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2013年12月

2013年12月30日 (月)

因島・生口島

老母と一緒に、避寒と買い出しを兼ねて、しまなみ海道を通り、因島に行く。

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因島はハッサクの発祥の地だ。
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近辺の島へフェリーが行く。
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正月用の魚を買う。
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生口島へ渡る。
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瀬戸田の耕山寺参道の珍味屋さんで、デベラや魚介類の珍味を買う。ミカンをただで二袋も頂いた。知人から貰い、食べきれないからということであった。親切な店主に感謝する。
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この肉屋さんのコロッケは有名で、何度もマスコミが取材に来ている。確かにおいしい!!
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91歳の老母も、ゆっくりできたようだ。

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2013年12月29日 (日)

光の海

箱崎を早朝発ち、小倉を過ぎ、下関を経る。青春18切符を使う。

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周防灘
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祝島?

祝島の多くの人たちは、上関原発設置に反対されている。海と共にある祝島に、ぜひ行きたい。我夢土下座のメンバーは、若いときに祝島に行かれ、島人と共に反対運動をされていたと聞いたことがある。

光市には、凪の座のフォークグループがある。昨年四十周年リサイタルがあり、参加して感動を受けたことをありありと思い出した。
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周防大島
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安芸灘   宮島が見えてきた。
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しまなみ海道   因島大橋

山陽線では、三原と尾道の間の海岸線が特に好きだ。
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8時間あまりで、ようやく故郷の駅に降り立つ。

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2013年12月28日 (土)

有田探訪

青春18切符を使い、長崎から大村線に乗る。穏やかな大村湾を見ながら、やがてハウステンボスへ。

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早岐駅で、佐世保線に乗り換える。有田駅で下車。有田焼は、人間国宝の井上萬二さんや酒井田柿右衛門さんで知られていて、数年前にも訪ねたことがある。有田内山伝統的建造物保存地区の古い町並みを歩いた。和風建築のみならず洋風建築もあり、江戸後期から明治大正昭和にいたるまで、歴史を証明するような多彩な建物が並んでいた。店頭に飾られている有田焼の作品は何れも秀作揃いで、陶芸をかじっている小生はとても刺激を受けた。

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陶山神社には磁気製の大鳥居や狛犬などがあり、陶芸の町らしくて面白かった。

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トンバイ(登り窯を築くために用いた耐火レンガの廃材)を使った塀も風情があった。
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樹齢800年の大公孫樹
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楠と榎木の連理木

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周辺には、福を呼ぶフクロウが多く置かれていた。

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上有田から吉野ヶ里へと行く。
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吉野ヶ里遺跡では、弥生時代のすべての時期の遺構・遺物が発見された。学術的に価値の高い遺蹟で、弥生後期を復元している。

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鳥栖で乗り換える。今日の宿泊場所の博多近くの箱崎まで行く。

箱崎宮に寄り、ホテルへ。

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明日は、故郷の備後まで青春18切符で行く。

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2013年12月27日 (金)

長崎探訪その2

グラバー園を訪ねる。

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旧グラバー邸や旧オルト邸など、幕末期や明治時代の洋館が建ち並んでいる。
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グラバー園から長崎港を眺める。

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旧三菱第2ドックハウス(明治29年建築)
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洋館と海の組み合わせはステキだ。

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長崎伝統芸能館には、長崎くんちの祭りに因むものが多く展示されている。

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大浦天主堂を訪ねる。日本最古のゴシック様式の教会である。
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オランダ阪を登り、東山手を訪ねる。

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東山手十二番館(1868年にロシア領事館として建築された。)
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東山手の町並み保存地域を歩く。

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孔子廟
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南山手の町並み保存地域を歩く。

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ホテルで頂いた、長崎風の肉まんが美味だった。

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長崎探訪その1

青春18切符を使い、熊本から長崎に行く。浦上駅で下車。

長崎原爆資料館を訪ねる。

1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾が投下された。当時長崎市人口は約24万人であった。原爆による死者は約7万3000人で、負傷者も」約74000人であった。そのうち、約7割が子どもや女性、老人であったことはたいへん痛ましい。遺品や被爆の惨状を示す写真などが展示してある。

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永井隆博士は被曝後半年間喪に服し、「平和」と「復興」を祈りの中で求め続けた。

「如己愛人」-人はともすればこの掟を忘れがちだ。永井隆博士は自分たちの住む家を「如己堂」と名付けた。

「平和を-平和を祈るものは、針一本隠し持ってはならぬ。武器を持っていれば、平和を祈る資格はない。」安倍首相に読んで欲しい言葉だ。積極的平和主義などあるはずがない。
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核弾頭保有している国は、平和を語る資格はない。
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ノーモア 長崎!!

