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2014年1月

2014年1月31日 (金)

生駒から京終へ

午前中は陶芸をして、午後から生駒へ行く。

生駒市人権教育推進協議会主催による、やなせななさんのコンサート&トークに参加する。副題として「心から心へと伝えられるあいのうた」とあるように、やなせさんは子宮体がんという病魔に襲われて、いかにそれを乗り越えて生きてきたかを語られた。また、現在も「負けないタオル」などの歌を通して東北の支援をされているお話をされた。そして、その話に関連する自作の歌を歌われた。やなせさんは、「歌う尼さん」として「これからも誰かの心に寄り添う歌を歌い続けて」いかれることだろう。生かされている限り精一杯生きていこうとされる、やなせさんの生き方が、歌ににじみ出ていて、心にしみいるような歌ばかりである。

写真撮影は禁止だったので、写真はない。

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近鉄電車に乗り、奈良に帰る。
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玄興寺では明日、節分柴燈護摩会が行われる。
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ならまちを歩いて、京終(きょうばて)まで行く。
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元興寺の小塔院址には水仙が咲いていた。
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奈良町の寺を通り過ぎる。

安養寺(室町時代)
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徳融寺(小説家の保田与重郎の短歌)
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称念寺(江戸初期)
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イゲタ醤油(井上本店)レンガ蔵で、醤油や味噌を造っている。創業は江戸末期という。

お目当ての米麹を買う。これで甘酒を作る。
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再びならまちを通る。音声(おんじょう)館を過ぎる。
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奈良町からくりおもちゃ館に寄る。無料なのがありがたい。奈良大学の先生が研究をされていて、ここに寄贈された。

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鐘うち人形(砂の落下する力を利用して、人形に鐘を撞かせるからくり人形。)

表側
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裏側(箱を回転させると、落ちた砂が元に戻る仕掛けになっている。)
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猫とネズミ(猫の乗った箱のふたを引くと、ネズミが顔をのぞかせる。)
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影絵(障子にさまざまな影を映して楽しむ。酒宴では人が趣向を凝らして演じた)
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さや絵(漆塗りの刀のさやに、ゆがんだ絵が正常なものに映る。)
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もちつきのからくり人形
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お面を被るお猿さん
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江戸末期の町屋を改造した。代々うなぎ屋さんをされていたが、奈良市に寄贈された。
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細川家住宅(19世紀初頭)和蝋燭を製造していた。
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現在も墨を作っている。
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奈良町に来るといろんな発見がある。

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2014年1月26日 (日)

山城町

木津川市民マラソンのスタッフとして、山城町の不動川公園まで行った。

開会式までまだ時間が合ったので、不動川添いを遡り歩く。

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まもなく道が狭くなる。マラソンコースはこの手前の橋を渡る。

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堰堤があったが、川の水は少ない。
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更に川添いに歩き、谷山不動尊に参る。百段以上の石段を上る。
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石仏がおられた。
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谷山不動尊(不動尊磨崖仏 鎌倉中期)
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女陰岩
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地蔵尊磨崖仏(室町後期)
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十一面観音磨崖仏(室町後期)
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谷山地蔵尊
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童子石仏
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不動川公園の方へ引き返す。

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山城町は筍の産地で、筍のモニュメントがあった。
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この不動川公園で、国体のソフトボールが行われた。
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参加者は100名に足らず、少し寂しい。もう少し大くん参加があれば活気があるのに・・・。
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走路担当として一応仕事をした。

時間差でスタート。まず小学生たちが走ってきた!
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次に中学生たちがやって来た。最後に高校生・一般の部。
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表彰式  子どもたちは嬉しそうだった。
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何とか天気がもった。

来年はスタッフではなく、ランナーとして参加しようか?!無理だろうなぁ!

