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2017年2月

2017年2月26日 (日)

吉向焼

大阪府交野(かたの)市の私市(きさいち)に、吉向窯の薪窯を見学しに行く。学研都市線の河合磐船駅で、伊賀の友人と待ち合わせをする。

吉向窯は、生駒山系に連なる交野山の山中にある。

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吉向松月さんは九世である。大阪の十三(じゅうそう)で初代が窯を開いてから、二百年以上経つ。九世は、家業の窯元で作陶を始めてから、四十年以上になる。

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吉向窯の作品が展示してある。伝統的な茶陶もあれば、自然の景観を取り入れた絵画的な作品まで、実に多彩である。値段も、〇十万円する。それだけの価値がある。

作業部屋を案内して頂く。伝統を感じさせる、さまざまな道具や粘土があった。
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先祖伝来の薪窯。九世が、先祖の窯に基づいて作られたということだ。

穴窯とは違い、煙突がない。1000度くらいしか上がらないので、素焼きをするのみ。
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休憩時間に、くらわんか汁や、くらわんか寿司をいただく。淀川沿いに窯が置かれていたときから、先祖代々に引き継がれてきた。彩りも良くて、美味しい。
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見学会が終わり、窯元の娘さんに案内していただき、月輪の滝に行く。巨岩の中から、滝水が流れ落ちていた。子どもが小さい頃に連れてきたことを思い出した。今から三十年以上も昔のことだ。
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伊賀の友人が、自宅まで送ってくれた。彼は忍者研究会の代表なので、「忍者」の銘柄の生酒をプレゼントした。

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2017年2月25日 (土)

夕焼け

コンサート後に、奈良で仲間との宴会があるので近鉄奈良駅まで行く。

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少し時間があったので、興福寺に参る。

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三重の塔の背後に、ちょうど夕焼けが広がっていた。
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北円堂の付近には、石仏がおられる。優しい顔をされている。
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三条通りにある「一条」で宴会。SV(そふとばれー)のチームの遅ればせの新年会であった。15人参加で、楽しく語らいながら、よく食べよく飲んだ。
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飲み放題は良くない?!

ビール、焼酎、ワイン、日本酒、フルコースで飲みまくった。

案の定、次の日は二日酔い。

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川口真由美コンサート

「川口真由美コンサート」が京都市呉竹文化センターで開催された。600人収容のホールは、ほぼ満席の状態。名古屋の友人、ぽこあぽこのKさんも来られていた。

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川口さんは障がい者施設の代表をして、3人の子どもを育てるシングルマザーである。そして、「沖縄とつながる京都の会」の共同代表もされている。

月一で辺野古に行き、基地前で座り込みに参加されている。権力の横暴を許さない正義の人であり、実行力のあるエネルギッシュで熱情的な人である。

最近、CD「想い 続ける-沖縄・平和を歌う-」を音楽センターから出された。早速購入する。

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コンサートが始まる。「闘いを歌う女」「共に歌う歌姫」などの愛称が付けられるだけあり、全身全霊で魂を込めて歌われる。

パワフルな歌唱であり、荒削りであるだけにストレートに響く。そして、それを春間げんさんの華麗で魅惑的なピアノ演奏が、時には激しく時には優しく誘導するかのようである。

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沖縄から友だちが来られていた。人権の抑圧されている現状や、なぜ米軍基地に反対するのかを、生々しく語られた。ノーモア ベース!
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作業所の「あろあろ」の仲間たちが、川口さんの歌に合わせて、それぞれの個性でダンスをされた。こんなコンサートは、ほんとうにすばらしいと思った。
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キャンプシュワブ前の山城博治さんの姿を映し出し、沖縄をテーマにした歌を歌われた。理不尽で強大な権力に対して、絶対に屈しないという思いが爆発していた。
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春間げんさんの思いを秘めた巧みなピアノ演奏と、川口真由美さんの想いの溢れる歌唱がみごとに融合して、聴衆の魂をぐんぐん揺さぶった。
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いっぱい勇気をいただいた。自分も沖縄と連帯して、小さくとも精一杯動こうと思った。
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最後は会場の人たちも参加して、カチューシャ。

みんなで作り上げるコンサートは、なんと楽しく感動的なことか。
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このコンサートで、勇気と負けない闘志をいっぱいいただいた。

最も印象に残ったのは、笠木透さんの「軟弱者」の歌を歌われたときである。自分も勇気と闘志を持って、「軟弱者」になろうと誓った。

川口さん、げんさん、本当にありがとう!

