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2016年2月

2016年2月29日 (月)

都に春を探して

コンサートの翌日は、残念ながら朝から小雨。くじけずに、都に春を探して歩く。まずホテル近くの清明神社を訪ねる。陰陽師の安倍晴明の居宅があったという。また、ここは千利休の終焉の地であったという。

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一条戻り橋の下に、晴明はこの式神を封じていて、この式神をつかって自在に不思議な術を行ったという。
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晴明井は洛中の名水のひとつである。
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雨宿りを兼ねて、西陣織会館に着物ショーを見に行く。着物よりは、どうしても女性の顔が気になってしまった。周りの中国人は、感嘆の声を何度も上げていた。
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西陣を過ぎて、上七軒まで歩く。北野おどりはもうすぐ始まる。
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北野天満宮を訪ねる。ちょうど梅が満開であった。晴れていたら、光線を利用してもっと良い写真が撮れただろうに。
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日蓮宗の立本寺にお参りする。都には、格式高いお寺が多い。
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さらに南下して、丸太町智恵光院の佐々木酒造を訪ねる。しぼりたての「古都」を一本買い求める。
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二条城は、外から眺めるだけにする。この城内の梅園を見に行きたかったが、雨が降り続くので断念する。
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神泉苑に寄る。二条城を背景にしているので、風情がある。
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さらに南下して、進ちゃんお薦めのまるき製パン所に寄る。カツロールやハムロール、コロッケロールなど土産に買い求める。シャキッとしたキャベツと素材が相まって、実に美味しい。妻のご機嫌取りをしなければいけない。
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西本願寺前に来て、ドキッとしたものがあった。左女牛、これは何だろうか?

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西本願寺にお参りする。田舎の家の宗派である。

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周辺を歩く。御輿や仏具などが展示してあった。
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京都駅まで急ぐ。我ながらよく歩いた。この2日間で、マラソンの距離数を歩いたことになる。筋肉痛となり、明日からの仕事にいくらか影響があるかも知れない。


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2016年2月28日 (日)

「よろこび樹となれ森となれ」

京都に「忠やんFamily こんさーと ~よろこび樹となれ森となれ~」を見に行った。2時開場なので、それまで都の春を探しに行く。出町柳で下車して、高野川を過ぎる。

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鴨川を遡る。
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糺の森は高野川と鴨川に挟まれていて、ニレ科の樹木を中心とした森が広がる。その森に下鴨神社が鎮座している。
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鴨川縁でしばらく休憩。バードウオッチングをするが、・・・・
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この鳥の名前は?これくらいが精一杯で、これ以上近づくと逃げられる。我夢のtaguさんが羨ましい!
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京都植物園に行く。「早春の草花展」が開かれていた。ここは、まさに春!

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梅園に行く。
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万作の花が満開であった。この花の姿が面白い。
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河津桜が咲き始めていた。都では、小ぶりのような気がする。
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福寿草が咲いていた。進ちゃんの歌が聞こえてくる。
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クリスマスローズが咲いていた。うつむきがちの花は、気品が漂っていた。
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森の中で、セツブンソウ、ユキワリソウを見つけた。このような小さい花が、何よりも好きだ。地味だけれど、見ていていじらしくなる。

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興味は尽きないが、いつまでも植物園にいるわけにはいかない。南に下り、上御霊神社を過ぎる。この辺りで、応仁の乱が勃発したという。

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相國寺に寄る。
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同志社大学に寄る。
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まだ少し時間が合ったので、御所の梅を見に行く。ちょうど見頃だった。
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御所近くの府民ホール アルティで、これから「忠やんFamily こんさーと」が開かれる。タイトルは、「よろこび 樹となれ 森となれ」である。
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忠やんとは、山本忠生さんである。京都や全国の「うたごえ」をリードされてきた方である。また、笠木透と雑花塾の主要メンバーである。

コンサートのパンフから引用する。「『うたごえは平和のちから』と『うたは生きる力』のゆるがない気持ちを抱いています。生きているあいだは、うたってゆけそうです。」

長女の幹子さんも雑花塾のメンバーであったが、今では独自の活動をされている。最近、新CD「ぴったりのことば」を発売された。数年前に岡山禁酒會舘マンスリーライブでお聞きして以来、私は根強いフアンとなった。

次女の伸子さんは、クラリネット奏者である。長男の朗生さんは、篠笛や津軽三味線、太鼓などの民俗芸能の世界を追求されている。ジャンルは違うけれど、まさに山本家は音楽一家である。
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コンサートが始まる前の風景である。大きな会場はほぼ埋まっていた。コンサートは撮影禁止なのでちょっぴり残念だったが、忠やんFamilyの音楽の世界にどっぷりつかり、思う存分楽しむことができた。忠やんのお人柄が素晴らしく、みんなが慕って、人がこんなにも多く集まるのであろう。
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オープニング曲は「よろこび 樹となれ 森となれ」(作詞 山本忠生 作曲 山本幹子)であった。その後、「忠やん こーなー」。笠木透作詞、山本忠生作曲の「冬芽」を朗々と歌われた。70歳を超えておられるのに、このような伸びのある歌声に驚嘆した。

次に、「山本朗生 こーなー」。太鼓や篠笛を、仲間や妻子と共に演じられた。和風の音楽の醍醐味を味わわせて頂いた。特にぶちあわせ太鼓は、すごく迫力があった。娘さんの太鼓を打つ姿は、とても可愛くリズム感があった。

次に、「山本伸子 こーなー」。ピアノとクラリネットとの合奏で、M.Bruch作曲のクラシック曲を演奏された。景色が思い浮かぶような、クラリネットの音色であった。

次に、「山本幹子 こーなー」。私の一番聞きたかったのは、これだ。新CD「ぴったりのことば」から、「薬局のお爺さん」「圧力鍋」「しっぽ」「月が見ているよ」などを歌われた。タイトルからわかるように、身の回りのことを「ぴったりのことば」と「ぴったりのおと」で表現されている。歌い方も、ごくごく自然のままに、自己の生活のあるがままに、飾りなく素直に歌われる。まさに「ぴったりのうた」であるところが魅力である。

最後は、「忠やんとうたう雑唱団」。55年続く「ひまわり合唱団」、35年を越える「新婦人嵯峨コーラス」、28年目を迎える「合唱団ポケット」。特に感動したのは、「木が一本あれば」の歌だ。自分たちで作られた手話入りで、本当に楽しそうに歌われていた。これが本当の「音楽」だと強く思った。

