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2015年7月

2015年7月25日 (土)

沖縄5日目(最終日)

台風12号が接近して、北部は昼前から暴風となる見込みである。中心気圧965ヘクトパスカル,最大風速35㍍の大型台風である。台風のために、今朝の抗議行動など一切無い。7時頃民宿を発つ。名護市内を抜けて、名護ビーチで少し休憩する。まだ波はそんなに高くないが、突風となってきた。

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読谷村へ寄る。読谷は1945年に米軍が沖縄本島で最初に上陸したところである。村一円が焦土と化した。戦後の統治時代にも,村の殆どが米軍基地として接収され、1972年の日本復帰以降に次第に軍用地が返還されてきた。ウチナーの悲惨な歴史を抱えているだけに、平和については敏感な人たちが多いところである。
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読谷村立民俗資料館を訪ねる。館の前には、厨子甕(洗骨後の骨を収める甕で、石製と陶製とがある)が置かれていた。
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座喜味城跡を訪ねる。15世紀に建立され、二つの郭からなり、最大高さ13m延長360mの威風堂々たる城跡である。
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米軍基地を横目に見ながら、那覇へと車を急がせる。
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レンタカーを返し、空港まで送っていただく。日本航空やピーチなど関空行きは欠航が多く、もう一日ウチナーに滞在するしかないなと半ばあきらめていた。しかし、運良くジェットスターは欠航にならず、定刻にフライトした。
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機内で琉球新報を読む。「安保法案 28県議反対」の見出しの記事に,目が釘付けになった。琉球新報社が県議を対象にアンケートをしたところ、県議47人中35人が回答して、28人が反対(約60%)、賛成は自公の5人のみであった。29人が「違憲」と答え、政府の国民への説明が十分だと回答したのは1人もいなかった。今国会で成立させるべきだと答えた県議は、1人だけだった。ウチナーの県議の意識こそ,憲法の理念(立憲主義、平和主義など)がよく反映されていると思った。ウチナーンチュの民意は、集団的自衛(戦争)権や米軍基地増強には絶対反対なのである。これに比べてヤマトゥでは同じアンケートをしても、こんな数字にはならないだろう。無回答という無責任な回答が、圧倒的に多いことが予想される。国のなすことに意見せずに、いつ言うのか、法案が成立すれば、余計にものが言えなくなり、戦争できる国へとまっしぐらに進むであろう。

最後に、沖縄タイムスに載っていた記事を紹介したい。「島ぐるみ会議」の事務局長をされている玉城義和さん(県民ネット)のコメントである。「沖縄は政党を超えて結束するモデルになる。島ぐるみ会議のような形が全国に広がれば、国政を変えられる。」

辺野古新基地建設や高江ヘリパッド新基地建設、戦争法案を、「国ぐるみ」で阻止しよう!

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2015年7月24日 (金)

沖縄4日目(その3)

午後の集会に参加する。今日は午後から嘉手納町の沖縄防衛局前で抗議集会があり、キャンプシュワブ前の集会には参加者が4・50人ほどでいつもより少なかった。防衛局前の集会には、300名以上の市民が集まり、要請文を渡した後に、「人間の鎖」を作り庁舎を包囲したという。

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午後の集会は短めに行われ、基地前のデモ行進もなかった。明日台風12号が接近して、沖縄本島が暴風域に入るので、集会の後にテントの片付けなどを行った。
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片付けに追われているところに、右翼がやってきた。テントや椅子を運ぶために車を道路脇に止めていたのだが、右翼はしきりに「違法駐車だ、ルールを守れ」と抗議する。また、中国の占領下になるとか論理も何も無い主張を繰り返すのみ。市民たちは完全に無視して、全く相手にしなかった。本当の敵を見誤っている、かわいそうな連中である。
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みんなで力を合わせて片付けたので、早く終わった。これで台風対策もばっちりである。
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片付けが終わり解散となり、民宿近くの羽地内海を見に行く。台風が近づいているけれども、まだ波は穏やかであり、屋我地ビーチでは海水浴もしていた。

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民宿に帰りテレビを見ていると,とんでもないニュースが流れた。沖縄防衛局が辺野古新基地建設の本体工事に着手するために,キャンプシュワブの海域に設置する護岸の設計図を県に提出した。埋め立ての前提となるボーリング調査が完了していないのに、調査を終えた部分から先行して協議に入りたい意向のようだ。ウチナーの民意を全く無視して、早期に本体工事を始めたいという防衛局、そして安倍政権は、民主主義というものを完全に壊そうとしているとしか思えない。戦争法案を具現化するためには、辺野古新基地建設は絶対に必要なのだろう。
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今夜がこの民宿での最後の夕食。食べきれないほどのボリュームで,食後腹減らしに散歩する。
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オジイと子どもたちが散歩していた。これこそ平和な風景。これをいつまでも守り通さなければならない。徴兵制が施行され、この子どもたちが青年になったときに戦地に送り込まれるということは,想像するだけでも怖い。台風が接近しているのか、いつもとは違う大きな雲が動きを早めていた。
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台風が直撃した場合、飛行機が飛ばなくなるのを心配して、なかなか寝付けなかった。

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沖縄4日目(その2)

早朝行動が終わり、辺野古の海を豊原の地から眺める。つくづく、ここには戦闘機もオスプレイも要らないと思う。ここに巨大要塞ができれば、この辺りは人の住める場所ではなくなる。

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辺野古浜のテントでは、台風12号の接近で明日暴風に巻き込まれるということで、片付けが行われていた。さっそくテントをたたんだり、椅子やテーブルを運んだりする。ちからしごとでこうけんするしかない。力仕事で貢献するしかない。
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本当にきれいな海だ。明日台風が来るとも思えないが、いくらか波が高くなっているようだ。
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午前の集会が始まる。小学6年生の頃、伊佐浜土地闘争の現場にいたという男性がスピーチされた。父と共に畑に座り込んでいると、米兵に銃を突きつけられ,強制的に退かされた。「身体の痛みはすぐに消えるが、心の痛みは消えることがない」と言われた。銃剣とブルドーザーで、米軍は基地を作ったのだ。
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香港のテレビ局「ラジオ・テレビジョン香港」が取材に来られていた。プロデューサーのヤウ・チュイ・ヤンさんは「70年前の状況が今なお続いているのが沖縄だ」と鋭く指摘された。「香港で沖縄のことを知っている人は少ない。沖縄の人がどう思っているのかを伝えたい。」番組は、8月後半に放送される予定という。ヤマトゥの放送局も大いに見習うべきだ。
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台風に備えて、横断幕などを片付ける。
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マンゴーの差し入れがあった。独特な香りと甘さで、つい欲張って何個も食べてしまった。
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テントにはいろんな差し入れがある。ありがたく頂く。

