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2015年2月

2015年2月28日 (土)

かも船屋おひな祭り

孫娘を連れて、かも船屋ひな飾りを見に行く。船屋は加茂駅から木津川方面に延びる商店街だが、今は寂れる一方である。活性化するにはどうすれば良いのだろうか。商店や民家の中に、その家で大事に使われていた雛人形が飾られている。江戸末期のたいへん古い雛もあった。

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かも鉄道歴史展が行われていた。昔の硬い紙の切符を頂いた。
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さまざまなお雛さまを見て、孫娘はとても喜んでいた。

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2015年2月22日 (日)

陶芸(2月)

立春を過ぎたのだが、まだまだ寒い日が続く。陶芸小屋から見た山々。猿がレモンをかじったあと棄てて、木には1・2個しか残っていなかった。

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轆轤でひいたばかりの作品。

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2月に焼き上がった作品。大型のものを作ろうとしているが、悪戦苦闘している。徳利はわりと思うようなものができ始めたが、まだまだ先は遠い。

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2015年2月20日 (金)

大正から咲洲へ

大正駅で下車して、大正通りを40分ほど歩くと平尾商店街。大正区はリトル沖縄と言われるくらい、沖縄ゆかりの人たちが多く住んでいる。特にこの周辺には、沖縄を強く感じさせる店が多い。

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平尾商店街に着く。
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お目当ては、サーターアンダギー。1個60円で、大きくてめちゃ美味しい。作りたてでまだ温かい。思わず15個買ってしまった。他にも沖縄直送のそばや、豆腐、野菜などが置かれている。

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泉尾まで引き返し、甚兵衛渡船場に行く。江戸の頃に甚兵衛という茶店があり、名物の蛤やシジミを食べさせていたという。尻無川(岸壁間94m)を渡し、大正区の泉尾と港区の福崎を結ぶ。15分間隔で運行し、自転車の女性たちが多かった。あっという間に対岸に着き、もう少し乗りたいと思われるほどだ。京セラドームが遠くに見えた。.
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咲洲(さきしま)へ行く。大阪港を眺めながらしばらく歩いた。海遊館が遠望できる。

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平野区の古墳から出土した舟形埴輪を元に、実物大に製作した古代舟。「なみはや」と名付けられ、全長12mもある。その先にあるタワーが、咲洲大阪府庁舎。東北大震災の時には大きく揺れた。海を埋め立てた軟弱な地盤の上に立っているのだから、危険きわまりない。
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これからこの庁舎で、知人や弁護士との打ち合わせがある。

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2015年2月14日 (土)

戦争への道を許さない集会

京都市の東洞院通のウィングス京都で、「倒そう!安倍政権 戦争への道を許さない2.14集会」が行われた。この周辺には、古い建物が残っている。

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アジア共同行動・京都代表の瀧川さんから主催者挨拶があった。

「安倍政権は、原発再稼働や辺野古新基地建設着工などを強行し、いよいよ通常国会に集団的自衛権関連法案を上程しようとしている。また、労働法制改悪など貧困と無権利を強制しようとしている。戦後70年を迎える2015年は、まさに歴史的な岐路と言える年になろうとしている。」
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この集会のメインは、纐纈 厚さんの講演「集団的自衛権行使容認の深層」である。副題は、「安倍政権と『戦争国家』日本の道を阻むために」である。纐纈 厚さんは現在山口大学の副学長で日本の戦争国家化に対する批判を提起してこられ、山口の反戦平和運動にも尽力されている。纐纈さんの講演を最も楽しみにしていたが、期待を裏切らない鋭い視点でズバリと集団的自衛権の危険性を指摘されていた。私にとって耳の痛いことをたくさんご指摘くださり、自己のこれまでの生き方や考え方を反省させられた。

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「安倍政権の平和主義とは、日本の将来にわたる軍事行動への批判を回避し、軍事国家化の変容を円滑に進めるための便法である。集団的自衛権行使に象徴される日本の軍事化を正当化づけることが意図されている。」

「市民革命を得ずに没個性的にしか民主主義を成熟させてこなかった日本人にとって、ファシズム型独裁政治への抵抗感は極めて希薄である。日本人の政治感覚や政治責任の欠落ゆえに、独裁者や英雄への無条件・無意識の賛美が行われている。」

「集団的自衛権の行使により、アメリカとの軍事共同作戦体制が実質化して、『日本が盾、アメリカが矛」の関係から、「日本が矛、アメリカが盾』へと逆転する可能性がある。」
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反戦共同行動、高浜大飯原発再稼働阻止ネットワーク、NO BASE沖縄とつながる京都の会、憲法を生かす京都の会など、リレーアピールがあった。
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集会の後、四条河原町を経由して鴨川河川敷までデモを行った。


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西陣を歩く

集会まで時間があり、西陣を歩く。西陣は、室町時代の応仁の乱で、西軍が陣を構えたのでこの名がついた。戦乱後に織物の職人たちがこの町に戻り、西陣織を始めたという。

妙顕寺(京の冬の旅の『特別公開寺院』)

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本法寺(京の冬の旅の『特別公開寺院』)

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妙蓮寺には、御会式(おえしき)桜が咲いていた。日蓮が入滅した10月から咲き始め、釈迦の誕生の4月頃まで咲続く。
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西陣の町には、庶民たちが暮らすホッとするような空間が残っている。
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西陣聖天には、地を這う松が植わっていた。
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本隆寺
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織成館の周辺には、糸屋格子や虫籠窓などを残した古い家並みが続く。
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浄福寺では釈迦涅槃会が行われていた。
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二条城
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二条城から四条まで歩き、集会に参加する。

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2015年2月11日 (水)

