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2016年10月

2016年10月30日 (日)

小さな小さな秋まつり

浄瑠璃寺近くの瑠璃の里で、「小さな小さな秋まつり」が行われた。主催は、Cafe瑠璃とイラストレーターKさんと、その仲間たちである。

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蔭山先生に師事するY氏と小生は、自作の陶芸作品を出展して、バザーをした。粘土代にもならない安さである。Y氏のは本格的な作品だが、小生のはまだ発展途上で、ただでもらってもらえるくらいで良いくらいである。

半分くらい無くなり、まずまずである。このイベントに声を掛けて戴いた、Kさんが買ってくださった。これが、一番嬉しかった。

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Cafe瑠璃の美味しいコーヒーやピザ、手作りパン、地元野菜など、さまざまな物が売られている。どれも安い価格である。

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餅入りぜんざいや、コンニャクの田楽はとても美味しかった。
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地元の落花生を塩茹でしたのは、メチャメチャ美味しかった。
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野外コンサートが始まった。

ジャズを主に演奏されるこのグループは、玄人はだしであった。リーダーのドラムの方は、70を越えておられるがリズム感もよく、心地良く聴き入ってしまった。60を越えてからドラムを始められたそうで、すごいというしかない。

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地元の方たちによる、マリンバの演奏。童謡の演奏はやさしく響き、聴衆は自然と口ずさんでいた。

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ソロのギター演奏。後で、ボーカルが加わった。昔のフォークはやはり懐かしい。ボーカルの女性の声は、とても清々しく美しかった。

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チェロの演奏があった。小生も、何か楽器を習いたくなった。

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奈良の女性たちによる、オカリナの演奏。オカリナの郷愁を誘う音色は、大好きだ。

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トリは、イラストレーターKさんたちのメンバーによる演奏と歌。Kさんは音楽が大好きで、すてきなCDも作られている。ギターやマンドリン、エレクトーンなど、各人の演奏技術も卓越している。60歳を遙かに超えた自分たちのことをアンティーク・・・と謙遜されるが、演奏する姿は実に楽しく溌剌(はつらつ)としている。

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最後にCafe瑠璃のマスターが挨拶をされた。この「小さな小さな秋まつり」が盛況に終わったことを、深く感謝されていた。
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心豊かな一日だった。







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2016年10月29日 (土)

玉置山

翌日は快晴だった。周辺の緑や湖面がくっきりと美しい。

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玉置山の山頂近くまで、世界遺産玉置山コースのバスに乗る。十津川が遙か下に蛇行する姿が見える。

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吉野山から熊野本宮までの修行の道を、大峯奥駆道という。山上ヶ丈、弥山、釈迦ヶ岳などの2000mちかいや間山の尾根を沿うように続いている。修験道の根本道場と言われ、紀伊山地の中で最も深い山道である。

この玉置山は、熊野本宮から数えて10番目の行場である。

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木々が色づき始めている。
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海底火山の爆発により、枕状に溶岩が堆積している。何億年前には、この1000m辺りの山も海だったのだろう。
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杉林の中を歩く。杉の巨樹が聳えている。

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この大杉は名前が付いていないが、幹周10.5m、樹高約40mで、県下随一の高さである。
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玉置神社は、山頂近くの標高1000m付近に鎮座する。役行者や弘法大師も修行に立ち寄ったとされる。熊野三山の奥の宮とも言われている。
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左の石塔は、和泉式部の参詣記念として建てられたという。
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社務所は、国指定有形重要文化財である。
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境内には杉の巨樹群がある。

夫婦杉は、根元より二つに分かれている。幹周9mの巨樹。

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神代杉は、幹周8.5m、樹高20m、樹齢約3000年の巨樹である。見るものを圧倒する大迫力である。
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磐余杉は、幹周7m、樹高30mの巨樹である。

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高山植物が目に優しい。大きな蛙の出現にはビックリした。
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約20分かけて、玉置山に上る。
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玉置山山頂(1076m)からは、紀和の連山が一望に見渡せる。
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玉置神社まで下る。
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常立(とこたち)杉は、幹周8.6m、樹高25mの巨樹である。
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バスに乗り、また十津川温泉まで戻る。

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十津川温泉の「庵の湯」に入りたかったが、バスの時間が迫り残念。
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車中では、新宮のサンマ寿司をいただきながら、焼酎で一杯。これが旅の醍醐味。
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土産は十津川の名産、ブナシメジや山芋。
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大和八木に着き、大和名物「だんご庄」の団子を土産に買い求める。奥さんのご機嫌を取らなくては・・・。
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2016年10月28日 (金)

十津川村

十津川村の温泉に泊まれば、路線バスが往復(6800円)無料となるキャンペーンを利用して、心身再生の旅(チラシの文句)に出る。

この路線バスは、大和八木から新宮まで全長167kmの日本一長い。

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葛城山を車窓から眺める。御所市の風の森バス停を過ぎる。背景に見えるのが、金剛山。

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大和五條の町並みを過ぎる。1607年の棟札がある日本最古の民家だそうだ。江戸時代の情緒漂う、五條新町が見える。また歩きに来よう。

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五新鉄道(大和五條と新宮を結ぶ)は夢と化し、橋桁やトンネルだけが残っている。
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西吉野村は、柿の生産では日本一である。国道168号線の道路脇には柿を売る店が多くある。

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大塔村の郷土館を過ぎる。
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十津川は、1000m急の山脈の間を縫うように流れ、その傍らの国道をバスが走る。色づいている木々もある。

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2011年に台風12号による豪雨で、十津川沿岸では多くの家が全壊し、死者も出て、甚大な被害を受けた。爪痕が残り、今でも復旧工事が続けられている。

