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2015年5月

2015年5月31日 (日)

辛淑玉講演会

「フクシマと結ぶ 音の力いのちの言葉Vol.7」、「原発あかん・橋下いらん・弾圧やめて」、「5.31辛淑玉講演会」が大阪市立中央区民センターで行われた。主催は、趙博(パギやん)のコラボ玉造である。300人くらいの人が集まり、盛況であった。

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スタンダップ・コメディーのナオユキが登場。変わらない町並み、変わりゆく町並み、ガード下の飲み屋、「ビルのくたびれたスナック」などに出没する、庶民たち特に酔っ払いの生きざまを活写する。社会から疎外される側の人々を登場させて、彼らの哀感を鋭く描き出す。憎めない連中ばかりだ。
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辛淑玉講演「歴史と向き合った国、向き合わなかった国」

歴史と向き合った国はドイツで、向き合わなかった国は日本である。日独の戦争に対する反省がこうまで違うことに驚いた。ドイツは他国に侵略した行為を真摯に反省しているが、日本は悲しいことに忘れよう忘れようとしている。こんな健忘症は、日本のためにならない。
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辛さんは、実に鋭利なナイフで社会のまやかしをズバリズバリと断ち切っていく。NHKの「みんなの体操」をとりあげて、実際に体操を演じるのは、老若男女の「みんな」ではなく、妙齢の女性だけである。健康の者が正しく模範になるという、優勢思想を宣伝するためであると喝破された。
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昔話の「桃太郎」を取り上げ、団子一つで鬼と闘わさせられた雉子たちは、今で言う新自由主義の申し子たちであると鋭く分析される。見方や発想が、斬新で面白い。
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ヘイトスピーチは、政権の意思を担保に保険がついた差別であると指摘される。堕落した政治が、害毒をまき散らしているのだろう。ウチナーンチュたちへのヘイトスピーチは、まさに辺野古新基地建設を強行するアベの差別政策がそのまま反映している。
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ドイツ語検定1級では、「東西冷戦時に、あなたの所属していた国はどちらの陣営に入り、その結果今はどうなったか、それがあなたにどう影響したか、述べよ」。日本語検定では、「上司と部下の会話を読み、上司は何を言おうとしているのか述べよ。」日本語の検定試験がこれでは、先のことが思いやられる。18歳から選挙権を与えても、歴史を知らない若者はただ利用されるばかりであろう。
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「二度と戦争をしない」は、「殺されたくない」が被害者としての日本であり、「殺したくない」が加害者としてのドイツである。憲法九条は、「殺されても殺さないという決意、宣言」である。辛さんの的を射た指摘には、全面的に賛同したい。「殺さない」ということが最も大切なことである。
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李信恵さん、石丸次郎さんを交えて、鼎談が始まる。李さんはヘイトスピーチの在特会を訴えられている、不正なことに対して、徹底的に対決する、とても勇気あるすばらしい人だ。李さんは、育鵬社の公民の教科書は、反戦平和・他文化他民族共生・人権尊重の街 東大阪にふさわしくないので、採択しないよう運動をされている。
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30分休憩があり、スマイルぷくぷくのクッキーやあらい商店のカレー、コラボ玉造の特製ホルモン汁はメチャメチャ美味しかった。何時間も煮込んで柔らかくなったホルモンは、唐辛子の辛さと良くマッチして、最高だった。

再び、ナオユキの登場。顔の百面相を見るだけでも楽しい。酔った顔を見ていると、こちらも酔った気分になる。
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いよいよ待ちに待ったパギやんの登場!「民衆の歌」「正義のために刑務所に入ったことがありますか」を歌われた。真実をとことん追求して、決して妥協しないパギやんの思いがいっぱい詰まっている歌であり、迫力たっぷりに歌われた。
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石丸次郎さんの特別報告「安倍政権による報道干渉の実態」

