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2013年10月

2013年10月28日 (月)

浄瑠璃寺の秋

浄瑠璃寺に紅葉狩りに行ったが、まだ少し早かった。

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この浄瑠璃寺には、浄土式伽藍が日本でただ一つ完全に残されてきた。西方極楽浄土の阿弥陀さまが西に、東方浄瑠璃浄土の薬師さまが東におられ、その間には宝池があり、まさに浄土を現出している。
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三重塔の初層特別公開がされていた。

この場所で薬師さまを拝み、その後振り返り池ごしに阿弥陀さまを拝むというのが、本来の参りかただという。
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まだ青葉であるが、まもなく紅葉するだろう。
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少し色づいたものもある。

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池の周りには秋の草花が生えている。
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堀辰雄「ふいとそのあたりを翔け去ったこの世ならぬ美しい色をした鳥の翼のようなものが、自分の目に入って、おやと思ってそこに足を止めた。それが浄瑠璃寺の塔の錆び付いた九輪だったのである。」『浄瑠璃寺の春』より
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廃屋と柿はよく似合うのはなぜだろう。

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近辺を歩く。西小の地蔵石仏は、舟形の光背を背負っていた。錫杖をもっておられない。【南北朝】

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長尾阿弥陀磨崖仏は、両手を腹部の前で組む定印(じょういん)の阿弥陀さまである。大きな笠石が載っているため、銘文もよく残っている。【鎌倉後期】
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石の上に木が伸びる。生命力の見事さよ!
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浄瑠璃寺道三体磨崖仏(府道拡張で移動の際、壊れてしまったのは惜しい。)【室町時代】
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またおいおい当尾の石仏を紹介していこう。

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2013年10月27日 (日)

京都府民総合体育大会

京都府民総合体育大会(ソフトバレーボール)が山城総合運動公園体育館で行われ、K市代表としてチームが参加した。

試合に先立ち、府民総体のオープニングフェスティバルも行われた。エキシビジョンとして宇治の中学生徒がマーチングバンドの演奏をして、その統率された演舞が素晴らしく、本当に感嘆してしまった。

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小生は最初監督として登録していたのであるが、エースをはじめ負傷者続出で、選手として出場した。

予選リーグでは1勝1敗で2位。決勝トーナメントで敗退した。若手に混じって楽しくプレーできた。
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この日は、運動公園でさまざまな催しが行われていた。ご当地グルメを食べながら走るグルメリレーマラソンには参加してみたいような気がした。

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弓道も行われていた。
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打ちあげは新大宮の沖縄料理屋で行い、遅くまでよく飲みよく食べた。
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充実した長い一日だった。

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2013年10月26日 (土)

木津川

台風の影響で大雨が降り、木津川は増水していた。

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大阪城築城のために、大野山から石が切り出されたが、木津川ベリでなぜか捨て置きされた。それゆえ残念石と言われている。
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木材会社が感謝祭のアウトレット市を開催されていた。陶芸作品を置くけやきの木台を買い求める。これで2000円!!家に帰ってから磨こう。
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鹿背山の柿を求める。1盛りが1000円、特大が1050円。野にある柿と違って、形は大きく味も甘い。
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御霊神社に行く。

木津御輿祭が行われていた。1時から勇壮な拝殿回りが行われ、その後町内回りをする。

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敬神組が御霊神社に到着した。
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子どもたちが背負っているのは何だろうか、可愛い姿だった。
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御輿はよく見ると、微細な彫刻が施されて、古い織物も懸けられ、屋根にはきらびやかな布団が載せられている。
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拝神団がやって来た。
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JR奈良線の下をぎりぎりで潜っていった。
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御霊神社に到着。

担ぎ手を募集していたので、来年は参加しようか!
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安福寺には平重衡の供養塔がある。平重衡は興福寺や当時を焼き払って憎まれ、この木津川ベリで斬首された。
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南加茂台公民館で、奈良大学文学部名誉教授の浅田隆先生の「浄瑠璃寺空間と奈良の廃仏毀釈」という講演会を拝聴した。和辻哲郎と堀辰雄が浄瑠璃寺を訪ねた折に書いた随筆を紹介され、彼らが見たものは何かをお話しになった。後半の廃仏毀釈のお話も、多くのスライドによってわかりやすかった。

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久しぶりに頭を使い、良い刺激になった。

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2013年10月19日 (土)