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沖縄4日目(その1)

7月24日、早朝抗議行動に参加。約50人が工事関係車両を止めようと、ゲート前に座り込みをする。機動隊員と激しくもみ合う。かなり攻撃的に暴力で向かってくる者もいる。しかし、非暴力で対応するしかない。私はかなり粘ったが、5・6人の屈強の若者に押さえられ運ばれて、「オリ」の中に入れられる。警護車の下に入り込んで、抗議を示す人もいた。Rimg_1526_r

本当の敵は、彼らではない。彼らの背後にいる、今の安倍政権、防衛省(局)の中枢たちこそ、倒すべきである。権力者は分断政策をとり、民意を分断させようとするのが常套手段だ。

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機動隊員に「あなたの行為は県民のためになるの、ウチナーに基地を作られてもいいの、あなたが戦地に行くことになってもいいの、70年前にウチナーンチュが4人に1人殺されたことを、あなたはどう思っているの、あのときに日本の軍隊はウチナーンチュを守る側に立たなかったことを知っているの、・・・・・・・・・・」と必死に呼びかけるオバアもいたが、彼らは一切表情を変えない。人間なのかと思うが、命令で今動いているのだから仕方ないのかもしれない。1人になったときに、今の状況を考えて欲しい。大浦湾に米軍基地を作ることが果たしてウチナーの幸せになるのかということを。

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法的根拠のない身体拘束で,明白に違法行為である。
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機動隊の暴力は許されることではない。市民たちの中には、毎回怪我人が出ている。やり過ぎではないかと正直思う。
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ぶん殴りたい拳を押さえるのに苦労したが、本当の敵は彼ら機動隊員ではない。ただ言えることは、機動隊員の行動が、辺野古に米軍基地を作ることの手助けとなり、日米安保を強化し、集団的自衛(戦争)権の先駆けとなるということだ。

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2015年7月23日 (木)

沖縄3日目(その3)

辺野古に戻り、集会に参加する。木曜日のテント前の集会の進行役は、平和市民連絡会である。元教員の伊波さんが、わかりやすく名調子で沖縄の今を語られた。ウチナーには自己の頭でしっかり考える論客が多いと、つくづく思う。どの論客も政府に任せるのではなく、基地を目の当たりにして戦争法案には絶対反対を表明して、毅然として政府と対峙している。

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島袋文子さんは今日も集会に参加されており、少し早めにお帰りになる。
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テント内には、七夕の短冊が飾られていた。
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辺野古ブルーカヌーチームの一員がスピーチされた。県内外の各層の方たちのスピーチがあり、「沖縄総合大学」と名付けておられた。
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午後のデモ行進と集会が行われる。ウチナーには、20数カ所の市町村に島ぐるみ会議が設立されており、それぞれが曜日を替えて辺野古のテントにやってこられている。中には、市町村営のバスで来られている人たちもいる。
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集会が終わり、民宿に帰る。食事は食べきれないくらいのボリュームである。食事後、少し周りを散歩する。一歩外へ出ると、サトウキビ畑が広がっている。なかなか日が暮れない。
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沖縄タイムスによれば、安全保障関連法案(戦争法案)について、県内の41首長にアンケートをしたところ、「反対」は20人で、「賛成」は1人だけであった。「どちらとも言えないが11人、「無回答」が9人だった。集団的自衛権の行使は「憲法違反」だという回答は、19人いた。ウチナーはヤマトゥに比べたら、かなり正常である。ウチナーが羨ましかった。

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沖縄3日目(その2)

東村高江に行く。辺野古から車で約1時間半。慶佐次川のヒルギ林を見る。共同売店では、パイナップルを売っている。

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国道331号線では、20日の豪雨で土砂崩れがあり、通行不能。慶佐次まで引き返し、そこから高原の迂回路を走る。パイナップル畑が広がっていた。ようやく平良まで着く。
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米軍ジャングル戦闘訓練センターのメインゲート前を通りすぎる。県道70号線は、日米共同使用のために、米軍の隊列が現れるかもしれず、慎重に運転をする。
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ヤンバルの森では、ノグチゲラやヤンバルクイナの出産が終わったばかりである。
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N-1ゲートにテントが張られて、24時間体制で交代制で座り込みをしている。3月末に来たときにお会いした人とも再会し、話が弾んだ。ヤマトゥから来てもう長らく滞在しておられ、顔も心もウチナーンチュになられていて、とても元気であった。夜は、車の中で寝ると言われていた。涼しくなるといっても、かなりきつい生活だと思うが、平然と楽しみながらされていた。ヘリパッドの建設がいつ始まるかもしれず、常に緊張を強いられている。今のところ、辺野古と違い、沖縄防衛局の目につくような動きはなく,待ちの姿勢である。ここには、待つことのしんどさがある。
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ヘリ(オスプレイ)パッド(離着陸帯)建設予定地の全貌が見渡せる場所まで行く。絶滅危惧種が数多く生息している,このヤンバルの森には、人を殺す戦争につながるものは全く必要が無い。
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県道70号線はヤンバルの森の中を通る。今、その路側帯を米軍占有地にして、工事を始めようとする動きがある。いつ始めるかしれず、粘り強く座り込みを続けられている。人間の尊厳を守る闘いである。
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ヘリパッド建設予定地のすぐそばに、高江の集落がある。人口160人ほどの小さな集落である。「新月新聞」を発行されている。その中の、「私たちが、本当に立ち向かう相手は誰なのか。」という問いは、心に響いた。「再び沖縄は戦場にはさせない。子や孫に平和な暮らしをつくる。みんなで手を合わせれば、平和な未来が作れる、絶対。」
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途中何回か車を止めて、海にを見とれてしまう。しばらく時を過ごす。
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7月3日(金),東村議会は沖縄防衛局を訪れ、ハワイで発生した米海兵隊垂直離着陸輸送機、MV22オスプレイの飛行禁止と、撤去を求める意見書を提出した。