石丸さんは、アジア・プレス・インターナショナルの大阪オフィスの代表をされている、真のジャ-ナリストである。「隠す、脅す、使う、そして忖度(そんたく)」という言葉で、端的に現在のメディアの堕落ぶりを指摘された。安倍政権のメディアへの介入は、今までの政権にはないような悪質なものがある。マスコミは政権への監視する役割を放棄しつつあり、政権のスピーカーのようなものに変質させられていっている。報道機関は政権の意図を忖度して、迎合するような姿勢を見せている。これはメディアの死と言えることだ。もちろん、一部ではあるが、権力にはきっぱりと対峙して、自分の頭で考え自分の足で取材して、人民の側に身を寄せて記事を書く少数のジャーナリストがいる。彼らを応援することが、今一番大事だと、石丸さんは強調された。
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「日の君反対」のZAZAグループを代表して、奥野さんがスピーチをされた。支援学校に勤める奥野さんは、3月の卒業式の君が代斉唱時に、介助の必要な生徒の横に座っていたことで、戒告処分を受けた。何が何でもひのきみには従えという府教委の横暴ぶりは、あまりに理不尽なことで、到底許されるものではない。ひのきみは、思想・信条の自由よりも上位にあるとは全く思わない。
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リニアに反対する「リニア市民ネットワーク」の春日さんがスピーチをされた。トンネルの中、そんなに早く目的地について、何か意味があるのか。窓外の景色に目を向けながら進む、各駅停車の方がよっぽと楽しく意味がある。
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古河さんは三里塚の農家から野菜を受け取り、福島まで運んでおられる。5月中旬で47回目になるという。一度福島に行くと、車は二〇〇〇キロ走るという。今、車の全走行距離は、31キロを超えている。福島の人々のために、自分のできることを精一杯やっておられる熱情の人である。
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3時に始まり7時過ぎまで、本当にあっという間に時間が過ぎた。考えさせられることがあまりに多かった。

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2015年5月23日 (土)

法事で帰省

叔母の7回忌で、妻と共に車で、広島県に帰省する。老母への親孝行のまねごとをするという目的もある。車いすを施設から借りて、こちらから積んでいった。早速、美味しいものを食べに、母や兄たちと地元の料理屋へ行く。大きな水槽で直前まで生きており、イカのげそのあたりは、まだはねていた。たまにはこんな贅沢もいいのでは。

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翌日は早朝から兄と散歩する。兄はいつも5時頃から歩いているという。芦田川沿いに歩く。相方(さがた)の城跡が遠望できる。

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蛇円山(じゃえんざん)が遠くに見える。この辺りでは最も高い山である。
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昔、酒作りをしていた酒蔵であったが、今は廃墟となっている。亡き父から1升買ってこいと言われた微かな記憶がある。
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桑の実を見つける。ほんのりと甘く、思わず実をほおばっていた。指は赤紫色に。
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野いちごも見つけた。爽やかな甘さがある。これも口にたくさんほおばった。
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約1時間半の散策を終える。

狭い家の畑には、じゃがいもや栗の花が咲いていた。ジャガイモの花は、よく見ると、淑やかな貴婦人のようだ。栗の花は、実から連想するのは甚だ難しい。
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アスパラガス、ミント、いちじく。ミントは生命力が強く、何をしなくても増えるという。
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ミツバチ小屋。蜂蜜ができるのが、今から楽しみだ。
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ノーモア広島の千羽鶴が、平和の塔の前に置かれていた。妻の叔母も被曝されたという。
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最寄りの無人駅。私の小学生時代は駅員さんが数人いた。駅前広場で、ラジオ体操していた。
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明日は法事。

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2015年5月17日 (日)

憲法フォークジャンボリーinおかやま「平和の暦」

「2015憲法フォークジャンボリーinおかやま」は、「トリビュート ピート・シーガー&笠木透」と「平和の暦」の2つの趣旨を含めて行われた。主催は、「憲法フォークジャンボリーinおかやま実行委員会」である。岡山県九条の会の協賛、岡山県・岡山市・山陽新聞社・朝日新聞岡山総局の後援も頂いている。

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鳥の歌(カタロニア民謡) 大谷哲子演奏

大空を飛翔する鳥の思いに浸りながら、コンサートが始まる。 

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実行委員長の北川文夫さんが挨拶された。理学博士だというのに、この腰の低さ、謙虚な姿勢、周囲への気配り。尾崎さんが頼られているのも分かるような気がする。エライ人は少し苦手であるが、北川さんだったら大好きだ!

