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2018年1月

2018年1月29日 (月)

ぼんやりと倉敷へ

一昨日から昨日にかけての、夢幻のような思いを引きずり、その余韻に浸りながら倉敷を散策する。

鶴形山に上り、倉敷の町を見下ろす。阿智神社の境内には、蝋梅が咲いていた。

「蝋梅は 小さな花だよ ・・・ 天から鈴が降ってきたような ・・・ 蝋梅は 心の花だよ・・・ 絶望の私に寄り添うような・・・この国の冬に花開いた 心に火を灯す 君が好きだよ・・・」尾崎さんの歌がどこからともなく流れてくる。 それにしても笠木透さんの詩は、比喩がすばらしい。

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倉敷川沿いに広がる美観地区を散策する。月曜日なので、観光客は少ない。
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星野仙一記念館を訪れる。巨人を倒すときの、星野選手の負けん気の強さが好きだった。1947年生まれだということで、早い死だ。
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郷土玩具館を訪ねる。
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民芸館を訪ねる。倉敷ガラスの柔らかい光に心惹かれた。
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備前焼が好きで、つい長居してしまう。
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アイビースクエアを訪ねる。クラボウ創業時の赤いレンガが、そのまま残る。
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酒蔵に寄る。
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物語館では、三島中州(ちゅうしゅう)の書が展示してあった。彼は、二松学舎大学の元になった漢学塾を開設した。
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酒津焼の重厚な焼き物に目を奪われた。
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その後、田舎に帰り、老母の顔を見て一安心。

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兄から泊まるように言われたが、次の日から仕事なので、とんぼ返りで帰った。

 

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2018年1月28日 (日)

マンスリーライブ・スペシャル!

岡山禁酒會舘マンスリーライブ200回記念、「マンスリーライブ・スペシャル」が、岡山市立オリエント美術館地下講堂で行われた。西アジアを中心とした美術品が多く展示されていて、岡山禁酒會舘のすぐそばにある。

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笠木透さんと、ピートシーガーの言葉が、まず眼に入ってきた。この二人は、尾崎ツトムさんの敬愛されている人たちであり、マンスリーライブの精神的・音楽的支柱なのであろう。
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以下、200回記念誌や、同封されたパンフから引用します。

実行委員長 北川文夫さんの挨拶

「岡山禁酒會舘マンスリーライブは、禁酒會舘の二階ホールで20年間200回のライブを開催してきました。(中略)マンスリーライブは、この禁酒會舘の建物に宿った反骨の魂が、今の日本のありように反骨の意思を示すたくさんのミュージシャンを呼び込んで歌わせてきたのではないかと思いを抱きます。」
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以下、出演者の歌を紹介します。

OZAKI UNIT の歌 「小さな館」・「木は立っている」・「君を想う」
黒瀬さん「2000年9月、これがオザキユニットの誕生です。全員記憶が曖昧ですが、禁酒會舘マンスリーライブには第30回頃から登場したようです。前座の慎ましく短い時間、ここには毎回尾崎さんの深いメッセージ、そしてゲストへの想いが詰まっています。個人主催のイベントが20年、200回続いているというとはまさに偉業。ですが、尾崎さんにはきっと通過点という意識で、これからもこの世の『理不尽』への怒りをバネに続けていくことでしょう。」
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大谷さん、渡部さん「私は人生の37%の年月をマンスリーライブとともに生きてきました。まさにLIVE=LIFEです。これからも、たくさんの方と刺激的でありながら疲れた心がじんわり温まる禁酒會舘マンスリーライブを共有できたらと思います。」
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ぺんぺん草 の歌 「アザミの花」

大森さん「困難な時代に真正面から立ち向かう表現の場として、自然体で楽しむ場として、くじけずに続けてこられたコンサートだからこそ、ステージに立つものが緊張の中でも、楽しく、歌い、語りかけることができるのだと思います。」
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武部 仁 の歌 「私が闘うということは」

