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2015年12月

2015年12月31日 (木)

大晦日

墓参りする。途中に御堂があり、この周辺で小さい頃よく遊んでいた。

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一年が暮れていく。

お地蔵さんに、来年こそ世の平安なれとお祈りする。

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2015年12月29日 (火)

帰省

田舎に帰省する。おとなび切符で新幹線のこだま号に乗り福山へ。格安で庶民にはありがたい。駅近くにある、昔ながらの大衆食堂に寄る。この店の肉丼は最高に美味い。

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福塩線に乗る。
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無人駅で下車する。小さい頃は、蒸気機関車が走り、確か駅員さんも数人いた。

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江田島の親戚から、ハマチが届いていた。
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老母は、まずまず元気でホッとした。

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2015年12月27日 (日)

ガマ人間あらわる

午前はバレーの今年最後の練習。ホームステイしているコロンビア人の女性も参加。午後からは、高の原駅前での街宣活動。2月21日(日)に、月桃の花歌舞団が奈良市北部会館ホールで、「ガマ人間あらわるーフクシマ・オキナワとつながる希望のミュージカル」のミュージカルを行うので、その案内ビラを配った。

ガマ人間というのは、「地球上のマネーゲームを勝ち抜いて進化した最強の人間である。・・・彼らは日本社会を、儲けを生み出すガマワールドに変えてしまおうと企んでいる。・・・」「フクシマ・オキナワとつながって命の使い捨て社会を笑い飛ばす希望のミュージカルである。」以前に大阪で見たことがあるが、笑いあり涙ありで、絶望を勇気に替えてくれる、すばらしいものだった。お近くの方は、ぜひ見に来て欲しい。

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月桃の花歌舞団は、映画「GAMAー月桃の花」に込められた「命どぅ宝」の心を全国に広げようと、沖縄の海勢頭豊さんのプロデュースのもと、1997年に結成された。イラク戦争や福島の被曝、沖縄の基地や非正規労働や貧困など、現代のさまざまな問題をとりあげて、ミュージカルや劇などにされている。職を持ちながら、大阪の稽古場で練習し、各地で公演をされている。

月桃の花歌舞団の一部のメンバーたちが、高の原駅前で沖縄民謡を歌い踊られ、エイサーも披露された。とても迫力があり、通行人は足を止めて見入っていた。

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4時からはJR奈良駅前で、沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会に月桃の花歌舞団も加わり、ビラ配りやアピールを行った。奈良ー沖縄連帯委員会の崎浜代表が、沖縄の差別されている現状、ヤマトゥで今なすべきことをわかりやすくお話しになっていた。

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アピール行動が終わり、沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会の忘年会が、沖縄家庭料理居酒家「しんか村」で行われた。「しんか」というのは、ウチナーグチ(沖縄語)で、「仲間」と言う意味である。
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崎浜さんのお知り合いもおられ、一緒に三線を奏でて踊られ、実に楽しいひとときを過ごした。政府を糾弾するときの怒りの顔が一転して、とても優しい笑顔が溢れていた。
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沖縄料理に舌鼓を打った。ふうチャンプルーやミミガーチャンプルー、もずくの天ぷら、ラフティーなど、沖縄の家庭料理はとても美味しく、沖縄にいるかというような錯覚を覚えたことだった。泡盛を3本空けたであろうか。シンカ(仲間)たちはみな酒豪そろいで、圧倒された。
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写真を撮るのを忘れるほど、よく食べよく飲んだ。来年から、政府・防衛省は埋め立て工事を本格化させるであろう、それまでのしばしの安らぎであるのだろう。勝つまで諦めない、負けない闘いである。

正月休みなので、29日から田舎の老母に会いに帰る。

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2015年12月25日 (金)

沖縄(辺野古4日目)最終回

早朝行動に参加する。4日目となると、もうなれたものだ。参加者は150人はいるだろうか。毎回100人は優に超えている。山城さんが言われるように、あともう一日、参加者が水曜日のように400人、500人いたら、できたら1000人を超えたら、絶対に工事は止められる。

沖縄辺野古にぜひ集結して欲しい。ここには自由が尊ばれ、ヤマトゥでは衰えつつある民主主義がまだ強固に存在する。心地よく尊い空間である。そして、日本を戦争へと進めないための、権力に対峙する「非暴力・抵抗・不服従」の、勝つまで諦めない砦である。

今日の集会の司会は、平和市民連絡会の上間芳子さん。平和市民、平和運動センター、統一連で、日々の司会を交互にされている。分かち合って連帯して創り上げるていることに、つくづくすばらしいことだと思う。

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クリスマスなので、サンタさんも来られて、袋から黒糖のプレゼントをしておられた。文学座の女優さんも参加されていた。また、大阪の男性が、1955年の少女暴行事件をテーマにして笠木透さんが「少女よ」という歌を作られたことを語られた。60年前と現在、状況はあまり変わっていないような気がする。非常に情けないことだ。

ここには入れ替わりたち替わり、さまざまな人が来られている。
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辺野古の海へ行く。しばらく来られないので、美ら海に新基地建設は許されないと祈る。
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4267日目の闘いである。負けるわけがない。勝つまで諦めないからである。
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沖縄タイムスの朝刊で、2015県内10大ニュースを発表していた。もちろんトップは、「知事と政府 対立が激化」の辺野古問題である。法廷闘争に突入しているが、三権分立の司法は日本国憲法に則って毅然として審判して欲しい。立法・行政の姿勢が憲法から外れて動いているのであるから、日本の将来のために決然と公正に結論を出して欲しい。
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琉球新報より

