橋の近くに首無し地蔵がおられた。

二本杉の木元に、小さなお地蔵さまがおられた。
山道を登っていく。

渓流の脇道を上る。

道端の花やキノコ達

清滝石仏群

五智如来

貝吹き地蔵・ほら吹き地蔵など面白い名が付けられている。
揺るぎ地蔵尊
高さ約2m、鎌倉時代に造られた高肉彫りの笠石仏である。

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2012年9月 1日 (土)

越中八尾おわら風の盆 おわり

1年にこの3日間だけは、町は別な顔になる。この3日間のために、町民は練習を重ねられるのだろう。「はれ」と「け」の鮮明な区分を、つくづく感じる。
奥深く被った笠、奥ゆかしい踊りのしぐさ、胡弓の哀切な音色など、魅力は数え切れない。
諏訪町
最も八尾を感じさせてくれる町である。坂道の脇のぼんぼり、エンナカと呼ばれる用水の音に囲まれて、踊りは最高潮に達する。

鏡町
かっては花街として賑わった名残か、踊りには艶と華がある。

八尾の風情ある家々

午前2時過ぎになっても、どこからともなく踊り手が現れた。まだ街中ではどこからか音曲が聞こえていた。
名残惜しかったが、八尾を後にした。兄の運転で、京都には7時頃着いた。また機会があったらぜひ行きたい。今回見られなかった町の踊りを見るために。

今町のお嬢様、撮影に快く応じて頂き誠にありがとうございました。

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越中八尾おわら風の盆 その2

日付が変わっても(9月2日早朝)、観光客は去ろうとしない。昔は、11時頃からばったりと少なくなっていたと思うのだが、最後まで祭りを満喫したいのだろう。兄も元気で、颯爽と次から次へと町を歩く。
坂を下り、三味線・太鼓・胡弓の伴奏と唄が聞こえる方へと歩く。
下新町
八万社の前で踊っていた。女性は笠を被っていなかった。これはこれで風情があるのだが、やはり目深く笠を被って欲しい。顔の善し悪しをいうのではなく、隠すことによる余剰というのがあるからだ。もちろん、この深夜は自分たちのための踊りなのだから、これで本当に素晴らしいと思う。
春季祭礼の曳山祭には今度来たい。

天満町
おわらの唄の途中に「こらっしょっと」と囃しを入れて、音程を下げて力強く歌う。男女が絡む混合踊りが本当に素晴らしかった。茶髪のお兄ちゃんも踊りが始まると、ゆったりとしなやかな踊りを演じた。伝統の力だろう。

西町
旦那町として栄え、土蔵造りの家が多い。

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越中八尾おわら風の盆

風の盆の魅力にはまっている兄に誘われ、富山市八尾に風の盆を見に行った。午後3時半に京都を出て、着いたのは9時頃であった。途中福井の辺りで雷雨に見舞われ、現地の天気が心配であったが、何とか雨は上がっていた。
風の盆は、「300年の歴史を持ち、叙情豊かで気品高く、綿々として尽きせぬ哀調の中に、優雅さを失わぬ詩的な唄と踊り」である。
八尾は川に挟まれた高台にあり、坂の町である。9月1日から3日迄、夜になると提灯に灯がともる。

11の町ごとにそれぞれの衣装と唄と踊りがあり、個性豊かに演じられている。全ての町の踊りを見たかったが、8町しか見られなかった。フラッシュがたけないので、少しぼけている。
東町
他町とは違う色彩豊かな衣装が素敵だった。店の前で、娘さんがポーズをとってくださった。

今町
古刹の聞名寺の正面の町である。子供たちの踊りが可愛かった。屋台の焼き鳥が美味しかった。

上新町
午後10時から始まる大輪踊りには、観光客も参加していた。

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