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2014年2月

2014年2月28日 (金)

東京

東京の孫娘の初節句を祝いに、東京に行った。子どものとこに行く妻と東京駅で別れ、あとは単独行動。東京に行けば、必ず行くところがあるからだ。

新橋駅で下車して歩く。東京電力本社、みずほ銀行本店と続く。原発の悪の縮図を見ているようだ。

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国会議事堂が見えてきた。

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経済産業省の敷地の片隅に、我らがテント広場がある。今、国側から撤去の訴訟を起こされている。

私たち民衆の側から見れば、このテント広場は日本国憲法を具現化する「獅子の牙」である。全国各地で原子力マフィアと懸命に闘っている者たちの勇気の源であり、これから続く未来の子どもたちへの希望の掛け橋である。原発がなくなる日が来るまで、このテント広場は経産省前にあり続けなくてはいけない。

テント広場ができてから、今日で902日である。テント内に入れてもらい、都知事選や再稼働の動きなどについて雑談する。その後しばらくテント前に座り、テントにやって来た人から美味しい饅頭を頂いた。

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官邸前は物々しい警戒。夕刻まで時間があるので、赤坂の方へ歩く。国立新美術館まで行く。

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ようやく暗くなってきた。

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議事堂前の歩道で、大きな絵が飾られていた。その絵の作者、壺井明さんは青年で、絵を見ている私に熱心に絵の説明をしてくださった。その絵を絵本にした、「無主物」というタイトルの絵本を買い求めた。その一部を紹介する。ぜひ読んでいただきたい。

「山も毒で汚されて、こまったやまのけものたちがやってきました。海にも、やっぱりどくがながれでて、なやんだ海の魚たちが夫婦でやって来ました。」

「毒は身体をこわすものでした。とくに、こどものからだをこわすものでした。こどもがきれいなかたちでうまれれてきてほしいと、血の池の周りに集まってきたのでした。」

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再びテント広場に行く。次々に人が訪れている。

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財務省横の道端に、風刺漫画が置かれていた。

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再稼働反対!首相官邸前抗議に参加した。

「原発ゼロを撤回するな!」

「まず汚染水対策と事故収束、被害者の救済を!」

国民無視のエネルギー基本政策にNO!」

「輸出にも断固反対!」

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横井久美子さんも参加されて「人間を帰せ」などを歌われていた。私は、横井さんの「私の愛した街」「戦車は動けない」が大好きで、敬愛する歌手と一緒に歌わせていただいた。音痴の私ではあるが、じーんと感動してしまった。

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至る所でミニ集会が行われている。

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希望のエリアに行くと、社民党前党首の福島瑞穂さんがスピーチをされていた。大いに支援したい人だ。

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国会前スピーチエリアでは、いろんな人が自分の言葉で次々にスピーチをされていた。

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自転車隊が各エリアを回って応援されていた。

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被害者の救済と、事故の収束を優先してすべきである。

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今回も多くの出会いがあった。有意義で貴重な時間であった。

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2014年2月27日 (木)

陶芸作品(1・2月)

蔭山景先生のお蔭で、作品が次々にできている。本当にありがたいことである。拙劣な作品だけど、蔭山先生の巧みな焼き方により何とか見られるものになっている。

蔭山先生は京焼の陶芸家で、芦屋や加茂において長年にわたり陶芸教室の指導をされている。また、大阪芸大の講師もされている。芸術性はもちろん、人間性も非常に素晴らしい敬愛すべき先生である。山男であり、平和や自然環境のことにも興味を持たれて行動されており、スケールの大きい民衆の中の真の芸術家である。

1月 

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 2月 

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先日、小生の過去の作品を息子がフリーマーケットで売ってくれることになり、実に不思議なことによく売れたそうである。もちろん価格は安く設定したのだろうが、個人的にはただで貰って頂いてもよかった。まだまだ自分で満足できる作品ではないのだから。

 

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信楽

陶芸の小道具を買いに信楽まで行った。

和束川の川岸の道を行く。上流に行くにつれ、先々週降った残雪が目立つようになった。

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山を越えて信楽の里に出ると、このように穴窯を貸してくれるところがある。

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陶芸のさまざまな道具や釉薬、粘土などを打っている。

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狸たちに会いに行く。まず大狸!