「米軍普天間飛行場の移設に伴う辺野古新基地建設をめぐり、名護市辺野古の埋め立て承認取り消しを執行停止した国土交通相決定について、翁長雄志知事は25日午後、県庁で会見を開き、同決定を取り消すよう求める抗告訴訟を提起したことを発表した。翁長知事は「訴えは国交相による執行停止の効力を失わせることになる。沖縄防衛局が行う埋め立て工事を止める上で有効な方法だ」と語った。」

「国土交通相の執行停止決定の適否を審査していた国地方係争処理委員会が県の申し出を却下したことについて、翁長知事は「執行停止の違法性について実質的な審査が一切行われることなく却下された。国地方係争処理委員会の存在意義を自ら否定しかねないもので、遺憾だ」と述べた。」
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辺野古の問題は、明らかに沖縄への差別である。私たちは今こそ、他人事に論ずるのではなく、自分たちの課題として、沖縄と連帯して闘っていきましょう。

命どぅ宝の美ら海を、これから続くものたちのために、永遠に残そう!

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2015年12月24日 (木)

沖縄(辺野古3日目)

早朝6時からの抗議行動に参加する。参加者は約140人。工事車も入らず、機動隊も来ないので、楽しみながら行動する。

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うるま市島ぐるみ会議は、今年辺野古へ50回目。約45名参加。その後、宜野湾市長選挙の支援に駆けつけられるという。辺野古新基地建設に反対する志村恵一郎候補にはぜひ勝ってほしい。負けたら、辺野古新基地の建設促進となるので、絶対に勝たないといけない。
平和センターの大城さんのご指名により、「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」からのスピーチを行った。しゃべりは下手だけど、日頃思っていることを、いつもよりは熱く語った。「日本の平和は、非武装中立でしか確立できない。日本国憲法第9条を今こそ核として、現政権と厳しく対峙すべきだ。大和のマスコミは体制べったりなので、ウチナーのメディアから正確な情報を学びたい。連帯して闘い抜きましょう。」という内容である。お陰様で拍手もいただいた。

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そのあとは基地前で抗議行動。
ノーベース、ゲットアウトマリーンズ、オール ベース クローズ などと、雨のなか出入りする米軍人に向かって下手な英語で叫び続けた。
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辺野古漁港近くのテント村へ行く。4267日目。
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再びゲート前へ。なんと、海勢頭豊さんが来られていて、ジュゴンのことを中心としてスピーチされた。また、名曲「月桃の花」「二見情話」などの歌を歌われた。私の愛してやまない「月桃の花歌舞団」をプロデュースされたのが、沖縄の音楽家の海勢頭豊さんである。「月桃の花歌舞団」は、映画「GANAー月桃の花」に込められた「命どぅ宝」の心を全国へ広げようと1997年に創られ、イラク戦争や非正規雇用、貧困など、現代の問題をテーマにして熱心に活動されている。

来年2月21日(日)に奈良市で「ガマ人間あらわる」のミュージカルが行われる。フクシマ・オキナワとつながる希望のミュージカルコメディである。多くの人にぜひ見て頂きたい。

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「月東の花」はゲート前参加者全員で歌った。胸がうちふるえ、言葉では到底言い表せないほど感動してしまった。海勢頭豊さんが島ぐるみ会議のバスで帰られるときに、思い切って握手をしていただいた。嬉しくてたまらなかった。

集会が終わり、東京から今日来られたという若い女性と話をした。彼女が持参した三線が壊れていたので、集会の司会をされていたうるま市の伊波さんにお願いして修繕して頂いた。更に三線の弾き方を少しだけ教えて頂いた。ゲート前では、このようなステキな出会いがいっぱいあった。
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宿の主人から、瓶のオリオンビールをいただいた。ほんまにありがたいことである。4日目の晩で、泡盛の一升瓶が空になってしまった。沖縄最後の夜だから、まあいいか。
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テレビでは、辺野古問題が多く取り上げられている。沖縄関係予算は前年比10億円増となったが、これは参議院選挙への影響を考慮したもので、沖縄のことを大切に思ってではない。

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辺野古住民ら21人が、国土交通省が翁長知事の埋め立て承認取り消し処分の執行停止を決定したことは違法などとして、決定の取り消しを求める訴訟を起こした。この住民たちの勇気をたたえたい。
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普天間基地のある、宜野湾市の市長選の立候補予定者のコメントを見るだけで、どちらが本物かよく分かる。
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琉球新報の記事より

「新基地建設反対の抗議行動を都内で支援している「辺野古リレー」のメンバーが21日、国会内で会見し、同日、警視庁に対し名護市キャンプ・シュワブゲート前での警備からの撤退などを求めた要請内容を明らかにした。

 会見した仲地ゆたかさんらによると、同庁警備部の対応者は、派遣機動隊は年末年始の都内警備のため全部隊が沖縄から引き揚げたとし、年明けの再派遣には「もちろんあるでしょう」と回答し、要請に応じない意向を示した。

 現場での市民排除でけが人が出ていることなどに抗議したが、「公務執行妨害や市民のけがの報告はあるが、(機動隊による)取り扱いでけがしたとの報告はない」「沖縄県警の要請で派遣し、県警の指揮下にあり、責任は県警にある」などと答えたという。」

