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2013年3月

2013年3月31日 (日)

越前一人旅(3日目)




いよいよ越前一人旅も最後の日。芦原温泉からJRの駅まで約5キロを歩く。駅近くの大鳥神社の大公孫樹には圧倒された。根回り約6.5m、高さ約35mある。

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福井までJRで移動する。

北の庄城址に柴田神社がある。1583年賤ヶ岳の合戦で敗れた勝家は、妻のお市の方と共にこの城で最期を遂げた。復元模型が展示されている。

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その前年に、3人の娘(茶々・初・江)を連れて、お市の方は勝家に嫁いだ。

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足羽川を歩く。桜の名所であるが、まだ少し早い。
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福井城址を歩く。枝垂れ桜が満開。
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桜はまだ早い。
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武生にJRで移動。996年頃、紫式部は越前国司となった父に連れられ、生涯でただ一度都を離れて暮らした。1年あまりを過ごしたといわれる。
風情漂う街中には、蔵を持つ家が多い。
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蔵の辻
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大宝寺の枝垂れ桜は満開であった。観光客もこの桜を知らず、誰も居なかった。一人で心ゆくまで観賞した。立ち去るのが惜しい気がした。
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いわさきちひろの生まれた家。

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その横にある餅屋さん。店は100年以上続いているそうだ。おはぎと餅を買って土産にした。

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武生には菊人形が行われる頃に、また来ようと思う。

JRで今庄へ移動。

まず片栗の花群生地を訪れる。

イチリンソウとスミレ

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片栗の花はまだ蕾だった。蕾がいじらしくて、何枚も写真を撮ってしまった。
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宿場町を歩く。北陸道の難所を越えると、越前の最初の宿場が今庄で、たいへん栄えたという。

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旅籠「若狭屋」は、江戸時代の雰囲気が漂う。

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京藤甚五郎家は天保年間の建築で、塗籠(ぬりごめ)の外壁と卯建(うだつ)の上がっているのが特徴である。
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他にも旧家が多い。
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良質な雪解け水があちこちで湧き出すため、4軒も酒蔵がある。
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北善酒造「聖の御代」を1本買い求める。
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味噌造りの老舗の吉五商店で、米麹を買い求める。甘酒を作るため。

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一路京都へ。

越前一人旅が終わる。青春18切符をフルに使い、安宿に泊まり、食事も節約したので、2泊3日の旅行費は1万五千円を少し超えるくらいだった。現役時代最後の旅はつつましいものであった。

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2013年3月30日 (土)

越前一人旅(2日目)

芦原温泉から三国まで歩く。電車やバスに乗らず、できるだけ歩こうと思っている。

九頭竜川が日本海に注ぎ込むところにある三国は、古くから水運で栄えた湊町である。情緒溢れる町で、いっぺんに好きになった。

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北陸を代表するまつり「三国祭」の山車(約6m)を格納する蔵が、湊町の各所にある。

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三国神社の祭礼が「三国祭」で、全ての山車がこの神社に集まる。

随身門は1870年に建築。

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境内には欅や杉の大木がある。

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旧森田銀行(1920年に建築)

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明治・大正の旧家が、街中の至る所にある。
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高見順の生家。「故旧忘れ得べき」で芥川賞候補になる。
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三国の街中を過ぎ、更に北上する。海が近づき、魚屋も多い。店先には魚が干してあった。
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三国温泉を過ぎ、荒磯遊歩道を歩く。
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東尋坊が見えてきた。
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東尋坊(巨大な輝石安山岩の柱状節理は、荒々しく豪快である。)
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自殺の名所であるので、崖近くの公衆電話にこのようなポスターが貼ってあった。今はみんな携帯を持っていて、公衆電話は使わないと思うけど・・・。
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東尋坊から再び、荒磯遊歩道を歩く。雄島が遠望できる。
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雄島まで歩く。
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京福バスに乗り、永平寺まで行く。約1時間30分かかった。

永平寺は1244年、道元禅師により参禅の道場として開創される。
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奥深い山中にあるので、境内には雪が残っていた。
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京福バスで、丸岡に行く。

国神神社のタブノキ。樹齢500年くらいで、丸岡城が建てられた頃から繁っていたという。
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丸岡城は現存する天守閣では最古の建築様式を持ち、威風堂々たる風格がある。日本桜名所百選の一つであるが、開花はまだ早かった。