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「憲法」を冠したコンサートが数度行われているのも、北川さんや尾崎さんを中心として、平和やフォークを愛する、岡山の人たちのステキなネットワークがあるからだろう。

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サプライズがあった!!社会民主党の福島みずほさんがこの会場に来られていたのだ。憲法のあつまりを午前中に変更して、このコンサートに参加された。このような人民の側に立つ民主的な政党がもっと政治勢力を伸ばして欲しいと願う。沖縄の山城さん、大阪の服部さんなど、社会民主党(本来の社会党)の議員が多数当選して活躍していれば、今の危機的な状況は生まれなかったはずだ。

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Part.1 地域に根付いて活動するフォークシンガーたち

彼らのフォークを聞いていると、各人の生きる風土や生きざまがありありと浮かび上がる。彼らは、その生活の中から湧き出ずる思いを、川の流れのように歌にして、風が木々に吹くようにありのままに歌い続けられている。決して華やかな花ではないけれど、よく見てみると確かな存在感のある、飾らない野の花のようだ。「雪のチャンプル」というシンガーは急病で来られなくなったが、興味津々である。いつかは彼らの住んでいるところを訪ねてみたい。きっとそのフォークから抱いた印象と変わることがないだろう。6月には、武部さんの住む鳥取の鹿野町を訪ねる。

①OZAKI UNIT 「雑木群生」
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②武部 仁 「水田」

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③大澤和代 「おらっせん」
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④ぺんぺん草 「希望」
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⑤どすこいブラザーズ 「戦へ行くな」
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⑥岡山のうたごえ 「命 この悲しいもの」
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⑦渡辺義行 「銀色のランナー」
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⑧凪の座 「光の海」
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Part.2 笠木 透が愛したプロ・フォークシンガーたち

アベさんのまやかしの「平和」や「安全」とはまさに対極にある、真の「平和」すなわち「差別のない世界」を求めて、真摯に歌を作り続けておられる本物のフォークシンガーである。テレビには出ないのでメジャーではないけれども、あんな薄っぺらな偽りのものとは大違い。笠木透さんが愛しておられたのも、当然である。フォークは商業主義に陥ったら、すぐにダメになる。民衆の心から遠く離れていくからだ。パギやんは、5月31日(日)に大阪で行われる、「原発あかん・橋下いらん・弾圧やめて!」の辛淑玉(しん・すご)さんの講演会を主催される。パギやんの歌も聴けるし、もちろん行くつもりである。

○趙 博(パギやん)
「核々死か慈か」「ヨイトマケの歌」「釜石小学校校歌」「Where Have The Flowers Gone?」
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○よしだよしこ
「She said NO!」「高野君の焼鳥屋」「The Water is Wide  海は広い」
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尾崎さんも加わり、二人でデュエットされる。二人の声は夜明けの天空に七変化の雲が行き交うように、美しいハーモニーを醸し出していた。尾崎さんの最高の誕生日プレゼントになったことでしょう。
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○中川五郎
「あの娘は山越えやってくる」「トーキング烏山神社の椎の木ブルース」「腰まで泥まみれ」
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休憩時間には、ロビーには、CDや陶芸作品、珈琲やお菓子などを買い求める人たちでいっぱいだった。てけてくさんの石窯パンは、さすがに美味しい。
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Part.3 笠木 透の音楽人生の最後まで行動をともにしたフォークシンガーたち

もうそろそろ笠木透が現れても良さそうだと思った。彼の姿を求めて、舞台や館内を視線が何度も彷徨った。「おいおいお前たち元気でやっているか。三途の川をエンヤラ舟を漕いでやって来たぞ。」とあの太いだみ声がどこからか聞こえてくるような気がした。

1 雑花塾 「私に人生といえるものがあるなら」

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2 尾崎ツトム 「メープルシロップ」

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3 鈴木幹夫 「南山」
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4 増田康記 語り 上田達生 「あの日の授業」
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5 上田達生 「陽だまり」
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6 中村みちこ・文也 「美しいといえるのは人間だけだろう」
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7 増田康記 「軟弱もの」
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8 佐藤せいごう 「ANSWER」
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9 山本忠夫 「焚き火」
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フィナーレ
雑花塾+ゲスト 「大きな壁が崩れる We shall overcome」
雑花塾 「平和の暦」
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アンコール
雑花塾 「私の子どもたちへ」
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コンサート中に常に違和感といおうか、しっくりいかなかったことは、なぜここに笠木透がいないのかということであった。何かが欠けているといおうか、その欠けているものは何かを探し求めていました。
やはり、笠木透さんの存在感なのでしょう。
でも、何かが欠けていたとしても、その中から何か新しいものが生み出されているような気がしました。これから、雑花塾をはじめとする笠木透チルドレンたちは、理不尽で無謀な権力に対して、民衆の生活に寄り添いながら「文化での闘い」を敢然と実践することでありましょう。チルドレンというよりも、一人一人が笠木透そのものの存在になるのではないかと思います。ファンの一人として、微力ながら支援していきたいと願っています。