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風屋ダムを過ぎる。

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上野地バス停で20分の休憩がある。対岸の谷瀬まで、鉄線の吊り橋が架かる。長さ297m、高さ54mの日本有数の吊り橋である。高所恐怖症の小生は10mほど挑戦したが、恐くてやむなく断念した。

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十津川温泉に到着。大和八木から約4時間あまりであるが、車窓の風景を楽しみ読書もできて、そんなに長いとは思わなかった。
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民宿に荷物を置いて、二津野ダム湖畔を歩く。

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熊野古道の小辺路を歩く。高野山と熊野本宮大社を結ぶ山岳ルートが、小辺路(こへち)である。果無峠、三浦峠、伯母子峠の三つの、1000mを越える峠を越えなければならない。いつかは踏破に挑戦してみたい。

果無(はてなし)峠の中腹に位置する、果無集落まで歩く。急な石畳の道である。石仏のおられるところで、しばし休憩する。小雨が降り、傘を差しての登りは少しきつかった。

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果無集落に着く。にほんの里100選に選ばれている、のどかな山里である。小雨により霧がかかって、周辺の山脈は全く見えなかった。
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集落を過ぎ、さらに山道を上っていく。果無峠(標高1114m)までは、さらに3キロくらい上らなければならない。

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小辺路を下る。霧が少し途切れて、眼下の景色が微かに見えてくる。
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十津川べりまで下りる。首無し地蔵が迎えてくださる。釣り橋を渡る。高さは10mくらいなので、これだったら渡れる。
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昴の郷に着く。温泉スタンドや野猿もある。
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二津野ダム湖畔の宿に行く。

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内湯は、源泉掛け流しの湯である。ナトリウム炭酸水素温泉70度の湯で、檜作りの風呂である。
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夕食は、鮎やコンニャク、ゴマ豆腐、鍋、釜飯など、とても美味しかった。
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部屋に帰った後も、つい飲んでしまった。















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2016年10月24日 (月)

上野天神祭

400年以上の伝統を持つ、上野天神祭が行われた。明日が本祭で、今日は足揃の儀、宵山である。上野天神宮の周辺には、東町、魚町、中町などから9基のだんじりが集まりつつある。町衆の顔は、実に晴れ晴れとしている。祭を真に楽しんでいるようだ。

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福居町のだんじり

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子どもたちも大活躍である。

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鍛冶町のだんじり

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まさに豪華絢爛なだんじりである。飾りの彫刻、引幕や前幕などは見応えがあり、優雅なお囃子もすばらしい。
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鬼行列が始まった。百数十体の鬼が現れる。

大御幣は約五mあり、五大力明王を表すという。そのあと、悪鬼(あっき)が登場。悪疫退散の役目であるという。

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小さい子どもたちも参加。
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鬼の面を取ると、・・・。
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赤鬼、青鬼、いろんな鬼がいる。幼い子どもたちは恐がり、泣き声がずっとしている。
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役行者

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かなり迫力があり、小生も恐くなるくらいである。そして、ひょろつき鬼の登場。釣り鐘などを負って、前後左右にひょろつく鬼は、面白いけれど、やはり恐くなる。

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最後は、鎮西八郎為朝。
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国指定重要無形文化財であるが、ユネスコの無形文化遺産に登録されても十分ふさわしい価値があると思った。

なお、本祭は雨で中止となった。


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伊賀

上野天神祭を見に、車で伊賀上野に行く。茶畑を見ながら和束を通り過ぎる。途中、野菜市で平茸を買い求める。

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信楽を通る。狸が迎えてくれる。

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丸柱に行く。ここが伊賀焼きの中心地である。伊賀焼き伝統産業会館は、今日は休館だった。庭には、穴窯がある。徳王寺まで散策する。
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車を走らせていると、おもしろい案山子があった。できは、まずまず?!
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道の駅阿山に寄る。早くも地酒(1升瓶)を買い求める。Rimg_4026_r
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陽夫多(やぶた)神社に寄る。願之山行事は、掛けられた願の数だけ繰り返し踊るという。地域に根付いたお宮である。
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伊賀上野に着く。麹屋さん、和菓子屋さん、銭湯など、昔懐かしいところが多くある。
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上野天神宮にお参りする。だんじりが置かれて、地元の人たちが記念撮影。
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お宮さんの後ろには、お化け屋敷も出ていた。
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上野らしく、忍者の親子が出没している。
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いよいよ天神祭が始まる。



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2016年10月23日 (日)

大阪機動隊員の暴言を許さない!

午前中はバレー、午後から陶芸と畑。シシトウやニラなどを収穫した。

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作業が終わり、関西線で奈良へ行く。加茂駅を出ると、すぐSLの姿が見える。

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奈良駅前で、4時より「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」で抗議行動をした。

大阪府警機動隊員の暴言、それを擁護する松井知事、工事を強行する日本政府、そのすべてに抗議する街宣・ビラ配・スタンディング行動である。

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ヘリパッド反対の芥川賞作家目取真俊さんに、大阪の機動隊員が「触るな、どこつかんどるんじゃ、ボケ、土人が」と暴言を吐いた。また、別の機動隊員は「シナ」とも言った。本土の人間の、沖縄の人たちに対する差別意識の表れであり、絶対に看過できない。彼らは沖縄の歴史を習っていないのだろう。沖縄戦で4人に1人亡くなり、その後米軍に占領され、さらに米軍基地に今もなお苦しめられている。

沖縄の人たちがどんな思いで、新たな基地建設に反対しているかということを、彼らには想像できないのだろう。今の政府の体質の表れである。
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ビラの受け取りは、今日はわりと良かった。沖縄のことに、少しでも関心を持って欲しい。自己の問題であると考えて欲しい。
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夕焼けがとても美しかった。

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2016年10月22日 (土)