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伏見の名水

午後からコンサート参加で、それまで伏見を歩く。近鉄桃山御陵駅で下車する。

御香宮神社に参り、「ご香水」をいただく。伏見は地下水が豊富なところで、良質な水がこんこんと湧いている。

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神聖の「鳥せい」の横にも、名水が湧いている。
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月桂冠に行く。銘酒のためには、何よりも名水が必要である。
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長建寺に参る。弁財天が祀られている。ここには、「閼伽水」の名水がある。
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寺田屋に行く。坂本龍馬に思いを馳せる。
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黄桜酒造に行く。ここには、「伏水」がある。どの名水も清冽でまろやかである。口にしたため、渇いた喉を潤す。
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松本酒造に行く。赤煉瓦の煙突と酒蔵が、よくマッチしている。
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なんの鳥だろう?
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酒の量り売りを販売している。
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酒粕ラーメンもある。
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金札宮には、クロガネモチの巨木があった。
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良い時間になったので、コンサート会場まで行く。

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2017年2月24日 (金)

島田から

昨日、島田市の友人から嬉しいお知らせが届いた。

レッドポイントブラザーズの「春が来たコンサート」を20年ぶりに復活するということだ。RPBは年に二回、夏と冬にコンサートを開いて、いつも満員の盛況である。地元の人たちから、深く愛されている。

案内の絵は、素朴で懐かしい感じがするステキなものである。

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午前中は仕事。午後から、枚方市にある山田池公園に行く。藤阪駅から歩いて、約15分。

春の日差しを受けて、水面がキラキラ光る。鴨やサギなどがゆったりと泳いでいる。

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小高い丘がある。平日なので、殆ど人はいない。
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梅林がある。紅梅、白梅の取り合わせの、淡い優雅な色彩に、心を奪われた。風が運ぶ、香りも素晴らしい。
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枝垂れ梅は、華やかな感じがする。しばらく見とれてしまった。
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蝋梅の林もある。満開で、馥郁とした香りが漂う。
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すっかり仕事の疲れは解消した。

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2017年2月20日 (月)

鳥羽三山

近鉄の週末フリー切符を使い、今回は三日間の小旅行をした。乗り放題で4100円の安さである。

3日目は、遠出して、鳥羽まで行った。もちろん、観光客の行かない場所を彷徨った。鳥羽三山に登る。何れも標高は低いが、ところどころ急坂があった。

まず、日和山に登る。標高約63mである。展望台から、鳥羽港がよく見えた。十二支の刻まれた八角の方位石や、幸福の鐘があった。

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砦が置かれていた。
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賀多神社では、春に薪能が行われる。老杉がある。
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常安寺に参る。水軍大名として名高い、九鬼家の菩提寺。
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桶の山に上る。標高163mで、三山の中では最も高い。

山本周五郎の小説から、この展望台は「扇野」と名づけられている。

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金比羅宮鳥羽分社がある。
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展望台からは、遙か答志島や神島などが遠望できた。
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梅林があった。満開である。
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山を下りると、荘重な石倉があった。

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江戸時代に大庄屋を務めた、「かどや」に寄る。雛人形が飾ってあった。江戸末期のものである。しばらく風雅な気持ちに浸った。
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「木のうつわたち」展も開かれていた。自分も作ってみたくなった。

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西念寺に参る。鳥羽藩の菩提寺である。

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城山は標高24mの低い山である。ここに鳥羽城があった。
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小さな魚屋による。干物を作る準備をしていた。カマスの干物を買う。
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鳥羽港の方に行くと、観光客が多くなった。特に鳥羽水族館は人気がある。
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近鉄電車で、大和八木を経由して帰る。車内では、個人的な旅の打ちあげで、ビールをかなり飲んでしまった。

雨が降り出した。









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2017年2月19日 (日)