歌う尼さん

歌う尼さん、やなせななさんのコンサート「いのちを伝える あいのうた」を聴きに行った。東淀川区民センターには300人くらいの人で溢れていた。

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やなせななさんは奈良県高取町の住職をしていて、自分の体験に基づいたお話を平易な言葉で語ってくださる。また、全国の仏教寺院を中心としたコンサート活動を続けていて、心にしみいるような歌を作って歌われる。
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8年前に子宮体がんになり、死が迫りもう子どもが産めないという苦しみをいかに乗り越えてきたかをお話しされた。自分の痛みを知り、初めて誰かの痛みに気づいたことや、死は人ごとではなく誰もが常に身近に抱えていると語られた。
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がんを撲滅するという言い方はあまりあっていないと、やなせさんは言われる。がんは自然のものだから、人間が共に歩んでいくしかないという言葉について、達観した人生観を尊いもののように思えた。
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死んだらどうなるのかと聞かれるが、どこかに帰るのだからまた会えるしそこから見ていてくれているのだから全く寂しがることもないと、やなせさんは言われる。
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東日本大震災が起こってから、東北に行くことが多くなり、「負けないタオル」を作り少しでも復興に役立ってもらえるように、やなせさんは心を込めて活動されている。幅が短いので頭には巻けないけれど、こんな中途半端な存在こそひとりひとりの人間なのではないかと話された。「負けないタオル」という歌を歌われたが、身体の奥底から元気が出る歌である。
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75000枚の負けないタイルを東北の人に手渡されたという。東北の人たちの心をどんなに励ましたであろう。やなせさんは逆に東北の人たちから温かく励まされたという。
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その他に、「おやすみ」「ありがとう」「マジカルドロップス」などの歌を歌われた。いずれも自己の体験に根ざして、やなせさんの優しさや強さがよく伝わってきた。マジカルドロップスは、ポケットの中の飴ちゃんのことであり、幸せとはそんな飴ちゃんのような何でもないところにあるという言葉に全く同感してしまった。
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歌い方は、手の動きがとてもきれいで、見ているだけで引き込まれてしまう。時には太極拳のような身体の動かしかたをされる。
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声はアルトであろうか、やや低い声で、全身全霊を込めて歌われる。歌い終わった後に倒れられるのではないかと、こちらが心配するほどである。魂が揺さぶられる。
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与えられた奇跡のような生を、感謝して生きて生きましょうとやなせさんは言われる。
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『歌う。尼さん」(遊タイム出版)を買い、サインをいただき、握手までして頂いた。

「死んでしまった後のことは残念ながらわかりません。ただ、誰もがいつかは必ずこのいのちを終えなければならないこと、そしていのちには帰る先があるのだよと説いてくださった。かみさまやほとけさまや多くの宗教家がいたことは確かです。縁あって今この時を生かされているわたしたちは、大いなる存在にすべてをおまかせし、信じて手を合わせることしかできないのだと思います。」

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「悩み事に対する正しい結論なんて、おそらくどこにもないのです。それなら迷いながら生きていくしかないじゃないか」素晴らしい言葉の数々である。
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心が洗われたような清々しい気持ちで、帰路についた。

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リトル沖縄

リトル沖縄と言われる大正区には、ウチナーンチュがたくさん住んでいる。大正駅から、沖縄ロードをバスで走る。15分くらいで平尾商店街に着いた。

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ダンボールで作ったシーサーが出迎えてくれた。
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沢志商店は、沖縄の食材を多く取り扱っている。

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パパイア
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サーターアンダギーは大きいのが一つ50円、20個買って土産にした。もちろん安くて美味しい!!

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沖縄風ホルモンも美味しい。
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うるま御殿で昼食をとる。沖縄料理と島唄の店として著名である。
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沖縄民謡の練習をされていた。聞き惚れていた。
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沖縄そば定食、これでたったの500円。しかも沖縄の音楽を聴きながら。絶対お薦めです。うるま御殿では、三線を教えてくださるそうだ。また、夜の8時と9時半から民謡ショーが行われる。店に入りきれないくらい人気がある。
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これから、やなせななさんのコンサートを聴きに行く。

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2013年10月18日 (金)

鶴橋から心斎橋へ

友人と会う約束があり、待ち合わせの時間までだいぶ時間があったので、大阪市内を歩いた。

鶴橋の環状線の高架下やその周辺には、在日韓国人の店が多くある。キムチやチジミの他、伝統衣装や日常品などいろんな物を売っている。

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その東側には、魚や野菜の市場がある。
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鶴橋駅周辺には焼き肉店が並んでいる。
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国立文楽劇場

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道頓堀の水掛不動
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道頓堀には派手な看板が目白押しに並んでいる。
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心斎橋近くに、明治創業の料理屋やレストランがあった。
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アメリカ村ではのっぽの街灯のデザインが気に入った。
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膝が完治して、また長い距離を歩くようになった。