休憩時間には、岡山から来られた尾崎さん(OZAKI UNIT、雑花塾のメンバー)とお話ができて、とても嬉しかった。今夜すぐに岡山に帰られるとのこと。京都でお酒を飲みながら、お話をもっとしたかった。

アンコールは「私の子どもたちへ」で、会場の参加者はみんな大きな声で歌っていた。あっという間に、名残惜しくも終演。3時間があっという間に過ぎていた。どうしようもなく心地よい余韻にひたりながら、ホテルへ歩いて行った。(家に帰ろうと思えば帰れるのだが、近くに仕事関係のホテルがあり、補助券があったので泊まることにした。)

明日もひたすら歩くつもりだ。忠やんFamilyの歌をかみしめながら・・。

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2016年2月27日 (土)

蕗の薹

当尾の山中の小屋へ、陶芸をしに行く。

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蕗の薹を見つけた!
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沈丁花の高貴な香りが、庭一面に漂っていた。
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しばらく陶芸に没頭する。まだ手が冷たいので、1時間ほどで止める。
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畑で草取りや、野菜の収穫をする。家の主から、猿が出没するので注意するようにと言われていたが、今のところ大丈夫である。
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タマネギも何とか大きくなっている。
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キャベツとブロッコリーの外側の葉っぱは、ヒヨドリに食べられていた。ネットを張らなければならないのだが、鳥と分け合うような気持ちであるから張らない。
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ネギやレタスを収穫する。もっと手入れをしたら、もっと良いものができるだろう。しかし、怠惰な性格なので、ぼちぼちやるしかない。
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主人はスダチが好きでないのか、いっぱい残っていて、すっかり黄色く色づいていた。
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一日経つのが早い。

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2016年2月26日 (金)

連日、再稼働阻止のために

2月25日(木)時間休を取り、大阪の関電本店前に行く。高浜原発4号機の再稼働を阻止しようと、100人くらい集まっていた。近畿圏はもちろん、東京や福井、伊方や川内からも来られていた。知人も何人か参加していた。

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30年を超える老朽した4号機では、2月20日に汚染水が漏れていたのを、ボルトの緩みで濃度は薄いものだと言い訳している。規制委員会もぐるになって、再検査を命じようとしない。お金に目がくらんでいる国と関電は、何が何でも再稼働をするつもりだのだろう。本当に国民の命のことを考えるなら、そんなことは絶対にできないはずである。もし重大な事故が起こったら、誰が責任をとるのか。フクシマでは、未だ誰も責任をとっていない。責任をとらせないから、このような無責任極まることをまたやって来るのだろう。
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リレートークが始まった。地元で地道に活動されている方たちなので、言葉はたどたどしいが、真実がある本当の言葉だ。
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関電八木社長宛に「高浜原発3号機の稼働停止と4号機の稼働中止の申し入れ」を行う。「高浜原発3・4号機の再稼働は、あまだ収束の可能性すら見えない福島原発事故の収束を、物質的にも精神的にも半ば放棄することになります。重大事故が起これば、関西の広い地域に長時間人が住めなくなります。さらに日本滅亡まで考えられます。」
八木社長は、おそらく聞く耳を全く持たないだろう。
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もうこうなったら、4月からの電力自由化に向けて、関電からは電気を買わない行動をするしかない。
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第2部もあるのだが、次の日も早くから仕事なので集会を後にする。
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40年越しの超老朽の高浜1・2号機について、規制委員会は合格を認めたという。国と電力会社が一体となって、また原子力マフィアが復活して「安全神話」ができつつある。あの福島は、一体何であったのか、謙虚に何度も思い返さなくてはいけない。原発と人間は共存することができないと、よくわかったはずなのに。

2月26日は久しぶりに金曜日に仕事があり、その帰りに奈良まで行った。「脱原発奈良でも行動」に参加した。今日で181回目。奈良は大阪や京都ほど目立ちはしないが、地道な行動が行われている。全国津々浦々で、金曜日の夜には、このような「人間の尊厳」に基づいた行動がなされている。

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今回の参加者は、25人。JR奈良駅からデモを始める。関電奈良支店までのコースだが、駅周辺を離れると人がばったり少なくなる。それでも、「再稼働反対!」「原発要らない!」などと大きな声でコールする。
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関電前では、肉声でコールする。隣に病院があるので配慮している。関電に少しでも国民の「命」への配慮があるなら、再稼働などできないはずである。しかし、お金優先で、再稼働にまっしぐら。このような暴挙は、絶対に許すわけにはいかない。
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また奈良駅まで、コールしながらデモ。時々人が振り返ったり、手を振ったりしてくれる。
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まとめの集会。初めての参加者が一人おられた。一人でも二人でも・・・・、小さな動きから、何かが始まると信じたい。

30年を超える老朽原発4号機が、今夜再稼働した。国と電力会社は、矢継ぎ早に再稼働をやって来るだろう。しかし、脱原発まで諦めない!「人間の尊厳」をかけて!

5年近く経っても、10数万人の人たちが土地を奪われそこに住めなくなり、避難や移住を余儀なくされている。フクシマのことを忘れてはいけない。

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2016年2月22日 (月)

高さ日本一の石地蔵

市役所に用事があり、それを早々と済ませ、木津を歩く。

無名のお寺には、和泉式部のお墓がある。和泉式部は、平安中期に生きた恋多き女性である。木津が彼女の生まれであり、また宮仕えの後に木津に戻り余生を過ごしたという。なお、全国に多々和泉式部のお墓はある。「いづみ川 水のみわたの 松のうへに 山かげ涼し 秋のはつかぜ」

「あらざらむ この世の外の 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」百人一首

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百日紅の古樹があった。表情の良い石仏もおられる。
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古家が随所にある。
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泉大橋を渡り、上狛(かみこま)へ。遠くに生駒山が見える。
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泉橋寺に参る。奈良時代の高僧の行基が開いたという。紅梅が見事だった。
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お寺の傍らに、日本一高い石地蔵(4.58m)がおられる。この地蔵石仏は、1295年頃石材が切り始められ、13年後に地蔵堂が上棟し、供養される。応仁の乱の影響で、石仏は焼損して、元禄3年(1690)に頭部と両腕が補われた。

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上狛には、茶問屋が多い。この地で茶を加工精製して、木津川で運んでいた。茶問屋ストリートには、茶の香りが漂っている。

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上狛環濠集落は、周囲を堀で囲まれ、東西330m南北360mの中世以来のものである。
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環濠集落内に、西福寺がある。
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古家が点在している。
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天然酵母のパン屋さんに寄り、昼飯を仕入れる。若い夫婦が工夫して美味しいパンを作っている、地元評判の店である。
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泉大橋の近くには、今をときめくとこと、そうでないとこがあった。「栄枯盛衰」を感じてしまう。木津川を渡り、木津駅へ。

