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2013年4月

2013年4月29日 (月)

ショブンから嵐山へ

午前中は、エル大阪で行われた「ウルトラショブン撤回集会」に友人らと参加した。「奥野さんを支える叫ぶ石の会」と、「支援学校の君が代不起立応援団」が主催して、「グループZAZA」と「私たちは黙らない2.11全国集会実行委員会」が協賛している。

奥野さんは今春の卒業式で、卒業生の介助をするために式場に入り、キリスト者としての人格的アイデンティティ、及び教育者としての良心から起立しなかった。これが職務命令に反するということで、減給処分となった。奥野さんは次のように語る。「国歌斉唱時の起立斉唱の職務命令自体が、憲法違反であり、その職務命令に違反だからといって戒告処分にするのは、国民主権のこの国にあっておかしいことだと思う。」

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寸劇を演じられたが、権力側の不条理を厳しく風刺するもので、爆笑の連続だった。
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最後は、奥野さんがウルトラセブン(ショブン)に変身してバク転も披露されていた。ショブンが撤回され、真っ当な教育が行われることを願う。

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憲法19条「思想信条の自由」、第20条「信教の自由」は、条例よりも上位のきまりである。憲法を踏みにじることは、これからあとに続く未来の者達に対しても許されないことだ。

午後からは小旅行。3dayチケットを利用して、阪急沿線をさまよう。

総持寺(西国三十三カ寺の第二十二番札所)
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総持寺近くには、古蔵を利用した蕎麦屋さんがある。

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長岡天神
八条が池の傍らに、久留米ツツジが自生する。高さ2.5m~3mあり、樹齢100~150年で、約百株が植わっている。鮮紅色の迫力に圧倒された。
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長岡京市は筍の産地であり、農家の前で売られていた。百グラム180円で、見るからに柔らかくて美味しそうだった。
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桂離宮を訪ねる。本日は閉園。予約が必要。
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嵐山に行く。
渡月橋を渡る。
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嵐山展望台に上り、保津川を眺める。

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宝厳院のモミジの新緑が、目に優しかった。
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天竜寺に行く。
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美空ひばり館も本年で営業をやめるという。
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嵐電に乗り四条大宮まで行き、地下鉄・近鉄・JRに乗り加茂に帰着。

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盛り沢山の一日だった。






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2013年4月28日 (日)

笠置銀の帯コース

笠置銀の帯コースを歩いた。銀の帯という名称は、木津川上流の渓谷を意味するものであろう。ハイキングコースにすてきな名前が付けられている。渓流沿いに巨岩が並ぶ。

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葛の花が彩りを添える。
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布目川との合流地点に、関西電力の水力発電所がある。このような小規模の発電所を各地域に作れば、原発など作る必要はなかったのではなかろうか。効率は悪いかもしれないが、身の丈にあった電力を作り消費すべきであると思う。
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近くを関西線が通る。
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布目川添いを歩く。布目川は天理市福住町の山中に発し、大和高原を貫流している。
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甌穴(川底の窪みに渦巻き流が生じて、中に落ち込んだ小石が回転しながら深く削ってできる。数十万年から数百万年かけてできる。)を見ながら、悠久の自然というものをつくづく考えた。
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清流に新緑が映える。
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飛鳥路は長閑な山里である。
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木津川にまた戻り、沈下橋を渡る。
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関西線の鉄橋
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法明寺を訪ねる。
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白い八重桜は高貴な雰囲気を湛えていた。
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法明寺の薬師堂は、草葺き屋根のひなびた寺である。木造の釈迦如来・吉祥天・増長天は奈良国立博物館に寄託されている。
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山神社の大杉(樹齢千百十数年と言われる)は、根本で切られていた。3年前に歩いたときは、大杉の風格を見せていたが、枯死したのであろうか。かなりショックであった。
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木津川の北岸を歩く。関西線の電車が対岸を走っていた。
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巨岩をよじ登る若者が、アリのように小さく見える。
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笠置大橋を渡る。連休中とあって、川原にはテントがいっぱい張られていた。
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バーベキューをする人のために、何も持て来なくても全てが揃う店がある。
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ワカサギ温泉で汗を流した。
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以前はよく、カヌー(組み立て式のファルトボート)を担いで関西線で笠置まで来て、加茂まで川下りをしていた。

フジタカヌーのご指導をまたお願いすることもあるだろう。

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2013年4月22日 (月)

