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2017年1月

2017年1月30日 (月)

穴子丼

広島での3日目。いよいよ帰る日が来た。車で帰るグループと別れて、私たちは広島駅まで、芸備線で行く。一両編成のローカル列車だ。車内では、妻は孫たちと楽しそうに遊んでいた。

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駅近くで、食事。広島名物の牡蠣フライや、穴子丼を食べた。穴子が柔らかくて美味しい。牡蠣の苦みが大好きだ。ビールを一杯いただく。
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その後、土産を買い求める。私は酒の肴になるようなものしか買わない。西条の酒1升瓶を買い求める。
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新大阪で、東京に帰る息子家族たちと別れる。

孫たちは少し涙ぐんでいた。また会おう!

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2017年1月29日 (日)

広島風お好み焼き、広島牛

神楽門前湯治村で一夜を過ごす。氷柱の長さは、30センチ以上あるだろう。早朝から、温泉に入る。天然ラドン温泉で、体が芯から温まる。

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朝食は、アジみりん干しを焼いて食べた。漬物が美味しい。お茶碗が小さかったので、4杯お替わりする。酒を飲みたかったが、我慢する。
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かむくら座の奥には、神楽ドームがある。有名神楽団の演ずるときには、ここが満席になるという。
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神楽資料館に入り、神楽検定を受ける。高得点だったので、食事割引券をゲット。

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しばらく雪遊びをした後、神楽門前湯治村を後にする。

昼食は、安芸高田市のお好み焼き。ソバが入っている。甘いソースがとにかく美味しい。ビールを注文する。
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私の実家に行く途中、高校駅伝で有名な世羅町に寄る。自動販売機や、カープのTシャツも、駅伝仕様。
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道の駅には、巨大にオブジェがあった。「天地花」と題されていた。

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息子家族に、地元の蜂蜜を土産に買ってやる。
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私の実家では、姪の新生児を祝して、お祝いを渡す。その後、老母を見舞った。老母はひ孫たちに囲まれ、嬉しそうな顔のように見えた。意識は戻っただろうか。
再び、安芸高田市に戻る。妻の弟は、広島牛のすき焼きと新鮮な刺身を用意してくれていた。
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またまた泥酔してしまった。

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2017年1月28日 (土)

お披露目と神楽

甥が結婚したので、そのお披露目が広島駅そばのホテルであった。子や孫たちも参加するので、車で行った。早朝5時に出発して、休憩を取りながら5時間余りで広島に到着。東京からの息子家族たちも、ホテルで合流する。

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司会は、結婚した甥の姉がするなど、お披露目が手作りで行われた。幸せな家庭を作って欲しい。嬉しくてついつい飲んでしまった。洒落た料理を食べながら、いつも飲めないワインを、何杯もお替わりした。
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お披露目が終わり、ホテルを後にする。安芸高田市美土里町にある、神楽門前湯治村に行く。妻の両親も参加して、大人数で泊まる。

景色が一変して、雪景色。先週の大雪がかなり残っている。氷柱も長い。
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神楽門前湯治村は、天然ラドン温泉や神楽施設を中心として、昔懐かしい町並みを再現している。
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夕食は、地元の野菜や自家製豆腐を使った田舎料理であった。牡蠣鍋が美味しかった。焼酎を中心に、よく飲んだ。
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8時半より、かむくら座で神楽が行われるので、みんなで見に行く。出雲神楽が石見神楽を経て、江戸期にこの地に伝えられたという。今でも、安芸高田市には22神楽団がある。

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今夜出演するのは山根神楽団で、演目は「鞨鼓切目」であった。鞨鼓という太鼓をいかに置くかという内容で、ユーモラスなものであったので、小さい孫たちもよく見ていた。鬼が出てくるものだったら、怖がってよう見ないであろう。
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神楽公演後、子や孫たちは神楽衣装の試着体験をしていた。

部屋に戻りまた酒を飲んだ。今日は一日中、酒ばかり飲んでいた。こんな日が、たまにあっても良いだろう。

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2017年1月27日 (金)

陶芸作品(1月)

1月の陶芸作品である。最近は、大皿ばかり作っている。凝り性なので、一つのことを作ると、そればかりである。相変わらず、拙いものばかりである。蔭山先生には申し訳ない。

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当尾文化祭に出展した作品である。作品に魂が無い。
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もっともっと修行しなくてはならない。

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2017年1月23日 (月)

夜遊び地蔵

午前中は雑務をこなして、午後から歩きに行く。

高田寺(こうでんじ)に参り、夜遊び地蔵とお話をする。このお地蔵さまは夜になると各家をうろつき回ったということだ。実は、若者が祝儀ほしさに担いで家に置いていたというのが真相のようだ。それにしても、このような人間的なお地蔵さまはステキだ。よく見ると、少しいたずら好きな顔をされている。鼻が少し欠けていて、ユーモラスでもある。

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田畑を抜けて、鹿背山の方へ歩く。不思議なものを見つけた。甕の垣と、縦幅の広い車である。歩いていると、何か新しいものを見つけることができる。