武部さん「有名、無名にかかわらず出演者に平等に向き合い、それを受けとめて下さるお客さん、長年の積み重ねの賜だと思います。そういう場所にここ10年足らずですが、年に何回かお邪魔して楽しい時間を過ごさせていただき、本当にありがたいと思っています。(中略)近年は雑花塾の新曲合宿にも誘っていただき、ますます尾崎ワールドの魅力に取りつかれている私です。これからも『文化で闘う』の精神で思ったことを続けて下さい。」
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どすこいブラザーズ の歌 「共に生きる日を信じて」
市場恵子さん「音楽は人の心を慰め、和らげ、震わせ、勇気づけ、憩わせ、奮い立たせてくれます。平和や環境、人々の幸せを願い、その思いを歌に込めて歌う。歌う人や演奏する人と、聴く人が一体となって共感や感動を分かち合う。そうした営みが毎月一回、禁酒會舘で重ねられ、めでたく200回を迎えました。そのことが美しい『奇跡』です。床のギシギシ鳴るあの部屋で、古めかしいピアノや忘れかけたころに鳴る柱時計とともに、マンスリーライブが今後も回を重ね、温かい歴史を刻んでいくことを楽しみにしています。」
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雑花塾 の歌 「私に人生と言えるものがあるなら」・「黄昏」・「ワラの匂い」・「光の海」・「恵那山」・「メープルシロップ」

増田康記さん「表現者としてのオザキユニットやゲストの面々を支える岡山の人たちと、表現の場所としての禁酒會舘のあり様の中で、毎回毎回月を追うごとに野の花を咲かせ、岡山の地で根を張り、200回目の大輪を咲かせることになったのです。そのことに最大の敬意を持って祝福の拍手を贈ります。」
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上田達生さん「尾崎さん!!『あんたはえらい』としかぼくには言いようがない。ただ音楽が好きと言うだけでは200回も続けられるものではない。何が君を動かしているのか詮索してもしようがないが、きっと何か大切なことを君は探しているのだろう。」
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鈴木幹夫さん「尾崎ユニットと武部氏や地元の人たちの後に、第二部として約90分の長丁場のライブに突入するのだ。90分のステージは誰であろうといい加減な準備ではぜったいできない。上手い、下手の問題ではなくステージにどう向き合うかの姿勢が問われる.その誠実さを禁酒會舘のお客さんは見る。僕らのマンスリーライブに臨むスローガンはただひとつ、『尾崎に恥をかかせてはならぬ』。だから行きの車中はハーモニーの練習、松本から岡山までずっと歌いっぱなし。」

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川崎正美さん「毎月、こつこつと尾崎さんたちが続けてこられたマンスリーライブは、尾崎さんの表現者としての生きざまそのもののように思う。遠くで、確かに歩み、たたかう友人がいること、私には誇りであり、勇気の源である。ありがとう、尾崎さん。」
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Tune Delay の歌 「Will the circle be unbroken」(永遠の絆)・「Foggy mountain breakdown」

磯山好美さん「続けるってすごい!とあらためて。素晴らしいライブでした。この場の末席に加えていただいて光栄でした。」フェースブックより
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赤木一孝さん の歌 「スモモの木の下で」・「少年よ」・「人はそれでも」・「アンモナイトの朝」・「旅立ち」・「この光の中で」
赤木一孝「いつも演奏の始まる前には気になる路面電車の音が、演奏が進むにつれ何故か気にならなくなる。演奏する側とすれば、聴いてはる皆さんが近くにいらっしゃるので、どう誤魔化そうとしても実力以上のものは出せっこない。そういう意味では禁酒會舘は自分にとってはある種、修行のような場所なのかもしれません。」
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趙 博 さんの歌 「当世新説阿呆陀羅経」・「ワテらは陽気な非国民」・「息子よ、そのままでいい」・「ABE IS Over」・「ひでり」
趙さん「マルセ太郎、笠木透、賀川豊彦---忘れられない因縁を尾崎さんとお仲間の人々にいただきました。ぼくはこれを『岡山巴縁』
と密かに呼んで、喜んでいます。200回記念もご一緒できることを身に余る光栄と肝に銘じて、遙か300回を望遠している僕です。」

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よしだよしこ さんの歌 「鉱夫の祈り」・「私があなたを想うとき」・「忘れないということ」・「おやすみ愛おしい人」