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可愛い小狸たち!

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信楽の自然に同化している。

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変わり種もある。

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信楽駅に向かう。

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昨年9月の台風により、信楽線は不通になっている。改札口には盆梅が置かれていた。

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盆梅展を見る。開花しているのは少なく、まだ見頃は早かった。

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紫香楽一宮の新宮神社に行く。

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登り窯を見る。

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和束の肉店キサキに寄る。店先には猪の皮がある。猪の肉も売られている。

明日から東京に行くので、その土産にハムを買う。

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2014年2月23日 (日)

「大和からヤマトゥの差別性を問う」連帯集会

「大和からヤマトゥの差別性を問う」連帯集会が奈良県人権センターで行われた。主催は、大和からヤマトゥの差別性を問う集会実行委員会で、共催は、沖縄平和運動センターである。

副題として、次のように書かれている。

「ひたひたと、そして、猛スピードでファシズムがやって来ている!今こそ声を上げないと取り返しが付かなくなる!」まさに同感で、同じ危機を感じている。

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奈良駅までJRで15分。そこから歩いて15分。奈良の集会は近いのでありがたい。
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手つくりの集会で、組合や団体などを動員したものではないということだ。それにもかかわらず、会場には200人くらいの参加者が集まっていた。知人の顔も何人か見かけた。

石川一雄さん「狭山第3次再審の現状と再審実現に向けた課題」

狭山事件は1963年5月に埼玉県で起きた女子高生殺人事件で、被差別部落の石川さんを別件逮捕しウソの自白させて、犯人にでっち上げた事件である。無期懲役の判決により32年間もの獄中生活を余儀なくされ、今も無実を叫び再審を求めておられる。被差別部落住民を犯人視する差別意識や、予断と偏見に基づいた操作が冤罪をもたらした。石川さんは50年に及ぶ無実の叫びを上げ続けておられる。
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「事件から半世紀。やっていないのに有罪とされ、ずっと殺人犯として生きてきました。刑務所では勉強、仮出獄では再審を求めて各地を駆け回った。とにかく一生懸命で、振り返れば短かったような気さえします。」そのご苦労を淡々と語られる石川さんのお話を聞いて、これは明らかに差別意識に根付く冤罪であると確信した。肉類は一切食べず1日に2食、連れ合いのために布団上げやアイロンかけなど身の回りのことをされるというエピソードは微笑ましかった。
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山城博治さん(沖縄平和運動センター)「沖縄基地問題の現状とこれからの闘い」

「軍隊は決して住民を守らない。軍隊は軍隊のためにある。沖縄戦はいやというほどそのことを教えている。だからこそ新たな戦争の気配が住民を恐怖に陥れる。沖縄県民はあの戦争の悲劇を決して忘れない。国防の盾とされ20万あまりの人々がむざむざと殺されていった悲劇を忘れることはない。沖縄における反戦平和の思想と運動の原点は、言語を絶する沖縄戦の体験にある。」
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辺野古については、山城さんは次のように核心を突かれた。「普天間基地の危険性除去を名目とする空々しいウソとプロパガンダ。県民の基地の負担軽減の思いなど一切眼中にない政府官僚たちの詭弁に、虫ずが走る。普天間基地の即時閉鎖、辺野古新基地建設絶対反対、県民の命と暮らしを懸けた闘いがなお求め続けられている。」
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山城さんは口角泡を飛ばし、時には声を荒げて熱っぽく語られた。普天間基地オスプレイ配備への闘い、高江ヘリパッド建設への闘い、与那国自衛隊基地建設への闘い、竹富町教育委員会の中学校社会科教科書選択に関する文科省の介入への闘いなど、強者が弱者へ、多数が少数へ犠牲を強いる差別構造を糾弾されている。ウチナーとウチナーンチュを心底から支援するつもりだ。
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下地正樹さん(阪南大学准教授)「「法の暴力に抗し、法の理念を守ろう」