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地蔵院へ参る。石塔が厳かである。鐘楼越しに加茂の田畑が眺められる。梅の花が咲きつつあった。

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また、高田の方へ歩く。クロ-バー牧場に寄る。ここでは牛乳とヨーグルトを販売されている。少し割高だが、とても美味しい。あいにくお金の持ち合わせがなかったので、また次回にする。

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雪の舞い散る寒い日であったが、家に帰ったときには身体は十分温まっていた。












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2017年1月22日 (日)

「高浜原発うごかすな! 関電包囲全国集会」

「高浜原発うごかすな! 関電包囲全国集会」に参加した。フクシマを忘れず、人類と共存などできない原発NO!の声を上げるために参加した。

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まず、中之島公園女性像の前で、前段集会。主催者側の発表では、400人くらいの参加者で、友人たちも参加していた。寒風が吹き、雨雲が重く垂れ込めていた。

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呼びかけ文を紹介する。「昨年3月、高浜3.4号機の運転差し止め仮処分決定が、大津地裁、山本裁判長により出され、世界で初めて運転中の原発を司法が止めました。関西電力は不当にもこの決定に異議を唱え、大阪高裁に抗告したのです。その抗告申の決定が2月にも出されます。裁判の行方はわかりませんが、ぜひ「原発はもういらない!」という民意を反映してもらいたいものです。そのためにも、たくさんの民衆で関電を包囲し声を上げ、行動で示しましょう。」
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手作りしたわかりやすいプラカードもあった。
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シンプルでずばりと核心を突く旗もあった。
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デモ出発時には、雨が激しくなった。私の前には、幼児が父親と参加していた。この子どもたちのためにも、原発は全廃するしかない。使用済み核燃料や廃棄物の処理に何万年もかかる、このようなものを増やしてはいけない。

体は冷え切ったが、大きな声でコールをし続けた。「電気は足りてる!」「カネより命!」「未来を生きよう!」「福島つながり、共に生きよう!」「被害者、避難者、賠償尽くせ!」「地震列島、原発危ない!」・・・・・・・
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大阪駅前までデモをしてきた頃に、ようやく青空が見えてきた。反原発の運動を象徴しているようだった。希望を持って、小さい動きを続けていきたい。
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西梅田公園までデモした後に、中之島の関電前ビルに行く。高層のビルだ。

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「原発は公害 再稼働は犯罪」まさにその通りだ。

福島事故から6年が経つのに、未だに10万人近くが避難生活を余儀なくされている。そして、事故補償費の節約のために、高放射線地域に帰還をさせようとしている。人間の尊厳を踏みにじる政府や東京電力に対して、怒りが込み上げてくる。
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関電は、40年越えの原発までも運転延長させようと企む。どこまで欲に駆られたお金亡者なのだろうか。
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4時から5時半まで、「関電包囲全国集会」が行われた。
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原発立地でしたたかに反原発を闘う方たちが集結して、熱いアピールをされた。寒風の吹きすさぶ中、身体は凍えるほどであったが、心は勇気をもらい熱かった。
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地震や津波などの自然災害は、止めることはできない。しかし、原発は止めることができる。原発は人が動かしているのだから、事故が起こる前に、人が原発全廃を決意して行動すれば良いのです。
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集会が終わり、原発全廃の決意を新たにして、帰路についた。

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2017年1月21日 (土)

当尾文化祭

当尾文化祭が、当尾の郷会館(旧当尾小学校)で開かれた。過疎化しつつある当尾を、もっと活性化しようという趣旨で、今回で3回目となる。

校庭には、昨日シートを被せられていたものたちの姿が現れた。高去地区の人たちが創られた案山子であった。きっとみんなで楽しく創られたことであろう。その姿が目に浮かぶようである。

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入り口の所にある切り株は、柿の大木である。数年前の台風で倒れたという。

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小生の拙作を見に行く。当尾の地でロクロを回してるので、知人から出展を勧められた。まだまだ未熟であり、置かれているのが恥ずかしい気がした。
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出展された作品は多種類で、何れもとてもレベルが高かった。大いに刺激を受けながら、ゆっくりと観賞した。
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プロのイラストレーターの作品も、さりげなく飾ってあった。
カワキタさん「モグラと綱引き」
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「セミのコーラス」
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見学者は家族連れやお年寄りなど、多くの人で賑わっていた。Rimg_2486_r
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昼は、当尾特産ゴボウ入り肉うどんを食べた。とても美味しかった。
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アンティーク・フラワーバンドのコンサートが行われた。イラストレーターのカワキタさんは音楽が好きで、奥さんを含めてその仲間たちと活動をされている。「年はとりたくない」のオリジナルの歌は、紙芝居入りであった。大拍手がわき起こっていた。他にも、童謡や演歌など幅広い曲を演奏し、聴衆と共に歌った。

