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2012年10月

2012年10月29日 (月)

初秋の奈良を歩く

初秋の奈良を歩いた。

奈良豆比古神社の大楠

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池の周辺、一部紅葉していた。

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般若寺

コスモス寺と言われる。

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十三重塔とコスモス

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鹿せんべいを作っているのを見せて頂いた。

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鹿せんべいを頂いて食べたが、予想通り美味しくなかった。材料は小麦粉と米ぬかだけであるので、甘みが無い。

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夕日地蔵

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多聞城址から見た東大寺

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若草山と二月堂

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知足院

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東大寺西側から

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二月堂への道

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二月堂から

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手向山八幡宮

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紅葉

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若草山

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春日大社 酒殿

檜皮葺替えを見学した。若い職人がされていた。

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春日野の紅葉

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なら工芸館

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奈良団扇

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2012年10月28日 (日)

亀岡の夢コスモス園

亀岡の夢コスモス園を訪ねた。

少し雨模様で人は少なかった。

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紅葉は少し早かった。

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2012年10月27日 (土)

当尾の知人宅を訪ねて

陶芸をされている、当尾の知人宅をお訪ねした。

山中の一軒家である。

柿がたわわになっていた。

陶芸作業小屋
電動ろくろやガス窯など、何でも揃っている。

庭にはレモンがなっていた。

帰りに、大門の石仏を見に行った。当尾で最も大きい、丈六の仏様である。

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2012年10月21日 (日)

変えよう!日本と世界

「反戦・反貧困・反差別 共同行動 in 京都」が円山公園野外音楽堂で行われた。紅葉には少し早いようだが、色づいているのもあった。

反戦・反貧困・反原発。これらの運動を一体化して進めることが大切だと思う。構造は同じであるのだから。

武藤頼子さん(福島原発告訴団団長)
「福島県内で1324人、全国で7500人が告訴告発に立ち上がった。人の罪を問うことは、自分の生き方のあり方を問うことである。福島県人は国や東電の分断政策を乗り越えて、再びつながりあい手を結びあい、本当の敵と戦おうとしている。ひるむことなくあきらめず事故の責任を追及していきたい。」
核心をとらえ、感性豊かに表現される素晴らしい人であると思った。その温かい眼差しにより、必ず分断を乗り越えられる。

大飯町から来られたお寺の尼さん
「大飯町でも、本当はみんな事故が起こらないか心配している。ただ、生活がかかっているので言えないだけだ。原発廃炉後に向けた経済プランを考えていこう。」
ものが言えない状況の中で、勇敢に立ち上がられた。命の尊さを、身を以て知っておられるからだろう。

淵上太郎さん(通産省前テント村)
「福島の苦しみを自己のものとして、粘り強く国と戦っていきたい。テント広場はお茶屋のようなもので、ここに来て交流して欲しい。」
国に対して一歩も引かない、絶対に不正を許さない真の熱情家だと思った。

長谷川羽生子さん(緑の党)
「3.11まで自分はデモや集会にも参加していなかった。大震災後、今までの生き方を問い直し自ら変革していった。大飯原発再稼働に反対して、ゲート前で非暴力・不服従の戦いを行った。」
笑顔の美しい、これから次代を担って行かれる方だと思った。みどりの党を応援していきたい。

服部良一さん(衆議院議員)
山城博治さんを紹介されていた。山崎さんは普天間基地に座り込み、オスプレイを阻止するためにオキュパイされた。山内徳信山の後を受け、参議院選挙に出馬される。私たちも応援したい。

趙博「核々死か慈か」
浪速の唄う巨人と称される。虐げられている人達の側に立ち、力強く唄われる。時にユーモアたっぷりに唄われ、時に怒りを爆発させて唄われる。本当に素晴らしいミュージシャンである。

金子勝さん(慶応大学教授)
「今こそ、集中メイン型ではなく、地域分散型のネットワーク化を進めなくてはいけない。廃炉にしたら、原発は不良債権となるから、発電会社は稼働したいのである。目先の利益ばかり求めてどうなるのか。次の選挙では、原発推進する候補者は落選させる運動をしていこう。」
反グローバリズムや脱原発を基盤にして、新しい産業革命を唱えておられた。発想の転換が、今こそ必要なのであろう。ユーモアが溢れ、会場が爆笑に包まれることもあり、瞬く間に時は過ぎた。

インターナショナルを、肩を組み高らかに歌い、集会は終わった。

垂れ幕は自家製で、好感が持てた。

いよいよデモ行進開始!!
円山公園~四条通り~河原町通り~京都市役所前 解散

私も福島原発事故告訴団に加入した。まあ楽しみながらぼちぼちやっていきたい!!

