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2015年6月

2015年6月28日 (日)

進ちゃんとてっつん来訪

「我夢土下座のフィールドフォークコンサートin茶畑」が、11月15日(日)に和束町で行われる。今日はその下見に、京都市内から進ちゃんとてっつんが奥さんと共に来訪してくださった。本当にありがたいことである。メンバーたちは大歓迎で、加茂・和束の見所を案内した。1日かかるコースであるが、半日で回ったので、少し慌ただしかったことをお詫びしたい。一流のミュージシャンである進ちゃんとてっつんは、この日は写真家として動き回っておられた。

まず、紫陽花の寺、岩船寺へ行く。紫陽花がちょうど見頃であった。関西花の寺25カ所霊場の一つである。像の高さが約3メートルの阿弥陀如来さまが、やさしく迎えてくださった。他にも重要文化財の多い、由緒あるお寺である。観光客のあまり行かない貝吹き岩の方へ案内した。進ちゃんは、三重塔の四隅の垂木を支えるユーモラスな天邪鬼(重要文化財)にとても興味を示されていた。

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石仏を訪ねる。岩船寺から浄瑠璃寺への山道には、一願不動、笑い仏、からすの壺などの古い石仏が散在して、日本の歩きたくなる道百選の一つである。進ちゃんもてっつんも写真を撮る目が生き生きしていた。

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心地よい緑風に誘われて、浄瑠璃寺まで歩く。池の工事も終わり、新緑が眩しい。東の薬師仏をまつる三重の塔、西の九体阿弥陀仏をまつる本堂など、極楽浄土の浄瑠璃寺空間が広がっている。10年前まで、水と緑を守る会の主催でこの境内でコンサートを行っていた。12月、閉門後から夜行うので、非常に寒かったのを思い出す。西尾さんも照明を手伝っていた。
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あ志び乃店で、とろろそばを食べる。とろろの量の多さにはビックリした。そばは手打ちではなさそうだが、美味しかった。
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和束へ移動する。和束町は、「日本で最も美しい村」連合に加入されている。また、茶畑と茶を中心とした生活が、最近『日本遺産』の一つに選ばれた。石寺の茶畑など、見所が数カ所ある。まさに色とりどりの緑の風景が、山の頂まで広がっている。進ちゃんもてっつんも目を丸くされて、写真を撮りまくっておられた。

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和束茶カフェでお茶を入れていただき、その後、「我夢土下座のフィールドフォークコンサートin茶畑」が行われる会場を見に行く。てっつんは仕事師の目になり、活動が全開!少し音響が残るようなので、てっつんの腕の見せ所である。当日、我夢土下座のフィールドフォークの魅力を、存分に引き出してくれるであろう。

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てっつんの音響のイメージが完了したあとに、再び観光モードに変わる。進ちゃんは国蝶のオオムラサキを見つけたようだ。自然派の上嶋さんとはよく話が合う。自然派どうし、虫や鳥や草花のことをよく知っておられる。

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天空カフェに登る。奥さんがたにはかなり歩かせてしまったようで、申し訳ない。ここから見える風景は、まさに絶景。茶畑が360度広がっている。
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白栖(しらす)の山中に、メンバーたちが作った山小屋がある。途中車を止めて、奈良の山々を遠望する。曽爾高原や倶留尊山などが見える。

この山小屋は、数年前に、設計図もなしに試行錯誤しながら作った。ここは男の隠れ家になっており、自由に遊びに来ている。(私は多忙でめったに来られないけど・・・。)3度くらい温度が下がるので、避暑にはもってこいだ。水槽には、上嶋さんが捕ったアマゴが泳いでいた。水芭蕉なども植えてある。椎茸も作っている。手作りの風呂もある。人生の楽園という番組があるが、まさにここは彼らの楽園になっている。自然派の進ちゃんもてっつんもすごく気に入ったみたいだ。いつでも遊びに来て欲しい。夏には鮎の引っかけをするので、ぜひ来て欲しい。ときには20匹以上も捕れるときがあり、ここでバーベキューを楽しむ。

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進ちゃんのこの嬉しそうな顔!!!またぜひみんなで来てください。

「我夢土下座のフィールドフォークコンサートin茶畑」が、今からメチャ楽しみである。

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2015年6月27日 (土)

大飯原発差止訴訟原告団集会

大飯原発差止訴訟・京都脱原発原告団の第三回総会が行われた。「福島の事故から原発再稼働を問う 怒りの原告団」「福島第一原発の過酷事故を経ても なお原発を再稼働するのか」という副題がついている。

原告団長竹本さん(京都大学名誉教授)、弁護団長出口さん(元京都弁護士会会長)から、開会の挨拶が行われた。熱いスピーチの竹本さん、冷徹なスピーチの出口さん、好対照であるこのすばらしい両輪が、原告団の顔である。

