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2013年2月

2013年2月24日 (日)

飛騨の雪景色(2日目)

朝起きてみると、高山の町は雪景色に一変していた。なおも雪が降り続く中、早朝に街中を歩いた。町の人たちは黙々と雪かきをされていた。

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飛騨国分寺

さるぼぼが飾られ、樹齢約1200年の大公孫樹は風格があった。

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宮川の中橋の欄干と雪が似つかわしい。
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雪の降り続く中、朝市の準備をされていた。

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東山には数多くのお寺があり、激しく雪が降る中を訪ねた。

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服や靴の中にも雪が入り込み、身体がすっかり冷えてしまった。宿でしばらく休憩した。

秋神温泉にバスで行き、氷点下の森を観賞した。噂に聞いていて、いつかは行きたいと思っていたところだ。温泉の主人が厳しい気候条件の中、山の木々に冷たい清水を吹きかけて作ったものである。氷の塊が高貴な青色を帯び、神秘的な光景を創り上げていた。高山市から1時間かけて北が、やはりそれだけの価値があった。
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小屋があり、その天上にはコレが・・・・。
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薪ストーブ(湿気があっても燃えるそうだ。こんなストーブの置かれた小屋を、いつかは建てたいものだなあ!)
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御嶽山まで18キロ。濁河温泉に行きたかったが、次回の機会に回す。

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高山市に戻り、高山駅から電車に乗る。

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土産はやはり地酒(1升瓶)。名宝ハムも買った。

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これで帰りの車中はパラダイス!

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2013年2月23日 (土)

飛騨の雪景色(1日目)

飛騨を歩いた。

まず白川郷へ行く。白川郷は何度も訪れたことがあるが、こんな豪雪の中は初めてだった。急斜面の茅葺きの屋根にも、50センチくらい積もっていた。

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つららの長いのは1㍍くらいあった。
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通り過ぎるだけの観光客とは違って、この地に住む人たちの雪への対応はたいへんではないかと思う。雪下ろしも重労働であろう。こんなに人が小さく見える。
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高山の古い町並みを歩く。

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街中には六つの酒蔵があり、すべて訪ねた。試飲できるところもあり、少し飲み過ぎた。

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高山祭で曳かれる屋台をしまう倉庫。豪華絢爛な山王祭は、4月14・15日、八幡祭は10月9・10日。次回は、この高山祭を見に来ようと決めた。

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夕刻、飛騨の里のライトアップを見に行った。飛騨の代表的な民家が30数頭建ち並び、昔の農山村の風景が広がっていた。ライトアップされて、幻想的な童話の世界が広がっていた。ここで戴いた甘酒が、冷えた身体を温めてくれとても美味しかった。

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夕食は飛騨牛のすき焼き。肉もご飯も食べ放題であり、欲張りな性格ゆえに何回もお代わりした。。
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高山市内の格安な宿に泊まる。

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2013年2月17日 (日)

「シェーナウの想い」上映会

原発ゼロをめざす城陽の会、市民共同発電を広げる城陽の会主催による「シェーナウの想い」の映画の上映会が、文化パルク城陽で開かれた。

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梅がほのかに花開いていた。
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1986年チェルノブイリ原発事故による放射性物質が、2000キロ離れたドイツのシェーナウで検出された。シェーナウの市民たちは、子どもたちの命を守るために、「原子力発電の無い未来を作る会」を結成して、原子力で作らない電気を使うためにはどうすれば良いのかを模索していった。学習会を開き、手作りのポスターやチラシを作り、仲間を増やしていった。このようなネットワークは素晴らしいと感じた。

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彼らはシェーナウで独占する電力会社からグリッド(送配電網)を買い取って、電気を供給することを考え行動し、そしていろんな壁を乗り越えてそれを実現させた。Rimg_2527_r_2Rimg_2529_r

1977年には、原子力発電や火力発電からの電気を含まない、自然エネルギーからの電力を、シェーナウの市民電力会社が供給し始めた。

これはほんまにすごいことだと思う。反原発を唱えるだけではなく、脱原発のために具体的な行動を起こすことが必要である。

シェーナウから学ぶことが多いと思った。

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NPO法人「気象ネットワーク」の山本さんがわかりやすく解説してくださった。

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最後に、「市民共同発電を広げる城陽の会」の会長の話があった。