わらべ地蔵

時代祭が終わり、歩いて南下する。キンシ正宗記念館を過ぎる。いっぱい飲りたいところだが、我慢する。

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六角堂にお参りする。ここで、わらべ地蔵を見つけた。立ったり横になったり、自在に修行しておられる。島田のわらべ地蔵のことを思い出した。島田のほうが、もっと自然で、浄土に近い。
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京町屋が随所にある。これを見るのも、歩きの楽しみだ。
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まるき製パン所は、我夢土下座の進藤氏のお奨めのパン屋である。ハムロールやサラダロールなどを買い求める。店の前で、思わず一つすぐに食べてしまった。庶民の懐かしい味がする。
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西本願寺にお参りする。二十五代専如門主伝灯奉告法要が行われている。樹齢約400年のイチョウがみごとだ。

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西と東の本願寺の間に、知る人ぞ知る京のパン屋がある。その名は、Boulangerie Rauk(ブーランジェリ ルーク)である。井戸水を利用して、フランス製の窯で焼き上げる。豆乳食パンやフランスパンなどがお奨め。
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京の秋を満喫した一日だった。

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時代祭

時代祭は1895年に始まり、戦争などで10回中止となったが、今年は112回目。それぞれの時代装束をまとった約2000人の人々が、時代絵巻を繰り広げた。

初めは京都新聞社の前で見ていたが、場所を変えて、烏丸丸太町で長らく観覧する。

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行列の順序は、明治維新から順次古い時代に遡る。維新志士列が終わり、江戸時代に入る。どうしても美しい装束をまとう女性たちに目が向かってしまう。

和宮

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吉野太夫
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出雲の阿国
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安土桃山時代
牛車
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織田信長

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室町時代

足利将軍

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室町洛中風俗列
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吉野時代

楠木正成

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淀君

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静御前
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鎌倉時代

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藤原時代

巴御前
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清少納言と紫式部のライバルが、同じ車に乗られていた。

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紀貫之の女

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小野小町

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和気広虫と童子童女

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丸太町通りを少し歩いて、御所前で観覧する。
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暴れ馬に手こずっておられた。
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大原女は、頭上に花や野菜などを載せる。

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建礼門前のお家では、窓枠を取り外して観覧されていた。

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公家や武士の装束や武具、艶やかな女性の衣装が、時代の流れとともに変化していく。行列は約2キロにも及び、約2時間観覧したが、ただただ感嘆するばかりだった。








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お茶屋まち

京都駅から五条へと歩く。高瀬川沿いを歩くのは心地良い。

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高瀬川と鴨川との間に、数年前まで遊郭があつたそうだ。五条楽園と通称されていた。京都新聞にこの町のことが紹介されていた。その建物を利用して、今では新しいCAFEとか料理屋ができている。この界隈をしばらく歩く。遊郭の雰囲気をいくらか留めている。

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壁にこのような絵が描かれていた。なんて粋な住人だろう。
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五条大橋を渡る。比叡山がよく見える。
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宮川町を歩く。茶屋街であるが、祇園に比べて観光客が少ない。
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宮川町歌舞練場
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恵比須神社に寄ると、時代祭に出場される平安講の方たちが、記念写真を撮られていた。

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バスまで歩かれていた。シャッターチャンスだ!織田信長一行であるということだ。その人物になりきっておられる。

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建仁寺にお参りする。金木犀の香りが漂っていた。Rimg_3674_r
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祇園歌舞練場

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祇園界隈は、観光客が多くなる。

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白川の両側には茶屋が建ち並ぶ。「かにかくに 祇園はこひし 寝るときも 枕の下を 水の流るる」吉井勇
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四条河原町の高島屋に行き、京都新聞チャリティー美術作品展に行く。ほぼ毎年来ているが、著名人の絵画や陶芸作品などを入札する。小生は最低金額でしか求めないが、過去に何回か入札できた。このお金は障害者の福祉向上に使われる。

一時間くらい見てしまった。陶芸作品には大いに刺激を受けた。また、絵画や書も好きなので、ゆっくりと楽しませて戴いた。
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三条を過ぎ、姉小路通麩屋町角に平野とうふ屋がある。魯山人がこの店の豆腐を好きだったという。欲しかった湯葉は無くて残念だった。

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時代祭を見に行く。

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2016年10月21日 (金)

胡桃・銀杏など

鹿背山の麓にある観音寺という地に、バレーの知人がいてお米をたくさん作られている。新米をいただきに行く。もう殆ど稲刈りが終わっている。

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コスモスが咲き、その横には、脱穀した後できた、籾殻の山が聳える。
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倉庫には、数多の米俵が置かれていた。200俵以上作られているということだ。1俵(30kg)で、7000円の安さである。3俵分けていただく。本当にありがたいことである。
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小豆も作られている。農協に出荷する。
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胡桃の木を見つけたので、農地の所有者の許可を得て、収穫させていただく。大麦も作られていて、それでパンを焼き、そこに胡桃を入れるそうだ。なんと贅沢なことであろう。

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昼からは、陶芸修行。
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大公孫樹があり、銀杏が落ち始めた。実は独特な臭みがあるが、酒の肴にする為だったら苦にはならない。
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熟し柿がたくさんなっているが、取り手が無いのでそのままである。渋柿の熟したのは、実に美味しい。
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スダチをいただく。焼酎のお湯割りに入れたら、もう最高だ。
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韓国ゴマの実がなり始めた。
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ナスはもう終わりに近い。
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2016年10月16日 (日)

2016ピースナインコンサート

栗東文化芸術会館さきら中ホールで、2016ピースナインコンサートが開かれた。副題は、「平和の暦2-笠木透の心をうたう-」である。

栗東文化芸術会館は、栗東駅から約5分の至便なところにある。近代的なスケールが大きい建物である。

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ロビーでは、笠木透や雑花塾のメンバーたちのCDやピースハートが売られていた。売っている人の一人は、顔なじみの知人だった。