市民たちのケガはないと平然と言う、大嘘つきたちである。閻魔大王に舌を抜いて貰わなくてはいけない。

 

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2015年12月23日 (水)

沖縄(辺野古2日目)

6時前にキャンプシュワブ前に到着。県議や市町村議たちも続々座り込みに参加する。現在、400人くらい。まだ続々集まっている。

ヤスさんの「座り込め」の歌に始まる。次に、沖縄平和運動センター議長の山城さんが熱くスピーチをされる。良い意味でのアジテーターとして、山城さんの右に出るものはない。勝つ、彼は人情家であり、思いやりの気持ちを持ち合わせている。そんな彼も、アベをはじめとする権力者に対しては怒りを爆発させる。尊敬するに値する、すばらしいリーダーである。ガンを克服して、再びゲート前で全身全霊をこめて闘っておられる。

今日も工事車両の進入がなく、機動隊は来ないようだ。みんなで工事を止めたということで、カチャーシーを舞い、ラインダンスを踊る。大型スピーカーも用意されて、声が明瞭に聞こえる。

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県議のスピーチが始まる。10人以上集結されている。社民党護憲ネット共産党など、まさにオール沖縄!

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県会議員のスピーチのあと、市会議員のスピーチ。那覇・北谷・うるま・読谷などなど。
ヤマトでもこんな風景が見られるように、大いに期待したい。反戦争法案、護平和主義という一点でまとまるべきである!

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地元の双子の中学生が、平和への願いを託した詩を朗読し、手話で表現された。「考えてみよう 命のありがたさを 笑いあえる時間の大切さを」みんなの拍手が鳴り止まなかった。
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サンタも来ている。時には笑いがあり、時には厳しく安倍を糾弾することもあり、ここには民主主義が生きている。!
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そういえば、今日はクリスマスイブイブだ。
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漁港そばのテント村へ行く。座り込みを初めて、4266日目である。たいへん尊い日々である。
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辺野古の交差点にある、似合わない派手な案内板。国からの補助で建てられたものであろう。名護市の頭越しに、地元の辺野古や久志、豊原の各区に、防衛省は多額の交付金を渡すという。国のやる常套手段、地元の人々の分断政策に、騙されてはいけない。
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再びキャンプシュワブ前に来る。スピーチが始まる。ゲート前情報大学と称されるほど、盛り沢山の内容である。
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午後から、高江に行く。

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ここの高級リゾートホテルに、警視庁の機動隊が泊まっていた。1人2万円、100人として、一日200万円、2ヶ月で1億円を超える。これらは血税から出される。全く腹立たしいことだ。
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慶佐次のヒルギ林でしばし休憩。
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東村はパイナップルの産地である。
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高江の集落に入る。
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米軍ジャングル訓練基地
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広大な米軍訓練場の過半面積が返還される代わりに、ヘリコプターの着陸帯が6カ所建設されようとしている。既に高江の集落に最も近いN4地区の2カ所が建設されているが、ここを日米両政府は先行提供しようとしている。これは順序が逆で、まず広大な土地を返還すべきである。そして、N4地区の使用は禁止すべきである。オスプレイの飛行訓練が恒常化しているのは、大問題である。

N1地区では、建設に反対する市民たちの座り込み抗議行動が続いている。旧知の友と楽しく四方山話をした。彼は車中で寝泊まりしながら、抗議行動に参加している。

辺野古で負けたら、高江にも権力の牙が襲いかかって来るだろう。その意味で、辺野古の闘いがとても大事になる!負けない闘いを連帯してやっていこう!
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民宿に帰り、部屋で夕食。テレビや新聞、沖縄のマスコミは頑張っている。ヤマトゥのマスコミは本来の批判精神を失ってしまっているが、ウチナーではまだ健在である。
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明日も朝が早い!

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2015年12月22日 (火)

沖縄(辺野古1日目)

き5時前に起き、車を飛ばして辺野古へ行く。冬至であるが、15度以上あり温かい。

キャンプシュワブのゲート前では、6時より早朝行動が始まる。工事車や資材積みトラックを阻止するために、参加者は座り込む。11月からは沖縄県警に警視庁の機動隊が加わり総勢200名あまりで、民衆の非暴力の抵抗を、暴力を使って排除する。横暴で強大な権力を持つ者たちに対して、非力な民衆側のできることは、座り込むことくらいしかない。座り込みはか弱い行動に見えるが、新基地建設を阻止するまで絶対に諦めない気持ちをみんな持っていて、それは偉大な力を持つ。座り込みはウチナーンチュに混じり、県外の人たちも参加する。120名あまりか。私を含めて一市民であり、右の人たちの言うようにお金を貰ってやっているプロ市民などではない。人間の尊厳と誇りをかけて、「命どぅ宝」を尊ぶ人たちばかりである。

6時前にキャンプシュワブ前に着き、工事車両を止めるために、機動隊に備えた。しかし、警視庁や県警の機動隊は全く来ず、肩透かしを食った。前回オリ(と機動隊が称するところ)に入れられたので、今回は非暴力のギリギリの抵抗をしようと、覚悟を決めていたからでる。