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天守閣から南方を望む。
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一筆啓上 碑 「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」この短い手紙に因んで、35字以内の短い手紙を募集している。私も何度か応募したことがある。
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本多家の墓所(1613年に本多家が丸岡城主になる。)
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切支丹灯籠(灯籠の火袋を支える竿石に、観音堂に似せてマリア像が彫られ、竿石の上部に含みを持たせ、十字架をかたどっている。)
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京福バスに乗り、芦原温泉に帰る。疲れを温泉で流す。朝夕4度くらい温泉に入った。

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2013年3月29日 (金)

越前一人旅(1日目)

38年間勤めた仕事を、年度末で退職。積もり積もった心身の疲労を温泉で洗い流すべく、芦原温泉に2泊した。 ここをベースに越前の地を歩いた。

まず、青春18切符を使い、敦賀を経由して越前花堂駅まで行く。山越しに白山が見えた。数年前に白山に登ったことがある。

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越美北線に乗り換え、越前大野で下車。

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越前大野は碁盤目状の町割が残る城下町で、北陸の小京都と呼ばれている。七間通りでは朝市が行われる。昼過ぎだったので、すでに終わっていた。

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湧き水を利用して、酒造りが盛んである。

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越前大野城へ上る。

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城からは、周囲の山々が見渡せる。荒島岳(日本百名山)が、まちを見守るようにそびえ立っていた。

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御清水(おしょうず)は名水百選の一つ。清浄な水を、何杯もお代わりした。
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朝倉義景の墓所。信長に敗れ、越前大野で自害した。
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義景清水。勢いよく水が湧き出ていた。
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福井駅を経由して、芦原温泉駅で下車。京福バス二日間乗り放題(2000円)の切符を購入。

地下90mから湧き出る、約60度の源泉。少し塩分があり、ナトリウムやカルシウムが豊富。

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二日間、安宿に泊まる。24時間いつでも温泉に入れるのがありがたい。町外れのスーパーまで歩き、酒や肴を買い、部屋でさっそく酒宴。
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2013年3月23日 (土)

さんさ酒屋のコンサート

「さんさ酒屋のコンサート」」には、仲間4人で参加しました。

「小野櫻」「春一番地」の新酒を、まず香りをかぎその後口に含みました。味はこくと深みがあり、やはり最高にうまい!串カツや唐揚げ、おでんや長いもバーグなど、酒の肴も種類がとても多く書ききれません。何よりも作り手の真心がこもっていて、たいへん美味しい。甘酒やぜんざいに至るまで全て手造りで、ただただ圧倒されるばかりでありました。このコンサートに関わるスタッフの皆さんに深く感謝します。こんな素晴らしいものは、全国探してもどこにもないですよ。田んぼの脇で「しあわせ」をたっぷりと戴きました。

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コンサートが始まりました。第1部は、全国各地の素晴らしいフォークの達人たちで、とても盛り沢山でした。久米さんの「さくら咲いた」のCDを戴きました。

鳥取の武部さんの「活性化音頭」の「カッカ、カッカ、カッセイカ アッチモ コッチモ」、愛知のほれほれバンドさんの「ガンバラナイケド アキラメナイ アキラメナイケド ガンバラナイ」のフレーズが、今でも耳に焼き付いています。
 

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他にも素晴らしいフォークばかりでしたが、特に深く胸を打ったのは、愛知の八竜リバティバンドのフォークでした。東日本大震災で夫を亡くした人の手紙を、歌にされていました。仮設の店で、今も夫の帰りを待ちつづけている家族の思いが切々と伝わってきて、隣に座っている、涙もろい仲間は泣いていました。 

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第2部は、ゲストコーナー。SAMの赤木さんの明るく澄み切った裏声、松崎さんの伸びのある端正な歌唱、二人の甘美なハーモニー、高度なギターテクニックなど、ぐっと心を引きつけて放しませんでした。赤木さんの巧みな話術は、桂枝雀を髣髴としてくれました。ここにSAMのSの坂庭省悟さんがおられたらと、つい思ってもみました。
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岡崎倫典さんのギター演奏は、もう凄すぎて聞き惚れるばかりでした。えっこれがギターの音色なのかと、いつも聴く音色とは違う音を出される「凄さ」に驚嘆するばかりでした。全ての指をフルに使い、独自のリズムやメロディを創り出すテクニックに、芸術の真髄を垣間見させて戴きました。
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いよいよ待ちに待った第3部。飲み助の仲間はもう1升近く飲んだのではないでしょうか、かなり酩酊していました。まず土着民のフォーク。土着民は付知の土地にしっかりと根付いた音楽を作っておられます。見ているだけで楽しくなるようなグループです。奥さんたちの踊りが出て、ああこれが民衆の作り出す音楽なのだと改めて思いました。