「大飯原発差し止め訴訟に勝利するために、現在2693名の原告団を、今年中には1000人増やすこと、そして最終的には1万人原告を目指しています。社会的に見れば、原発に不安を持ち、無くして欲しいと願っている市民が多数派です。こうした草の根の広範な願いを、裁判の原告という形に表現して、目に見える大きな社会的な勢力に広げていきましょう。」

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弁護団の準備書面…大方の主張を終了。
  1)大飯原発の水素爆発防止対策が、審査ガイドの条件を充たさないことを主張。
  2)大飯原発がかかえるぜい弱性を明らかにした。
  3)国や原子力規制委員会が規制権限を行使しなかった違法性を述べた。
  4)福島第一原発事故に伴う避難、コミュニティの崩壊、除染状況、廃炉の困難性、核のごみの問題などをまとめた。
  5)自然代替エネルギーの可能性を提案。
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吉岡 斉 さん(九州大・大学院教授、原子力市民委員会座長)が、スライドでポイントを示しながら記念講演された。次々にズバリと重要な観点をご教示くださった。
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「原子力復活政策により、日本の市民は過酷事故リスクから解放されないのに加え、納税者・電力料金負担者として、原発の経営リスクの肩代わりもさせられている。」
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「福島原発事故は未だ収束していないし、被害も収まっていないのに、何事も無かったような状態へと、汚染地帯を復元する政策が進められている。」
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「原子力規制委員会の目的は当初から、原発再稼働の円滑な推進にあったと思えてくる。その業務は遅々としているが、全国の原発の審査が今後も着実に進むと思われる。」
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「原発事故のもたらす被害は他の事故のそれとは異次元の規模のものであり、何十万人もの人々が何世代にもわたって、苦しめられる。そうした失敗が絶対に許されない技術を、他の産業施設と同列に扱うことはできない。」

「現在、世界中でおよそ430基の原発が運転されていることを考えると、7年後にはまたもや世界のどこかで同レベルの大事故が起こってもおかしくないという驚くべき高頻度である。」
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福島から京都に避難されている、鈴木絹江さんがスピーチされた。障がいを持っているゆえに、我々が日頃気づかないことを教えてくださった。勇気の溢れ、前向きに生きておられる、すばらしい人だと思った。「事故直後に避難したけれど、体育館の4隅から健常者が場所を占めて、障がい者はトイレの前とか、館内の中央部とか、みんなが避けるところにいることになった。仮設住宅は狭く段差もあり、車いすでは生活できない。社会の成熟度というのは、障がい者がいかに安心して暮らせるかというところに顕著に表れる。障がい者の視点で原発のことを考えると、原発は廃絶しかない。」「自分の使うエネルギーは、自分で責任を持つべきである。自分は、家の中では掃除機を使わず箒でするなど、節電に努めている。関電には再稼働をして欲しくないので、電気料金は一円不足、一円プラスして、係員が来訪したときに、関電に意見を言っている。」

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渡辺輝人さん(弁護団事務局長)がスピーチされた。「これから被告側の主張に対して反論していきたい。その後、証人尋問を行いたい、証人は、科学者・福島からの避難者(原告)、事故が起きたら逃げられない人(原告)を立てたい。『逃げられない』という陳述書を書いて欲しい。」

「今年中に原告を、1000名めざしているが、6/3で,124名にとどまっている。原告の皆さまは、周りの友人、知人にさらに訴えていただきたい。」
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事務局長の吉田明生さんがスピーチされた。原告団の数を増やしたいという熱意がぐんぐん伝わってきた。私は、妻にも原告団に加わってもらうつもりだ。
・京都脱原発訴訟 原告団 Web → http://nonukes-kyoto.net/
・京都原発裁判支援ネット → https://houteisien.wordpress.com/
 京都の原発関係の運動のほか、大飯原発差止訴訟や原発賠償訴訟(京都地裁、大阪地裁、神戸地裁)、その他のおもな原発関連の裁判所別の法廷スケジュール、などをまとめています。
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岡本端子さんが再度、原告団参加のお願いのスピーチをされた。そして、金の卵(中に鍋を入れるとなかなか冷めない)を掲げて、これでかなりの省エネになるので広めて欲しいと訴えられた。すばらしいアイディアである。
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各団体からのアピールがあった。木原壯林さん(「若狭の原発を考える会」、 「高浜。大飯原発阻止ネットワーク」代表)がアピールされた。「原発は人類の手に負えない装置で、現代科学・技術で、原発を制御し、原発事故を終息させることが不可能であることを、不幸にも、福島の大惨事が実証しました。それでも、関電は、高浜原発3,4号機を再稼働させようしています。これらの原発は、危険度がとくに高い加圧水型混合酸化物燃料(MOX)原子炉です。さて、若狭の原発で福島級の大事故が起ったとき、地形や交通網から考えて、若狭、京都北部、滋賀北部からの避難は、著しく困難です。また、例え避難できたとしても、避難住民が故郷を失うことは、チェルノブイリや福島の例でも明らかです。さらに、近畿、北陸、中部、中国、四国の深刻な放射能汚染も危惧されます。近畿1,450万人の水がめ、琵琶湖が汚染されます。日本海全域が放射性物質で汚染されることも、福島の汚染水の実情から容易に予想されます。」 