川のほとりの美術館

3dayチケット(関西圏のJR以外の路線乗り放題)を使い、播磨へ小旅行した。

阪神・山陽電鉄を乗り継ぎ、姫路に到着。観光協会で、無料の自転車を借りる。姫路城大天守保存修理が行われている。2014年度に完成するので、白鷺城を見に来ようと思う。

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姫路市立美術館は、月曜日は閉館だった。
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城から自転車を飛ばし、約15分くらいで到着。今回の旅のメインである、「水上村 川のほとりの美術館」である。観光地図にも載っていない、小さな美術館である。しかし、「野にある人たちの芸術やフォークアートを紹介する」価値の大きな美術館である。「食べることや遊ぶことなど、人生の豊かさを大事にする」心広い姿勢でやっておられる。

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この美術館のことは、我夢土下座のリンクで知った。この美術館のオーナーである版画家の岩田健三郎さんは、若き時代に、笠木透さんや我夢土下座と共にフォークを通して遊んでおられた。1990年頃に笠木透と雑花塾は「祝島賛歌」という、実に素晴らしいCDを作られているが、そのデザインや版画絵を担当されている。

岩田さんはあいにく不在であったが、その息子さんから美味しい珈琲をいただき(カフェでもあるので)、お話を聞いた。この棚や置き台などは、我夢土下座のSさんが作られたと教えて頂いた。プロ顔負けの木工作品を見ていて、ハーモニカや澄明な美声で、グループの中で存在感を示しておられるSさんの芸術性の高さを、改めて実感した。

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岩田健三郎さんの著作を見せて頂いた。
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岩田さんと関わりのある音楽家たちのCDも置いてあった。
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美術館の2階では、「牛がいた暮らし」というタイトルで、内海みさこさん(1933年生まれ)の農民人形展が開かれていた。
牛と共に生きていた昭和の地方の暮らしが、生き生きと表現されていた。確かな「家族」があった。
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また自転車を飛ばして、姫路城まで戻る。駅近くに、岩田健三郎さんが「街・発信」という小さなギャラリーを開設されている。岩田さんの版画、毎月テーマを替えて展示されている。
「街は人なり 人が街なり いい人のいる街は いい街です ステキな人がいる街はステキ 私たちの街は?」
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岩田健三郎さんの版画が、切手シートになっているので購入した。
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山陽電鉄の姫路駅から乗車して、的形駅で下車。

海に向かって30分くらい歩く。

木場港から長さ約800メートルにわたって、山崖が海に躍り出て波が打ち砕けている。中国の揚子江の「赤壁」に景観が似ているので、「小赤壁」と称されている。海上から見たら、もっと迫力があるだろう。
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近くに、「八家地蔵」が祀られていた。

この地蔵菩薩半跏像は鎌倉時代に造られ、台座を含めると210セントメートルもある大きなお地蔵さまである。「子授け地蔵」として、地元の人から厚く崇拝されている。
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その傍らに、小さなお地蔵さまがいっぱいおられた。Rimg_6511_r
八家駅まで歩き、山陽電鉄・阪神・近鉄と乗り継ぎ、奈良駅まで帰る。加茂まで歩こうとしたが、パワーがなくなり迎えを家人に頼んだ。

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2013年4月21日 (日)

ノーモア ヒバクシャ 関西の集い

エル大阪で開かれた「ノーモアヒバクシャ関西の集いーこのままでは子どもを守れないー」に参加した。とめよう「もんじゅ」関西連絡会&脱原発政策実現関西ネットワークの主催である。広い会場ではあったが、少し空席があり、これだけの出演者がおられるのに寂しい気がした。後で、中嶌さんが「関西は風化しつつあるのか」と苦言を呈しておられた。

午前の部では、島田恵監督の「福島 六ヶ所 未来への伝言」を観賞した。

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ストーリーの一部を紹介しよう。

六ヶ所村で漁業を営む滝口さん一家は、青森県太平洋沖のマダラから基準値以上のセシウムが検出されたために、捕った魚を海に捨てる。海がダメになると、核処理施設の反対運動の中心にいた。
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郡山市で14代続く有機農業家の中村さん一家は、放射能の影響に苦しみながら田植えをして稲を刈る。風評被害でなかなか買ってもらえないが、米を作り続ける。
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六ヶ所村には、核燃料サイクルと言われる「再処理工場」や「ウラン濃縮工場」、「MOX燃料加工工場」などがある。地元の経済のためには、その施設も仕方ないと受け入れている人たちもいる。