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そしてようやく、我らが我夢土下座。

1曲目は歌の題もわからないまま、(どなたかご教示ください)古井さんの歌の世界に入っていきました。「君はどこで暮らしているの 今も君のことを忘れてはいないから」のフレーズが、今も心に蘇ってきます。恋人のことを切なく思い続ける気持ちが、哀調を帯びた旋律にマッチしていました。

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2曲目は、「田舎で暮らせば」で間宮さんが歌われました。季節折々の行事や、家族や仲間、そして酒が、田舎暮らしには何より必要なのでしょう。カントリー風の曲調で、杉浦さんのハーモニカ演奏が素敵でした。

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3曲目は、「夜桜爛漫」。細田さんの渋みのあるノスタルジックな歌われ方が大好きです。満開の桜の下で、「気がつけばいつの間に 君を抱いていた」、柔らかな春の夜の一場面が広がっていきました。

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4曲目は、我夢土下座リーダー田口さんの「桜の木の下で」。最初にお聴きしたのが、都雅都雅でのライブ。そして、新曲発表会。3度目になるかと思いますが、感動せずにはいられませんでした。やはり、これは大震災を思い浮かべてしまいます。ある家族の誕生から晩年に至るまでの人生、平凡ゆえにしあわせな人生、これを震災や原発は全て奪ったのです。人間の制御できない原発は、即刻廃炉にすべきです。当たり前の今の生活こそ、本当に大事にすべきなのでしょう。そして、これを奪うものに対しては鋭く対峙していかなければなりません。
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最後の曲は、「僕らの旅」。我夢土下座の「青春の旅」はまだまだ続くことでしょう。いつまでも応援したく願っています。最後に、鎌田さんの歌も聴くことができ、たいへん嬉しく思いました。若々しい良い声をしておられますね。

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アンコール曲は、「川のほとり」。みんなで大きな声で歌いました。進藤さんの目を閉じられて歌の世界に没入されている姿は、御仏の顔を連想するほど気高く感じます。会場で別れ際に、声を掛けさせて戴きました。間宮さんは酒が入っていたこともあり、絶好調でしたね。特に、TPPや原発のお話など共感することばかりでした。後半になるに従って寒さが厳しくなってきましたが、計5時間、時の経つのが本当に短く感じられました。

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近くの「くつかけの湯」に宿泊しました。炬燵に入って遅くまで酒を飲みながら、同宿のフォークシンガー武部さんたちと一緒に「「付知の子守歌」などを歌いました。

翌日は山内酒造所に寄り新酒を6本買い求め、安保兄のとこで話をお聞きして、付知峡に行きました。その後、一路京都へ。中津川への旅は、充実した至福の時でありました。
 

本当にありがとうございました。今から、来年のさんさ酒屋のコンサートが大いに楽しみです。

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東濃の旅

「さんさ酒屋のコンサート」に参加するために、東濃地方を訪ねた。今回は単独行ではなく、4人グループで。

恵那市山岡にあるおばあちゃん市。ここにある木製水車は日本一ということだ。「杵つき餅」や「からすみ」を買って分け合って食べた

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岩村の城下町を歩いた。岩村醸造の「女城主」は美味しそうだったが、この後酒蔵で飲み放題なので我慢する。
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この街道は、江戸時代の雰囲気が色濃く残る。
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江戸城下町の館が何軒かあり、ちょうどひな祭りのイベントをしていた。
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岩村城跡に登る。岩村城跡は標高717mに位置して、山城の中で最も高地にある。鎌倉期の築城から江戸期まで、約700年の歴史の中には、城と家臣を守った女城主の秘話も残っている。日本三大山城、日本百名城の一つでもある。

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城跡からは、恵那山(2191m)が見えた。百名山の一つで、一度は登りたい山だ。この後、「さんさ酒屋のコンサート」に参加する。
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中津川市上野にある、くつかけの湯。この民宿に宿泊した。くつかけ鉱泉は無色透明で臭いもなく、薪で沸かしてくださる。女将さんはとても心配りしてくださる、気さくで親切な人であり、夜遅くまで女将さんや他の宿泊客と酒を飲み、フォークを歌った。

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季節の山野菜を使った、山あいの家庭料理を食べさせて戴いた。一泊朝食つきで、3500円。

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下野庚申堂(日本三大庚申の一つ)
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付知峡を訪ねた。御岳山系の雪解け水が、清流の付知川となり渓谷を創り出している。森林浴の森日本100選の一つである。夏のキャンプか、秋の紅葉狩りにまた訪ねたい。
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6月に椛の湖で、我夢土下座の「初夏のコンサート」があるので、中津川を訪れる予定である。