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ふるさと当尾検定に参加した。自慢ではないけれど、十問中、九問が正解だった。やはり興味を寄せていると、知識は自然と付くのであろう。
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会館から坂を下ったところに、お堂には地蔵と不動の石仏がある。地元から大事にされている。
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心が贅沢を味わった一日であった。

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2017年1月20日 (金)

不思議なものが・・・・・

当尾の郷会館(旧当尾小学校)で明日文化祭があり、拙作を搬入した。校庭には不思議なものが・・・・。みんながシートを被っているので、何か新しい新興宗教の団体かと、一瞬思った。お分かりだと思うけれども、明日その答はブログアップします。

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その後、当尾の山里を散策する。

山羊を飼っている農家がある。

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直径20センチくらいの丸大根。市場に出荷されるということだ。こんなに大きく育てるには、どうしたらいいのだろうか。
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子どもが少なくなり、この保育所は廃校になった。
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バス停はあれど、バスは一日に数本。
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蝋梅の林がある。だいぶ花が開きだしたが、盛りはもう少し先のようだ。
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岩船寺まで歩く。門前に、僧達の入った岩風呂がある。
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無人の吊り下げ市にはどんなものが置かれているか、いつも楽しみにしている。今時は、漬物が多い。どれも100円の安さだ。
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春日神社は、いつ来てもひっそりしている。本殿は江戸時代造営。
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岩船寺裏の山道を歩く。猿の腰掛を見つけた。
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山中に、三体地蔵磨崖仏がいらっしゃる。
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奈良県境の辻には、弥勒磨崖仏がいらっしゃる。残念ながら、形が消えてしまっている。
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阿弥陀三尊磨崖仏がいらっしゃる。俗に、「わらい仏」と言われている。信仰心の無い私ではあるが、この仏の前に立つと思わず手を合わせてしまう。
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眠り仏がいらっしゃる。地蔵様が長年、土の中で過ごしておられる。
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カラスの壺二尊(お地蔵さまと阿弥陀さま)がいらっしゃる。
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あたご灯籠の形状が愉快だ。
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家まで歩いて帰る。心が清々しくなり、リフレッシュできた。

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2017年1月16日 (月)

八百津町コンサートの案内

2月18日(土)に八百津町で行われる「ああ人生は素晴らしいコンサート」のチラシとチケットが届いた。実行委員会の大澤さんが送ってくださった。

笠木透と雑花塾の最後のCD第十集、「これがすべての終わりとしても」の完成記念コンサートである。

雑花塾のメンバーたちが八百津町に集結する。彼らは笠木透さんの歌の思想を継承して、弱き民衆の側に心を寄せて、大きな力に毅然として対峙する。「今を歌う」というフォークの原点を貫き通して、歌を作り発表している。私が心から敬意を寄せているシンガーソングライターたちである。

皆さんもぜひ参加して欲しい。今を考えさせられ、生きる喜びを感じ、深く共感するような、すばらしいコンサートになるであろう。

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雪の多い地域には申し訳ないが、加茂では昨日の朝は少し積もっていたが、今は全く痕跡がない。運動を兼ねて、当尾の里へ蝋梅と梅の花の状況を見に行く。

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ロウバイの花がいくらか咲いていた。まだ蕾が多い。かぐわしい香りが漂う。高貴な感じを出すのが難しく、何枚も撮った。
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梅の花は蕾が固く、開花はまだずっと先のようであった。
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赤田川添いには、石仏群がある。無縁仏が集められたのだろう。
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急な坂を上っていく。

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千日墓地にお参りする。当尾で、最も石造の文化財の多いところである。十三重石塔、鳥居、基壇と屋根のある双仏石(阿弥陀仏と地蔵菩薩)など、優れたものが数多くある。
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頭の欠けた石仏もいらっしゃる。それでも泰然としていらっしゃるような気がする。
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近道をするために、獣道を歩いた。

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水仙が咲き始めた。

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この葉ボタンは、茎が伸びてバレリーナーのように見えた。
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辛子の赤い色が目にしみた。
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適度の運動になった。

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2017年1月15日 (日)

八時間耐久ライブ

午前中はバレーの練習があり、中途で終わり急いで電車に乗る。大雪で奈良線の電車が遅れている。鴨川は雪景色。橋の上はシャーベット状になっていて、転倒注意。

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このお宮さんの地下に、都雅都雅がある。
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吉例八時間耐久ライブは、1時より既に始まっていた。チョイスちゃんやPETAさんなど終わっていて、たいへん残念な気がした。またの機会を狙いたい。
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SHINKAが沖縄の音楽を歌われていた。女性二人のボーカルで、ウチナー特有のリズムや曲調に引き込まれた。
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さえずりな夜という二人のグループは、ブラジルの楽器を使い、ユニークな世界を作り出されていた。
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森扇背とそのグループは、ボーカルの男性が猫背でオリジナルのしぐさで歌われた。歌もパンチがあるが、それ以上にしぐさが面白くて、聴衆の笑いを誘っていた。
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伊禮 恵はまだ若きシンガーソングライターで、若者らしいビビッドな感性のあふれる歌を作り歌っていた。