城陽でも「市民発電」を作ろうとされていて、現在会員は50名以上おられるということだ。今年中に発電設備1号機を設置したいという想いを強く語られた。

脱原発のために、具体的な行動を起こすことが大事であると確信した。

「原発をやめる100の理由ーエコ電力で起業したドイツ・シェーナウムラと私たち」築地書館の本を購入した。これは誰にでも分かる平易な言葉で書かれており、絶対お薦めの本である。

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2013年2月16日 (土)

「八重の桜」周辺を歩く

前日夕刻に、京都駅近くの関電ビル前で反原発の抗議アピールをして、堀川通りの行きつけの安宿に泊まる。

御所の近くなので、梅はどうかとまず訪ねる。雪のちらつく寒い日だった。

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紅梅が咲いていた。

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雪が積もり、梅も寒そう。
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本格的に雪が降り出した。
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「八重の桜」は見たことが無いのだが、(テレビはもう見ないことにしているので)、その関連のある所を訪ねた。

同志社大学(八重の兄が土地を提供して、「志を同じくするものが集まって創る結社」として大学が創られた。)

新島襄の言葉「天地の主宰の大意は愛人なり。人その意を敬み人を愛すべし。」が掲示板に飾られていた。

有終館

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クラーク記念館
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礼拝堂

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彰栄堂(1884年に建てられた京都市内に現存する最古の建物)

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アーモスト館
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至誠館
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同志社大学の北にある相國寺を訪ねる。

法堂(1605年に建立)

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宝塔
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浴室
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同志社大学そばのパン屋さん「eze bleu」

フランスパンを買って、土産にした。京都市内には個性のあるパン屋が多い。
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廬山寺(紫式部の邸宅があった。ここで「源氏物語」を書いたという説もある。)

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梨木神社(蜻蛉日記の作者、藤原道綱の母はこの辺りに住んでいたという。)
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染井(京都の3名水の一つ)

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八重が教師として勤務した「新英学校及紅場」跡。
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新島旧邸(1878年に建てられた新島襄と八重の私邸)

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下御霊神社と名水「感応水」
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京都駅に向かって南下する。

京都文化博物館
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中京郵便局
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佛光寺
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東本願寺
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興正寺(ここの梅が最もよく咲いていた)
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西本願寺と大公孫樹
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西本願寺そばには、仏さん関連の店が建ち並ぶ。
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おりんちゃんが居た。

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京都駅にやっと着いた。2万歩を超えていた。




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2013年2月11日 (月)

私たちは黙らない 2.11全国集会

「日の丸君が代」強制ええんかい!「競争」「強制」の教育でええんかい!というテーマで、「私たちは黙らない!2.11全国集会」が大阪で行われた。北海道から九州まで、全国各地の「国家権力に抗う労働者たち」が650人以上も集まり、会場内は熱気で溢れかえっていた。江雄は知人と共に参加した。

全国集会実行委員会代表 黒田さんの発言から抜萃

「旧紀元節の2月11日を建国記念の日として祝うのは、憲法違反である。」

「愛国を振りかざすことであらゆる悪が許され、民衆に受け入れさせていくというような呪文にしてはならない。」

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【基調報告】
「維新の会の民営化、競争主義導入、公教育解体と国家主義的な教育内容の押しつけは、教職員への徹底した管理(上意下達体制と成果主義)を通じて実現しようとするものであり、私たちは決して黙ることはなく戦い続ける。」
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講演「絶望するには素敵な人が多すぎる。ー戦後史最大の曲がり角に立ってー」田中伸尚さん〔「ルポ 良心と義務 -「日の丸・君が代に抗う人びと」岩波新書の著者〕 

「右傾化する現代において、個人の自由を奪おうとする国家権力に鋭く抗う人が一人でもいる限り、問題は存在し続けそして希望はある。後から続く者たちを信じて、戦い続けよう。」

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「いろんな状況があり鋭く抗うことができないけれど、抗う人たちを心強く支援してくれる者たちは良き隣人であり、これもまた素敵な人たちである。転向は厳しく非難されるが、しかしその中にも抵抗と認められるものがある。真の敵を間違わないようにしていこう。」
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【グループZAZA】

「起立の職務命令を出し、起立しない場合は処分を出すと脅す府教委に、傲慢さを感じました。子どもたちを育むために何が大切なことなのか、その為に日の丸君が代が必要なことなのか。それを説明せず、いや説明できないために権力で力尽くで起立を押しつけ罰する府教委の行為は、非常に暴力的だと思います。
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「君が代を国家として歌うことに、教員としてキリスト者として反対します。自分の生存を守り、私を生きるために。私を生きるとは、今までの私の歩みを裏切らないことです。」
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替え歌パフォーマンス