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沖縄3日目(その1)

6時半より行われる早朝抗議行動に参加。第3ゲート前には新たにフェンスが作られていた。ここから大浦湾がよく見えたのに、防衛局と米軍は、ボーリング工事の進み具合をシャットアウトしたいようだ。テレビ局もここから撮影していたのに、これでは無理だ。

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辺野古浜に行く。米軍基地の方から太陽が上がる。
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キャンプシュワブ前で抗議行動。早くも機動隊が隊列を整えて、排除にやって来た。今朝は昨日と比べて参加者が少ないので、機動隊員は余裕の表情だった。膝蹴り隊長と呼ばれている隊長は、座り込みをする者たちに対して「犯罪者」と言ったそうだ。いったいどちらが犯罪者なのか。憲法を遵守せず集団的自衛権を主張し、美ら海を破壊して米軍基地を作る現政権や防衛省(局)こそが、本当の犯罪者なのではないか。
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今朝も5・6人がかりで取り囲まれ,手足や身体を捕まれて,「オリ」の中に入れられた。非暴力を貫き、悔しいけれど何もせず。
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沖縄タイムスの記事より「キャンプシュワブゲート前では午前7時頃、市民ら約30人が工事関連車両の基地内進入を阻止しようとしたが、県警機動隊がごぼう抜きで排除し,囲い込んだ。市民らが激しく詰め寄ると,現場責任者が「こいつが殴った、採証」など指示し、部下にビデオで市民らを撮影させていた。」
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その後、集会とデモ行進!
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今日はこれから高江に行く。

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2015年7月22日 (水)

沖縄2日目(その2)

7月22日(水),食事後に車に乗せていただき、トイレを兼ねて、「名護市国際海洋環境情報センター」に行く。テントから車で約5分の近さである。写真もいっぱい展示されている。

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写真にはすてきなタイトルがついている。「手えのひらを太陽に♪」
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「仲良し逆さシンクロ」

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「波間のお散歩」

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しばらくの間、目の保養をした後に、キャンプシュワブ米軍基地前に帰る。厳しい現実に引き戻される。テント横に、花が植えられ「月桃の花」の詩が書かれていた。
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高校生がスピーチした。彼らはウチナーンチュでここに取材に来たようだ。ネットでエセ情報が飛び交っているので、実際に自分の目で見て知りたかったということだ。そして、ここで知り得た情報は8月にヤマトゥに行ったときに、同年代の子たちに報告するということだ。この高校生の行動や生きざまが、嬉しくてしかたなかった。無関心を決め込む若者が多い中、現実を直視して自分の頭で考え行動する彼らを大いに支援したい。このような若者がもっともっとたくさん現れて欲しい。これも我々大人たちの責務である。
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「圧殺の海」の映画監督、森の映画社の影山あさ子さんがスピーチされ、三味線もひかれた。

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影山さんは差別され抑圧される弱き側に立ち、その視点で映画を作られている。したたかにしなやかに権力に対峙して創作されているその姿勢に,心から敬服せざるを得ない。
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午後のデモ行進。デモの後みんなで肩を組んで、「大浦湾をかえせ」「すわりこめ ここへ」などを高らかに歌った。基地内の機動隊員や軍警たちは,どんな思いで聞いているのだろうか。少しでも心を和らげて欲しい。
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4泊宿泊している民宿の料理は、実にすばらしい。この民宿は、我部祖河そばの食堂(本店)に併設されているので、沖縄そばがいつも出てくる。麺をここで作っておられるだけに、太麺は歯ごたえがありとても美味しい。ソーキそばといい、そばの上に大きな煮豚が何個も載っている。これで、夕食込みで1泊が3240円の格安だ。もちろん部屋はきれいとは言えないけれど。冷蔵庫もあるので、オリオンビールを買いだめしておく。
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なかなか日が暮れないので、近くを散歩して植物ウオッチング。
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8時くらいになると、近くでエイサーの練習をしている音が部屋まで聞こえてくる。翌朝も5時起きだ。

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沖縄2日目(その1)

7月22日(水),6時半より行われる早朝抗議行動に参加。沖縄県の県市町村の議員たちも参加して、100人を越える。議員たちの果敢な行動は、ヤマトゥでは考えられないことだ。口先だけでなく、まさに言行一致だ。

工事車や海保の乗った車などを通させないように、座り込みを始めると機動隊員が駆け足でやって来る。屈強な若者たちで、40人くらいいるであろうか。隊長の指揮の下、統率のとれた行動を行う。縦系列の命令で動くだけの悲しい連中である。自分の仕事が日本の将来につながるのであれば良いのであるが、その逆のことを行っている。米軍基地を作ることによりどんなことが起こるのか、少しでも自分の頭で考えてみたらわかりそうだのに。食うため、生活のためといっても、こんな仕事は嫌だ。

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私も手足や身体を5・6人くらいの機動隊委員に捕まれて、彼らが「オリ」と称する、警護車と鉄柵に囲まれた場所まで運ばれてしまった。まだ仕事をしている私は、逮捕されて食えなくなるのは痛いことなので、また非暴力を基本にしているので、悔しいけれど彼らになされるままに身を預けておいた。思い切りキックして蹴り倒したいのを、何とか押さえて我慢した。車が基地内に入るのを見守るのは、本当に悔しい思いがした。

この後、集会とデモ行進を行った。ヤマトゥでは存在感のない政党が活躍していることを知り、とても羨ましく思った。

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辺野古浜のテントの方へ行く。少し波が荒いようだったが、辺野古ブルーカヌーチームは漕ぎ出していった。

