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2014年9月

2014年9月28日 (日)

Ⅹバンドレーダー搬入反対!9・28全国集会in京丹後(2)

Ⅹバンドレーダー搬入反対!9・28全国集会in京丹後に参加した。宇川地区と京丹後市の人々に、「今からでも声を上げれば米軍基地建設は止められる」こと、「基地を撤去できる」ことを伝えるためである。今ひとつは、「京都にも沖縄にも、韓国にも、世界のどこにも米軍基地は要らない」の声を、日米両政府と京都府と京丹後市に知らしめるためである。

デモが始まった。京都府警が何かと挑発してくるが、非暴力・不服従で顔には笑みを浮かべてシュプレヒコールをしながら歩いた。海がきれいで、ときどきシュプレヒコールをするのも忘れてしまった。地元の人々が家の前で手を振ってくださったり、お辞儀をしてくださったりして、基地建設に反対の意志のあることがよく分かった。ただ小さい共同体ゆえに声を上げにくいのだろう。

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久僧・中浜・尾和の集落を過ぎる。棚田の畦から、老女がデモを見ておられた。
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穴文殊は、清凉山九品寺と言い、本堂と山門は江戸中期に建てられた由緒あるお寺である。文殊菩薩の足下には、海から続く大洞穴があり、そこから穴文殊と言われる。

自衛隊と米軍基地の間に挟まれ、文殊菩薩はさぞかしお怒りであろう。文殊の知恵を出して、基地建設を何とか阻止しよう。4月に来たときはまだ農地であったが、今は工事が始まり重機や大型機械が美しい土地を破壊して、無残な姿に変わっていた。この美しい大地と海と空は、ここに住んでいる住民の共有財産であり、日本国や米軍のものではないはずだ。怒りが大爆発した。お地蔵さんも怒っておられる。傍らに、「平和菜園」があった。
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基地建設を遠望する。こんなところに基地を作ったら、絶対ダメだ。
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子どもたちのために、ここに基地を作ってはダメだ。「標的の村」になってしまう。自衛隊も米軍も、地元の人々を決して守ってはくれない。
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京都府警のみなさんご苦労さんでした。私たちは決して危ない思想の持ち主ではないことがよく分かったことでしょう。あくまでも平和を求める、普通の人なのです。
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袖志まで歩き、そこからバスに乗る。帰りにもう一度、てんきてんき丹後道の駅に寄る。立岩をまた見に行く。夕日が沈んだ。
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この闘いの勝利のためには、地元の主権者のみなさんが勇気を出して「米軍基地は要らない」という声をあげることが必要です。現在、「米軍基地を憂う宇川有志の会」が必死に運動されていますが、その会の輪がもっと大きくなるように、私たちは全力で支援していこうと思います。

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Ⅹバンドレーダー搬入反対!9・28全国集会in京丹(1)

Ⅹバンドレーダー搬入反対!9・28全国集会in京丹後が、丹後町宇川で開かれた。

京都駅前から四台のバスに分乗して、8時半に出発。てんきてんき丹後の道の駅に寄り、立岩や屏風岩を遠望する。

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海が見える窓側に座っていたので、海の美しさに思わず何枚も撮っていた。
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米軍Ⅹバンドレーダー基地反対・近畿連絡会の呼びかけで、「京都にも沖縄にも東アジアのどこにも米軍基地はいらない!Ⅹバンドレーダー搬入反対!9・28全国集会in京丹後」(13時・宇川農業会館)が開催された。

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5月27日に基地建設工事着工を強行した在日米軍・防衛省は、10月にⅩバンドレーダー本体を搬入し、12月には基地運用を開始すると宣言している。地元住民の闘いを激励し、沖縄をはじめとした全国各地の反基地運動・韓国の反基地運動との連帯をつくりだし、Ⅹバンドレーダーの搬入を阻止していくために、この現地集会が行われた。

400人以上参加して、館内には入りきれないので、前の広場に音声が聞こえるようにしていた。

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米軍Ⅹバンドレーダー基地反対・近畿連絡会代表の大湾宗則さんが、いつものように熱情的にかつ鋭い情勢分析に基づきスピーチされた。