「日の丸・君が代」強制拒否の意味を考える集会

大阪で、「いま日の丸・君が代強制拒否の意味を考える2.11集会」が行われた。まだ時間があったので、大阪城梅園の梅を見に行く。まだ満開までしばらくかかりそうだが、早咲きのものもあった。

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主催は、「日の丸・君が代」強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワークである。

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大阪ネットワーク代表の黒田さんが、格調高い基調報告をされた。

「日本は今「積極的平和主義は積極的戦争主義」「集団的自衛権は集団的他衛権」「教育再生は教育解体」の逆説のファッショ体制になっている。1937年に『国体の本義』が文部省より出され、侵略戦争への国民性神大運動が行われた。そのころ、『戦争が廊下の奥に立っていた』という無季語俳句が詠まれた。今、安倍の後ろに戦争が立っている。戦争を廊下の後ろに立たせないために、戦争する教育にストップを!真実と平和への希望を語り合える教育の実現へスクラムを組もう!」

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知花昌一さんが「沖縄と日の丸君が代」に関して講演された。知花さんは、1987年に開催された沖縄国体で日の丸を引き下ろして、強制に抵抗された反戦ウチナーンチュである。

「現在辺野古に米軍新基地建設を強行しようとするのは、第5の琉球処分であり、ウチナーンチュは絶対にそれを許さない。政治的な構造差別に対抗するには、『みんなになるな、ひとりになろう』という真の自立した個人であることが大事だ。権力側はみんなにしようとして、そこからはみ出たものを村八分にする。ひとりになった一人一人が連帯するところに、運動が生まれる。沖縄の問題を、自己の課題とするところから、一歩前に出ることができる。頭ではなく、身を以て行動できる。今、辺野古ブルーというカヌーチームに入り、防衛局や海保(海猿)の暴力に毅然として非暴力の闘いを続けている。忍耐の限界に近づいているが、非暴力で最後まで行きたい。この闘いは必ず勝つ!」

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グループZAZAのメンバーがそれぞれ不起立の思いを語った。

吉田さん「安倍政権の下で学校教育は危険な道具に変えられようとしています。子どもに愛国心を植え付ける、領土問題や歴史問題で排外主義をあおる、自衛隊を賛美し戦争を肯定する、天皇への敬意を押しつける、基本的人権や労働者の権利を踏みにじる。私が君が代に不起立した昨年2月よりも危険はずっと強まっています。今こそ力を合わせて軍国主義への動きを阻止しましょう。」

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梅原さん「日の丸君が代にはいろいろな考えがある。日本はいろいろな考えを認める自由な国だった。よそ者は排除し、女将の考えに従わぬものは力尽くで転向を迫る。そんなふうに成ってしまった今、黙っていいのか、フツーに自由でフツーに平和な日本を取り戻したくて、私はここにいる。』
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「入れ墨処分」不当処分撤回を求める会、朝鮮学校無償化を求める会、日本軍『慰安婦問題』関西ネットワークなどから、連帯のスピーチがあった。
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フリージャーナリストの西谷文和さんの「イスラム国」に関するスピーチで、マスコミの報道しない真実を教えていただいた。安倍はこの人質事件を利用して再軍備に猛進することであろう。絶対に阻止しなければならない。
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ネットワークの事務局の山田さんから「集会決議」と「行動提起」がされ、大拍手で承認された。
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デモに出発。通行人のみなさんに高らかにアピールした。縦3メートルくらいの憲法前文を書いた幟を貸していただき、シュプレヒコールをしながら歩いた。最後は難波駅周辺で解散した。すっかり暗くなっていた。
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2015年2月 1日 (日)

ガマ人間あらわる

「月桃の花」歌舞団によるミュージカル「ガマ人間あらわる」が、大阪で公演された。大阪天満宮で下車して、天神橋を渡り、エル大阪シアターに行く。

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原発・戦争・労働破壊など命を脅かす出来事に心を痛める、全ての人々に勇気と希望を贈る、フクシマーオキナワとつながるミュージカルである。歌舞団員は3年にわたり福島や沖縄に取材して、民衆の生の声を取り入れながら作っていかれた。

月桃の花歌舞団のエイサーは何度見ても迫力があり、生き生きと躍動感がある。この歌舞団は、映画「GAMAー月桃の花」に込められた「命どぅ宝」の心を広げようと結成された。

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ガマ人間が現れた。ガマ人間は、地球上のマネーゲームを勝ち抜いて進化した最強の人類であるらしい。あらゆる金を飲み込むガマ口を持ち、ガマ人間は日本社会をもうけを生み出すガマワールドに変えようと企んでいる。まさに今の日本の1%の富裕層を象徴する者たちである。
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ナマのバンドの音楽がミュージカルを盛り上げていた。
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「ダイレクト」の歌がフィナーレで歌われた。

「ふるさと染めゆく放射能 汚して傷つけ棄てていく 自衛のためだと戦(いくさ)する ハケンを増やして株上げる 言いたいことが一つある カンタンちょっぴりムツカシイ 直接言わなきゃ届かない 私が言わなきゃ伝わらない 私の命は私のものだ 私が生きる私が決める 私の命は私のものだ 私が生きる私が決める」 
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沖縄の音楽家、海勢頭(うみせど)豊さんが、このミュージカルの芸術監督である。最後に講評された。「音楽バンドも上出来で、良い演技でした。日本国民は自分を失っている。沖縄では自己決定する気運が高まっている。国民一人一人が自己決定権を持たないといけない。」
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終わったあとに、感想交流会が行われた。福島からの避難者は、「避難者の思っていること、言えないことを伝えてくれた。途中で涙が止まらなかった。」と賞賛された。

ガマ人間の野望を、今こそ打ち砕かなければならない。「命どぅ宝」を武器にして。

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