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笠木さんが、舞台の奥から小舟に乗って三途の川を引き返すのが、かすかに見えたような気がする。小舟に乗る前に、 「平和の暦を1枚めくり、またフォークができたら教えてくれ。またやって来るからな。また、会おう!」と言われたような気がする。
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打ちあげが行われた。尾崎さんの誕生日を祝って、OZAKI UNITの心のこもったプレゼントがあった。こちらもジワリと涙腺が緩んでしまった。イベントが楽しすぎて、つい飲み過ぎてしまった。ホテルまでどう帰ったのかしら。
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岡山での3日間は、一生ココロに残ることでありましょう。尾崎さん、北川さんを初めとして、笠木透ネットワークの皆様、たいへんお世話になりました。一週間経ちますが、心地よい余韻をかみしめています。DVDは前夜祭が2枚、コンサートが4枚の大長編感動物語になりそうです。ご期待を!

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水辺のモモくん

今日は快晴!旭川沿いに歩く。烏城が水面に映る。逆さまの烏城は、また別の趣がある。

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モモくんと出会う。
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鵜が遊んでいる。
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モモくんの正面に見えるのが、三木記念ホール。ここで、「2015憲法フォークジャンボリーinおかやま」が開かれる。

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ホールから見た旭川と烏城。この景観は、他では見られない。
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私は実行委員として名ばかりだったので、この日の準備は体力勝負で頑張った。

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2015年5月16日 (土)

前夜祭交流ライブ

「2015憲法フォークジャンボリーinおかやま」の前夜祭交流ライブが、岡山禁酒會舘で行われた。2015憲法フォークジャンボリーには、「トリビュート ピートシーガー&笠木透」、「平和の暦」という2つの副題がついていて、ここにその趣旨が端的に表されている。

「コンサート『2015憲法フォークジャンボリーinおかやま」は、2014年に死去したアメリカと日本の偉大なフォークシンガー、ピートシーガーと笠木透をトリビュート(称賛・感謝)し、二人が希求した『平和』を再確認すると共に、世界の宝ともいえる『憲法九条』が、永遠に輝き続けることを願って、開催されるものです。」実行委員会より

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上田達生さんのコーヒーカップが置かれていた。笠木透の詩が書かれていて、更に魅力を増している。私も陶芸をしているのだが、形状のみならず、やはりすべてが全くレベルが違う。
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面白いものが置かれていた。「野径九想(やけくそ)大明神御札」である。原案は笠木透、原画は上田達生、版画は鈴木幹夫。火事除けには効果抜群ということであるが、そのユーモアに、雑花塾の自由闊達なイメージ力を感じる。
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室内は満席で、立ち見の人もおられた。

出演順(敬称略)に紹介する。彼らは地域に根づいて活動するフォークシンガーたちで、笠木透からさまざまなものを学び、自分の中でそれを消化して、そして、自分の言葉と音で表現されようとしている。テレビに出ているような薄っぺらな音楽ではなく、ここには民衆たちのほんもの音楽があった。それぞれの風土、それぞれの生活にしっかりと根付いた歌であった。

1 OZAKI UNIT 「小さな館」「歴史教科書」「愛するもののために」「なんでー」
「なんでー」初めてお聴きしたが、OZAKI UNITの新境地であろうか、家族の会話が「なんでー」の連発で、すれ違いの中に温かみがあった。声優にならなかったのは「なんでー」?