千代崎海岸、覚王山

潮南の大澤さんの息子さんに、可児まで車で送っていただいた。最後まで大変お世話になった。ありがたいことである。

名古屋までは、東京のクッキングハウス代表の松浦さんたちと、八百津コンサートや笠木透さんのことなどいろいろ語り合った。12月22日(金)に、「30周年を祝う会」を開催されるという。ぜひとも参加したい。最後まで笠木透さんに関わる人たちと交流が持てたことを、幸甚に思った。

山並み深いところにいたので、その反動で海を見たくなった。白子駅で下車する。白子漁港には、鵜やカモメたちが、気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。

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海産物屋では、煮干しや干物などが売られていた。
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伊勢湾を眺めながら、千代崎海岸を歩く。いつもはセカセカ歩くのだが、この日はゆったりと潮騒を聞きながら歩いた。
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伊勢街道には、一部松並木が残っている。
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千代崎港の傍にある桜が、早くも満開であった。桜にも個性があるのだろう。
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大黒屋光太夫記念館を訪ねる。光太夫は1782年に遠州灘で遭難し、その後ロシアに漂着した。幾多の困難を乗り越えて、10年後に帰国した。光太夫の波乱に富んだ人生を描いたのが、井上靖「おろしや国酔夢譚」である。

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また、名古屋まで引き返す。覚王山に行く。

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覚王山アパートを訪ねる。芸術家たちのたまり場のような所である。ビビッドに感性が動きだした。
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揚輝荘を訪ねる。広大な敷地に、和風・洋風の屋敷や、庭園などがある。贅沢なことだ。
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覚王山に参る。
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今夜はこの近くにある、仕事関係の安ホテルに泊まる。

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2017年2月18日 (土)

「ああ人生は素晴らしい フォークソングコンサート」

「ああ人生は素晴らしいフォークコンサート」が、岐阜県八百津町で行われた。主催は、潮南まちづくり協議会である。

名古屋からは名鉄、バスを使って八百津町まで。八百津町は、杉原千畝さんの故郷である。彼は、第二次世界大戦中に人道主義の立場から、ビザを独断で発行して多くの避難民を救った。

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八百津町ファミリーセンターの大ホールには、笠木透さんの関わりのあった我夢土下座や土着民のメンバーも来られていた。その姿をお見かけしてお話ししたことは、嬉しくて仕方なかった。

笠木透さんたちが、1969年に中津川フォークジャンボリーを開催された。フィールドフォークは50年近く、脈々と続いているのである。八百津町にも根付いていた。
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潮南まちづくり協議会の一員である、大澤和代さんたちの地元のバンド、「へぼボーイズ」が出演された。半ズボンは、ボーイらしかった。

へぼボーイズは、「草刈り」「おらっせんか」などを歌われた。地元の自然や生活、人生を歌った。山なみに包まれた潮南での人々の姿や風景が、歌の中に広がっていく。その地で民衆から生まれて歌われるフォークは、まさに笠木透さんの提唱されたフィールドフォークである。

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「雑花塾」が登場された。笠木透さんの人生最期の時まで、創作や演奏を共にされた。雑花塾の一人一人は、地元に根付いたフォークグループのリーダーでもある。今回、全国からメンバーの殆どが集結された。

第一部では、「海に向かって」「私に人生と言えるものがあるなら」「あなたが夜明けを告げる子どもたち」など、笠木透さんの初期の頃のフォークを歌われた。
若かりし頃をつい思い出してしまい、懐かしさが込み上げてきた。
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ロビーには、雑花塾メンバーの作られたものなども売られていた。彼らは、陶芸や木工のプロの方たちである。どれを見ても、人間性が豊かで、瑞瑞しい感性が内在して、実に魅力的であった。
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第二部では、「笠木透と雑花塾のCD文庫」NO.10「これがすべての終わりとしても」に収録された歌を、全部披露された。昨年、八百津町潮南で、このCDは録音された。

