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2013年5月

2013年5月27日 (月)

茶源郷から狸の里へ

山城地域の東南部、山の頂まで茶畑が広がる宇治茶の里、和束は、「茶源郷」として今売り出し中である。「宇治茶の里 うまし茶をはぐくみ暮らす 茶源郷 和束」

今回は友人の案内で、最近出来た「天空かふぇ」に行った。和束の里が遠望できる、八角形の茶室である。

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ここで和束茶をいただいたら、さぞかし美味しいだろう。また今度来よう。
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信楽へと足を伸ばす。早速狸たちがお迎え。
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上り鯉たちもお迎え。
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さまざまな狸たちが居る。どの狸も表情がそれぞれ異なる。
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個性的な狸たちも居る。
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可愛い狸たちもいる。
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狸を創って乾燥させている。
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登り窯に圧倒される。
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信楽焼が棚にいっぱい飾られている。
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最近のヒット商品は、車止めの寝そべる犬たち。
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信楽の住人たちよ、また会いましょう!
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2013年5月24日 (金)

動物園

東京から息子が帰ってきたので、みんなで天王寺動物園に行く。たまには家庭さービスをしないと、居場所がなくなる。

通天閣(日本で一番の大きな古時計で、約100mの高さ。)

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あべのハルカス(地上60階建てで、高さは約300mで、日本一。通天閣の約3倍ある。)
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どの動物が好きかと問われれば、やはりカバだろうか。太古から大地と共に生きている、悠然とした雰囲気が好きだ。)
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動物園に来たのは何年ぶりだろうか。天王寺の駅そばにあり便利なのだが、次に来るのは何年も先だろう。

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2013年5月22日 (水)

中之島バラ園

仕事は午前で終わり、大阪地裁に「大飯原発3・4号運転停止」行政訴訟の傍聴に行った。

まだ時間が早かったので、中之島バラ園に寄った。現在もなお大飯原発が稼働しているが、もし大事故があればバラ園でバラを観賞するような日常は全くなくなるだろう。天災は容赦なくやって来るのだから、それに備えることだけはやっておく必要がある。大飯は早く止めるべきだ。そんなことを思いながら、色とりどりのバラを見て回った。

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時間が来たので、大阪地裁に行く。

「大飯原発3・4号機運転停止行政訴訟」の第5回法廷に傍聴に行く。100名近くの傍聴者がいた。今回は、長年原発に粘り強く抗ってこられた中嶌哲園さんと松浦雅代さんの意見陳述があった。中嶌さんは小浜で、松浦さんは和歌山県で、原発の新規立地を阻止する運動を続けてこられた素晴らしい人たちである。お二人の意見陳述には、いのちへの慈しみや生き様の尊さなどが満ちており、裁判官たちも思わず聴き入ってしまわれていたようだ。行政から独立した司法であるのだから、真実の持つ迫力を判決に活かして欲しい。

中嶌哲園さんの次の言葉が、強く胸を打った。

「大飯原発の真の地元は、その大量の電気を40年間にわたって消費し続けてきた関西広域圏である。若狭原発震災が引き起こされれば、若狭の地元住民だけでなく、関西広域圏の住民もろともに、その生命・自由・興福・環境・健康で文化的な最低限の生活も悉く奪われるでしょう。国のおごれる原子力行政に歯止めを掛けて頂くべく、大飯原発3・4号機の即時停止の司法判断、判決を心から期待し、要望致します。」
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堂島川添いを歩き、堂島ロールを孫娘に土産に買う。平日なので行列はなかった。
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2013年5月18日 (土)

子の未来のために憲法を知ろう

京田辺の「憲法を考える市民の会」主催による「子の未来のために憲法を知ろう」の集会が行われた。

「戦争放棄を誓う日本国憲法。それは、過去の戦争での多大な犠牲を経て手にした、私たちの普遍の願いです。その憲法が今、変えられようとしています。何がどう変わろうとしてるのか、こどもたちのみらいはどうなるのか、今一度、子どもたちが幸せに生きるための憲法について考えたいと思います。憲法学者のお話と、憲法誕生をめぐる真実を描いた映画が、その参考になればという思いです。」

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中里見博 先生(現在は徳島大学総合科学部准教授。専門は憲法、ジェンダー法学。大震災時は福島大学におられたが、2012年に家族で京都に移住される。)