「福島と六ヶ所をつなぐもの・・・・。原子力施設を抱える地域で暮らす人々の生活と苦悩を通して、放射能という負の遺産をこれ以上増やし続けることの責任を問う。」
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佐藤幸子さん(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)

「福島の母の願い」

佐藤さんは、福島県川俣町で30年農業を営んで、自然の中で子ども5人を育て自給自足の生活をしてこられた。3.11の原発事故はそれらの全てを奪った。

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「放射能の健康被害が直ちには起きないと言われましたが、いずれ必ず健康被害は出ると私は思いました。そして、家族、地域、学校、職場などで放射能に対する考えの違いを理解し合えないということが起こって、気持ちがばらばらになった。それが直ちに出た健康被害だったと私は思っています。2年経って、益々それが深刻になってきている。」
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「私の家がある川俣町は昨年から除染が始まりましたが、私は除染に掛けるお金があるなら、子どもたちの保養のための費用にしてもらいたい。チェルノブイリでは国が責任を持って費用を負担して、子どもたちは1~2ヶ月ほど保養へいき、体内に入った放射性物質を外へ出すという取り組みをしたと聞いている。日本の行政もそうなってくれることを祈って、昨年成立した子ども被災者支援法に期待している。」
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「これ以上ものが溢れる暮らしはいらない これ以上電気を使う暮らしはいらない ・・・・ 農村を蔑ろにした結果が今の社会 弱者を切り捨てた結果が今の社会 ・・・・ 自分が変わらなければ暮らしは変わらない 自分が変わらなければ社会は変わらない ・・・・ 地球に生まれたいのちは 必要があって生まれたいのち 無駄に失っていいいのちなど一つもないはず 世界中の人々が気づき変わり つながらなければいのちは守れない」

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所 源亮さん(一橋大学イノベーション研究センター特任教授)

「脱原発で経済はよくなる」

「原発によって作られる電気代は一番高い。原発の原価の計算には、原発そのもののコストしか計算されていません。ですから、石炭あるいは天然ガスによる発電と同じ7.3円/キロワットと言われています。しかし、原発に使用される核燃料の生産そして廃炉の解体、放射能のゴミの処理費を加えると、原発による発電の原価は1000円/キロワットでも足りない。」
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「ゴミの処理費を入れると、原発が経済的に全く無意味であることが分かる。なぜこのような自明のことが無視されているのか。それは、ゴミの処理費が電力会社の負担ではなく、国民の負担になっているからです。電力会社は発電の収益の部分だけに参加して、国民(特に未来の世代)につけを回している。経済の優先を主張する人は、未来の世代の犠牲の上に欲を築いていることに気づかない人である。」
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「使用済み核燃料プールの核爆発が事実だとすると、福島第一原発事故の規模は、チェルノブイリ事故の1000倍、広島原爆の10万倍に達する可能性がある。環境に放出された放射線量は双方車線亮の0.15㌫ではなく、事故当時第一原発にあった7.2億テラベクレルに近い数値になる。これらの殆どが海洋流出した。したがって、継続的に魚の汚染調査をすることが必要である。」
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対談「破滅は防げるのか」

山本太郎さん(俳優)&中嶌哲演さん

山本太郎さんは、昨年末の衆議院選挙に杉並区から立候補して、石原さんに惜敗したが、反原発の訴えは民衆の心に響いたのではないかと、楽しげな口調で話をされた。さすが、人の心を引きつけるだけのものを持っておられる。
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中嶌哲演 さん

「第2の原発震災に襲われる前に、なすべきことがあるしそれも可能だ。過酷な被災の後だったとは言え、福島県は脱原発(原発に依存しない、安全・安心で持続的に発展可能な社会作り)を決断し、国も法的財政的な支援をすでに始めている。福井県も自ら原発震災を被る前に、福島県をモデルにすべきであろう。再稼働・延命存続のための巨額な予算と、脱原発に資する諸事業への少額の予算の配分を、まずは逆転させよう。地元の草の根から原発に頼らない方途を模索している若い世代を支援して欲しい。」
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「南海トラフの脅威は、関西圏の住民にとっては前門の虎である。いつその咆哮が聞こえ牙をむきだして襲いかかってくるかしれない。そして、若狭の原発群という後門の狼も控えている。若狭の住民にとっては、原発大事故や原発震災が前門の虎であり、関西方面への避難によって南海トラフの地震が後門の狼となって襲いかかる。虎狼の影が今ここで襲いかかったらという予感を禁じ得ないでいる。」
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藤波 こころ さん 「どうなるの?私たちの未来」