まだ持っていないCDがあったので、購入する。安川誠作品集「この小さな星で」、姫路うた作り実行委員会「音を響かせ」の2枚である。他は、全て持っていると思う。
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オープニングは、雑花塾の演奏で、平和の暦合唱団が高らかに「平和の暦」を歌った。作詞笠木透、作曲尾崎ツトムの、平和をテーマとしたフォークの名曲であると自信を持って言える。

「平和の暦」は、コンサートの最後にももう一度歌われた。岡山の尾崎さんがこの場所におられないのが、とても残念で寂しかった。

最前で大きな声で歌っている人は、今回声を掛けて戴いた西田さんである。表情が明るく、嬉しくてたまらないようだ。

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主催者挨拶は、コンサート実行委員会代表の弁護士、玉木昌美さんである。熱のこもった正義感あふれるスピーチだった。

「日本はどんなことがあっても戦争はしないという9条の立場を貫き、軍事力によらない外交その他で最善を尽くすべきです。平和国家のブランドを維持して、丸腰で紛争当事国に分け入って仲裁に入り、国際平和に貢献していく必要があります。」
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最初のステージは、森みちさんの歌である。1965年以来、うたごえ合唱団で長らく活躍されてきた人であるそうだ。森さんの歌は初めてお聴きするのだが、声量豊かで音域も広く、ソプラノの声が柔らかくて、たまらなく優しく響いてきた。

お歳は分からないが、年齢が上がるにつれ声量は狭くなるという常識は、的外れであるのだなとつくづく思った。森さんは、日々厳しく鍛錬されているのだろう。

笠木透さんの「私の島」「あの日の授業」を歌われた。「あの日の授業」は、先生役の方の迫力ある語りもあり、平和憲法の価値を心底認識することができた。「ケサラ」は、森さんのソプラノが心地良くリードしてくださり、観客も一緒に歌った。
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次のステージは、コント・パフォーマンスの松元ヒロさんである。松元さんは政治ネタが殆どで、右寄りの人たちがカチンとくるようなことをズバリと言われる。しかもそれが正鵠を射ているのだから、どうにもならない。爆笑したり拍手したりで、息継ぐまもなくその話術の世界に引きずり込まれてしまう。

今回松元さんは、辺野古で座り込みをされている島袋文子おばあの生きざまを語ってくださった。沖縄戦で地獄の苦しみを経て、戦争につながるものはいっさい許さない、おばあの生き方に、松元さんは深く共鳴されて熱く伝えられていた。

辺野古で文子おばあに小生は握手して貰ったことがあるが、いつもは優しい眼をされている。血の水を飲んで生き延びたすごさや、戦争のむごたらしさへの怒りは、理不尽な権力に対して向かうときにほとばしる。今、高江のヘリパッド基地に反対し、座り込みに参加されている。

永六輔さんの思い出話も興味が尽きなかった。舞台の袖で永さんは見ておられ、おもしろくなかったら、すぐに大きな声が飛んできたということだ。また、永さんの声は天皇の声とよく似ていることも、天皇に敬称を使わないということも、その他永さんに関するさまざまなエピソードをおもしろおかしく語られた。

あっという間に、持ち時間が終わった。

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いよいよ雑花塾の登場。雑花塾は全国に10数名メンバーがいるが、今回は三人。「海に向かって」から始まり、次に早くも「私に人生と言えるものがあるなら」、「私の子どもたちへ」が続いた。その後、「ゆすらの赤い実」の歌の前に、山本忠生さんが悲惨な戦争体験を語ってくださった。ノーモア戦争の思いが、自然とわき起こっていた。山本さんのアコーディオン演奏は、いつ聴いてもその世界にいつのまにか入ってしまう。自然体が、実にすばらしい。彼こそ、民衆の立場に立つ演奏家であると思う。

「揖斐川」は鈴木幹夫さんが、「軟弱者」は増田康記さんが熱唱された。そして、「ペンペン草」。戦争を許さない、民衆の思いが詰まっている。

三者三様で、一人でも十分存在感がある、すばらしいシンガーソングライターである。三人の個性が集まり、魅力が数段増しているように思えた。

こういう言い方はよくないのであろうが、やはりここに笠木透さんがいないことの空白感を、小生はどうしようもなく抱えていた。あの太いだみ声で、マイクからはみ出すような声で歌う、笠木さんがいないことがもうやりきれなかった。

しかし、笠木さんにいつまでもおんぶして貰っていてはいけないのだろう。笠木さんの亡き後、雑花塾は雑花塾として、新たなフォークを作っていかれている。笠木透さんの心を継承しながら・・・。

応援していきたいと思った。
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森みちさんを交えて、「水に流すな」を歌われた。Rimg_3545_r
平和の暦合唱団も加わり、出演者全員で、もう一度「平和の暦」を、観客も交えて歌った。ホールには、9条を絶対に守る続けるという平和への思いが充満していた。
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最後に、笠木透さんの「君が明日に生きる子どもなら」を全員で歌った。
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3時間が瞬く間に過ぎた。
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9条を守るという決意を、秋空に向かって固めた。

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観音の里

午後から栗東市でピースナインコンサートがある。早朝家を出て、湖北の観音の里高月を訪ねる。高月の「つき」は、欅の古名である。欅の大樹が随所にある。

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この高月周辺で、観音の里ふるさと祭が行われる。巡行バスが高月駅前に発着して混雑している。観音さまをめぐるスタンプラリーもある。