よしださん「今自分は真剣か?一人のひとに誠実か?私がフォークシンガーとして生きていこうと、本当の意味で腹が決まったのは、この旧い館に集う方々との出会いが大きく強く支えとなったからだと想っています。それから、真剣、誠実な人たちがひとたび打ちあげの宴では、大いに飲んで笑い語る。その時間も私にとっては宝物です。思い出すだけで泣きそうになる宝物のようなシーンもあります。」
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尾崎ツトムさん「ライブの受付や映像などの記録でのサポートをしてくれたスタッフの皆さん、音楽以前と言われるわたしと一緒に我慢強く演奏してくれたOZAKI UNITのメンバーたち、照明音響といった面では最悪なライブ会場でも快く演奏してくださったミュージシャンの皆様、そして、私の思い付きや好奇心にお付き合い頂き、客席でゲストの表現を受けとめてくださった皆様に、心からのお礼を申し上げます。」
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北川文夫さんがプロデュースされた200回記念イベントは、非常に盛り沢山であった。昨日の記念パーティー、そして今日のスペシャルライブ、その後の打ちあげに至るまで、感激の連続で夢の世界のようであった。
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打ちあげでは、またまた飲み過ぎてしまった。人生の中の「ハレ」といえる、至福で貴重な時が流れていた。

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岡山でも雪が

温暖な岡山であるが、雪がちらついていた。

ホテル近くの大雲寺に参る。この寺も空襲に遭い全焼したが、石仏は割れたり黒ずんだりしているが、辛うじて残ったようだ。戦争をしでかす人間の業を、達観した眼差しで見ておられる。

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西川沿いで、「ほこてん」が行われている。雪がちらつく中、子どもたちは元気だ。音楽の演奏はたいへんだろう。

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リハビリを兼ねて、街中をただひたすら歩く。思いがけないものを発見する時もある。工芸菓子、SLを見つけた。

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備前焼の店では、長く立ち止まり観賞する。亡父の影響もあり、古備前には興味がある。現在の備前焼も、陶芸つくりの参考になる。
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若者たちの奏でる音楽に、しばし足を止める。
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岡山城の方へ行く。戦国時代の名残を黒壁が留めており、烏城(うじょう)と言われる。雪が激しく降ってきた。堀には、氷が張っている。

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この岡山禁酒會舘で、マンスリーライブが行われている。戦前の暗黒時代に、反戦運動の戦いの拠点だったという。戦火に遭わなかったことが、不幸中の幸いだ。現在も、ここから音楽のみならず、平和や文化を発信し続けている。

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マンスリーライブ・スペシャルの行われる、オリエント美術館に行く。

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2018年1月27日 (土)

岡山禁酒會舘マンスリーライブ200回記念パーティー

岡山禁酒會舘のすぐそばにあるホテル・エクセルで、200回記念パーティーが行われた。

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1988年に、尾崎ツトムさんが音楽集団「木々の緑、風そして人々の歌」を旗揚げされた。「音楽を基盤にして、人々と時代や社会との関わりを求めることができたら」という趣旨である。

そして、その10周年記念として、1998年2月に第1回岡山禁酒會舘マンスリーライブが行われた。当初は、市民運動や社会運動の発表が主であったようだ。第1回はダム問題、第2回は「『沖縄の心』を生きる」、第5回は「放射能のゴミはいらない」など、この国の理不尽を先取りして、問題提起されていた。

今回、北川文夫さんが中心となって企画し、「200回記念誌」を作成された。この中に、200回のマンスリーライブのゲストや内容が詳しく載せられている。また、ライブに関わりのある人たちがメッセージを寄せられている。20年間の音楽活動や社会活動の、豊かな実りのある具体的な歴史が伝わってくる。

尾崎ツトムさんが次のように書かれている。「この200回のライブは何を生み出したか?と問われると、なかなか答え辛いものが有りますが、私達が生きる社会をより良い社会にしたいと願い、自らも『人間として』より良い生き方をしたいと願っている方々の胸の奥に、大切な何かを残してくれたように思います。また、それらの方々が互いに交流をもつ一助になったようにも感じます。」

まさに、岡山禁酒會舘に集う人たちの、ライブ=ライフである。

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パーティーは、北川文夫さんの思いのこもった司会で進められた。40名くらいの参加者は、始終満面の笑顔が溢れていて、和やかな雰囲気に満ちていた。笑い声があちらこちらから次々にわき起こっていた。私はこの中の一員であることが、嬉しくて仕方なかった。最初からもう込み上げるものがあり、夢を見ているようで、心ここにあらずというような感じだった。

OZAKI UNITの挨拶では、みなさんはさりげなく喜びを表しておられた。謙虚なスタイルに、好感が持てた。長老の尾崎さんと、若手の黒瀬さん大谷さん渡部さんとは、創造の世界に身を置く者として互いに支え支えられている。信頼関係という言葉では、到底言い足りない。