原発に頼らない社会を共に作っていこうと、力強くスピーチされた。高校2年生であるが、日本の将来を真剣に考えている若者である。
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藤波心さんと一緒に、会場の参加者みんなで「ふるさと」を歌った。この歌詞にあるような「ふるさと」を守るためには、即刻廃炉しかないであろう。
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会場を後にして、土佐堀川ベリを歩く。
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造幣局の通り抜けを見る。花も終わりかけであったが、人が多く歩くのもままならなかった。
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これから続く未来の子どもたちにも、この美しい八重桜を見て欲しい。

「ノーモア ヒバクシャ」を誓った。

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2013年4月20日 (土)

革新は生き残れるか

中京区の京都アスニーで開かれた、「革新は生き残れるかー新しい変革の主体を考えるー」のシンポジウムに参加した。

「昨年12月の総選挙では、少なくない国民が原発問題や震災復興に関心を向け、憲法改悪への危機感を持っていたにもかかわらず、革新政党が敗北するという結果となった。更に今夏の参議院選挙では、改憲の現実味が帯びて争点となることが予想される。選挙の結果次第では、戦後日本の平和主義や基本的人権が危険にさらされることが憂慮される。」

「今こそ革新勢力が敗北した原因を正確に分析して、これまでの運動のあり方を見直すことが必要である。その為にも、国民の期待に応えられる新しい政策や組織運営、協力関係を創り出さなければならない。」

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広原盛明さん(元京都府立大学学長)

「2013年から2016年は、戦後最悪の歴史的反動期になることが予想される。衆参両院で改憲勢力が3分の2以上議席を占有し、憲法96条改定を具体化して来るであろう。これを阻止するには、護憲勢力をいかに結集するかが大切である。広範な護憲政党や護憲勢力、市民運動などを結集して、開かれた共闘組織「護憲円卓会議」を結成する必要がある。そして、改憲国民投票に備えた国民運動を提起しなければならない。」

民衆の中に入って、『平和』の意味をもう一度訴えるしかないであろうと思った。
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藤永のぶよ さん(おおさか市民ネットワーク代表)

「反ハシズム運動からの報告『もう~黙ってられへん』」と題してお話しされた。
藤永さんは、情報公開・監査請求・住民訴訟などでハシストと果敢に闘っておられる。「ハシモト96億円無駄使い返して!裁判」や「職員アンケートゴミ箱ポイ!911万円の無駄使い返して裁判」など、正義の熱情家である。「民主的と言われる政党は何をしているの、政党は市民と共に歩こう。大きな集会より、街角議論を大事にしなくては。」と訴えておられた。

「おかしいやんか」→「行動する」情報公開・監査請求(ツールは地方自治法)→「ますますおかしいやんか」→「勉強する」→「裁判する」→「もっとおかしいことが分かる」→「究極は政治変革だということが見える」

このような市民運動を通して、「革新」は蘇るのではないかと思った。
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大西広 さん(慶応大学教授)

「中国が国共合作」をしたように、革新政党は寛容と大胆さを持って連携すべきである。政策が一致しても連携できない革新諸党が問題である。政策が一致しなくても連携できる他諸党があるにもかかわらず。」

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「革新国民戦線」の原理は何がふさわしいであろうかと、大西さんは問われていた。大西さんは、「公平・公正」を挙げられていたが、聴衆の一人が「尊厳」ということを発言された。私も、平和や人権、自由などの「人間の尊厳」が、核になるべきだと思う。そして、小異を捨てて大同団結すべきであると考える。
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頭を冷やすために、京都駅まで歩くことにする。

「愛される京のパン屋さん」というテーマで『月刊京都』に載っていた、パン屋さんを訪ねた。中京区のパン屋さん『落花生』(京都アスニーのすぐそば)

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金・土曜日しか営業しない。平日は仕込みに専念されている。下のバナナのパン(500円)を土産に買った。このパンは、水を一切使わずバナナで水代わりにしている。バナナの甘い香りがして、かみしめると美味しい。
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下京区にあるパン屋さん「まるき製パン所」

とにかく柔らかいパンで、子どもの頃食べたような素朴な味。「ハムロール」と「カツロール」を買って、歩きながら食べた。近所の人に愛されるパン屋さんで、行列が絶えない。
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西本願寺に寄る。

