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2016年12月

2016年12月30日 (金)

福山市

田舎に帰省した。おとなびの切符で、新大阪と福山間は、こだまを使えば3200円の安さ。

そのまま実家に帰るのはもったいないので、いつものごとく流浪する。福山ラーメンを食べる。スープはあっさり系である。
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福山城周辺には、文化施設が数多くある。福山市人権平和資料館、ふくやま文学館に行くが、何れも年末で閉館。

ふくやま文学館では、「井伏鱒二」のテーマで、当館が所蔵する井伏の遺愛品などを展示している。井伏鱒二は、福山市の出身である。その甥は高校教師で、私の兄は教えて貰った。愛用の備前焼や、将棋盤などが展示してあるということで、見られなくて残念だった。
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福塩線に乗り、実家に帰る。

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車を借りて、芦田川沿いにある明王院に参る。国宝の本堂や五重塔などを有する、真言宗大覚寺派の古刹である。正月準備で忙しそうだった。

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その隣にある草戸稲荷は、明王院の鎮護のために祀られた社である。初詣で客が40万人以上訪れる。屋台がたくさん並んでいた。本殿上から福山市街が望める。

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2016年12月29日 (木)

幻の大仏鉄道

明日から正月帰省するので、奈良まで土産を買いに行く。

まず日本酒党の甥は辛口が好きなので、「春鹿」の酒蔵へ行く。。純米吟醸生酒のしぼりばな1升瓶を買い求める。

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お茶菓子を買う。白玉屋栄寿の「みむろ」、千鳥屋宗家の「千鳥」何れも奈良の銘菓だ。正月なので、奮発する。

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加茂に帰る途中、無性に歩きたくなったので妻に運転を代わってもらい下車する。「幻の大仏鉄道」と称される遺構を巡る。1898年に加茂と奈良を結ぶ、10kmの鉄道が敷かれた。新たに平坦な路線が作られたのでわずか9年ほどの営業であったが、大仏殿の最寄り駅があり大人気だったという。

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赤橋はレンガ造りの橋台であり、今も生活道路として現役である。

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梶ケ谷トンネルは、アーチ部分はレンガ造り、下部は石積みの構造である。

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近くの鹿背山不動尊に参る。境内には巨岩があり、巨石を刳り抜いた水舟がみごとだ。
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また大仏鉄道の遺構を巡る。鹿背山橋台は、花崗岩の石積みの橋台である。

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観音寺橋台の隣には、関西線が走っている。
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のどかな田んぼの中に、お地蔵さんがいらっしゃる。思わず手を合わせていた。
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加茂駅近くには、1937年製造のSL「C57 56」が置かれている。このSLは、スピードの速さとスタイルの良さから、「貴婦人」のニックネームがつけられた。関西線を、急行列車を牽いて走っていた。
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勇猛で華麗な「貴婦人」の走る姿を、一度見てみたいものだ。




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2016年12月26日 (月)

わらべ地蔵

島田市のEさん宅をお訪ねした。Eさんというよりは、野の仏さんといったほうがふさわしいお方である。奥さんともども温かく迎えてくださった。

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野の仏さんの作られたわらべ地蔵が、家の庭に数多く置かれている。これは、次のように言ったほうが正確かもしれない。

野の仏さんの手によってお生まれになったわらべ地蔵が、現世にあることを喜び、衆生とともに楽しく過ごしていらっしゃる。

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さっそく、わらべ地蔵の声々が四方から聞こえてきた。にぎやかなほどである。ひとりひとりとお話をさせていただく。

わらべ地蔵は、顔の形も表情も、姿勢も動きもみんな違っている。個性や人柄がみんな違っている。やんちゃなわらべもいれば、寡黙なわらべもいる。すねたわらべもいれば、天真爛漫なわらべもいる。この世に生を得ていることを、この上もなく楽しんでいらっしゃる。

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頭部には花が活けられている。自然と相まった時に、わらべ地蔵はさらに生き生きとした表情をされる。わらべ地蔵の周りには、山野草がたくさんある。

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小松石という、真鶴で取れる非常に堅硬な安山岩から、わらべ地蔵はお生まれになる。野の仏さんは特製のハンマーで、興が乗った時には、一心不乱に精魂を傾けられて彫っていらっしゃる。

野の仏さんは、山野草やマタギなどにも造詣が深いお方である。
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ありがたいことに、六地蔵をいただく。体重は7キロくらいである。これをリュックに入れて、京都まで担いで帰る。どういうわけか重たさを感じない。
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同行二人の旅を楽しんだ。このまま帰るのが惜しいので、掛川駅で下車して遠足。掛川城の天守閣からは、富士山がかすかに遠望できた。

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掛川城御殿は江戸末期に再建されたものであり、広々とした空間が気持ちよかった。

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竹之丸を過ぎ、家光の御霊を祀る龍華院に行った。不思議なことに紅葉がまだ残っていた。

ねむの木村に行きたかったが、次回の楽しみにとっておこう。
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掛川駅まで戻り、東海道線・関西線の鈍行列車に揺られて帰った。わらべたちは、どこに連れられていくのかわからない不安を抱いているのだろうか、また初めての遠足ゆえに喜んでいるのだろうか。わらべ地蔵たちのさまざまなにぎやかな声々が始終聞こえていた。
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家に着き、ベッドの上部にしばらくの居場所を用意した。外のほうがいいだろうか。

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島田

島田に着き、蓬莱橋まで歩く。夕日の中の橋を見てみたかった。橋を渡る時間が無くて、橋下から沈む夕日を眺めていた。乏しい感性ではあるが、なぜか切なさが込み上げてきた。