前日より警視庁機動隊は帰京したということで、沖縄県警を含めて、いっさい来なかった。それで和やかな雰囲気で集会が行われた。

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早朝にもかかわらず、参議院議員の糸数慶子さんが来られていて、スピーチされた。沖縄の民意は、80%以上が新基地建設反対だ。辺野古新基地を阻止するために、市民とともに闘い、超党派で活躍されていることはすばらしい。
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手作りの横断幕や看板、飾りなどは、傑作の数々だ。
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座り込みが始まり、今日で534日目。1年半近くも、非暴力の抵抗が続いている。
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辺野古漁港近くのテント村へ行く。今日で、4265日目の座り込みである。

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辺野古ブルーチームがカヌーの練習をしていた。違法なフロートが張り巡らされているが、抗議のためにそれを超えるために、練習が必要である。ボーリング調査だけで工事が行われていないので、海上保安庁の海猿たちも数が少ない。
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昼食時間になり、瀬嵩の方へ行く。大浦湾ではボーリング調査を行っている。ジュゴンの住む、この美ら海を破壊してはいけない。
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大浦川のマングローブ林を見に行く。
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ふたたびキャンプシュワブ前に行く。基地内にクリスマスツリーが飾ってある。

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シークワーサーの差し入れをいただく。果汁だけではなく、黄色くなったものはそのまま食べても美味しい。その他、さまざまな差し入れがある。
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午後の集会が行われた。ウチナー県内外の老若男女を問わず、いろんな人がスピーチをしたり、歌を歌ったりする。専門の知識を披露する者、ギターを抱えて得意のノドでうたうもの、踊りやダンスを披露する者、三線、沖縄民謡・・・・・・、みんな自分の得手なもので表現している。

中津川市のさんさ酒屋でお目にかかっている愛知県のKさんは、「一粒の麦」などを歌った。まさかこんなところで出会えるとは、お互いに感激していた。
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私もマイクを握り、「沖縄の高江、辺野古につながる奈良の会」の活動や、先月末の「翁長沖縄県知事の辺野古埋め立て承認取り消しを支持する」奈良県集会のことを報告した。
そして、アピール文の一部を読んだ。「闘いは身近なところにある。沖縄差別を糺すところから始められる。自分ができるあらゆる方法で超えわげよう。沖縄の闘いは非暴力であるが力強い。その運動と共に闘おう。」
その後、自作の長編詩「大浦湾は誰のもの」を朗読した!
その後、ゲート前でデモ行進!しばらく米軍トラックを止めた。
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集会後に、古宇利大橋まで行く。夕日がきれいだった。
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民宿から見た夕景色。今夜もごちそう!特に、野菜盛り沢山の沖縄そばが美味しかった。泡盛を飲みながら舌鼓を打った。
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テレビでは、やはり基地関係の番組が多い。ヤマトゥとは違う。

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今日も暑かった!
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明日も朝が早い。






















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2015年12月21日 (月)

沖縄(那覇・嘉手納・うるま)

格安航空で沖縄に(片道約6500円)飛ぶ。九州を過ぎ南下していると、ハートにも見える島があった。

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那覇空港に着き、現実がすぐに目に入ってきた。ここは、海上自衛隊の基地でもある。

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格安レンタカーを借りる(4泊5日、満タン返し不要で約15000円)。

まず、沖縄国際平和研究所を訪ねる。沖縄戦・ホロコースト写真展示館で、1675点の写真が展示されている。1945年4月に米軍が沖縄本島上陸し、約3ヶ月にわたり激烈で悲惨な地上戦があった。当時の沖縄の人口の3分の1の10数万人の尊い命が犠牲になった。まさに「醜さの極致」である。「沖縄戦」以外に、「ホロコースト」「戦後沖縄」の見るに堪えがたいような写真も展示してあった。「日本人よ 今こそ沖縄の基地を引き取れ」の横断幕の写真は2009年のものだが、現在も日本の0.6%の土地に、74%の米軍敷地がある状況は変わっていない。沖縄に押しつけている差別構造こそ、私たちの問題そのものであると痛感した。

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嘉手納基地を訪ねる。那覇より約23Kmに位置し、町の面積の83%が米軍基地(飛行場・弾薬庫など)に占められている。道の駅かなでから基地を観察したが、オスプレイや爆撃機が頻繁に離発着して、その時の轟音は凄まじいものだった。90デシベルは軽く超えていた(写真は爆撃機が通り過ぎてしばらくしてから)。町の掲げる「安心」「賑わい」は、米軍基地を撤去しなくては実現できないと思った。
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戦前の嘉手納は、製糖工場や学校があり、沖縄中部で最も賑やかな場所であったという。沖縄戦後に米軍は基地を置き、日本返還後も居座り続け、極東で最大かつ最も活発な基地となっている。
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うるま市にある、勝蓮城跡を訪ねる。世界遺産のなかで、最古のグスクである。15世紀に繁栄し、そして衰退していったという。中国陶磁器が大量に出土することから、海外貿易の中心として栄えていたと推測できる。一の曲輪からわ、海中道路が遠望できた。
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オバアに話しかけたが、これは作り物だった!
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やかましいと思って外に出てみたら、ヘリコプターが。沖縄ではこれが日常茶飯事なのだろう。
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海中道路を走る。
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名護市まで車を走らせる。途中、泡盛を買い求める。名護市北部の民宿に泊まる。ここでは写真のような食べきれないほどの食事が出て、この夕食が付き3240円の格安である。もちろん肉が分厚く載った沖縄そばも付いている。シャワーしかないが、これで私には十分すぎる。
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12月というのに、今日はTシャツ一枚で過ごした。異常な暑さであった。

翌日は5時起きなので、早く寝床に付く。



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2015年12月20日 (日)