「今、国民の大多数(60~80%)が脱原発を求めています。それは、福島事故以降、原発の危険性、制御の困難さ、使用済み燃料や核廃棄物の処理の困難さを人々が真剣に考えた結果です。原発はなくても、エネルギー供給は大丈夫であることが、過去4年間の経験によって、実証された結果です。一方、福井地裁は、昨年5月21日の大飯原発再稼働差止め判決に引き続いて、4月14日、高浜原発再稼働差止め仮処分を決定しました。人が人間らしく生きる権利(人格権)が経済的利益に優先するという、国民の切望を代弁したものです。」
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最後に、大飯原発差し止め訴訟原告団総会の訴えを、参加者全員で賛同した。

「東電、福島第一原発の過酷事故の原因究明及び日々の状況を公開すると共に、どこにいつ避難したかなどの区分・差別なく、全ての原発被災者の補償と救済を、東電と国が責任をもって進めるよう求めます。また、事故の責任を明確化し、収束作業の迅速化を図るために、一刻も早く東電の破綻処理を行うよう求めます。」
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120名あまりの参加者があった。一人でも二人でも、原告団に加わって欲しい。5000円のお金は少額ではないが、大事なことであるので、ぜひ原告団に入って欲しい。。

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島原から壬生へ

今日は午後から、大飯原発差し止め訴訟の京都脱原発原告団の集会がある。それまで、市内を散策する。京都駅に着き、いつものように足の向くまま気の向くまま、ただひたすら歩く。自分では集会前の「行(ぎょう)」のようなものをしていると思っている。

足は西本願寺の方へと向かう。

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境内にある大公孫樹は、御影堂が建てられた1636年の頃に植えられたもので、約400年経つ。急速に変化している現代の世相を、どんな思いで眺めているのであろうか。
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新撰組がこの太鼓楼に一時屯所を置いていたという。
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島原の方へと歩く。大門を潜り、角屋(すみや)を外側から眺める。角屋は、江戸の頃花街・島原を代表する揚屋(現在の料亭)であった。
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輪違屋(わちがいや)は、太夫や芸子をかかえていた置屋であった。
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壬生寺へと歩く。水掛地蔵と夜泣き地蔵にお会いする。水をかけながら、原発廃炉のお願いをした。
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周辺には、新撰組の屯所跡などゆかりの場所がある。
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時間が迫ってきたので、急いで集会の行われる会場まで歩く。今日はスタートが遅かったので、十分には歩けなかった。

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2015年6月21日 (日)

辺野古から仲間が

戦後70年企画、「辺野古から仲間がやって来る!」集会が、ひと・まち交流館・京都で行われた。「辺野古の海を埋め立てるな!」という大きなテーマをもって行われ、館内には立ち見が出るほど、300人以上の多くの参加者があった。島袋文子さんは体調が悪いということで、来京されなかったのは残念だった。3月末に辺野古のキャンプシュワブ前で、島袋オバアから私はいっぱい勇気を頂いたから、再会が楽しみだった。

島袋おばあは、ビデオレターの参加となった。「基地がなければ、戦争は来ないんですよ。二度と戦争はあってはならない。もう、うちたちだけでたくさんですよ。だから、わたしはかわいいおあばぁになってはいけないわけ。鬼にならんとね。」胸を振るわせる言葉だ。

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高里鈴代さん(島ぐるみ会議共同代表)の講演がスライドを交えて行われた。戦後の歴史をかいつまんで説明してくださり、沖縄の置かれている現在の状況がよく理解できた。辺野古基地強制は、第4の琉球処分だと指摘され、ここまで沖縄は差別されないといけないのかと憤怒に燃えてしまった。美ら海に屯ブロックが落とされ、サンゴや魚たちはみんな悲鳴を上げているのに、どうして気づかないのか。
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小橋川共行さん(コバさん)がスピーチされた。オスプレイ配備への抗議ハンガーストライキに参加されたり、辺野古でキャンプシュワブ前での座り込みをされたりしている。3月末に一緒に座り込みや、ダンスを踊ったりした。休憩時間に少しだけお話しして、72歳の年令よりもはるかに若い気持ちを持った人であると再認識した。仲間を励ますために、替え歌を作り、ダンスを踊り、華麗なステップゆえに基地前の人気者である。今回ゲート前で歌われている、「友だち百人できるかな」をもじった替え歌を京都で披露された。「キャンプシュワブ ゲート前 友だち100人できるかな ・・・・3000人座り込めば 世界中を振るわせる  わっははは わっははは」館内を爆笑と感動で包み込んだ。

