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2016年3月

2016年3月27日 (日)

「廃止しよう!戦争法、とめよう!辺野古新基地建設」関西集会

3月27日(日)2時より、大阪中之島公会堂にて「廃止しよう!戦争法、とめよう!辺野古新基地建設ーイラク開戦13年ー」関西集会が行われた。いつも閑散としている公会堂前は、多くの市民や労働者たちが集結していた。私の友人や知人たちも多く参加していた。

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会場内は満席で、熱気がこもっていた。

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大阪平和人権センター理事長、田淵直さんが開会の挨拶をされた。

「平和のうねりをもっと大きくして、沖縄の闘いを本土でしっかり連帯を広げ、戦争も基地もない世界を実現するために、この集会を大きく成功させよう。」
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ヘリ基地反対協共同代表の安次富 浩さんが、連帯の挨拶をされた。激情がほとばしるような、熱情的なスピーチだった。山城博治さんとともに、辺野古新基地反対闘争の最前線で闘っておられる闘士である。

「安倍首相は和解受け入れと同時に、『辺野古が唯一の解決策』と言い、是正措置を指示した。協議も始まらないうちの強権発動は、この和解が沖縄県民の声に真摯に耳を傾けることではなく、今後の訴訟を有利に進んで新基地建設を促進させるための方便である。『唯一の解決策』は、政府による『辺野古新基地建設断念』しかないことを確認して、翁長知事・稲嶺名護市長と共に真の解決まで闘う。」
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名護市長、稲嶺 進さんが「辺野古新規建設を止める!ー名護からの訴え」と題して講演された。安次富さんとは好対照に、熱情は秘めながら淡々とスピーチされた。ウチナーンチュの尊厳をかけて、基地を作らせないという揺るぎない信念が込められていた。

「大浦湾はかって交易の中心地であり、遺跡が見つかった。湾岸道路の建設ルートにあり、この埋蔵遺跡調査に1~2年かかる。この調査をしなければ、文化財保護法違反になる。また、辺野古ダムの管理は名護市長の管理である。ダムの隣の山から土砂を採取しダムの上に橋を架けて運搬する計画だが、絶対に許可しない。埋め立て予定地に流れ込む美謝(みじゃ)川を直角に付け替えることも、絶対に許可しない。」
稲嶺市長は、最後に背広の下の赤いTシャツを見せてくださった。そこには、「勝つまであきらめない!」の言葉が記されていた。
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ジャーナリストの青木 理さんがスピーチされた。権力におもねるマスコミ人が多いが、青木さんは民衆に寄り添い権力を批判する、真のジャーナリストであった。
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憲法大阪の会の長崎さんを交えて、三者の対談があった。稲嶺市長の「辺野古新基地はウチナーの軽減になるわけがなく、いっそう沖縄を苦しめることになる」という趣旨の言葉が、耳にこびりついて離れなかった。これまで70年も耐えてきたウチナーンチュの人権を、これ以上侵害してはいけない。。
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衆議院議員の照屋寛徳さんがスピーチされた。社民党に所属して、衆議院議員を五期務められてる。

「古希を迎え残りの人生を、沖縄のために、子や孫の命を守るために、絶対に新基地を阻止するつもりだ。」
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奈良ー沖縄連帯委員会の崎浜盛喜さんが、熱くスピーチをされた。本質をえぐる、明快なスピーチだった。さすが、我らの崎浜さんだ。

「辺野古の新基地は、普天間の単なる代替基地ではない。約1兆円もの莫大な税金をかけるこの新基地は、紛れもなく日本軍隊のアジア侵略前線軍事基地そのものだ。」
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反戦・反貧困・反差別共同行動・京都の仲尾 宏さんがスピーチされた。
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沖縄県人会兵庫県本部会長の大城健裕さんによって、「オール沖縄と共にシマンチュの会」から訴えがあった。
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最後に、しないさせない戦争協力関西ネットワークの、中北龍太郎さんがスピーチされた。
「世界では、アメリカの大義なきイラク攻撃を契機として、テロと戦争との悪循環が深まっている。日本では、戦争法が29日に施行され、海外派兵の動きが強まっている。戦争法と辺野古新基地建設は、日本が戦争をする国になるための両輪であり、憲法をなし崩しにする暴挙である。今こそ、憲法の民主主義と立憲主義をよみがえらせ、戦争法廃止と辺野古新基地断念の運動を進めていこう。」

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デモスタート!大阪中心部を、デモ行進。主張の明確な、大きな旗を掲げ、奈良の仲間たちと一緒に歩いた。

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「戦争する国は嫌だ!」「殺し殺されるのは嫌だ!」「武力でテロは防げない!」「沖縄の声を聞け!」「日米合同軍事演習反対!」・・・・・・
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戦争法、辺野古新基地建設を阻止するまで、「勝つまで諦めない」闘いをしていきましょう。

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2016年3月26日 (土)

百花繚乱

昼から、陶芸修行に行く。

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白ツツジが咲き始めた。
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家の主に、「小野櫻」を土産にお渡しする。お酒が好きな主である。
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畑に行くと、水菜が花盛り。
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しばらく、陶芸に没頭する。

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帰宅途中寄った市場では、長い土筆が売られていた。これで100円。手間の方がたいへんだろう。
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我が家の花たちの、百花繚乱。
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狭い庭であるが、妻が手入れをよくするので、こんなに多くの花が今年も咲いた。久しぶりに、家にゆっくりいるような気がする。忙中閑あり。4月からまた仕事が始まり、忙しくなる。

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2016年3月25日 (金)

原発賠償京都訴訟

京都地方裁判所で、原発賠償京都訴訟の第13回期日口頭弁論が行われ、傍聴支援をした。この裁判は、福島第一原発事故によって引き起こされた放射能汚染から逃れるために、福島県をはじめとして東北関東の被災県から、京都府内に避難した58世帯175名が東京電力と国を相手取って損害賠償を要求している集団訴訟である。