浄瑠璃寺の冬景色

当尾の野から、奈良方面を眺める。若草山の山焼きのときに花火の打ちあげがあるが、この辺りからも少しだけ見える。

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浄瑠璃寺へ行く。紅葉の時以来だ。一時温かいときがあり、馬酔木(アシビ)が一部咲いていた。ただ今朝は寒くて、霜が降りていた。花も戸惑っているようだ。

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池の浚渫及び護岸整備が行われているので、池の周辺は少し殺風景だ。

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三重塔は、四季折々に風格がある。
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除夜の鐘をつくために、大晦日は行列ができるほど人が多いという。私はいつも田舎に帰るので、来たことはないけれど。
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帰りに、当尾の石仏を訪ねる。見ているだけで、心が和む。
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地元の農家が野菜を売っている。さすがプロだけあり、大きさが違う。
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いよいよ明日から、5日間ほどウチナーへ行く。「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」のメンバーからも、ご支援頂いている。ウチナーンチュたちと共に人間の尊厳を守るために、「非暴力・不服従・抵抗・説得」を実践していきたい。沖縄戦で四人に一人亡くなったウチナーの地に、そしてジュゴンの住む美ら海大浦湾に、米軍新基地の建設をさせてはいけない。

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江雄窯12月

「江雄窯」の名は、陶芸の師匠から許可をいただいた。下手すぎるのだが、一応名があった方がいいので・・。11月の我夢コンサート前までは、フリーマートに出店することもあり、懸命に作っていたのだが、今はその反動であまり作らなくなった。また、寒冷の時期でもあるので、作品は少ない。

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大皿が、フリーマーケットでは一番人気があった。実用的なのだろう。

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コーヒーカップを作ってみた。

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焼酎を飲むのに最適だ。
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徳利とぐい飲みは、フリーマーケットであまり人気が無かった。徳利で飲むということが、あまりないのであろう。

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2015年12月19日 (土)

野菜畑

使わせて頂いている畑に、久しぶりに行った。車で約15分くらいで、その気になればいつでも行けるのであるが、何かと余裕がなかった。畑の主から猿に注意するように言われていたのだが、なんとか被害にも遭わずすくすく成長していた。

ネギとターサイ、水菜の出来は良い。イチョウの葉に埋もれていた。

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タマネギの出来が悪い。苗を植えたのが遅かったのだろうか。進ちゃんにきいてみよう!
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渋柿は誰も採るものがなく、ただ落ちるのみ。
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ハッサクをいただく。
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奥さんの手料理。ターサイと肉団子のあんかけ、水菜のサラダ、自分で育てただけに、やはり味が違うように感じる。とても美味しいと、舌鼓を打った。
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来年は、次の二つのイベントに精を出すことだろう。現在、チラシを配りチケットを売る手伝いをしている。
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明後日から、ウチナーに行く。その準備を少しずつしている。













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2015年12月17日 (木)

壮行会

我が町での我夢コンサートで、実行委顧問としてよくして頂いたMさんがしばらくドイツに行くことになったので、壮行会を奈良駅前で行う。急だったけど、七人が集まった。仕事帰りにそのまま奈良まで行く。平日なのに、駅前に屋台が出ていた。

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稲ちゃんが予約してくれた、旬感居酒屋「むーちゃん」は、名の通り、旬のもの(刺身、天ぷら、おでんなど)がおいしかった。ただ、忘年会シーズンという事もあり満席で、瞬間には出なかったけど。

珍しくMさんは日本酒をよく飲んでいた。ドイツではビールはお茶代わりだという。明後日旅立つ彼は、焼酎は持参するらしい。

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シメは、場所を変えて、「かすうどん」!

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次の日はみんな仕事なので、早く切り上げた。

Mさん気をつけて行ってらっしゃい!




















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2015年12月13日 (日)

大人の遠足

みなさん朝がとても早い。5時過ぎ頃からゴソゴソされている。と言うことは、私も早起きなのである。BBさんは、北海道の鈴木さんを島田駅まで送られたという。みんな優しい人ばかりだ。さすが我夢のおっかけ仲間たち!

宿泊した、山の家は大井川支流の伊久美川沿いにある。その川を遡れば、やまゆりの里があり、フォークコンサートが行われている。一度訪ねてみたい場所である。ヤマメも釣りたい!

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我夢メンバーや岡田さんたち、おっかけたちの楽しい遠足が始まる!あいにくの小雨模様であったが、天気などどうでも良い。

まず柴田さんとこのミカン狩りを楽しむ。昨日のコンサートで、みんなで歌った「神座みかんの歌」で、みかんの摘み方はばっちり。ジューシーで深い甘みがある。柴田さん、ありがとうございました。

上から読んでも下から読んでも「神座のミカン神の賛歌(かんさのみかんかみのさんか)」。

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みんなで、大井川水路橋に行く。右岸へと農業用水を送るためのものという。

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ここからは、買い出しツアー。まず、鯛焼き屋へ行く。餡も美味だが、それを包む皮がふっくらとして美味しい。人気の秘密であろう。

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この辺りが本陣跡。近くに悪口稲荷があり、優秀作が柱に掲示してあった。これをみんなで読みながら、ニヤリニヤリとして歩く。

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次に、島田のみならず全国でも有名な、魚屋さんに行く。刺身や麹漬けが美味しそうであった。

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島田駅前で、我夢メンバー中津川組のみなさんとお別れした。また島田の人たちとも悲しい別れ。紅ちゃん、BBさん、ほんとうにありがとうございました!