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「憲法改正ーだれのため?何のため?」と題して、詳しい資料に基づき、わかりやすく論理的にご説明くださった。
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4つのポイントにしぼってお話しになった。印象の残ったことを書いていきたい。

○憲法は、国民が創り政府に守らせるものである。国民の権利を保障し、政府の権力を制限する。法律は、憲法と矛盾しない範囲で国民生活を規律する。

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○憲法改正は、法律と違って国会の単純多数では可決できない。これを「硬性憲法」という。かつ、国民の承認を要する。これは憲法の縛りを緩めたいという権力者にとって、大きな壁である。

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○日本国憲法は、GHQが押しつけたものではない。当時、日本人は大別して2種類の憲法を作った。一つは、民間人と革新的な政党が創った、国民主権・人権保障を内容とする進歩的な新憲法案。もう一つは、政府と保守政党が創った、天皇主権を維持した明治憲法改正案。GHQは、後者を拒否し前者を支持して、その内容と方向性に沿った原案を、世界の諸憲法をも参照し創り上げた。

○憲法制定過程において、GHQと進歩的な民間人・政党との間に同盟関係が生まれた。そうして、日本国憲法が生み出された。明治憲法の改正しか頭になかった政府側においては、「押しつけられた」ものになった。
○自民党の改憲の動きがある。天皇の元首化、増える国民の義務、平和主義の放棄、国防軍の創設などをねらいとするもので、まさに改悪だ。そこには、基本的人権よりも、公益及び公の秩序が優位にされること、個人の尊重が消されて「家族尊重主義」に置き換えられていることなど大きな問題がある。

○96条の改変は、9条改定に向けたものである。もしも9条が改定されることになれば、アメリカ同様の戦争国家になることは自明であり、将来の徴兵制も視野に入れられている。

会場には、日本国憲法を書いた屏風が置かれていた。憲法改悪を止めるために、一人一人が自分のできることを積み重ねていきましょう。
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映画「日本の青空」を鑑賞して、日本国憲法が決して「押しつけられたもの」ではないことを確信した。

「雑誌編集者の派遣社員の彩也可は特集企画の「日本国憲法誕生の原点を問う」で、憲法学者の鈴木安蔵の取材を進める。戦後まもなく鈴木安蔵を中心に高野岩三郎ら民間人による「憲法研究会」が作成した憲法草案が、実はGHQ案の手本になっていたという事実。日本国憲法をめぐる真実のドラマが明らかになっていく・・・・。」

6月8日には、「渡されたバトンーさよなら原発ー」が京田辺市立中央公民館大ホールで上映される。私も1枚協力券を買った。

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京田辺を歩く

京田辺を歩く。近鉄のてくてくまっぷ「京田辺ののどかな散策コース」(約8キロ)を歩く。

寿栄寺

十一面千手観音立像は一本造りで、等身大の威風堂々たるお姿である。

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「山本驛旧跡」古代官道の要所であった。
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田植え前の田んぼが広がる。小高い山は、これから上る古墳である。
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喰丘神社のスダジイ(推定樹齢300年)

スダジイは、若木のうちから皮が割れ始める。秋に1.5センチほどの卵形の堅果を付ける。
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「春草を 馬喰山ゆ 越え来なる 雁の使は 宿り過ぐなり」万葉集

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飯岡古墳群

丘陵の上に、多くの古墳時代前期から後期の墳墓が散在する。
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車塚古墳(全長90m、後円部60m)
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宇治茶の産地なので、茶畑が広がる。
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平和の鐘

草内老人会が広島の原爆病院と交流され、その縁で原爆遺品が贈られた。
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法泉寺の十三重石塔は鎌倉時代の弘安元年(1278)に作られた。
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これから、憲法集会に参加する。

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2013年5月17日 (金)

奈良きたまちを歩く

奈良きたまちとは、近鉄奈良駅から般若寺辺りまでの北側エリアを指す。平城京外京の一部で、奈良街道が通り、古い町屋も多くある。そして、今個性溢れる店が増えており、注目されている一帯である。観光客はならまちの方へ行くが、まだきたまちを知らないので、穴場と言える。

最近出来たワインショップ「ワインの王子様」

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二階に窓がない古家の骨董屋さん。
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童話に出てきそうな旧交番
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これも童話に出てきそうだが、城ではなく、奈良女子大学の講堂。
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「ちちろ」お昼寝ご自由という宣伝がステキだ。