120名を超える支援者が集まり、傍聴整理券が配布され抽選となったが、運良く入廷できた。11時より開廷。

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法廷では原告側から準備書面が提出され、まず高木弁護士がプレゼンされた。以下に要約を引用する。

①国連人権理事会の「健康を享受する権利に関する特別報告者」グローバーの報告書では、被ばく線量が年間1mSv未満になった場合にのみ、避難者は帰還を推奨されるべきであると明言されている。

②福島県民健康調査では、それまで年間100万人あたり1~2名程度だった小児甲状腺がんが先行調査で100万人あたり376人、本格調査で100万人あたり213人が悪性ないし悪性の疑いと診断されている。

③したがって年間1mSvを超える地点を含む地域から避難し、今なお健康被害を懸念して避難を継続していることは相当である。

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次に、森田弁護士がプレゼンされた。以下にその要点を引用する。

①東電は2007年12月頃には長期評価に基づく津波評価(福島県沖の日本海溝寄りの部分で、津波地震が発生すると想定)を行う方針を決め、翌08年6月頃には高さ10メートルの防潮堤設置を検討していたが、同7月に副社長が方針を変更し、長期評価による津波対策は講じられなくなった。

②明治三陸沖地震を基に計算した結果、原発敷地南側では敷地を5.7メートル超える津波が来る可能性があることが明らかになっていた。

③回収された会議の資料には「地震及び津波に関する学識経験者のこれまでの見解及び推本の知見を完全に否定することが難しいことを考慮すると、現状より大きな津波高を評価せざるを得ないと想定され、津波対策は不可避」と記されていた。

④被告国も06年には設計津波高の推定が必要であり、対策の必要性を認識していたにもかかわらず、本件事故に至るまで被告東電が津波に関する報告書を提出しなかったのを放置した。

私にも理解できる、わかりやすい説得力のあるプレゼンであった。裁判長の心をグッと捉えただろう。

その後、京都弁護士会館で報告集会が行われた。大会議室は満席状態であった。

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原告団共同代表の福島さんからお礼の挨拶があった。その後、原告の宇野さんから、原発被害者訴訟原告団全国連絡会(ひだんれん)の結成のことや、政府交渉&全国集会の報告が行われた。全国の21の原告団(9645名)が参加することになり、「避難の権利」が認められる社会を目指して、がっちりスクラムを組んで運動を進めようとしている。

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支援する会から「避難用住宅打ち切り撤回署名」の内閣府提出行動(3月4日)について報告があった。全国で64041筆、京都で3366筆の署名が集まったということだ。避難用住宅を用意するのは、国の最低のつとめだ。避難の権利、すなわち幸福に生きる権利は、憲法の保障するものである。

次に、福島から傍聴に参加された荒木田さん(「子ども脱被ばく裁判」原告、福島大学准教授)から連帯の挨拶があった。「福島原発事故が提起したのは、エネルギー問題でも復興の問題でもなく、被ばく問題であり、人権問題であり、私たちの生命と健康と生活の問題であった。・・・事実は、静かにこの現実を社会に突きつけているように思う。」

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その後、支援者たちからの連帯の挨拶が行われた。進行協議に入っている弁護士たちが帰って来ないので、原告と支援者の交流企画として、原告団共同代表の萩原さんが娘さんと考えたゲームを行った。春休みで、子どもたちの姿がよく目についた。

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5月以降は月一の期日が設定され、秋に原告や専門家の証人調べ、年内に結審、来春判決が下される予定である。

六角堂の「一言願い地蔵」よ、原告たちが「必ず勝訴すること」をお願いします!
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錦市場のミカンたちも、原発賠償京都訴訟の原告の皆さんを支援しています。



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都に春がやってきた

原発賠償京都訴訟の傍聴支援のため、京都市に行く。都に春がやって来た。この訴訟でも、勝訴して春が来て欲しい。

いつものように京都駅から歩く。烏丸通りなどを北上する。東本願寺を過ぎる。

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燈篭町会所は、祇園祭の保昌山を受け持つ。
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ウインドーに展示してあるものを、見るのが楽しい。都には、さまざまな店がある。
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古い町家が随所にある。
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六角堂にお参りする。ちょうど桜が開花していた。御幸桜といって、早咲きの桜だということだ。
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「一言願い地蔵」に、原発賠償訴訟に勝訴して、被爆者や避難者に真の支援が行われることをお願いした。
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堺町御門から御所に入る。桜が咲き始め、梅は盛りを過ぎていた。。
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九條邸跡を通り、京都地裁へ行く。
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傍聴支援をして、その後報告集会に参加する。

寺町通りを南下する。革堂(行願寺)にお参りする。行円上人が1004年に創建した。上人は子をはらんだ母鹿を射たことを悔い、その革をまとって鹿を哀れみ、革聖と呼ばれたという。西国三十三カ所の第十九番札所。

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寺町通りには骨董屋や古本屋などあり、見飽きない。
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本能寺にお参りする。
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筍が売られていた。高価すぎて、庶民にはまだまだ手が出ない。
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有名な肉屋の前で、ただ見るだけ。いつかは食べたいものだ。
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誓願寺には、清少納言や和泉式部たちが帰依したことにより、女人往生の寺として名高い。
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錦市場へ寄る。削り立ての鰹節を買う。香りが良い。

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本覚寺には、江戸中期ベストセラーを刊行した八文字屋自笑の墓がある。
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上徳寺には、冠句の唱導者の堀内雲鼓の句碑と墓がある。「日のめぐみ うれしからずや 夏木立」
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極楽寺には、迷子を家まで送り届けた「手引地蔵」がおられる。
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蓮光寺には長宗我部盛親の墓がある。おもしろい書があった。
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長講堂には、後白河法皇座像が祀られている。
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京都駅に着く。相変わらず観光客が多い。

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2016年3月24日 (木)