進ちゃんとJRの電車に乗る。掛川まで、進ちゃんとゆっくりお話しできたのが、とても嬉しかった。 小生は浜松に寄り、ちょっと城を見にいく。家康が青年時代を過ごした出世城であるらしい。

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名古屋からは関西線で帰る。

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すっかり夜も更けてしまった。2泊3日の小旅行は、実に内容が濃くて楽しかった。

みなさん、ほんとうにありがとうございました。

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2015年12月12日 (土)

神座の里コンサート

神座の里で、我夢土下座と岡田京子のジョイントコンサートが行われた。主催は柴田さんをはじめとする花一輪コンサート実行委員会である。周辺にはみかん畑が広がっている。

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最初に、出演者の写真撮影会があった。リーダーtaguさんは低い角度から撮影されていた。シルバーが多いけれど、なぜか童顔の童男童女たち。

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主催者を代表して、柴田さんが挨拶された。とても気遣いの人である。ご苦労様でした。

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第一部のトップは、横田川さん。奥さんと1・2才くらいの子どもと一緒に歌われた。養蜂家でもあり、全国で音楽活動をされているという。幼児はぐずりもせず、音楽に合わせて時々首を振っているようで、フォーク好きな両親のもとで、すくすくと成長していくことだろう。

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二番目は、横田川さんの師匠、石原さんで、マラソンと音楽の大好きな小学校の先生である。「ぼくらの明日のために」など、子どもたちや若者たちを勇気づけ励ます歌を歌ってくださった。彼らの心を理解されている、すばらしい先生のような気がした。「ぼくたちが花とすれば そこに根をはる土がある その土を信じて 自分の花を咲かせましょう ぼくらの明日のために」歌詞もステキである。

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次はいよいよ、我らが、我夢土下座!島田の人たちは初めて聞く人が多かったようだが、ぐいぐいと心をつかんで、胸を揺さぶっていたようだ。ビデオカメラで撮影していたのだが、そのノリの良さが自然と伝わってきた。「海に向かって」から始まり、最後は「わが大地のうた」。いつものように見事な構成であり、毎回新しい魅力を発見できる。

今回は若い順から、熱唱熱演ぶりを紹介したい。さすが、みんなイケメンのステキな表情をされている。

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アンコールの「小さな町」を含めて、11曲を歌ってくださった。あっという間であった。いつものように、もっと聞きたいという衝動をなんとか抑えた。我夢のときは、なぜか時間が早く経ちすぎる。

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第二部は、岡田京子さんを中心として参加者全員でジェスチャー混じりで歌った。それにしても、岡田さんの心身共にお若いことに驚嘆した。東京からも岡田さんの教え子たちが参加され、座を盛り上げてくださった。全身で歌を表現されている、見ていても微笑ましい気がした。

「神座みかんの歌」、「子どもたちに残すもの」の2曲を.岡田さんの指導のもと何回も練習していった。そして、いつの間にかみんな上手に歌えるようになっていた。不思議なことである。

歌を聴くだけでなく、自らの生きざまから詩を作り、それに曲を付けて、自ら歌う。このことを、岡田さんは強く訴えておられた。小生も見習わなくてはいけないと、つくづく思った。一度曲作りにも挑戦してみたい。

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最後は、我夢も加わり出演者みんなで、岡田さん作曲の「ふるさと」を歌った。これは、松竹映画「同胞」の主題曲である。懐かしくて、ジーンときてしまった。

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コンサートが終わり、場所を変えて、山の家近くの和食の店で打ちあげ。地元の酒「おんな泣かせ」、坂下の銘酒「小野桜」などの美酒で、地元産の魚介類、寿司などをいただいた。二次会は山の家ホールで、三次会は部屋で、フォーク談義に花を咲かせながらお酒をいただいた。楽しかったし、教わることがとても多かった。フォークの真髄への飽くなき探求というものを、垣間見させていただいた。

みなさん、ありがとうございました!

 

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良い島田の魂よ

上から読んでも下から読んでも、「よいしまだのたましいよ」。今回の島田の旅で、「良心」とも言えるような人やものに出会った。

島田の駅では、栄西禅師が茶の葉を持って立っておられた。島田は茶どころである。

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蓬莱橋まで歩く。大きな松があった。

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蓬莱橋が見えてきた。全長約900m、幅約2,4mで、欄干には飾りもない、とてもシンプルな橋である。1879年に、農業用の橋として建てられたという。橋の端が見えないほどの、長~~い木の橋に驚嘆した。

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再び島田駅に戻り、我夢メンバーの進ちゃんや、島田の紅ちゃん、BBさんと対面して、1ヶ月ぶりの固い握手。進ちゃんは我夢メンバーとの音合わせがあるので、会場まで送り届ける。そのあと、紅ちゃんたちに連れられて、いちばん行きたかったわらべ地蔵を見に行く。

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制作者の遠藤さんは、予想していたとおり純朴で質実な人だった。石仏を手彫りで、一打一打入魂して、創っていく。それは簡単なようで、実は非常に難しいことであり、なかなかできることではない。暑い日も寒い日も、毎日毎日、一打一打こつこつと仏の顔が現れるまで彫っていく。「石に遊ばれ」ていると謙遜されているが、石の中に仏を見出しておられるのだろう。

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石仏たちに思わず見入ってしまった。何という優しい笑みを浮かべ、何という達観した表情なのだろう!