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2 どすこいブラザーズ 「太田川よ教えて」「夜明け前の唄」
どすこいの体格からしぼり出される、バリトンの声量に圧倒されながらお聴きした。広島は、「観光」を売り物にするのではなく、「平和」の町であるべきだ。彼らの言わんとすることに大賛成。
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3 ぺんぺん草 「夜明けの光の輝きの中で」
鳥取県の米子で平和活動しながらフォークを生み出されている夫婦である。初めてお聴きしたのだが、大山の雄大さ、日本海の果てしない広がりが眼前に浮かんできた。
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4  弁護士九条の会岡山 会長 吉岡康祐さん

「集団的自衛権行使容認の閣議決定」の撤回を求め、「新ガイドライン」及び「平和安全法制案」に反対する会長声明を出された。「平和安全」というのは、全くのアベこべである。吉岡さんはフォークが好きなのであろう、歌に合わせてからだが快く揺れていた。
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5 大澤和代 「草刈りうた」

初めてお聴きする方である。岐阜県八百津在住で、笠木透の音楽サポートをされていて、やがて自らもフォークを生み出されるようになったということだ。飾らない素朴な曲想はいっぺんに好きになってしまった。

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6 石原みゆき 「梅一輪」

岡山合唱団の一員だということで、さすがに発声の仕方や声の質はすばらしかった。そして何よりも、笠木透を偲ぶその思いの深さがメロディーに純化されて、心を揺さぶった。
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7 渡辺善行 「風呂」
筋ジスという病を、見事克服しながら生きておられるすばらしいシンガーである。死といつも隣り合わせに生きておられる(私たちもそうである)にもかかわらず、すごく明るい前向きの気持ちで歌を作り歌われている。
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8 鈴木幹夫 「私のレモンの木」
失礼ながら、西田敏行が現れたのかと錯覚してしまった。松本で木工の仕事をしながら歌を作り続けておられる。どこまでも澄み切ってどこまでも深い、奥山の静寂な池を連想するような、広がりのある豊かな声である。
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9 上田達生 「ター坊の家に火がついた」

光市の椿窯の陶芸家である。陶芸の作風は、自然と同化したような飾らない滋味があり、生きものへのいとしさが溢れている。もう何年も前に家が焼失して、それを笠木透が詩にしたそうである。そのころ「野径九想(やけくそ)大明神御札」があれば。
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10 中村みちこ・文也 「Which Side Are You On ?」

中村文也さんはベースを静かに弾かれていて、みちこさんは実に明快にピアノを演奏される。ピアノを弾かれる腕や指が、まるでダンスをしているようだ。その声も、子どもがスキップをするようなテンポの良いリズムと軽やかさがある。

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11 笠木透さんの妻 笠木由紀子さん
笠木透さんが亡くなられて、5ヶ月経つ。今まで、数日間家を空けても、それを一日と数えておられたという。待つ側にいる人にとっては、そのように思うしか寂しさを慰めるすべはないのであろう。今回は、5ヶ月経っても笠木さんが帰ってこないので、今回の旅は遠いのか、なかなか帰らないと述べておられた。いつまでも、いつまでも、その帰りを待っておられる。愛する人への思いを、感情的にならず淡々と述べられているだけに、余計にこちら側に悲しさが伝わるばかりであった。
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第2部は、笠木透が愛したプロのフォークシンガーたちである。

3人に共通して言えるのは、権力やマスメディアに対して決して迎合せず、虐げられる弱き側にどこまでも寄り添って、その生きざまの中からフォークを作るという姿勢である。原子力マフィアやアベ戦争大好き政権などの「銭・国どぅ宝」の対極に位置する。まさに、彼らのフォークには、ウチナーンチュの「命(ぬち)・人民どぅ宝」の精神が流れている。それゆえに、民衆の心を心底から揺さぶってやむことがない。テレビには偽物が横行しているが、ここにはほんものがもつ音楽のすばらしさがあった。
趙博 「当世新説阿呆陀羅経」  「光のエチュード」Rimg_8077_r
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よしだよしこ   「つらいときはもうごめんだ」  「Sally Ann」  「月の庭」
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尾崎さんが、「憲法フォークジャンボリーinおかやま」を開催する意義をお話しになった。事務局として、あらゆる手配をされいろんな気遣いもされて、疲労困憊されていると思うが、そんなことは微塵も感じられないほど、とても素晴らしい表情をされていた。
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中川五郎 「しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん」 「一恵」 「大きすぎる力を手に入れて」
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明日はいよいよ、「2015憲法フォークジャンボリーinおかやま」が開催される。

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前夜祭交流会が、表町の「鳥吉で行われた。話が弾んで、思わず飲みすぎてしまった。