ヒスイ海岸・金沢

早朝に富山駅から、あいの風とやま鉄道に乗り、越中宮崎へ行く。曇りで立山連峰が見えないのが残念。

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泊駅で、直江津行きに乗り換え。オシャレな電車だ。
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越中宮崎駅で下車する。駅前に展示してある、翡翠石でイメージを持つ。
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波打ち際を翡翠(ヒスイ)を見つけようと歩く。やや波が高い。急に波が押し寄せたりするので、要注意。一攫千金を狙う邪心が災いして、なかなか見つけられない。
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地元の人にヒスイの採り方や見分け方を教えて頂き、2時間近く歩いて何とかこれだけ見つける。
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富山へと引き返す。いくらか雲が上がってきたが、立山連峰は見えない。
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北陸新幹線はくたかで、金沢へ行く。金沢周遊バスに乗る。犀川を渡る。
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兼六園に行く。

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梅園に行く。紅梅が華やかだ。

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1945年6月に軍用航空機の燃料にするために松ヤニを採取した後。戦争はこんな所にも傷跡を残している。
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日本三名園の一つだけある。林泉回遊式大名庭園らしく雅趣が漂っている。
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桜のつぼみが膨らんできた。

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ひがし茶屋街へ行く。木虫籠(キムスコ)と呼ばれる出格子が美しい。ただ祇園の二番煎じのような気がした。
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浅野川を渡り、主計(かずえ)茶屋街へ行く。浅野川は、犀川の「男川」に対して、「女川」と呼ばれる。
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泉鏡花記念館。
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金沢城へ行く。菱櫓・橋爪門・橋爪門続櫓を見ながら、五十間長屋を見学する。

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黒門を出て、近江市場の方へ歩く。
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近江市場は、始まりは1721年というから、300年近く続いている「市民の台所」である。鮮度が良いし、とても安い。土産に買い求める。
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サンダーバードで京都へ。奈良線・関西線で帰着。約4時間だから近いものである。

我が家に帰ると、娘や孫はインフルエンザがピークを過ぎてほぼ治っていた。娘の旦那も来ていたので、近江市場で買ったカニ足・ブリ・甘エビをご馳走する。
酒はもちろん、「小野櫻」と「春一番地」。
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今回の2泊3日の小旅行。交通費(おとなび北陸フリー切符)14000円、宿泊・食事費12000円、見学料1000円、土産代3000円で、総額約30000円だった。思わぬ出費だったが、それ以上の価値ある旅だった。

自由にさせてくれて、奥さんありがとう!





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2016年3月23日 (水)

五箇山・白川郷

加越能バス(世界遺産バス)に乗り、日本の原風景をバスで巡る。城端を過ぎると、山は雪景色。

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こきりこの里、上梨を過ぎる。国重文の村上家がある。約400年前に建てられた。
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庄川沿いをバスは走る。
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菅沼合掌造り集落を過ぎる。合掌造り家屋が9棟で、小さな集落である。
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西赤尾の集落を過ぎる。国重文の岩瀬家がある。約300年前に建てられた、五箇山地域最大規模の合掌造り、総欅造り、準5階建ての家屋である。。
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岐阜県に入り、白川郷の荻町に到着。城跡展望台に登り、白川郷を遠望する。
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坂を下り、白川郷を歩く。世界遺産に登録された3集落の中では、最も大きい。
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白川郷を後にして、また世界遺産バスに乗る。相倉合掌造り集落で下車する。相倉には今も23棟の合掌造りが現存する。約100~200年前のものが多く、古いものは400年前に建造されたという。

人形山の展望所へ登る。人形山(1726m)には悲しい話が伝わる。仲の良い姉妹が、白山権現に祈願して母の病気が治り、お礼参りしたときに俄に山が急変し遭難した、翌春手をつないだ姿で発見され、その後人形の残雪が現れるようになったという。

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下山して集落を歩く。
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今日の昼食は大奮発して、山菜天ぷら、そば定食をいただく。
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地主神社の辺りの土手には、蕗の薹の群生があった。
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犬小屋も茅葺きでは無いけれど、合掌造り。
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相倉口バス停は茅葺き。また世界遺産バスに乗る。
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城端で下車して歩く。城端別院 善徳寺を中心に発展した地内町である。じょうはな織館、桂湯などレトロな建物が目に入る。
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善徳寺は、蓮如上人の開基から350年余りの古刹である。
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寺周辺の今町通りは石畳で、蔵回廊が残っている。
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城端駅は懐かしい雰囲気の駅舎である。5月に行われる絢爛豪華な「曳山祭」、9月に行われる、平家落人が都を偲んで歌い踊ったという「むぎや祭」を見に行きたい。
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新高岡駅から、富山まで北陸新幹線に乗る。
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今夜も安宿。スーパーで割安になった物を買い、持参の焼酎で晩飯。昼飯代の方が高かった。


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2016年3月22日 (火)

永平寺・高岡

さんさから家に帰ると、娘と孫がインフルエンザで寝ていた。妻は小生に、移らないように、治るまでどこかに行っておいたらと進言してくれる。今週は仕事がOFFなので、さっそくお言葉に甘えて、以前から行きたかった越前越中の方へ旅立つ。そもそも妻は、小生が家にいない方が嬉しいらしい。

おとなび北陸フリーチケット(エリア内は新幹線はもちろん電車やバスが乗り放題)で旅立つ。サンダーバードで福井駅まで行き、えちぜん鉄道で永平寺口まで行き、京福バスで永平寺へ。

参道に道元の歌碑があった。「いたづらに 過ごす月日は 多けれど 道を求むる 時ぞすくなき」道を実践することの難しさを読んでいる。耳の痛い言葉であった。

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曹洞宗大本山永平寺は、1224年に道元禅師によって創建された座禅修行の道場である。老杉に囲まれ、70余りの殿堂楼閣が静かにたたずんでいる。Rimg_7469_r
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雲水たちが厳しい修行に励んでいる。軟弱な小生だったら、一日も持たず逃げ帰るだろう。
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永平寺川沿いに奥へ進むと、寂光苑がある。静寂の地で、道元禅師を偲ぶことができる。
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老杉のなかに、山頭火の句碑がある。
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観世音菩薩もおられる。表情がとても良い。
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志比線刻磨崖仏を見に行く。門前入り口の旧参道沿いにある。岩肌に刻まれた仏像は、16世紀頃の作と言われる。こんな素朴な作風が好きだ。

