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2014年8月

2014年8月30日 (土)

NO BASE 沖縄とつながる京都の会

京阪三条で下車して、大将軍神社の老銀杏を見ながら、東山生き生き市民センターに行く。この辺りは、かって鵺(ぬえ)の森と呼ばれ、この銀杏は樹齢8000年という。

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「NO BASE 沖縄とつながる京都の会」の結成の集いが行われた。会場はとても狭く椅子も足りず、50人くらいの人がそのまま床に座るなどして身動きがとれない状態だった。

「速報 辺野古のたたかい 2014年7月」ドキュメンタリーを見ながら、辺野古でのたたかいがまさに人間の尊厳を守るものであることがよく分かった。ウチナンチューは「命ドゥ宝」を身をもって体現されている。
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「構造的沖縄差別とは何か」と題して、大湾さんが講演された。「今日、沖縄の人々が問題にしているのは、0.6%の領土、1%の人口の沖縄に、74%の米軍基地を押しつけ、今また、沖縄の民意の80%が反対する辺野古に新基地建設を暴力的に進めていることへの抗議です。これは構造的沖縄差別だと、抗議しているのです。」大浦さんの分析は鋭く的確であると思った。

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これから会は、辺野古支援代表派遣や、沖縄の歴史と文化などの学習会など多彩に活動する。

「高江・辺野古につながる奈良の会」の4人のメンバーが昨日まで4日間高江・辺野古の闘争に参加しておられた。田村さんから現地報告が14回届いた。その一部を紹介する。とても感動する内容である。

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「午前中、海上から辺野古の闘いに合流できて本当によかったです。
午後は、ゲート前、熱い。
連日かけつけている、200名はゆうに越えているだろう沖縄の人々はこの暑さで健康被害もでてきているのではないかと思います。山城さんなどは火傷のようになっていました。
色んな人が次々に挨拶に立ち、そしてゲート前でシュプレヒコールをします。何とか埋め立てを止めたい。大きな声で叫びます。
今日は年末に続いて、また知事が「埋め立て本体工事の岩礁破砕申請を許可した」ことを通知しました。これで防衛局は辺野古海域の地形を変える工事に着手できるようになりました。
ただ工事に使用する漁港の使用許可は名護市が認めておらず、その意味で9月の市議選が重要になるとのことでした。知り合いの方がいれば応援よろしくお願いします。
夕方から大雨が降り出し、今日はここまででした。
つながる奈良の会からは代表もアピールしてくれました。そう言えば新報に奈良から来たとも報道されていました。
うちのメンバーもえらく陽に焼けて、これからビールで冷やしに行きます。」

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「ゲート前での行動に際し、あいさつをしてもらった平良悦美さんの話に胸を打たれました。
平良悦美さんは10年前の辺野古の工事の際にもカヌーで阻止行動をされていました。今は80歳になられてカヌーに乗ることはできませんが、船に乗ってカヌー隊を激励されたり浜のテントにおられます。話はざっと次のような感じ。
カヌー隊は10年前の闘いの時にも最も強かった。海保庁の船より強かった。それはなぜかというとカヌーは人間の手でこぐだけのもっとも弱い存在だから。もし海保庁の船に対抗してもっと早くもっと頑丈に、と強くなれば相手もさらに上をいく。それは戦争だ。弱いからこその強さ、それが民衆の運動だと。
平良さんは、もはや新聞にも自分たちのことを反対住民とはかいていない。市民と書いてある。それほどの県民総意の闘いになってきているんだよ、と。もっとも市民といういいかたももっといい言い方はないかなと思う。なぜなら市民権のない外国の方などもいるから。
そんな風に話しておられました。県会議員の方もおられ、この運動をますます県民運動にしていくため9月20-27日ぐらいで万単位の集会をやると力強く提案してくれました。
沖縄はオール沖縄です。これをオールヤマトゥにしたい。
そのための運動を僕たちは奈良で担いたい、改めてそう思いながら飛行機に乗り込みました。」
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「帰りたくはなかったけれど帰ってきました。
今、しみじみ思うこと、それはこの奈良に帰ってきて、ここですべきこと、できることです。直接現地にいることはできなくても、抗議は電話ででもできます。また、このことを家族、友人、知人に知らせることで一緒に考える仲間を増やすことができます。よければ、一緒にビラ配や街宣もできます。
訴えたいことは山ほどあります。労働者の権利を守れ〓人権を尊重しろ〓特定秘密保護法反対〓集団的自衛権行使容認反対〓排外主義・歴史歪曲主義くそくらえ〓差別大反対〓そしてそれが行き着く先は安倍政権、ファシズムです。そして、その最前線にさらされているものの一つが沖縄です。だから沖縄の声にしっかり耳を傾けなければならないと思うのです。憲法の精神を運動に忠実に生かしているのも沖縄です。
沖縄の平和を求める声につながらなければ平和などないと確信しています。それがヤマトゥに住む僕たちの真摯な姿勢だと思います。
今日はシュワブゲート前テントで、僕たち4人はいつもデモの時に歌う「いらない節」をハモニカ伴奏で熱唱してきました。現地から「辺野古の愛唱歌、応援歌だ。奈良からの素敵なプレゼントだ。これからも歌うよ」と言ってもらいました。また奈良でもたくさんの人と歌いたいです。そのように僕たち「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」とつながってくれる仲間を呼びかけます。友人の方が了解くだされば、このメールに返送してお知らせくださるか、ホームページをみて名前と連絡先、そして大切なのはメールアドレスなどお知らせいただければ、今回のようなメールを一斉に配信します。もちろん沖縄の方にもお送りしています。ますます「つながる奈良の会」は、奈良の仲間、沖縄の仲間、全国の仲間とつながっていきます。よろしくお願いします。
最後にその歌を歌って今回は終わります。
(ハレルヤの節で)
「辺野古にいらない
新基地いらない
辺野古にいらない
新基地いらない
高江にいらない
ヘリパッドいらない
高江にいらない
ヘリパッドいらない
戦争いらない
戦争いらない
戦争いらない
どこにもいらない
どこにもいらない〓」ハレルヤ」