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瀬高に移動して、大浦湾を撮影する。
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また集会が始まった。大城さんに指名されて、私もスピーチした。まず、自己紹介。「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」に所属していて、月に2回のアピール行動をJR奈良駅前でしていること。また、「NO BASE!沖縄とつながる京都の会」が主催する集会にも時々参加することなどを語った後に、自作の長編詩「大浦湾は誰のもの」を朗読した。たくさんの拍手をいただき、実に嬉しかった。
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午前の最後のデモ行進を行った。米兵が通るたびに、「GET OUT! マリーンズ GO HOME!」と大声で叫んだ。彼らはアメリカを守るかもしれないが、決してウチナーを守りはしない。
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昼休みに入り、美味しい弁当(350円)も売られている。手作りのシークワーサージュースがスカッとして、喉を潤した。

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2015年7月21日 (火)

沖縄1日目(その2)

観光はひとまず終わり、辺野古に行く。この後は、民主主義を体現するために、ただただ座り込み。

辺野古の浜は、前日の集中豪雨の影響で、一時的な川ができて、浜に流れ込んでいた。土砂が海に流れ込み、いつものブルーの海ではなかった。

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キャンプシュワブとの境にあるフェンスには、さまざまなバナーが飾られている。盗られても盗られても、次から次へと全国からバナーが贈られてきて、いつも賑やかに飾られている。これを見るたびに、全国にたくさんの仲間がいると勇気づけられる。
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海上基地建設阻止開始より、8年(2639日)の「命を守る会」の闘いと、座り込み4111日と立て看に書いてある。命を守る尊い闘いがこれほど長く続いていることに驚嘆せざるをえない。

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海上が荒れているので、第二テントにはカヌーが置かれたままである。
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キャンプシュワブ前に行く。昨年12月、今年3月と、これで3回目である。戦争にひた走る現政権と防衛省(局)、その意向をくんで弾圧を強める機動隊や海保、彼らたちに対して非暴力の最大限の抵抗をしている。
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テント前では、スピーチあり歌ありで,人が入れ替わりたち替わりして、盛り沢山である。この日のリーダーは、沖縄平和運動センターの大城さん。山城さんの入院の後、3グループの担当で分担して進行されている。山城さんに負けず劣らず、大城さんのスピーチは迫力があり、一つ一つの言葉に説得力があり、信念の重みがある。

反戦歌「花はどこへ行った」をみんなで歌った。

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午後の抗議行動開始。
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キャンプシュワブ前で,シュプレヒコールを上げながらデモ行進する。座り込みをすると、機動隊が警告を発し、やめなければ排除にやって来る。道路交通法に違反するということだが、アピールするために一時的に歩道に立ち止まることはなぜ悪いのか。辺野古に基地を作るということは、憲法に違反していることなのだから、その抗議のアピールをすることがどうして悪いことなのか。

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テント内には、写真やアピール文などが展示されている。辺野古基地関係の書籍なども置かれている。
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今日から土曜日まで座り込みに参加する。「勝つまで、絶対あきらめない!」

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共同通信社の全国調査によれば、「辺野古中断」が63%あり、民意は益々国の意向と違ってきている。当然民意に従わなければならない。「沖縄に基地必要」は74%あり、このあたりがヤマトゥの差別構造の表れであり、ヤマトゥの思考の限界であるのだろう。「日米の同盟関係」についても、「今のままで良い」が66%もあることには、正直ショックを受けた。これでは日本国憲法が泣いてしまう。

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沖縄1日目(その1)

前日夕刻に、沖縄那覇に着き安宿に泊まる。今日は天気が回復して、早朝からレンタカーで北上する。宜野湾市の普天間基地を訪ねる。市の中央に位置して、危険きわまりない基地である。在沖海兵隊のヘリ舞台の拠点で、約2700mの滑走路がある。その傍に、佐喜真美術館がある。月曜日は休館日であり、見学できず。

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基地のほんの一部が開放されて,子どもたちが野球の練習をしていた。本来は基地のある土地はウチナーのものであり、早く普天間基地は閉鎖すべきである。米軍が最も良い広大な土地を占有して、その周辺にウチナーンチュが生活しているというのがよく分かる。米国の植民地ではないのだから。
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嘉手納基地を訪ねる。町の83%が基地で、残り17%に約14000人のウチナーンチュが住む。この基地は極東最大の空軍基地であり、3700mの滑走路が二本もある。道の駅に基地に関する資料館がある。屋上からは、基地の様子が見える。爆撃機がひっきりなしに飛行訓練している。すさまじい爆音には耳をふさぐしかない。まさに異常な世界であるが、ここにウチナーンチュたちは生活している。
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読谷村のARMY TORII STATIONを通り過ぎ、残波岬に行く。
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途中、「サトウキビ畑」の歌碑があった。「ざわわ ざわわ・・・・・・」沖縄戦でウチナーンチュの4人に1人が亡くなった。悲惨な地上戦のあったことを、ヤマトゥのどれくらいの人が知っているのだろうか。国の存続のために、ウチナーは犠牲にされたのである。
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残波岬の休憩施設では、エイサーの練習をしていた。
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万座毛へ行く。今から35年以上前に、新婚旅行で来たのを思いだした。
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今帰仁村にある城跡を訪ねる。

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古宇利島大橋を通る。

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これから座り込みが続くので、一日目に観光は済ませておいた。

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2015年7月18日 (土)

とめよう!戦争法 大集会

2015年7月15日(水)に、安倍政権は衆議院で戦争法案を強引に裁決した。国民の主権が侵されて、立憲主義・平和主義が蹂躙された日を絶対に忘れまい。満身の怒りをしずめるべくもなく、円山音楽堂に集まった。「戦争反対! 平和が大好き! 止めよう戦争法!声を上げよう7.18大集会」が行われた。座る場所がなくなり、立ち見の人で溢れていた。約4000人が集まり、カンパ額は80万円を超えていた。Rimg_0707_r

京都新聞より「衆院を通過した集団的自衛権の行使を可能とする安全保障関連法案に反対する抗議集会が18日、京都市東山区の円山公園音楽堂であった。市民ら約4千人(主催者発表)が参加し、「憲法9条を守れ」「戦争法案廃案」と怒りの声を上げ、繁華街を練り歩いた。」