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滋賀県民平和・人権運動センターなどから、連帯の挨拶があった。
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米軍基地建設を憂う宇川有志の会の代表の三津のみつるさん、事務局長の永井友昭さんからあいさつと現地報告があった。永井さんは日々の現地の報告をブログにされていて、それを読めば動きがよく分かる。工事前と後との写真を見せてくださり、自然を破壊している事実を説明された。住民には何も知らせないまま基地建設が強行されることに憤慨されている。安心安全など全く期待できず、標的の村になる恐れがあることを、ユーモアを交えてお話しされた。声を上げにくい地元の人たちと連帯して、何とか自ら「基地建設反対」の声を上げていって欲しい。
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韓国・沖縄・岩国・神奈川から各地の反基地運動の報告があった。韓国から、基地反対の民衆の運動をつなげていってこそ、平和が作られていくのだという、真実の訴えがあった。人権を無視して米軍が存在する不合理な状況を、絶対に許してはいけない。米国の戦争の巻き添えになるのは絶対嫌だと思った。
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集会まとめを、服部良一さん(全衆議院議員)が行った。民衆の側に立って考える、こういう人こそ、議員であるべきだ。

「日米地位協定ということは何かに直面していないとはわかりません。これはもう魔物が来ると思ってもらっていいです、京丹後に。一言で言えばどういうことかというと、憲法に保障された基本的人権より先に地位協定が米軍を守るということなんです。だから、米軍基地あるいは米軍が京丹後に来るということは、そこの地域の住民にとってみれば、憲法より先に日米地位協定があるというふうに思うべきです。」
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集会が終わり久僧の浜に行くと、沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会のメンバーに会った。素晴らしいフラッグを作っておられた。私は憲法前文と、9条を書いたものをプラカードにした。

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デモがスタート。
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2014年9月27日 (土)

大阿太高原

大阿太高原になし狩りに行った。

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大志田駅で下車。降りたのは、一人だけだった。20分くらい歩いて、なし狩り園に到着。
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割引券を貰っていたので利用する。時間無制限で食べ放題である。昼飯抜きで、なしをどのくらい食べられるか挑んでみたが、五個だった。なかなか食べられるものではない。
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秋を満喫しながら、吉野川の方へ歩く。
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吉野川では、落ち鮎を捕るのか網を打っていた。
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大阿太駅まで戻る。枝豆、数珠玉、アケビなど、秋を見つけた。
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奈良駅まで帰る。

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2014年9月22日 (月)

陶芸(9月)

9月も中旬を過ぎて、陶芸小屋周辺はすっかり秋らしくなった。曼珠沙華が一面に花開いた。

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今日は集中でき、数が多くできた。
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9月前半の作品

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9月後半の作品

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数が多かったが、気に入ったものは多くない。

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2014年9月20日 (土)

沖縄県民大行動との連帯アクション

大阪・中ノ島公園水上ステージで、「沖縄の県民大行動と連帯しよう!9・20大阪同時アクション」が行われた。大阪城北詰駅から歩いた。

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まだ時間が合ったので、バラ園に寄る。バラの命名の妙に感じ入る。
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シャールフェンステン(ハンガリー)
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ロイヤルポニカ(フランス)
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カクテル(フランス)
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辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動や、ジュゴン保護キャンペーンセンターが呼びかけ団体となり、「沖縄の県民大行動と連帯しよう!9・20大阪同時アクション」の集会が行われた。さまざまな手作りのフラッグに、それぞれの思いが込められていた。

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私の手作りのポスター。表面には辺野古の美しい海、裏面には新基地建設を、カラー写真でリアルに表している。生きものたちのパラダイスに、戦争につながる悪魔の要塞を作ってはいけないという思いを込めた。
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集会が始まった。200人くらい参加者がいた。3000人規模を目指す沖縄辺野古集会に比べて少ないという思いがした。関西の町のひとたちが、これを自己の問題として捉えることの難しさを感じた。

それぞれの団体から、「埋め立て反対、ジュゴンを守ろう、、命を守ろう」「大阪から沖縄の基地撤去に追い風を」など、辺野古新基地建設に対して断固阻止する意思表示が行われた。沖縄出身の若い女性が涙ながらに切々と訴えられた姿に、ついじーんと来てしまった。この美しい海は、人間だけのものではない。
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デモは、大阪市役所やアメリカ総領事館前を通り、北新地までの短いコースだった。手作りのポスターを掲げて、声の限りシュプレヒコールをして歩いた。
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美しい辺野古・大浦湾を、未来の子どもたちへつないでいきましょう。







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2014年9月15日 (月)

山陰巡り(鳥取・智頭)

JRの山陰巡りパスを使い、しばしの息抜き。三日目。

レンタサイクルで各所を巡る。まず、高砂屋を訪ねる。

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東蔵には、鳥取市内の書道家による尾崎放哉の句が展示してある。自分も自由律俳句を作っているので、つい長居してしまった。
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興禅寺にある尾崎放哉の句碑。
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鳥取城跡をたずねる。