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加茂駅まで、JRで約6分。小さい旅が終わった。





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2016年2月21日 (日)

あれこれ

狭い庭には、サクラサソウが咲き、福寿草が次々花開いた。オモトの赤い実がかわいい。

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妻は、3月上旬のフリーマーケットに向けて粘土細工を作っている。土筆を入れる陶器は、拙作をプレゼント。買ってもらえるだろうか?!
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妻は、孫娘たちと雛人形を飾った。娘の小さい時に、妻の親が買ってくれた。
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凪の座40周年の時に、山口県光市の椿窯(上田達生さん)から買ったものだ。上田さんは凪の座や雑花塾で活躍するシンガーでもある。
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陶芸を少しだけして、家に持って帰る。
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3時頃から、また外出。JR西木津から約3キロ歌姫街道を歩き、高の原に行く。
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高の原近くの奈良市北部会館で、月桃の花歌舞団による「ガマ人間あらわる」のミュージカルコメディを鑑賞する。
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写真撮影は禁止。ガマ人間に象徴される我利我利亡者の金権集団に対して、か弱い人間たちが負けそうになりながら何とか歯を食いしばり、人間の尊厳を持って生きていく。私自身も勇気を与えられ、何度もジーンと来るものがあった。

「フクシマ・オキナワとつながって、命の使い捨て社会を笑い飛ばす希望のミュージカルコメディです。基地と戦争、原発、放射能、労働破壊・・・命を脅かすできごとに心を痛める人へ、希望のある未来を探す人へ、この時代をともに生きるすべての人へ贈ります!ガマワールドへようこそ!」
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2時間あまりの公演だが、渾身の演技にあっという間に終わった。涙がにじんでいたので、走るようにして会場を飛び出した。

家に帰ると、山本幹子さんから新CD「ぴったりのことば」が届いていた。山本さんは、かって笠木透と雑花塾の一員であつた。身の回りのことを「ぴったりのことば」で詩に描き、「ぴったりのおと」で曲を付ける、天性のシンガーである。

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父の忠生さんは京都のうたごえをリードする、著名な方であり、雑花塾の一員でもある。アコーディオンの名奏者でもある。2月28日(日)に上京区の府民ホール・アルティで「よろこび 樹となれ 森となれ」と題して、忠やんFamily こんさーとが開かれる。チケットも同封されていた。
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新CD発表こんさあとが、奈良と京都で開かれる。
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舞鶴の知人が、タグ付きのカニを1ぱい贈ってきたので、今夜は超贅沢のカニすき。その後、カニ雑炊。
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美味しすぎて、お腹はびっくりしていた。

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2016年2月20日 (土)

長浜(その2)

昼飯は、当地で有名な「鳥喜多本店」で親子丼を食べる。さすが長い行列ができるのもわかる。卵と鶏の素材が新鮮で、かみしめると美味い。

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北国街道を歩く。

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今重屋敷 能舞館を訪ねる。造り酒屋を営んでいた町家を修復して、能に関するものを展示している。2分の一のスケールの能舞台もある。
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能面に心ひかれた。

「万媚」「十六」
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「痩女」「近江女」
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開知学校は、明治4年に開設された滋賀県下初の小学校である。
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曳山博物館には、ほんものの曳山が展示されている。禁撮影なのが残念。

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解体修理中の「孔雀山」。4月13日から16日迄、曳山祭が行われる。特徴は、山車の上で行われる「子ども歌舞伎」である。一度見に行きたい。
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海洋堂フィギュアミュージアムを訪ねる。フィギュアの雛人形も飾ってあった。

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黒壁ガラス館を訪ねる。ガラスの雛人形が飾ってあった。

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安藤家を訪ねる。北大路魯山人が30歳のころ逗留して、篆刻や絵が残されている。
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豊国神社は、徳川政権下表向きは恵比須宮であったが、奥に秀吉公の神霊を祀っていたという。
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北陸本線、奈良線、関西線を乗り継ぎ、加茂に帰る。快速で約2時間半である。今回は、「冬の関西1デイパス」を利用した。

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長浜(その1)

長浜の町を歩いた。まず慶雲館で開かれている盆梅展へ行く。今年で65回目で、湖北に春を呼ぶ風物詩となっている。樹齢100年を超える盆梅を見て、風格ある高貴な姿に、ただただ圧倒されてしまった。

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樹の姿から、優雅な名前が付いている。
「花傘」
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「白瀧」
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庭園が見渡せる座敷には、代表的な盆梅が置かれている。思わず心中に驚嘆の声がわき上がる。数百年かかり手入れをされてきたことに、また、それにこたえて老樹ながら美を懸命に表出していることに、心打たれる。

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「蓬莱」
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「仁寿」  樹齢 約150年
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「流水」

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「不老」 樹齢 約400年 長浜最大の盆梅

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「翔鶴」 樹齢 約250年

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「鳳翼」

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庭園には、巨大な芭蕉の句碑(高さ約5m、重さ約10屯、日本最大)と力士像があった。芭蕉の句碑は、個人的には自然石に彫られたものが好きだ。

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旧長浜駅舎は、現存する日本最古の駅舎である。北陸線の始発駅として使われた。

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「大亨貞」は、「大いに亨(とお)り貞(ただ)し」と読む。鉄路を治めて大いに発展するという意味であるらしい。子不知トンネルにあった石額。すぐ横を北陸本線の電車が通る。
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長濱浪漫ビールでいっぱい飲りたいが、何とか我慢する。

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北国街道には、古い家並みが残る。
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西田天香さん(一灯園の創始者)の生家。
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大通寺に、馬酔木展を見にお参りする。大通寺は江戸初期に建立された、真宗大谷派の別院で、湖北の信仰の中心である。
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大広間や書院は、江戸時代のもの。
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庭園や廊下に盆栽の馬酔木が置かれている。門前の老人たちが、町おこしに馬酔木の盆栽を初めて、今では名が知られるようになった。
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この盆栽は樹齢約300年という。
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まだ蕾が固いようだった。それでも気の早い花は膨らみつつある。
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(つづく)
























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2016年2月19日 (金)

竹生島

長浜港から琵琶湖汽船に乗り、出港。市街地が次第に遠ざかっていく。湖上からの伊吹山の雄々しい姿に、しばし見とれてしまう。

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竹生島が見えだした。北琵琶湖にあり、湖岸から約6キロの距離で、花崗岩からなるる周囲約2kmの島である。背後に、雪を被った湖西の山々が見える。
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竹生島に上陸する。165段の急階段を上る。振り返ると琵琶湖が一望できる。
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宝厳寺は724年に行基が開いたお寺である。本堂(弁財天堂)には弁財天が安置されている。