集会が始まった。主催者を代表して、仲尾宏さん(反戦・反貧困・反差別共同行動代表世話人)がスピーチされた。「憲法を尊重し、国民の代表たるべき国会議員が、憲法を無視し、国民の声を聞かずに暴走することは、許されるものではない。」
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参議院議員がスピーチされた。「国民主権の大原則を蹂躙する歴史的暴挙である。参議院で絶対に廃案にしたい。」
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リレートークが始まった。まず、立命館大学教授の小松浩さんのスピーチ。「憲法の平和主義・立憲主義は最大の危機を迎えている。戦争法は抑止力にはならず、軍拡競争をもたらすだけだ。憎しみを呼び起こすだけだ」
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京都弁護士会会長の白浜徹朗さんがスピーチされた。背後には歴代の弁護士会会長が並ばれた。「戦後70年間、日本は戦争で一人も殺さない殺されないという平和国家を作ってきたが、平和安全保障法制の制定により,それを大きく変えようとしている。8月29日(土)に日本弁護士連合会との共催で、緊急府民大集会を開催するので、また音楽堂に集まって欲しい。」
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京都府保険医協会理事長の垣田さち子さんがスピーチされた。「生命を守ることを使命とする医師たちは、戦争法に反対する。亡き父は、戦争は絶対にしてはいけないと何度も言っていた。何人殺したかを自慢するような狂った世の中に、絶対にしてはいけない。」
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八幡ぶどうの木教会牧師の千葉宣義さんがスピーチされた。「アベが言葉を発するたびに、国民を愚弄していると感じる。アベの言葉には真実が宿っていない。真言不美ということばがあるが、真実の言葉は決して美しくない。逆にアベの使う言葉はうわべだけきれいであるが、真実ではない。」
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戦争アカン!京都・おんなのレッドアクションの田中めぐみさんがスピーチされた。「今私のお腹に新しい命が宿っている。私たちの子どもたちが戦争に行くことは絶対に阻止する。子どもたちが大人になったときに、お母さんは戦争を止めるために何かしていたのと聞かれたときに、答えられるように私は今立ち上がった。主権者として生きて生きたい。」
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京都の学生+SELDs KANSAIの若者が力強くスピーチした。「アベが恐れているのは、民衆が反対の声を上げ、力を寄せ合って敢然と闘うことだ。アベが恐れることを、若者はやっていきたい。戦場に送り込まれないために。」
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北区で戦争体験記録ぶうくうずきんを発行された、栗阪啓子さんがスピーチされた。「京都市内でも西陣で空襲があった。あの悲惨な体験は二度と起こしてはいけない。」
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京都大学自由と平和を守る有志の会の方がスピーチされた。「アベの反知性主義は,関西ではアホという。答弁では空疎な言葉を繰り返すだけであった。言葉の空洞化ということに危機を感じる。」
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「戦争法は 憲法違反」「アベ政治を 許さない」の紙を、参加者一同高く掲げた。ファシストを、早く退陣に追い込もう。
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デモスタート。嬉しかったことは、「京都のうたごえ」が送り出しの歌を歌ってくださったが、なんと雑花塾の「軟弱者」などであった。心にジーンときてしまった。勇気が心の底から湧き出るのを感じた。

京都市役所前まで歩いた。祇園祭の前祭が終わったばかりであったが、観光客は相変わらず多い。彼らに向けて,懸命にアピールした。我々のデモ隊を見る目も,いつもより好感を持って見ていただいたように感じる。
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京都新聞より。【2015年07月18日 23時00分】

「集会では憲法学者や学生団体「SEALDs(シールズ)関西」のメンバーが登壇し、「安倍政権は立憲主義、民主主義、国民主権を否定している」「今こそ未来を担う若者とほかの世代が手を携え、主権者として反対の声を上げよう」と演説した。

 参加者は作家澤地久枝さんの呼び掛けによる全国一斉アピールで「アベ政治を許さない」と書かれた紙を掲げた。集会後、四条通などを歩き、「子どもたちの未来を守れ」などと訴えた。」

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祇園祭 前祭のあと 後祭のまえ

午後から集会があり、それまで四条周辺の祇園祭の後の風景を見て歩く。昨年から祇園祭が前と後に分かれて巡行するようになり、昨日7月17日(金)は台風襲来の中、前祭が行われた。祭りの後はやはりうら寂しい。兼好法師が「徒然草」の中で、祭りそのものだけではなく、祭りの前後にも趣があると述べていたが、全く同感である。後祭の巡行は、7月24日(金)に行われる。

鶏鉾

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月鉾
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船鉾
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放下鉾
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ビルやマンションも、このように利用している。あまり風情はないけれど、現代の知恵だろう。

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菊水鉾
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長刀鉾
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八坂神社御旅所
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鴨川が台風の影響で増水していた。鴨川も、戦争法案の強行採決に対して怒り心頭に発しているのだろう。溢れる水は、議事堂を包み込む。
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集会の行われる、円山公園へ行く。

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2015年7月15日 (水)

戦争法案強行採決反対緊急集会

本日、衆議院の特別委員会で、自公政権は戦争法案を強行採決した。JR奈良駅前で集会とデモがあり、私は仕事を終えた帰りに参加した。戦前を作ろうとする、この許しがたい暴挙は、到底民主主義とは相いれないものである。

柴野貞夫時事問題研究会で作られた、新たな横断幕がよく目についていた。自費で作られたという。柴野さんは、現代の政治状況を憂え、厳しく分析され発言されている、正義感溢れる人である。

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集会が始まった。主催者は、「戦争をさせない奈良1000人委員会」である。「これらの法案は、平和主義の考え方、憲法の前文および9条の理念を踏みにじる戦争法案であり、決して許されるものではない。平和を愛する全ての仲間と共に、抗議の大きな声を上げる。」
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仕事帰りの人たちが続々と集まり、200人以上の参加者があった。
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「議員要請行動の提起」がなされた。「選挙区選出の衆参議員に、戦争法案に反対することを要請する。あなたは戦争をすることを、自衛官が海外の戦闘領域に派遣されることを、是としますか。もう少し命を大切に考えることはできないのでしょうか。」
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集会決議