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福井駅まで戻り、サンダーバードで金沢駅に。白山が遠望できた。

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金沢でJRいしかわ鉄道に乗り換え、高岡まで行く。立山連峰が遠望できた。
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総持寺の石仏を見に行く。表情がステキだ。
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瑞龍寺にお参りする。前田利長の菩提寺だ。国宝らしい風格が漂う。
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日本三大仏のひとつ、高岡大仏を見に行く。総高は15m余りある。日本一の美男とされているが、いかがなものであろうか。

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山町筋の町並みを見に行く。明治後期に建てられた土蔵造りの旧家が立ち並ぶ。
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金屋町の千本格子の家並みを見に行く。ここは高岡鋳物の発祥の地である。
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安宿に泊まる。焼酎を持参しているので、部屋でじっくり飲む。

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2016年3月21日 (月)

中山道

早朝民宿を出て、バスで坂下へ。くつかけの湯の奥さんにはいつも丁寧な心遣いをしてくださる。感謝!さんさの時の常宿である。

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坂下駅の駅舎には、フォークジャンボリーのポスターが貼ってあった。
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南木曾駅で下車する。桃介橋を渡る。
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悲しめる乙女の像を見て、福沢桃介記念館を訪ねる。
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中山道を歩き始める。

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かぶと観音がやさしく見守られている。振り袖松が枯死したのを、水船にしている。
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花の咲き乱れる道は、心弾む。
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石畳が残っている。
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一里塚の下でしばし休憩。
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良寛の歌碑。「この暮れの もの悲しさに わかくさの 妻呼びたてて 小牝鹿鳴くも」

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蛇石のわきから沢沿いを通って、妻籠まで行っていたそうだが、今は妻籠城址下を通る。
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中山道を離れて、妻籠城址に上る。

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城址から、妻籠を眼下に眺める。南木曾山が近くに見える。
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中山道を下っていく。妻籠宿に入る。鯉岩のそばの熊谷家は19世紀初頭に建てられたという。
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馬籠とちがって、あまり坂はなくて道はなだらかである。
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脇本陣と本陣に寄る。
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街道から少し上ると、銀木犀の巨木がある。
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雛人形が飾ってあった。この地では、旧暦でお祝いをする。

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枡形の跡を過ぎて、寺下の方へ歩く。
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寒山拾得の石仏は、国内唯一とされる。しばし見入ってしまった。
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蘭川に沿って、宿は続いている。
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馬籠まで歩きたかったが、時間と体力の面で断念。中津川で下車して、からすみを買い求める。
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恵那山に別れをつげる。また来るからね・・・!
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恵那のあたりから、木曾御嶽山が見えた。
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2日間の、中身の濃い旅が終わった。

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2016年3月20日 (日)

さんさ酒屋のコンサート

「さんさ酒屋のコンサート」が、中津川市上野の小野沢にある山内酒造場で行われた。2011年の大震災を除いて、17回行われている。当たり前のことであるが、50歳だったら、68歳になるという長期間にわたって行われている。山内主や安保兄、我夢土下座や土着民など主催者や出演者たちには、本当に敬服せざるをえない。また、それを支える奥様方たちの奮闘ぶりは、見ていて清々しく感動的でさえある。

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開場の3時前から、長い行列ができていた。
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まず、「小野桜」と「春一番地」のしぼりたて生酒をいただく。微妙に味が違う。小野桜は骨太の感じ、春一番地は繊細な感じがする。もちろんどちらも美味い。
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このメニューのすごさ!!友人や知人との会話が楽しくて夢中になり、また酒を飲む方に専念して、今回もメニューの3分の1しか食べられなかった。次こそは全品制覇したいところだが・・・。
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Tさんの奥さんは、今回のゲストの佐久間さんにサインをして貰っていた、この嬉しそうな顔!
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開演は、4時から。オープニングは土着民の歌。

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その後は、前座の飛び入りコーナーで、それぞれの地域で音楽活動をされている方たちの登場。ゲストとしてお招きしても十分すぎるような、素晴らしいミュージシャンばかりである。彼らはそれぞれの歌にメッセージを込めていて、生きざまが強く感じられる。歌うことは、生きることなのだろう。

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休憩時間。また会話が弾む。酒のピッチが上がる。あっという間に過ぎる、短い。
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安保兄のお話は、庶民の暮らしを顧みない現政権を批判するものであった。時間を気にされていたが、もっとお話をお聞きしたいと正直思った。
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山内主のおかげで、こんなに美味しいお酒が飲める。本当にありがたいことだ。山内主もまた、戦争へと向かいつつある現代の世相を批判されていた。平和があってこそ、このようなイベントが可能となるのだ。

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今回のゲスト、佐久間順平さん。彼は高田渡や中川五郎、さとう宗幸やみなみこうせつたちのステージに参加されたり、レコーディングのスタジオワークをされている。ギターやバイオリンの演奏テクニックは抜群で、バリトンで説得力のある歌い方である。「ありがとう ありがとう あなたにありがとう ・・・・ みんなにありがとう」

「あ・り・が・と・う」の歌は一度聴いただけで、すっかり心に染み込んでしまった。
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土着民の登場!新曲を次々に披露された。今年45周年で、記念コンサートをされるという。また新CDも出されるという。付知の地に根付いて作り出されるフィールドフォークは、やはり聞いていて土の匂いがする素晴らしいものだ。途中、異星人が登場したのはもうビックリ!!
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いよいよ待ちに待った我夢土下座の登場!!もうすっかり酩酊状態。酒によるものなのか、歌の魅力によるものなのか、もう夢の中にいるような気分だった。極楽というのは、きっとこのような境地を言うのであろう。我夢土下座のフィールドフォークには、魂を揺さぶる「音の神」が宿っているのではないかと思う。歌や演奏技術を超えた、何か不思議な力があるのだ。今回歌われた歌は、新CDに入るのであろうか。とても待ち遠しいことだ。