雑花塾メンバー一人一人が、存在感のあるフォークシンガーである。笠木さんの詩は、平和・環境・生活など、広範囲なものをテーマにしている。雑花塾のメンバーはその詩の意をくみ取り、テーマに沿った曲を創られている。そして、自ら歌われ、そのメッセージが心に響いた。
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笠木透さんの「文化で闘う」思想が、みごとに雑花塾の中に継承されていた。そして、笠木透さんへの追悼の段階から、敬愛の念を抱きながら新しいステップへと踏み出されようとしていた。雑花塾の活動を大いに期待して、今後も応援していきたい。
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二時間余りが、あっという間に終わった。

笠木透さんが、会場のどこかにおられるような気がして仕方なかった。何度も目が追っていた。

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ロビーには、地元の土産が置かれていた。
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打ちあげは、潮南にあるしおなみ荘で行われた。笠木透さんを敬慕する人たちが、次から次へとスピーチや歌を披露された。小生も、岡山の尾崎さんの後にスピーチをさせて頂いた。雑花塾の新曲作成時に、応募したすべての詩が没になったことなどを話した。

部屋に帰った後も、「四万十川」を作曲された藤田さんからいろいろ貴重なお話を聞くことができた。

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この日のことは、一生忘れない。

翌日の朝食は、地元の野菜を使った郷土色豊かなものであった。玉味噌の汁が美味しかった。三角形の陶器は潮南で作られたもので、盛りつけを含めて全てがとても素晴らしかった。

その後、潮南の中心部を少し散策した。高度は600mくらいあり、風が冷たかった。伊勢湾が見えるという。深い山脈に囲まれたこの潮南が、すっかり好きになってしまった。

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潮南のみなさま、大澤さん、雑花塾のみなさま、岡山の尾崎さん、たいへんお世話になりました。本当にありがとうございました。

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2017年2月17日 (金)

梅谷カッフェ&マルシェ

最近オープンした、「梅谷カッフェ&マルシェ」を訪ねた。

ふるさと応援補助金を利用して、旧梅谷公民館を整備して、ワークショップや野菜市などをされている。

和・輪・ワッ!プロジェクトのメンバーが運営されており、代表たちは非常に元気が溢れていて、興味が旺盛であった。

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まず目についたのは、ステンドグラスや薪ストーブであった。
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木工作品や竹細工、手芸などが展示されている。
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大仏鉄道跡めぐりのコースの途中にあり、ハイカーたちが足を止めて見入っていた。
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3月26日(日)に、初めて手づくり市をされる。

協力を頼まれて、拙作の陶芸作品も展示販売させていただく。枯れ木も山のにぎわいであろう。

今後、この「梅谷カッフェ&マルシェ」を可能な限りお手伝いしたいと思う。
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昼からは、畑と陶芸。

ジャガイモを植えた。男爵、メークイン、きたあかりの三種類である。
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白菜や青菜を収穫した。
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しばらく、陶芸に打ち込む。

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家に帰ると、丹後の知人からカニが届いていた。タグ付きなので、かなり高価であろう。
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明日から、小旅行。

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2017年2月14日 (火)

「さんさ酒屋のコンサート」案内

仕事から帰ると、さんさ酒屋のコンサートの案内が届いていた。

「足かけ19年、18回目」のコンサートになるという。1回開かれなかったのは、2011年東北大震災の時である。

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酒蔵の閉鎖に伴い、今年でラスト。その事実を知って以来、悲しくてならない。「小野桜」「春一番地」「さくらさくら」の生酒が飲めなくなると言うことだけではない。小生は、日本で一番旨い酒と信じている。

このコンサートは、我夢土下座や土着民の関係者や、ファンたちの同窓会のような趣があったので、これがなくなるということは寂しくてたまらないわけだ。

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今回のゲストは、小室等さん、佐久間順平さん、こむろゆいさん、河野俊二さん、黒田かなでさん、西沢和弥さんである。他にも飛び入りがあるかも知れない。

ゲストが多いので、開演時間を少し早まるということだ。
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主催者の我夢土下座、土着民、田中鉦三さんは、さんさ酒屋のコンサートのラストをどんなフォークで締めくくられるのであろうか。

万難を排して、参加するつもりである。今からとても楽しみである。
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話は前後するが、今日職場で数人からチョコレートやクッキーをいただいた。