「私たちは、戦後私たちの手で営々と築き上げてきた平和を、絶対に守り抜いていく。私たちは絶対にあきらめない。私たちは、政権の暴走を止めるために、国会を何重にも包囲して安倍首相が耳をふさいでも聞こえるくらい、大きな反対の声を上げていく。そのため、地域での取り組みを進め、中央での行動に結集し、取り組みを強固なものにしていく。私たちは、屈しません。戦争法案を廃案にするまで!」
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「強行採決は、民主主義への冒涜であり、憲法理念に反する議会運営である。選挙によって多数を得たからといって、全てが負託されたわけではない。この手法は民主主義とは言えない。」
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シュプレヒコールをしながら、参加者一同でこれを掲げた。
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デモが始まる。柴野さんから頼まれて、横断幕を持つことになった。台風前で風が強く、かなりの力を要した。
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声を張り上げて、シュプレヒコールを何度もした。「戦争する国づくり反対!」「平和憲法を守れ!」「立憲主義を守れ!」「憲法違反の戦争法案反対!」「辺野古新基地建設反対!」「原発再稼働反対!」「恒久平和を求めて頑張るぞ!」「全国の仲間と共に頑張るぞ!」
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興福寺脇を通り、奈良公園までデモをした。観光客も通行人も少なかったが、精一杯声を張り上げた。鹿が、最も耳を傾けてくれていたかもしれないけど。
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奈良公園に着いたときは、すっかり暗くなっていた。「戦争法案に反対」という民意は、益々燃えさかることであろう。ファシストよ、民衆をなめてはいけない。

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2015年7月11日 (土)

奈良駅前行動

「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」は、月に2回JR奈良駅前でアピール行動を行っている。

近鉄奈良駅前の風景。行基の立つ噴水近くには、観光客たちが行き交う。イラストレーターやシンガーの卵、お布施を頂く僧などもいる。

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興福寺に参る。現在、北円堂の特別開扉が行われている。
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南円堂
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本堂前に、角のりっぱな鹿がいた。
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時間となり、JR奈良駅前に行く。

「辺野古基金」のお願いのビラ、「障がい者差別をなくす奈良県条例成立」のビラ、「命どう宝」のビラ、3種類を通行人にお渡しした。あまり受け取ってもらえないが、穏やかな表情を崩さない。だいぶ馴れてきたものだ。
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「辺野古基金」は、約二ヶ月で3億5000万円に達したということだ。辺野古や高江に行けなくても、このような支援もできる。「辺野古基金」の共同代表として、宮崎駿さんや菅原文子さん、鳥越俊太郎さんたちがおられる。著名な人たちが声を上げていただくことは、すごい力を生み出すのであろう。もちろん私たちのような名もなき者たちの地道な行動が、いちばん大事ではあるけれど。
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「辺野古基金」の趣旨の一部を抜粋する。

「私たちは、沖縄の声を国内外に発信すると同時に、日本国内の新聞をはじめ米国紙への意見広告、県内移設を断念させる運動(活動)の前進を図るために物心両面からの支援を行い、沖縄の未来を拓くことを目的として、「辺野古基金」を設立しました。」
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「奈良県障がいのある人もない人も共に暮らせる社会作り条例」が、今年の4月1日に制定された。施行は、来年の4月1日である。二年前から実行委員会を立ち上げ、県内の各行政に挨拶回りをしたり、障がい団体にも賛同を募ったり、各主要駅でのビラまきや署名収集の活動をしたりして、その活動の成果が実り、今回条例が制定された。すばらしいことであり、これからどのように具体的な施策を実行するかが問われている。
手作りの器で、めだかを飼い始めた。こんな小さい命も、精一杯生きているのだ。長らく見とれてしまった。
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2015年7月 5日 (日)

フクシマ・沖縄 写真展

奈良市北部会館で、フクシマ・沖縄 写真展が開かれた。

実行委員会の作成されたパンフより抜粋する。「フクシマ、沖縄の今を見つめ 今こそ 憲法を抱きしめて」という、すてきなタイトルがついている。「戦争になれば市民がいちばん犠牲になることを実感されている沖縄です。犠牲(切り捨て)の構造は、フクシマも共通ではないでしょうか!? 沖縄・フクシマの悲劇を繰り返さないため、今こそ・・・」

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2時から、5月17日の沖縄県民大会に参加された川口さん(全交京都)が、お話をされた。どこかで見たと思ったら、「月桃の花歌舞団」が「フリーダム」のミュージカルをしたときに、主役を演じられていたのを思い出した。その役になりきっていて、声量豊かで、実に見事な演技であったことを覚えている。今日は、沖縄の今をさまざまな角度から説明されて、既に2回辺野古・高江に行っている自分にとっても、新たに教えられることが多かった。川口さんは、運動というのはトップにお任せではなく、自分たち一人一人が作り出すものだと、ウチナンチューから学ばれたという。正義感溢れる、たいへん謙虚な人である。
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つぶされてたまるか、民意を反映している琉球新報と、沖縄タイムス。つぶさなくてはいけないのは、(自・公)大本営発表のNHKや産経新聞などだ。しかし、大人げないのでそんなことは言うまい。
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辺野古・高江の写真が展示してあった。弾圧されても、非暴力で抵抗する仲間がいっぱいいる。勝つまであきらめない闘いである。沖縄戦の悲劇を二度と起こしてはいけないと、島袋文子さんはキャンプシュワブ前に今日も座り込みをされている。大いに勇気を与えられる。
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フクシマは今もなお、放射線量は高く到底帰還などできないにもかかわらず、国と県は年20ミリシーベルトという基準を持ち出そうとしている。20ミリ基準では、命は守れない!南相馬の住民は、避難20ミリシーベルト撤回訴訟を起こされた。住民無視の避難地点解除は、違法である。
大熊町2014.3.27    20ミリシーベルト/年 = 2.28マイクロシーベルト/時間
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大熊町2015.4.25   放射線量が高すぎる!
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東電からの賠償は、低額すぎる。自主避難者は、更に低い!人間なのだよ!
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収穫されないリンゴ、野生化したダチョウ・・・・、異常な世界!原発は生存権を完全に破壊する。
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自主避難者を含めて、避難者全ての生存権・幸福権を保障するのが国の使命である。