震災瓦礫問題で不法逮捕されたモジモジ先生のお話は、横暴な権力への怒りが渦巻いていた。沖縄出身であり、権力側の弾圧に対して一歩も譲らない、その毅然とした姿勢を私は深く敬愛している。
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レジメの中から、特に同感したのは次の言葉だ。

「国家が法を守らない。あるいは守っても意味がないほどに法を歪める。」

「法が守らない生命と尊厳を、人民が守ろうとすると、これを弾圧して法を守れとうそぶく。」

「『合法だから正しいとみなす』ではなく、『正しいことが合法と一致しているかを確かめる』。」

「『あるべき法』は私たちと共にある。腐敗した『現にそこにある法』に屈するな。」

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第2部では、「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」の田村隆幸さんを交えてパネルディスカッションが行われた。田村さんの鋭い問題提起で、話は弾んだ。
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「今政府は『戦争』に向かわすために人々の権利を奪い、差別を強化・助長し、原発を推進しようとする。『戦争』と『差別』と『原発』は同義語である。強力な国家権力を背景に、国民をペテンにかけ光明に策動します。それに抗えるのは、草の根の民衆の力です。人々が真実を知り、つながり、力を合わせ、声を上げ、、立ち向かう大衆運動がより大きな力を発揮することです。」
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「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」の松田秀代さんのお話が最後にあった。

「『狭山・沖縄・原発』の問題は、どれもが『国家による差別』なのだと思っています。また、それを許しているのは、『無関心』という『差別』なのだと思います。」

「私たちは今日の集会で『反戦・反核・反差別』が平和な世の中を作るための共通した決意であることを、もう一度確認したいと思っています。」

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松田さんの言葉「自分一人ができることは限られています。だからこそ仲間を広げ、つながり、声を上げましょう。真の平和を勝ち取るために。」を何度も心中によみがえらせながら、帰った。

大安寺は5時を過ぎていて、門が閉まっていた。
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大安寺付近のお地蔵さんに、「反戦・反核・反差別」を誓った。
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集会で買ったキムチは、辛さと甘さがほどよく調和して実に美味しかった。
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会場の後におられた趙博(パギヤン)さんに、「百年目の約束」のCDにサインを頂いた。

「百年節」は、日朝の歴史を風刺した素晴らしい歌である。
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2014年2月22日 (土)

当尾の残雪

2月14日(金)に降った雪は、1週間経っても日の当たらぬ所に残っていた。

東京の息子たちに買う野菜を求めて、当尾の無人市場を回る。Rimg_7414_rRimg_7429_r

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とにかく新鮮で安い!本来の野菜の、かみしめると甘みがある野菜ばかりだ。
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手作り餅も美味しい!店によって売られているものが違う。
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無人売り場近くの尻枝のお地蔵さん。
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この後、陶芸に行く。深山に入れば、雪が残っていた。
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作業小屋の隣にあった隣家の古い蔵は、雪の重みで崩壊していた。隣家は30年以上も人が住んではいない。
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庭にもかすかに雪が残っていた。主人は雪のために三日間も外出できなかったと話された。
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陶芸に集中する。この時間が心地よい。
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作業小屋からの眺め。まだまだ春は遠い。

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2014年2月11日 (火)

教育の国家支配に反対する大阪集会

「教育の国家支配に反対する 2.11大阪集会」が開かれた。テーマは、「止めよう!子どもを戦場に送る国づくり  許すな!日の丸君が代強制」である。「建国記念の日」反対の趣旨で行われた。200人以上参加し、椅子を急遽増やさなくてはいけないほど活況だった。

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午前中は大正区を歩き、西区民センターに向かい歩く。
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大正橋の右に大阪ドームが見える。
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道頓堀川を渡る。
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会場に近づくと、物々しい警戒ぶり。権力に迎合しない私たちを、テロ組織のものと思っているのだろうか。もちろん私たちは非暴力、不服従を貫くだけで、過激なテロリストではない!
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日の丸君が代強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワーク代表 黒田伊彦さんから基調報告があった。