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大湾宗則さんが基調報告された。熱情のリーダーである。「戦後70年にあたり、沖縄・辺野古の仲間たちと腕を組み、辺野古の海は埋め立てさせない、安保法制と安倍政権こそ埋め立てよ。」

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山下グループ・ハイビスカスのみなさんが、沖縄民謡と舞踊を披露された。
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大城俊信さんが三線を奏で、沖縄民謡を歌ってくださった。
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おもちゃ楽団が、元気の塊をいっぱい投げかけておられた。何度もゲート前に行かれており、京都はもちろんのこと、ゲート前でも人気者だ。
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秦 真実さん(ヤスさん)は基地前で、「座り込めここへ」を歌い広められている。特技は基地に入るトラックを止めることである。ヤスさんも基地建設を絶対に止めるという真摯な信念と、仲間へのやさしい心遣いやユーモアなどを併せ持つ、我らの仲間である。沖縄平和センターの山城博冶さん作詞「沖縄 今こそ立ち上がろう」を、参加者みんなで歌った。「島々の暮らしを 守り抜くために 思いを巡らせて 心を通わせよう いまこそ立ち上がろう いまこそ奮い立とう」 
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昨年9月に米軍Xバンドレーダー基地建設に抗議するために、京丹後まで基地反対・近畿連絡会は大型バスで割り勘で行った。大阪府警はそれを道路運送法違反(白タク)を口実に、3人を不法逮捕した。まさにこれは運動に対する弾圧で、絶対に許せないことだ。先日ようやく釈放された方が登壇され一緒に歌を歌い、元気な姿を見せてくださった。心配していただけにホッとした。涙がじーんと込み上げてきた。何も悪いことをしていないのに、何故こんなに良い人を・・・。
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集会宣言が、参加者一同で承認された。「辺野古を埋め立てさせないという沖縄の思いを共有し、日米両政府の辺野古新基地建設と、日本を戦争国家へと根本的に変えてしまう戦争法案を断念させるために、共に闘うことを呼びかけます。」
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私はこのあと用事があり、デモには参加しなかった。京都市役所までデモされた様子の写真を、駒野さんから頂いた。ありがとうございました。
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2015年6月20日 (土)

和束の茶畑

相楽郡和束町の茶畑が、日本遺産の一つに認定されてから、訪ねる人が多くなった。個人的には静かな雰囲気であって欲しいが、町の活性化にとってはいいことかもしれない。今日は、「我夢土下座のフィールドフォークコンサートin茶畑」の打ち合わせを、和束茶カフェで行った。

和束川の対岸に見えるのが、弥勒磨崖仏。

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茶畑のビューポイントが幾つかある。ここは、釜塚の茶畑。
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安積親王陵の墓近くまで、茶畑が広がる。
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石寺の茶畑。ここがよく和束の茶畑として紹介される。
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撰原の茶畑。
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和束茶カフェには。さまざまな茶農家の茶が並んでいる。
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美味しい和束茶を頂きながら、打ち合わせをする。「我夢土下座のフィールドフォークコンサートin茶畑」の名前通りに、宿泊も、やはり和束ではどうかという提案がなされ、さっそく見に行く。「農家民宿 茶畑なごみ」は、「山城地方で初めての農家民宿をオープンさせた」「田舎のもてなし温か」という見出しで、今年の5月、京都新聞に紹介された。車一台しか入れないような細い山道を登っていくと、「茶畑なごみ」の民宿がある。まさに茶畑に囲まれていて、気さくな奥さんからいろいろお話を聞いた。「豊かな自然環境の中、田舎でしか出来ないことを楽しんでもらいたい」と言っておられた。

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部屋がやや狭いような気がするが、我夢土下座のメンバーには貴重な体験をしてもらえるのではないかと意見が一致した。実行委員会の顧問のMさんは11月14日(土)の仮押さえをお願いしてくださった。

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2015年6月15日 (月)