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北川文夫さんは、マンスリーライブへの思いを切々と述べられた。彼らしいと思われたのは、記念誌に笠木透の「無告の民」の呼びかけ文を同封されていたことである。北川さんの思いでもあるのだろう。「無告の民」の一部を、以下に載せます。

「私たちの生存の根源である、憲法九条が改悪され、この国が再び戦争をする国になることを許すわけにはいきません。私たちは、私たちと同じあなたに呼びかけます。一緒にやりませんか。あなたの参加を願い、心待ちしております。」
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尾崎ツトムさんは嬉しさはもちろんあるようだが、200回を淡々と迎えられたようだ。まだまだ通過点に過ぎないのだろう。今回は、北川さんの熱い思いに、全面的に協力されたようだ。奥さんはいつも「縁の下の力持ち」で、あらゆる面でフォローして下さっている。たいへんありがたい存在だ。

「ライブは、音楽を創る人、聴く人、その両者が出会う場を準備する人、その三者がいて初めて成立するものであり、その関係は対等かつ不可欠のものだと思っています。」

尾崎さんのこの言葉に、ライブが200回続く秘訣を教わったような気がする。
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ゲストミュージシャンのメッセージが続いた。

よしだよしこさんは、喉を痛めておられるようだった。岡山で、あらゆる面で成長させていただき、新しい曲もできたことを、心から感謝しておられた。翌日のライブに、よしださんの歌を期待しよう。
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趙 博さん(パギやん)は、「息子よそのままでいい」にまつわる、障がい者を持った親の立場に心を寄せられて話をされた。その後、めでたい朝鮮民謡を歌われた。問題の核心をズバリと指摘される、批判精神は抜群だ。
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赤木一孝さんは、FOLKS分裂後にリーダーの笠木透と岡山で再会されたという。このライブは、確かに出会いの場所と言えるだろう。高度なギター演奏、純粋な音色や、高音の伸びのある歌声、どれをとっても一流である。更にその話術は、故・桂枝雀を思わせるような、面白みと味わいがある。
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尾崎ツトムさんが、「ホーボーズ ララバイ」を叙情性豊かに歌われた。ピートシーガーをトリビュートされたのだろうか。マンスリーライブ200回は、尾崎さんにとって人生という旅の途上であるのだろう。まだまだこれから旅は続いていくのだろう。
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「雪のチャンプル」の川崎正美&草汰さんが、「君を想う」を歌われた。草汰さん作曲の、情愛のこもった歌である。参加者の心をぐっと引き寄せていた。私も初めて生でお聴きしたが、自らも優しい気持ちになっていくのがわかった。
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松本市から来られた鈴木幹夫さんは、雑花塾の一員である。鈴木さんと尾崎さんとは、音楽的感性が最もよく合うようで、互いに作詞作曲をされていて、笠木さんからの評価も高かったのではないだろうか。

今日は、「川は忘れない」を歌って下さった。この歌の主人公、大石誠之助が新宮市の名誉市民になったことも紹介されていた。鈴木さんの歌唱はダイナミックで、笠木さんを思わせるようである。繊細な感性を、随所に発揮されている。
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鳥取の武部仁さんが歌われた。尾崎さんの詩「酒を飲む」に作曲された歌を披露された。「朝飯に残り物の刺身があれば 朝から構わず酒を飲む・・・・」観衆の笑いを一挙に集めていた。歌のなかにも表情があると思わせる、民衆の中のフォークシンガーである。
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大山から来られた「ぺんぺん草」大森夫婦が、「ソング」を歌われた。二人の息がぴったりで、持ちつ持たれつで歌のありかたはこうでありたいと思った。聴いていて、実に心地良い世界に連れて行って下さる。
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姫路の大西隆志さんの歌は、迫力があった。特に最後は爆発的に歌われた。彼とは宴席が隣であったので、歌のことや社会問題のことなど、いろいろ語り合った。今を真摯に生き、熱くうたう詩人であった。

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マンスリーライブの聞き手側の人たちが、メッセージを次から次へと述べられた。写真はそのほんの一部である。

