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2014年12月

2014年12月27日 (土)

辺野古・高江(12/27)

今日はもう帰らなくてはいけない。ウチナーンチュたちと共に、もう少し行動したい。

夜明けの大浦湾を見に行く。その後、集落を散策する。

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大浦のマングローブ林に立ち寄る。
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辺野古の集落を回る。米軍相手にやっていた店は、既に営業をやめているようだ。
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テント村に来て、ウチナーンチュたちと語り合う。次から次にテント村を訪ねて県外の人たちがやって来る。バスで多人数やってこられた。安次富さんは丁寧に解説されていた。
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名護市役所を訪ねる。稲富さん、がんばれ!
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市内にあるひんぷんガジュマルは、樹齢約300年。
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名護城跡に上る。14世紀頃のナングスク跡である。
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名護市を辞して、西海岸を南下する。安富祖の海。
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嘉手納市の沖縄そば店に寄る。3種類の肉が載っていた。

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嘉手納基地は、極東で最大活最も活発な基地である。滑走路は3700mのものが2本もある。こんな物は早く無くさなければならない。

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普天間基地は、宜野湾市の真ん中にある、世界で元も危険な基地である。2004年に近くの大学にヘリコプターが墜落して、尊い命が失われた。なんのための軍隊なのか、誰のための軍隊なのか、軍隊は決して人民を守りはしない。早くこんな基地は無くして返還させなければいけない。
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まだ時間があったので、夕暮れ時に首里城を訪ねる。

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沖縄県庁を訪ねる。翁長さん、ヤマトゥーの横暴な政権に抗い続けて欲しい。
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8時過ぎの格安航空機で帰る。
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家に着いたのは、日付が変わっていた。
翌日は、「沖縄の辺野古高江につながる奈良の会」のメンバーとして、奈良駅前でビラ配りとスピーチをした.その後、奈良の会の忘年会に参加した。「圧殺の海」のDVDをみんなで見て、益々怒りが込み上げてきた。

みなさん、たいへんお世話になりました。

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2014年12月26日 (金)

辺野古・高江(12/26)

今日は、東村高江に行く。

7時過ぎに民宿を出て、途中、慶佐次のヒルギ林を見る。

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東村はパイナップル生産日本一で、共同売店にはパイナップルが売られていた。今のものは酸っぱいという。
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平良湾で会を拾う。
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ヘリパッド基地反対テントに行く。高江は人口約150人で、約2割が子どもで比率が高い。ヤンバルクイナやノグチゲラなどの住むブロッコリーの森の中にある。手つかずの自然の中に、ヘリパッド(ヘリコプター離着陸帯)を作ろうとしている。

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米軍北部訓練場(ジャングル戦闘訓練センター)で、ベトナム戦争の戦闘訓練が行われた。
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N-1地区への進入路の反対側の入り口にも、テントが設置されている。
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ヤンバルの森にヘリパッド基地が建設されようとしている。

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テントの人に乗せて貰い、国頭村のカフェに行く。このカフェは、映画「標的の村」に出ている源さんが営む。
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カフェの下の海は、抜群に美しい。
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辺野古に帰る。
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大阪で講演を拝聴した真喜氏先生もテントに来られ、辺野古基地建設差し止めについてアメリカで提訴をしているというスピーチをされた。

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沖縄戦を体験されたおばぁは元気だった。
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夕刻から宴会。安次富さんや、芥川賞作家の目取間さんたちが参加されていた。ウミンチューたちが主で、私はアッシー君で民宿に泊まる人たちを送迎した。
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民宿に帰り、バーベキューを楽しんだ。3組の新しい客たちと話が弾んだ。。
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2014年12月25日 (木)

辺野古・高江(12/25)

夜明け前に起き、大浦湾を見に行く。ジュゴンの住むというのも頷ける「美ら海」である。

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午前7時10分に、テント2へ集合し、ミーティング。今年最後だけに、基地反対協議会の共同代表である、安次富浩さんのスピーチは熱がこもっていた。
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カヌーを浜まで運ぶ。
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基地との境のフェンスには、横断幕が張ってある。右翼が来て引き裂いたことがあるが、、また張り直しておられる。
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テントへ行く。座り込み3903日目。