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中井大介&The Piratesの歌は、とにかくテンポが良く、波の上をすいすい漕ぐカヌーに乗っているみたいだった。
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いよいよ我らが、我夢土下座の登場。このライブに来たのは、彼らの久しぶりの歌を聴くためだった。昨年1年間はCD作成のために、コンサートは開かれなかった。

フィールドフォークは、自分の音楽の方向性に合致しているとつくづく感じた。間宮さんが「うまい酒を飲もうよ」、進藤さんが「青春」、田口さんが「ホーボーズララバイ」、細田さんが「風の果て」の歌をうたわれた。それぞれのテーマを歌い手がみごとに表現されていて、やはりこれこそ「人生を奏でる」民衆の歌であると確信した。

都雅都雅を悪く言うのではないが、やはり我夢土下座のフィールドフォークコンサートは自然の豊かに残っている場所で聴いた方が、一層すばらしいと思った。
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15分休憩。北海道の鈴木さんや、京都の遠藤さんと歓談した。
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Suger On Topはカントリー音楽だ。メンバーたちは、実に楽しく演奏されている。その表情は見ていて気持ちが良い。
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いよいよ三尾信彦さん(大棟梁)の登場。拍手の多さで、京都でも人気のあるのがよく分かった。
ハチタイには「掟」というのがあり、出演を頼まれたら断れないということだ。三尾さんはその掟をフルに活用されていた。「友情」ではPETAさん、「ふるさとの風」では我夢土下座の田口さんと進藤さん、「戦後70年」では黒田かなでさんと共演された。

土着民らしい大地に根を張った、生活感の漂うフォークを歌われた。やはり自分にはこんな歌がぴったりで、自然と心に染み込んでくる。
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松田ari幸一さんは、ハーモニカの第一人者だ。ギターリストの古橋一晃さんと共に、芸術性豊かな演奏をされた。「ミケランジェロ」は鳥肌がたつほど感激した。
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天野SHOさんは初めてお聴きしたが、すごくパワフルな歌声でベースのギターと相まって、ぐんぐん心を揺さぶった。
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藍田真一さんはマンドリンを演奏しながら、若者の率直な思いを歌にされていた。今回のハチタイの実行委員長を務められたという。
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まだまだ八時間耐久ライブは続いていたが、帰りの電車が心配だったので辞した。私にとっては5時間耐久ライブだった。「耐久」ではなく、「喜久」あるいは「樂久」ライブだった。

皆さん、本当にありがとうございました。

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2017年1月14日 (土)

寒波襲来

ここ数年ないような寒波が襲来している。京都北部は雪が降っているようだが、南部は冷たい風が吹きまくるだけだ。

山中の畑に行く。白菜が葉をだいぶ巻いている。ニンニクが健やかに育ちつつある。レモンの実が黄色くなった。収穫の時が楽しみだ。

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当尾の田畑は、冬枯れの殺伐たる風景だ。
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知人の農家が出されている、野菜市に寄る。白い大イヌが店番をしている。
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ニンジン、大根など定番もあるが、名の知らないような野菜も置かれている。
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昼からすぐに陶芸に行き、釉薬掛けをして、楼黒を回した。先生がすぐ前に座っておられたので、少し緊張した。作品も多く焼き上がっていた。先生に感謝するばかりである。
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奈良まで行く。今年最初の、「沖縄の高江・辺野古につながる会」のアピール行動やビラ配りに参加する。沖縄平和運動センターの山城さんが不法拘留されており、早期に釈放を求める署名活動も行った。

寒波襲来で、通行人はあまり多くない。ポケットに手を入れたままビラを受け取らない人も、いつもより多い気がした。無関心の壁を壊したい。

体はすっかり凍えてしまったが、心はウチナーとの連帯の気持ちでホットだった。
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家に帰ると、ナターシャーセブンと我夢土下座の復刻版CDが届いていた。レコードはどこかにいったままで無くなっていた。CDを聴きながら、1970年代の若かりし頃をいろいろ思い出してしまった。大学在学から就職にかけての、希望に満ち溢れた良き時代だった。
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進藤さんが表紙に写っていたが、メチャメチャ初々しくて可愛い!!と感じた。

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2017年1月13日 (金)

山の辺の道(天理から桜井)

大和の古道、山の辺の道を歩いた。今回は天理から南下した。寒冷の時期だけに、さすがにハイカーは少ない。へそ曲がりなので、こんな時期こそ歩くのにベストだと思っている。