間宮さんのトークは現代の世相をズバリと切り取っておられ、全く同感することばかりであった。我夢土下座メンバーたちの入魂の表情をご覧あれ!
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出演者全員が揃ってフィナーレ。終わって欲しくなかった。終わるのがつらかった。
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もうへべれけ状態で、まっすぐ歩けない。何とか民宿までたどり着き、音の神に見守られて、すぐに寝入ってしまった。

来年もぜひ「さんさ酒屋のコンサート」を開催して欲しいと願います。スタッフのみなさまはたいへんだろうけれど、ファンたちにとっては、こんなに贅沢な気分が味わえれるところはないのです。また、友人や知人に再会できて、同窓会みたいな気分が味わえるところでもあるのです。よろしくお願い致します。

本当にありがとうございました。

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坂下から上野へ

加茂を7時前に出て、関西本線と中央本線と乗り継ぐ。青春18切符を利用する。4時間半あまりで坂下に着。なぜか故郷に帰ってきたような気がする。

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坂下神社、出雲福徳神社に寄る。この境内から恵那山を眺める。
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道沿いの梅は満開。
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川上川に沿って、ひたすら歩く。鮎やアマゴが泳いでいる清流だ。鯨形の岩を発見。
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蔵田寺にお参りする。室町時代の木造役行者椅像を拝見したいものだ。
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何度も振り返り、そのつど恵那山の姿を眺める。
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道の駅「五木のやかた かわうえ」に寄る。店内には、我夢土下座のCDが流れていた。店の人に聞くと、いつも流しているとのこと。さすが、フォークのなんたるかを知っておられる。

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上野の集落に入る。
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民宿「くつかけの湯」に到着。坂下駅から約2時間。鱒を飼っておられる。主人が釣られたということだ。前方に恵那山を眺める。
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少し休憩して、さんさ酒屋コンサートに行く。



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2016年3月19日 (土)

江雄陶芸(3月)

明日から、「さんさ酒屋のコンサート」に参加のために中津川へ行く。青春18切符を使って、坂下まで行き小野沢まで歩くつもりだ。今回は陶芸の師匠やバレーの仲間たちは、仕事や用事などで不参加なのが、残念である。我夢土下座や土着民のフォーク、しぼりたての新酒、郷土料理など魅力満載で、もう今夜は興奮して眠れないだろう。

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さて、三月の陶芸作品。あまり進歩がないので、見てもらうのに忍びない。まあ気長に見守ってください。

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今回は作品の数は多かった。ただ価値のあるものと言えば、何も無いような気がする。

行く道の先は遙かに遠い。

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ヒューマンチェーン

「戦争法廃止、自衛隊海外派兵反対 3.19 ヒューマンチェーン・大久保」に参加した。

大久保駅前に続々と人が集まる。党派や組合などには関係なく、戦争法を廃止したいと願う人たちが集結した。大久保駅のすぐ前には、自衛隊基地がある。自衛隊の基地のある大久保から、平和主義・民主主義・立憲主義を守るために、このイベントが行われた。

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大久保駅前で集会が行われる。背後は自衛隊基地である。国会議員のスピーチもあった。野党が結束して、戦争法を廃案にして欲しい。「頑張れ野党! 野党は共闘!」
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デモスタート。シュプレヒコールをしながら、自衛隊基地前の通りを歩く。「戦争法の 発動止めろ!」「戦争法は 憲法違反!」「一人一人のいのちが大事!」「絶対忘れん 政府の暴挙!」「憲法無視する 政府は要らない!」
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基地前では、平和の歌も歌われていた。しばし心安らぐ。
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自衛隊基地を取り囲んで、ヒューマンチェーンを行った。1000人を超える人たちが集まればこそ、人間の鎖が可能になる。「武力で平和は守れない!」「未来に残せ 平和な日本(世界)!」「世界の宝 憲法九条!」
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3月の戦争法が施行され、自衛隊員が南スーダンをはじめ世界中の危険な戦場で活動することが心配される。自衛隊を軍隊とさせてはならない。自衛隊員を加害者にも被害者にもさせてはならない。

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2016年3月18日 (金)

当尾の春

当尾に春がやって来た。陶芸小屋のそばに車を止め、浄瑠璃寺まで歩く。大門の石仏群を過ぎる。

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蕗の薹や土筆を見ると、春が来た感じがする。
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当尾の里は花盛り。
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無人の吊り下げ市に、はっさく(100円)が置かれていた。
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浄瑠璃寺の門前には、馬酔木や木蓮の花が満開。
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境内には、馬酔木やサンシュユ、椿などが満開。
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木蓮の花の大樹。
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門前の「あ志びの店」の庭に入らせて頂く。ここのとろろ蕎麦は美味しい。
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河津桜、白梅、土佐水木(黄色の花)などが満開。
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陶芸小屋まで帰る。畑に行くと、水菜が花を咲かせていた。収穫せずに、花の観賞をすることにする。

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しばらくの間、陶芸に集中する。
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帰りに、知人の農家の野菜市に寄る。左は紫キャベツ。息子さんが新しい野菜作りにチャレンジされている。レストランに卸されているという。
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かなりまけて貰った。こんなにサービスしていたら、儲けはないだろうに。

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2016年3月13日 (日)

ナターシャー・バンド祭

近江八幡市のコミュニティカフェ・スマイルで、「ナターシャー・バンド祭」が、1時半より開催された。スマイルは、とても洒落た家である。室内も、ギターやパッチワークなどで、オーナーの高尚な趣味が随所にいかされている。