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2013年10月13日 (日)

紀州御坊を訪ねて

JR西日本1日乗り放題(鉄道の日記念)を使って、紀州御坊まで行く。和歌山を過ぎれば、海が見える。

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御坊駅で乗り換え、道成寺まで行く。
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道成寺は能や歌舞伎で有名な「安珍清姫伝説」の舞台となっている寺である。
能「道成寺」の乱拍子は石段62段を上る姿を表すという。
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道成寺七不思議があり、この石段は左右の土手が逆八の字になり、下からは短めに上からは長めに見える。おもてなしの心が込められている。

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本堂・ご本尊・門・参道が一直線に並び、仏さまが大切に守ってくださっているという。
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カイヅカイブキ(槙柏)の巨木は、樹齢約600年と推定されている。
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再び御坊まで戻り、紀州鉄道に乗る。

紀州鉄道は、1931年開業し御坊駅と市街地を結ぶ。約2.7キロの日本一短い鉄道である。
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西御坊駅に到着。
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御坊の名前は、この日高別院の寺を中心として発展した寺内町ゆえに名付けられた。

日高別院は1595年に堂宇が建立された。真宗寺院としては、紀州最大の規模を持つ。
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大公孫樹(胸高の幹周り約4.6m、寿公約18m、推定樹齢約400年)
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このお寺を中心として、紀州街道沿いに古い町並みがある。「大正のロマンが息づく町並み」と称されている。

東町は、御坊の中で最も歴史的な建物が残る通りである。江戸末期から明治前期の商家、大正期の作り酒屋の蔵や店舗などが現存する。

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私のうちもかって金物屋をしていて、この店を見て我が家に帰ってきたような錯覚を覚えた。
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大正は知らないけれど、私の幼少の頃どこでもあった、古い町並みが今でも残っていた。。
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新町にも古い町並みがある。道幅が広く回船業を営んだ屋敷や、金山寺味噌の商家、ベンガラが際立つ醤油の商家などがある。
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明治時代のレンガ壁。
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かっての紡績工場のレンガ壁。
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また紀州鉄道に乗る。途中には、「学問」駅がある。ここの「学問」駅のお守り切符は、縁起がいいと評判である。
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御坊駅に着く。
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早生ミカンが安いので、土産にする。

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2013年10月12日 (土)

岸和田のだんじり祭り

岸和田のだんじり祭りには海側で行われる9月祭礼と、山側で行われれる10月祭礼がある。9月祭礼は60万人の人たちが見学に来る有名なものであるが、10月祭礼は地域密着型で、こちらの方が風情があるのではないかと思う。

東岸和田駅周辺では11町が曳行していた。

何と言っても気持ちが高ぶるのは、やりまわしである。やりまわしは、だんじりを曳く数百人が息を合わせて、曲がり角を高速で駆け抜ける。屋根を飛び移るのを見ると、ほんまに興奮してしまい、かっこいいナーと拍手を送ってしまう。

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だんじりの彫り物も、細かい細工がなされて、ほんまにすごい!!
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久米田駅前に移動する。この八木地区では、13町が曳行していた。
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曳行を終えただんじりが、我が町に帰るために、踏切を渡っていた。
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岸和田のだんじりは地域で一体となり創り上げるもので、実に迫力があり、大好きな祭だ。

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2013年10月11日 (金)

陶芸作品(10月)

10月焼き上がった陶芸作品。今回は数が多い。今、少しやる気になっているのかもしれない。ぐい飲み、湯飲み、茶碗類が多い。

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格好良く撮そうとしたのだが、作品そのものが拙いので、やはり限度がある。
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さまざまな釉薬を使ったので、どれかは気に入ってもらえるかも・・・・・・・?

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陶芸修行

毎週1回は陶芸のために、当尾を訪ねる。修行と名付けているが、格好を付けているだけで、それほどたいしたことをしているわけではない。

秋が深まりつつある。

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作業小屋の裏には畑があり、草抜きをした。こぼれ種の紫蘇が植わっている。
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レモンやゆずをいただく。
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銀杏もいただく。においは独特であった。
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カキもいただく。ただ、樹が高すぎて、採るのがやっかい。
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陶芸窯は表面はさびているが、新品同様である。
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今日作った作品を並べてみた。
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歩いて帰る。藪の中三尊はいつ見ても柔和なお顔である。
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2013年10月 5日 (土)

美作国を訪ねて(勝山)