もちろん愛情の伝達などではない。義理チョコでもない。

聞いてみると、手づくりしたのでその感想を聞きたかったようである。まあ、もらえるのだったら、何でも嬉しい。
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辛党なので、甘い物は少し苦手であるが、美味しかった。
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作ることが楽しいのだろう。
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家では、孫娘からもらった。
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妻からは、なんとかいただくことができた。

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ありがたいことである。

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2017年2月13日 (月)

猪のおとり

当尾の勝風(しょうぶ)まで歩く。山陰には、日曜日に降った雪がまだ残っていた。

猪の被害が多いので、おとりが仕掛けられている。

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鹿子(かご)の木には、名前の通りまだら模様がある。
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山中をひたすら歩く。
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この石仏は、地元の人からなぜか、「赤地蔵」と呼ばれている。
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大畑の方へと歩く。茶畑に雪が積もっている。
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この谷の畑は、友人の耕すものだ。手伝いに来てくれと頼まれているのだが、なかなか行けない。数年前に、一度蕎麦を植えたことがある。猪に全て荒らされた。
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尾根筋の道は、奈良県との県境である。向こうに広がるのは、奈良市である。
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大畑地蔵は、地元の人々から大事にされ愛されている。
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道ばたに、蝋梅の樹の群生があった。馥郁たる香りに、しばしうっとりと酔いしれた。
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大畑口のバス停。もちろんバスを待つ人はいない。

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帰る途中にも、猪を仕留めるおとりがあった。こんなにおとりが仕掛けられていたら、猪もたいへんだろう。さぞかし生きにくいだろう。
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辻の不動明王と地蔵菩薩で、しばし休憩。

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紅梅はまだ五分咲き。
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寒風の中を歩き回り、体が温まった。歩く人と遭遇しないので、気が楽だ。
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連日、妻は夜なべして、紙粘土細工。3月のフリーマーケットに出すものを作っている。


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2017年2月12日 (日)

灯明寺と三渓園

加茂の里を流れる、新川に沿って下る。

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山中に、猪のおとりがあった。
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土手の斜面に、石仏が二体あった。何か物語があるのだろうか。
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灯明寺に参る。第二次世界大戦後の混乱の中、廃寺となった。

1914年に灯明寺の三重塔は、横浜の三渓園に移譲された。今では、関東地方で最古の塔となっている。本堂も、1981年に移された。

大和の文化圏にある、加茂の地にあって欲しかった。

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灯籠は江戸中期、十三重石塔は鎌倉末期に建造された。
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境内には白梅が匂っていた。
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灯明寺の守護神である、御霊神社の本殿は南北朝に建てられたもの。
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灯明寺の参道と新川の交わる土手に、お地蔵さまがいらっしゃる。

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新川から少し山に上ると、西光寺がある。季節のすてきな言葉が掲示してあった。
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今夜の夕食は、江田島の親類から送られてきた牡蠣料理。娘家族を呼んで、いっしょに頂く。

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牡蠣フライ、牡蠣の土手鍋、何れも最高に美味しい。

孫たちもたくさん食べていた。









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2017年2月11日 (土)

探梅・オキナワタウン・ひのきみ集会

午後から集会があり、朝から大阪へ。当地は雪景色であったが、奈良の辺りから雪が無くなる。

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森ノ宮で下車して、大阪城梅林に行く。
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まだ五分咲きくらいであった。
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梅には、それぞれ名前が付いている。梅の花を見ながら、その名の意味を考えた。

「八重野梅」
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「紅冬至」
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ヒヨドリも探梅に来ていた。人を恐れないようで、近づいても逃げない。
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堀池には、鴨たちが泳いでいる。石垣が高いので、これが望遠レンズの限界だ。
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森ノ宮から大正まで行く。そこからバスで平尾まで。この辺りには沖縄の出身者が多く住む。ウチナータウンとも言える。平尾商店街に行く。

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沢志商店に行く。この店には、沖縄そばや豆腐、野菜やお菓子など、沖縄から直送のものがたくさんある。サーターアンダギーを買い求める。大が一個60円の安さで、とても美味しい。これを買いに来るだけでも、価値がある。