国宝唐門

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龍谷ミュージアムに寄り、「平山郁夫 悠久のシルクロード」を見学した。
画伯の絵画だけではなく、ガンダーラの美術の紹介もされて、興味津々だった。平山郁夫筆の「シルクロードを行くキャラバン」に見入ってしまった。
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大公孫樹の新緑が、目に優しい。
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最後に、美術館「えき」KYOTOに寄り、水澄美恵子「昭和の元気なこどもたち」の創作人形を観賞した。昭和の時代に生きた子どもたちの姿が、生き生きとリアルに創作されている。自分も小さい頃は、こんなふうに希望に満ち溢れた表情をしていたのだろう。
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館外には写真も展示してあった。
この底抜けに楽しい笑顔は、現代の子どもたちにもあるのだろうか。
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2013年4月19日 (金)

八竜リバティーバンドCD

さんさ酒屋のコンサートで、八竜リバティーバンドの歌を初めて聞かせて頂いた。

東日本大震災で夫を津波で亡くされた女性の手紙に曲を付けた、「あなたへ」という歌である。仮設店舗を家族で力を合わせて作り、夫の帰りをひたすら待ち続けておられる女性の生き様が描かれている。手紙の主に気持ちを同化させながら、女性ボーカルがしみじみと歌われ、その思いと同調して情感豊かにギターで演奏され、更に美しいハーモニーで深められていた。歌が終わった後、感動のあまり、思わず隣の友人と手を握り合わせたほどであった。

八竜リバティーバンドの歌をもっと聴きたいと願い、HPで調べCDを依頼した。

カバーの絵やイラストを見るだけで、心がウキウキする。曲はクラシック調、カントリー調、フォーク調など、実に幅広く多彩である。テーマは、名前の通り、自由を礎にしながら愛や平和などを多角的に表現しておられる。内容は、人生や家族、自然や世界のことに至るまで豊富である。

どの曲も聴いていても、心が楽しく躍る。

第Ⅰ集「空いっぱいに」

「ハルリンドウのうた」「空いっぱいにさくらいろ」が、特に大好きです。

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第Ⅱ集「A song for you」
「こんな小さな町だけど」「「いつかの少女」「少しだけのさよなら」が、特に大好きです。
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第Ⅲ集「こころつなぐうた」

「11月の風」「ラトビアの娘」が、特に大好きです。

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6月1日(土)に、はちりゅうのもりオープニング企画「はちりゅうのもり音楽会」が開かれる。

「感謝の気持ちを込めて、ここに私たちが敬愛する表現者の方々にコンサートをして頂くことになりました。」八竜リバティーバンド

ゲスト[たつの素子&安達元彦、いのこ福与、劇団なんじゃもんじゃ、川合ケン]も、豪華なメンバーである。

「はちりゅうのもり」の楽しい音楽を聴きに、ぜひ行かせて頂きたいと思っている。

ありがとうございました。

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2013年4月15日 (月)

中之島を歩く

大阪地方裁判所に行った。知人が昨年5月に停職処分の取り消しを求めて、大阪地裁に提訴した。今日は3名の証人の尋問が行われるので、地裁に傍聴に行った。

知人はある組合の中心となって弱い者の側に立ち、平和や人権を守るために熱心に活動してきた。同僚からも人望が厚く、不正には真摯に対峙されてきた。そのことが、権威をかざして管理する側にとっては邪魔だったのだろう、彼を狙い撃ちして不当な処分をしてきた。そして今、彼は「再任用」の道も閉ざされている。

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午前に被告側からの証人1名、午後から2名の原告側の証人の尋問があった。その昼休みに気持ちを鎮めるために、中之島を少し歩いた。
川縁にキモッコウやツツジが咲いていた。自然は巡りめぐるのに、人間はこの先どうなるのであろうか。
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「緑の賛歌」の像を見ながら、果敢に権力に立ち向かう知人を思い浮かべた。彼の裁判を、どこまでも支援していこうと決意した。そして、原告側の勝訴を願った。司法界はこの像のように、「緑の賛歌」がいつまでも奏でられるように、判決を下して欲しい。
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被告側の証人は、予想されていたとおり、自己を正当化するばかりで、真実を吐露しなかった。強い側に位置する者の傲慢さを感じた。

中央公会堂は、市民の寄付により建てられた。大阪は市民の町であるはずなのに、ハシモト氏が市長になってからは、市民のパワーが萎んでしまっている。
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中之島図書館
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傍聴が終わり、大阪駅まで歩く。途中、曾根崎のお初天神に寄る。