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2014年1月25日 (土)

伏見・深草

午後から龍谷大学で「強制連行と過去責任」という講演会があり、午前中はその周辺を歩く。

JR稲荷駅で下車して、目前の伏見稲荷大社へ参る。2月4日に初午大社があり、それ故か参拝者が多い。

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本殿から稲荷山に上っていく。次第に人が少なくなる。
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京都市南部が展望できた。
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更に上っていく。
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稲荷山頂上(標高233㍍)
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稲荷山を下っていく。山全体が神秘な雰囲気に包まれていた。
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伏見から深草の方へ歩いて行く。

ぬりこべ地蔵尊

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石峰寺

百丈山石峰寺は宝永年間(18世紀初頭)に建立された黄檗宗のお寺である。
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隠れキリシタンの墓?
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本堂の背後の山に、五百羅漢がある。「虚飾のない表情の中に、豊かな人間性と美を秘めている」とパンフにある通り、喜怒哀楽という言葉では到底足りない、羅漢のさまざまな表情があり、見とれてしまった。お薦めの場所である。残念ながら、撮影禁止!!
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五百羅漢の下絵を描いたという、江戸中期の画家である伊藤若沖の墓。
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さらに南下する。

大雲寺にはステキな法語が掲示されていた。自戒しなくてはいけない。
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宝塔寺(日蓮の法孫の日像が室町中期に建立した。)
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七面山に登ると、七面宮がある。
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下山して、京街道を少し歩く。
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聖母学院
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時間が来たので、龍谷大学に行く
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安重根東洋平和センターが龍谷大学にあり、そのセンターの共同研究会が行われた。「強制連行と過去責任-記憶・責任・未来-」というテーマである。

第一部は、法政大学教授の牧野英二氏により、「『近くて遠い国』の間の対話に向けて-日本人の安重根像をめぐって-」という講演があった。

「歴史認識問題や靖国神社参拝により、日本は確実に世界から孤立しています。私はこうした認識のもとで、新たな視点と従来の方法とは異なる立場から、韓国や中国との関係の改善、従軍慰安婦問題や強制連行労働者問題の解決に取り組まなければならないと思います。国内外の被害者・関係者の孤立状態や歴史の忘却の穴から救出する努力が、日韓関係の対話の場をコウチクすることになり、和解や赦しにつながると考えるからです。」

牧野氏は「日本人は歴史意識や過去の歴史への反省や記憶に対する意識が希薄である」という指摘が、実に耳が痛かった。均一性や画一性という日本人の壁を乗り越え、「異質な他者」への理解や対話こそ必要であると思った。本当に素晴らしい講演だった。

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第二部は、シンポジウム「検証 日韓条約は強制連行被害者の請求権まで奪ったのか」があった。
1 「韓国の強制連行被害者を巡る判決の状況について」中田光信氏(日本製鉄元徴用工裁判を支援する会)

2 「改めて問われる西松建設最高裁判決の意義」足立修一氏(中国人強制西松裁判弁護団)

3 「マスコミは日韓条約問題を正しく伝えたか?」湯谷茂樹氏(毎日新聞編集委員)
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討論が盛り上がり、6時を過ぎていた。

「考えること」や「想起すること」が必要であり、そうしなければそれは「忘却されてしまうから」という、牧野氏の紹介されたアーレントの言葉が、いつまでも脳裏に消えなかった。

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2014年1月20日 (月)

名護市民の闘いに連帯する京都緊急行動

京都市で「名護市民の闘いに連帯する 1/18 京都緊急行動」があり参加した。翌日に名護市市長選挙があり、稲嶺進候補を支援するためである。

「沖縄にも京都にも米軍基地は要らない!」という趣旨で、次の4つの大事なポイントがある。

〇辺野古新基地の建設絶対反対!

〇仲井真沖縄県知事による埋め立て認可糾弾!

〇京都の経ヶ岬のXバンドレーダー基地建設反対!

〇1,19 名護市長選勝利で安倍政権の暴走にストップを!