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黙々とサッカーを蹴る少年を見て、紅ちゃんの若き頃を思い浮かべてしまった。
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本陣跡に行く。近くの海道一の鯛焼き屋に寄る。許可を得て、写真を撮らせて貰う。あんこがたっぷり入っている。美味しいはずだ。素早い手つきで次々に作業をされていて、見るだけで楽しかった。
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後陣屋稲荷神社に参る。風刺人形に由来する、市の募集する川柳が、抜群におもしろい。

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翌朝明るくなってから、近くの大井神社に参る。帯まつりの大奴のブロンズ像があった。ほんものを見に来たい。3年後まで元気にいなくてはね。

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この酒蔵の純米吟醸が好きだ。昨夜は、720mlを一本空けてしまった。

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これから、この旅のメインであるわらべ地蔵に会いに行く。





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2016年12月25日 (日)

大井川鐵道(寸又峡・千頭・塩郷)

大井川鐵道周遊の二日目。地名駅から千頭駅まで行く。

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田野口駅、駿河徳山駅など、木造駅舎が懐かしい雰囲気を漂わせている。
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千頭駅で下車する。まだ朝早いので、それほど人は多くない。しかし、トーマスくんに乗車予約は満席である。

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バスに乗り、寸又峡まで行く。乗客は私だけ。

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寸又峡温泉は、奥深い山中にあった。
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遙か下には、大井川下流の寸又川が流れている。光岳(2591m)を源流とする。猿並橋(長さ96m、高さ11m)の釣り橋が架かっている。
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更に歩いて、夢の釣り橋に行く。長さ90m、高さ8mで、エメラルドグリーンの渓流に架かっている。世界の徒歩釣り橋10選に選定されて、一生に一度は渡ってみたい橋であるということだ。
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天狗の落ちない大石を見に行く。

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ひなびた温泉である。露天風呂がありは入りたかったが、次回の楽しみに取っておく。

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こんにゃくが美味しかった。

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またバスで千頭まで帰る。
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トーマスくんが4人勢揃いしていた。圧巻であった。多くの家族連れの人たちでたいへん賑わっていた。
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塩郷駅で下車する。塩郷の釣り橋は、長さ220m、高さ11mで、大井川に架かる一番長い釣り橋である。高所恐怖症ではあるが、ぎりぎりの高さであった。対岸まで渡って、川根本町の特産であるお茶のはたけを見て回る。トーマスくんが通り過ぎる時間まで、大井川ほとりで遊ぶ。

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トーマスくんの通る時間が来て、釣り橋の上で待機する。来た!来た!汽笛を鳴らし、蒸気を打ちあげ、突進してきた。その勇猛な迫力に、深く感心してしまった。

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約30分後にもう一台通るので、待機する。せっかくのチャンスだから、見逃すわけにはいかない。
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金谷まで戻り、東海道線で島田駅に行く。






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2016年12月24日 (土)

大井川鐵道(千頭・接岨峡・地名)

せっそ・すまた周遊切符(2日間、3900円)を使い、大井川鐵道の沿線を流浪する。列車とバスが乗り放題で、この安さには驚くばかりである。

金谷駅から富士山が見えた。テクニック不足で、撮影した富士山は明瞭ならず。

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車窓から大井川の悠然とした流れを見ているだけで、リフレッシュする。
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紅ちゃんのブログでおなじみの駅がある。抜里駅を過ぎる。
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千頭駅で、南アルプスあぷとラインに乗り換える。ここから殆ど乗客はいなくなる。エメラルドグリーンの清流だ。
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アプトいちしろ駅でアプト式電気機関車をつなぎ、日本一の急勾配を長島ダム駅まで運行する。
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奥大井湖上(恋錠)駅で下車する。湖上の線路横を歩き、その後展望台まで上る。
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ダム湖ではカヌーの練習をしていた。
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接岨峡温泉駅の方へ歩く。八橋小径ラブロマンスロードを歩く。「ラブロマンス」でないのが残念。八つのさまざまな橋を渡る。
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川の畔に、さまざまな石仏がおられた。
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平和観音の前で、しばらく沖縄の辺野古・高江のことなどを考えてしまった。
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接岨温泉には、時間が無くて入らなかった。次回には必ず・・・。
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千頭駅まで帰る。トーマスくんがいて、家族連れで混雑していた。
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SL機関車も停まっていた。停まっていても、十分に迫力がある。
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川根温泉笹間渡駅まで行き、SLの通過するのを待つ。逞しい突進力に、何か勇気をもらうような気がする。
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地名駅で下車する。元・近鉄電車であった。近くに日本一短いトンネルがある。

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15分くらい歩いて、今日泊まる川根七曲がりユースホステルまで歩く。大井川のすぐ傍らである。古民家を宿泊施設にしているだけあって、風情が漂っていた。囲炉裏もあり、風呂も木製であった。朝夕食ついて5500円の安さである。だが、泊まり客は私を含めて二人だけだった。夕食には、黒はんぺんや桜エビなどが添えられていた。
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部屋に戻り、ゆっくり当地のお酒をいただく。美味しくて、思わず飲み過ぎてしまった。
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朝食には、大きなおにぎりが二つ。食べきれないくらいだった。
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大井川ベリまで歩き、子供心に帰って石を投げて遊んだ。






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2016年12月23日 (金)

RPBイブイブコンサート

RPB(レッド・ポイント・ブラザーズ)のクリスマスイブイブコンサートが、島田市のプラザおおるり大ホールで5時から行われた。なんと23年目になるという。

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RPBは、地元に根付き愛されている音楽グループである。広い会場はほぼ満席状態。大多数は5・60代の元青年たちであるが、若い人の顔もちらほら。障がい者の方たちや家族連れの方たちも参加されていて、客層が幅広い。
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今回はRPBがなぜここまで地元に愛され続けてきたのか、その秘密をさぐろうとかぶりつきの席でじっくりと耳を傾けた。