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2012年10月20日 (土)

備前焼まつり

備前焼まつりを見に、備前市を訪ねた。
特設ステージで、ろくろ踊りを披露していた。

ろくろ実演をしていた。土を自由に扱えることに驚嘆した。

備前焼小町さんはやはり素敵な人ばかりだった。

本通りは歩行者天国になっている。赤い半被を着た中学生が、案内や道路掃除、接待などをしてくれたのはありがたい。
それにしても人が多い。

人混みを避けて、中心からできるだけ離れる。
備前焼作家の工房。レンガ造りの煙突が目を引きつける。

背後には不老山が伊部の町を見守る。

備前焼作家の店先。

佐藤苔助氏の工房を訪ねる。亡父と何回か訪ねたことがある。亡父のことをいろいろ思い出した。故備前の愛好家だった。

備前焼の作品。釉薬を用いない素朴で質素なところが魅力だ。

季節の花を生けたらすばらしい。

「ごま」「ひだすき」「さんぎり」などに特徴がある。

獅子などの細工物もある。

天保窯跡
天保3(1832)年に築窯される。破片がまだ残っている。

忌部神社から更に山に登り展望台に到着。町が一望できた。

「野の花と器」展を見に行った。
備前焼は野の花との組み合わせが、最も似つかわしいと思った。

天津神社
瓦も狛犬も、全て備前焼。

もっと見たかったが、伊部を後にする。

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2012年10月19日 (金)

大飯原発再稼働反対

何か事故があれば、関西一円に多大な影響がある大飯原発。「利益よりも命を大事にしたい」という観点から、即刻止めるべきだと考える。京都駅前の関電支社前の抗議行動に参加した。

自分で描いた絵を掲げて、夫婦で参加されている人もいた。

若い人達の参加が目立った。彼らもまた「生物の生存と矛盾する原発」を絶対許さないという立場で、勇敢に行動している。

若者達は、この運動をいかにしたら若者全体に広げていくことができるかと模索している。

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2012年10月18日 (木)

中之島

大阪市中央公会堂で行われた研究大会に出席した。ある大学の著名な学者の講演は、卑近な例を多く挙げて易しい言葉で真理を語ってくださった。大震災にも話が及び、深く胸を打つものがあった。

全国から500人くらい参加されていた。

レトロな造りに目を奪われた。

文楽の人形遣いの解説と演技があった。人形がまさに生きているようであった。

昼休みには、近くのバラ公園を散策した。

一日盛り沢山の企画であり、久しぶりに頭脳が活性化したような気がした。

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2012年10月13日 (土)

斑鳩の里を歩く その2

藤ノ木古墳の近くにはコスモズ畑が広がっていた。

西里(法隆寺西側)を歩く

法隆寺西門には提灯山車が置かれていた。今日と明日は地元の秋祭り。

法隆寺

西円堂へと境内を歩く

小学校のイベントが終わり、太鼓台が法隆寺の夢殿そばまでやって来た。
やはり校庭よりは、太鼓台は里の方が似つかわしい。

天満池そばの石仏

斑鳩神社

法輪寺へと歩く

法起寺
周辺には広大なコスモス畑が広がっていた。

法隆寺駅へと向かう。
そば畑を見つけた。

今日はよく歩き、3万歩を超えていた。筋肉痛になりそうだった。

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斑鳩の里を歩く

関西線で法隆寺下車。背後の山は、信貴山。

大和川方面へ南下する。

春日神社

融念寺

大和川
川鵜たちが遊んでいた。

土手から斑鳩の里を遠望する。

竜田川沿いの花実

竜田川を遡る
「嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり」能因法師

三室山に登る

神岳神社

竜田川を離れ、奈良街道を歩く。
奈良街道は、大阪と奈良を結ぶ幹線道路として賑わっていた。
由緒ある古家が各所にある。

太田酒造
街道沿いにあり、江戸中期から酒造業を営む。

街道沿いにある竜田神社。
祭の準備に追われていた。

吉田寺(きちでんじ)
ぽっくり往生の寺として有名である。

斑鳩小学校で、斑鳩町65周年を記念して、各地域の太鼓台が集結して、秋祭りが行われていた。

巡幸は壮観で、見ているだけでワクワクした。

秋祭りの余韻に浸りながら、また歩き出す。
藤ノ木古墳
6世紀後半に造営された。

その2へ 続く

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2012年10月 8日 (月)