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どの石仏も一見同じような顔に見えるが、よく見てみると、表情も性格も心のありかたもみな違うようである。

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正直、去りがたくなかった。もうこれだけで島田に来た価値があった。もちろん、この後のコンサートがメインであるけれど・・。 遠藤さん、ありがとうございました。今後ともよろしくお付き合いをお願い致します。

そのあと、大井川川越遺跡に連れて行って頂く。「越すに越されぬ大井川」により、栄えたところである。橋のない時代はたいへんだったろう。

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新金屋駅に連れて行って頂く。レトロな駅舎とSLの組み合わせはステキだった。SLが駅に入ったときには、その迫力に圧倒された。

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良い時間となったので、コンサートの行われる会場に連れて行って頂く。

紅ちゃん、BBさん、ほんとうにありがとう!

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焼津

青春18切符を使い、名古屋から焼津へ行く。漁港から富士山を見るためである。島田の紅ちゃんの富士山の写真を見て、無性に富士が見たかったからである。Rimg_8784_r_2

見えた! 富士の山が見えた!

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マグロやカツオ、サバ、アジなどの水揚げを主とした、遠洋漁業や沖合漁業の基地である。趙冷温で冷凍されたマグロが出荷されていた。

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焼津は、小泉八雲(ラフカディオハーン)の住んでいた場所でもある。

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午後から曇ってきて雨模様だったので、富士山が見えたのは幸運だった。

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2015年12月11日 (金)

武豊・半田

12日に我夢コンサートが島田市であり、放浪癖が出てしまい、前日より旅をする。大府から武豊線で、終点武豊で下車する。

駅前には、1953年に台風襲来で列車を守るために殉職した国鉄職員の像が建てられている。こんな人の像だったら歓迎だが、お偉い人の像は苦手だ。

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武豊町には、味噌やたまりを醸造する蔵が今も多くある。
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長尾学校跡には、風格漂う石垣が残っている。
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江戸時代に代々庄屋を務めた三井家の屋敷は、武豊を代表する古民家である。
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半田駅へ電車で移動する。半田のゆるきゃらが迎えてくれる。

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旧カブトビール工場跡
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新美南吉(1913~1943)の童話や小説に出てくるところが、町の随所にある。住吉神社の鳥居前には大松と茶屋があり、そこを題材にして、牛飼いの和太郞さんが酒を飲んだあとに失踪して大騒ぎになったという「和太郞さんと牛」という小説がある。
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新美南吉の生家を訪ねる。道から見て左側が父の営む畳や、右側が継母の下駄屋であった。傾斜地にたち、正面から見ると平屋だが、裏に回ると2階建てになっている。小説「雀」「帰郷」、童話「狐」などの舞台である。

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南吉の作った俳句。
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近所の八幡社や常福院で、南吉はよく遊んだ。
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矢勝川は、300万本の彼岸花が咲くという。この赤一色の世界を、一度見てみたい。

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新美南吉記念館を訪ねる。南吉の言葉や書籍、童話「ごんぎつね」のジオラマなどが展示してある。
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半田運河を訪ねる。酒や酢を作る黒板囲いの蔵が立ち並ぶ。いろんな種類の酒を試飲させて頂く。明日の宴で我夢メンバーたちに飲んで頂く、「大吟醸にごり生酒」を買い求める。
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半田駅の跨線橋は、1910年に設置され、日本で一番古いと言われている。

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今夜は、名古屋の覚王山にある仕事関係のホテルに泊まる。

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2015年12月 7日 (月)

傍聴に

卒業式に、日の丸君が代に起立しなかったということで、戒告処分を受け、七名が共同訴訟している。今日はその第2回口頭弁論が大阪地裁であり、原告団に私の友人もおり、仕事が休みだったので傍聴に参加した。

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原告七人は、何よりも思想・信条・宗教の自由というものを大切にして、こどもたちのために起立斉唱しなかった。大阪には、君が代起立斉唱条例と大阪府職員基本条例があり、職務命令違反をした「非行」教師ということで、処分された。また、再雇用も拒絶され、職の口を失った者もいる。

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内心の自由に関わる大切な問題であり、単なる服務規律違反とは次元が異なる。だが、府教委は条例を盾に、3回で免職ということで、強制的に「ひのきみ」に従わせようとしている。

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じわりじわりと、国家による思想の統制がなされてきているようで、教育の世界はますます息苦しいものになっている。ああいう考えもあれば、こういう考えもあるのだよ、自分で考えて行動するのが大事なのだよと、自らの行動をもって示しておられる原告たちを、どこまでも支援していきたい。

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法廷後には、大阪弁護士会館で報告集会が行われた。戒告処分は、人間の尊厳を脅かす憲法違反であり、撤回されるものだと確信している。

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吉備路

岡山禁酒會舘マンスリーライブの翌日、いつもの放浪癖で?まず岡山城へ。

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岡山駅から備前一宮駅まで行く。駅前でレンタサイクルを借りて、吉備路をさまよう。
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吉備津彦神社では、婚礼の儀式が執り行われていた。二人に、末永く幸あれと願った。