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仁風閣を眺める。
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鳥取砂丘を訪ねる。

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賀露海岸を訪ねる。
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岩美町の東浜まで足を伸ばす。

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サーフィンをしてみたくなった。
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山陰海岸ジオパークをめぐる。
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羽尾の方まで足を伸ばす。ここにもサーファーがいっぱいいた。

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山陰海岸ジオパークをめぐる。
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鳥取まで帰り、特急はくとに乗り、智頭まで行く。
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酒蔵を訪ね、帰りの車中用に一本買い求める。

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石谷家住宅は3000坪の土地に、40の部屋と7棟の蔵を持つ。
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街道
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興雲寺を訪ねる。コスモスに心が安らいだ。
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百日紅と蔵。
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智頭急行の電車。
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特急はくとに乗り、車中で豆腐ちくわのあてで酒をいただく。旅があっけなく終わった。













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2014年9月14日 (日)

山陰巡り(松江・倉吉)

JRの山陰巡りパスを使い、しばしの息抜き。二日目。

早朝。松江の城下町を散策した。

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虹がかかっていた!
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千手院には、樹齢300年の枝垂れ桜が植わっていた。
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千手院の周辺は職人の町であり、今でも井戸を使い醤油や酒の醸造をしている。
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堀川沿いに、小泉八雲旧宅など、武家屋敷が続く。

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城山稲荷神社に、小泉八雲はよくお参りしたという。なお、神幸祭はホーランエンヤと言い、15年ごとに行われ、日本三大舟神事の一つとされる。

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松江城を訪ねる。

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倉吉へ行く。レンタサイクルで自転車を借りる。無料なのがありがたい。30分くらいで倉吉の城下町に着く。

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河本緑石記念館を訪ねる。彼は1897年の生まれで、盛岡高等農林学校で宮沢賢治の同級生であり、「アザレア」という文芸誌で活動した。荻原井泉水の主催する「層雲」に、自由律俳句を投稿して、中心メンバーとして活躍した。種田山頭火や尾崎放哉とも交友があった。1933年に、沖で溺れている同僚と若者の救出に向かい、帰らぬ人となった。享年36歳の若さである。奇しくも宮沢賢治も同年亡くなった。

河本緑石を顕彰し記念館を世話している夫婦から、いろいろお話を聞かせて頂き長居をしてしまった。私は大学時代に山頭火を放哉を研究していたので、参考になることが多かった。

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右上が宮沢賢治、右下が河本緑石。
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白壁土蔵群はさすがにすばらしかった。

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ここの鯛焼きはあんこがたっぷり入って、とても美味しかった。
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地元の名産を買い求める。
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八橋往来をめぐる。下の地蔵ちかくには、大公孫樹が植わっていた。

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倉吉駅まで自転車を漕ぎ、股が少し痛くなった。鳥取まで行く。

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2014年9月13日 (土)

山陰巡り(出雲)

山陰巡りパス50(大阪市内発着10000円)を使い、日本海を見に行く。新幹線・特急に乗れる格安切符である。

新幹線で岡山に行き、特急「やくも」に乗る。鈍行の旅に慣れているので、特急に乗るのは少し戸惑う。車中でも初めは落ち着かなかった。

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大山が見え出すと、まもなく米子。大山には昨年登った。
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レンタサイクルで電動自転車(822円)を借りる。日本海まで遠路走るので、電動にする。

出雲文化伝承館に寄る。
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出雲ワイナリーに寄る。試飲をたっぷり飲み、楽しませていただく。
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出雲大社に寄る。
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出雲の阿国の墓にお参りする。
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ようやく日本海が見えた。日御碕灯台まで自転車を走らせる。
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日御碕灯台に着く。20年ぶりであろうか。子どもが小さいときに、灯台の下で泳いだことがある。
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また同じ道を引き返す。ワイナリーにまた立ち寄り、試飲をする。すっかり寄ってしまった。出雲から松江に行く。
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堀川の夕日に見とれてしまった。
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2014年9月12日 (金)

原発賠償京都訴訟

原発賠償京都訴訟の第4回口頭弁論期日が、京都地裁で行われた。立命館大学の国際平和ミュージアムに平和展で借りた資材を返した後、地裁まで行く。少し早かったので、地下で食事をする。これで695円、やすくて美味しかった。珈琲もサービス。

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傍聴の整理券が配布され、抽選に当たり傍聴できた。

(事務局長の田辺弁護士からの事前のメールより)