趙博さんが「ウルトラセブン」の歌をもじって、「ショブン、ショブン・・・・」とハシモト維新を強烈に皮肉っておられた。趙博さんはいつ聴いても、アピール力があり心にぐさりと伝わる。
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北海道から来られた近藤さん。

北海道でも「日の丸・君が代」強制がなされようとしている危惧を語られた。
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【東京「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会】事務局長 近藤さん
「現場教職員や地域と連携するなどして、法廷内外の運動を決してあきらめることなく広げていきたい。」
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【雑木林の決意ー教育の営みを取り戻したいー】都立支援学校元教諭 河原井淳子さん
「命令しない命令されない、差別しない差別されない関係を、子どもたちと作り続ける。」

「どの子の命も大切に大切に営まれる雑木林、今ここに私たちは雑木林になる。」

「社会は学校は雑木林でありたい。多種雑多な雑木が共存共栄できる雑木林である。」
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河原井さんから本にサインをして頂いた。私の宝物になるであろう。
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宮城の小学校教員の土屋さんの話は、遊びや魚料理など、子どもたちとの具体的な取り組みを語られ、その後次のようなことを述べられた。

「子どもたちと共に作っていた授業が、東電原発事故のために全て奪われた。子どもたちのために、原発事故の責任を原子力ムラに追及していきたい。そして平穏な当たり前の日々を取り戻したい。」

土屋さんの詩

「自給自足の野望吹っ飛ばされた。かといってお金なんかに支配をされたくないさ。当たり前の自然、自然で無い今日、この散らかった森、海、原っぱ、お金でどうする。何もできないさ。もうこれ以上はやめるのだ。」
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大阪市の入れ墨調査拒否処分を提訴された、看護師の森さんのお話

「仕事には何の関係もなく、身体に触れられる人の痛みに目をつぶることはできない。個人のプライバシーに土足で踏み込む人権侵害は、絶対に拒否する。」、
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【橋下さん、96億円返して!WTC住民訴訟】の会 原告団長 廣永さん
「WTCビルの防災拠点としての不適合性を解明して、橋下当時の知事の購入責任を鋭く追及していきたい。」
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「大阪の教育、えらいことになってきた。でも、あきらめるのはまだはやい。今こそ共に語り合おう。声を上げよう。子どもたちの未来のために。」

これから全国的なネットワークが作られる。

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「純と愛」の舞台を歩く

連続テレビ小説「純と愛」は、大阪市大正区が舞台となっている。この大正区は、住民の4分の1が沖縄にルーツを持つと言われる。

環状線「大正」駅で下車して、大正通りを歩く。途中、昭和山に寄る。昭和の頃地下鉄工事で掘った土を運んで作った、人工の山である。

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大阪湾が見える。
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標高33mの山は公園になっており、水仙と紅梅の共演が見事だった。
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リトル大阪と言われる「平尾」にようやく到着。大正駅から歩いて約3キロ、40分くらいかかる。

このマルトミ食堂も、「純と愛」のドラマの舞台となった。
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うるま御殿(三線の音に合わせて歌って踊って・・・・)
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サンクス平尾の商店街。
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沖縄らしい店が数多くある。
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店内に入れば、沖縄と変わりない。
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サーターアンダギーを土産にする。大きな物で1個50円と、かなり安い。10個ほど買った。他に、ちんすこうも。買い物だけやったら、沖縄に行かなくても良い。
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再び、大正駅まで引き返す。駅周辺にも沖縄の店がある。
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大正区観光案内所には「純と愛」のポスターが飾られていた。「おきナニワん」という言葉を始めて聴いた。沖縄と浪速(大阪)のええ所を融合していろんなものを作っているということだ。
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新今宮まで行き、通天閣そばで昼飯。

大好物のきつねうどん、これで220円。タクシーの運ちゃんも店の横に止めて食べていた。通天閣のそばにありながら、観光客の知らない店。
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動物園脇を通り、四天王寺のそばを過ぎ、区民センターで行われる集会に参加する。

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2013年2月10日 (日)

陶芸作品(愚作)