津山から姫新線に乗り、中国勝山へ。

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行ってみたい、歩いてみたい日本の百選、「遊歩百選の町」の一つである。岡山県下で最初に、町並み保存地区に指定された。
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家々の前には、その家の仕事を表す暖簾が掲げられている。
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川柳を掲げる家もあった。
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明徳寺(永源寺開祖である円応禅師の誕生の記念寺)

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近くの家庭庭園の花*花
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酒蔵を訪ねて、ミニコップに一杯100円の貴重な酒を飲ませて頂いた。
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木材ふれあい会館を訪ねる。
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旭川に沿って、街道が走っている。
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高瀬舟発着場跡
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19日・20日には、勇壮な勝山喧嘩だんじりが行われる。だんじり同士をぶつけ合う、たいへん危険な祭である。一度見に来たいものだ。
姫新線で新見まで行く。
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新見から伯備線で岡山まで行く。
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沿線の高梁川では、鮎を捕る大きな網が見えた。
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鈍行列車の旅は、本当に心が落ち着く。

その後、岡山に帰り、高速バスで大阪へ。そこから関西線で加茂へ。

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美作国を訪ねて(津山)

美作国建国1300年きっぷを使って、美作を漂泊した。美作国は、備前国から分かれて1300年たつ。

岡山駅舎にも美作切符の宣伝がしてあった。あいにくの雨(ノ_-。)

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津山線に乗り、津山駅に行く。NARUTOーナルトー列車のラッピング列車が止まっていた。
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カッパが出迎えてくれた。
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津山城に上る。1603年に森蘭丸の弟にあたる森忠政が吉井川と宮川の合流点を見下ろす小高い「鶴山」に築城した。

本丸を囲むように二の丸・三の丸が配置され、石積みは高さ約45メートルある。江戸時代の終焉後に城は取り壊された。現在は備中櫓が復元されている。
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城東町並み保存地区を歩く。格子戸・なまこ壁といった城下町らしい風情がある。雨で全く人影がなかった。

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秋祭りでひかれるだんじりが展示されている。400年の歴史を誇る勇壮な祭を見たいものだ。
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幕末の洋学者、箕作阮甫の旧宅もある。
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2013年10月 4日 (金)

岡山禁酒會舘マンスリーライブ

岡山禁酒會舘マンスリーライブ LIVE=LIFE VOL.152「クリスタルヴォイスで繊細な世界を・・・山本幹子さんをゲストにお招きして」に参加した。

岡山禁酒會舘に夕刻着き、木造りの階段を上がるときには俗世間から完全に離れて、心がワクワクする。少年時代の頃に戻ったような気持ちになる。

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OZAKI UNITは、和やかな雰囲気の中に音楽に寄せる情熱が包まれている。尾崎さんの伸びのある澄明な声はいつ聴いても心振るわしてくれ、何よりも好きなのは、その歌の中に流れる揺るぎない信念といおうか情念のようなものである。「川は忘れない」(大逆事件の冤罪)、「ナナカマド」(反原発)そして、新しいCD「われここにあり」の中の「葦の声」(足尾鉱毒事件)の底流にある、権力側に対峙して生きる民衆の側に根ざした生き方を考えさせてくれる。
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今回間近でお聴きして、やはり黒瀬さんのギターテクニックは抜群であり、そのセンスはプロ級であるとつくづく思った。渡部さんのパーカションと大谷さんのキーボードと相まって、尾崎さんの歌に、彼方に広がる豊かなイメージを付与されていると思った。
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定番の「小さな館」「木は立っている」の他に、今回初めて「今はワルツを」「お母ちゃんの手」「ホープレス」の歌を拝聴した。筋ジスで苦しみながらも精一杯生きている渡辺さんの母の手に焦点を当てた作品で、やはりこれは尾崎さんんが言われたように涙が自然に溢れてしまうような歌であった。
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鳥取の鹿野町の武部仁さんが「「自分の感受性くらい」の歌を歌われた。中津川の酒屋でのコンサートでお目にかかって以来で、民宿では遅くまで一緒に歌を歌ったことが懐かしく思い出された。あのコンサートでは「活性化音頭」をおもしろおかしく歌われていた。
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今日は、武部さんの別な一面を見せて頂いた。魂の叫びのようで、思いがほとばしるような歌われ方で、自分の感受性を何よりも大切にするようにとメッセージが伝わった。すばらしい土着のフォークシンガーである。また別の歌を聴かせていただきたく思います。
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いよいよ待ちに待った山本幹子さん登場!!