カヌーをサポートする舟に乗せて貰う。約2時間航行する。辺野古ブルーチームと名付けられたカヌーの面々は、今日は70代から20代まで老若男女10が参加していた。途中、防衛局が偵察に来た。ボーリング調査が始まると、このカヌーチームが前線に立つので、外洋から珊瑚礁の海まで航行して、建設予定地ではロープを乗り越える練習をしていた。私も参加してみたくなった。
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キャンプシュワブ前に行く。「沖縄の辺野古高江につながる奈良の会」のメンバーと合流する。私も一員なので、みんなの前で一人ずつスピーチする。
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テントでは支援のための芸能祭が行われている。テント座り込みの継続性には、このような芸術性や笑いも大切だ。

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これが、ゲート前に置かれた山型の鉄板。座り込みをでき亡くさせるためのもの出、こんなものを設置したところに、政府の非人間性が浮き彫りになっている。。
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2014年12月24日 (水)

辺野古・高江(12/24)

「辺野古浜通信」に次のような呼びかけがあるのを見て、どうしても米軍基地建設反対の行動をしていかなくてはいけないと思った。

「少しの時間でも抵抗のために現地に足を運んで欲しい。政府は公安警察・機動隊と海上保安庁、自衛隊と米軍、何千億円もの金と権力を使い、沖縄の人々を制圧しようとしている。」

11月には沖縄知事選で翁長さんが勝ち、12月には衆議院選挙で島ぐるみ推薦候補が全員勝利した。その正当なウチナーの民意は、どうして生じているのか。ヤマトゥが相変わらず自民党を勝たせたのはなぜなのか。沖縄の辺野古・高江に行って考えてみたいと思った。

格安飛行機で那覇へ。

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空港内には自衛隊機がいて、戦争の嫌なにおいがした。
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レンタカーを3泊4日借りる。早速、沖縄そばを食べる。上に載るソーキが美味しい。
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名護市辺野古まで行く。高速で1時間半くらい。米軍基地建設反対で、10年以上も座り込みをされている。生活の一コマになっているのか、自然とそれがなされているのがすごい。
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キャンプシュワブのゲート前に行く。ここでも座り込みが行われている。

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沖縄平和運動センターの山城博治さんは情熱の塊のような人である。山城さんは座り込みの人たちと共に、スピーチのみならず、踊りや歌で盛り上げておられる。、
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ゲート前の集会やデモが終わり、テントを片付ける。日々テントを張り、片付けている。張るのは1時間くらいかかるらしい。片付けは20分くらいで終わる。
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車で5分くらいで、民宿に着く。同宿の人たちは、米軍基地建設阻止のために全国各地から来ておられ、遅くまで酒を酌み交わしながら話をしたRimg_1305_r
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2014年12月14日 (日)

我夢土下座フィールドフォーク望年コンサート

我夢土下座のフィールドフォークコンサートが、可児市の土田栄公民館で開かれた。青春18切符を利用して鵜沼駅まで行き、雪のちらつく中、犬山城とその城下町を散策した。その後名鉄に乗り、可児川駅まで行き、駅からすぐのところに小さな公民館があった。Rimg_0317_r
主催者の「生活の杜楽柿舎・可茂スポーツクラブ」の代表が「自然・人の出会い・優しさを謳いあげる」すばらしいフォークグループであると紹介され、そのお方も長年にわたり我夢土下座の大ファンであった。我夢土下座のお手製の音響は、アットホームな雰囲気を醸し出していた。

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我夢土下多座は2部にわたり、アンコール曲を含めて18曲演奏され歌われた。歌い手別(お若い順?)に、その曲名(正確ではないかもしれないので、ご教示ください。)と雑感を書き記します。

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〇進藤さん 「椛の木の森」「三つの箱」 
「三つの箱」は、ナターシャセブンの頃の進藤さんが、コントラバスを弾きながら歌われていたのをYou Tubeで拝見したことがある。今回ナマでお聞きして、30年を越える歳月の中で、進藤さんは三つどころか数多くの箱を作られていて、その中には音楽のみならず人生の大切なものがいっぱい充実して入っていることがありありと感じられた。進藤さんの演奏されている表情はいつ見ても、音楽の至福ここにありと永遠の微笑を浮かべておられる。今回握手していただき、コンサートの始まる前からすっかり感激してしまった。