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写真撮影可。この弁財天は、慶長6年(1605)に作られた。
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弁天様の幸せ願いだるまが、かわいかった。
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境内には、不動明王が立っていた。その目に迫力があった。現代の世相を怒っているのだろうか。
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五重石塔は、比叡山から採掘した小松石で作られた。鎌倉時代のもの。
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宝厳寺の三重塔。江戸時代に落雷で焼失したが、2000年に再建される。
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もちの木は樹齢約400年。
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天狗堂。
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観音堂は、現在工事中であった。秘仏の千手千眼観世音立像が祀られている。檳頭慮(びんづる)尊者は参拝者の手で撫でられて、つるつるになっていた。
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都久夫須麻神社は、平安時代の延喜式に載る由緒ある神社である。「つくぶすま」は竹生島の古名だと言われる。本殿は、伏見城の遺構と伝えられる。
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舟廊下。秀吉の御座船「日本丸」の船櫓を利用して建てられたという。

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竹生島港。上陸時間が80分あったので、ゆっくり拝観できた。
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竹生島を後にする。長浜港まで30分の航路である。

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伊吹山が間近に見えだした。
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久しぶりのクルーズだった。




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2016年2月15日 (月)

当尾に春を

家の鉢植えの福寿草が、花開いた。

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当尾の里に春を探しに行った。団地を抜ければ、一転して山村の風景が広がる。

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新川から旧当尾小学校に登る坂の傍らに、蝋梅の群生がある。かなり前方から香りが漂ってきた。
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新川沿いには梅の群生がある。

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その近くに、石仏たちがおられる。春の予感に、心持ち嬉しそうな表情をされている。
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新川と別れ、山坂を登っていく。登ったところに、千日墓地がある。石の鳥居は珍しく、十三重石塔はかなり古いものだ。屋根や基壇が整っている、双仏石(阿弥陀如来と地蔵菩薩)もある。
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尾根をひたすら歩く。
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穴薬師
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つり下げの無人の店がある。日の菜づけ、これで百円。
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浄瑠璃寺の参道には、馬酔木の花が咲きつつある。
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浄瑠璃寺にお参りする。庭園の修復工事で、今は景観が良くない。境内の馬酔木は、まだ蕾がかたい。

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府道から約15分歩き、浄瑠璃寺の奥の院へ行く。ここまでは観光客は来ない。
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小さな滝の前に、不動明王と二人の童子がおられる。
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府道に戻り、坂を下っていけば、西小(にしお)五輪塔がある。地・水・火・風・空という宇宙根本の思想を表している。重要文化財である。
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「焼け仏」と称する石仏がおられる。何度も焼ける受難にもめげず、堂々と立っておられる。顔も判読できないが、思わず手を合わせてしまった。
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家に帰り、歩数計を見ると、約16000歩。いつの間にか、よく歩いていた。

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2016年2月14日 (日)

宇治

講演会が終わり、宇治を少しだけ散策する。宇治橋通りには、茶店が多い。茶師 上林春松の長屋門で、元禄の頃建立されたという。上林家は、朝廷や徳川幕府のお茶のご用を勤めた。

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古い料亭であろうか、やはり着物姿がよく似合う。
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平等院までの参道には、茶店などが建ち並ぶ。
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宇治橋の畔には、紫式部像がある。紫式部は、宇治十帖の中で浮舟という薄幸の女性を描いている。宇治には、紫式部ミュージアムもある。
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宇治橋から上流を眺める
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下流を眺めていると、奈良線の電車が通った。
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宇治川の土手の木々の隙間から、平等院を眺めることができる。
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橘橋を渡る。
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朝霧橋まで行く。
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朝霧橋から上流を眺める。
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下流を眺める。夕暮れが迫ってきた。
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宇治駅近くのポストは、茶壺の形。
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宇治から加茂まで、約40分。朝のバレーと夕刻の散策の疲れが出るころなので、車内で寝過ごしてしまわないように、眠たいのを我慢した。

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中嶌哲演さん講演会

宇治市民会館のロビーでは、飛田普秀さんの写真展が行われていた。「うつくしま☆ふくしまin京都ー避難者と支援者のネットワークー」の主催である。

飛田さんは、福島県三春町生まれで在住のプロ写真家である。「3.11の重大な事故後の状況を撮影して、『事故を風化させない』、そして『事故後の状況をありのままに知って欲しい』、『福島県民の思いを知って欲しい』という思いでいます。」

許可を得て、一部写真を撮らせていただいた。下に添えられたコメントで、状況がよく分かった。読むのがつらかった。

富岡町(福島第二原発が立地) 2015/4

「人がいない桜が寂しい 原発さえなければ」

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「誰もいないが満開 シャッターを切ったが、胸が詰まる」
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「桜の下はまだこの線量」
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除染しても線量が高い。
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「雨が降るたび フレコンバッグが水浸し」
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大熊町(第一原発が立地) 2015/4
「どの地域も線量が高い」
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飯館村 2014/3
「フレコンバッグから 雑草が伸びる」
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「役場の植え込みはこの線量」
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「戻ることができない なぜ除染するか理解できない」
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現在、政府と福島県は20ミリシーベルトで帰還させようとしている。チェルノブイリでは強制避難させる対象であった。この違いはどこから来るのであろうか。「人間の命」に中心を置くのなら、このようなことはできないはずである。1ミリシーベルトでも、胎内の子や乳幼児には多大な影響がある。除染が終わったから帰れでは、あまりにも「命」を軽視している。
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中嶌哲演さんの講演が行われた。主催は、「原発なくそう宇治の会」である。代表の池内さんがスピーチされた。

「安倍政権と関電が高浜原発再稼働を強行しました。福島原発がどうなっているのかすら解らず制御できていません。人類の手に負えない危険なものである原発・・・。しかも電力は足りています。高浜原発は避難計画もまともに作れず、使用済み核燃料貯蔵施設があと7年で満杯になるうえ、新たな貯蔵施設建設は不可能です。みなさん、力を合わせて原発をゼロにしましょう。」

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中嶌哲演さん小浜市の古刹、明通寺の住職である。68年に小浜市に原発建設の計画が持ち上がったことを機に、71年に「原発設置反対小浜市民の会」を結成して、事務局長を務める。それから50年、一貫して脱原発運動の中心にいて行動されるお坊さんである。
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中嶌さんは、再稼働を許した要因を次の二点にまとめられている。