渡岸寺観音堂を訪ねる。まだ朝早く、祭の準備に追われていた。

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渡岸寺の十一面観音立像(国宝)は、その前に思わずひざまずいてしまうほど崇高的な美がある。肉付き豊かで官能的で、美の極致といっていい。もちろん信仰の対象であるが、正直、そう感じた。下は、ポスター写真である。

このような観音さんが、この高月町内の21の集落に、26体おられる。その多くは小さな堂に安置され、里の人々が一生懸命守り続けてきた。
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境内のお地蔵さんは、人間的な表情をされている。
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周辺にはコスモス畑が広がっている。
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柏原にある欅とイチョウの大樹。
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柏原阿弥陀堂にお参りする。
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本尊は、薬師如来立像である。下は、ポスター写真である。
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雨森の里へと歩く。高時川の脇には、二月堂のお水取りに使う松明の奉納竹の林があった。
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天川命神社には、イチョウの大木がある。幹周5.7m、幹高32m、樹齢約300年ということだ。
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雨森芳洲を訪ねる。雨森氏は、江戸中期にこの地に生まれ、中国語韓国語の3カ国語に通じて、国際人として活躍した。日韓の友好関係の架け橋を渡した先駆者である。
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里の中を水路がめぐり、水車が回っている。
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己高山観音寺にお参りする。一本の木が紅葉していた。
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ここは写真撮影が許されていたので、撮影をさせて頂く。
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本尊は、千手観音像である。脇手の一対を高く掲げ、組み合わされた両手の上に小座仏を戴く。
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毘沙門像
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雨森の里は、実にのどかで美しい。水路には、手作りの小さい水車が回っている。
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高月えきまで戻り、栗東駅まで行く。途中、伊吹山がくっきりとよく見えた。
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これから、ピースナインコンサート。

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2016年10月15日 (土)

手づくり市とコンサート

手づくり市と、ちょっとほっこりコンサートが、当尾の郷会館(旧当尾小学校)で開かれた。妻の属する手芸作品のグループから声がかかり、小生も出品することになった。当日は約40分、秋の風景を楽しみながら歩いて行く。ちょうど稲刈りをしていた。

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当尾の坂を上ると、地蔵と不動の石仏がいらっしゃる。
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公民館を過ぎて、当尾の郷会館に到着。数年前にこの小学校は統廃合された。以前は木造であったが、新しく建て替えて10年くらい経ち、子どもの数が少ないということで廃校となった。

後者の前に置かれているのが、松右衛門の柿で、2001年の台風により倒木した。
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小生の拙い陶芸作品も出品した。まだ修行中の身の上であり、貰ってもらうくらいで良いのであるが、一応値段は設定した。まずまずの反応であった。

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他にも、手芸や紙紐作品、手作り服などが出品されていた。値段の設定の安いものがよく売れていたようだ。
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一番人気は、当地の野菜。あっという間に売れた。
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生姜やコンニャクを買い求めた。
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校庭では、公民館講座の「燻製」教室が行われていた。講師は、小生の元同僚で、たいへんお世話になった先輩である。彼はいなか暮らしをしていて、何でも自分で手つくりしながら生活している。イカやチーズ、枝豆まで燻製にしていた。
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いよいよコンサートが始まった。フルートアンサンブル「和楽」というアマチュアのグループである。フルートや篠笛の演奏、そして歌が、美しく流れていった。山に囲まれた施設だけに、居心地が良い。その上、このようなステキな音楽が聴けるだけで、もううっとりと極楽にいるような気がしてしまう。

「カッチーニのアベマリア」「いのちの歌」「見上げてごらん夜の星を」の演奏や歌があった。また、「もみじ」「ふるさと」を全員で歌った。ちょっとほっこりどころか、たいへんほっこりしてしまった。

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こころのゆったりとする一日だった。

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2016年10月14日 (金)

紅葉まだ早し

陶芸小屋から浄瑠璃寺まで歩く。柿の木が多く植わっている。秋の陽を浴びて、阿弥陀や十一面観音の石仏がおられる。

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当尾の府道近くには、無人の販売所があり、季節のものがつり下がっている。フォックスフェイス、唐辛子、花なすび、ナタマメなど、少し変わったものも置かれている。

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浄瑠璃寺前の店には、銀杏が置かれていた。
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茶店の前に咲く、しゅうめい菊。花の優美な感じに見とれてしまう。
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あしびの店に立ち寄る。ホトトギスの花が咲き誇っていた。熱情を花に託したような感じである。
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浄瑠璃寺にお参りする。コスモス、ススキ、しゅうめい菊などの花が咲いていた。

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ここは紅葉の写真を撮る場所であるが、まだ紅葉の兆しは無い。
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三重塔したの木が、少し色づき始めていた。
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カフェ瑠璃で珈琲をいただく。歩いた後だけに一層コーヒーが美味しい。10月30日(日)の「小さな祭り」の件で、打ち合わせをする。

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陶芸小屋まで歩く。大門の石仏群には、さまざまな仏さんがいらっしゃる。いつものことではあるが、しばらくお話をさせて頂く。秋空が美しい。

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しばらく陶芸に集中する。忘我の境地にはまだなれないけど・・・。
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自然の恵みをいただく。
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仕事休みの日は、一日の経つのが早い。








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2016年10月13日 (木)

「校庭に東風(こち)吹いて」

職場の同僚が小生の作った壺に、庭の季節の花を使って、生け花をしてくれた。池坊で修行しているということだ。

しゅうめい菊、ハナミズキ、とぐさを生ける。

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セイタカアワダチソウを生ける。
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職場の近くには、このような店がある。まさに「時遊人」でありたいのだが、なかなか小生には困難である。
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帰宅途中に、祝園(ほおその)駅で下車する。精華町のHさんに誘われていて、映画の試写会に参加する。