黒塚古墳で、1998年に石室から三角縁神獣鏡が33面も発掘されて、邪馬台国畿内説がクローズアップされた。

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長岳寺にお参りする。関西花の寺第19番霊場である。この時季は花はなかったが、見所の多い寺であった。楼門は平安時代のもので、重要文化財。本堂は天明3年(1783年)に再建された。阿弥陀三尊は仁平元年(1151年)に作られ、玉眼ゆえに生きておられるかのように見えた。
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地蔵院は、室町の書院造りの様式を残している。小さいけれど美しい庭を見ながら、しばらく過ごした。
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境内には、鎌倉から江戸にかけて作られた石仏が多くある。
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弥勒石棺仏は石棺を利用して作られており、2mもある。その表情に心は安らかになる。思わず手を合わせていた。
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梅の花が咲いていた。季節は確実に進んでいる。
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崇神天皇陵や景行天皇陵など、古墳が随所にある。全長200mもあり、広大なものだ。
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開花している梅の木を、また見つけた。
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三輪山が間近に見えだした。
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ロウバイの花があった。まだ蕾のものが多く、開花しているのはわずかである。良い写真が撮れず、高貴な感じを出すにはなかなか難しい。
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桧原神社からは、二上山が遠望できる。
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万葉歌碑が、道の脇にいくつもある。

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三輪明神にお参りする。本殿を設けず、拝殿から三輪山を拝む。三輪山が神体である。女性が裸足になって、境内から山に上ろうとしていた。これにはすごく驚嘆してしまった。
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近くの丘に上ると、大和三山がよく見えた。
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三輪山は467mあり、神の鎮座する山という。山頂まで登ったことがあるが、かなりきつい道である。
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平等寺には、二重の塔があった。
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金谷の石仏は、右が釈迦、左が弥勒という。鎌倉時代(あるいは平安後期)に造営され、高さ2,2mあり、風格のある石仏である。今では収蔵庫に収められている。
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桜井まで行き、更に南下する。談山神社の北口の鳥居がある。高さ8,5m、長さ11,5mあり、石製である。
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民家の横に石仏がおられる。何も書いてないので分からないが、その表情はとても優しいので思わず見入ってしまう。
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目的は、ここ西内酒造。百石くらいしか作らない、小さい蔵である。親子で、どこにもないような良い酒作りをされている。しぼりたての「大名庄屋酒」1升2730円を買い求める。酒の度数は、20度もある。
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また桜井まで引き返し、桜井(まほろば)線で加茂まで帰る。今日はよく歩いた。25000歩を越えていた。

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2017年1月 8日 (日)

ふぉーくちゃんぽりー2017

名古屋うりんこ劇場で、「ふぉーくちゃんぽりー2017」が行われた。久米さんや澤田さん、北海道の鈴木さんも参加されており、お話がとても楽しかった。

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今年のテーマは、「曲がり角」である。

八リバ(八竜リバティーバンド)さんの案内には次の文言が書かれている。

「通い慣れたいつもの道はもちろん、人生にもT字路、Y字路、十字路などの曲がり角がありますが、いつの間にか左折禁止や進入禁止になっていたりします。誰かの力で強制的に右や後戻りの道に連れて行かれないように、注意深くなりましょう。自分の曲がる道は、自分で決めたいものですね。」

人業劇団ひらき座による、ちんどん屋さんがまず登場した。海勢頭豊さんの「琉球讃歌」に合わせたエイサーは、皆さんの表情がステキだった。朝鮮打楽器による演奏「嶺南農楽」は、迫真の演技でぐんぐん迫力があった。

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主催者たちの口上は、堂に入っていた。
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ふるくせーずは、劇団うりんこのメンバーや元劇団員によって構成されている。うりん子が走るような楽しさがよく伝わってきた。
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出前ユニットぽこあぽこは、「日常の生活や時代へのメッセージをオリジナルソングで歌っている」。リーダーの神戸さんとは、辺野古でもお目にかかった。彼は、辺野古や高江で米軍新基地建設が、人間の尊厳を踏みにじって強行されていることに、歌できっぱりと対峙されている。ぽこあぽこの歌で、勝つまで諦めない勇気をたくさんいただいた。
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我らが三尾信彦さんの登場。大棟梁と言ったほうが適切だ。付知町で大工仕事をしながら、生活や社会、生きざまを歌にされている。最近は平和への強い思いを込めて、ピースソングを多く作られている。その姿勢に深く共感している。

今回は、45周年新CDに含まれている、「ふるさとの風」と「平和の道」を歌われた。聴衆のノリの良さが自然と伝わってきた。最後に、「福与かに生きよう」の新作を歌われた。この歌は、結婚の決まった娘さんを祝福する歌で、私の方も嬉しさでいっぱいとなった。
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司会は、近藤さんと福井さんの息の合ったペアであった。歌が終わった後に出演者によって抽選会が行われ、これもたいへん盛り上がっていた。鈴木さんや澤田さんも、運良く景品をゲットされていた。
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Luna Crescenteは、「民族音楽を基調としたオリジナル曲をメインに世界26カ国に音楽配信」されている。自然に回帰するような懐かしい音調の歌を作り出されている。歌の後に、ホッとするような安楽の空間が生まれている。
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八竜リバティーバンドは、歌い始めて18年になるという。さんさ酒屋のコンサートで東北大震災をテーマにした「あなたへ」の歌を聴いて以来、すっかりファンになってしまった。