分かったことがいろいろある。RPBは音楽に寄せる情熱がひたむきであり、自然体でそれを表現されている。昔懐かしいメジャーのカバー曲はもちろんすばらしいが、私はそれ以上に彼らのオリジナルに強く心を寄せた。「帰郷」「ぼくらが生まれたまち」は、ふるさとを歌ったものであり、彼らが島田にどのくらい深く愛着を感じているのか、しみじみと伝わってきた。愛着が歌を生み出しているのだ。

声質は高低音とりどりで、それがミックスされハーモニーになったときは、一段とすばらしい。「夏の想い出」は特に大好きだ。

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リーダーのよっちゃんは、RPBの音楽の方向性をきちんと出されている。妥協すること無く、自分たちの音楽を作り出されている。
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ソンバーさんはメインボーカルで、その澄明な伸びのある声は、観衆の心にすんなりと入り込んでくる。具志堅さんの漫談は、もうコンサートには無くてはならないものだ。
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マッキーさんは、今回「青い鳥」のオリジナル曲を披露された。思いの溢れるような歌唱は、観客の心を捉えていた。ベース演奏には魂がこもってる。
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我らが紅ちゃんは、観客から絶大な人気があるようだ。歌もお話も超上手では無いけれども(ごめん!)なぜなのか。やはり、歌に込める情の深さが何の飾り気も無くストレートにそのまま伝わってくるからであろう。優しいのだ、とにかく優しさが満ち溢れているのだ。
今回、紅ちゃんの顔のウチワ隊まで登場したのはもうビックリしてしまった。
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五木ひろし×2人=十林ひろしとは、ラヂオデイズさんの絶妙なネーミングだ。この二人は、まもなくみのる座でデビューするかも知れない。
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休憩時間となる。ロビーには大きなクリスマスツリーがあった。

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後半のスタートは、やまゆりフォークビレッジシンガーズとRPB。「この広い野原いっぱい」「あのすばらしい愛をもう一度」などカバー曲を歌われた。ハーフウエイやラヂオデイズさんたち、みんなはそれぞれが実力者であり、熱烈なファンもいるグループだ。オリジナルの歌を聴いてみたい!!
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KEITOさんが「いのちの歌」を熱唱した。今回一番聴いてみたかったのは、正直に言えばKEITOさんであった。紅ちゃんのブログですごく関心を持ち、ぜひお聴きしたかったのだ。やはり歌も笑顔も最高にすばらしかった。彼女のソプラノの声に誘われて、もう天上へと心は彷徨っていた。天使のはばたく至福の世界である。予想以上の感動を与えていただいた。数日経つ今も、彼女の声が胸の中に響いている。
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紅ちゃんの目には、涙が光っているように見えた。私にとって、この場面がイブイブコンサートのクライマックスであった。
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このあと、RPBのポピュラーな歌が続いた。「悠久の人」「キュウイ」「天王山」。「また会う日まで」・・・観客はもう照れも捨てて、乗りに乗っていた。私は殆どコンサートではジェスチャーとかしないのだが、地元の人たちの熱い声援の動作によって、一緒に同じことをしていた。

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「満天の星」は観衆みんなで立ちノリ!!私も精一杯声を出した。色とりどりのネオン棒が揺れていた。
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ロビーでは、RPBメンバー自らが募金活動をされていた。今年は20数万円ユニセフに寄付したということだ。これまで210万円を超えるという。
無償の活動は尊いことだと思うし、大いに敬意を表したい。このあたりにも、地元の人たちから大きな支持を得ている理由が隠されているような気がした。
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コンサートが終わり、地元の柴田さんに誘っていただき、焼き鳥の店に行く。北海道の鈴木さんも同席して、今日のコンサートのことなど話が弾んで美味しい酒を飲んだ。

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旧東海道(牧之原・小夜の中山・金谷)

青春18切符を利用して、関西線・東海道線を利用して、金谷駅で下車する。5時間余りであるが、これを長いととるか短いととるかは、人それぞれであろう。私にとっては、これくらいはあっという間である。新聞や本などを読み、スマホやタブレットを触っていると、えっもう着いたのかという感じである。

今回の旅の目的は、RPBコンサート、大井川鐵道、旧東海道、わらべ地蔵などである。

牧之原茶園まで急坂を登る。朝方まで雨が降っていて雲も厚く、金谷駅からは富士山が見えなかったので半ば諦めていた。

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ところが、牧之原まで来てみると、島田市方面を見てみると、富士山が見えた。崇高な偉容を見せて頂いた。茶畑や大井川を前景に、思わず何枚も写真を撮っていた。興奮の余りシャッターを押す指が少し震えていた。

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芭蕉の句碑があった。「馬に寝て 残夢月遠し 茶の烟」
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洒落た感じの和カフェ「すわはら」を見つけて、昼食をとる。限定15食の「おばんざい定食」を食べる。「限定」の名に、すぐ引き寄せられてしまう。
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諏訪原城跡を見学する。武田信玄親子の野望の象徴であり、家康との国盗り合戦の舞台となったところである。武田流築城術を駆使した壮大な山城は、空堀や曲輪などがよく現存している。ここからも富士山を眺められた。
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旧東海道を、菊川まで歩く。菊川は、急所難所の続く金谷宿と日坂宿との間(あい)の宿である。菊花紋の石が付近の川から出土したので、この名が付く。

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小夜の中山越えをする。箱根峠・鈴鹿峠とともに、東海道の三大難所と言われた。かなりの急傾斜であり、途中何度も休憩を取った。道ばたに歌碑が何カ所もある。「雲かかる 小夜の中山 越えぬとは 都に告げよ 有明の月」阿仏尼
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久延寺にお参りする。境内には夜泣き石(夜泣き石物語の小石姫を弔う供養塔)がある。石仏には苔がむしていて、良い表情をされていた。
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扇屋でちょっと休憩して、いろいろお話を聞かせていただく。
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西行は晩年に二度目の小夜の中山越えをした。東北まで旅をしたということだが、生と死を見つめる旅であったような気がする。しかし、その歌碑は歌の内容に反して味気ないものだった。もっと西行の歌に寄り添って、歌碑は作れないものだろうか。