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2013年3月20日 (水)

万灯呂山に登る

春分の日。

山城多賀駅で下車する。駅の近辺には、早桜や連翹が咲いていた。

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高神社(境内には原生林が残り、古墳もある)

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711年(和銅4年)に創建された古社で本殿は1604年(慶長9年)に建てられた。。
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南谷川には「源氏ボタル保護条例」が制定されていて、幼虫や蛍を捕ることを禁じている。このような条例を作らなければいけないほど、モラルが低下しているのだろう。

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山城多賀フルーツラインでは、川沿いに紅白梅が満開であった。

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山を登り始める。途中、龍王の滝に寄ろうとしたが、増水して飛び石も水の中にあった。やむを得ず、靴のまま川に入り対岸に渡る。靴の中に水が入り、この後少し歩きにくかった。
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滝が見えてきた。
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落差約13mあり、明治中頃までは「祈雨神社」が祀られていた。日照りが続くときには、雨乞いの儀式が行われ、灯明の灯を松明に移して万灯呂山の山頂まで、松明行列を行い、山焼きをしたしたという。
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再び山を登っていく。
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ようやく頂上に到着。駅から約4キロあまりなので、あまり疲労感がない。

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万灯呂山(標高約300m)

あいにく曇り空であったが、京都市内から奈良方面まで、山城地域を見渡すことができた。木津川の流れを見ていて、思わず自然の偉大さを実感した。
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下山する。茶畑の脇に、道祖神や不動明王がおられた。
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途中に、誰も訪れないような梅林があった。人知れず咲く梅が好きだ。そばで休憩する。
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下山して、更に山背古道を山城青谷まで歩く。

市辺天満神社の境内には、市内で最大のモチノキや杉の木があった。
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青谷梅林に行く。梅まつりは、本日まで開催されていた。満開を過ぎていた。
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クヌギ林を通っていたら、養蜂家があった。青谷の梅入りの蜂蜜漬けを購入した。ミツバチの動きはやや鈍いが、温かくなって活発に動き出した。写真はミツバチ小屋。
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山の中にひっそりとたたずむ梅林は、風情がある。
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梅まつり会場に到着。昼時で、大勢の人たちが飲み食いしていた。急いで立ち去る。
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菜の花が満開であった。
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村中には農家の臨時の店が出ていた。
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梅肉や切り干し大根、漬物などを買う。
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山城青谷駅から乗車して、奈良線・関西線で加茂に帰る。

2万5000歩で、目標の3万歩には届かなかったが、久しぶりに長距離を歩きリフレッシュできた。

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2013年3月17日 (日)

チェルノブイリ・フクシマの集い

「チェルノブイリ・フクシマの集いー東京電力・国に刑事責任をー」がハートピア京都(御所近く)で行われた。主催は、福島原発告訴団関西支部とチェルノブイリ・フクシマ京都実行委員会である。原発稼働に警鐘を鳴らすこの集いには、約250人もの人が集まり、座席が足りないくらいであった。

アピール 反原発新聞京都支局 佐伯昌和さん

「1800人を超える告訴・告発人を集めることができた。事務局連絡先の一つとして、東京電力をはじめとする原発推進者が全く責任をとらない、とろうとしないことへの非常に多くの方々の怒りがひしひしと伝わってきた。」

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アピール 市民環境研究所 石田紀朗さん

「多くの公害事件でも、福島原発のように、人々から家屋敷・田畑山林・墓までも奪い取った事件はない。まさに究極の公害である。そして、その惨禍は予想されたことであった。予想された事故を発生させた以上は、関係者の責任が問われるのは当たり前のことである。民法上の責任もあれば、刑事上の責任もある。」

福島原発告訴団団長 武藤類子さんからのメッセージ

【真実を、私たちは真実しか求めない。嘘や偽りは、もう要らない。福島に本当の真実を。】

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映画[福島 六ヶ所 未来への伝言]島田 恵 監督(立命館大学出身)のプロモーションDVDが上映された。被災地の人々の憤怒・悲哀・苦悩などが、まざまざと映し出されていた。
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行き場を失った汚染土が山積みになっている。
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「あなたは命のバトンを渡しますか.それとも、放射能という負の遺産を渡しますか。」
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講演 福島原発告訴団 副団長 佐藤和良さん

福島原発事故の際、放射性物質の拡散予測システム(SPEEDI)が活用されなかった発生当時を振り返り、「情報を公表しなかったため、多くの県民が大量に初期被爆した。」と佐藤さんは指摘した。事故情報を隠蔽した国の責任を厳しく問い詰める必要がある。
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福島県は国に追従して、「避難なき除染」を進めており、汚染地域への県民の「留置」を行い、「ヒバクシャ」の強制をしている。これはまさに棄民化政策である。