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吉備津神社へ行く。本殿と拝殿は国宝である。約400mの回廊は、蛇のように延びている。
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造山古墳は、立ち入りできる古墳としては日本最大である。
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国分尼寺跡には、礎石が残っている。
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こうもり塚古墳の横穴式石室に入ってみる。どんな人が眠っていたのだろうか。
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国分寺の五重の塔江戸後期に建立された。周囲の風景の中に溶け込んでいる。
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最上稲荷に参る。日本三大稲荷の一つで、また妙教寺というお寺でもある。いわゆる「神仏混合」を現在も残している。

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稲荷さんの山を登る。
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約15分上ると、題目岩がある。高さ約8mの岩に南無妙法蓮華経が刻まれ、その横に法華教の守護神である神子母神が彫られている。19世紀半ばに造られた。
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更に5分上ると、八畳岩二到着。最上尊が降臨されたというパワースポットである。
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備中高松城址に行く。秀吉が黒田勘兵衛の献策に応じて、水攻めを断行し兵糧攻めにした。その際、3kmに及ぶ堤をわずか12日間で完成させたという。

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備前一宮で自転車を返し、電車で岡山駅まで戻る。新幹線で一路、大阪、加茂へ。おとなび切符は片道2400円の安さだ。


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2015年12月 4日 (金)

岡山禁酒會舘マンスリーライブ

12月4日(金)18:30より、岡山禁酒會舘2Fで、岡山禁酒會舘マンスリーライブ VOL.179  <トリビュート笠木透~8>が行われた。現在、JRのおとなび早特切符で、岡山まで格安で行けるのでありがたい。

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OZAKI UNITは、「小さな館」をまず歌われた。この禁酒會舘の定番で、この歌を聴かないと始まらないような気がする。

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次に、「恵那山」。鈴木幹夫さん作詞、尾崎ツトムさん作曲で、この二人の息の合った歌作りにより、すばらしい歌が多く作られているが、この歌もその一つである。昨年末に亡くなられた笠木透さんを偲んで作られた歌であるだけに、しっとりと心に入り込んできた。

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次は「大浦湾は誰のもの」という歌で、初めて披露された。実はこの歌は、小生の拙い詩を尾崎さんが手直しくださって、さらに作曲までしてくださったものである。キーボードの大谷さんがアレンジしてくださり(三線に近い音色もあった)、尾崎さんと渡部さんの二重唱もあり、原詩の「辺野古に米軍基地を作ることは絶対に許されない」というメッセージがよく伝わってきた。本当にありがたい思いがして、胸が感動ではち切れそうになり、息詰まるようであった。これからもOZAKI UNITに末永く歌って欲しいと願った。

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最後は「ほたる狩り」の歌。12月末に発売される、笠木透と雑花塾のCD文庫Vol.9「君が明日に生きる子どもなら」に収録されている。作詞笠木透、作曲尾崎ツトムである。蛍を通して平和への思いを込めた笠木さんの詩に、尾崎さんがそのイメージ通りにすばらしい曲を付けられている。これからも歌い付けられるであろう、フォークの名曲と言っていい。

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よしだよしこ さんのフォークをお聴きするのは、もう何回目であろうか。なぜか聞くたびに、よしださんのフォークがますます好きになっている自分を発見して、嬉しくてたまらない。

dulcimerという楽器を奏でながら歌われたのを、今回初めてお聴きした。dulcimerは何か懐かしいような、またもの悲しいような響きが感じられ、よしださんの切々と情感を込められる声音によくマッチして、その世界にぐいぐいと引き込まれてしまった。

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尾崎さんの評が、よしだよしこ像をよく描写されているので、次に載せたい。

「♪ この時代や人々と向き合い、「フォークシンガー」として生きるべく言葉を紡ぐ。そのようにして生まれた「うた」は、聴く人々の心の深いところへ確実に届く。よしだよしこさんの「うた」のリアリティーは、彼女の「フォークシンガー」としての真摯な姿勢から、生まれたものだと感じています。」

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尾崎さんの評によれば、「辛口コメントの笠木透さんが珍しく高く評価していた」とある。原発や差別など、社会的な問題にもテーマを見出し、自己の中で十分消化して、自分の詩や曲として表出されている。やはり真のフォークシンガーと言っても過言ではない。この不条理に満ちた現実に、けっして目を背けないで生身の人間としてぶつかり、弱きは弱きままで、煩悶を乗り越えて、その中に微かに希望を見出していく。笠木透さんが高く評価されるのも、よく理解できる気がした。
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よしだよしこさんはこの夜、10曲以上も歌ってくださった。「道ばたで覚えた唄」「「魂のありか」「Donut Man」「Sally Ann」「She said NO!」など、また真CDに含まれている、「3/4あたり」「つらいときはもうごめんだ」「高野君の焼鳥屋」などである。「The Water is Wide」を参加者みんなで歌ったことは、いつまでも記憶に残ることだろう。

よしだよしこさんは、マンスリーライブ「トリビュート笠木透」シリーズの最後を飾るにふさわしいものであった。笠木透さんへのトリビュートの思いを込めて、よしださんは全身全霊を込めて最後まで熱唱された。今までで最高のメッセージをいただいたような気がした。

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尾崎さんも、よしだよしこさんの熱唱にすっかり心酔されてしまっておられるような印象を受けた。
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音響機器をみんなで片付けて、打ちあげが10時過ぎ頃から始まった。「下津井港」という飲み屋で、新鮮な魚介類のさしみや天ぷら、おでんなどをいただいた。余韻さめやらぬ中、つい飲み過ぎて、フォーク談義で少ししゃべりすぎてしまった。
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気がつけば日付が変わっていた。実に楽しい宴だった!!

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