元禄16年、堂島新地の天満屋抱えのお初と、内本町平野屋手代の徳兵衛が、この天神の森で情死した。この事件を、近松門左衛門が「曽根崎心中」として劇化した。情死にはいくらか魅力を感じるのだが、残念なことに肝心の相手がいない。

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大阪駅から一路加茂へ。
知人の権力への果敢な対峙には敬意を表したい。権力に対するには、民衆が手に手を取り合い団結するしかないだろう。私も、私にできることをやっていきたい。

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2013年4月13日 (土)

ストップ!ハ(ファ)シズム 

エル大阪で行われた「大阪壊さんとって ストップハシズム市民大集合」に参加した。

数々の人権無視の政策を行うハシモト氏の暴走に、ストップをかけたいと900人を越える参加者があった。

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「浪速の歌う巨人」趙博(パギやん)はいつもながら風刺とユーモアが溢れていた。「ショブン ショブン ショブン」はウルトラセブンの替え歌だ。処分を振りかざすハシモト氏を強烈に皮肉っている。

パギやんの大阪案内「環状線の旅」の本を購入した。日本生まれの大阪育ちのパギやんが、「ごちゃごちゃ ごった煮」の「大阪らしさ」を紹介している。この本を片手に、また面白い旅ができそうだ。

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「維新のトオルちゃん」の最新作上映があった。「ウソつけないやつは、弁護士と政治家になれないよ」とハシモト氏自身が言うように、ウソばかりの事例をユーモアたっぷりに辛辣に風刺している。YOU TUBEで大好評であるようだ。
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「国政は~歩いてゆけぬ~、だ~からだましてゆくんだよ~♫」
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フリージャーナリスト西谷氏が、この集会を仕掛けられた。

彼は権力に迎合しない、弱き者の側に立って発言する真のジャーナリストである。米軍が使用した劣化ウラン弾が原因とみられる白血病や小児がんに苦しむ子どもたちへの医療などの援助を行う「イラク子どもを救う会」の代表である。
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ストップハシズム、怒りのリレートークが始まった。

「桜宮高校から体罰を無くし、改革を進める会」

ハシモト氏はかって「体罰は当然」「教育は2万パーセント強制」と言いながら、桜宮高校の体罰事件が起こってからは、「体罰はアカン」といつもの「必殺手のひら返し」を使った。「教員は全員入れ替え、入試もしない」と体罰事件とは関係のないことで、桜宮高校の生徒たちを傷つけたことは、絶対に許せない。

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「交通権の確立・大阪市営交通を守り発展する会」

ハシモト氏は地下鉄・バスを民営化しようとしているが、果たしてそれは市民のためになるのであろうか、長年に渡って築き上げてきた市民の財産を放棄していいのだろうか。大資本が潤うだけではないのか。
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「住吉市民病院を充実させる西成区市民の会」

公立病院を廃止して民営化することにより、民衆の生命は本当に守られるのであろうか。
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「君が代不起立減給処分・再任用拒否 当該」

ハシモト氏は君が代起立を単なるルールの問題にすり替え、「君が代強制条例」で不起立を徹底的に弾圧してきた。「思想・信条の自由」を保障する憲法は、もちろん条例などより上位にある規定である。弁護士出身のハシモト氏はそれさえも理解しようとしない。
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笑福亭竹林さんがユーモアを交えながら漫談された。ハシモト氏の人気は根強いけれど、次第に化けの皮が剥がれつつある、大阪人はそんなに「だまされるばかりのアホじゃない」と熱っぽく話された。「ええかげんにせんかい!」ハシズムを笑い飛ばしていただいた。
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「入れ墨調査拒否 当該」

ハシモト氏のやった入れ墨調査は、憲法21条で保障された個人の表現の自由、プライバシーの侵害で、絶対に許すことはできない。なんでこんなことを調査せんとあかんのん、タットゥをしていて、なんで仕事に影響があるの?
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「ハシモト氏の特別秘書の給与返還問題 政治家ウォッチャー 弁護士」

ハシモト氏は特別秘書を税金で雇っているが、その秘書は維新の会の遊説を行うなどハシモト氏のために仕事をするだけで、市民のために仕事を一切していないのは問題である。

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「思想調査アンケート国家賠償請求訴訟 原告団」

ハシモト氏は「職員思想調査アンケート」を行い、思想・良心の自由や政治活動の自由を蹂躙した。法遵守擁護義務を負う自治体の長が憲法を踏みにじるのは、絶対に許せない。
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「われらがモジモジ先生」
震災瓦礫の広域処理は一言で言えば、利権そのものであると、論理明晰に語られた。

広域処理の論点を端的に指摘された。

○安全性・・・・焼却処理と埋め立て処理は大丈夫?放射能は?放射能以外の有害物質は?