三人のそれぞれの魅力や個性が相まって、すばらしい音楽を生み出されている。今回は、「だれかがほしをみていた」の歌を、背後に写し出される美しい絵を見ながら、うっとりと聴いた。
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ゲストは、李税美(いぢょんみ)さんとピアノの竹田裕美子さん。

李さんの声には、慈母のような温かさや優しさが満ち溢れている。そして、その中には芯の通った気高い強さもある。「京成線」「アリラン」などを、魂のほとばしるような歌われ方で、すっかり魅了された。
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最後は、出演者全員で「朝露」の歌を歌う。会場全体に声が響き渡った。
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3時間30分を超えるコンサートだったが、あっという間だった。感動をいっぱいいただき、ありがとうございました。三尾さん、八リバさんに深く感謝します。

青春18切符を使って関西本線で帰路につく。余韻を味わいつつ、いっぱい飲る。これも楽しい時間だ。

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こうた凧揚げまつり

愛知県幸田町で、「こうた凧揚げまつり」が行われた。

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京都から近い八日市で、大揚げ大会が行われていたが、事故で中止となっている。尾張の凧揚げに興味があったので、青春18切符を使って行った。東海道線の相見駅には、電車が臨時停車していた。

会見駅から20分くらい歩くと、広い田んぼの中に大凧が並べられていた。中には畳10畳ほどのものもある。地域ごとに、さまざまな絵の書かれた大凧が作られ、腕を競い合っている。みんな楽しんで参加しているようだ。
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家族連れは小さい凧揚げに興じている。微笑ましい風景だ。
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地元の中学の凧揚げに注目した。地元のお年寄りが指導され、中学生たちは一丸となって凧揚げに熱中していた。あいにく無風状態で、揚がったかと思うとすぐ墜落してしまった。最後には凧を組み立てるひごが壊れたようで、やむなくギブアップ。悲しそうな顔は見るに堪えなかった。
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ステージでは和太鼓が披露されていた。
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午後からコンサートがあり時間が無くなったので、幸田駅まで歩く。振り返ると、大凧が揚がっていた。早速望遠レンズで捉えようとしたが、風がなくて、揚がったかと思うとすぐに落ちていた。
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雨も降ってきた。次は良い条件の時に来て、多くの大凧が空を駆ける姿を見てみたい。

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2017年1月 7日 (土)

中山道(上松宿)

青春18切符を利用して、関西本線、中央本線を乗り継ぎ、上松駅に到着。途中、御嶽山や木曽駒がよく見えた。下車したのは、私だけ。

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中山道を歩く。上松宿は、中山道69次の38番目である。京へ65里、江戸から71里。曲がり角にいくらか街道の面影が残っている。
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十王沢の畔に、高札場跡があり、地蔵や馬頭観音、道祖神が祀られていた。
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八幡神社の本殿は江戸時代のもの。
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玉林院の山門鐘楼は1766に造営された。明治の火災にも難を逃れたという。
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斉藤茂吉の歌碑がある。
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上松小学校の校庭には、とんどの用意がしてあった。この地方では、ダルマを飾るのであろう。背後に中央アルプスの主峰、木曽駒ヶ岳(2956m)が聳えていた。
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立場茶屋や、蕎麦屋「越前屋」の辺りは、中山道の面影を強く残していた。

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木曽川の名勝である、「寝覚の床」に行く。大岩奇岩が並び立ち、木曽川の翠緑の清流が流れる。しばらくの間、うっとりと見とれてしまった。
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臨川寺の弁財天は、寝覚ノ床を見下ろす古刹である。浦島太郎の伝説が残っている。
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街道脇に、大きな桂の木(周囲4.1m)があった。
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この辺りから、木曽駒の姿がよく見える。切っ先の鋭い山は、宝剣岳であろうか。
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上松中学校の校庭にも、ダルマの飾られたとんどが用意してあった。

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石畳が残っている。
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中央本線に沿って歩く。
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小野の滝の飛沫が凍っていた。この滝は、広重の浮世絵にも描かれている。国道19号線のすぐ脇にあり、上には中央本線の線路が通り、味気ない景色になってしまった。
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木曽の古道の分岐点。古道を一度歩いてみたい。
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くるみ坂からの景観は、中山道の雄大さを見せてくれる。
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木曽川には吊り橋が架かっている。
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倉本駅から名古屋行きの電車に乗る。本当は次の須原宿まで歩きたかったが、日暮れが迫っていたし体力的にもきつかったので、次回の中山道歩きに残しておく。


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2017年1月 5日 (木)