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ダンボールで作った、カラフルなシーサーがいる。
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近くには沖縄の料理を食べさせてくれる、魅力的な店がある。時間が無く、次回の楽しみに。
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弁天町まで歩く。尻無川を渡り、大阪市立港区民センターへ行く。
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「今、教育に問われるもの 2.11集会」が行われた。サブタイトルに、「戦争する国はゴメンだ!」とある。友人たちも多く参加していた。

琉球大学名誉教授の高嶋伸欣さんの「オリンピック・愛国心教育と戦争する国」の講演があった。

「オリンピックは、国または地域で組織されたNOC(国内オリンピック委員会)を基準としている。本来的には、個人やチームで競うものである。」

「オリンピック憲章には、登録しているNOC(選手団)の旗(団旗)と歌と書かれている。イクオール国旗・国歌ではない。」

オリンピックを利用した国家国旗への忠誠や国威発揚は、本来のオリンピック精神とは相反していると、私も思う。

大阪弁護士会は、「国旗・国歌への強制や処分は人権侵害」と府教委や校長へ勧告した。思想や信条の自由、宗教の自由、表現の自由など、自由の精神は人間として徹底的に守られなけれならない。それこそが日本国憲法の趣旨だ。

「日の君」に不起立をしただけで、減給となったり再任用を拒否されたりすることは、どう考えてもおかしい。

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パギやんのミニライブがあった。相変わらずパワフルだ。反権力の思いを、力強く熱唱された。
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東京からも連帯アピールがあった。東京では、「日の君」不起立での停職処分は、司法も許さなかった。

おかしいことはおかしいと言い続けることが、何より大事であろう。
「個人の尊厳」を懸けて闘い続ける、仲間たちをこれからも応援していきたい。

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「雑花塾コンサート」の案内と嬉しい便り

「ああ 人生は素晴らしい コンサート in 八百津」まで、あと1週間となった。このコンサートは、笠木透と雑花塾CD文庫vol.10「これがすべての終わりとしても」発売記念として開催される。

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出演は、「雑花塾」と、地元の「へぼボーイズ」である。

雑花塾は、笠木透が命名した。「ぼくらは、・・・・ふつうの人間たちであり、野の雑草のような存在です。だが、その雑草にも花は咲く、という思いから雑花塾が生まれました。」
「雑花は雑歌であり、『だれにでもうたはある』、そして『だれにでもうたはできる』という、フォークソングへのこだわりから生まれた小さな塾です。」

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「雑花塾」は、「それぞれが、自らの地域で地道な活動を続ける自立したフォークシンガーであり、自ら牽引するフォークグループのリーダーである。」

そのメンバーたちが、全国各地から集結する。
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笠木透の歌作りの思想を継承して、それを深化させている雑花塾を、心より応援したい。

私は電車で行く。一升瓶を担いで・・・。

滋賀県の友人から電話があり、行けるようになったと言うことである。彼は車で行くそうである。友たちと会えるも、とても楽しみだ。
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一昨日、奈良市の中田さんから嬉しい便りが届いた。中田さんたちは、昨年末に奈良市で「みんなで歌おう ミニコンサート -雑花塾 増田康記さんを迎えて-」を開催された。

中田さんから、その時のDVDや白黒写真、感想などが送られてきた。
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増田康記さんのギター演奏で、参加者は大きな声で歌っていたのを、思い出した。今写真を見ていると、皆さんの表情は明るく生き生きしている。
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奈良には、笠木透と雑花塾は何度も来られている。1995年には奈良市で、2000年には十津川村で、2001年には橿原市でコンサートが行われた。

私の住む団地の小学校にも、彼らは来られたことがある。子どもが在学中であったので、私も参加した。心を揺さぶられながら聴いたのを、今でも鮮明に記憶している。
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中田さんは手紙の中で、次のように書かれていた。
「笠木透さんが亡くなられたのは本当に残念ですが、雑花塾の方々(地域は遠くはなればなれになっていても)が、笠木さんの想いを受け継ぎ広めようと、これからもささやかながら頑張っておられるのを知って、私たちの出来る範囲での塾の皆さんへの応援を続けられたら良いなぁと思っています。」

中田さんのすばらしい言葉に、深く同感した。

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2017年2月10日 (金)