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ナターシャセブンを愛してやまぬ4つのバンドが、東西から集まられた。何れのバンドも、玄人はだしの実力グループであった。入場料は飲み物・お菓子付きで1500円の安さ。100円追加すれば、生ビールが選べ、格安。もちろん、生ビールを選ぶ。50人くらいの観客で、室内は満席。

まず、地元のバンド、「フォークグラス」。ナターシャーの「わらぶきの屋根」、オリジナルの「瀬田の唐橋」などを歌われた。アカペラでも歌われて、演奏のみならず、声もまた素晴らしい。もっとお聞きしたいと思えるような、ステキなグループである。
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次に、お目当ての「寛悟バンド」登場。トークでは、坂庭寛悟さん特有のボケを連発され、仲間たち(小川さん・河林さん)も「坂庭さんを看護するバンド」だと冗談を言われていた。歌が始まると、省悟さん譲りの高いハスキーな声で歌われ、観客を魅了していた。「初恋」「天国のバラ」「近江の子守歌」などを歌われ、最後はリクエストに応えて「花嫁」を歌われた。ナターシャファンの心をグッとつかんでおられた。2003年に省悟さんが亡くなられて、13年経つ。寛悟さんの音楽活動を、とても喜んでおられることだろう。
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休憩。寛悟さんと小川さんに、11月の我夢土下座コンサートに来て頂いたお礼をする。寛悟バンドの出演場所や、スケジュールについてお聞きした。小川さんの声が若々しくビビッドなこともお伝えした。

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東京から来られた「座・飛楽人(ザ・トラッド)」。「海に向かって」「ほっちょせ節」「谷間の虹」などを歌われた。昨日は、京都市でライブを行ったということだ。ナターシャーを関東風にしたような感じで、演奏も歌も上手である。
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三重から来られた、「ザ・サークル」。ユーチューブで、ナターシャーを検索すればすぐ出てくる有名バンドである。1973年結成で、リーダーは古希だということだ。演奏や、ボーカルの女性の歌は、まさにプロ級である。元の曲を少しアレンジして、自分たちの音楽としてみごとに消化されている。「私を待つ人がいる」「海原」「この想い」「別れのうた」などを歌われた。
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最後にcafeのオーナーや出演者が集い、「リクエストで一緒に歌おう」が始まる。「思い出のヤッケ」「街」などを、観客を含めてみんなで歌った。最高に楽しいひとときであった。
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5時近くなっていたが、時間を忘れてしまっていた。

ナターシャーを愛するものたち、継承しているものたちが、今でもこんなにたくさんいることに、深く感心せざるを得なかった。1975年頃から80年頃にかけて、ナターシャーは、フォークの一時代を築いたということなのだろう。我々の青春時代と重なっていることもあるだろう。

ナターシャーのメンバーたちが集まり、再結成することはないのだろうか。元メンバーの進藤さん(現在、我夢土下座のメンバー)に一度お聞きしたい気がする。

ありがとうございました。

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彦根・近江八幡

いよいよ青春18切符を使い小旅行のシーズン。今回は近江八幡でライブがあり、そのついでに少し観光する。早朝に家を出る。

彦根駅で下車して、歩いて15分くらいで彦根城に到着。

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国宝の彦根城に、梅の花が彩りを添えていた。
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天守閣に上る。急階段で恐いくらいだ。
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琵琶湖の彼方に雪を被った山が見える。比良山だろうか。伊吹山は間近に見える。雪は無い。
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城内の梅園を見に行く。人が少なく、梅見の穴場と言えるだろう。
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玄宮園を大名気分で歩く。城を背景として、茶室と池との組み合わせに優れている。

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電車に乗り、近江八幡まで行く。駅から約30分くらい歩く。湖国に春を告げる祭、左義長祭が行われていた。

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堀端に倉が建ち並ぶ。
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左義長祭が、各町で賑やかに楽しく行われていた。
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鳥居前で左義長のけんか(ぶつかり合い)があり、とても迫力があった。若者の顔が生き生きしている。
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近江八幡駅に向かって歩く。和風・洋風の家々が散在する。
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駅の南方に向かって10分くらい歩くと、ライブ会場。

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2016年3月12日 (土)

原発ゼロ震災復興をめざす奈良のつどい

「原発ゼロ震災復興めざす奈良のつどい」が、JR奈良駅前で開かれた。「東日本大震災・福島原発事故から5年。震災復興と原発ゼロの未来へ連帯の行動を呼びかけます。」Rimg_6024_r
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同日、バイバイ原発の京都の集いが行われているが、今回は奈良の方へ参加する。テントが立ち並び、食べ物や野菜などが売られていた。いつもは観光客が多いのだが、今日は奈良の震災復興を「願う人たち」、再稼働を「許さない人たち」がたくさん参加されていた。

第一部は、チャリティーコンサート(11:00~12:40)。出演者はいずれも福島の地に思いを馳せて、原発ゼロ震災復興を願いながら、熱演されていた。Rimg_6026_r
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昼食は、おにぎりと豚汁をいただく。

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第2部は、メイン集会(13:00~14:30)。

奈良のつどい実行委員長の井之尾さんが、熱くスピーチをされた。「このまま原発再稼働を進められるなら、同じ過ちを繰り返すのではないかと心配です。大震災の復興もさまざまな努力が行われていますが、仮設住宅の劣化、進まない公営住宅、将来が見えない状況の中、精神的に不安定になり身体の不調を訴える人が増えています。被災者に寄り添った生活再建こそ求められています。力を合わせ、被災者の方々への支援と原発ゼロの日本を作ることを呼びかけます。」