「年たけて また越ゆべしと おもひきや 命なりけり 小夜の中山」西行
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小夜の中山公園から富士山が見えて、たいへん嬉しかった。
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また来た道を引き返す。金谷坂の石畳を下る。途中、すべらず地蔵に参る。
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金谷駅から島田駅まで行く。

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2016年12月18日 (日)

「沖縄に基地は要らない!」集会

「沖縄に基地はいらない!戦争・憲法改悪許さない!」冬のZENKO(平和と民主主義をめざす全国交歓会)集会が、福島区民センターで開催された。友人に誘われて会場に行くと、ほぼ満席状態で活況があった。

最初に、基調報告が行われた。

「今、沖縄と連帯して新基地建設反対の世論を大きく広げてる時です。みんなの力で高江ヘリパッドの建設、辺野古新基地建設を断念させましょう。そして、海兵隊の撤退、普天間基地の無条件返還と全基地撤去を実現していきましょう。」

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社会民主党、日本共産党の代表がスピーチされた。次の選挙では、野党統一候補を立てて議席を増やしていって欲しいと、強く思った。
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今日の集会のメインは、沖縄の高江から来られた清水 暁さんの「オスプレイパッド建設阻止の闘い」報告である。清水さんは「ヘリパッドいらない会」に属して、いま現地でベビーシッターの仕事をされている。
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スライドを交えて、現地の情勢をスピーチされた。高江の集落はヤンバルの森に囲まれた自然豊かなところで、子どもたちも多い。しかし、米軍演習場に取り囲まれ、県道でも米兵の訓練する姿を見ることがあるという。
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清水さんは、2007年に移住して、ヘリパッドはいらない会に入り活動をされてきた。県道沿いにテントを張り、非暴力の座り込みを長年されてきた。
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今年参議院選挙で、基地建設反対の伊波洋一さんが10万票の大差で現職大臣を打ち破った。それにもかかわらず、国は全国から機動隊を500人以上も派遣して、何の法的根拠も無いまま県道を封鎖し、テントを撤去した。そして、抗議する市民対を暴力で排除して、年内にヘリパッド基地の完成を推し進めようとしている。
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清水さんは特に次のことを訴えられた。

「オスプレイパッドができてしまうと、生活できないのではないかと不安である。また次の世代に危険な基地を残してしまうと心配である。やんばるの森は多様な生物が生息し、沖縄島の飲料水の60パーセントを供給する水源でもある。この貴重な自然と、県民の水源を守っていきたい。」

オスプレイが墜落して、その危険性が明るみになった。こんなものは早く撤退をしてもらうしかない。
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月桃の花歌舞団が、「ダイレクト」を力強く歌った。「ガマ人間あらわる」のミュージカルコメディが来年3月に枚方で公演されるので、また見に行くつもりだ。
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「沖縄・改憲阻止の緊急署名」が、33114筆集まった。この数字はとても重みと価値があると思った。国会に届けるということだ。
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原発賠償京都訴訟の原告団がスピーチされた。原告本人の尋問が半年間続くので、傍聴支援を要請された。口頭弁論期日は、来年1月13日、27日、2月17日、3月8日、29日である。出来る限り傍聴に行きたいと思った。
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君が代強制に反対するDーTaCより、スピーチがあった。

「大阪の国旗国歌条例や職員基本条例というパワハラ条例こそ違憲違法であり、それに基づく職務命令に従う義務はない。」全く同感した。
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沖縄・高江カンパが15万円集まり、清水暁さんに手渡しされた。また、ヤンバルクイナの帽子が家族に贈られた。嬉しくてたまらなくなった。
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「座り込めここへ」を大合唱した。
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「小さな力を集めたら、必ず動く。」という信念で、沖縄と連帯して動いていきたい。

会場には、写真展示もあった。ヤンバルクイナやノグチゲラなど、絶滅危惧種を絶対に守っていかなくてはいけない。

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アメリカ領事館前を通るデモが行われた。
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「ヤンバルの森をみんなで守ろう!」「子どもを守ろう!大人が守ろう!」「子どもの未来に基地は要らない!」・・・・・・・・・・

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御幸森商店街

午後から集会があり、大阪に出かける。

まだ時間があったので、キムチを買いに行く。桃谷駅で下車して、商店街を抜けると、疎開道路にぶつかる。この周辺が、「猪飼野」と呼ばれるところで、昔は「猪甘津(いかいづ)」と称され、百済系渡来人の開いた「百済郷」であった。今も在日韓国・朝鮮人の多く住む町である。

御幸森神社の傍らから、商店街が延びている。

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御幸森商店街は、大阪生野コリアタウンと呼ばれて、数多くの韓国・朝鮮の店がある。ここを歩いていると、日本であることを忘れるほどである。キムチやその材料を売る店、豚足などを売る肉屋、焼き肉店、韓流グッズなどを売る店など、多種類の店が並んでいる。カラフルな色が美しい。

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趙博(パギやん)の著「パギやんの環状線の旅」の本には、次のように書かれている。

「コリアタウンと猪飼野の風景には、『植民地支配~民族解放と独立~国土の分断』と、波瀾万丈の歴史を異国の地で生き抜いてきた人々の暮らしがぎゅっと凝縮してまんねん。」

「この町は、日朝・日韓の近現代史100年を象徴する場であることを、忘れんとってください。その上でどうぞ、『オソ・ソセヨ(いらっしゃい)』~!」

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味付けした豚足、茹でたばかりの豚足、メチャメチャ美味しそうである。
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キムチもどれにしようか迷うほど、多種類ある。
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チジミを頬ばりながら歩く。
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活況を呈しており、店によっては行列が出来ている。若者たちや、家族連れも買い物を楽しんでいる。
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ラーメンも多種類ある。キムチ以外にもいろいろ買ってしまった。
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鶴橋駅まで歩く。焼き肉でいっぱいやりたかったが、我慢する。
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集会の行われる野田駅まで、環状線に乗る。