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名城と庭園

5月16日(土)、いつもは鈍行の旅が多いのだが、今回は「おとなびWEB」という格安切符で新幹線で岡山に行く。桃太郎のお供として、鳩が数匹いた。鳩を引き連れていくからには、鬼がいくら悪くても戦争はしないことだろう。

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前夜祭ライブの準備は3時ということなので、早く着きすぎて手持ちぶさたなまま、岡山城まで行く。豊臣政権で大老となった宇喜多氏が築き、小早川・池田両氏に引き継がれた、近世城郭の先駆けとなる名城である。

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まだ時間があるようなので、後楽園に行く。代々の池田藩の藩主たちが眺めくつろいできた庭園は、時として領民にも公開されたという。1871年に後楽園と改称されて、岡山県に譲られた。後楽園に行くたびに、良い写真を撮ろうと思うのだが、これがなかなか難しい。
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千入(ちしお)の森周辺が、個人的には最も好きなところだ。
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明日は茶摘み祭りがあるという。
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後楽園は、この角度から見るのが有名である。どこかの公園のように、周囲にビルが建ち並び借景が台無しになるということは無いであろう。ここには、烏城がある。
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大立石は花崗岩を90数個に割り、復元したものである。自分としてはそのままの方が好きだ。いったい何の意味があるのだろうか、疑問を引きずったまま、園を出た。。
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出石町にある備前焼を見て、随神門を眺め、岡山禁酒會舘へ行く。
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3時前に着いたのだが、もう準備が始まっていた。もう少し早く行けば良かったと、反省。

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2015年5月 5日 (火)

陶芸作品と花たち

連休後半は、もっぱら陶芸三昧。5月5日はこどもの日で、作業小屋に突然、孫娘たちが訪ねてきた。孫のために、小さな湯飲みを作ってやった。また、孫にも実際にロクロを回して作る体験をさせてやった。

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この日作った作品。

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5月に焼き上がった作品。蔭山先生から、黄伊羅保の釉薬をかけた後に、黄瀬戸の釉薬をかけたら面白いものができると教わり、早速実行したところ、深みのある渋い色が出た。これだったら、日本酒が一層美味しくなるだろう。5月下旬に田舎で法事があるので持って帰るつもりだ。もらってもらえるか、少し心許ないけれど。

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飴釉の釉薬を下地にして、赤伊羅保を添えてみた。
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小屋近くの畑に植わっている、柚子の花のつぼみが初々しい。山には藤の花が満開。柿の新緑が爽やかである。

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畑の草取りをする。畑主は高齢でもう作られなくて放置されている。自分でも何か作ってみようとチャレンジしてみるつもりだ。猿が作物をすべて盗るそうなので、何を植えようか。
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我が家の狭い庭には、花たちが生の賛歌を歌っている。妻が園芸好きなので、よく手入れしているので、それにこたえてくれるのだろう。

すずらん、クレマチス、カモミール、いちご、君子蘭・・・。

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カモミールは、こぼれ種で増えていく。花を乾燥させて、ティーにしたり、香料にしたりして楽しんでいる。


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2015年5月 3日 (日)

5.3憲法集会in京都

憲法9条京都の会・京都96条の会主催による「5.3憲法集会in京都」が円山公園野外音楽堂で行われた。憲法を守る民衆が集まり、3000人を越え立ち見が出来るほどだった。

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集会に参加した人たちに、尾崎さんから送って頂いた「憲法フォークジャンボリーinおかやま」のチラシを200枚配った。快くすぐに受け取っていただき、反応はとても良く、理解と支持を示してくださった。ただ、「岡山まではちょっと遠いな」ということを言われる人もいたので、「新幹線で1時間くらいですよ、今だったら格安切符もありますよ」と答えておいた。
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壇上の、平和を願う手作りの横断幕がステキだった。

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「5.3憲法集会実行委員会」を代表して、開会の挨拶が行われた。熱情溢れるスピーチだった。「安倍政権は立憲主義を破壊し、憲法9条を死文化しようと、一内閣の解釈や与党の密室協議によって、集団的自衛権行使や自衛隊派遣恒久法など、戦争立法の制定に踏み出しました。更に明文改憲のスケジュールまで打ち出すなど、戦争できる国作りに向けて暴走を加速しようとしています。私たちは、アジアの人々に20世紀前半の侵略戦争によって災禍をもたらした歴史を改めて受け止めると共に私たち自身も再び戦争の犠牲になる愚をおかすわけにはいきません。日本を、戦争する国にしない、させないという強い意志を、内外に明らかにしていこうではありませんか。皆様の思いを、5.3憲法集会に結集して、歴史的な集会として成功させましょう。」