タイトル「建国記念の日反対!教室の前に戦争を立たせるな!」
副タイトル「安倍政権の戦争への教育破壊と君が代口元チェック、不起立処分と闘うために」
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三宅晶子さんの講演「思想・良心の自由と教育の現在-ドイツ・日本の思想弾圧と戦後の想起の文化を検証しつつ-」

「12月6日、安倍政権はナチスの「全権委任法」的国会状況の中で特定秘密保護法案を強行採決し、ゲシュタポ(国家秘密警察)国家への一歩を大きく踏み出しました。この2.11大阪集会では、半年でナチス独裁国家に変えられたドイツと、日本の歴史を検証しつつ、現在の危機と課題を皆さんと共に真剣に考えたいと思います。この日々を戦争前夜にさせないために。」
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グループZAZAの会には、小生の知人もいる。

「大阪では君が代不起立処分撤回、不当解雇の撤回を求める被処分者、支援団体の人事委員会闘争や、裁判闘争を中心とする闘いが広がっている。」

「本集会は、阿倍的教育破壊全般に反対する全国ネットワークの結成へと結びつける第一歩としての集会である。」
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趙博(パギヤン)さんが、「ひでり」を思いの丈を込めて歌われた。
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東京から来られた北村小夜さんや根津公子さんたち6人の元都立校教員が、連帯のアピールを力強くされた。

後の垂れ幕は、宮城の土屋聡さんが地元の親子と共に描かれたということだ。この絵から、命の掛け替えのない尊さがじーんと伝わってきた。

「都教委のやりたい放題を許さず、人間が物のように扱われ切り捨てられる理不尽に、小さくとも声を上げ闘っていこうと思います。」
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「入れ墨調査不当処分撤回を求める会」の保田匡さんが連帯アピールをされた。他にも、
「止めよう原発関西ネットワーク」のぱぉんさんや、「日本軍慰安婦問題関西ネットワーク」の岡田さんたちが熱情的にアピールされた。
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最後に、「口元チェック通知の撤回を要求し、これに基づく処分をさせない決議」を全員一致で採択した。
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心斎橋から難波までデモをする。
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小生はこの後用事がありデモには参加できなかったが、知人の報告では通行人の皆さんんに、このデモの趣旨をよく伝えることができたということだ。

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大正区

大阪の大正区を歩いた。

環状線の大正駅で下車して、大正通りを南下する。
沖縄風の店をウオッチングする。

爬虫類きっちゃ「アゲイン」など、個性溢れる店が多くあった。

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平尾本通り商店街まで、約4キロの道を歩く。

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ダンボールでできた巨大シーサーが人目を引く。
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沖縄のものが欲しくなったら、この店に行くのがベスト。
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サーターアンダギーが安くて美味しい。大10個、小2袋買った。
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この豚の油かすも買った。いろんな料理に使える。
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沖縄の甘い物もいろいろある。
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リュックに満タンになるくらい、買いだめをした。
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うるま御殿へ行く。今日は、沖縄民謡の練習はされていなかった。

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山本太郎さんもこの店に来られたようだ。
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沖縄そば定食(500円)をいただいた。もちろん味は抜群!
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大正通を北上して大正駅方面へ向かう。この後、集会がある。

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2014年2月10日 (月)

土佐から讃岐へ

朝早く起き、また琴ヶ浜まで歩いて行く。天気は曇りで小雨模様。

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ホテルの敷地にあるテニスコートには、いま太陽電池発電の工事がされていた。原発を即ゼロにして、自然エネルギー発電を多用すべきである。 

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桂浜に行く。坂本龍馬はいつ見てもかっこいい。太平洋を見ながら、日本の未来を考えているのだろう。

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岩の辺に咲くのは何の花?
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お地蔵さまに椿の花が手向けられていた。
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曇天ででもさすが桂浜は美しい。若い頃この砂浜まで自転車でやって来て、一晩中月を眺めていたことを思い出した。
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桂浜近くの店では、鰹の生節が作られていた。
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昼飯は、ちりめん丼と四万十風うどんを食べた。
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鰹のたたきを焼いていた。
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土佐を後にして、讃岐へと車を走らせる。