私も仕事がなければ、「沖縄の高江・辺野古につながる階」のメンバーと一緒に行きウチナーンチュと共に、「人間の尊厳」をかけて、非暴力を貫きながら行動したかった。

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2014年8月24日 (日)

陶芸作品(8月)

仕事や旅や、活動の合間を縫って、陶芸に精を出している。なかなか思うようなものはできないが、蔭山先生が「数を作ることが何よりも大切だ」と言われているので、ひたすら打ち込んでいる。

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武者小路実篤の「馬鹿一」という作品があったが、下手でもとにかく専念するしかないだろう。

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2014年8月15日 (金)

かも平和の鐘

第11回「かも平和の鐘」が行われ、、8月15日(金)正午、浄瑠璃寺など7カ所のお寺でいっせいに平和を願う鐘が鳴り響いた。

平和の鐘」の集いは、浄瑠璃寺で行われた。

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「戦後69年、今年は大きな節目を迎えています。憲法九条を無視し、集団的自衛権の行使を認めることを閣議だけで決めました。せんご、他国民を一人も殺さず一人の戦死者も出さなかった日本のあり方が根本的に変わるかもしれません。戦争を知らない世代が多くなりましたが、不戦の心を伝えたいと思います。今年のかも平和の鐘は、二度と戦争をしないとの誓いと、震災からの復興を願い行います。」

「戦争体験を語る」 樋口さん(京都府・相楽遺族会役員)

父親が満州で敗戦を迎え、シベリア委に連行・抑留され、翌年病死されたという。その悲惨な戦争体験をありありと語り、二度と戦争をしてはいけないと力説された。
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樋口さんは遺骨収集に参加され、その時の写真を三重塔の周りに展示された。頭蓋骨の上部が一直線に割れているのは、解剖した跡という。

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「詩の朗読」松井さん(おはなしポケット)

石垣りん「崖」と、茨木のり子「根府川の海」を、何も見ずに情感豊かに朗読された。反戦の思いがひしひしと伝わってきた。
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エイサー踊り エイサーチーム ちゅらら

HYの「時を越え」夏川りみの「エイサーの夜」などの曲に合わせて、エイサーを演じられた。辺野古では新基地建設が強行されようとしている。沖縄の人たちは身体を張って抵抗されている。基地を作ることは、あの沖縄戦の悲惨な体験から絶対に許すことはできないからだ。「命どぅ宝」こそ、沖縄の人たちの生きる礎である。かもの地でも、辺野古に連帯して可能なことをやっていきたい。
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8月15日以降も沖縄では、なおも戦争が行われていた。9月7日に降伏するまで続いた。だから、本当の終戦記念日(「終戦」ではなく「敗戦」であり、「記念」ではなく「反戦の誓い」の日)は、9月7日である。