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佐藤さんは、福島原発震災から2年の現状を語られた。

「毎時1000万ベクレル、毎日2億4000万ベクレルの放射性物質を環境中に放出中であり、原子力緊急事態宣言は解除されていない。」
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「放射能汚染と長期の低線量被爆に対して、放射能安全論が振りまかれている。これはかっての原発安全神話と同じ構造である。低線量被爆地域への国と県による帰還事業が促進され、居住を奨励している。放射能安全キャンペーンは異様な光景である。」

「1兆円の除染マネーが投入され、不正除染が蔓延して、原子力村を支えている。今もなお、命を大事にせず原発事故を顧みない経済人や学者文化人が跋扈している。」

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「ふるさとを追われた避難者15万あまりの人々は、異郷での仮設暮らしで疲れ、母子避難による二重生活は精神的経済的に困難を極めている。汚染地に暮らす190万あまりの福島県民は、東電による損害賠償で分断され、被災者間で軋轢が生じている。」
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「『原発事故子ども・被災者支援法』による具体的施策を実現しよう。自主避難を含む避難者の支援を継続して、保養を制度化し、非汚染食品の供給をすべきである。」
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「地震国日本で原発を推進してきた東電や原子力安全委員会の幹部たちを、業務上過失致死傷容疑などで刑事告発したが、検察が起訴できないなら自己の任務をわきまえていない。検察に厳正な捜査・起訴を求める署名が10万を超えた。」

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「原発を止めても電力は間に合っている。再生可能エネルギーに転換することで、経済効果も高まる。中長期的な目標としての脱原発ではなく、即時・無条件の原発停止と廃止を求める。」
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最後に、「チェルノブイリ・フクシマの集いアピール」が採択された。

「私たちは心から訴えます。関西電力は、大飯原発3・4号炉を今すぐ停止せよ。全ての原発を廃炉にせよ。検察は、福島第1原発事故の刑事責任を明らかにすべく、関係者を早期に起訴せよ。」 
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告訴団の一員として、私も被災者の皆さんとつながって生きていこうと思う。

武藤類子さんの「つながり続けることが私たちの力」という言葉を、常に胸に思い起こしながら。

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2013年3月16日 (土)

島ヶ原の春を訪ねて

東京から、息子の嫁と孫が来ている。第2子の出産のためである。いろんなことを考えて、息子の嫁は京都で産むことを決めた。息子は仕事があるので、送り届けるとまた東京に戻った。今日はみんなで、三重県伊賀市島ヶ原にある、鯛が瀬のやぶっちゃランドへ遊びに行った。

やぶっちゃランドのすぐ横を、関西線の電車が走っている。

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鯛が瀬は木津川上流の景勝地である。温泉やキャンプ場、テニスコートやパターゴルフ場、野菜市場などの施設がある。
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自生の馬酔木

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孫娘がスミレやタンポポを見つけて、たいそう喜んでいた。東京では放射性物質が飛散して気がかりなので、なかなか外で遊べないという。大地の上で本当に楽しく遊んでいた。

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梅が見頃であった。近くの月ヶ瀬梅林とは規模の点で雲泥の差があるが、人が全くいないのでゆっくり観賞できた。

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昼食は奮発して、伊賀牛の牛丼。丼に伊賀牛がたっぷり入っていて、1000円。安くて美味しかった。量販店の牛丼とは、全く違っていた。肉汁のうま味はやはり少しお金を出さなくては味わえない。
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土産は、よもぎ餅。とりたてのヨモギは、少し苦いが甘くて、これも春の味。
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つる細工。以前はよく作っていたのだが、また復活しなくては・・・。
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正月堂に行く。正式名は観菩提寺で、天平勝宝3年(751年)に、東大寺の実忠和尚が開創された。

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東大寺と縁が深く、二月堂のお水取りに先駆けて、正月堂では修正会が行われる。
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裏山で、33カ所巡りができる。みんなを待たせて、一人で歩いた。
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息子の嫁が、無事に第2子を出産するようにお祈りした。

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2013年3月10日 (日)

春の息吹

バレーの練習があり、体育館まで歩いた。

蕗の薹を見つけた。天ぷらにするのもいいし、蕗の薹を炒めて味噌やみりんなどを混ぜたのも大好きだ。苦みと香りは、春の訪れを感じさせます。

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沈丁花がようやく固いつぼみを開きだし、甘い香りを春風が運んでいた。
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古家には紅梅がよく似合う。
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蔵には白梅が似つかわしい。
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野菜市場でほうれん草を買った。一束100円で、ほうれん草のおひたしは、夕食の酒の肴となった。