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2016年12月17日 (土)

雑花塾コンサート

雑花塾の増田康記さんを迎えて、「みんなでうたおうミニコンサート」が奈良市北部会館で開かれた。主催は、「奈良県で初めての民主書店」新風堂の中田さんたちである。精華町の友人からの誘いを受けて参加したが、他にも友人たちが参加していた。

笠木透の若かりし頃の写真や、言葉が展示してあった。みんなあの頃は若かった。笠木透の本や雑花塾のCDも置かれて、よく売れていた。

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ミニコンサート呼びかけ人の代表、浜田博生さんが挨拶された。

「安倍首相の戦後70年談話などにはアジアで犯した戦争犯罪への謝罪はありませんでした。奈良・大和路に生きる者として『歴史の真実』を本当に糺さねばなりません。」

「反戦平和の歌作りを生き抜いた笠木透さん(2014年12月22日死去)の思いを受け継いで歌い続ける増田康記さんを招き、ミニコンサートを企画しました。皆さん参加して、ご一緒に歌いましょう!」

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雑花塾の増田康記さんによる説得力のある歌と、巧みなギター演奏にリードされて、参加者はみんな大きな声を出して歌った。
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第一部で増田康記さんが歌われた曲は、次の通りである。

「雑木誌」「海に向かって」「あなたが夜明けを告げる子どもたち」「私に人生と言えるものがあるなら」「長良川」「揖斐川」「私の子どもたちへ」
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滋賀県の友人、西田さんが「あなたが夜明けを告げる子どもたち」の歌に合わせて手話を披露してくれた。うたごえで活動しているので、とても上手だ。
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「長良川」の歌では、本をみんなで長く開いて、それを見ながら歌った。
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休憩時間を終えて、ビデオが流された。笠木透と雑花塾が六十歳くらいの時に、ソウルのパコダ公園を訪ねて、反日・抗日の支援の歌をうたったときの映像であった。歴史の真実にまともに向かう笠木透の姿勢に、心打たれた。
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第二部で増田康記さんが歌われた曲は、次の通りである。

「南山」「ムグンファの花刺繍」「ホウセン花」「反戦僧侶」「あの日の授業」「軟弱もの」「海は広いよ」「ペンペン草」「冬芽」「君が明日に生きる子どもなら」そして、アンコールは、新CDに含まれている「これがすべての終りとしても」であった。特に、「軟弱者」は大好きだ。私も軟弱者と言われてもいいから、武器は取りたくない。
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増田さんは三時間余り、笠木透の想い出を交えて話をされ、また全身全霊を込めて歌われた。エネルギッシュでひたむきな情念を持つ、すばらしいシンガーである。

パンフには「笠木透を支えて」と書いてあったが、増田さんは「それは逆で、自分が笠木透に支えられて今日まで音楽活動を続けてきた」ということを語られた。ジーンと胸を込み上げてくるものがあった。

笠木透のフォークの神髄が、雑花塾の中に生き続けており、そして更に深化しているのが、嬉しくてたまらなかった。
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「みんなでうたおう!」とあるように、自分も精一杯大きな声で歌った。会場には爽やかな歌声が響き渡っていた。

最後に、主催者の新風堂の中田郁江さんが、今回のコンサートの御礼と、笠木透と雑花塾のCD文庫のことを紹介された。

雑花塾の増田康記さん、本日はありがとうございました。

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奈良阪

午後から奈良でコンサートがあり、それまで奈良を彷徨った。

奈良阪を下ると、奈良豆比古神社がある。この境内に、樹齢1000年余りの樟が植わっている。樹高約30m、枝渡り約22m、土際の幹周り約13mの堂々たる巨樹である。奈良阪に来たときは、いつもこの一本の木を見に立ち寄る。

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奈良阪には小さな牧場がある。山羊や羊が日向ボコをしていた。
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般若寺の十三重石塔を拝む。
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奈良少年刑務所は移転する予定であるが、建物は由緒あるので残存するらしい。
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東大寺が遠望できるところに、夕日地蔵がおられる。
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五劫院には、横を向いて隣の仏さんに話しかけている、おもしろいお地蔵さんがおられる。こんな偉くない庶民的な仏が、個人的には好きだ。
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空海寺にも、お地蔵さまがいらっしゃる。微笑む表情が素朴で、親しみが持てる。
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熱心にスケッチをされていた。
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この日は温かかったので、鹿たちものんびりと寝そべっている。
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奈良公園に向かって歩く。

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今日は、「春日若宮おん祭」が開催されている。県庁前の登大路園地では、お渡り式の準備がなされていた。

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いよいよお渡り式が始まった。
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この後、一の鳥居内の御旅所で東遊や田楽、舞楽や猿楽などが夜遅くまで行われる。芝の舞台は、「芝居」の語源とも言われている。

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2016年12月16日 (金)

和歌山(加太・紀三井寺)

紀淡海峡に面する、加太を訪ねた。

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駅近くに、明治の終わりに建てられた白い洒落た洋館がある。

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加太春日神社の社殿は、桃山時代の特徴を残し国指定重要文化財。

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海の方へ向かって歩く。
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淡嶋神社を訪ねる。たくさんの人が、愛着のある人形や置物などを持ってくる。それが境内に所狭しと置かれている。人形は3月3日に「雛流し」として、白木の船に乗せられ海に流す。

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多くの人形に見られて、なぜか心が落ち着かなく、そわそわしてしまう。人形の恨めしい目つきが、そういう気持ちにさせるのだろうか。
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友が島が見える。砲台跡や弾薬庫跡があり、一度訪ねてみたい。