日本国憲法の前文と九条が書かれた団扇を頂いた。
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浄瑠璃寺では池の工事が行われていてあまり風情がなかったが、それでも見るべきところは随所にあった。

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寺を後にして、大門の石仏を見ながら陶芸の作業小屋へと行く。
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平和だからこそ、ありがたいことに陶芸もできる。憲法に根ざして、危険な安倍政権に対峙していきたい。






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2014年8月 7日 (木)

内子・大洲

内子を訪ねる。まず、県下最古の内子座に寄る。

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江戸から大正にかけて建てられた町屋や商家の町並みを見に行く。八日市は、国の重要伝統的建造群保存地区に指定されている。
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折しも内子笹まつりが開かれていた。第57回という。お年寄りや子どもたちが、祭りに参加していた。笹飾りの趣向や色の多彩な美しさに、思わず長居をしてしまった。
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大洲へ行く。大洲城を訪ねる。肱川では鵜飼いが行われている。

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NHK連続テレビ小説「おはなはん」のロケ地にもなった。
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昔懐かしい店屋が多く残っている。タイムスリップしてしまったようだ。
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予讃線の「夕焼け小焼けライン」に乗る。海辺の何にもないところを電車は走る。これこそ旅らしい気がする。
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伊方原発が間近なので、事故があったらこの辺りは人が住めなくなるだろう。何とか、再稼働は阻止しなくてはいけない。

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2014年8月 6日 (水)

広島・松山

原爆の日に広島を訪ねた。式典は既に終わり、駅前では号外が配られていた。市長の平和宣言の中には、「集団的自衛権」を批判する内容が当然あるはずだと思っていたが、全く触れていないのは被曝した地の市長として失格であると思った。

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大雨が過ぎ去り、傘は要らなかった。原爆式典は大雨の中で行われたという。被爆者のつらすぎる思いと重なるようだ。
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資料館にはもう何回も来ているのだが、やはり被曝人形は残すべきだと思う。イメージ力のない自分にとっては、特にそうである。
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慰霊碑の花の中に、。「裸足で逃げた子どもたち」にあててスリッパが置かれていた。
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峠三吉「父を帰せ母を帰せ」の碑には、折り鶴がたくさん置かれていた。
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「原爆の子」の碑の前では、記念撮影するグループが多い。
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小学生が折り鶴を置いていた。
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舟入高校演劇部による「ざんげ~原爆歌人  正田篠枝の酒器「耳鳴り」より」の劇を観賞した。高校生の誠実な演技の中に、ノーモア広島の思いがいっぱい詰まっていた。
呉線に乗り、呉に行く。呉には、自衛隊の基地がある。集団的自衛権が執行されれば、自衛隊員の命が危ぶまれる。徴兵制も行われるかもしれない。法制化までに何とか安倍政権を阻止しなくてはいけないと思った。
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音戸ノ瀬戸を渡り、松山へ行く。
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道後温泉、松山城
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四国88カ所の中の、51番札所の石手寺を訪ねる。境内には、「断原発」「集団的自衛権不要」など、いのちと平和を希求する祈りの言葉が書かれていた。これが本来の寺であるとつくづく思った。

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山頭火の跡を訪ねる。山頭火はこの松山で、1940年に享年59歳でなくなった。一草庵といい、庭には山頭火の句碑もある。

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「落ちついて死ねそうな 草枯るる」山頭火
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2014年8月 2日 (土)

木曽駒ヶ岳

バレーの仲間たちと毎年登っている、百名山登山。今年は木曽駒ヶ岳。男女合わせて16人参加。

前日は赤沢自然休養村にある赤沢森林鉄道に乗り、早めにホテルに着。翌朝早く起きて、晴天にホッとする。ホテルから宝剣岳がよく見えた。

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専用バスでしらび平駅(1662m)まで行く。そこからロープウェイに乗り、千畳敷駅(2612m)まで一気に上がる。南アルプスが眼前に広がる。富士山の山頂がかすかに見えた。

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このように晴天なのは実に稀であり、いつもガスや雨に遭遇する。山岳の気高い美しさを堪能した。
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今回は宝剣岳には登らず、木曽駒ヶ岳(2956m)を目指して登山。雪渓やお花畑の高山植物を観賞時ながら登る。コマクサの花が可憐だった。
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全員登頂したあと、しばらく休養する。ガスが出てきたので、早めに下山する。千畳敷カールまで下りる。
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晴天の登山だったのであまり疲労感もなく、、仲間の顔はみんな生き生きと活気が漲っていた。

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