以前に禁酒會舘で「ウナモナド」のCDを買い、山本さんの「遠まわり」の詩、「三途の川の舟こぎ歌」の曲などで、ナマでぜひともお聴きしたいと願っていた。
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「真夜中のギター」ではじまり、2曲目からはオリジナル曲「高野川」を情感豊かに歌われ、京都洛北の情景が広がった。「ウクレレハワイアン」「ヘビイチゴの歌」はウクレレを弾きながらハピーに歌われて、音楽に合わせて身体が揺れているのを感じた。
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「ぱるふぁん」「イカリング揚げた」「頭痛のアンニュイ」はそれぞれ、におい・怒り・頭痛といったあまり歌には詠まれない題材をテーマにして、それぞれのテーマにマッチした曲を付けられていた。音のみならず言葉にも、真摯にそしてユーモラスに向かっておられるシンガーだなと思った。メジャーのプロミュージシャンは全く好きではないけれど、山本さんの音楽なら長らく愛聴できるような気がした。日常の何気ない生活の中から生み出される詩と曲は、これこそ真のフォークではないかとつくづく思った。
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「カンオケノ穴(韓国語バージョンも)」「三途の川の舟こぎ歌」は笠木透さんが詩を作られた。普通死というものはあまり歌のテーマにならないのだが、笠木さんらしい着想で面白かった。重々しくない曲を付けられ、これやったら死も楽しそうだなと変なことをつい考えてしまった。「自由」「やさしい風」「ひとつだけ」の歌はこれまでの曲とは違い、山本さんのメッセージが込められており、個人的には最も好きな部類だった。特に、「やさしい風」は純粋無垢な少年を温かく見つめておられる眼差しが、とても共感できた。子どもは「自然により近い人間」なのだから、大人の私たちの方が教えられ守られるべきなのでしょう。「ひとつだけ」をお聴きしながら、東日本大震災後に音楽がどのように人生と関わっていったらいいのか、誠実に模索されている山本さんの生き方に、真の音楽家を見出すことができた。尾崎さんの言われるように「真摯に音楽に向き合っている山本幹子さんの現在(いま)」という評が分かるような気がした。

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「ライフスタイル」は猫好きな人にとっては最高ですね。そしてアンコール曲の「木が一本あれば」は、鼻歌としてつい歌ってしまいそうな、軽いけれども後まで残る曲でした。このような歌こそ、名もなき民の間にいつまでも歌い継がれていく名曲だと思いました。ラストは、「Dear songs」で、「自分の心を表わす」歌たちへの愛おしさが感じられました。
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山本幹子さんのHPを拝見しました。コラムも載っており、音楽や人生などへの率直な思いが書き連ねられていました。「いろんな自分がいる。ほぼ多重人格的な意味で。」「自己矛盾を起こすなんて、生きてれば当然だと思う」全く同感します!「これは自分自身だと言える作品作りに向かって歩いてみたい」日常の生活の中で自分を見つめ自分と対話して、歌を作っておられる山本さんの音楽を、「私小説風フォーク」と私はかってに名付けました。
11月17日(日)に京都岡崎のNAM・HALLで「はなうたライブ」があります。ぜひ行かせて頂こうと思っています。
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「やまみちゃんのはなうた」のCDにサインをして頂きました。ありがとうございました!!
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「われここにあり」のCDも買いました。田中正造没後100年ということで、民衆の側に立って歌作りをされる笠木さんと雑花塾に敬意を表したいと思います。それにしても、100年前と現在、日本の差別構造があまり変わっていないことに愕然とします。名もなき民衆は、権力の不正に対してもっと怒るべきです。
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新庄村の「てけてく」の石窯パンを買い、土産にしました。この「てけてく」のパンは、素朴な見かけではありますが、かみしめると実に美味しいです。

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絵手紙講習会

全国退職教職員生きがい支援協会主催による「絵手紙講習会」が、アウイーナ大阪で行われた。講師は、日本美術家連盟会員で御所市文化協会会長の田仲敦三先生である。最初に絵手紙を書くコツを教授された。「説明ではなく感動をシンプルに書く。」「よく観察し特長を活かす。」「精密に書くより、オーバーな表現。」頭では分かるのだが、実際に書き始めるとそう簡単ではないことが分かった。

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「下手も絵のうち」と先生が言われたことを励みに、何枚か書いた。しかし、下手すぎて到底「絵」とは言えない代物だった。
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田仲先生は褒めるのがお上手であり、私の書いたような下手な絵も、一応どこかを「良いですねえ」と褒めてくださった。特に、下の「カメラ」の絵は評価してくださった。気恥ずかしい気がしたが、甘えることにした。

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「テクニックは毎日描けば付いてくる。」と田仲先生が強調されていたので、不器用ではあるが、できるだけ続けようと思う。

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