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平餅450円、コンニャク180円、おはぎ200円、丁稚ようかん120円、たくあん150円.全部手作りで、しかも安い。ついついたくさん買ってしまった。

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これが体育館。昭和の初め頃に建てられた古い建物なので、大雨の時は所々で雨漏りする。
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最近、道の拡張の際に、祠が建てられた地蔵様。馬酔木の花が供えられていた。

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被災者救済と原発廃絶をお願いした。

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2013年3月 9日 (土)

バイバイ原発3.9きょうと

「バイバイ原発3.9きょうと」に参加した。昨日から一気に春の陽気になり、観光客も多い。円山公園では、東山を背景として若柳の薄緑が爽やかだった。生け花も飾られていた。

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手作りの作品に、それぞれの反原発の想いが込められてる。

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親子だろうか。「脱原発成就」「国家安寧 利権退散」「被爆防止」「原発電力不要宣言」のことばが、生き生きとしていた。
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放射線量を実際に測定されていた。京都にも放射能が降り注いでいるらしい。それだけ原発は危険なものなのだ。
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若者たちの参加が、たいへん嬉しい。歌を歌ったり、手作りのクッキーを売っていた。Rimg_3617_r
高校生の手作りのクッキーを買った。その包装紙には、自作の川柳が書かれていた。「無くすべき 原発  被害を忘れない」
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「No Nukes 3.9」(原発ノーサンキュー)のテーマで、アートやライブパフォーマンスやフリースピーチが行われていた。
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円山野外音楽堂には、3500人もの人たちで立錐の余地も無いほどだった。
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主催者挨拶 原 強さん

「安倍内閣が原発を再び推進しようとしているのを、命を原点として絶対に阻止しなくてはいけない。」
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スピーチ 菅野千景さん(福島市から京都市に避難、子どもの保養のためのゴーゴーワクワクキャンプを手伝う)

「どうして復興が進まないのか。もっと生きたお金の使い方をして欲しい。政治家は安全なところに住んで、福島の人の身になって考えていない。大飯原発も再稼働して、また大事故が起きても、責任をとらないですむと思っているのではないか。」

「原発を止める近道は、日々小さな力を発揮して、要らない電気を使わないことです。こまめにコンセントを抜き、使わない器具のスイッチを切るだけで、原発に頼らなくてすむようになるのです。生き様を変えていきましょう。」
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「原発による汚染もゴミのことも、命のずっとつながっていく未来の子どもたちに、今の自分の生き方が影響を与えると考えられるこそ、大人ではないかと思います。」
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アイリーン・美智子・スミス さん (グリーン・アクション)

「大飯原発3・4号機の運転差し止め仮処分裁判を起こしているが、その判決が3月末にも出そうである。断層調査では、活断層ではないという結論が出ていない状況では、国の安全審査の手引きに従って活断層と考え、即刻停止すべきだ。私たちはきっと勝つであろう。」
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「バイバイ原発のために、私たち一人一人が自分の持つ当たり前のことをしていけば、みんなそれぞれ違うのだから、必ず大きな力となる。私たち一人一人は弱いかもしれないが今ここにこんなに集まっている人たちが手を握り合えば、今もなお利権に汚れた強固な原子力ムラを解体することができるはずです。」
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辛 淑玉(しん すご) さん 【3.11直後から被災地でメンタルサポートを行い、支援者の行動マニュアル、メンタルヘルスマニュアルを制作し無料配布されている。】

「原発に反対するのは、差別を生み出すからです。福島に原発を置くこと、これは正に沖縄に米軍基地を置くことと全く同じ構造です。福島の海の汚染、これは長い間水俣病の人たちを差別してきた構造と一緒です。今、福島では被差別部落と同じように「結婚差別」が起こりつつあります。福島の人たちの人権を守っていかなければなりません。」
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「原発は人間の生活を殺すものである。人間を殺すものである。今福島では韓流ブームが起こっているが、これは何も考えなくてすむ時間を持ちたいという願望からである。それだけ、福島の人たちは深刻に苦しみ悩んでいる。5歳の子がブランコができないという。それはなぜかというと、屋外は放射能で汚染されて、室内でしか遊べないので3歳くらいの体力しか無いのだ。即刻原発をやめて、命が奪われない社会を作っていかなければならない。」
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制服向上委員会(結成20周年を迎える、日本最長を誇るアイドルグループ。」