収穫

雪のちらつく中、奥さんのリクエストで、畑に野菜を採りに行く。家の辺りよりは、温度が低い。雪が少し積もっている。

白菜などを、大地からありがたくいただく。今年はネットをしたからか、出来が良い。

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しばらく陶芸に集中する。
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畑に出てみると、更に雪が積もっていた。辺りはすっかり雪景色。
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紅梅が咲いていたが、この雪にはさぞ驚いたことだろう。赤と白は絵になるので、写真を撮った。心が弾んだ。
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雪景色を撮ろうと、周辺を散策する。そのうち、雪は止んでしまった。
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千両の赤い実、山茶花の赤い花に、うっすら雪がかかっていた。
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奥さんは、白菜を使ってなんの料理を作ってくれるのだろうか。きっと手間のかからない鍋料理だろう。

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2017年2月 6日 (月)

雨が上がって

庭にヒヨドリがやって来た。よく見てみると、つがいのようだ。妻の話では、メジロもやって来るという。

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ようやく雨が上がったので、ウオーキング。

金蔵院に参る。境内にいらっしゃるお地蔵さまは、下半身が割れている。地震で倒れられたのであろうか。

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森八幡宮に参る。周辺には巨石が多くある。

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740年の恭仁京遷都の時に勧請されたという。
本殿は江戸初期の建立で、細工などもみごとである。
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境内の水舟は、舟のようである。
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このお宮は、巨石に守られているような感じがした。
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鎌倉末期の1345年に彫られた、不動明王と毘沙門天。長年の年月に耐えて、線刻がわりと鮮明に残っている。
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高去や森の集落に植えてある蝋梅が、今満開である。芳しい香りが、辺り一面漂っている。
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梅の花はもう少し先だ。
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クヌギ坂を通り、近道をして帰る。昔の幹線道路である。今でも、石畳がわずかに残っている。
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1万歩をやっと超えた。



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2017年2月 5日 (日)

鶯が・・・・

孫娘が幼稚園最後の発表会だったので、妻と見に行く。「桃太郎」のおばあさん役を、少し恥ずかしそうだったが、実に楽しそうに演技していた。それぞれの役には、数人の子どもが代わりばんこで務めていた。みんな一人一人が主役で、すばらしいと思った。

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発表会の帰りに、梅の花が咲いているのを見つけた。鴬が花をついばんでいた。私の持つ望遠レンズでは、その姿は辛うじて捉えられたに過ぎない。

あ~良いカメラとレンズがあれば・・・・。
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みんなで回転寿司を食べに行った後、孫家族と別れる。

地元で人気のパン屋に寄る。もちろん天然酵母で作られている。フランスパンがとても美味い。
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このあと、陶芸に行く。

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2017年2月 4日 (土)

米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会 総会

京都府立植物園では、実に優雅な時間を過ごすことができた。クスノキ並木を過ぎ、正門から鴨川に出る。川縁で、昼食をとる。春を思わせる暖かい天気だ。

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現実に戻る。

米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会の第3回総会に参加した。

丹後半島は、山陰国定公園、山陰ジオパークに指定されている。美しい自然を破壊して、2014年10月に米軍の基地が作られ、Xバンドレーダーが配備された。通信所と名づけられているが、これはれっきとした、ミサイルを追跡するためのレーダー基地だ。

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2年強が過ぎ、基地の第二期工事も予定されている。また隣接する自衛隊基地も拡張工事が進められつつある。まさに日米の集団的自衛権の行使の準備が着々と進められている。

日米の基地は、穴文殊という地元の人々から深く信仰を寄せられているお寺の両サイドにある。穴文殊の海食洞の上に米軍のトイレが作られて問題となっているが、今もそのままだ。
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京都連絡会の共同代表である、瀧川さんが挨拶をされた。月に二回京丹後を訪問して、ビラ配りなどをされている。戦争につながるいっさいを許さない、信念の人だ。

THAAD導入が予想され、軍事要塞化はますます進むであろう。仮想敵国を作り、軍備を増強する現政権には、韓国の民衆やウチナーたちと連帯して、きっぱりと対決しなければならない。
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共同代表の大湾さんの総括と、運動方針が提起された。「NO BASE 沖縄とつながる京都の会」の代表でもあり、鋭い分析をしながら論拠を重ねてスピーチされた。弱き側に立脚した、熱情あふれる人だ。