斎宮跡から外宮へ

近鉄の伊賀神戸駅には、伊賀上野へ行く忍者列車が止まっていた。

斎宮駅で下車。すぐそばに、いつきのみや歴史体験館がある。斎王や官女達の暮らしを体験できる。

斎宮というのは、天皇の代理に伊勢神宮へ遣わされた女性と、その世話をする人々が暮らしているところである。斎王には未婚の女性が選ばれ、斎宮から伊勢神宮へ参拝した。

斎宮の復元ミニチュア

斎宮跡

伊勢神宮へ向かって、約12キロ伊勢街道を歩いていった。

伊勢街道沿いには、屋号を持つ連子格子の旧家が多く残っていた。

玄関には、「笑門」の注連縄が飾られていた。

街道筋には古い寺社や石像があった。
竹神社

有明六地蔵
六角形の灯籠の形をした石塔の各面に、お地蔵さまがおられる。

安養寺のお地蔵さま

転輪院
室町時代の創建である。

街道筋に沿って、近鉄電車が走っている。

徳浄上人千日祈願の石塔
上人は天災で苦しむ村人のために、伊勢神宮に千日間日参したという。

「へんば餅屋」でちょっと休憩。

新出は、伊勢街道の雰囲気が色濃く残っていた。妻入りの家並みが続く。

JR宮川駅のそばに、離宮院跡がある。斎王が伊勢神宮へ向かう際の宿所跡である。

宮川を渡る。
大台ヶ原から流れる川で、水量が多いために難所であった。

たまたまJRの電車が通っていた。一両の電車である。

ようやく外宮へ到着。緑豊かな所である。

外宮は、正式には豊受大神宮という。衣食住の恵みを与える豊受大御神を祀る。

今回は外宮だけで、内宮へは行かなかった。伊勢駅まで歩き、近鉄線、JRと乗り継ぎ帰宅。3万歩を超えていた。
近鉄線三日間乗り放題で、4000円。たっぷり楽しませてもらった。近鉄に感謝。自由に遊ばせてくれているワイフにも大感謝!!

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2012年10月 7日 (日)

大津祭

大津祭の曳山巡行を見に行った。
東海道線の大津駅で下車すると、早速コンコンチキチンの祭り囃子が聞こえてきた。
旧東海道で見ることにする。

13基の曳山が囃しにのり、時々「からくり」を演じながら街中を巡幸する。山車上からちまきを投げて、それをもらうのも魅力の一つである。

山車は何れも江戸時代に制作されたもので、豪華な懸装品に飾られて、まさに「動く文化財」とも言える。

西王母山

西王母山のからくり
桃が二つに割れ、その中から童子が生まれ、また桃に入る。
このようなからくりは、山車によって異なる。このからくりは、「所望」の位置で行われる。

龍門滝山
見送りはコブラン織りで、重要文化財。

猩々山

石橋山

殺生石山

郭巨山

湯立山

源氏山

月宮殿山

場所を変えて、松屋町通り出口で見る。直角に回るやり回しが、曳く者達の呼吸がぴったり合って、見事にやり終えていた。
孔明祈水山

西宮蛭子山

神功皇后山

二階の窓が取り払われ、山車が間近に見える。

山車のミニチュアも飾られていた。

来年は、無数の提灯で浮かび上がる曳山を見に来たい。

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2012年10月 6日 (土)

伊勢湾からの潮風満喫

海が見たくなり、伊勢湾の沿岸を歩いた。
近鉄の伊勢若松で下車。

駅前には、大黒屋光太夫の像があった。
大黒屋光太夫は1751年に、この伊勢若松で生まれ、1782年に遠州灘で遭難し、翌年ロシアに漂着。10年後の1792年に日本に帰国するという数奇な運命であった。

塩浜街道近くに、酒蔵があった。
清水酒造「鈴鹿川」
鈴鹿山系の伏流水は超軟水で酒造りにふさわしく、また海が近く海運を利用できるので、この辺りには酒蔵が多い、
伊勢湾の海が見えた。貝殻が砂浜にたまっている所があった。

若松漁港

ゆりかもめ

のりの養殖が盛んである。

鈴鹿漁港

漁港を過ぎた辺りから、長い砂浜が広がっていた。愛知県の知多半島がかすかに見えた。

何の池かなと思っていたら、蛤の養殖池だった。

鈴鹿川河口

楠町にも、酒蔵があった。
宮崎本店「宮の雪」

この周辺には、古い町並みがあった。

立法寺

南御見束(みなみごみつか)神社
海の守護神として崇敬を受けている。
この神社で行われる、南楠鯨船行事が有名である。
陸上の模擬捕鯨の行事である。昔はこの伊勢湾にも鯨が泳いでいたのだろう。

北浦稲荷神社
幟の数が半端でなかった。

楠郷総社神明社
御輿祭がこれから行われようとしていた。今は昼休みで、御輿だけが置かれてひっそりしていた。

北楠駅から乗車。
近鉄線で伊勢中川、八木、西大寺で乗り換える。
用事があり、奈良まで行き、JRで帰る。
久しぶりに2万歩を超えていた。

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