○必要性・・・・広域処理をしないと復興できないの?現地処理では間に合わないの?
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最後に、パギやんのリードで、みんなでレミゼラブルから「民衆の歌」を歌った。

「闘え それが自由の道 闘う者の歌が聞こえるか? 鼓動があのドラムと響き合えば 新たに熱い生命が始まる」
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勇気を与えられ熱い思いを抱いたまま、大阪駅まで歩くことにした。

道修町は今でも薬の店が多い。ビルの間に古家がほんの僅か残っている。

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このようなレトロの建物もある。

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花菱あちゃこの店。大阪名物たこ焼きと串カツの居酒屋である。

ここまで紹介したように、いろいろ違っているのが「大阪」の「ごった煮」の風土などのだ。ハシモト氏はそれを全て一つに同一化しようとする。これでは文化も芸術も、ひいては経済もダメになっていくような気がする。
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靱公園には、シャガの花が咲いていた。洒落(しゃれ)を楽しんで、つっこみとぼけで楽しくやるのが、大阪なのだ。ハシモトのままでは全く洒落もなくなる。
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靱公園のそばの店で、「カツサンド」を買って土産にする。ハシモトなんかに「三度のみならず勝つ」ことは間違いないだろう。
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2013年4月12日 (金)

当尾石仏の里

退職後週3日勤務となり、金曜日が休みとなった。

当尾に住まわれている知人の小屋で、陶芸をさせて頂くことになった。その主人の妻が陶芸の道を歩んでおられていたが、高齢で入院されており、ご厚意で使わせていただく事になった。小屋はいつでも空いているので自由に使っていいと、主人が言ってくださるので、甘えさせて頂くことにした。1ヶ月に何回来られるか分からないけど、本当にありがたいことである。

周りには何も無い、山中の小屋である。小屋の横には、椿や灯台躑躅(どうだんんつつじ)などが咲いていた。

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1時間あまり轆轤を回した。なかなかシンがとれないので、良いものができない。小ぶりのものが10あまりできた。
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小屋を辞去して、浄瑠璃寺まで歩く。20分くらいで着いた。
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堀辰雄の「浄瑠璃寺の春」に描かれている馬酔木が、ちょうど満開であった。
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閉門前で、境内には誰も人が居なかった。
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葉桜となっていたが、八重の桜やつつじ、サンシュユなどが今を盛りと咲いていた。
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浄瑠璃寺を後にして、家まで歩いて帰る。

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千日墓地に寄った。石の鳥居や十三重石塔は、夕日を受け神秘的な趣があった。
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帰る途中で、大きな筍を買った。さっそく筍料理を作る。

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2013年4月 8日 (月)

やなせなな灌仏会コンサート

4月8日はお釈迦様のお誕生日である。奈良市三条通にある、九条山浄教寺で潅仏会が行われた。色とりどりの花で飾られた花御堂が設けられ、その中に誕生仏が安置されている。参詣者はその誕生仏に甘茶を注ぎ、お釈迦様の誕生をお祝いする。また、甘茶が振る舞われて、ありがたく戴いた。

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境内には枝垂れ桜があり、一昨日来の強風でかなり散っていたが、この日を待つかのように持ちこたえて咲いていた。
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境内には、樹齢約300年の蘇鉄もある。その横の堂前でコンサートが行われた。
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枝垂れ桜の木の下で、やなせななさんの歌に聴き入った。
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「歌う尼さん」のやなせななのコンサートが始まった。境内には椅子が置かれていたが、満席で立ち見の状態であった。
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やなせななさんは奈良県のお寺の住職をされながら、シンガーソングライターとして演奏活動をされている。やなせさんとこの寺の住職さんとは縁戚関係にあり、この浄教寺でのコンサートはもう11回目を数えるという。この寺は、やなせさんの音楽の原点と言える。
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東日本大震災が起き、やなせさんは以前から縁の深かった東北の惨状を知り、「負けないタオルプロジェクト」という震災支援活動を始められた。一口1000円の募金で1枚のタオルがプレゼントされ、同時にタオルと義援金が被災地に届けられる。