◎第9回期日 原発賠償 京都訴訟
7月7日(火)支援者は10時10分集合,抽選あり(11:00開廷)
集合場所:京都地裁(中京区菊屋町)北川門前

◎「日本と原発」 弁護士 河合弘之 監督作品

9月26日(土) 10時・13時半 2回上映  12:15~45 河合監督のトークあり

場所 奈良市北部会館にて 

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2015年7月 4日 (土)

米軍Xバンドレーダー基地撤去!7・4京都集会&デモ

「米軍Xバンドレーダー基地撤去!7・4京都集会&デモ」がウイングス京都で行われた。「戦争法案を廃案へ!辺野古の闘いに連帯を!辺野古へ行こう!」の副題もついている。

京都新聞より「京都府京丹後市丹後町のXバンドレーダーを備える米軍経ケ岬通信所の撤去を求める集会とデモ行進が4日、京都市内で行われた。参加した約150人が「基地のない日本をつくりだそう」と繁華街で声を上げた。市民団体「米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会」が主催した。」

市民団体「米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会」では、パンフレットを作られた。多くの人が読んで欲しい!

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京都新聞より

「中京区のウィングス京都で開かれた集会では、地元の「米軍基地建設を憂う宇川有志の会」の永井友昭事務局長が、騒音や米軍関係者による交通事故、勤務する軍属の宿舎など通信所をめぐる問題の現状を説明した。同連絡会の大湾宗則共同代表は「米軍基地の戦いは主権をめぐる戦いだ。国の専権事項ではなく、住んでいる人々の主権が一番、大事にされなければいけない」と訴えた。」
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現地行動の報告がスライドを交えて行われた。
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永井友昭さん(米軍基地建設を憂う宇川有志の会事務局長)が現地報告をされた。永井さんの基地撤去に向ける情熱は、地元を本当に愛する気持ちから生まれている。京丹後の子どもたちのために、絶対に基地は要らない!
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 ミニ講演 「戦争法案を廃案へ」と題して、服部良一さん(近畿連絡会代表世話人/元衆議院議員)がスピーチされた。「60日ルールがあるので、7月27日迄に自民・公明は戦争法案を強行採決してくるであろう。これを民衆の連帯で絶対に阻止しなければならない。民主主義の力を今こそ権力に見せてやろう。」服部さんのような人が、本来は議員であるべきだ。

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基調提起を大湾宗則さん(京都連絡会共同代表)がされた。いつものように熱くそして鋭い視点でスピーチされた。「私たちはいま、国家主権を振りかざす安倍内閣によって蹂躙されている民主主義・立憲主義・主権在民を私たちの力で回復させ、Xバンドレーダー基地の撤去闘争の前進が、辺野古新基地建設阻止に連帯し、安保法制廃案の闘いの一環であることを確認し、この夏、辺野古新基地作らせない、安保法制廃案に全力で戦い抜こうと呼びかけます。」
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反戦ライブが、川口真由美とおもちゃ楽団によって演じられた。聴衆は皆、希望と勇気を与えられたであろう。「安保廃棄 京丹後かえせ」をみんなで叫んだ。「オラシャラーン」の歌がリズムよく心に響いた。
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特別報告 「64弾圧弾劾!関西反弾圧集会の呼びかけ」「経過報告と719関西反弾圧集会の呼びかけ」を、64関西市民運動弾圧救援会の藤原敏秀さんがスピーチされた。

次に、被弾圧者3人からのアピールが行われた。3人は見せしめ的に逮捕されたが、敢然と黙秘を貫き、不法弾圧に決して屈しないで、闘われた。そして、釈放後更にパワーアップされて、不正に対して闘いを継続されている、その姿に深く感動せざるをえなかった。

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「戦争立法NO!京都アクション実行委員会」の小笠原伸児さん(弁護士)、「NO BASEの会」、「 戦争をさせない京都1000人委員会」から、力強くアピールされた。
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雨の中、デモ行進!駒野さんから写真を頂いた。

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京都新聞より「デモ行進では、参加者が四条通や河原町通を歩きながら、「Xバンドレーダー基地は撤去しろ」「(沖縄県名護市の)辺野古新基地の建設を阻止しよう」と買い物客らにアピールした。 【2015年07月04日 22時40分】」

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下京

午後から四条駅近くで集会があり、京都駅から北上する。東本願寺は、現在御影堂の修復工事が行われている。壁に詩が掲示されていて、東北の大震災を忘れない思いが伝わってくる。

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文子(あやこ)天満宮は、天神信仰の発祥の宮である。
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長講寺は、後白河法皇の持仏堂が起こりとされる。花々が涼しげに咲いていた。
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蓮光寺には、「負別(おいわけ)如来」が祀られている。
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昔ながらのお菓子屋さん

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上徳寺には、江戸の冠句の唱道者である堀内雲鼓の句碑がある。
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銅器屋さんや扇屋さんなど、さすが伝統のある京の町だ。
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「使い捨て時代を考える会」の事務所による。大飯原発まで約60キロであり、大事故が発生すればここまで被害が及ぶであろう。電気をあまり使わない、反原発の尊い運動をされている。
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錦市場を歩く。相変わらず人が多い。

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錦天満宮へ行く。名水、錦の水を口に含む。
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四条から三条にかけて、洋館を多く目にすることができる。
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祇園祭が近づいてきた。
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良い時間となったので、集会の会場ウイングス京都へ行く。

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2015年7月 3日 (金)