咲洲

今日は非勤務日で、大阪湾畔の咲洲へ行く。中央線コスモスクエア駅で降り、周辺を歩く。釣り人が数人いた。背後が、天保山で、海遊館が小さく見える。

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古代船「なみはや」は、古墳から出土した埴輪を元に、実物大に復元したものだ。荒波を航海する原始の人たちのことを想像した。
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海近くに咲いている花々。
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対岸は、夢洲(ゆめしま)。
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良い時間となったので、コスモタワーの方へと歩く。
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このタワーに府の庁舎がある。地震や津波が来れば、全く機能しなくなるであろう。
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この庁舎でこれから人事委員会が開かれる。それに補佐人として参加する。補佐人といっても、あまり「補佐」になっていないので心苦しいが、その友人から頼まれてやっている。

友人は教育熱心な教師であったが、自己の思想・信条に則り、2年前の卒業式で「ひのきみ」に立たなかった。そのため、戒告処分を受け、撤回のために人事委員会に訴えた。それから、待たされること、はるか1年以上経ち、ようやく第一回の口頭審理が、今日始まる。

それにしてもこんなに待たされるとは、人事委員会としての機能はもはや失っているとしか言いようがない。その間の申立人の人権について、少しでも配慮するなら、もっと迅速に行うべきである。さらに、招致することを希望する証人への手続きなどを、申立人が全てするようになっている。全貌を明らかにして、公正に審議するためには、委員会そのものが証人の招致などを積極的にすべきだと思うが、それさえもやらない。公平・公正・中立の立場を既に失っているとしか言いようない。

しかし、友人はしたたかに「人間の尊厳」をかけて、憲法に基づき闘っている。

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2015年6月14日 (日)

鳥取周辺

鷲峰おろし音楽会が昨日行われ、心地よい余韻に浸りながら朝を迎えた。いつもの早朝散歩。兄弟揃って、早寝早起き。昨日は飲み過ぎたが、9時過ぎには寝ていただろうか。いびきがうるさいので、別々の部屋に寝た。国民宿舎山紫苑は何かとサービスが良かった。

鹿野城主であった亀井茲矩の墓を訪ねる。宿から二キロくらいであろうか。この途中から見た、鷲峰山の景観は実にすばらしかった。鷲が飛び立つような姿というのは、過言ではなかった。

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白兎海岸
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賀露漁港の市場を訪ねる。朝早かったので、まだ準備をしていた。
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鳥取砂丘にある、砂の美術館を訪ねる。いつもはこれほどまでに施設を見学しないのだが、今回はコナンミステリーツアーに含まれているので、無料で入館。

「砂で世界旅行・ドイツ編」
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鳥取砂丘

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浦富海岸へ行く。海の色が澄み切っていた。サーフィンする人がいつもは多いのだが、波が悪いのだろうか殆どいなかった。
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鳥取駅まで行き、広島県に帰る兄と別れる。車があったので、広い範囲に動くことができた。温泉めぐりとコンサート参加、観光など盛り沢山で兄に感謝したい。

鳥取ミステリーツアーめぐりパスで、スーパーはくとに乗り大阪まで。智頭急行線を通るので、とても早く着いた。2時間少しであった。旅では鈍行しか乗らないので、今回の旅はリッチであった。そして、鷲峰おろし音楽会で兄が喜んでくれたことが、最も嬉しいことであった。

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2015年6月13日 (土)

鷲峰おろし音楽会

鳥取市鹿野町で、鷲峰おろし音楽会が開かれた。今回のテーマは、「山間の町に流れるフォークソングとアイリッシュの調べ♪」で、ゲストは、我夢土下座とMareka&Junjiである。

河内川の清流の傍らに旧小鷲河小学校がある。この廃校の校庭の一隅で、コンサートが行われた。鷲峰山(じゅうぼうさん)の麓にある、童話の中に出てくるような、のどかな学校である。

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まず主催者側のフォークをお聴きした。武部さんと岡田さんが歌われたのは、「四季香る町」と「ふりむけば鷲峰山」である。鹿野町を観光したあとだけに、その風景が次々に脳裏に浮かんだ。自分たちの住む地域、生活から生まれた、フィールドフォークの名曲であると感じた。「活性化音頭」や「成人病の歌」というような、武部さんの今までお聴きしたイメージとは、かなり違うものであった。素朴で牧歌的な詩、叙情的なメロディーは、実にすばらしかった。ナイーブでほんわかとした、すばらしいフォークシンガーである。