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「ノーモア 長崎」「ノーモア 長崎」と唱えながら、平和公園を歩いた。
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平和祈念像(右手は原爆の脅威を表し、左手は世界平和を表すという。)
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浦上天主堂を訪ねる。(「祈りの城」として作られたロマネスク様式の大聖堂。)

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「女の都入り口」標示のバスが走っていた。
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市電に乗り、出島に行く。
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出島(鎖国時代、西洋に開かれた唯一の窓口だった。)

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2013年12月26日 (木)

水前寺界隈探訪

豊肥線で水前寺まで帰り、水前寺界隈を散策する。

後藤是山記念館(生涯一記者として新聞人として活躍した)

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ジェーンズ邸(熊本洋学校教師の住まい)日本赤十字社の発祥の地でもある。
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夏目漱石旧居
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「星の王子様」の翻訳者である、内藤濯の文学碑(いづこかに かすむ宵なり ほのぼのと 星の王子の 影とかたちと)
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芭蕉の原生林があり、異郷に来たかと錯覚した。
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江津湖(阿蘇の伏流水が、一日約40万トンもわき出す。貴重な野生生物の宝庫である)
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カワセミを見つけた。残念ながら、私の望遠レンズではここまでが限界。
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カワセミの他にも、野鳥が数多くいた。
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魚と鳥が戯れていた。熊本は水の都であることを実感した。

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阿蘇探訪

阿蘇山に行く予定だったが、みぞれの降る悪天候のため、急遽変更する。

水前寺から豊肥線に乗る。

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阿蘇外輪山の切れ目を抜ける入り口にあるのが、立野駅。標高170mの瀬田駅から標高277mの立野駅まで急勾配を登り、そこから更に標高465mの赤水駅まで、約190mをスイッチバックで登る。三段式(Z型)スイッチバックとしては日本最大のものである。
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阿蘇駅の駅長舎
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宮地駅で下車する。

阿蘇神社にお参りする。二千余年の歴史を持つという。大楼門は江戸末期に再建されたもので、二層楼山形式で、高さは21mある。二階作りの楼門は珍しい。

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一の宮町は阿蘇山からの地下水が噴出する、清泉の町である。阿蘇神社前の清水は、不老長寿の水として知られる。
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町のあちこちには湧水が溢れ、水基(みずき)と呼ばれる水飲み場が二十あまりある。それぞれの水基には、「金運の泉」「「語らいの雫」「龍命泉」などのユニークな名前が付けられている。
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清水のあるところには、美味しい豆腐あり。

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豊肥線に乗り、また水前寺まで帰る。

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2013年12月25日 (水)

熊本探訪

年末に早めに休みを取り、九州に行く。いつもは新幹線に乗ることはないのだが、キャンペーン中で安いし、日程が限られているので利用する。

さくら547号(新大阪8:07発 熊本11:21着 12500円)

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熊本駅に到着。

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周辺を歩く。

おてもやん!

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北岡神社の樹齢約1000年の大楠は、参道両脇に一対でそびえている。この楠の意仇を潜り参拝すると、遼遠に恵まれ、願い事が叶うという。
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熊本駅から市電に乗る。

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水前寺公園を訪ねる。

水前寺成趣園は桃山時代の優美な回遊式庭園である。東海道五十三次を模した風情で、阿蘇山の清冽な伏流水の作り出す池が美しかった。細川家三代が約80年をかけて作ったという。
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熊本城へ行く。

熊本城は日本三名城の一つである。1607年に加藤清正が7年をかけて築城した。城内に大天守と小天守、49の櫓、18の櫓門、29の城門を備えた威風堂々たる威容を誇る。加藤家の改易後、約240年間にわたり細川家の居城となった。Rimg_4206_rRimg_4203_rRimg_4207_r