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「校庭に東風吹けば」という映画は、南山城村在住の元小学校教師、芝垣文子さんが書かれた小説をもとにして、今年映画化された。沢口靖子さんが9年ぶりに映画出演され、主役の教師を演じられている。星由里子さんはその母親役である。

2016年春に、大阪や南山城村を舞台にして撮影が敢行された。映画の制作支援の運動が全国で展開して、大きな話題を呼んだ。
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パンフの言葉より

「声を出さず悲しみを抱える少女、貧困から問題を起こす少年、彼らと向き合う教師たちの情熱で、涙は希望に変えられるだろうか。」
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芝垣文子さんの言葉より

「学校で話せない場面緘黙(かんもく)症の子どもの悲しみ、貧しさにあえぐ子どもの悲しみ、渦巻いている子どもたちの声なき声を聴き、『いつかきっと』という心の奥の希望を掘り起こしたい。そんな待望の映画の完成が嬉しい。多くの方に見ていただき、未来への眼差しを共にしたいと願っています。」

感動が胸の奥底からジワリとわき起こる、すばらしい映画である。ぜひご覧ください。
11月27日(日)には、精華町交流ホールで2回上映される。

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2016年10月12日 (水)

播磨よくばりの旅(赤穂・相生・明石)

鉄道の日記念のJR西日本一日乗り放題切符(3000円)を使って、播磨地方へ小旅行。

姫路から赤穂へ。

花岳寺へお参りする。浅野家や47義士の墓碑がある。

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お成り道(かって殿様が通った道)を歩き、赤穂城跡に行く。
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大石邸長屋門。元禄14年3月主君刀傷の悲報をもった早籠が、この門を叩いたという。
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大石神社には、47義士が合祀されている。
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47義士石像表門隊(大石内蔵助以下23体)
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47義士石像裏門隊(大石主税以下24体)
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本丸へ行く。慶安元年(1648年)から13年かけて築かれたという。刀傷事件後に大石内蔵助たちが大評定に集まった御殿の間取りが復元されていて、興味深かった。
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天守閣からは、御殿跡や本丸庭園、赤穂の町なみがよく見える。
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相生駅で下車する。ペーロン祭で有名な町である。この相生で作っている、「うまいか」を買い求める。わざわざ途中下車して買い求めるだけの価値がある。

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明石駅で下車する。魚の棚商店街に行き、酒の肴を買い求めた。

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水揚げされたばかりでぴちぴちと躍っている海老も売られていた。700グラム1000円の安さである。
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天ぷらやタコ、鰹節などを買い求める。
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明石駅からは、城の一部が見える。
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祭見物やハイキング、名所見学や買い物など、欲張りな旅だった。すっかり疲れてしまった。

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播磨よくばりの旅(垂水・舞子・姫路)

今日は仕事がたまたま休みだった。こんな日には、旅するしかない。

鉄道の日記念のJR西日本一日乗り放題切符(3000円)を使って、播磨地方へ小旅行。

垂水駅で下車して、海神社の秋祭りを見に行く。まだ朝早いので、屋台は店の準備をされていた。

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垂水漁港では、若者によって布団太鼓が担がれ、その後そこに置かれた。計3台もあった。
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海上渡御が行われるという。今年は御座舟に御輿は載せず、御霊だけを載せるということだ。
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舞子方面へ海岸線を歩く。明石海峡大橋が次第に迫ってくる。

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舞子公園には、旧武藤山治邸や、孫文記念館がある。孫文を顕彰する日本唯一の博物館で、1915年に華僑の別荘として建てられた。八角形の建物はユニークである。

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明石海峡大橋の下を過ぎる。対岸は淡路島。
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舞子駅からまた電車に乗リ、姫路へ。信号故障でかなりダイヤが乱れ、車内で長いこと待たされた。レンタサイクルは既に全部で払っていたので、歩いて姫路城を見に行く。

昨年3月に大修理を終えたが、今もなお渡櫓の修理が行われている。白漆喰総塗り籠めの輝くように真っ白な姿に、驚嘆せざるを得なかった。白鷺城の名前の通りであった。

今回は城中に入らず、外側からだけ見学した。

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結婚の前撮りなのか、和装の男女がやって来て写真を撮っていた。
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菊花展の菊は、まだ少し早かった。
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姫路名物の饅頭を買い、土産にする。一個75円の安さで、白あんと赤あんの2種類ある。饅頭を焼く、その手つきが実に鮮やかである。
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次へ続く・・・・

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2016年10月10日 (月)

運動会

秋晴れの中、孫娘の幼稚園の運動会があっlた。もう一方のじじばばも江田島から来てくださっており、一緒に応援した。

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年長組なので、出演が多かった。エビカニ体操などを楽しくしていた。
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ソーラン節を上手に踊った。これは少し難しいような気がした。孫娘は演技を精一杯したので体力を消耗したのか、閉会式ではあくびをしていた。
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昼からは、コスモスを見に恭仁(くに)宮跡に行った。740年から4年ほど、この地に都が置かれた。その後、大極殿跡を利用して山城国分寺が造営された。七重塔であったという、その塔跡基壇が残っている。
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その周辺にコスモス畑が広がっている。

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爽やかな秋晴れを、終日楽しむことができた。

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2016年10月 9日 (日)

七五三

孫娘たちのお宮参りと七五三で、春日大社にお参りした。もう一方の祖父母も来られていて、じじばば四人で祝福をした。三連休の中日で、参拝者はたいへん多く大渋滞であった。受付は4時締め切りであるが、それにようやく間に合った。

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着物を着せられ、いつもの孫娘たちとは違う。
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健やかに育って欲しいと願った。
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富雄まで行き、みんなで食事をする。豆腐を中心とした料理である。豆乳を煮て湯葉にする時間は楽しく、会話が弾んだ。
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窓からは、庭の石仏が見えた。
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2016年10月 8日 (土)