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「ダツ!ダツ!脱・原発の歌」を今回も歌ってくださった。ステージに子どもたちがたくさん上がり、楽しそうに一緒に踊っていた。

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集会決議 飯田哲夫さん

「私たちは今日全国の脱原発をめざす全ての人たちと手をつなぎ、原発なくそうの声を京都の隅々に広げていくために、改めてここ円山音楽堂に集いました。私たちの思いを込めて、以下の決議をします。

○原発のない社会をめざしましょう。

○国のエネルギー政策を転換させ、再生可能エネルギーを広げていきましょう。

○大飯原発の運転をただちに中止させましょう。
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集会が終わり、デモ(パレード)に。3500人もいるので、出発にかなり時間がかかった。Rimg_3689_r
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祇園四条駅付近で。

観光客の中には、手を振ってくださる方もいた。
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子どもたちもたくさんパレードに参加していた。こんな子どもたちのためにも、私たち大人はもっとバイバイ原発のために、自分のできることをやっていかなければならないと強く思った。
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デモコール

「原発危ない 命を守ろう 放射能危ない 子どもを守ろう 活断層危ない 京都を守ろう 原発止めよう 若狭を守ろう 大飯を止めよう 地震が来るぞ 高浜動かすな 金より命 美浜も動かすな 命が大事 もんじゅも動かすな プルトニウムも要らない 原発廃炉 ぜーんぶ廃炉 原発やめて 生き続けよう 原発やめて 地球を守ろう 原発やめて 日本を守ろう 電気は足りてる 原発要らない」 

声が嗄れるほど、大声で唱えた。

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2013年3月 3日 (日)

ソフトバレー春季フェスティバル

京都府SV連盟主催の春季フェスティバルが、太陽が丘で行われた。小生もトリムの部Ⅲに仲間と共に参加した。

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開会式

数年前から比べて、参加者が3分の2くらいになっている。高齢化が進んでいるのであろうか。
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予選リーグでは2勝して、1位で決勝トーナメントに進出した、しかし、最初の試合で3セット目までもつれ込み、13:15で惜敗。その後、敗者同士で試合をして勝利。

勝ったり負けたりするのがライフスポーツだと思うので、楽しくプレーできて良かった。笑顔を忘れないように努めたが、どうであったろうか。
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宇治市にある太陽が丘は広大なスポーツ公園である。サザンカの赤が、青空に映えていた。
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帰りには、仲間と城陽市の青谷梅林の近くにある酒蔵を訪ねた。
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しぼりたて生や梅酒を試飲させて頂いた。梅酒は甘いので、やはり新酒のほうが好きだ。
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「垂れ口酒」を1本買い求める。
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酒蔵の前に紅梅があった。とても似つかわしく、思わず何枚も写真を撮っていた。
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2013年3月 2日 (土)

讃岐うどん県

岡山禁酒會舘マンスリーライブの余韻を胸に温めながら、翌日うどん県を歩く。瀬戸大橋を渡る。

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まず善通寺へお参りする。四国霊場第75番札所である。

五重塔

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五百羅漢
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本堂(本尊は約三メートルの薬師如来像で、建物は元禄時代に再建される。)
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東西二つの院に分かれ、広大な境内である。

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御影堂
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子安観音と紅梅
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大楠2樹(樹齢は千年を超え、幹周り10mを越える巨樹。)
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丸亀へ行く。

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この三の丸の石垣は高さ約22m。本丸までの三段の石垣の高さは約40mで、正に日本一の石垣である。「扇の勾配」と言われるほど美しい曲線を持つ。

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天守閣は江戸時代初期の建造で、三層三重楼になっている。
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天守閣から、讃岐富士が間近に見える。
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瀬戸大橋も間近だ。
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早桜が咲いていた。
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宇多津に行く。「うたづの町屋とおひなさん」の催しが行われていた。

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各家には、このようにおひな様が飾られている。沈丁花の良い香りがした。
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百軒以上、各家のおひな様を見せてくださる。
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明治から大正昭和に至るまで、おひな様は時代もいろいろで、その変遷ぶりにも興味を持った。
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色鮮やかな貝あわせがあった。
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郷照寺。四国霊場78番札所である。札所の中で唯一、境内から瀬戸大橋が見える。
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さぬきの三大ポックリさん。
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撫で仏。
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西光寺
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船屋形茶室(江戸時代末期に建てられた建築で、優雅な雰囲気だった。)

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宇夫階神社
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町並みには、昭和の雰囲気が漂う。

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うどんを戴く。大盛りで350円。安くて、やはり味が違う。
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うどん県を後にして一路京都へ。青春十八切符が役に立った。