小雪のちらつく中、象頭山が見えてきた。

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金刀比羅宮へ石段を上る。本宮まで785段ある。雪のちらつく悪天候なので参拝者は少ない。
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本宮(御祭神は大物主の神で、海の守護神として親しまれている。)に着いた頃から、雪嵐が舞った。展望台から、周囲の景色は全く見えない。
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奥社への道。今回はパスした。
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こんぴら犬(参拝を希望しながらも行けないので、飼い犬を代わりとして参らせたという。犬が無事金比羅山に参れたなら、これはすごいことだ!)
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絵馬社には、堀江健一さんの奉納したマーメイドソ-ラーボートが置かれていた。1996年に堀江さんは太平洋単独無寄港公開に成功した。
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参道を下りる。旭社(1837年に建築)に参る。

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書院
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女の子は神馬に乗るのを怖がっていた。
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どんどん石段を下りていく。
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大門そばで飴を売っていた。この飴は疲労回復に効くという。
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町が見えてきた。
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琴平の一刀彫りを観賞した。
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土産にうどんを買った。
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酒蔵に寄った。敷地に大楠(鎌倉時代)が植わっていた。
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和風公会堂(1932年建築)
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旧金刀比羅大芝居小屋(金丸座)は、1835年に創建された、日本最古の芝居小屋である。
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讃岐を後にして、高松自動車道・神戸淡路鳴門自動車道・山陽自動車道・近畿自動車道を通り、家に帰る。

淡路ハイウエイオアシスで休憩したが、ランの花がきれいだった。
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小生は、琴平の一刀彫りを収集していたことがある。七福神や観音さんを持っている。今回、その作者に会えなかったのが残念であった。
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2014年2月 9日 (日)

土佐

都知事選では応援した候補が負けて、意気消沈した気持ちを吹っ切ろうと、太平洋を見に土佐国へ行った。運転をしながら、小出裕章さんの講演の中の「私は政治が嫌いである。私の投票した候補者が当選したのは稀だ。しかし、あきらめない。」の言葉を反芻しながら。

明石海峡大橋を渡り、淡路島に着く。

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鳴門海峡を渡る。
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吉野川中流のサービスエリアで休憩する。
たらいうどんのうどんが長くてつかみにくかったが、美味しかった。
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野菜市では、タラの芽が売られていた。
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美濃田の淵(塩基性の天紋片言〔阿波の青石〕が浸食されて形成された。)
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高知駅前に行く。坂本龍馬は脱藩中であった。

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やなせたかしさんの古里なので、アンパンマンたちがいっぱいいた。
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お目当ての日曜市に行く。午後でもかなり冷えていたので、人通りは少ない。品種はあまり多くなく変わったものも少ないが、眼の着いたものの一部を載せる。芋の天ぷらには行列ができていた。ポンカンや土佐の駄菓子などを買う。土佐の人との言葉のやりとりが楽しい。
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高知に来たときには、いつもひろめ市場に行く。ここに来れば、みんな良く飲みよく食べている。こんな庶民の店が好きだ。鰹のたたきを買う。飲みたいところだけどぐっと我慢する。

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高知城に行く。山内一豊の築いたお城で、天守閣と大手門がそろっている城は、たいへん珍しい。梅の花がほころびつつあった。

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宿泊は、太平洋を見下ろすホテル.ホテルに着くとすぐに、15分くらいかけて海辺まで歩いて行った。琴ヶ浜と名付けられ、遠くまで砂浜が続いている。時間を忘れて海を眺めていた。

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土佐くろしお鉄道の電車がのんびり走っていた。
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すっかり日が暮れてホテルに帰り、夕食。鰹のたたきが美味しく、土佐の酒を何杯も飲んだ。
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室戸海洋深層水の露天風呂があり、長いこと浸かっていた。

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2014年2月 8日 (土)