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われらが、我夢土下座の登場!「朝の4時頃」「めぐりあい」「川のほとり」を城田じゅんじさんと一緒に歌われた。やはり、フィールドフォークの元祖だけあって、フィールドにしっかり根ざした歌を作り歌われ続けておられる。ほんもののもつ深遠な、そして繊細な曲調は、何回聞いてもすばらしい。常に新しい境地へと引きずり込まれていく。創設から45年経ち、現在CD作りを進められているという。そのフォークは鹿野町によく合致していた。椛の湖で聞いているような錯覚に陥ってしまった。私の兄は始めて我夢土下座のフィールドフォークを聞いたのだが、いたく感動してしまったようだ。あの無愛想でいつも褒めない兄が、ひとこと「良かった」と言ってくれた。これだけでも来た価値があった。
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我夢土下座のメンバーは、みんなそれぞれ個性があって、大好きだ。間宮さんは現代の世相をユーモアを交えながら辛辣に皮肉り、笑いと共感を呼び起こしていた。バンドリーダーの田口さんをはじめとして、メンバーたちはみんな音楽の追究を今もなお真摯に行っておられる。舞台に向かって左側のメンバーたちは、演奏スタイルはアクションがあるけれど、右側のメンバーたちは、殆どアクションがない。その違いをなぜか微笑ましく感じた。

進藤さんはかってナターシャセブンのメンバーであり、今回の城田じゅんじさんとの共演をいちばん楽しみにされていたのだろう。「三つの箱」を歌われた進藤さんは、喜色満面、いっぱい笑顔の花が咲いていた。

「川のほとり」「矢車草」「アンモナイトの朝」「小さな町」など、笠木透さん作詞、田口正和さん作曲のフォークの名曲が歌われた。これらは、これからも必ず民衆の間で歌い続けられていくフォークであると改めて確信した。これほどまでに、詩に合致した曲をいかにして作られるのだろうか、これが才能というものであろうか。歌に聴き入りながら、そんなことを思ったりした。
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休憩時間。周りの山々、清流に心は和んだ。挽き立てのコーヒーが美味しかった。
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第2部は、城田じゅんじさんと内藤希花さんのアイリッシュの調べ。城田さんのギターとバンジョー、希花さんのフィドル(バイオリン)・アイリッシュハープ・コンサーティーナーの共演共奏は、不思議な空間を生み出していた。1曲目の途中、地域の有線放送で「七つの子」が流れた。二人はそれを巧みにアレンジして、有線が終わったあとも違和感なく次の曲に入っていった。この柔軟性ある演奏姿勢こそ、彼らの真骨頂であると思った。アイルランドの小さなパブで、さすらいのミュージシャンがアイリッシュ/ミュージックを奏でる。鹿野町のフィールドではあるが、次第にマッチしてきた。特に、コンサーティーナ(手風琴)の奏でる哀調漂う音色は、心を捉えてしまった。進藤さんも1曲登場されてギターを弾かれたが、城田さんのバンジョー、希花さんのバイオリンと相まって、もう最高であった。

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最後に、出演者一同で、「谷間の虹」「海に向かって」などを歌われた。終わって欲しくなかった。いつまでもこの空間に留まっていたかった。欲を言えば、岡山の尾崎さんや山口県光市の上田さん、米子のぺんぺん草さんのフォークも、ぜひお聴きしたかった。城田さんのブログで、尾崎さんのことを「メッセージをきちんと伝えていく、生粋のフォークシンガーの一人」と評価されていたが、まさに正鵠を射ている評である。鹿野町で尾崎さんの歌を聴きたい、とつくづく思った。またの機会を、ぜひ楽しみにしたい。
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武部さんをはじめとして、鷲峰おろし音楽会の関係者の皆様、本当にありがとうございました。鹿野町がすっかり大好きになってしまいました。また行かせて頂きます。
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打ちあげに誘われていたけれども、参加できず残念!国民宿舎「山紫苑」で、兄と水入らずでかなり飲んで、すっかり酔っ払ってしまった。

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鹿野町

鳥取市鹿野町で、鷲峰おろし音楽会が行われる。まだ時間があったので、城下町を歩く。まず目についたのが、「ウマモナド{という素焼きの人形。知的しょうがい施設で作られているということだが、表情が面白く微妙に皆違っていた。ついつい見とれてしまった。

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校舎のあとだろうか。木造で、「しかの心」「鳥の学校」というネーミングがすばらしい。
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鹿野城跡。関ヶ原の合戦のあと、亀井茲矩がこの地を治めた。
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城下町の町並みを散策する。武家屋敷のあった殿町、商人町の上町・下町のあたりには、京風の格子構えを備えた町屋があり、往時の雰囲気を漂わせている。Rimg_9065_r
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幸盛寺は、鹿野城主の亀井茲矩が山中鹿之助の養女をめとり、冥福を祈り建てた寺である。山中氏の墳墓も作った。その頃植えた銀杏の木は、樹齢約400年以上という巨木となっている。
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町の至る所に水路が張り巡らされている。
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鷲峰山(じゅうぼうさん)は標高約920メートルの孤立峰である。翼を広げた鷲の姿に見える。武部さんの作った『水田』「ふりむけば鷲峰山」が自然と脳裏をよぎった。
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途中、布勢(ふせ)の清水をいただく。清冽な水が惜しみなく湧きだしている。県道沿いには、酌みやすいように蛇口も取り付けられている。
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3時前になったので、音楽会が行われる小別所の旧鷲河小学校に行く。
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倉吉周辺