円山公園に行くと、辺野古の海に泳ぐジュゴンがいた。参加者は150名くらいであろうか。

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呼びかけ人の大湾さんや米澤さんたちが、熱情的にスピーチをされた。
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辺野古の美しい海に米軍基地は要らない。魚たちをはじめとする生き物たちの生存を脅かしてはいけない。
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デモのスタート。

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4時過ぎに、京都市役所前で解散する。

京都にXバンドレーダー基地が建設され、米軍160名を駐留させるということは、マスコミはあまり報道しない。高性能レーダーはアメリカ防衛のためであり、日本のためには全く不要である。

若者たちも多く参加していて、たいへん心強かった。

今日はこの後、夕刻より大阪市内で集会があり、時間の調整で祇園界隈を少しだけ歩いた。

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京阪電車で天満橋まで行く。「君が代不起立処分取り消し裁判1.18集会」に参加する。

なお、稲嶺進さんが名護市長選挙に勝利したことは、たいへん喜ばしい。辺野古の海に米軍基地を作らせないために奮闘されるのを、京都の地から大いに応援していきたい。

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2014年1月18日 (土)

田舎暮らし発見☆蕎麦コース

京都府で唯一の村である南山城村で、田舎暮らし発見☆蕎麦コースに参加した。今回が最終回で、今日は蕎麦打ち体験。場所は、標高約170mほどの押原地区のコミュニティーセンターである。

8月下旬の播種から始まり、除草土寄せ、収穫乾燥、脱穀、製粉まで、すべて押原地区の皆様にご指導頂きながら作業を進めた。

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種は5キロで、できた蕎麦粉は約35キロだった。その粉を使い、蕎麦打ちをする。
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きしめんやうどんのような太さもあったが、やはり打ち立ては最高に美味しかった。何杯もお代わりした。

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そば粉を土産にいただきました。

南山城村の押原地区の皆さん、本当にありがとうございました。

帰りに和束町に寄る。この店の手作りハムは実に美味しい!

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地元の猟師の仕留めた猪や鹿を売っている。
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今回はハムだけを買う。また次回に、牡丹鍋をしよう。

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2014年1月 5日 (日)

ふぉーくちゃんぽりー2014

名古屋市うりん湖劇場で、「ふぉーくちゃんぽりー2014」が開かれた。昨年11月の八リバの秋場所コンサートが素晴らしかったので、そこで紹介されていた「ふぉーくちゃんぽりー」もきっとステキなものなんだろうと期待して、初めて参加した。参加して分かったことは、期待を裏切るどころか期待以上のものがあった。

「忘れない」というテーマで行われたが、人が人として生きる上で大切にしなければならないこと、愛・正義・人権などというものを決して「忘れない」ということを、そしてフクシマのことを決して「忘れない」ということを、歌や寸劇を通してありありと表現されていた。

ゲストの李政美(いぢょんみ)さんの歌も、「忘れない」のテーマを、歌を通して情感豊かに表現されていた。美しい声でありながら芯の通った強さがあり、民族の乗り越えられてきた苦難の歴史を、自然体で歌われている、人としての生の真実性に圧倒されてしまった。

手作りのおでんや、菅原酒店の美味しい東北のお酒を頂き、かなり酩酊しながら感動の渦に巻き込まれてしまった。

オープニング  開幕太鼓

出演者たちはみんな芸達者だ。「劇」を礎として活動されているのでしょう。

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口上
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ふるくせーず

うりんこ劇団のメンバーや関係者で構成されたグループ。
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のりっくすファミリー

緑区を拠点にオリジナル曲を中心に活動されているグループ。

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Side-B

三重県在住のアコ-スティックヂュオ。
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出前ユニット ぽこあぽこ

ソロやアマチュア劇団、他の音楽グループでも活動されている。
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八竜リバティーバンド
いよいよ待ちに待った八リバのステージ。「星めぐりの歌」など4曲歌われた。東北大震災の被災者菅原さんの詩に曲を付けられた「ありがとう」は、やはり涙なくしては聞けなかった。
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ゲストの李政美さんが登場される。李さんは「京成線「朝露」などを歌われた。