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2013年3月 1日 (金)

岡山禁酒會舘マンスリーライブ vol. 145

岡山市の岡山禁酒會舘で、尾崎ユニットのマンスリーライブが行われた。江雄は青春18切符(1回分2300円)を利用して、岡山まで行った。姫路まで快速があるので、大阪から3時間半くらいで着く。

禁酒會舘は、灯りが窓から漏れる雰囲気が好きだ。

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今回のテーマは「3.11東日本大震災を思う」。被災された方々を思い、この国の今と未来を考えるという趣旨である。

尾崎さんは飾らない純朴な人柄であり、ユーモアを交えながら話をされる。歌われると、声は伸びのあるふんわりとした、天上へと導いてくださるような清らかな響きがある。そして、何よりも平和を希求して歌い続けられる信念の人だ。

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来月は、左の黒瀬さんの「結成10周年スプリングカムカム」がゲストである。黒瀬さんは玄人はだしのギターリストである。
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石原みゆきさんが、東日本大震災をテーマにした「津波」や「原発はいらない」を自らピアノ演奏しながら歌われた。被災者への温かい思いがこもった歌われ方で、思わず胸に込み上げるものがあった。また。ぜひともお聴きしたい。
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橋本省吾さんは復興支援ボランティアをするために、岡山から片道16時間かけて、多賀城市や大槌町などへ行かれている。11回も行かれており、真に被災者たちの側に立って生きておられる、熱情家であると思った。

「私たち西日本の人間はどれだけその悲痛さ、切迫感を我がことと感じているか。」

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福島県川内村に住んでおられた愛ちゃん。大工の見習いをしながら、福島の自然をこよなく愛しておられた愛ちゃん。その愛ちゃんの尊い生活を奪ったのが、福島原発。愛ちゃんたちは2児の子どもたちと共に、実家のある岡山へ避難された。そして、愛ちゃんは「子ども未来・愛ネットワーク」を立ち上げ、避難者と岡山市の市民がつながり、福島の子どもたちの保養や避難者の支援などを行っておられる。
「水と大地があれば、人は生きていける。札束では生きてはいけないのだ」という言葉が、とても印象的であった。阿倍首相にもぜひ愛ちゃんの言葉を聞いてもらいたい。経済よりも、もっと優先すべきことがあるはずだ。再稼働という言葉は、福島の被災者たちのことを考えたら、絶対に言えない言葉だ。

逆風が吹く中でも、愛ちゃんの目は生き生きと輝いてる。天使の瞳のような気がして、私の方が何か救われたような気がした。
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まじょりんさんは、相馬から避難されている方だ。プロ顔負けの声量とギターテクニックで、ただただ聞き惚れてしまった。「相馬唄」は民謡とフォークが渾然として、東北へと心が飛んでいった。
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まじょりんさんは唄だけではなく、絵も抜群である。また、整体ヒーリングをしておられ、一度お願いしたいなと思った。最近ぎっくり腰になりかかっていたので。
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CDを買わせていただいた。これは全て復興支援に充てられるということだ。3月9日から11日迄、彩まじょりん作品展と東日本復興応援ライヴを、岡山市北区辛川のまじょりんヒーリングルームでで行われる。

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最後は再び、OZAKIユニット。「ナナカマド」の歌は、ナナカマドの赤い実を通して反原発への憤りを、静かにそして熱く訴える内容である。平和や正義を壊すものに対して、揺るぎない抵抗をしなやかにしたたかにされている尾崎さんの生き様がよく伝わってくる。
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OZAKIユニットのメンバーの会話は、本当にアットホームな感じで、こちらまで心がほんわかと温かくなる。
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6時半から始まり、9時過ぎまで、本当に時間が短く感じられた。あっという間に終わったという感じだ。また、機会があれば、岡山禁酒會舘マンスリーライブにぜひ行きたい。欲を言えば、もう少し近ければ良いのだが、まあ4時間ぐらいだったら何とかなる。

山本忠生さんのCDを買わせていただいた。「木が1本あれば」はフォークの名曲だと思う。
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「そうまかえる新聞」を戴いた。

「子どもたちを守りたい。未来に希望を残したい。その為に私たちは生き方を『変える』。命を何よりも大切に『考える』。まちを元気に『変える』。子どもたちに明るい未来を手渡すために。」
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岡山市に泊まり、翌日は早朝から歩いた。禁酒會舘はやはり夜のほうが趣がある。
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岡山城の方にも行ってみた。

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この日は青春18を使い、四国まで88カ所巡りとうどんを食べに行った。

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