大天守から阿蘇山と九重山が遠望できた。

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大公孫樹の背後にあるのは、本丸御殿。1877年の西南戦争で焼失したが、2008年に復元工事が完成した。

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花畑公園にある、樹齢約700年のクスノキ。

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本妙寺を訪ねる。本妙寺は、加藤家の菩提寺で日蓮宗の名刹である。
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「胸つきガンギ」と呼ばれる急勾配の石段を登る。
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浄池廟は清正を祀る。
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境内から熊本城を遠望した。
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すっかり日が暮れた。

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2013年12月15日 (日)

中嶌哲演講演会

中嶌哲演講演会が大阪市の港区民センターで開かれた。

「フクシマと結ぶ音の力 いのちの言葉」という大きなテーマがあり、その中のメインとしてこの講演が行われた。

司会は、浪速の歌う巨人パギやン、趙博(ちょうぱく)さんである。

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中嶌哲演さんは小浜市の明通寺の住職である。原発設置反対小浜市民の会の代表として40年近く活動されて、原発設置を阻止された。その運動の歴史をつぶさに語られた。苦労もあっただろうに、実に楽しげにいきいきとお話しになった。活動を自ら楽しむこと、これが大事なことだろう。それと、絶対に譲れないという信念の強さも教えられた。

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「はとぽっぽ通信」を毎月出されている。12月号に中嶌哲演さんは次のことを書いておられる。

「倫理的責任について言えば、立地地元の子孫へのそれだけでなく、立地地元へ差別と犠牲を強いてきた広大な消費地元のそれ、被曝労働者や被曝災害弱者の子どもたちへのそれ、さらには全環境・生命の放射能汚染・被曝へのそれも、厳しく問い直されていくべきだろう。また、再稼働ゼロの決断さえできれば、再稼働阻止後の展望や施策も必ず具体化されるであろう。」

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第2部は、「原発あかん・橋下いらん・弾圧やめて!」というテーマで行われた。

笑福亭竹林さんの落語は、話の内容はもちろん顔の表情を見ているだけで楽しかった。庶民の味方である。

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モジモジ先生(下地真樹さん)の特別報告「反弾圧と反被曝の現在」

瓦礫処理について意見を言い、大阪駅を歩いていただけで不法に逮捕されるという弾圧に対して、権力の横暴に反撃しなければならないと力強く語られた。大学の先生にも、下地さんのような自分の頭で考える人が増えていって欲しい。

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三春町斉藤里内団地の自治会長、松本操さんの特別報告

仮設住宅の周辺に、手作りの花壇を作られておられる。住民は心の潤いを求めておられる。野菜送付や趙博さん歌などの支援に、たいへん感謝されていた。
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西谷文和さんの特別報告「ややこしい男、トオルちゃん 騙しのテクニック 解剖します」

シラクから帰られたばかりで時差ぼけがあったはずなのに、時にはユーモアを交えてスピーチされた。庶民を分断することにより富裕層に利を与えるというハシモトの騙しのテクニックを分析されていた。西谷さんは、権力に迎合しない、真のジャーナリストである。
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グループZAZA 「日の丸君が代」強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワークよりアピール

「大阪の国旗国歌条例は憲法違反であり、思想良心の自由と信教の自由を侵している。この条例に基づく職務命令は無効です。」支援学校の教師である奥野さんは、日の丸君が代強制は憲法違反であると、大阪地裁に提訴された。私の知人も、ZAZAの会に所属している。皆さんの支援をお願いしたい!!

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「反原発抵抗歌」 はちようび
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パギやンと共に、「民衆の歌」をみんなでうたう。

「歌が聞こえる 幾千万の怒り 原発は要らない 叫びの歌 胸の鼓動が 太鼓と響き合えば 新しいいのち 夜明けが来る」
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15時半から4時間が経過していたが、盛り沢山のプログラムで「あっという間に」終わったという感じだった。

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2013年12月14日 (土)

木村俊夫講演会

京田辺市のキララホールで、「原発は、津波が来る前に壊れていた!」と題する講演会に参加した。講師は、東電の元技術者の木村俊夫さんである。

木村俊夫さんは、2013年9月の朝日新聞「プロテウスの罠」の「追いかける男」の連載記事で注目を浴びておられる方である。

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東電の「安全上重要な機能を有する主要な施設は、地震時及び」地震直後において安全機能を保持できる状態にあったものと考えられる」という2012年の東電報告に対して、木村俊夫氏は多くのデータに基づき疑義を唱える。