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募金者と被災者とがおそろいのタオルを持つことにより、どんなに遠くに離れていても痛みを分かち合い、復興を願い心をつなげていくことをイメージされている。このタオルは長さが50センチしかなく、首にも頭にも巻くことができない。「巻けない」は「負けない」という言葉と掛けられて、震災に負けずに笑顔を取り戻そうという、強い願いと祈りとが込められている。
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やなせさんは「負けないタオル」に曲を付けられ、復興支援のために尽力されている。すでに6万枚届けられたという。
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やなせさんは次の曲を歌われた。

1 衆会   2 上を向いて歩こう   3 真宗宗歌~ほんとうの空の下で

4 ふるさと   5 ひとつの心   6 負けないタオル   7春の雪   8願い   10 恩徳賛

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やなせさんの声は声は浄土の世界を思わせるほど澄み切っていて、何よりもすばらしいのは、歌に込められた心である。仏と共に歩まれている慈悲の心が、歌の中に込められている。

最後に、浄教寺の住職さんのお話があった。仏教は「平等・平和・自由」を希求するものであるというお言葉が、とても印象的だった。

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コンサートが終わり、興福寺まで歩いた。
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興福寺の南円堂が創建されて、今年は1200年の記念の年である。特別開帳されて、秘仏の不空羂索観音が拝観できる。
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南円堂の前で、花祭が行われていた。
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猿沢の池のほうに回る。
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亀たちも興福寺の方をうっとりと眺めていた。
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「負けないタオル」のことを思い続けながら歩いた。

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やなせななさんの歌から、これから生きる上で本当に大事なことをご教示頂いた。「負けないタオル」の歌の世界を、私も実践していこうと思った。

「たかがタオルでは、世界を救うことなんて到底できないでしょう。でも、それであきらめて何もしなければゼロです。僅かな金額でも募金をしたならば、あるいはどんなに離れていても復興を願って祈ったならば、それは確かな”プラス”になります。私は、タオル1本分が生み出す力を信じ、これからも大切な友人の住むまち・相馬を訪ねたいと思っています。」

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2013年4月 7日 (日)

3月陶芸作品

3月の陶芸作品が出来上がった。

轆轤(ろくろ)の腕が悪く、相変わらず下手すぎる。しかし、下手を続ければ何かが生まれるだろうと信じて、ぼちぼちやっていこう。

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今回の作品は小ぶりのものが多く実用的なので、うちのかみさんから喜ばれている。
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2013年4月 6日 (土)

観音の里の春

青春18切符が後一枚残っていたので、大型の低気圧が近づく中、湖北まで行く。

近江高月駅で下車。高月のそれぞれの里には、観音さまが安置されている。その中でも、渡岸寺観音堂の観音様(平安初期の作で十一面観音像)は国宝に指定されている。腰を少し左にひねられ肉付き豊かで、思わず仏様であることを忘れてしまうほどであった。「東洋のミロのビーナス」と称されるのもうなずける。

今日は、ここで「春祭り」が行われている。観音様に見守られ、子どもたちが餅をまき、それを授かる人たちは福も授かる。

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お地蔵さまもおられた。
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桜の下で、福もちの花が開いた。

戦国時代には、この地の人々は観音様を兵火を避けるために土中に埋めて守ったという。
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つきたて餅と甘酒の振る舞いがあり、ありがたく戴いた。
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門前には大きな槻(欅の古名)の木があった。神酒周り3.2m。

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高時川の土手には両岸に数キロにわたり桜が植えられ、今まさに満開。強風で桜の花びらがしきりに舞い散っていた。
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雨森の集落に着く。「雨森の集落」として、湖国百景に選ばれている。

天川命神社の公孫樹(幹周り5.7m、樹高32m)

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小川が流れ、各所に水車が置かれている。

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雨森は、江戸時代の儒学者である雨森芳洲の生まれたところである。
日朝の善隣外交に尽力した。
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更に風が強くなり、傘も差せないほどであった。雨もふり出し、急いで高島駅まで戻る。

近江八幡駅で下車。風と雨は小康状態になる。

駅から約30分かけて古い町並みまで歩く。ヴォーリズ建築を見て回る。

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近江商人の蔵屋敷が建ち並ぶ。
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八幡堀を歩く。満開の桜が堀の水に映える。
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日牟禮八幡宮で次週の14・15日に八幡祭が行われる。

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近江八幡駅まで戻ると、風速が基準を超えているということで、電車がストップしていた。1時間ほど車内で待ち、ようやく京都まで帰ることができた。京都府ソフトバレー連盟の総会にも何とか間に合った。

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