いかにこのマンスリーライブが生きがいとなっているのかを、それぞれよく伝えられていた。彼らにとっても、ライフ=ライブなのだろう。私も前に立ってスピーチしたが、思っていることが何も言えなかった。私らしい、のかも知れない。
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OZAKI UNITの大谷さんと渡部さんのお礼のスピーチは、心温まるものだった。ギターリスト黒瀬さんを含めて、若い感性をもたらし音楽的に肉付けされているバックボーンであるのだろう。初めて禁酒會舘を訪れたとき、受付にいた小学生だった娘さんも、今大きく成長されていた。
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最後に、「私の子どもたちへ」をみんなで歌った。あふれる感動が、次から次へと波のように打ち寄せていた。このように流れる時間を、「至福」の時というのだろう。
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市場さんが集合写真を撮って下さった。これも、実にありがたいことである。思い出が、形にのこるから。

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ビールに始まり、ワインをしこたま飲んだので、ビデオ撮影など、記録係としての務めはあまりできなかったようだ。

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はだか祭りの前に

大事なイベント(岡山禁酒會舘マンスリーライブ200回記念)があり、早朝家を発つ。

西大寺で下車して、西大寺観音院にお参りする。駅前や寺近くの公園には、会陽(えよう)・はだか祭りの塑像が建っている。

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2月第3土曜日に、会陽(えよう)・はだか祭りが行われる。宝木(しんぎ)を大群のはだかの信徒たちが争奪する、勇壮な祭りである。本堂の大床には、一升枡にひとりの割りではだかが詰め込まれる。はだかの群れはもみ合う。それを「渦」と言うらしい。

仁王門を入ると、本堂と三重の塔が目に飛び込んでくる。牛玉(ごおう)所権現の傍には、大きなクスノキがある。

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今は、その祭りの準備が行われていた。観客席、立ち見席も用意されている。

いつかは見に来たいものだ。
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庫裡も風格がある。
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地蔵菩薩は、人間的な表情をされている。
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吉井川の雄大な流れを眺める。
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お寺の周辺には、寺内町が広がっている。人気はあまり無いが、懐かしい雰囲気が漂っている。
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岡山に行き、まず腹ごしらえ。岡山ラーメンを食べる。醤油味の深みのあるスープが、細麺によく合い、とても美味しかった。
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岡山城を真下から眺め、次に旭川の対岸から眺める。
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出石町界隈は、戦前からの町並みを残している。

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市内を歩き回っていると、随所に彫刻を見つける。それも楽しみのひとつだ。

「平和の女神」
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「水辺のももくん」
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「浦上玉堂」(文人画家)
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ホテルに荷物を置き、パーティーの行われるホテルに行く。

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2018年1月26日 (金)

氷の世界

当尾の工房まで歩いて行く。そこまでの道はいろいろあり、今日は山中越え。

畑の畝のあいだには、氷が張っている。

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蝋梅の満開までは、もうしばらく日にちがかかりそうだ。
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新川沿いの梅は、まだ蕾が固い。
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川の傍らに石仏群がある。南天の赤い実に、石仏は眼を細めている。
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山中の坂を登り切ると、千日墓地。青空を背景として、石の鳥居が映える。
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六地蔵を見守る阿弥陀如来。お顔の表情が、いつ見ても穏やかである。
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更に山中の道を歩く。道の傍らの大木の下には、小さい石仏がある。誰が何を思って、置いたのだろうか。
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道を外れて竹藪の中に入っていくと、六地蔵とお地蔵がおられた。初めてお目にする。まだまだ私の知らない石仏がおられるはずだ。
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曇り空に代わり、雪がちらついてきた。

工房に着く。家の裏側に回ってみると、氷の花が咲いていた。
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軒下には、氷柱が伸びていた。50センチを超えているであろうか。青空で光が当たったら、もっときれいだろう。
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雪のちらつく中で、しばらく草刈りに没頭する。作業をしていると、体が自然と温まる。これが何とも言えず気持ちいい。
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春の訪れが待ち焦がれる。

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2018年1月21日 (日)

新年会

ソフトバレーチームの新年会が、夕刻より加茂駅近くの「よし菜s'style」で行われた。この店は昨年できて、口コミで人気が出つつある。

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昨年の4月末の公式戦時に、アキレス腱を断裂して二ヶ月入院した。その後、リハビリを続けているが、主治医が1年間の活動禁止命令を出しており、長らく練習にも参加していない。それで、仲間たちに会ったのも本当に久しぶりであった。