尹 東柱(ユントンジュ)さんは朝鮮語を使ったというそれだけのことで逮捕され牢獄に入れられ、1945年の日本敗戦(朝鮮にとっては解放の日)の半年前に牢獄で亡くなった。尹 東柱(ユントンジュ)さんの詩「空と風と星と詩」の序詩に、李さんが曲を付けられた歌は、実に素晴らしかった。久しぶりに「歌」、それは人民の心をうたうものを聞いた。

「星をうたう心で 生きとし生けるものをいとおしまねば・・・・」

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竹田裕美子さんのピアノ伴奏も、李さんの歌の世界に、更に豊かな拡がりをもたらせてくださっていた。
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李さんは福島原発告訴団も支援されていて、武藤さんや木田さんの名前を挙げて支援の協力を訴えられていた。書籍やカレンダーも置かれていた。李さんの生きざまに魅了されてしまった。私も告訴団に加わっており、「これでも罪を問えないのですか」の書籍は何度も読んでいる。

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アンコールは出演者全員で、「イムジン川」を歌われた。なぜ朝鮮が分断されているのか、日本にも大きな責任がある。いつしかの統一を願い、思わずじーんと涙ぐんでしまった。
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李さんのCDを買い、サインをして頂いた。私の宝物になりそうだ。
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関西線で帰る。接続が悪いので、亀山駅で30分くらい待った。

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家に帰ったときは酔いも醒めていたので、余韻に浸りながらまた酒を飲んでしまった。







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名古屋にて

午後から名古屋市で「ふぉーくちゃんぽりー2014」があるので、早朝加茂を発ち関西線で名古屋に行く。

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名古屋城に行く。

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本丸御殿(1615年に建てられた尾張藩主の住まいを復元している。完成は2018年。)
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天守閣に上がる。

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1945年の空襲で焼失したが、1959年に再建された。
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よく晴れていて、天守閣から周囲の山々がよく見えた。

恵那山

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木曾御嶽山

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中央アルプス

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伊吹山
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御在所山
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白山が見えるのは稀ということだ。
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名古屋駅前の高層建築
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城内の榧の木は、樹齢約600年という。

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熱田神宮に初参り。

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境内の大楠の木は、樹齢約1000年という。
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大行列で混雑していたので、早々と退散する。
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神宮内の奥に、こころの小径があり、そこを散策した。ここは、ひとけは殆どない。
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ドニチエコI切符は600円で、バス地下鉄が乗り放題で、これは便利。

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2014年1月 1日 (水)

大久野島

元旦   謹賀新年  本年もよろしくお願いします。

兄家族らと共に、日帰り旅行。三原の道の駅に行く。

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忠海港から高速船に乗り、大久野島に行く。波が高く、余波が前の窓に何度も覆い被さった。

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大久野島は竹原市忠海の沖合3kmに浮かぶ、周囲4.3kmの小さな島である。この島には休暇村があるだけである。
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島には多くの兎がいる。兎を放った当初は、毒ガスの有無を調べるためだったという。
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兎の耳のオブジェ。
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大久野島には、1929年から1945年の敗戦まで毒ガス製造所があった。秘密の毒ガス島として、地図にも載らなかったそうである。現在もそのつめ跡が随所に残っている。

毒ガス貯蔵庫跡(猛毒で皮膚がただれる、びらん性毒ガスイペリットが貯蔵されていた。)
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毒ガス研究所跡
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この貯蔵庫は、戦後に埋められた。
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発電所跡
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幹部用の防空壕

高さと幅約2m、長さ5mあり、堅固なコンクリート製。たいして、従業員用の防空壕は、「たこつぼ」と呼ばれ、地面に1mくらい穴を掘り草を被せただけのものだった。戦争の本質がよく表れている。

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陶磁器製の毒ガス製造器具  見るだけで不気味だ!!
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毒ガス資料館 

忌まわしい歴史を二度と繰り返してはいけない!!
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子どもたちがイカ釣りをしていた。
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帰りはフェリーに乗る。

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フェリーの後部  大三島が見える。
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フェリーの前部  忠海が見える。
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穏やかに良い正月だった。

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