「①放射能・放射線被爆の特性についての認識不足

放射能・放射線被爆の特性とは、五感でとらえられず悪影響にタイムラグがあり、遺伝子や細胞にダメージを与え、社会的な偏見・差別をも引き起こすことである。」
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「②原発立地の差別構造

電力大消費圏が過疎・辺境の地へ原発を集中立地して、原発マネーによって傀儡政権を作り、「見ざる聞かざる言わざる」の住民を増やす。電力の恩恵だけを享受する大都市圏の人たちは、そのことに全く無関心である。」
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中嶌さんは、福井地裁の樋口判決を高く評価されていた。「『人格権』は『生命・生活・自由・幸福』を守る権利であり、経済成長至上主義や科学技術上のお墨付きなどよりも遙か上に位置する概念である。真の国富とは、人格権に根付いたささやかな日常の中にある。」
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小浜での反原発運動の中心的な理念は、次の三つである。「美しい若狭を守ろう!」「共同と協働」「あとからくる者のために負の遺産を残してはいけない!」

中嶌哲演さんの講演レジメで、目に焼き付いたところがある。

「小欲知足ー自利・利他・円満」

「ヒロシマ→ナガサキ、フクシマ→第二のフクシマ? 繰り返してはならない!」

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「若狭の原発を考える会」の木原さんが、高浜原発4号機再稼働阻止!緊急行動を呼びかけられた。

2月20日(土)・21日(日) 高浜原発前抗議行動

2月25日(木) 関電本店前 再稼働阻止全国行動

2月26日(金) 高浜原発4号機再稼働阻止 現地緊急行動
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4月から電力会社を選べるようになるので、原発に過度に依存する関電とは契約を止めようと思う。安いか高いではなく、原発を使わないクリーンなものかどうかを基準にして選びたい。

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2016年2月13日 (土)

奈良 佐保

雨が降っていたが、夕刻よりソフトバレーの遅ればせの新年会があり、酒を美味しくいただくために、奈良市街の北部、佐保を歩く.。平城山で下車して、山中を通り、開けたところに出ると、旧ドリームランドに出くわす。子どもの小さいころはよく連れて行っていたが、20年くらい前に閉鎖された。シンボルの白い山やジェットトコースターは、元のまま残っている。「冬雨や 廃墟と化せる 夢の国」

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佐保の丘を下り、佐保路にある画廊のショーウインドーに、ステキな言葉と絵が飾られていた。誰の詩だろうか。

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興福院は、1665年に再興された尼寺である。小堀遠州の庭園を見たかったが、現在拝観はできない。

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佐保の自然を詠んだ、大伴家持の歌碑があった。「我がやどの いささ群竹 吹く風の 音のかそけき この夕べかも」

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長慶寺、瑞景禅寺の周辺には、表情の豊かな石仏がおられる。
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佐保姫伝承地の碑や、その美しい姿を映したという鏡池がある。

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不退寺に行く。在原業平が承和14年(847年)に自ら聖観音像を刻んで開基したのが始まりとされ、「業平寺」とも呼ばれている。

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佐保路を歩く。手焼きせんべいの手際よい作成に、しばらく見とれてしまった。なかなかの手間で、一日にそうたくさんは焼けないだろう。買い求めて食べたが、香ばしさや歯ごたえなど、やはり違う。

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大仏鉄道の終着駅は、今では公園になっている。
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舟橋通りを通り、三条通りに向かう。
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三条通りにある、「板焚屋」に到着。バレーのメンバー男女合わせて、18名が参加。バレー談義で盛り上がった。酒豪そろいなので、競い合うかのように飲んだ。1時間半、飲み放題なので、ビールに始まり、熱燗、果実酒、カクテル、芋・麦焼酎・・・など、しこたま飲んだ。元は十分に取ったが、飲み過ぎてしまった。欲深いことを反省。
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千鳥足でJRとバスに乗り、何とか帰宅。





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2016年2月12日 (金)

野菜に異変

陶芸の修行に行く。山中にあるので、寒冷な時期はどうしても足が遠くなる。

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畑の方へ行ってみると、ちょっと異変を見つけた。ブロッコリーやキャベツの葉っぱがズタズタに、何者かに食べられていた。フンが落ちていたので、おそらく鳥(ヒヨドリか、カラスか、他の鳥か)に食べられたのだろう。残念だったが、鳥たちと共有するのも悪いことではないと思い直した。今日の収穫は、ターサイ、水菜、ネギである。これらの野菜は、鳥は食べないようである。

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タマネギは、少しだけ大きくなっていた。
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作業小屋の横には、紅梅が咲き誇っていた。
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レモンもいただく。
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陶芸作業に、1時間あまり没頭する。下手だけれど、この時間が好きだ。
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浄瑠璃寺の鐘が聞こえてきたので、帰宅する。春の足音が次第に近づいてきている。

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2016年2月11日 (木)

2.11集会

「戦争のための教育は許さない!2・11集会」が、大阪市立港区民センターで行われた。主催は、「日の丸君が代」強制反対大阪ネットワークである。500人を超える参加者があり、ほぼ満席であった。大阪や奈良の友人たちも、多数来ていた。Rimg_3693_rRimg_3696_r
冒頭に、当会代表の黒田伊彦さんが「建国って何だ!天皇制ナショナリズムに抗する立憲主義と民主主義」というタイトルでスピーチされた。「自民党新憲法草案では、天皇を元首とするが、これは憲法遵守義務を外すもので大変危険である。」

「君が代の起立斉唱の強制は、慣例上の礼儀的所作との名目で、戦前の現人神天皇への忠誠表明の延長上にある。」

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次に、パネルディスカッション「戦争する国に抗して、いま民主主義を問う」が行われた。パネラーは、高作正博さん(関西大教授)の発題から始まり、橋本真菜さん(SADLでの経験者)・三輪晃義(「君が代」処分撤回弁護団)・増田俊道さん(府立学校教員、グループZAZA)である。パネラーの闘いの現場からの報告にもとづき、今、「直面する共通の課題は何か?」「未来の希望は?」等について論議した。Rimg_3674_r

高作さんは、抵抗の切り札としての民主主義について語られた。

レジメからポイントのみ記す。①自立性の重要性(同調圧力に屈しない!自粛しない!「空気」読まない!)②批判的思考の重要性(権力構造における「強者」を批判的に考察する能力)③「権力」には服従、他者には「意地悪」な社会からの転換