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「社会民主党」「新社会党」「日本共産党」「緑の党」から、来賓挨拶が行われた。緑の党京都の浦田さんの政治家らしくない普通の言葉が、最も心に届いた。「日本国憲法は、今もなお生きています。たとえいくつもある日本国憲法の条文を知らなくとも、日本に住む私たちだからこそ持っている憲法感覚。この感覚こそが大切だと思います。」
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真宗大谷派(東本願寺)の僧がスピーチされた。京都らしくて良いなと思った。「幸福の〇」のような、まやかしのものとは大違い。「真宗大谷派は1995年に宗議会・参議会議員一同として、不戦決議を発表し、その後2013年6月には憲法96条「改正」反対の宗議会決議、2014年7月1日集団的自衛権の閣議決定に反対する宗務総長の声明を即日発表しています。」
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柳澤協二さん(元内閣官房副長官補)の講演「集団的自衛権行使は亡国の安全保障」と題して講演が行われた。憲法に基づき、戦後70年間武器を取らなかったことの価値を述べられた。そして、集団的自衛権により、「武器を使用する」戦闘行為となり、自衛隊の中から多くの犠牲者が出ることを危惧されていた。柳澤さんは自衛隊そのものを認める立場の人であり、一切戦力を持つべきでないと考える私とは根本的に異なるのであるが、日本国憲法を守るべきだということでは全く一致する。柳澤さんのインタビューより抜粋。

「集団的自衛権は、客観的には「何かあったらアメリカと一緒に戦争するぞ」という意思表明をしていることを意味します。そうやってあまり抑止力を強調し過ぎて、緊張を高めるようなやり方は、長期的に見て、かえって日本の安全にとってマイナスの面の方が大きいのではないかと思います。」

「70年間1人も戦死者が出ていないというのは、実はすごいことなのです。他に先進国の中で第2次大戦が終わって70年間、戦死者を出していない国はおそらくあまりない。日本というのはそういう国なんだというのは、大きな“売り”になっていく。」

 「アメリカのように軍隊を送り込んで政権を転覆する国という認識で受け止められるのではなく、イラクでも一発も弾を撃たずに、イラク人を一人も殺さなかった国なんだという、その“ブランド力”は、むしろ日本の強みとして生かしていけるところだと思います。それをもっと生かしていくことを考える方が、長期的には、世界の平和にもつながるし、日本の国益にも合う。第一それが、日本ができること、日本の身の丈に合ったことではないかと思います。」

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狂言「柿山伏」が、茂山あきらさん、茂山童司さんによって行われた。柿を盗み食いして隠れた山伏を、畑主がやり込めるお話である。しぐさや台詞が滑稽で、思わず爆笑してしまった。このような催しは京都らしくてとても良い。茂山あきら「庶民のいのちが粗末にされる、戦争はゴメンです。憲法9条、守りましょう。ご一緒に。」
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若者が憲法をめぐってスピーチされた。シルバーだけではなく、若者も日本の将来を真剣に考えてくれているのは頼もしい。
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集会アピールを抜粋する。「武力で紛争は解決できないが、世界の共通認識になりつつあります.日本の憲法9条は、2014年ノーベル平和賞候補にノミネートされ、いまや人類の未来を平和に導く羅針盤です。(中略)私たちは、平和憲法破壊の戦争立法を、文字通り総力を挙げて阻止することを、全ての市民のみなさんによびかけます。みなさん、声を上げましょう。行動に立ち上がりましょう。戦争立法ノー!若者を戦場に送るな!」
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デモではなく、憲法ウオーク!