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ならデモ行動からのアピールもあった。毎週金曜日の行動が184回目になるが、早く原発ゼロとなってこのようなことをしなくてもいい社会になって欲しいと訴えられていた。そして、参加者一同でいつもしているコールをした。「原発なくそう!」「再稼働反対!」
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大飯原発京都訴訟の原告に加わって欲しいと、アピールされた。
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福島から奈良へ避難されている方が、嗚咽されながらスピーチされた。「放射能さえ無ければ避難する必要も無く、放射能によって健康を蝕まれた。電気は大事なものかも知れないが、生命を削るものであってはいけない。高速道路や鉄道が復旧することが復興ではない。人の命を守ることが復興である。」何度ももらい泣きをしてしまった。スピーチが終わった後も、長く拍手が続いていた。
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県民へのアピール文が読み上げられた。最後の一部を抜粋する。「人類と核は共存できません。経済優先の社会から、いのちが大事にされる社会へ!」戦争を進める国ではなく、人としての尊厳が守られる国へ。私たちのさまざまな思いをつなぎ合い、あらゆる知恵を出し合い、一人ひとりが動き出しましょう。この春から、さらに大きな取り組みへと発展させましょう。」大きな拍手が鳴り響いた。

このあと、パレード開始。

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「すべての原発ただちに廃炉!」「原発ゼロの日本をつくろう!」「原発推進政府は要らない!」

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2016年3月11日 (金)

あれから5年

東日本大震災から5年経つ。犠牲者数が21865人、プレハブ住宅の入居者が57677人、避難者数が174000人。数字ではなく、その一人一人に人生があり、命があり、家族があり、職場があり、地域があったはずだ。巨大地震と津波はそれをことごとく奪った。さらに原発が、取り戻すことができないような根源的な害を与えた。被害者たちは「ゼロからの出発」ではなく、まず「ゼロへの出発」をせざるを得なくなった。天災は人間の手でどうすることもできないが、原発は人間の手で止めることができたはずだ。震災前まで、原発運転に関知しなかった自分が腹立たしいし、心苦しい。

今日は終日仕事があり、その帰りに奈良で下車する。「脱原発奈良でも行動」に参加する。私はあまり行けていないが、今日で183回目になるという。継続こそ、世論を動かす力となるであろう。

集会の後、関電までコールしながらパレード。

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関電前でシュプレヒコールを上げる。「原発要らない!」「再稼働反対!」「命を守れ!」・・・・。関電のお偉方に少しでも思いが届いて欲しいが、彼らは再稼働のことしか頭に無い。
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また奈良駅までパレード。子どもを抱っこして参加されていた。この子どもたちのために、原発は根絶しなくてはいけない。
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まとめの集会。何人かアピールをされた後に、みんなで「脱原発ソング」を歌う。「カタツムリ」の替え歌である。「原・原・原発 原発よ おまえは危険が多すぎる 今こそなくそう この世から・・・・・」
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今日の集会参加者は、33人と報告された。

3月9日(水)には、久しぶりに朗報があった。大津地裁が、高浜原発の運転を禁止する仮処分を下した。運転中の原発に対して禁止を命ずる判決は、史上初めてで画期的なものである。司法は捨てたものではないと、嬉しくてたまらなかった。政権側は裁判長を更迭して必死で覆そうとするであろうが、司法の世界もようやく日本国憲法に根ざした、「人格権」「人間の尊厳」を最優先して判断するようになったのだろう。そうしなければ、日本滅亡という事態になりかねないのだから。

解散後、奈良駅近くの酒屋専門店に寄る。
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復興を願い、福島県会津若松の酒を買い求める。

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2016年3月 7日 (月)

畑に

仏谷の磨崖仏を拝んで、陶芸に行く。

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家は数件しかなく、人はめったに通らない。紅梅や藪ツバキなどが、ひっそりと咲いている。
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陶芸させて頂いているこの家には、大きな柿の木がある。
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椿や沈丁花が満開。遠くから香りが漂ってくる。
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しばらく陶芸に没頭する。皿や湯飲みなど、ワンパターンになっている。
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畑作業する。ジャガイモとアスパラガスを植える。手入れをあまりしないので、どうなるかわからない。
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ターサイに花芽がつきだしたので、急いで収穫。水菜が一番できが良かった。
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蕗の薹が増えていた。持ち帰り、蕗の薹味噌を作る。少し苦みがあり、大好物だ。熱々のご飯に載せて食べると、おかずは要らない。
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お陰さまで、平穏な一日を過ごす。

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2016年3月 6日 (日)

加茂船屋雛まつり

昼には奈良の西九条で、我が町の丁目の親睦会があり、妻と共に参加する。カニのコースを楽しませて頂いた。この町に住むようになり、30年以上時が過ぎ、皆さん60代70代となり、悠々自適の生活をされているようだ。本の出版をされた方もいる。昼間から、ビール2本焼酎3杯飲んでしまった。アル中なので、もう止まらなくなるので要注意!

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酔いさましを兼ねて、加茂船屋のひな祭りを見に行く。船屋は、江戸時代に木津川の舟運の基地として開け、また伊賀街道の宿場町であった。加茂駅から延びる商店街として今もあるが、郊外の大型店にお客を取られて寂れたところになっている。いつも閑散としている。

商店の活性化を願いつつ、船屋雛まつりが毎年開かれている。日曜日の3時を過ぎていたので、人通りは少ない。

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昔、酒蔵があったようだ。確かに水は美味しい。この周辺には、明治期の建物が多く残っている。

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陶芸教室の知人たちが、作品を展示されていた。皆さん、お上手だ。
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船屋の通りは、加茂駅から木津川周辺まで続き、昭和の初めのころには、100を越える店が並んで賑わっていたという。
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加茂駅近くで、かも鉄道歴史展も開かれていた。紙の硬切符をいただいた。
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妻の粘土の先生が作られた作品が、展示してあった。さすが、プロ級である。
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船屋を後にして、歩いて家に帰る。関西線の線路脇に、貴婦人と称されたCD57機関車が展示されている。1937年頃から、関西線を雄々しく走っていたという。

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二本松のお地蔵さまにお参りする。

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二本松の丘に登る。大阪行きの関西線の電車が走っていて、すぐ見えなくなった。
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まだアルコールが抜け切れていない。抜けないうちに、また飲むとするか。