浄瑠璃寺の雪景色

浄瑠璃寺の雪景色を見に行った。正確に表現すると、雪が止んで霙(みぞれ)であった。

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浄瑠璃寺(雪のため塔の開扉は中止、薬師仏は見られず。)雪に覆われた景色はいつもは違い、写真を撮るために池の周りを2周してしまった。寒さのためか、観光客は数人程度。
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足下が悪かったが、石仏を訪ねて歩く。「美しい日本の歩きたくなる道」に選ばれているが、転びそうであまり歩きたくなかったが、運動不足なので歩いた。

あたご燈籠
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からすの壺 二尊(1343年)
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阿弥陀三尊仏(「笑い仏」として最もよく知られている。)1299年

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眠り仏(雪の中で眠っておられた)
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弥勒磨崖仏(1274年)
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岩船寺の石船
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白山神社 本殿(江戸時代)

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不動明王立像
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穴薬師
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藪の中三尊(1262年)
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首切り地蔵(1262年)
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大門石仏群

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大門仏谷磨崖仏(鎌倉時代の丈六の如来様)
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東京の二人の息子たちにメールして、明日の選挙には脱原発候補に投票して欲しいと頼んだ。

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2014年2月 2日 (日)

小出裕章講演会

京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんの講演会が、大阪天満橋のエル・おおさかで行われた。主催は、ラジオフォーラムである。

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ラジオフォーラムは、2013年から始まった独立系報道教養ラジオ番組である。MBSの種まきジャーナルの存続運動の中から生まれた、権力に迎合しない真のメディアである。小出さんも「小出裕章ジャーナル」として電話出演されている。HPやYouTubeなどでも聞けるので、ぜひ聞いて欲しい。

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エルシアターが満席になり立ち見もできるほどで、聴衆は1000人を超えていた。

まず、ラジオフォーラムの番組パーソナリティの西谷文和さんが「シリア&アフガン報告」をされた。
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シリアの内戦は、宗派の争いではなく、アメリカやフランス、ロシアなどの大国による分断政策から生じたものだと、鋭く的確に解説された。劣化ウラン弾による被曝により多くの奇形児が生まれる悲惨な場面は、目視できなかった。
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小出裕章さんの講演のタイトルは、「原発と戦争はつながっている」である。小出さんは核兵器の歴史や戦争の残酷さ、そして原発の問題点などを理路整然と解説された。

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アメリカは、ウランを濃縮したもので作った爆弾を広島に落とした。また、ウランを原子炉で再処理して作った、プルトニウムを利用した爆弾を長崎に落とした。何れも町を完膚無きまで破壊して人々の幸せを一瞬に奪い地獄に落とした。アメリカは、二種類の核兵器を日本人に実験したのである。
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Nuclear Developmentは、軍事利用なら核開発と訳され、平和利用なら原子力開発と訳される。しかし、これは同じ中身のものである。日本は「平和利用」に隠れながら、実質的な核保有国になったのである。
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「歴史は突然始まるのではなく、流れているのである。戦いは昔からそして今も続いている。多くの場合、気づいたときは手遅れになっている。」

この戦争への流れを、絶対に変えなくてはいけない。小出さんは、特定秘密保護法案にも断固反対する立場を表明された。
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「愚かな国民には愚かな政府」とならないように、小出さんみたいに賢くなりたい。「賢い」というのは、マスコミの論調にナがされるのではなく、自分の頭で事実に基づいて考えることであろう。
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西谷さんは戦争と原発の共通点を、①背後に莫大な利権がある②ウランを使って地球を汚している③差別を拡大することを挙げられている。「戦争と原発はつながっていて、戦争や原発はメディアが作り出す構造がある。このシステムを理解して、反戦・脱原発で行動を起こし、草の根から反撃を開始するときです。」西谷さんは力強く語られた。

小出さんと西谷さんのトークは、実に興味深くて面白かった。

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反原発のために一生を捧げておられる小出さんのお話に、聴衆は一心に耳を傾けて2時間があっという間に過ぎた。

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幼児から花束を受け取る小出さんは、子どもの目線になれるようにひざまづいておられた。その優しい心根に感動せざるを得なかった。人への真の優しさが、反原発への核となっているのだろう。

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