松阪・一身田・関

今日まで仕事休みなので、青春18切符を使い、関西本線・紀勢本線で松阪に行く。

阪内川の魚町橋の欄干に、ユリカモメの大群がいた。近づいてもなかなか逃げようとしない。しばらく鳥たちと戯れた。

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松阪は商人の町だ。三井家の発祥地もある。それと、松阪牛で有名だ。「牛銀」を通り過ぎた。死ぬまでに松阪牛を食べたいものだが、まあ無理だろう。
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旧長谷川邸は豪邸で、松阪商人の繁栄ぶりが偲ばれる。
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松阪は、城下町でもある。梶井基次郎の小説「城のある町にて」は、松阪が舞台だという。
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城跡公園には、本居宣長の旧居「鈴屋」移築されている。1730年に商家に生まれた本居宣長は、古典研究で偉大な業績を残した国学者である。
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御城番屋敷は、城の警備にあたる藩士の住んでいた武家屋敷である。質素な間取りであった。
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旧三重県立工業学校の製図室は、赤壁の建物だった。
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原田家旧邸に寄る。庭には水仙の花が咲いていた。季節は確実に回っている。

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殿町にある旅館「八千代」に、若かりし頃仲間と泊まったことがある。あの頃はまだ感性が豊かだった。
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津市の一身田駅まで行く。
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高田本山専修寺は、浄土真宗高田派の総本山である。この寺を中心として町が形成された、いわゆる寺内町である。
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御影堂(1659~1666年に建造)、如来堂(1719~1748年に建造)は、巨大な木造建築である。
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寺内町には環濠がめぐらされ、末寺や商家が立ち並んでいる。おたふくの面に、目を奪われた。
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紀勢本線で一身田駅から亀山駅まで行き、関西本線に乗り換えて関駅で下車する。

関宿は、東海道53次の江戸から数えて、47番目の宿場町である。「関」は鈴鹿の関に由来する。現在、旧東海道の宿場町の殆どが旧態を留めていない中にあって、この関宿は歴史的な町並みが色濃く残っている。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

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関地蔵院は、「関の地蔵に振り袖着せて、奈良の大仏婿に取ろ」の俗謡で知られている、名高い寺だ。本堂や鐘楼などは、国の重要文化財である。
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境内には、桜の花が咲いていた。寒桜であろう。
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東西追分の約1,8kmの間には、江戸から明治にかけて建てられた町家が、200軒余り残っている。
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関駅から、加茂駅まで帰る。
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遊んでいたら、本当に一日があっという間に終わる。

明日からまた仕事だ。頑張らなくてはね。

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2017年1月 4日 (水)

江田島より

昼は奥さんとラーメンを食べに行く。加茂駅から300mくらい離れたところにある、「殿」。市内には行列のできる全国区のラーメン屋「無鉄砲」があるが、個人的にはこちらの方が好きだ。こってり系は後がしつこいので、醤油味にする。

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当尾へ歩きに行く。山羊を飼っている家があり、一心にネギを食べていた。
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柿の木を切って、どうするのだろうか。
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浄瑠璃寺にお参りする。薬師如来の浄土「瑠璃光浄土」から名づけられた。東には薬師如来がおられ此岸(現世)、西には九体の阿弥陀如来がおられ彼岸(来世)である。庭園は、極楽浄土をこの世に表したものだという。いつ来ても、見飽きない。
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藪の中地蔵たちに、新年の挨拶をする。今年もよろしくお願いします。
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無人の吊り場には、赤カブが色鮮やかだった。
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畑に行ってみる。すっかりイチョウの葉は落ちた。しばらく銀杏を拾った。
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畑には、白菜がすくすく成長している。
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水菜などを収穫する。
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家に帰ると、江田島の親類から殻付き牡蠣とハマチが届いていた。ハマチは妻が上手にさばいて、刺身にしてくれた。牡蠣はフライパン蒸しにして食べた。孫たちには、チーズを入れたのが人気だった。刺身はぷりぷりして美味しかった。本当にありがたいことである。
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冷蔵庫に大事にしまっていた「小野桜」を取り出して、ちびりちびり飲りながら、贅沢三昧の夕食だった。

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2017年1月 3日 (火)

初詣(加茂にて)

田舎から昨日帰り、今日は地元の寺社の初詣。

まず、三日恵比須の行われている中森恵比須神社を訪ねる。

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木津川を渡り、河原恵比須神社に行く。ここは十日恵比須。
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銭司を訪ねる。ここで日本最初の貨幣「和同開珎」が鋳造された。10数枚の銀・銅銭や、るつぼ、ふいごなども出土した。

恵比須神社と銭司を訪ねて、これでこの一年間お金に不自由することはないであろう(笑)。
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恭仁京跡を訪ねる。740年からわずか5年余りの短命に終わった、幻の都である。その後山城国分寺として再利用された。
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子どもたちが凧揚げをしているのを見て、正月らしくて嬉しくなった。やはり外で遊ばなくては・・・。うちの孫娘を誘ったのだが、付いてこなかった。
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海住山寺(かいじゅうせんじ)にお参りする。735年に東大寺の良弁が開基して、1208年に解脱証人が再興した。国宝の五重塔など、貴重な文化財の宝庫である。

解脱証人の御廟
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南天の赤が映える。
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参拝客が絶えない。
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「苦」抜き観音・地蔵がいらっしゃる。
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「もちあげ大師」は、願を掛けて持ち上げるとそれが叶うという。
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先ほど訪ねた恭仁京跡や、木津川が眼下に広がる。
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石仏も赤い前掛けをして貰っている。