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2016年3月 5日 (土)

十津川村(その2)

十津川村の二日目である。早朝に、民宿の掛け流しの湯に入った。

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バス停の横に、温泉スタンドがある。10ℓ100円。56度の源泉。
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八木新宮特急バスに乗る。途中から乗客は無人。奈良県で一番古い十津川高校を過ぎる。
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十津川村役場前で下車する。湯泉地(とうせんじ)温泉に行く。十津川村では最も古い温泉である。
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大森の郷まで、村道を上っていく。渓流の音が、歩くリズムを取ってくれる。
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2キロほど歩くと、大森の郷に着く。桃源郷のようなのどかな山村であった。
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この地蔵仏は、なぜか手を頭のほうに載せている。何かヘマでもして照れているような、微笑ましい表情だ。こんな人間的な地蔵が好きだ。
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武蔵小学校跡に、十津川村教育資料館がある。昔懐かしい、木造の建物だ。

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楠正勝の墓(正成の孫で、金剛山落城ののちに十津川に来て兵を募るが、この地で亡くなったという)と、佐久間信盛(織田信長の重臣で、大阪石山本願寺攻めで活躍したという)の墓がある。
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お墓近くの畑には、梅が満開。
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大森の郷を後にする。

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村道を下っていく。渓流を眺めながら。
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湯泉地まで下りると、古ぼけた野猿があった。
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湯泉地温泉の「泉湯」に入る。湯泉地温泉は、十津川で最も古い温泉で、560余年の歴史を秘める。ここも、運良く貸し切りの状態。
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ほてった身体を冷やしに、十津川のそばまで行く。しばらく石拾い。
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道の駅「十津川郷」に行き、土産を買う。ふきのとうや豆腐、コンニャクや茸など、つい買いすぎてしまった。昼は、目はり寿司をたべる。
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「滝の湯」に行く途中、八幡神社に寄る。
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ここも貸し切り状態。風呂から出た後も、なかなか身体が冷めない。
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「津田フキ」(の9歳の像)は、川村たかし著「新十津川物語」の主人公である。北海道の新十津川には、17歳のフキの像があり、故郷の十津川を向いている。
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八木新宮特急バスに乗り、十津川を後にする。
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大水害の痛々しい爪痕が、随所に残っている。復旧に余念が無い。
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風屋ダム近くの十津川の水は、エメラルドグリーン。
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谷瀬の吊り橋で、田楽を食べる。吊り橋を渡るチャレンジ精神を持ち合わせていない。
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途中、車窓から遺跡を眺めながら、車中を楽しむ。
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廃線橋
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五條市賀名生梅林を、車窓から眺める。
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吉野川を渡り、五條市の新川通りを過ぎる。
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五條市駅前
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近鉄大和八木まで、バスは進む。

4時間あまりのバス旅(高速道路を使わない路線バスでは、日本一長い走行距離を持つ)は、貴重な体験だった。無料とはいえ、次に乗るかと言えば、疑問符。

カーブが多くて、すっかり酔ってしまった。車中で酒を飲みすぎたのかも知れないけれど・・・。



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2016年3月 4日 (金)

十津川村(その1)

十津川村が二つのキャンペーンを行っている。ひとつは、「ココロとカラダを癒やす旅ー路線バス運賃キャッシュバックキャンペーン」である。十津川温泉に泊まれば、往復の運賃(大和八木~十津川温泉 6400円)が無料になる。もうひとつは、「温泉療養効果体験キャンペーン」である。十津川温泉に泊まれば、公衆浴場がすべて無料になる。

これを知った十津川警部は、さっそく十津川へと出かけていった。西村京太郎氏の推理小説の主人公の名は、十津川村に発するという。

奈良交通八木新宮特急バスは、全長167kmで高速道路を使わない路線では、日本一の走行距離を誇る路線バスである。大和八木を9時15分に出発。おばちゃん連中のひっきりなしの会話がうるさいが、周りの風景に目を奪われあまり気にならない。葛城山、金剛山を眺め、五条を過ぎ、168号線をひたすら走る。

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猿谷ダム、大塔村の水車小屋を過ぎる。
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谷瀬の吊り橋で、25分くらい休憩がある。長さ297.7m、高さ54mの日本有数の長い架け橋ある。正直に言うと、高所恐怖症の私は渡ることができなかった。
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168号線をただただ走る。風屋ダムを過ぎる。

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ようやく十津川温泉に到着。13時40分なので、4時間あまりバスに乗っていたことになる。
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二津野ダム湖畔に民宿がある。さっそく一風呂浴びる。もちろん貸し切り状態。
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熊野古道の小辺路の一部を歩く。小辺路は高野山から熊野本宮大社に至る全長72kmの巡礼道である。果無集落まで歩く。石畳の急坂を登る。

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約1時間登ると、小辺路沿いにとても長閑で小さな集落がある。この果無集落は、「にほんの里100選」に選ばれている。高峰を望む山の中腹に、数軒の家、天水田や畑がある。果無の山脈を見下ろすこの地は、「天空の郷」と呼ばれている。ちょうど梅が見頃であった。
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眼下遙か下には、十津川が流れる。
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果無集落からさらに、果無峠(1114m)までは約4キロある。小辺路を歩きたかったが、今回は軽装備なので無理。林道を下る。

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めん滝で、しばし休憩。
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十津川まで下っていく。川縁に首無し地蔵がおられた。
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柳本橋を渡る。長さ90m、高さ10mの吊り橋である。このくらいの高さだったら、高所恐怖症の私でも渡れる。
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昴の郷の「星の湯」は、貸し切り状態。つい長らく温泉につかってしまった。泉質は、ナトリウム炭酸水素塩泉で、源泉温度は70度ある。もちろん掛け流しである。
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野猿という、人力ロープウエイがあった。
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「庵の湯」に入る。この木札があれば、何度でも入れる。

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民宿の夕食では、鮎の塩焼きが美味しかった。
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(つづく)

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