「現代の戦争は、二つある。一つは、支配階級が国家権力を使って労働者人民を弾圧・抑圧することである。もう一つは、仮想敵を設定して国家間の危機を扇動して、国民を排外主義で取り込み、支配を維持することである。」
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「私たちの旗印は、京都にも沖縄にも日本のどこにも、そして韓国など世界にも基地は要らないということである。」
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基地の騒音、軍人軍属の交通事故、高圧線など、問題は多発している。しかし、マスコミはこのことを殆ど取り上げない。

現地の人々の安全・安心を蔑ろにする、この米軍基地は早く撤去するしかない。

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抵抗の旗を立て続けていきましょう。

会計報告や規約改正、役員選出などが行われ、終わったのは4時過ぎだった。旗開きがあったが、私は参加せず。

地元でサッカー少年団保護者の同窓会(飲み会)があったので、そちらを優先した。多忙な一日だった。

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春を探しに

午後から集会があるので、京都市内に行く。北区であるので、JR・近鉄・京阪を乗り継ぎ、出町柳まで行く。高野川を渡り、下鴨神社の糺の森を過ぎる。

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河合神社に参る。ここには、鴨長明の方丈を模したものがある。一丈は約3mで、この狭いすみかに隠遁した長明は、やはり信念の人だ。
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下鴨神社に参る。紅梅がみごとだった。

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京都府立植物園に行く。

蝋梅はちょうど満開であった。
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梅林に行く。まだ咲き始めたばかりであり、まだ満開までには日にちがかかりそうだ。樹によっては、すでに5分咲きのものもある。
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寄せ植えハンギングバスケットコンテストが行われて、入賞作品が展示されていた。何れも美的感覚が優れている。

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クリスマスローズが開花している。この高雅な花には魅せられてしまう。

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森の中には、山野草の小さくて質素な花が咲き始めた。節分草、福寿草などを見つけて、接写撮影した。残念ながら、マクロレンズが無いので限度がある。「ちいさきものは、みないとをかし」で、とても風情がある。愛しい気持ちになってしまう。

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ノシランの青い種子は美しい。

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湿地には、ミズバショウが葉を伸ばしだした。
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思わず時間を過ごしてしまった。

京都府立植物園は、入園料が200円である。こんなに安くて楽しめるところは、他には無いだろう。

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2017年2月 3日 (金)

節分

三条通を歩いていると、かって豆屋さんであった古民家がコンビニに変わっている。風情が無くなり、少し悲しくなった。

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ならまちを歩く。旧元興寺の本堂跡は、資料館になっている。
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元興寺に参る。節分会があり、豆まきが行われる。住職さんはお話が上手だ。節分にまつわるお話をされた。多くの人たちが福をいただこうと、集まっていた。豆まきが始まった。
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豆まきの豆はあきらめて、たる酒の振る舞い酒をいただく。
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境内には、大阪城の蛙石が置かれていた。
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首なしの御仏がいらっしゃる。
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旧大乗院の庭園で、しばらく休憩する。
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荒池には、アオサギなどの野鳥が飛来していた。
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鹿の群れが休んでいた。

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鷺池には浮見堂がある。鴨が泳いでいる。
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この池の畔に、片山梅林がある。丸窓梅林ともいう。梅は三分咲きであり、満開までにはもう少し日にちがかかりそうだ。
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春日大社を過ぎ、若草山の方へ歩く。
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二月堂に参る。日の入りまでゆっくり過ごす。3月になれば、お水取りが行われる。
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6時前になったので、春日大社に参る。その周辺や参道にある、約3000基の灯籠に灯が灯り、荘重な雰囲気を醸し出している。
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興福寺に参る。6時30分より、追難式が行われる。Rimg_3572_r
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法要が行われているときに、鬼がやって来た。私のような年寄りには襲いかからず、子どもたちを脅していた。
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子どもたちはそんなに怖がっていなかった。人が演じていると知っているからであろうか。あるいは、現代には、もっと恐いものがあるからだろうか。










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