山頭火も訪ねたという。
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路傍のお地蔵さま。何を考えておられるるのだろうか。慰安婦問題で人権無視を露呈したH氏への怒りが込み上げてきた。
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正岡子規の庭

明治から大正にかけて、奈良を代表する老舗旅館「對山楼 角定」のあった所が、子規の庭として公開されている。
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転害門
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昔からの和菓子屋さん。
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女性必見の洒落た焼き物専門店「器人器人」。
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旧家を改造して、次々に個性的なショップが誕生している。

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この家は左が銭湯で、右がコインランドリー。
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興福院
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大仏鉄道公園(加茂と奈良を結ぶ鉄道があった)

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手焼きせんべいを孫の土産に買う。
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最近出来た「きたまち豆腐」屋さん

国産の青豆で作られた豆腐は、自然の甘みがあり奥深い味があった。
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「奈良のラーメン100選」で紹介された店を、次々に食べ回っている。
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2013年5月13日 (月)

陶芸修行

修行という大げさなものではないが、週に1回知人の好意に甘えて陶芸をさせて頂いている。

家から歩いて約1時間、適度な距離である。山麓の小道にはツツジが咲いていて、目を楽しませてくれる。

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田園が広がっている。
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新川には、鷺が遊んでいた。
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よく見てみると、30センチほどの鯉がいた。
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ようやく知人の家に着く。小高い山の中にある。
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集中すれど、轆轤はまま成らず・・・。これからもっと真剣にやらなければ、そしてもっと楽しまなければいけないのだろう。

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ガスの窯もあるのだが、いつになったら自分で焼けるのだろうか。まあ気長にやるしかない。
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帰りには、石仏を見るために寄り道をする。

仏谷阿弥陀磨崖仏

「像容から見て鎌倉初期の作であるという。巨大な花崗岩に厚肉彫りされた丈六(約2.5m)の如来形座像。」少し微笑まれている寛容な表情が、大好きだ。
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加茂プラネタリウム

近くにありながら、まだ一度も入館して星座を見ていない。孫が大きくなったら、ぜひ行きたい。
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やけ仏(阿弥陀三尊石仏)

1322年(元享3年)造。たびたびの火事にあい痛々しい姿であるが、それでもなお民衆を救われようと立っておられる。)
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まもなく田植えが始まる。レンゲ草の自己を主張しない質素な感じが好きだ。
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千日墓地の方へ山中の道を歩く。

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大木の下に、石仏が眠っておられた。
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穴薬師さん
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千日墓地の石仏
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炭焼き小屋

私も将来はこのような炭焼き小屋で炭を焼いて、自給自足したい。
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家まで歩いて帰る。

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2013年5月12日 (日)

高取から御所へ

橿原神宮前で下車し、こだわりラーメンを食べる。評判だけあってさすがに上手いが、スープの量がやや少ない気がした。

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壷阪山駅で下車する。壺阪寺や高取城跡は東側にあるが、今回は行かず。西側の方面へ歩き始める。

この界隈には、薬を生業(なりわい)とする家が多い。

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高取町の兵庫にある「教恩寺」。歌う尼さんとして知られる、やなせななさんが住職されているお寺である。「負けないタオル」「春の雪」など素晴らしい歌を作られて、東日本大震災の被災者たちを支援されている。
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境内に、優しい表情の小さな石仏が鎮座しておられた。やなせななさんはこの柔和な笑みを、音譜に表しておられるのだろう。
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小雨の中、1時間余り御所市に向かって歩く。
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水平社博物館。
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西光寺の西光万吉や柏原の青年たちが、人間の尊厳と平等をとなえて、1922年3月3日に水平社が創立された。部落解放運動はこの地から始まった。学校の場で、同和教育に基づき実践していたので、様々な思いが去来した。
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「人の世に熱あれ 人間に光あれ」

この言葉は永遠に語り継がれることだろう。
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吉祥草寺まで歩く。

役行者が634年に誕生したのが、この地である。
前回は、左義長(大とんど)の頃、雪に埋もれた中を訪ねた。
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役行者は誕生の時に、「人々を救うために天から遣わされて来た」と言われたそうだ。
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役行者の腰掛け石。捨身修行に励み、時折この地に戻られ、この石に座り精神修行されたという。
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御所まちをあるく。前回は雪の降る中であったが、今回は小雨の中。
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あいにく傘を持ち合わせていなかったので、ずいぶん濡れてしまった。