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紀淡海峡は潮が速く、真鯛の好漁場である。
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よもぎ餅の美味しい店がある。
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常行寺のビャクシン(イブキ)は、樹高13m幹周り4.7mの巨樹である。
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和歌山市まで行き、バスに乗り、紀三井寺にお参りする。西国三十三カ所めぐりの第二番札所である。

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山内から三つの霊泉が湧き出すところから、紀三井寺と名づけられた。
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長い石段を上っていく。
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本尊は千手十一面観世音菩薩である。
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境内から、和歌浦が間近に見える。時間が無くて、今回はパス。
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境内には、楠木の巨樹がある。高さ21m、幹周り8mである。
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蜜柑の産地であり、メチャメチャ安い。一袋百円。
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和歌山ラーメンは、次回の楽しみとする。

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和歌山(高野山・九度山)

スルっとKANSAIの切符で南海電鉄を利用して、まず高野山へ。

学文路と書いて「かむろ」と読む。

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極楽橋から高野山へ、ケーブルに乗る。900mの山中にあり、冷え冷えとした空気に包まれる。
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奥の院にお参りする。最も奥に、弘法大師の御廟がある。何百年も経た老杉が高く聳えて、尊厳で神聖な雰囲気である。
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木々の間には武将から庶民に至るまで、さまざまな墓がある。

下は、織田信長の墓所、豊臣家の墓所。

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苅萱堂、金剛峯寺にお参りする。
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壇上伽藍にお参りする。金堂・東塔・西塔・御影堂などがあるが、一番目立つのは根本大塔である。高さ48.5mの朱塗りの大塔で、1937年に再建された。

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大門は一山の総門であり、高さ25.1mある。
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ケーブルで下り、また電車に乗り、九度山で下車する。
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この穴の向こうが、大坂城に続いており、幸村はこの穴を使って戦場へ出向いたという。
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真田庵を訪ねる。真田昌幸・幸村の屋敷跡に建てられている。関ヶ原の戦いのあと、兄・信幸のお蔭で助命され、この地に蟄居を命じられたという。14年の長い歳月を過ごし、再起を果たすべく雌伏した。

在りし日の真田父子の姿が偲ばれた。小さい頃に、真田十勇士の活躍を漫画でよく読んだものだ。
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大河ドラマが放映されていて、九度山・真田ミュージアムが新たに作られた。
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紀ノ川沿いに歩いていると、大量のつるし柿が干されていた。この地は、柿の産地である。
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慈尊院にお参りする。弘法大師の母君のお寺である。女人禁制の高野山に対して、「女人高野」として親しまれている。
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長い石段を上れば、丹生官省符神社がある。弘法大師により創建されたという。
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九度山駅まで歩く。清流の丹生川が、紀ノ川に流れ込んでいる。
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南海電鉄で、和歌山へ。



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2016年12月11日 (日)

フクシマと結ぶ 音の力 いのちの言葉

「フクシマと結ぶ 音の力 いのちの言葉」の集会が、天王寺区民センターホールで行われた。「原発あかん・橋下いらん・弾圧やめて」の副題があるように、反原発や反基地など人間の尊厳を基調としており、10回を数える。

パギやんたちの司会で進行した。

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第一部は、まずナオユキのスタンダップコメディー。

「くたびれたスナック ママが酒やけした声で・・・・」「駅前にある立ち飲み屋 ぐでんぐでんのじーさん・・・・・」など、いつもの泥酔客の生きざまをユーモラスに活写されていて、爆笑に包まれた。

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次は、おしどりケン&マコの「原発事故特別報告」である。

20011年の福島第一原発事故が起こったが、それから今日まで粘り強く取材をされ、笑いや風刺を交えて漫才とされている。

東京電力の記者会見には、5年前と比べて取材する記者たちがめっきり少なくなった現状を嘆いていた。マスコミ人はもっと積極的に取材して、民衆に知らせるべきだ。我々も、フクシマを忘れてはいけないと思った。

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それに対して、県民健康調査検討委員会には記者たちが増加していることを報告された。やはり、福島の人たちの健康問題に多大な関心が寄せられていることを物語っている。甲状腺ガンが増えており、それへの県や国の対応が生ぬるいことを憤慨していた。
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4つの根のあるタマネギの写真を見て、ゾッとしてしまった。放射能の影響が植物にもたらされているのだから、人間にもと思った。やはり原発とは永久に共存できるものではない。
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次は、米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会、沖縄とつながる京都の会の代表である大湾宗則さんの「辺野古と高江で、今何が起きているか」と題してスピーチされた。我らの代表である大湾さんのアピールは、いつも正鵠を射ており、しかも熱情的だ。

「安倍政権は秘密保護法や安保法制を成立させ、共謀罪、そして緊急事態条項を含む改憲を狙い、二つの戦争に備えている。一つは大資本の権益擁護の海外派兵、今ひとつは国内での民衆・人民抑圧のための戦争である。集団的自衛権=海外派兵の発動準備であり、国内人民の正当な集会・デモを「暴徒」と見なした治安出動の準備である。」

この戦争準備を、絶対に許してはいけないと思った。
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古河さんたちは、毎年数回三里塚の野菜をもって、福島に送り届けている、この継続した支援は、実にすばらしいことだ。会場でカンパをした。
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第二部は、鵜飼哲さんが「オリンピックファシズムと闘う」と題して講演をされた。核心を突いた言葉が次から次へと出て、深く共鳴した。

「2020東京オリンピックは、福島復興妨害五輪である。」

「オリンピックは単にファシストに利用されてきたのではなく、ファシズムと同じ思想を最初から持っていた。」

「自然災害と違って、オリンピックは自ら招致する非常事態であり、改憲の先取り的な意味を持つ。」
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今回パギやんは歌われなかったが、反権力の魂に裏打ちされた発言が小気味よかった。