「地震発生1分30秒前後から、この安全機能が喪失している可能性が高まった。具体的には、原子炉圧力容器に接続されている配管の破損である。この配管破損により、原子炉冷却材が漏洩し、本来有るべき炉心内の自然循環の流れを止め、さらに炉心内冷却材の流れを約方向に変えた。この現象は、非常用復水器からの冷却水による炉心冷却効果をも停止させた。自然循環冷却停止は、自己を重大化させ、なおかつ事故進展のスピードを加速させた要因と言える。」
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専門的なお話で少しわかりかねるところがあったが、福島第一で炉心の設計・管理に12年間も携わってこられた方だけに、非常に説得力があった。
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東電は今もなおデータを出し惜しみして、津波で壊れたということを主張する。「生データが見たい。東電は生データを全部出すべきだ。」と木村さんは強調された。

木村さんは現在土佐清水で豊かな自然の中で、殆ど電気を使わない生活をしておられる。農業での自給自足の生活を目指しておられる。

下の写真のような、売買型ではない独立型の太陽光発電システム(ソーラーパネルで発電し、蓄電池で電力を蓄える方式)を提案しておられる。
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木村さんは、今できることから初めて欲しいと言われる。人が年間使うエネルギー量は7000Kwhで、月では580Kwhである。電気ポットを一日6時間1ヶ月使用すると、126Kwh消費する。このような無駄な浪費をしている。湯を沸かした後に魔法瓶に入れて保温するだけで、3割減の節電になる。このような身の回りから節電に努めて欲しいと言われた。

私の家も身の回りから節電を心がけたい。
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現代人は電気に頼りすぎで、電気がないと生きていけないと思い込まされている。もちろん電気にしかできないことは電気に頼ればいいが、少しでも電気に頼らない生活に改めていくしか脱原発の道はないのではないか、と木村さんは主張される。全く同感であり、私もできることから実践していきたい。

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近くの市場

みかの原で、毎月2回市が立つ。恭仁京跡すぐ近くで、地元の新鮮な野菜や手作りの餅やパンなどが売られている。東京の孫たちに送る為に買いに来た。9時から始まるが、もう人が何人も来ていた。

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野菜が少し足りないので、当尾の方へ回る。ここは無人販売所。

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また別な無人販売所。
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ピーナツは100円、小豆は450円。これで餡を作ったら美味しいだろうな。

この後、陶芸の修行に行く。

先日焼いた主人の作品が、窯の前に置かれていた。かたちも色もすべてが優れている。ここまで私は到達できるだろうか。

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近くの野山はもう冬景色。
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銀杏の葉もすっかり落ちた。
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ハッサクとレモンを頂く。
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2013年12月13日 (金)

陶芸作品(12月)

11月から12月の初旬に作った作品です。今回は意識的に明るい色の釉薬を使ってみた。これやったら、孫にも使ってもらえるだろうか。

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最近、徳利を作るようになった。酒が美味しくなるような酒器を作りたいものだ。
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まだまだ未熟な作品ばかりである。

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2013年12月 8日 (日)

ゆう楽会作品展

ゆう楽会作品展を天理市まで見に行った。愛読している雑誌『うずみ火』に紹介されていた。

山の麓を、山の辺の道が通っている。

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ゆう楽会は聴力障がい者の生きがいとして、ろう者と共生して設立された。「創造と友情」を大切にして8年目を迎える。「夢をデッサンして、夢に向かってひたすら走って」おられる。
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今年のテーマは、「新たにシニアの友人との交流そして新たな挑戦」である。写真は、総括責任者の田川進先生。退職後陶芸を始められたという。とても気さくな、心配りをなさる人である。
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田川先生は殆ど独学で陶芸をされていて、そのかたちやデザイン、色づかいなど、今まで見たことがないようなものばかりであった。その奇抜な発想や独創的な意匠には驚嘆した。陶芸の道を歩みつつある私は、大いに刺激を受けた。
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仲間の作品も展示してあった。
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作業部屋にはなんと囲炉裏があった。囲炉裏でお酒をちびちびしながら作るのも楽しいだろう。