今回,原告団・弁護団が提出する主な書面は,2つです
【準備書面(4)】津波の危険性が分かっていたことを主張するものです。

 国は,地震調査研究推進本部(推本)を設置し,日本海溝に沿って発生する
津波地震のリスクを評価していました。
 その結果を平成14年に「長期評価」として公表しています。
 これによれば,明治三陸沖地震と同じ規模の地震が三陸沖から房総沖のどこ
で起きてもおかしくないという結果になっていました。
 
 また,同じ年,土木学会は「津波評価技術」という手法を公表していました。
 
 津波評価技術を用いて,明治三陸沖地震を福島沖に置いて津波の高さを計算
すると,福島至第一原発の敷地内に15メートルを超える高さの津波が来るこ
とが容易に分かったのです。
 東電は,なぜかその計算を平成20年になるまで行わず,計算結果を保安院
に伝えたのは,平成23年3月,3.11の直前のことでした。
 
 津波評価技術は,国の役人もメンバーに入って作成されていますから,国も
東電も長期評価と津波評価技術を組み合わせて,平成14年には,15メート
ルを想定した対策を講じるべきだったし,また,それは可能だったのです。

【準備書面(5)】今回,避難によって原告らは,大きな被害を被りました。

 私たちの訴訟の一番のスタートは,その被害の大きさです。
 被害は,逃げた者にも,逃げられずにとどまった者にも,また,逃げたけれ
ども帰らざるを得なかった者にも及びました。
 被害が多様な形をとり,人生全般に及んでいることを,原告の生の声を中心
に構成しました。

いつもながらわかりやすく整理されたプレゼンであった。被害の実態をプレゼンされているのを聞いて、心にじーんと来てしまった。裁判長にも伝わったであろう。
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このような傍聴カードを作成された。傍聴に行くのが楽しみになるようなアイディアだ。
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この後、弁護士会館で報告会。満席であった。原告同士が集まり話し合いを重ねておられるのがよく分かった。
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9月18日(木)より、原発賠償関西訴訟も始まる。

全て勝訴しなければならない。

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2014年9月 6日 (土)

平和展

立命館大学国際平和ミュージアムに行き、キットやパネルなどをお借りする。15年戦争の慰問袋キットや現代さいころ君キット、中村哲さんとペシャワール会の写真(141枚)などをお借りする。現代さいころ君キットは、「平和な暮らしを阻むさまざまな現実」に目を向けるために作成された「子どもたちにもできることを見つけるヒントをつかむことが目的」のサイコロ式の面白いものである。

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ロビーには、「ムっちゃん平和像」が置かれていた。国民学校6年のムっちゃんは防空壕に一人取り残され、戦争が終わったことも知らずに死んでいったという。
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今年の平和展のテーマは、「平和ー人間の尊厳を考える」と題した。

立命館大学の国際平和ミュージアムよりお借りした、中村哲さんとペシャワール会の写真を会場の中心に配置した。「誰もが押し寄せるところなら誰かが行く。誰もが行かないところでこそ、我々は必要になる。」という言葉に、中村哲さんとペシャワール会の活動がよく表されている。パキスタンやアフガニスタンで医療活動はもとより、井戸を掘ったり灌漑用水路を建設したりして、真の平和作りに貢献されている。平和を築くためには、全く武器など必要ではない。

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大浦湾の美しい海を紹介して、沖縄の辺野古に新基地が建設されようとしていることに、断固反対するという意思表示も行った。
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沖縄戦の写真を展示して、軍隊は決して人民を守ってはくれないということをアピールした。
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広島の原爆被爆者である、原民喜さんの詩を知人が書にしたものを展示した。
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フクシマから3年半経っても、メルトダウンした核燃料は不明でどうすることもできず、汚染水も垂れ流しでコントロールできていないことなど、新聞記事などを使って明らかにした。原発は人間と共存などできる代物ではない。人格権を基に大飯原発の再稼働を不許可にした、福井地裁の判決文も紹介した。
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地元の戦跡パネルを展示して、69年前までこの地が軍事都市であったことを紹介した。
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多くの人たちが入場してくださった。写真を食い入るように長らく見つめておられる人もいた。来場者のアンケートの中に、感想がいろいろ書かれていた。「改めて戦争の怖さを感じました。社会人になって、このようなことを目にする機会がなくなったので、ここに来て良かったです。平和のために活動されている方の写真パネルがとても印象的でした。」「残酷だが、これが事実なのだろう。戦争を二度としないために、これから私たちはどうしていかなくてはいけないかと考えさせられた。」「もっと徴兵制について学びませんか。戦争の恐ろしさについて学びませんか。」

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