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2016年12月10日 (土)

熊本(大観峰・熊本城)

熊本二日目。早朝、ホテルの近くを散歩する。外輪山に朝日が当たり、神秘的な風景を作りだしていた。

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大観峰から、阿蘇五岳を一望する。朝靄でくっきりとは見えなかったが、お釈迦様が横たわっている涅槃像はわかった。腹部にあたる中岳を中心として、頻繁な火山活動をしており、モクモクと不気味な煙を吐き出している。
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熊本城に行く。熊本地震で甚大な被害を受けた。最大震度7の激震を二回受けて、石垣の崩壊などが64カ所、国指定重要文化財の建造物は13棟が破損した。内部の被害は、余震が続くので調査が今もなおできていない。
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もう悲しさを通り過ぎて、何も言葉が出なかった。
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加藤清正の頃に作った石垣は大丈夫であったが、平成ゼネコンの作った石垣はもろくも崩壊したと、ボランティアの案内人が話をされていた。重機を使った安易な工事よりも、人力で丁寧にした工事のほうが、頑丈なのであろう。
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崩落した石垣から、観音様が彫られた石が見つかった。左下に、微かに仏が見える。
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まだ紅葉が残っていて、石垣の崩落の無残な姿がよけいに印象的に伝わってきた。「城破れて 紅葉あり」、人為のなすことの哀れを感じた。
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熊本城を後にして、周辺を歩く。辛島公園で「くまフェス2016」が行われていた。コスプレの祭典である。このような祭が開かれているのは、順調に復興が進んでいるからではないかと前向きに解釈した。

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桜の馬場城彩苑で、買い物をした。私のできる、せめてもの支援である。

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地元の焼酎や菓子などを、次々に買い求めた。
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新門司からまた大型フェリーに乗り、泉大津へ帰る。
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最後の夜なので、焼酎を一本空けてしまった。
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早朝6時に到着。

3泊4日(1泊だけがホテル)の旅が終わった。少しでも復興支援に役立ったなら、幸いである。







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2016年12月 9日 (金)

熊本(霊厳洞、天草、阿蘇)

九州ふっこう割を利用して、熊本を訪ねた。観光で復興を支援するという趣旨で、国から助成金が出ており、かなり割安であった。

泉大津から大型船に乗る。露天風呂やウオッシュレットのトイレなど、隔世の感を抱いた。

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新門司港からバスで移動する。まず、熊本市北部にある雲厳禅寺の霊厳洞を訪ねる。

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宮本武蔵はこの天然の岩窟にこもって、「五輪の書」を書いた。その二年後の1645年に、武蔵は没した。
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この寺の本尊である、石体四面の馬頭観世音菩薩を鏡とした。神仏は尊いけれど、神仏を頼まずという姿勢であったという。
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その周辺には、武蔵没後150年後に五百羅漢が作られた。いろんな表情や姿勢などで、どれも違っている。自分に似たのを見つけて、何か嬉しかった。

頭のない羅漢が目立ったが、この地に頻発した地震によるという。この4月の激震にも耐えることができたであろうか。
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イチョウの葉が散り落ちて、黄金の絨毯となっていた。
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両脇の仁王像は、武蔵の時代からのものであるという。
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まだ紅葉が楽しめた。
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島原へ行く。 天草松島を車窓から眺める。

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キリシタン天草四郎は、この地で今でも敬愛されている。
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タコ天丼を食べる。有明海は日本一干満の差が大きく、タコの餌となるカニや貝類が多いので、タコがよく採れる。柔らかくて美味しい。

タコで、この地を売り出そうとしている。巨大なタコ入道もいた。
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サンタマリア館では、隠れキリシタンの資料を展示している。
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四郎が浜ビーチ
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真っ黒なマグロ石を拾う。

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また熊本市方面へと帰る。車エビを養殖している。
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ミルクロードを走る。阿蘇の外輪山の広大な草原には、牛たちが放牧されている。
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外輪山は南北25km、東西は18kmにも及ぶ。
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阿蘇神社にお参りする。江戸末期に建てられた大楼門は、見るも無残に崩壊していた。悲しいというより、それを越えて茫然としてしまった。かって二度訪ねているが、風格のある荘重な建物だった。今、急ピッチで復興工事が進められている。

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阿蘇神社の界隈には、水の湧き出る基(もと)ということから、「水基」と呼ばれる湧水スポットが随所にある。

湧き出る水を眺めながら、なぜか悲しくて仕方なかった。自然の脅威と恩恵の両側面について、思いを巡らしていった。
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夕刻ということからか、通りには人が少なかった。
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泊まったホテルは豪華すぎて、自分には似合わない気がした。バイキング形式でやはり食べ過ぎて、腹が痛くなった。貧乏根性丸出しの自分であった。

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2016年12月 4日 (日)

阿弥陀石仏

当尾の方へ歩く。この辺りの風景が何より好きだ。

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焼け仏は阿弥陀三尊石仏で、1323年に作られたという。「焼け」が付いているように、たびたびの火災に遭って、お顔は判別できなくなっている。それでも凛として立っている。
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首切り仏は阿弥陀石仏で、当地の在銘石仏としては最も古く、1262年に建てられた。「首切り」とあるように、首に亀裂がある。ちょうどこの辺りの紅葉は盛りであり、石仏は紅葉を楽しんでいた。
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無人の吊り下げ店には、大根や柚子などが置かれていた。どれも100円の安さである。大きな椎茸もあり、これは一盛り300円。
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浄瑠璃寺に参る。大半の紅葉は極みを過ぎていたが、ドウダンツツジは今が盛りであった。
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池の鯉たちが大きな口を開けて、餌をねだっている。紅葉の葉は美味しくないのだろう。
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晩秋の里を歩くのは、自然と一体となれるようでとても心地良い。

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2016年12月 3日 (土)