岡山禁酒會舘マンスリーライブ VOL.174

 岡山禁酒會舘マンスリーライブ VOL.174<トリビュート笠木透~3>「結成20年! 長野県松本市を拠点に…『ぽこ・あ・ぽこ』をゲストにお迎えして」が行われた。

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鈴木幹夫さんの作成された版画や、ぽこあぽこのCD「雑木誌」「雑奏雑歌」が置かれていた。コンサート後に、CDがよく売れていた。それだけ、聴衆の心をぐっと引きつけたのであろう。
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リハーサルには、娘さんたちが一番の良き聴衆であった。
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コンサートが始まった。
OZAKI UNITの歌われた「川は忘れない」は、鈴木幹夫さん作詞尾崎ツトムさん作曲のすばらしいフォークである。「自由を求め 歩き続けて 濡れ衣を着せられ 国に殺された 熊野の流れは あなたを忘れない」詩と曲が見事に合致して、熊野川のながれを背景にして大石誠之助の真摯な生き方を余すことなく描ききっている。そういえば、私はこのフォークを通して、はじめて尾崎さんのことを知ったことを思いだしていた。
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いつもパーカションを担当されている渡辺学さんが、フォークシンガーとして「平和に生きる権利」を歌われた。先日沖縄に組合の代表として行かれて、改めて米軍基地の多いことを知り、基地と平和は共存しないことを実感されたという。伸びやかな声の中に思いが込められていて、また何度もお聴きしたいと思った。
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鹿野町から来られた、武部仁さんが歌われた。先月に鹿野町でコンサートを主催され、私は兄と一緒に参加して、いっぺんにその町が好きになった。「私の感受性くらい」のフォークは、武部さんの感受性の豊かさを浮きぼらせている。あののどかな村で、農業をしながら、音楽を通して村の活性化を願い、感受性を磨きつつ生きていかれている。2曲目は、「中山間地域・・・」というフォークで、地域の現状を鋭くリアルに描いておられる。「活性化音頭」「成人病の歌」のシリーズに位置するものである。フィールドフォークの多面的な姿を表出する、すばらしいフォークシンガーである
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「ぽこ・あ・ぽこ」は、長野県松本市を拠点にフォークソング活動を続けている尾崎さんの評を紹介する。「彼らは昨年10月、松本市において結成20周年コンサートを開催、ホールが満席立見となる盛況で、地元に確固とした根を張っていることを示しました。その日、笠木透は体調が悪いなか、どうしても笠木透を師と仰ぐ彼らを祝いたいと松本に出向き、車椅子でステージに登場、体調を全く感じさせない熱い「うた」を何曲も披露し多くの聴衆に感動を与えました。」
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 尾崎さんの評「「ぽこ・あ・ぽこ」は、これまでに2枚のCDを発表、「笠木透と雑花塾」のCD文庫シリーズでも演奏に参加、その実力を発揮しています。」
「山に向かって」「今はワルツを」「初夏」「空中水鉄砲」などを歌われ、ぐんぐん聴衆の心を魅了していった。笠木透さんの詩を的確に理解し、その言わんとすることを自己の中で消化して、その詩の世界に合うような曲を作られていることに驚嘆せざるを得ない。
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後半に歌われた「愛国心」は、現在の日本の現状を厳しくとらえておられる。「私のレモンの木」「子どもたちへ」などは、郷愁へと導く懐かしい風情が漂う。
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鈴木幹夫さんは、松本市で「幹工房」で活躍されている、木工作家でもある。笠木透さんが「楢の木の食卓」のなかで、次のような言葉を書かれている。「一見なんの変哲もないように見えるが、楢の木の質感そのものを生かした、鈴木幹夫の、木への思いが伝わってくる。」木への思いは、そのままフォークへの思いであるような気がした。
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笠木透さんが、このコンサートに参加しておられるような気が何度もした。
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打ちあげはこの禁酒會舘で行われた。「フォークとは何か」という議論で盛り上がり、気がついてみたら日付が変わっていた。

「ぽこ・あ・ぽこ」、OZAKI UNIT、武部さん、ありがとうございました。

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倉敷・岡山

「おとなび」格安切符で、倉敷に行く。倉敷は田舎から近いこともあり、何度も訪ねている。まず、新渓園へ。稲嶺盛吉氏の「琉球泡ガラス」作品展を見る。琉球のピュアーな色のガラス作品と、日本庭園とがよく合致していて、しばらく見入ってしまった。琉球の文化は底が深いと感じた。

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倉敷川沿いの美観地区を歩く。あまりにも観光地化されていて、懐かしい風情はあまりない。
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あまりにもきれいに整いすぎて、何か少し物足りない。路地裏に入ると、いくらか昔の面影に出くわしたりする。
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七夕が近いので、短冊にはいろんなお願い事が書いてあった。
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いがらしゆみこ美術館、アイビースクエアのほうへと歩く。児島虎次郎記念館に最も興味が引かれた。画家の児島氏はは、エル・グレコ、モア、ゴーギャンなどの西欧絵画を収集した。
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岡山へ行く。桃太郎は鳩を乗せて、戦力の放棄を願っている。

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商店街には、平和七夕祭りのデコがあった。平和でないと、七夕祭りもできない。
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これから、岡山禁酒會舘でマンスリーライブVOL.174<トリビュート笠木透~3>が行われる。
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陶芸(7月)

最近焼き上がった作品。幅が30センチを超える大きな器を作り、これに水を入れて、めだかを飼うことにした。

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大皿は、妻が友人にあげると言ってどこかへ持って行った。貰ってもらえるだけでありがたい。野菜をたくさん盛り合わせるのに、重宝(ちょうほう)するらしい。喜んで頂けるだけで、大いに励みになる。
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この大徳利は、一升近く入るはず。還元で焼いたので、渋い色が出ている。
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これ以下は、酸化という焼き方。釉薬のかけ方のテクニックを、蔭山先生から教えて頂いた。これで、失敗は少なくなるだろう。
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皿の方が、奥様方には人気がある。
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徳利、ぐい飲みはたまる一方なので、11月の「我夢土下座フィールドフォークコンサートin茶畑」のときに、貰って頂こうと考えている。
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先日植えたサツマイモは元気に育っていたが、猿に茎を抜かれてしまっていたので、また植え直した。
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陶芸小屋近くの紫陽花。
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まだ生まれたばかりのもの。
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徳利は、だいぶ軽くなった。薄く作るのがなかなか難しい。

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