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〇鎌田さん 「500 Miles」
Hobo(ホーボー)と称するアメリカの放浪者が、職を求めて流浪する悲しみや望郷の念を、鎌田さんは張りのある高音で繊細に表現されていた。いつも思うのだが、鎌田さんのマンドリン演奏に真剣に取り組まれている姿は、剣の修行の道にひたすら打ち込む武者を連想させられる。

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〇杉浦さん 「特攻花」「遠い故郷」ハーモニカ曲「La Partida」
木工はプロ顔負けという噂を聞いたことがあるが、ハーモニカ演奏もそうだ。わずか10数個の穴しかないハーモニカを、吐くと吸うという単純な行為で、多彩で豊潤な音を作り出せるという不思議さに圧倒されてしまう。会場の人たちに、家の庭でできた特攻花の種をプレゼントしてくださり、私もいただいた。特攻花が咲いたら、沖縄の海に沈んだ若者たちを悼むつもりだ。

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〇間宮さん 「海に向かって」「北方原野から」「おいで一緒に」「小さな町」
「北方原野から」を聞いていたら、果てしなく広がる広大な北海道の原野が目の前に浮かんでくる。5月に札幌で行われた村澤俊子さんたちとのコンサートに、私も参加したかった。演奏の間の間宮さんの口芸は、次にうたう歌について関係する話題を提供してくださり、その博学とユーモアにはいつも感心してしまう。そして、世相を風刺するときに、口芸のおもしろみは極まり絶口()好調となる。翌日の衆議院選挙の結果を予想されていたが、不幸にもぴたりと当たり、まさに戦争へとひた走る暗黒の時代の到来かもしれない。

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〇田口さん 「アンモナイトの朝」「レールの星」「物干台」「Hobo’s Lullaby」
今回田口さんはいったい何を歌われるのだろうか、コンサート前からもっとも気になることだ。数多くのフィールドフォークの名曲を作曲され、一度その歌を聴いたらもう忘れられなくなる。メジャーの世界でも十分通用する、すばらしい音楽的才能のある方だと思う。写真もブログで拝見しているが、どこにでもあるものを、どこにもないような独自の視点で捉えておられる。それは音楽にも共通している。「アンモナイトの朝」は、京都の都雅都雅でギター+ハーモニカ演奏つきでお聞きして印象深かった。笠木透さんの詩に、田口さんが曲を作られたものだ。この二人で作られたものには、「吾も紅」「矢車草」などフォークの名曲ばかりだ。「物干し台」は、会場の人たちと輪唱して歌われた。この歌にうたわれているような何気ない平凡な光景に、家族の温かさや平和のありがたみをつくづく感じてしまう。アベノミクスとは対極的な位置にある世界だ。

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〇細田さん 「人はそれでも」「旅の空」「真夜中の雪」「私に人生と言えるものがあるなら」
長老と呼ばれているようだが、声量はますます拡がり、迫力さえ感じた。「真夜中の雪」は雪の降るささやかな音に恋人のことを察して偲ぶというテーマであるが、細田さんは今のわがことのように情感深く熱唱された。いつまでも恋に恋する心を失わず、青春を生きておられる方であるのだろう。本当に羨ましい限りだ。約20年前(1993年)の我夢土下座のCDにも入っているが、歌に込められた妙味はいっそう増しているように感じた。「人はそれでも」も、ぐんぐん心を揺さぶった。

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2時間半のコンサートが瞬く間に終わり、その余韻を愉しみながら青春18切符を使い、長い帰途についた。名古屋から新幹線か近鉄特急で帰れば早いのだが、3日しか勤務していないので贅沢はできない。
今年は私用公用など多忙で、さんさにもSUNSUN椛の湖コンサートにも行けずウジウジしていたのだが、この「望年コンサート」で良い年が迎えられそうです。我夢土下座のみなさま、本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

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犬山を訪ねて

我夢土下座のフィールドフォークコンサートに参加するために、可児へ行く。青春18切符を使い、米原から岐阜を経て鵜沼駅で下車する。関ヶ原のあたりは深く雪が降り積もっていった。