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周囲の棚には作品が並べてある。
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主に電気釜で焼かれるという。
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田川先生は写真もされていて、素晴らしい作品が展示してあった。展覧会によく応募されているという。

「ありがとう ありがとう」スロー写真大賞受賞作品
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「どいて わたしの番よ」
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目の保養をしてすっかり楽しんで、万葉まほろば線(桜井線)の電車に揺られて帰った。

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2013年12月 7日 (土)

もんじゅを廃炉へ!全国集会

もんじゅを廃炉へ!全国集会が敦賀で行われ、参加した。原子力発電に反対する福井県民会議や原水爆禁止日本国民会議、原子力情報室などが主催している。

もんじゅにはこれまで1兆円以上の予算が投じられたが、実用化の見通しは全く立っていない。停止していても、その維持費として年間200億円かかる。

小雨の中、敦賀駅前から主催者の用意したバスに乗る。

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敦賀湾
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水晶浜は名前のとおり美しい砂浜だった。隣席の京都の人が、小さい頃ここに泳ぎに来ていた、それはとてもきれいな海だったと回想されていた。
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しかし、その先に不気味な建物が見えてきた。これが美浜原子力発電。

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そこを過ぎ、警察が白木トンネルの手前で厳重な検問をしていた。警備艇やヘリコプターも飛んでいた。我々が何かするとでも思ってるのだろうか。非暴力の民主的な人たちですよ。
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白木漁港の向こうに、異様な建物が見えてきた。これが、なんじゃもんじゃではなく、もんじゅ。
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全国から、何台もバスが来ていた。
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もんじゅの見える砂浜で、集会が行われた。参加者は約1000人。
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小浜の明通寺の住職、中嶌哲演さんがいのちを蔑ろにする欠陥だらけのこの原発に、「もんじゅ」と名前を付けたことに仏教者として憤りを感じると述べられた。日本政府はプルトニウムを持つことにより核開発を進めたい意向だが、長崎に落とされたプルトニウム原爆のことをどのように考えるのかと、中嶌さんは強く抗議されていた。『隠して核武装する日本』の本を紹介されていた。もんじゅは核兵器プルトニウムを作る原子炉として政府は存続させたいようだが、絶対に阻止しなければならない。
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ストップ・ザ・もんじゅの代表が「原発再稼働に反対する世論と、安倍政権の姿勢はねじれている。今こそ、もんじゅを廃炉にする運動を強めていこう」とアピールされた。、
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子どもたちが砂浜で遊んでいた。子どもたちのためにも、絶対にもんじゅは廃炉にしなくてはならない。

ムリ・ムダ・危険なもんじゅは廃炉しかない。プルトニウムの危険、ナトリウムの危険、炉心崩壊事故の危険、地震に弱い原発など、もんじゅには数々の危険がある。

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もんじゅ原発のゲート前までデモをする。「福島を忘れるな!」「住民のいのちを危険にさらすね!」「もんじゅが廃炉になるまで闘うぞ!」などと、シュプレヒコールを上げながら歩いた。

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ゲート前で、中嶌哲演さんさんが原子力機構の青木課長に要請文を手渡した。

要請文の一部

「もんじゅには1400キロのプルトニウムと1700トンのナトリウムがあり、止まっていても安心できません。一刻も早くもんじゅの廃炉を決断し、高速増殖炉開発計画から撤退することを強く求めます。」
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また、白木浜までデモをしながら帰る。
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敦賀に帰り、プラザ萬象で集会がある。

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①「もんじゅの現状と今後の闘いについて」 水上さん (原子力発電に反対する福井県民会議)

「1995年12月ナトリウム火災事故を起こして停止、2010年に3トンもの炉内中継装置を落下させて再び停止し、2012年に13000件もの機器の点検漏れが発覚、原子力規制委員会はもんじゅの再開準備の停止を命じました。しかし、文科省は今年8月8日に、組織と名称を変えて、もんじゅの研究開発を継続すると発表しました。」
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②「もんじゅ廃炉へ、再稼働を止めよう」 鎌田慧さん (ルポライター)