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2013年5月11日 (土)

高野街道を歩く

連休中は喧噪を脱して、静かに読書していた。ようやく静かになったので、和歌山県の高野街道へ歩きに行く。

南海線の「学文路」駅で下車する。「学文路」は「かむろ」と読む。受験生が合格守りとして、この駅の入場券を買うらしい。

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高野街道を歩く。

苅萱堂のある西光寺。苅萱堂には、石童丸の母千里乃御前が常に傍らに置き、信仰していたという「人魚のミイラ」が安置されている。一度拝見したいものだ。
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「人魚のミイラ」の石像が、境内にあった。
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山中へと入っていく。ところどころに石仏が安置されている。
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柿の産地であり、山々には柿の木が一面に広がっている。
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1時間余り山中を黙々と歩き、河根峠を越え、集落に入る。

旅館の中屋は河根宿の本陣で、1871年(明治4年)に起こった「高野の仇討ち」で、密議が行われた場所である。
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丹生神社と日輪寺が隣接している。
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丹生川の清流を見ながら、涼をとった。
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丹生川に沿って、高野下駅をめざして歩く。
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竜王渓で一服する。
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今回は高野山まで行かず、加茂まで南海線・近鉄線・JRを乗り継いで帰る。
また紀ノ川を渡り、高野山へ来たい。
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2013年5月 3日 (金)

憲法集会 in 京都

円山野外音楽堂で行われた「5.3憲法集会 in 京都 生かそう憲法 守ろう9条」に参加した。

「私たち一人一人が、豊かにそして輝かしく生きる社会をめざして、政治権力の横暴と腐敗による悪政を封じ込めるために、政府の権力を縛った憲法。日本、アジアそして世界の人々のいのちや財産、自由や権利を蹂躙する戦争を、絶対にしないと誓い、そのために全ての戦力を放棄し、交戦権を否認した憲法。この憲法が変えられようとしている今、私たちは現在の世代と未来の世代に対する主権者の責任として、改憲の動きを断固として拒否すると共に集いへの参加を呼びかけます。ともに、平和といのち、自由と平等そして民主主義のために!」

平和おどり

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社民党向日市議員で歌手でもある飛鳥井さんは、治安維持法違反で逮捕され獄死したユン ドンジュの「空と風と星と詩」に曲をつけられた歌を歌われた。国家権力の暴力に心が痛んだ。

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ジェームス三木さん「今、憲法を想う」

ユーモアを交えて、熱を込めてスピーチされた。

「私は港区の9条の会の会長をしている。若い頃、四畳半に二人住み、隣も四畳半で、合わせて9畳。」

「「憲法はアメリカから押しつけられたと言うが、GHQの民政局が中心となり草案を作り、日本政府が修正し国民雄九十パーセント以上が大賛成して、めでたく日本国憲法が誕生した。世界中の憲法を研究して良いところを集めて、草案が作られた。そもそも日本は外国の良いものを取り入れてきて文化とした。押しつけだからやめた方がいいとはならない。」

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「いろんな情報を鵜呑みにする前に、自分で考えることが大事です。権力者は自らの権力を保持するために、平気で国民を騙すのだから、疑ってかかった方がいい。軍隊を「自衛隊」と言うが、、外国のマスコミは東日本才神祭の救援に言った自衛隊を「アーミー」と言っている。曖昧な言葉に騙されてはいけない。」
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「文明が進むにつれて、五感が衰えていく。ある外国では天気予報がないという。なぜかと言えば、現地の人は空を見れば分かるからだという。マスコミは情報をたれながすが、むしろそれに触れない方がいい。大事なことが見えなくなる。」

「アベノミクスによる富国強兵と改憲による軍備増強は、昭和初期と同じである。戦争に向かおうとする国家の暴走を止めるのが、日本国憲法の役目である。」
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「百年後の世界は、理想を言えば国家がない国境がない、もちろん戦争も無い世界です。私たち一人一人は、先祖からもらった大切なものを子孫に伝えていく中継ランナーである。歴史の中継ランナーとして、日本国憲法を未来の社会に手渡していこう。」
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円山野外音楽堂に参加した人たちは、約2400人(主催者発表)で、用意されたレジメがなくなるほどであった。集まったカンパは50万円と発表された。。
周囲の壁には、さまざまな手造りの幕が張ってあった。
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手造りのグッズが楽しい。