空気を読んで、「服従・協力・屈服」すれば、権力側の思うつぼである。私も「空気を読まず」、自分の頭で考えて行動していきたいと思った。
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奥野泰孝さんは大阪の支援学校に勤め、キリスト教徒である。彼は君が代不起立で、戒告・減給処分を受けているが、敢然と闘っている。「今年私は『生徒の介助のために立たない必要がある』と主張しましたが、認められず戒告処分を出されました。君が代の強制は、思想・信条の自由を奪い、信教の自由を侵します。起立している間、大事な職務を放棄させられます。教員の面従腹背は、『考えるな』という反教育的メッセージを子どもたちに発することになります。闘うことは、教育的メッセージです。」

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趙博さんのミニライブ。「ひでり」「釜石小学校校歌」「当世新説阿呆陀羅経」の3曲を歌った。「ひでり」では、民衆の自由を奪い取る反権力の思いを、切々と歌っている。「釜石小学校校歌」の井上ひさしの詞もステキである。「しっかりつかむ まことの知恵をしっかりつかむ 困ったときは 手を出して ともだちの手を しっかりつかむ 手と手をつないで しっかり生きる」パギヤンは、権力の不正や傲慢に対して怒りを爆発させている。そして、歌を通して民衆に訴えている、今を生きるすばらしいミュージシャンである。

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東京の根津さんが、不起立停職六ヶ月処分取り消しの控訴審で、勝利したという報告を行った。また、永井さんが、再雇用拒否賠償裁判で勝訴したと報告を行った。司法は国家権力になびくのではなく、憲法に基づいて判断する。これは至極当たり前のことだが、原発裁判を見てもそうでない例が多々見られるのが残念だ。

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司会をして、最後に集会決議を読んだのが、私の友人の娘さんである。彼女は、昨年K市の市会議員にも当選して、市民側に立ち民主主義を実践しようとしている。若く賢く、すばらしい女性である。

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集会決議が、盛大な拍手で了承された。「安倍の教育政策は、戦争する国作りと一体です。道徳教育の教科化、戦争賛美の育鵬社教科書の採択、日の丸君が代の強制などなど。このような中、戦争反対の闘いに多くの学生や若者、市民たちが立ち上がり、かってない闘いが広がっています。私たちは共に手を携えて闘っていきましょう。」

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2016年2月 7日 (日)

陶芸展

加茂文化センターで、陶芸教室に通う人たちの陶芸展があった。出品するような腕前ではないのでそのままにしていたら、昨日(土曜日)焼き上がったのを先生が知らないうちに展示くださっていた。

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それぞれ個性があり、見ているだけで楽しい。子ども陶芸が特に面白い。
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蔭山景先生の壺。龍が動き回っている大胆な図案だ。

蔭山先生は、京都の東山五条にお住まいである。信州大学の農学部の出身で、山男でもある、異色の陶芸家だ。日本工芸会の理事をされていた岩淵重哉さんの下で、長らく修行された。現在、芦屋にある滴翠美術館付属の陶芸研究所や、大阪芸術大学の講師もされている。
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その横に拙い私の作品(皿と湯飲み)を置いてくださった。
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その後、轆轤を回して作品を作った。最近は、気に入らなかったら壊して、何回も作るようにしている。とにかく回数を重ねることだ。

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形となったのは、大皿と徳利だけであった。徳利は、だいぶ軽いものができるようになった。しかし、まだまだ「道遠し」である。

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2016年2月 6日 (土)

歌は人生を支えるコンサート

田原本町町民ホールで、「歌は人生を支えるコンサートー笠木透からのメッセージー」が開かれた。主催は、磯城郡平和のつどい実行委員会である。100人くらい参加者があった。知人も来ていた。

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ホールには、笠木透と雑花塾(1994年に結成)が1996年、1998年に磯城郡平和の集いに出演されたときの写真が展示してあった。

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「当時は、戦後50年で『君よ五月の風になれ』のアルバムを発表されて、憲法を守れというメッセージを届けて頂きました。それが、平和の集いを20年続けてこられた原動力となりました。また、当実行委員会のメンバーを中心に慰安婦問題に焦点をあてたアルバム『私は忘れない』作成につながったことも私たちの誇りです。」実行委のパンフより
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実行委員長の挨拶があった。「旧田原本町公民館の2階の和室で、こじんまりとしたコンサートがあり、その時の演者が笠木透さんと雑花塾の皆さんで、なんと18年前。一見して厳しい、古武士の風格すら感じたのが笠木さん。それが話せばまるで逆。優しくて実直、時間を忘れるほど話術巧みだったのを想い出します。声は、正直シワガレ声だが、それが曲に応じて説得力があり、心深く食い込んできて、何度涙さされたことか。」

その後、90年代の笠木透さんのビデオを流された。皆さん若かった!
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出演者は、雑花塾の増田康記さんと鈴木幹夫さん、音響は大澤和代さんである。増田さんは、郡上八幡で結成40年のフォークグループ『ピペファート』の代表である。「音楽の専門教育を受けていない『屁』のような僕らでも、集まれば力がある。」鈴木さんは松本を拠点として活動する「ぽこあぽこ」の代表である。木工の職人でもある。近くの天理高校の出身だと語られた。

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二人とも、笠木透亡き後、「雑花塾」の主要メンバーとして、「文化で闘う」というフォークの思想を継承されている。増田さんのギターテクニックや演出、鈴木さんの歌唱力、情感の豊かさなどが相まって、ぐんぐん聴衆の心を引きつけていった。
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「ホウセン花」「南山」、「ひとつぶの涙」、「愚者」「反戦僧侶」「平和の暦」など、メッセージ性の強い歌を多く歌われた。戦争も従軍慰安婦も国策であり、これに反対する声を大きくしていかなくてはいけないと、増田さんは力説されていた。全く同感である。一人一人が自分のできる範囲で、小さくてもいいから、憲法擁護そして戦争反対の行動をしていきましょう。

「ペンペン草」や「君が明日に生きる子どもなら」などは、参加者一同で大きい声で歌った。高齢者が多かったが、みんな大きな声で歌っていた。
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アンコールは、「私の子どもたちへ」と「これがすべての終わりとしても」の2曲だった。これも参加者も一緒に歌った。コンサートでは、声を出して歌うことなどあまりないので、今回はとても貴重で楽しかった。

増田さん、鈴木さん、どうもありがとうございました。人見知りなので、会釈だけに終わってしまったのが残念だ。
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駅まで、草津市の西田さんと話をしながら帰った。岡山の憲法フォークジャンボリーでも一緒だった。10月16日(日)に栗東でピースコンサートをすると言っておられた。雑花塾や憲法君をお呼びするそうで、ぜひ私も参加したいと伝えた。