9時30分に倉吉駅で、広島県から車で来た兄と合流。5時過ぎに家を出たという。私より6歳上で、70まであと1・2年だというのに、とにかく元気だ。わたしもまねができないくらいだ。年が離れているので、父母が仕事で忙しく、高校の懇談にも来てもらったことがある。今もなお細々と仕事を続けている。今回の旅は、兄弟で温泉三昧と、フォークコンサート参加。鷲峰おろし音楽祭は3時開場なので、倉吉周辺をドライブする。まず、燕趙園へ。一歩入れば、ここは中国河北省。日本最大級の本格的な中国庭園だ。

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東郷湖を見下ろす。突き出ているところが、ハワイ温泉。
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倉吉の西隣、北栄町はコナンのふるさとである。青山剛晶ふるさと館を訪ねる。
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由良駅は、通称コナン駅。駅舎の中にも外にも、コナンがいる。
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名物の大栄スイカは、大きいのが2100えん。らっきょうは、根付きで一キロ540円。老母の土産として買い求める。

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北条海岸。小さい砂丘である。
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倉吉まで行く。屋根には赤い石洲瓦、白壁土蔵の家々を見て回る。玉川沿いが特にレトロ風で、雰囲気が良い。
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なしっこ館で梨の試食を頂く。

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三朝温泉に行く。川原にある、ラジウムたっぷりの温泉に入りたかった。「泣いてわかれりゃ 空までくもる くもりゃ三朝が 雨となる」野口雨情作の三朝小唄である。
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役行者によって開かれたとされる行場。断崖に投入堂が建つ。よくもこんな所に建てたものだ。今回は遙拝するだけにする。
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鹿野町へと車を走らせる。


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2015年6月12日 (金)

米子周辺

鷲峰おろし音楽会(Mareka&Junji/我夢土下座ジョイントコンサート)に参加するために、鳥取まで旅する。JRの「鳥取ミステリーツアーめぐりパス」を利用する。名探偵コナンと謎を解きながら、犯人捜しをするという趣向である。ファンには申し訳ないが、コナンはまあどうでもよく、特急や地域のバスが乗り放題というメリットがあり、格安切符だ。庶民には甚だありがたい。新幹線のぞみで岡山まで行き、特急「やくも」で米子まで。

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境線に乗り換える。目玉おやじ列車に乗り、境港へ。鬼太郎列車やねずみ男列車など多彩である。
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「なまけもの」を肯定する、水木しげるさんの発想がすばらしい。
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水木しげるロードには、さまざまな妖怪が住み着いている。
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こんなにたくさん妖怪に囲まれて、水木しげるさんは本望だろう。さぞかし賑やかであろう。
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こなきじじい列車に乗り、また米子まで。妖怪駅名板が面白い。
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米子の町を歩く。坂村親民さんの詩はやはりすばらしい。Rimg_8875_r
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旧加茂川沿いには、白壁土蔵の家が数軒ある。カッパもいた。Rimg_8883_r
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岡本一銭屋で、酢昆布や駄菓子などを買う。子ども時代に返ったようだ。
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廻船問屋を営んでいた後藤家住宅は、さすがに大きかった。
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駅まで帰り、無料バスでとっとり花回廊へ行く。巨大なガラス温室には圧倒された。ランの花が華やかだ。

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百合の花がちょうど見頃だった。
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雨は雨だったが、日頃の行いが良いのか、背後に大山が見える。一昨年登ったが、かなりしんどかったのを思いだした。
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翌日(6月13日)早朝に起き、散策。目が早く覚めるので、困ったものだ。曹洞宗の古刹、総泉寺を訪ねる。

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米子城跡に登る。島根半島や中海、秀峰大山が見えた。
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2015年6月 7日 (日)

陶芸(6月)

作品が焼き上がった。今回は、徳利とぐい飲みが中心。5合は入る大きいもので、ますますアル中になりそうだ。さまざまな釉薬を意識して使おうとしている。組み合わせで面白いものが見つかれば良いのだが。

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陶芸をさせて頂いている家には、畑があり主人から使ってもいいと言われている。お言葉に甘えて、少しだけ作らせて頂くことにする。本当にありがたいことだ。
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草抜きがたいへんだ。猿が出没するので、収穫できるかわからない。サツマイモ(紅はるか・紅あずま)を植えた。
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ほおずき、ワケギ、ニラも少しだけ植えた。
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ドクダミの花が今盛りである。少し変であるかもしれないが、私はこの草の香りが好きだ。
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この日作った作品。
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大きい作品は、やはり難しい。