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桂 福天さん(生後すぐ右目、18歳で左目も失明。桂福団治に入門して、09年に天満天神繁昌亭でデビュー。)
「落語家は戦争に向かない人種である。憲法9条の九の後は何か、十(銃)である。」
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「天上で仏様とキリスト様とアラー様が、地上には戦争ばかり起こるので嘆かれて、平和を願って相談された。次のような教えを決めよう。『人類は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。』」
私たちは今こそ、この決まりを守らなければならないと思う。
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桂福点さんは学生時代は合唱団のテノールとして活躍されていた。「サトウキビ畑」を熱唱された。

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また、自作の「蛍」という曲も披露してくださった。芸達者な方である。
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憲法ウオーク出発。
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憲法ウオークコンテストも実施された。
力強くまた楽しく、『平和』を府民に訴えた。

2拍子「憲法 守ろう 9条 守ろう 改憲 反対 戦争 するな 平和が大事 オスプレイ いらない」

4拍子「普天間基地を今すぐ無くそう 米軍基地は京都に要らない 米軍基地は丹後に要らない」
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この言葉に強く胸を打たれた。
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洛南あるき

午後から、憲法集会が円山公園であるので、それまで京都駅から足の向くまま気の向くまま歩く。。

上徳寺の世継ぎ地蔵。この日、冠句の会が行われていた。

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使い捨てを考える会のお店は、今日はお休み。またぜひ訪ねてみたい。

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錦天満宮に近くの店には、筍を売っていた。15000円は安いのか、高いのか?買う人はいるのか、居ないのか?
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誠心院は、和泉式部(平安時代の情熱の歌人)の縁のあるお寺である。

「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの あふこともがな」
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誓願寺は芸術上達を願う寺である。
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ここは、囲碁「本因坊」発祥の地である。
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革堂(行願寺)は西国三十三カ所観音霊場の第十九番札所である。
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下御霊神社では、若宮御輿が飾られていて、近くの町衆が集まって飲み食いされていた。
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鴨川を渡る。
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京都教育センターを訪ねて、ピースナインコンサートのチケットを買う。今から楽しみだ。
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ツバメたちが巣作りで忙しく飛び回っていた。
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聖護院
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金戒光明寺を訪ねる。
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これが、江(二代将軍秀忠の正室)の供養塔。
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文殊塔
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御廟(法然の遺骨が祀られる)
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山門は荘厳である。
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京都市美術館の「ゴッホ」展を見学する。行列ができるくらい人気で、人だかりが二重三重になって、間近では見られなかった。だが、「セーヌ川岸」「カーネーションをいけた花瓶」「黄色いバラの入ったコップ」などを見て、その芸術の気高さに圧倒されてしまった。
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京都国立近代美術館で行われている「開設五十周年記念特別展 交差する表現」を見学した。こちらは見学者が非常に少なく、ゆっくり見ることができた。特に、富本憲吉や河井寛次郎、北大路魯山人の陶芸には個性と独創があり、大いに刺激を受けた。

細見美術館で行われている「しむらの色KYOTO 志村ふくみ 洋子 作品展」を見学した。藍の色が心を静めてくれた。

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清蓮院、知恩院を過ぎる。
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ようやく円山公園に到着。
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これから、憲法集会が始まる。

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2013年5月 2日 (木)

野崎参り

「野崎参りは屋形船で参ろ どこを向いても菜の花盛り 粋な日傘にゃ蝶々もとまる 呼んでみようか土手の人」

仕事を早く切り終えて、野崎参りに。

野崎観音は慈眼寺という禅宗のお寺で、本尊は十一面観音様。1日から8日迄、野崎参りの法要やさまざまなイベント(大道芸・太鼓など)が行われている。

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ちょうど躑躅が満開である。
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新緑が目に眩しい。
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踊り子たちが記念撮影。
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近松半二の「お染久松」の悲しい物語は、この野崎が舞台である。
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展望台からは大阪中心街が見渡せる。
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野崎駅までの道には、所狭しと屋台が並んでいた。雑踏を避けるために、四条畷まで歩く。途中、四条畷神社による。

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