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趣向を凝らした平和グッズ(バナーや横断幕など)が、見ているだけで楽しい。

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「生かそう憲法!守ろう9条!」

「戦争をする国にしない、させない!」


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2015年5月 2日 (土)

紀伊勝浦(南紀の海)

ホテルの窓辺から見た那智湾。親切なことに、双眼鏡も備えつき。

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那智滝が小さく遠望できる。
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南紀の海を見に行く。昨日飲みすぎてしまい、日の出には間に合わず。

小金井漁港を過ぎ、弁天島を見て、お蛇浦遊歩道を歩く。

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勝浦漁港の周りには、規模の大きいホテルが立ち並ぶ。ホテルまでの送迎の舟が行き来する。公衆浴場「はまゆ」や、足湯の施設「海乃湯」「鮪乃湯」がある。

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ホテル前のビーチを歩く。澄み切った遠浅の海である。次回は孫を連れてここで泳がせたい。
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特急くろしおで、紀伊勝浦駅を10:45に発つ。途中、橋杭岩を写真に納める。その後、3日間の疲れが出たのか寝入ってしまい、あっという間に天王寺に14:34に着く。
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連休の初めで、観光客は少なかった。ゆっくり海が見られ、対話できた。

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2015年5月 1日 (金)

南紀(川は忘れない)

新宮まで、南紀の海を眺めながら、しばし心洗われる時を過ごす。

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遠足の小学生の団体が電車に乗り込んできて、かわいくハイジャックされた。
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ようやく新宮駅に到着。
まず、今回の旅のいちばんの目的地に行く。
笠木透と雑花塾のCD文庫vol.3「ポスター(大逆事件100年)」の中に、鈴木幹夫作詞、尾崎ツトム作曲の「川は忘れない」という、すばらしい民衆のフォークがある。大逆事件で冤罪に陥れられた大石誠之助をテーマにしたものだ。大石誠之助(1867~1911)は新宮に生まれ、アメリカやインドで医学を学び、この地で開業した。貧しい人々には無料で診察して、遊郭反対の人権活動にも取り組んだという。大逆事件に連座して逮捕され死刑となったが、現在は無実だったと名誉回復がなされている。

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「大石誠之助宅跡」と彫られた小さい石碑が、熊野川の傍らの、熊野速玉神社が見える町にぽつんと建てられている。神社参拝の観光客は、全く知ることもないだろう。

「月明かりの下 小舟を浮かべて 友と朝まで 語り合った 狂っていく国を どうすればいい 貧しきもののために どう生きたらい」

「自由を求め 歩き続けて 濡れ衣を着せられ 国に殺された 熊野の流れは あなたを忘れない」

現代も同じ状況にあり、今こそこのような人物に光が当てられるべきである。そして、この歌も多くの人に聴いてもらいたい。熊野の流れも、多くの民衆たちも、大石誠之助の生き方は決して忘れない。

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熊野速玉神社に参る。

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梛(なぎ)の巨木。1972年沖縄復帰の年に、この梛の苗木が沖縄の地に植樹され立派に根付いているという。
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佐藤春夫記念館を訪ねる。
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丹鶴(たんかく)城跡に上る。紀州藩新宮領、水野氏の居城跡である。頼朝の叔母の丹鶴姫が建立した寺があったことから、名付けられている。熊野川や南紀の海を眺めながら、大石誠之助の生きざまを思い浮かべた。「庭先に小さな 食堂を作り 青年たちを集めて レシピを教え 因習を捨てて 道を切り開け サンドイッチを食べながら 静かに言った」
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浮島の森を訪ねる。沼の上に浮かび、強く足踏みすると足下が揺れるという。
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もう一つのお目当てである、中上健次の生誕地を訪ねる。新宮駅の踏切を渡ってすぐそばにある。1976年に新宮の「路地」を舞台にした「岬」で芥川賞を受賞した。中上健次は、紀州の荒々しい自然や、貧しい人々の暮らし、男女の生々しい関係を、重厚な文体で描き、私は大ファンである。
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近くの人権センターを訪ねる。中上健次の原稿も置かれている。その緻密で粘っこい文字は、彼独特である。
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那智勝浦まで行き、熊野バスで那智の滝を見に行く。

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那智山青岸渡寺にお参いりする。西国33カ所めぐりの第一番札所である。

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熊野那智大社には、樹齢800年の大楠がある。
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那智滝は、落差133メートル、滝壺の深さ10メートル、銚子口の幅13メートルの大滝である。神々しく、見ていて爽快な気分になる。
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那智勝浦に戻り、割引のホテルに着。南紀最後の夜なので、大奮発。マグロの刺身はやはり美味しかった。飲み放題にして、酒に飲まれてしまった。
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