あけび

陶芸に行く途中、アケビを山から頂いた。自然の恵みに感謝するばかりである。

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まもなく銀杏を頂くことになるだろう。黄色く色づいてきた。
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5・6日行かないうちに、オクラやナスたちは大きくなりすぎていた。シシトウの出来が良い。
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熟柿がいっぱいなっているが、木の高い所にあるので採るのがたいへんだ。種類も違う。
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白菜は虫に少しやられていたが、いつの間にか大きくなっている。
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しばらく陶芸に集中する。
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今日収穫したもので、妻が料理をしてくれた。おからは大好きだ。
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見た目はもう一つだが、結構美味しかった。

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2016年10月 2日 (日)

忍者現る

「遠くへ行きたい」の旅行番組に、友人が出るという知らせを受けたので、テレビを見た。女優の高島礼子さんが伊賀上野を訪ねられ、忍者ゆかりのものを楽しむという趣向である。

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伊賀忍者研究会の会長をされている、友人が「忍者のサバイバル術」を紹介していた。「ゲンノショウコ」「チドメグサ」の効能を解説して、ケガや病気の場合これらを利用していたと語っていた。

「多羅葉(タラヨウ)」に字を書くと浮かび上がり、忍者はこれを葉書代わりにしていたと解説して実際に試してみると、高島さんはたいへん驚いていた。

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日曜日にはバレーの練習がある。加茂体育館まで歩いていく。

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天井に穴が空き、水漏れするような木造のおんぼろ体育館である。2時間あまり練習して、心地良い汗をかく。毎週練習があり、ほぼ毎回参加しているが、年々きつくなってきている。しかし、40代50代の若造には負けられないと、気持ちだけは若いのだが、身体が付いてこないのが悲しい。
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当尾へ行く。カフェ瑠璃で美味しい珈琲をいただく。15日に小さなバザーをするので、チラシを置かせて頂く。

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陶芸小屋へ行く途中、おもしろい花を見つけた。
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秋空が広がっている。柿も熟しつつある。

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野菜を収穫した。
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陶芸の作業にしばらくの間打ち込む。
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家に帰ると、城陽の知人からイチジクが届いていた。城陽市はイチジクの産地である。妻は早速ジャムにしていた。ありがたいことである。
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2016年10月 1日 (土)

もんじゅも原発もいらない!戦争いやや!関西集会

「もんじゅも原発もいらない!戦争いやや!関西集会」がエル大阪で行われた。

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井戸謙一さんが「ノーモア原発震災」と題して講演された。元裁判長で、現在は原発差し止め裁判などで中心的に活動されている弁護士である。まさに正義の人である。

理論的に、かみくだいてわかりやすくプレゼンしてくださった。その一部を紹介したい。

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地震多発地帯の原発は、現在日本だけである。活断層の集中している若狭の地に、もんじゅを含めて原発が集中しているのはたいへん危険なことである。関電が定めた基準値進藤は、大飯で865ガル、高浜で993ガルしかなく、これでは全く安全は保証されない。
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原子力規制委員会には、地震学の専門家がいない。それゆえに事業者の基準値振動の計算をチェックできない。原発の安全よりも、順調な再稼働を優先することしかないようだ。

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フクイチ後に、裁判所の変化が見られる。フクイチ前は2勝36敗であるが、フクイチ後は4勝6敗である。大津地裁で、現に動いている原発を司法の力で止めたことには大きな意義がある。避難計画をも視野に入れた、幅広い規制基準が必要である。
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新規制基準は世界最高の厳しさ(新たな原発安全神話)、原発事故程度の被曝によって健康被害は生じない(放射能安全神話)、福島事故の責任を不問にする(無責任体制)により、原発再稼働に邁進している。この原子力ムラの戦略を絶対に許すことは出来ない。
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原発は必ずゼロにすることが出来る。問題は、次の過酷事故に間に合うか否かである。
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中嶌哲演さんが原発立地の若狭の住人の立場から、熱情と怒りをもってアピールされた。

「若狭の15基の原発群は、「フクシマ」直前までは関西圏の電力消費の55%をまかなってきました。この差別的な原発立地・電力需給構造にこそ目を向け、根本的に反省し議論して頂きたい。」

「各原発から5~10キロ圏内の住民は、被曝線量が平常の1万倍になるまで、屋内退避を強いられ、避難指示が出されないような大事故を織り込み済みの「再稼働」が強行されている。フクシマ以降においてすら、このような原発現地・周辺住民を犠牲(いけにえ)にして恥じないことが許されるのでしょうか。」

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小林圭二(元京大原子炉実験所講師)さんが「増殖も減容も無理なもんじゅ」と題してスピーチされた。

「配管の非常に薄いもんじゅは、地震動に弱い構造である。核暴走しやすく、プルトニウムを燃料に使うもんじゅが、過酷事故を起こせばフクイチどころではない。」

「もんじゅについやされた税金は1.1兆円。実用化は65年を引き延ばされ、増殖の夢は実現しなかった。延命措置としての『減容』ということはまやかしであり、むしろ人体により有害な核種が新たに生み出され、結果的に中・低レベルを含めた放射性廃棄物総量は際限なく増加する。」

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雨宮処凜さんと元衆議院議員の服部良一さんとの対談があった。テーマは、「若者の未来を奪う戦争と原発」である。雨宮さんは、自分の頭で考えたことを自分の言葉で表現されていた。民衆の側に立つすばらしい作家である