木津川

木津川に沿って車を走らせ、木津まで行く。

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市役所駐車場で、三重県熊野市の市が開かれている。

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ミカンは大きな袋に詰め放題で1000円の安さ。欲が出て、はみ出すくらいに入れた。

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みりん干しは、いろいろ取り混ぜて、4つで1000円。安いし、味はばっちり!
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その他めはり寿司や、サンマ寿司などが売られていた。

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畑に行く。白菜は順調に葉を巻いている。ワサビ菜やサンチュを収穫する。

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畑にたくさん銀杏が落ちている。 青空に公孫樹の金色がよく映える。

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畑の横の紅葉やドウダンツツジは、今が見頃。紅葉も、木によって個性があるのだろう。

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グラデーションの紅葉が好きだ。

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2016年12月 2日 (金)

大人の遠足(宝筐院)と宴

清凉寺に参る。光源氏のモデルと言われる源融(みなもとのとおる)の別荘であり、死後に阿弥陀堂を建てたのが始まりとされる。

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嵯峨野にある宝筐院(ほうきょういん)を訪ねる。楠木正行と足利義詮の菩提所である。回遊式の枯山水の庭園は、知る人ぞ知る紅葉の名所である。この辺りに住んでおられたBBさんは、たいへんよく知っておられる。
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紅葉は散ってしまっていただろうと思っていたのだが、なんとまだ辛うじて残っていた。極みを過ぎて何日か経っていて、散り落ちたもみじ葉が緑の苔に映えて、実に美しかった。
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晩秋の澄明な光線を受けて、紅葉は最後の紅の世界を創りだしていた。
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光を受けて、紅がますます極まる。
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常磐にあるホテルに、荷物を入れに行く。洒落た建物で、3500円の安さである。

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御所まで行く。小学生がマラソンの練習をしていた。紅ちゃんが一緒に走りたいようなふうだった。
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寺町筋を通り、高瀬川沿いの焼き鳥屋でいっぱいやる。本宴の前の、準備の宴である。生ビール二杯と日本酒の熱燗。
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先斗町の「柚子元」で宴。我夢土下座の進ちゃん夫婦やBBさんの美しいお友達も参加して、音楽談義などに花を咲かせて、実に楽しい宴会だった。
柚子元鍋は、柚子の香りがして野菜も肉も美味しかった。

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生ビールで乾杯した後は、黄桜の冷酒を何回もお替わりした。島田組は酒豪ぞろいで、到底太刀打ちは出来ない。
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進ちゃんのストレッチを見せて頂いた。この身体の柔らかさには、みんな驚いていた。
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2時間あまりがあっという間に過ぎた。だいぶ飲んでしまって、真っ直ぐ歩けない状態だった。

この大人の遠足の一日は、酒三昧、紅葉三昧で、人生の良き思い出となるであろう。紅ちゃん、BBさん、お世話になりました。そして進ちゃん夫婦、ありがとうございました。BBさんのお友達、また機会がありましたら、飲みましょう。今後ともよろしくお願いします。

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大人の遠足(愛宕念仏寺)

化野(あだしの)の地にある、愛宕念仏寺にお参りする。化野は嵯峨小倉山の東北麓にあり、風葬の地とされていた。

愛宕(おたぎ)念仏寺は、1955年に仏像彫刻家の西村公朝が住職を拝命して再興した。京都一の荒れ寺であったが、山門の復元修理などが行われ、参拝者たちの手によって1200体以上の石像が作られた。

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羅漢像はどれ一つとして同じものはなく、みんな違っている。自分と似ているのを見つけて、何だか嬉しくなった。
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笑ったり怒ったり、すねたりにやけたり、顔の表情が豊かである。顔が風化して、石と化しつつあるものもある。

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BBさんのお気に入りの場所であり、初めて訪れたのだが私も好きになった。
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いつまでも見飽きない。
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みんなで記念撮影。
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鳥居本の重要無形文化財住宅群に指定されている。
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この家に掲示してあるポスターは、私の思いを代弁していて、「やったー」と思った。主と話してみたいと思った。
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祇王寺そばのCafeで、昼食をとる。カレーが美味しく、コーヒーは香り高かった。

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清涼寺の方へ向かって歩く。

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大人の遠足(直指庵)

島田市から紅ちゃんとBB山本さんが大人の遠足で、京都まで来られた。弥次喜多道中に、私も仲間入りする。

京都駅前で落ち合い、新福菜館で再会を祝しビールで乾杯。中華そばは、スープが黒っぽいけれどしつこくなく美味しかった。

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BBさんが二日酔いなので、タクシーで北嵯峨細谷にある直指庵に行く。周辺には柚子の群生があった。
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直指庵は、臨済禅を学んだ独照性円が「直指人心」の旨を守って、ここに庵を結んだのが始まりである。本堂前にステキな詩が書かれていた。「人と生まれ 人と生きる それぞれの道に それぞれの悲しみが それぞれの道に それぞれの苦しみが・・・・・・みんな歩いてきた道 君ひとりだけ 疲れたもうな」
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紅葉は終わりだと思ったが、予想外に紅葉が残っていた。非常に得をしたような気になった。
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幕末に津崎村岡局(つぼね)が再興して、土地の子女の薫育にあたった。「窓近き 竹の林は 朝夕に 心をみがく 種とこそなれ」
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紅ちゃんは水を得た魚のごとく、撮影に動き回っていた。
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開山堂の前には、独照自らが「出でて我が塔を護る」と序した亀石がある。
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思い出草観音像

「思い出草ノート」は、すでに5000冊以上にものぼっている。そのノートには、「そっとその意地を私のこころ(ノート)にすててください。苦しむあなたを見ているのがつらいのです。」と書かれている。
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大覚寺まで歩く。
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大覚寺は真言宗大覚寺派の本山である。南北朝時代には、南朝の御所となった。
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化野へ行く。

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