連日のコンサートで、音楽三昧であった。とても中身の濃い、充実した二日となった。

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田原本

岡山を8時過ぎのこだま号で発つ。昨夜はライブに興奮して、あまり寝られなかった。

JR王寺まで行き、近鉄に乗り換え西田原本駅で下車する。奈良県田原本町は桃太郎のふるさととして売り出し中である。吉備津彦命はこの地から岡山に赴いて、鬼を退治したという。

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レンタサイクルで町を回る。長顕寺は赤門である。
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江戸時代の古家、竹村邸。屋根が崩れかかっているので、早く修復して保存すべきである。
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鏡作神社。鏡を作る集団が住んでいたという。3神2獣鏡が所蔵されている。神社なのに、鐘楼もある。
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安養寺に寄る。快慶作の阿弥陀如来像は国の重要文化財。
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鍵の蛇巻という豊作を祈る風習が、今でも残っている。新稲藁で蛇を作り、少年たちが担いで行列し、その後、木に掛ける。
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唐古・鍵遺跡(国史跡)は、弥生時代の集落跡である。1991(平成3)年に楼閣を描いたた土器片が出土して、注目を集めた。現在、唐古池の一画に、その楼閣が復元されている。
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池神社の秋の例祭には、5代の山車が繰り出す。
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薬王寺にある、樟の巨樹。高さ約30m、幹周り約6m、樹齢約550年と推定される。その迫力に圧倒されてしまった。
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田原本町は、本誓寺と浄照寺を中心として発展した寺内町である。本誓寺は、領主の平野家(賤ヶ岳の7本槍の一人が平野長泰)の菩提寺である。浄照寺は、真宗本願寺派である。

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田原本の寺内町には、旧家が多い。

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レンタサイクル(2時間で400円)を返却する。

これから、雑花塾のコンサートに参加する。雑花塾は、「雑草だけど、花が咲くときもある。」ということから、笠木透さんが命名された。全国に、笠木透さんのフォークの継承者がいる。

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2016年2月 5日 (金)

岡山禁酒會舘マンスリーライブvol,180

「岡山禁酒會舘マンスリーライブLIVE=LIFE VOL.180ーみんなで、自由に表現しましょう!」に参加した。

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尾崎ツトムさん(OZAKI UNIT)が、初めてこのライブを主催されたのが1997年2月であるという。「もう20年目になるのだが、よくもここまで続けてこられたな」と尾崎さんは率直に語られた。ほぼ毎月1回金曜日の夜、プロアマを問わずいろんなゲストたちが出演される。観客はいつも5・60名を越え、尾崎ファンの固定客、ゲストのファンの方、また平和運動をされている方たちが参加される。岡山の隠れた名物といって良いかもしれない。

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尾崎さんは、平和や人権を守るために、地道に活動されてきた方たちに光を当てたいという趣旨で、このライブを始められたという。それが土台になっているので、ここに登場される人たちは、民衆の側に立って歌を作り続けられている真のミュージシャンたちばかりである。

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私はつくづく思った。マスコミには取り上げられないのでメジャーでは無いが、それは本当はどうでもいいことである。権力や資本を持つ強い側にたって作ったカッコーイー音楽は、たとえそれがメジャーであろうと、本当に民衆の心を揺さぶるものでは無い。権力も何も無い、差別される側に立って作ったカッコワルーイ音楽こそ、マイナーではあるけれど、本当に民衆の生きる支えになり力となるものである。笠木透さんの歌のように。

今回10組の人たちが出演されたが、どれもが後者の音楽や朗読詩であった。

まず、武部仁さん。雑花塾の合宿で合格となった「徴兵」、「君へのうた」を歌われた。「徴兵」では、将来徴兵制度が行われることがないように、今闘う必要があることを強く実感した。「君へのうた」は、「たかが歌 されど歌 今もまだ夢を見ている・・・歌い続ける 君に届けと」の詩こそ、武部さんの生き方を明示していると思った。それに尾崎さんが優しき思いを託す曲を付けられている。このふたりのコンビで、これからもフォークの名曲が生み出されていくことだろう。

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「ひとつ山を越えてみよう会」は、姫路を拠点として活動されているグループである。今回は3人参加されて、「母」「庭の花咲いた」の2曲歌われた。オカリナの素朴な音が、母への思いをかき立てた。笠木透さんの魂を継承している、生活と音楽が密着したフォークを作り続けておられるミュージシャンである。

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「まじょりん」さん登場。まじょりんは、関東大震災後に相馬市から移住されてきた人だ。被災した辛い思いを乗り越えて、精一杯仕事をしながら、シンガーソングライターとしても活動されている。禁酒會舘で一度お聞きしてから、ファンとなりCDも2枚持っている。

今回まじょりんは、5年目を迎えようとして気分転換なのか、クレオパトラ風の髪型で登場されて、驚嘆した。「母への手紙」「ため息感じて」「相馬唄」の3曲を歌われた。いちだんと歌のパワーが増して、歌のきめ細かな表情がありありと伝わってきた。

3月11日(金)から13日(日)まで、岡山と倉敷で「東日本大震災復興応援」ライブをされる。CD「愛の便り」も発売される。東北のことを岡山の地で思い続けておられる、すばらしいミューシャンだ。
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稲垣純雄さんは60の手習いでギターを始められたという。浜田省吾さんの「もうひとつの土曜日」を歌うと言われたときには、観客からどよめきが起こった。稲垣さんふうに巧みに歌を消化され自分のものとされており、高音もよく出ていて、「もうひとつの」すばらしい歌になっていた。次に、三浦久さんの「祈り」を歌われた。ここでも最初はどよめきが起こったが、自然にその歌の世界に引き込まれていった。わずか数年で人前でギターが奏けるようになるというのは、よほど練習されたのだろう。その前向きな姿勢がすばらしい。
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「岡山・被曝2世・3世の会」による「広島のある国で」の朗読があった。広島の地で被曝した一家の実話である。1945年、3歳の弟と逃げた時に見た、地獄絵のシーンを具体的に語られるときには、恐怖心でうち震えた。そして、「なぜ人間がこのようなことに・・・」という怒りが込み上げてきた。倉敷に移住されてから、両親や弟は、原爆症の後遺症や精神的なショックで亡くなられたという。悲惨すぎる現実が、そこにはあった。