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世の安寧と、健康や幸をお願いした。少し欲張りすぎただろうか。

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2017年1月 2日 (月)

大渋滞のなか帰京

みんなで墓参りに行く。地主さんの家を通り過ぎる。非常に広大である。この地域一帯の土地を所有していたということだ。私の家はドン百姓。

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小さい頃よく遊んでいたお堂が、今も残っている。お地蔵さんも昔のままだ。

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運動不足なので、一人別れて散歩する。服部のお池まで歩く。江戸時代に、蛇円山を源として流れる服部川を堰き止めて作られた。

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人柱として、お糸という若き女性が生き埋めにされた、悲しい伝説がある。この像はお糸をモチーフにして造られた。
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最明寺に参る。石仏の表情が優しい。
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1317年造立の板碑がある。「南無阿弥陀仏」の名号、「光明遍昭 十方世界」などの字が彫られている。近くにある古墳の石棺の側石が、この板碑に転用されたと言われている。
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八幡宮の石碑は、姿がおもしろい。
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弥生時代の頃の古墳が多くあり、古墳ロードと名づけられている。

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家に帰り、みんなで老母のいるグループホームを訪ねる。その後、兄家族や猫と別れて、故郷を後にする。みんな、また来るからね。お元気で!!
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最初は私が運転して、兵庫県に入った辺りから大渋滞。娘の夫が代わりに運転する。渋滞状況がひどいので、山陽自動車道の途中から、六甲山を山越えする。芦有ドライブウエイの東六甲展望台で休憩する。夜景の美しさにしばらく見とれてしまった。
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阪神自動車道で大阪へ。大東市まで来て、夕食をとる。孫たちのリクエストで、ラーメン店へ行く。私はもう運転しないので、生ビールを二杯いただく。
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2時過ぎに実家を出て、加茂の家に着いたのは9時を過ぎていた。


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2017年1月 1日 (日)

鞆の浦

鞆の浦に行く。車で約45分である。瀬戸内海国立公園を代表する景勝地である。潮待ち風待ちの良港として、また大陸との交易の場として栄えてきた。

穏やかな海が広がる。仙酔島や弁天島が間近に見える。

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対潮楼で朝鮮通信使の一人は、「日東第一景勝」と称賛した。その下には、万葉歌碑がある。「わぎもこが見し 鞆の浦の むろの木は とこよにあれど 見し人ぞなき」大伴旅人

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港には、江戸時代の常夜灯がある。宝珠まで約11mあり、港の常夜灯としては日本一高い。いろは丸展示館があり、鞆沖で沈没した、坂本龍馬のいろは丸の遺品などが展示してある。

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港町らしく、路地はとても狭い。太田家住宅など旧家が随所にある。
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古寺が多くある。南禅坊に参る。境内には、宮城道雄の先祖の墓がある。
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沼名前(ぬなくま)神社の能舞台は、国重文である。

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沼隈城跡に上る。鞆港がよく見える。
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宮城道雄の父親が鞆の出身であった。箏曲「春の海」は、鞆の浦をイメージして作られた曲だという。
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保命酒は、江戸時代からの鞆の浦の特産品である。日本最古の健康薬味料で、みりんや餅米をベースにして、桂皮や朝鮮人参などのエキスを配合して作られている。甘口酒であるが、その糟(かす)を小さいときによく食べた。

この保命酒を売る、昔からの店には、正月らしく羽子板や百人一首などが飾られていた。酒を入れる備前焼きの徳利は、良い形のものがあった。
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いろは丸談判跡など、古跡や旧家が至る所にある。

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備後安国寺に参る。鎌倉時代に創建された古刹である。地蔵菩薩は鎌倉時代に造立された。蓮華座に乗り、舟形光背を背負い、約2mの大型石仏である。表情が柔和で心が引きつけられる。

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天気も良く、穏やかな正月であった。
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鞆の浦特産の竹竹輪を買い求める。これがあれば、酒がいくらでも飲める。

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謹賀新年

拙ブログを見ていただき、深く感謝します。

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旧年中はたいへん世話になりました。
本年もよろしくご指導の程お願い致します。

「初春や 平和の灯り 輝かん」

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去年今年

今年も、あと一日となった。安芸高田市で義弟が店をしているので、正月用品を買い求めに行く。車で1時間30分である。昼は、本場のお好み焼き。

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奮発して、氷見産の天然鰤を四分の一買う。義弟は正価よりかなり安くしてくれた。そうでないと買えない。
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実家に戻り、兄家族たちと食事する。やはり値段だけあって、鰤は美味しい。
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デザートは姪の土産、高級チョコレート。みんな紅白を見ていたようだが、兄と私は9時ごろもう寝床に入る。
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2017年スタート。
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5時前に起きて、祇園さんまで兄と一緒に歩いて初参り。けんか御輿が有名なところである。
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福戸橋の上から、初日の出を拝む。風もなく穏やかな日和であり、この一年もこのようでありたいと願う。
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おせち料理をいただく。
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