「六ヶ所再処理工場の先行きも見えず、ましてや第二再処理工場も頓挫し、さらにプルサーマル計画も破綻する中で、核燃料サイクル政策そのものを推進すること自体が不可能になり、もんじゅを進める大義名分のかけらもありません。」
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③「隠されてきた活断層」 武本和幸さん (柏崎刈羽原発反対地元三団体)
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④「エネルギー基本計画ともんじゅ」 伴英幸さん (原子力資料情報室)
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⑤「もんじゅと防災計画」 末田一秀さん (反原発運動全国連絡会)
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小雨の中、市内をデモする。
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デモが終わり、湖西線・奈良線・関西線に乗り、加茂まで帰る。

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2013年12月 1日 (日)

NO NUKES えひめ

NO NUKES えひめ「福島を忘れない! 伊方を稼働させない!」に参加した。NO NUKESえひめ 弾丸日帰りツアーを、バイバイ原発京都の有志が企画した。京都駅前でのキンカン行動に参加されている方が中心である。私は殆ど参加できていないけれど、今回の行動には早くから賛同して参加しようと考えていた。

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始発の5時23分に乗り、京都駅に着いたのは6時10分頃。50人の参加があり、バス車内でみんな自己紹介をする。この企画の中心である白塚さんは、実にエネルギッシュで楽しい人である。

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米澤さんが自己の半世紀を1時間近く語られた。特に印象的だったのは、広島原爆のことで、妹たちと必死に逃げた地獄絵のすさまじさを語られた。放射能の怖さを知っておられるだけに、原発にも猛反対されている。
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瀬戸内海が見えた。
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松山市の城山公園に、11時半頃に到着。右翼の街宣車が数台来ていて、物々しい警戒ぶりである。
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全国各地からのバスが、何台もとまっていた。
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京都チームの垂れ幕
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関大の学生たちの垂れ幕
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主催社の発表によると、8000人の参加者。
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ステージでは、ミサオ・レッドウルフさんたちが東京の官邸前で行っている反原発コールをされていた。さすが迫力が違う!

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伊方原発を止める会事務局長の草薙さんが開会挨拶。
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鎌田慧(ジャーナリスト)さんのスピーチ
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亀山ののこ(写真家)さんのスピーチ
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広瀬隆(作家)さんのスピーチの頃から、雨が激しく降り出した。愛媛の人がブルーシートを屋根代わりにしていたところへ、温かく入れて頂いた。
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秋山豊寛(元宇宙飛行士)さんのスピーチ
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衆議院議員 吉川元  笠井亮 さんのスピーチ

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松浦 優さんの歌
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三宅洋平さんの歌
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山本太郎さんのスピーチ

特定秘密保護法案に反対の意思表示を今こそしなければ、戦争のできる危険な国になると熱く語られた。
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伊方原発運転差し止め訴訟原告団の須藤昭夫さんがスピーチされた。閉鎖性水域の瀬戸内海は、事故が起こると死の海になるので、廃炉にするしかないとアピールされた。全く同感である。
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伊方原発近くの八幡浜から、原発から子どもを守る女の会の斉間淳子さんが「放射性物質を子孫に押しつけてはならない」とアピールされた。全く同感である。
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12.1「NO NUKESえひめ」集会決議の一部

「一刻も早く原発から脱却して、安心できる社会を目指しましょう。私たちは決してあきらめません。全国津々浦々の人々とともに、伊方をはじめすべての原発の再稼働を許さず、廃炉に向けて手を取り合って行動していくことを表明致します。」

手作りの横断幕や旗

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これからデモに出発
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いつものデモは車道を通るのであるが、なんと歩道を通らされる。そういう申請をされたのだろうか。
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県庁前は物々しい警戒ぶり。非暴力不服従でみんなやっているのに・・・・・。
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最後まで京都チームは元気にコールした。太鼓や鉦、オカリナの鳴り物も入り、楽しくコールした。愛媛の人たちに私たちの思いが伝わって欲しい。

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デモが終わり解散して、4時半頃にバスに乗り込む。
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松山城は、NO NUKESえひめの集会をどんなふううに眺めていたであろうか。
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帰りの車中も、有志たちが得意の喉を聞かせてくださった(中にはロシア語でカチューシャの歌も)、これからの行動予定なども連絡された。やはり若者たちが元気だ。

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京都に着いたのは、10時半を回っていた。家に着いたのは12時近くであった。長い一日だったが、とても充実していた。

 

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