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木曽川を渡る。犬山城が遠望できる。
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輝東暗
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瑞泉寺の楠は樹齢約300年。山門は犬山城内田御門を移したもの。境内から犬山城が見える。
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臥龍寺
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眼下には名鉄が走っている。
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木曽川沿いに歩く。雪がちらつく中、まだ紅葉が残っていた。
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入城料500円を払い、城内に入る。ここにもまだ紅葉の木があった。
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城の中に入る。狭い急階段を上る。
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城から御嶽山も見えるという。
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犬山の城下町を歩く。からくり展示館、城とまちミュージアム、旧磯部家住居などを訪ねる。

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犬山駅近くに老夫婦の営む中華そば屋に寄り腹ごしらえする。あっさりした昔懐かしい味だった。
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名鉄に乗り、可児川駅まで行く。我夢土下座のフィールドフォークコンサートが行われる公民館へ行く。良い時間となった。

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2014年12月13日 (土)

新酒を求めて

新酒を求めて、青春18切符を使い越前、そして湖西へと旅する。雪の降り続く今庄駅で下車する。敦賀では雪が降ってなかったのだが、トンネルと越えると雪景色。

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北国街道を歩く。
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この宿場には、3軒の酒蔵がある。そのうちの一軒に立ち寄り、新酒を買い求める。
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米麹や醤油を作ってる店に立ち寄り、厚揚げと薄揚げを買い求める。ここの厚揚げの太さには驚嘆した。
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今庄を辞するときには、激しく雷が鳴り、少し怖いくらいだった。これは、大雪が降る前兆であるということだ。敦賀まで行き、湖西線で近江今津まで行く。、
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近江今津は好きな町なので、しばしば訪れる。まず琵琶湖を見に行く。琵琶湖就航の歌碑のはるかかなたに竹生島が見える。

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観光船の待合所の2階にはレストランがアリ、食事しながら琵琶湖を眺めることができる。ここのランチが安くて美味しい。これで、な・なんと530円。
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浜通りを歩く。丁稚ようかんを売る店にいつも寄るのだが、作る道具が壊れたということで、残念ながら求めることができなかった。

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ヴォーリズの設計した大正から昭和初期に建てられた家が、今も3軒残っている。
今津ヴォーリズ資料館
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今津教会堂
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今津郵便局舎

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琵琶湖産の魚を売る店に寄る。
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酒蔵により、試飲を味わあせていただき、1本買い求める。
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1升瓶を2本担いで家に帰る。帰宅後、厚揚げを肴にして一杯やる。新酒の生娘のような初々しさが好きだ。

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2014年12月12日 (金)

陶芸作品(12月)

12月の陶芸作品。

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今回は、30センチを超えるような食器を作ってみた。妻のリクエストにより、小皿も作っている。しかし相変わらず、徳利とぐい飲みが多い。これだけは極めなくてはいけないと思ってやっている。この徳利とぐい飲みがあれば、日本酒がいちだんと美味しくなるようなものを作ってみたい。
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2014年12月 7日 (日)

李政美いのちのうたライブ

李政美いのちのうたライブが、奈良市月ヶ瀬の「森の茶論」で開かれた。月ヶ瀬は梅林で有名である。

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「森の茶論」は、13年前に大阪から月ヶ瀬に移り住み、「食料とエネルギーの自給を目指した農的暮らし」を営む猪狩夫婦の洒落たお家である。
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太い梁がある吹き抜けの部屋には、薪ストーブが燃えていた。
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李政美さんは天聖母マリアのような衣装を召されて、その歌はまさに天からの贈り物であった。高貴な気品があり、かつ庶民的な親しみやすい臭いもある。心に自然と入り込んでいく心地よさに任せていた。マイクなしの、ソプラノの柔らかい声が室内に心地よく流れていた。「京成線」「アリラン」「湖上」「ありがとういのち」など、10数曲歌われた。竹田裕美子さんのピアノ、矢野敏広さんのギターにより、李政美さんの歌がいっそう魅力を増していた。
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ライブ終了後には、ポットラックパーティーがあった。
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近くには茶畑が広がる。
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ふれあい市場で野菜や漬物を買い求める。
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梅干しも買いもとめる。
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夕闇が迫ってきた。
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