江雄の下手な陶芸作品。1月の分が焼き上がった。

蔭山先生にはいつも焼いて頂いて、申し訳ないと思う。なかなか上手くなれないのは、やはり感性が足りないからであろう。

赤伊羅保と黄瀬戸の釉薬を使った。

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轆轤をひくのだが、思うようにならない。
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酒好きなので、どうしてもぐい飲みが多くなる。
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まあ練習しか無いだろう。
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気長にやるしかないとつくづく思う。

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相楽の文化を創る集い

バレーの練習後、あじさいホールに行き、「相楽の文化を創る集い」を見た。そのほんの一部を紹介しよう。

日本舞踊(日本舞踊は、丸を描くことが基本のようだ。ただただ見とれてしまった。)

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オカリナ(南山城村で活躍されているグループである。地元にこのようなオカリナのサークルがあれば、江雄も仲間に入れて欲しいと思った。)
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他に、コーラスやダンス、大正琴や琴などのグループやサークルの発表があった。第20回記念ということで、テレビ局が録画していた。私も何か文化的な音楽サークルに入りたいなと強く思った。



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2013年2月 9日 (土)

今井町を歩く

重要伝統的建造物群保存地区の今井町を歩く。

称念寺を中心とした寺内町である。江戸時代には、東西600m南北310m、周囲には環濠を築いた戸数1100軒の財力豊かな町であった。今もその面影が豊かに残っている。

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今西家

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今井町まちや館
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米谷家
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上田家
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豊田家
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醤油屋さん
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河合酒蔵
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称念寺
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白梅の花が咲き始めた。
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おふさ観音
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八木札の辻(横大路と下つ道の交差点)

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辻にある旧旅籠
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畝傍駅から乗車する。

今日は4万歩を超えた。約28キロで、足が動かなくなった。まだまだ修行不足!

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かぐや姫の里を歩く

かぐや姫の里を歩く。

高田駅で下車して、広陵町まで高田川添いを歩き、更に北上する。

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長福寺(ハッサクの大きな木があった。)

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古墳が至る所にある。

新山古墳
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新木山古墳
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讃岐神社(竹取物語に出てくる竹取の翁ゆかりの寺。)

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巣山古墳(全長204mで、4世紀末の大王墓の一つ。)
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三吉石塚古墳(復元されている)
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遠くに見えるのが、二上山。
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有名な豆腐屋さん「豆香」に寄り、豆腐やあげを買い、土産にする。
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あれれ工場により、これも土産にする。
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広陵町を南下して、高田市に戻る。

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専立寺(一向宗道場として1600年に創建)
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不動院(1483年に創建)

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横大路(古代の東西方向の国道)を歩く。

天太玉命神社
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橿原市今井町に向かう。

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2013年2月 2日 (土)

酒蔵みてある記

近鉄の酒蔵見て歩きに参加した。

近鉄奈良駅に集合し、三々五々歩き出す。自分のペースで歩けるのが嬉しい。

興福寺を過ぎる。

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大乗院庭園に寄る。
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奈良写真美術館を過ぎる。奥が新薬師寺。
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蝋梅が匂っていた。
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高円山

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石仏たち
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護国神社の椿
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平尾池を過ぎる。
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崇道天皇陵
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若草山が遥か遠くに見える。
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帯解寺に寄る。
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奈良豊澤酒造「豊祝」に到着。
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酒蔵を見学した。

絞り場(発酵を終えた醪(もろみ)を圧搾し濾過して、酒と酒粕とに分ける。)

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仕込み蔵(蒸し米・麹・酒母・水をタンクに入れて、醪を仕込む。吟醸酒で約1ヶ月。)

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酒母(蒸し米や麹に酵母菌を加えて、酒母を大量に培養する。)

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蔵では、甘酒や各種の酒を振る舞って頂いた。
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「豊祝」あらばしり1.8L(2500円)を購入する。できたばかりの新酒である。

ここからは単独行動。酒蔵から奈良町に向けて歩く。

酒蔵近くのお地蔵さん

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街道には旧家が散在していた。

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京終天神社

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井上本店

大正時代のレンガ造りの蔵で、味噌や醤油を作っておられる。

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米麹を購入する。1キロ750円で安い!これで甘酒を作るつもりだ。

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ならまちを通りJR奈良まで歩く。

3万歩を超えて、足が棒になってしまった。20キロ歩くと、やはり筋肉が硬直して痛くなってしまう。もう少し鍛えなくてはいけないな。

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