« 「沖縄に基地は要らない!」集会 | トップページ | RPBイブイブコンサート »

2016年12月23日 (金)

旧東海道(牧之原・小夜の中山・金谷)

青春18切符を利用して、関西線・東海道線を利用して、金谷駅で下車する。5時間余りであるが、これを長いととるか短いととるかは、人それぞれであろう。私にとっては、これくらいはあっという間である。新聞や本などを読み、スマホやタブレットを触っていると、えっもう着いたのかという感じである。

今回の旅の目的は、RPBコンサート、大井川鐵道、旧東海道、わらべ地蔵などである。

牧之原茶園まで急坂を登る。朝方まで雨が降っていて雲も厚く、金谷駅からは富士山が見えなかったので半ば諦めていた。

Rimg_9928_r
ところが、牧之原まで来てみると、島田市方面を見てみると、富士山が見えた。崇高な偉容を見せて頂いた。茶畑や大井川を前景に、思わず何枚も写真を撮っていた。興奮の余りシャッターを押す指が少し震えていた。

Rimg_9947_r
Rimg_9946_r
Rimg_9950_r
Rimg_9956_r
Rimg_9968_r
Rimg_9969_r
芭蕉の句碑があった。「馬に寝て 残夢月遠し 茶の烟」
Rimg_9982_r
洒落た感じの和カフェ「すわはら」を見つけて、昼食をとる。限定15食の「おばんざい定食」を食べる。「限定」の名に、すぐ引き寄せられてしまう。
Rimg_9996_r
Rimg_9994_r
Rimg_9989_r
諏訪原城跡を見学する。武田信玄親子の野望の象徴であり、家康との国盗り合戦の舞台となったところである。武田流築城術を駆使した壮大な山城は、空堀や曲輪などがよく現存している。ここからも富士山を眺められた。
Rimg_9999_r
Rimg_0002_r
Rimg_0005_r

旧東海道を、菊川まで歩く。菊川は、急所難所の続く金谷宿と日坂宿との間(あい)の宿である。菊花紋の石が付近の川から出土したので、この名が付く。

Rimg_0011_r_2
Rimg_0012_r_2
Rimg_0015_r_2
Rimg_0071_r_2

小夜の中山越えをする。箱根峠・鈴鹿峠とともに、東海道の三大難所と言われた。かなりの急傾斜であり、途中何度も休憩を取った。道ばたに歌碑が何カ所もある。「雲かかる 小夜の中山 越えぬとは 都に告げよ 有明の月」阿仏尼
Rimg_0023_r_2
Rimg_0022_r_2
Rimg_0026_r_2
久延寺にお参りする。境内には夜泣き石(夜泣き石物語の小石姫を弔う供養塔)がある。石仏には苔がむしていて、良い表情をされていた。
Rimg_0028_r
Rimg_0034_r
Rimg_0032_r
Rimg_0055_r
Rimg_0066_r
扇屋でちょっと休憩して、いろいろお話を聞かせていただく。
Rimg_0035_r
Rimg_0052_r
西行は晩年に二度目の小夜の中山越えをした。東北まで旅をしたということだが、生と死を見つめる旅であったような気がする。しかし、その歌碑は歌の内容に反して味気ないものだった。もっと西行の歌に寄り添って、歌碑は作れないものだろうか。

「年たけて また越ゆべしと おもひきや 命なりけり 小夜の中山」西行
Rimg_0051_r
小夜の中山公園から富士山が見えて、たいへん嬉しかった。
Rimg_0042_r
Rimg_0043_r
Rimg_0047_r
また来た道を引き返す。金谷坂の石畳を下る。途中、すべらず地蔵に参る。
Rimg_0074_r
Rimg_0076_r
Rimg_0077_r

金谷駅から島田駅まで行く。

|

« 「沖縄に基地は要らない!」集会 | トップページ | RPBイブイブコンサート »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/570251/64681421

この記事へのトラックバック一覧です: 旧東海道(牧之原・小夜の中山・金谷):

« 「沖縄に基地は要らない!」集会 | トップページ | RPBイブイブコンサート »