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「 3・11前と、3・11後。一人ひとりが「あなたにとって大切なものはなんですか」と幾度も問われた大災害。あの日から、何が変わり、何が変わらなかったのか。そして、この国はどう変わり、どう変わらなかったのか。」
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雨宮さんは、「生活苦しいヤツは声あげろ貧困叩きに抗議する新宿緊急デモ@アルタ前」のことを取り上げられた。
「私たちAEQUITAS(エキタス)は普段、最低賃金1500円を求めてブラック資本主義に対抗しようと活動している市民運動です。」

「27日のデモは、一連の貧困バッシングに抗議するデモです。一連のバッシングは、その地域で標準的な生活を送れない状態を指す「相対的貧困」を全く理解していません。このような無知なバッシングにもかかわらず、政治家がこれを助長するような発言を公式に行うことには強い怒りを感じます。こうしたバッシングを許していては、ただでさえ自己責任論の根強いなかで声をあげられなくなっていきます。バッシングは許されるべきではないということ、怒っている人がこれだけいるのだということを可視化することは非常に重要だと考え、エキタスで今回のデモを企画しました。」
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高校生平和大使の横山さんがスピーチされた。1998年から毎年、高校生平和大使が公募で選ばれて、国連を訪問して核兵器廃絶と平和な世界の実現を訴えている。このような若者の行動に深く共感し、賛同する。

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もんじゅは、これまで一兆円以上のお金がつぎ込まれ、さらに今でも、年に200億円、一日に5500万円が使われている。高速増殖炉の破綻について、明確な責任を求めたい。そして、早く廃炉にすべきである。

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リトル沖縄

午後から集会があり、それまでリトル沖縄と言われている大正区を訪ねた。環状線大正駅で下車して、バスに乗らず歩く。木津川沿いまで行くと、渡船があった。現在でもこのような無料の市営渡船が8カ所あるという。

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平尾の方へと歩く。大正区は、沖縄に縁のある人たちが区民の4分の1を占める、ウチナーンチュの町である。「ユイマール」という助け合いの精神で、この町に暮らすようになった。

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平尾本通り商店街に行く。沖縄の民謡が流れている。この周辺は、もっともリトル沖縄を感じさせるところである。

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この町に来るといつも寄る店である。沖縄から取り寄せたものが、いっぱい売られている。
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大きなゴーヤ、沖縄豆腐や蒲鉾、そばなどさまざまなものが売られている。
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鰹節を削って頂いた。芳ばしい香りが漂う。
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サーターアンダギーがダンボール箱に入れられ、売られている。大が60円の安さである。知人や友人にプレゼントするために、15個買った。
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沖縄料理や沖縄そばの店が、周辺にいろいろある。中から三線の音が聞こえてくることもある。
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シーサーも手作りのがある。
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また大正駅まで歩く。



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土着民のCD・Tシャツ

土着民のCDとTシャツが届いた。タイトルに結成45周年記念アルバム「ふる里の風」とあるように、椛の湖フォークジャンボリーの時に結成されて、それからずっと付知(つけち)の地に根付いて活動されている。我夢土下座の後を追いかける弟分のような存在である。

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45周年を記念して、Tシャツも作られている。そのデザインは、シンプルで印象的である。ときどきこのTシャツを着て、宣伝を兼ねて闊歩しよう。
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中津川や名古屋のコンサートで、何回かお聴きした歌も入っていた。「バルちゃん星人今日も泣く」のバルちゃんの踊りが目に浮かんでくる。付知を流れる風が、ここまで流れてくる。

CDの解説に、「生まれ育った付知の町で、日々の暮らしの土着サウンド」で「戦後71年の夏が過ぎ、今、出来る限りの想いを伝えたい」と書かれている。まさにその言葉の通りに、土着民はみごとにフィールドフォークを実践されている。

地域・自然・生活・家族・平和などへの想いを、時には激しく時には優しく歌われる。飾ることなく等身大に、ストレートに想いをはき出しておられ、庶民の生きざまや想いがそのまま伝わってくる。

それぞれの歌を聴いていると、思わず微笑んだりニヤケたり、思わず悲しくなったりして、さまざまな喜怒哀楽の情がわき起こってくる。時には、平和への想いに勇気づけられたりもする。「平和の道を 真っ直ぐに・・・・戦争しないと 決めた道・・・・・憲法9条 いつまでも」
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「戦後70年の夏に」の歌のさびの部分が、耳について離れない。「当たり前の 日常を 自然に生きている 戦後70年を 平和に暮らしている(平和が揺らいでいる) 幸せというものは 戦争をしないこと」今を戦前にしてはいけないと、心に誓った。子や孫たちが戦地に行き、殺し殺されるのは絶対にダメだ!!いつも犠牲を強いられるのは庶民なのだから、平和への行動をしていこうと強く思った。
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笠木透さんが作詞された、「付知川下り」の歌もある。中高年冒険隊がダンプのチューブに乗って付知川を下り、転覆するユーモラスな詩である。付知川に行きたくなった。老年冒険隊でいちどやってみたい。
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土着民の音楽の中心におられるのは、やはり大棟梁さんであろう。大棟梁さんは謙虚に次のように言われている。「僕たちはやっぱりカムトゲのようにはなれず、品も質もまるでかないませんが、僕たちなりに続けようと思っております。」

土着民は、これからも付知の人々の想いを歌にしてくださるであろう。それは単に付知という一地方の歌ではなく、全国津々浦々の過疎の村に通じている.平和への想いや家族の幸せを願う気持ちは、全国共通である。民衆の歌をこれからも作り続け、歌い続けてくださることであろう。

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10月9日(日)には、付知町でCD完成コンサートを開かれる。いつも元気で前向きに歩いておられる、そして、音楽のみならず生きることを精一杯楽しんでおられる。

これからも京都の片隅から応援していきたいと思う。
大棟梁さんは「ぼけぼけ通信」というブログで、付知での日々の出来事や音楽活動の案内などを発信されている。みなさん、またご覧ください。

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