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2015年6月 6日 (土)

「基地のない平和な沖縄・日本を! 6・6京都集会」

「基地のない平和な沖縄・日本を! 6・6京都集会」が、京都市東山区の円山公園野外音楽堂で開かれた。「沖縄建白書を実現し 未来を拓く 島ぐるみ会議を 迎えて」の副題がついている。京都沖縄県人会のメンバーなどによる「京都沖縄連帯集会実行委員会」の主催。東山の新緑が眩しい。

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会場には、とても印象的なバナーや横断幕が掲げられていた。

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大城さんの三線演奏。プロ並みの巧みな演奏で、雰囲気を盛り上げてくださった。

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司会は、実行委員会の共同代表の北野さんと山崎さん。ユーモアを交えて明快に進行された。

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沖縄県人会の大湾宗則元会長があいさつされた。「平和のうちに安心して生きたいと思うのは、当たり前の市民の願いであり、権利です。米軍基地はその当たり前の願いと権利を暴力的に破壊するものでしかありません。米軍基地に反対し、平和を求める人々の運動を押さえつけ、破壊しようとする権力の弾圧を許すことは出来ません。」

昨年9月28日の米軍Xバンドレーダー基地建設反対集会に、大阪からバスを仕立てて京丹後に参加した際、道路運送法(いわゆる白タク)に違反したということで、大阪・京都の市民3人が逮捕され、20人近く家宅捜査された。私は京都から参加したのだが、なぜこれが法律に違反するのか、全く分からない。高速料金などの交通費は参加者が折半しているのだから、営利目的ではない。ここまできたか、という思いがして、正直怖い気がする。 この不当な弾圧には徹底的に抗していかなければならない。

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京都民報より。『「沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」の共同代表の一人で、ホテル事業など国内外に12社を有する「かりゆしグループ」前最高経営責任者の平良朝敬さんが講演。翁長知事の訪米に同行し、前日帰国したばかりという平良氏は、安倍首相が仲井真前知事との会談(2013年12月)で「認識を共有している」と述べた普天間基地の「5年以内運用停止」について、米側では一切認識されていなかったと述べ、「安倍首相の嘘と分かった。嘘つき政府としか言いようがない」と批判しました。
 また、沖縄県経済と米軍基地の関係について、那覇新都心地区や小禄金城地区など返還後の開発で数十倍から100倍超の経済効果が生まれていることを紹介し、「観光は平和産業であり、基地は沖縄経済の阻害要因」と強調。最後に、「辺野古新基地建設に反対するたたかいは、沖縄にとっては地域主権と自己決定権を取り戻すたたかいだが、日本の民主主義の問題でもある。連帯して、民意を無視する傲慢な安倍政権を止めましょう」と呼びかけました。』
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毎日新聞より。『沖縄への国からの財政移転は他県に比べて突出しておらず、既に返還された米軍基地跡地では多大な経済効果をもたらしており、基地の県経済への寄与度はむしろマイナスと強調。「京都も沖縄も観光の街。観光業53年の私の経験から、観光と米軍基地の共存は絶対にあり得ない」と指摘した。』基地は沖縄経済の阻害要因になっているとの、平良氏の指摘は正しく的を射ている。
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京都新聞より。『Xバンドレーダーが配備された京丹後市の「米軍基地建設を憂う宇川有志の会」の永井友昭事務局長も講演した。「地元の米軍施設に直接文句も言えない。米国は住民を軽く見ている」と話した。』地元の安全・安心を踏みにじるもので、やはり撤去しかありえない。

駒井さんからいただいた写真より

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参加者の発言。辺野古での抗議行動に参加した、新婦人のメンバーや大学生、京都で沖縄連帯の取り組みを続けている団体などが発言した。

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参加者が全員、「辺野古新基地 NO」のポスターを高々と掲げた。壮観だった。
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駒井さんからいただいた写真は、壇上から撮したものだ。

集会宣言「私たちは、京都において、基地のない平和な沖縄・日本をまざし、辺野古新基地建設反対などで沖縄の人々と連帯すること、また、京丹後における米軍Xバンドレーダー基地建設の撤去を求めて運動することを呼びかけます。」
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おもちゃ楽団の演奏。ボーカルのエネルギッシュな歌は、キャンプシュワブ前でも大人気である。分かる気がする。
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円山音楽堂から、デモスタート。
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駒井さんから頂いた写真。おもちゃ楽団がとても元気で、いちばん目立っていた。059
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米軍基地はどこにもいらない!






    

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