若い人たちにぜひ聞いて欲しい朗読劇である。明瞭な音声と感情のこもった話し方など、本当にすばらしいと思った。

「当たり前の生活を奪うのが戦争だ。戦争放棄の憲法9条は守り続けなくてはいけない」という、「被曝の会」の人の言葉が、朗読を聞いた後だけに再確認できた。
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休憩を挟んで、次は、「YOKO」さんの登場。アカペラグループで活躍されて、今は一人で音楽活動をされている。専門的な発声の勉強をされていたのであろうか、その声量や正確な音程、人の心を揺さぶる表現力など、レベルが違って感じられた。

YOKOさんは、「三々五々の奇跡」をアカペラで歌われて、観客の心をグッとつかんでいた。「魂の場所」はピアノの弾き語りで歌われ、バラード調の曲と澄明な声があいまって、ここは一体どこだろう、天上ではなかろうかと、うっとりと錯覚した。Rimg_3359_r
矢田初恵さんの太鼓演技は、太鼓がないゆえに発泡スチロールの箱で演じられた。太鼓がなくても十分にその魅力が伝わるほどの、熱演ぶりであった。天真爛漫な人柄の良さが、バチを振る姿によく表れていた。今度は、ほんものの太鼓の演技をぜひ聞いてみたい。
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「クロシバ」さんは、「おらは死んじゃっただー・・・」「一杯のコーヒーから」「おうちをつくろう・・・」の3曲を歌われた。黒瀬さんのことを、「岡山で一番忙しいギターリスト」と尾崎さんが称するだけあり、今日もいろんなゲストと組まれていた。女性の方の声がユニークでおもしろく、歌によくマッチしていた。「クロシバ」さんのオリジナルの歌を、ぜひぜひ聴いてみたいと思った。また次の歌が聞きたいな、次はどんな歌があるのかなと思えるような、とても魅力的なグループである。
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大西隆志さんの詩の朗読。2番目に登場した「ひとつ山を越えてみよう会」のメンバーである。大きく手振りを交えて、自作の詩を朗読された。反戦の思いを、抽象的な言葉を交えながら、アピールされておられた。熱い気持ちを持ち続けて、今もなお青春を生きておられる人である。
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最後は、「OZAKI UNIT]である。「灯り」は、昨年の雑花塾の創作合宿で合格した作品である。「深い闇に包まれて たじろいでいる君よ ぼくと一緒に 灯りをともそう・・・」尾崎さんの優しさが満ち溢れているような詩に、増田康記さんがそれに合致するようなステキな曲を付けられた。
最後は、「ナナカマド」の歌をうたわれた。尾崎さんが福島に思いを込めて、あらん限りの声をふりしぼり出すように歌われた。5年目を迎えて、福島のことが忘れられていき、川内・高浜が再稼働される現状の中で、尾崎さんは「歌=文化」で闘おうとされている。「ナナカマド」の歌に込められた、反原爆や反原発の熱い雄叫び、そしてその真摯な思いが、私の心に強烈に響き渡った。
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音響機器を片付けていたら、もう10時前になっていた。その後、「下津井港」でうちあげ。美味しい刺身や、タコの天ぷら、おでんなどを食べた。ビールに始まり、日本酒、焼酎をよく飲んだ。
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フォーク談義はいつものように盛り上がり、午前様でホテルに帰った。

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足守

おとなび切符を利用して、岡山駅で下車。新大阪から、特急料金込みで2400円の安さである。駅の北口には、児童文学者の坪田譲治を記念した子どもの像があった。「風の中の子供」「子供の四季」などをよく読んだのを想い出した。

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吉備線に乗り、足守駅で下車する。足守川沿いに、ひたすら歩く。欄干のない橋が架かっていた。目に留まるのは、やはりお地蔵さまたち。

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足守の町に入る。竹細工をされている家があった。このような地に根付いて仕事をされている職人さんは、もっと脚光を浴びるべきだと思った。
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足守は、豊臣秀吉の正室の「ねね」の兄である、木下家定が関ヶ原の戦い後に領有して、江戸時代は陣屋町として栄えた。

2月3日(水)から、町並み雛めぐりが行われていて、旧家にお雛さまが飾られていた。

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旧藤田邸の中まで入らせて頂いた。庭には、備前焼の大壺があり、とても風格があった。
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お座敷にお雛さまが飾られている。
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足守プラザでは木工や陶芸もできる。その隣の洪庵茶屋で、昼食をとる。
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雛めぐりを続ける。大正期や昭和期の貴重なお雛様が飾られていて、見飽きることが無い。次はどんなお雛様がおられるのか、胸が躍った。

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近水(おみず)園は、藩主の長寿と繁栄を願って作られたという。吟風閣の名前にひかれた。
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その横に、木下利玄の生家がある。白樺派の代表的な歌人である。

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足守藩侍屋敷は、白壁の長屋門と土塀に囲まれ、武家書院造りの母屋がある。

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足守は、緒方洪庵の誕生地でもある。足守藩士の子として、1810年に生まれた洪庵は、江戸で蘭学を学び、「適塾」を開き、幕末・維新のリーダーたちを育てた。
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足守を後にして、また足守川添いを歩く。駅まで約4キロあるが、お地蔵さまとお話ししながらの道は楽しい。堤防を築き足守側を堰き止め、高松城水攻めをした、その場面を想像した。
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駅名の通り、「足」を「守る」ことで、いつまでも気ままな旅をしたいものだ。

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2016年2月 1日 (月)

相楽

相楽(さがなか)神社で、餅花祭があった。餅を花に見立て、豊作を祈る神事である。餅花は、他に類を見ない大きさである。1本の竹串に五つ、三つと二つに分かれている。少し華やかな気分にさせて頂いた。

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大きな欅は神木で、本殿の横に植わっている。。
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昼からは、妻と一緒に、「旬の駅」に田舎の老母に贈る野菜やお菓子類を買いに行く。新鮮な野菜が売られている。

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最近、木津に「にぎわい市場」という食べ物屋さんができたので、ここで昼食をとる。奮発して、950円の定食を食べる。まずまずの味である。ご飯のお替わりが嬉しい。
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高田で妻に運転を代わり、私は少し散策する。綿が珍しかった。

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高田寺(こうでんじ)に寄る。平安時代に造立された薬師如来座像が、本尊である。境内には、「夜遊び地蔵」がおられる。夜遊びが好きであったことから、名づけられている。こんな地蔵さんは、大好きだ。赤い帽子と前掛けをして貰い、お地蔵さんはとても嬉しそうだ。

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京都新聞によると、安倍政権の支持率が50%を超えているということだ。富国強兵に導く彼が、どうしてそんなに支持されるのか、全く理解に苦しむ。

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