みんなで記念撮影。

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バレー談義や、旅の思い出話など、楽しく語りあった。みんなよく笑い、賑やかすぎるくらいであった。

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料理は、魚介類を使った和風のものがメインで、シルバーたちには食べやすかった。味付けも洗練されていて、見栄えも美しかった。

酒豪そろいなので、よく飲んだ。
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話は尽きなくて、遅くまで長居してしまった。




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当尾文化祭

第4回当尾文化祭が、当尾の郷会館(旧、当尾小学校)で行われた。グランドでは、今高騰している野菜が格安で売られていた。当地の、当尾ゴボウを買い求める。

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20日(土)のオープニングセレモニーは、山城ノ国和太鼓「鼓粋」による演奏である。この会館で練習をしているという。山中にあるので、いくら練習をしても苦情は出ないだろう。迫力ある音が、青空に響いた。
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20日(土)、21日(日)の二日間、元教室を使って、さまざまなジャンルの作品が展示された。文化の多様性がよくわかり、見ているだけで楽しくなる。
パッチワーク
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よみがえる古布
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石ころアート
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絵画
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絵手紙
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竹細工
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華道
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彫刻
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精密竹細工
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プロの作品も、さりげなく展示してある。

カワキタさんの風刺画には、つい見入ってしまった。現代社会の問題を、わかりやすく具象化されている。深く考えさせられてしまった。

「格差社会、富の集中」
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「国境線」
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陶芸
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拙作(何か存在する力に乏しいが、これが今のレベル。)
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昼食は、当尾ゴボウ入り肉うどん。汁まで全て飲み干した。
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21日(日)午後からは、フルートのコンサートが行われた。100人くらい入る部屋は、満席であった。当尾出身の音楽家、梅谷さんが軽快に演奏された。「明日にかける橋」「愛の賛歌」など、よく知っている曲ばかりで乗りが良かった。旧当尾小学校の校歌は、観客は演奏に合わせて歌った。
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次に、岩船寺執事の植村宥善(24歳)が「ぼくはお坊さん」の題で講演された。高野山での厳しい修行を語られた。71人の修行僧の中で、13人が精神的に崩れて山を下りたということだ。食堂(じきどう)内での食事中や、一日三回の掃除中には、少しのおしゃべりも許されない。もしこれを破れば、写経という厳しい罰がある。
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修行中一番何を教わったか、植村さんは「掃除」だと言われた。掃除が上手な人は、隅々まで視野が行き届く人である。これは、人の心までも見渡すことができる。

最後に、「如実知自心」の言葉を教えて下さった。ありのままの自分を知る、という意味だ。あまり自省しない私にとって、耳の痛い言葉だった。その他、教わることが多々あった。
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浄瑠璃寺からは、今年のカレンダーをいただいた。秘仏「吉祥天女立像」がズームで撮影されている。仏ではあるが、美しい顔に魅了された。
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二日目は3時に終わり、皆で後片付け。

当尾の地も高齢化が進んでいる。続けることで、生きがいを生み出し地域の活性にも寄与できることだろう。

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2018年1月20日 (土)

米麹と春鹿

奈良に米麹と春鹿を買いに行く。

まず、京終(きょうばて)の井上本店。赤煉瓦の工場である。米麹を作っているのは、市内でここだけになってしまった。醤油作りが本業で、夏以外は米麹も作っている。製造元なので、とても安い。

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奈良町に行く。「しぼりばな春鹿」純米吟醸生酒を買い求める。岡山のOさんへの土産である。試飲できるが、車なので残念!室町時代に建てられた、今西家書院が隣接している。
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奈良町を少し散策する。浄土宗の興善寺に参る。水仙が、可愛いラッパを吹いている。

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蕎麦屋「玄」を訪ねる。残念ながら、売り切れ。
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奈良町には、洒落た店が多くできた。昔はもっと地味だったのだが。
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元興寺に参る。石仏にしばし心を洗われる。
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家に帰り、甘酒を作る。お粥をたき、米麹を入れてかき混ぜるだけだ。後は、炬燵に温度管理を任せる。55度前後が一番よく糖化する。50度以下だったら酸っぱくなり、60度以上だと甘くならない。
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昔はよく、どぶろくを造っていた。

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2018年1月19日 (金)

蝋梅

当尾文化祭が、20日(土)21日(日)当尾の郷会館で行われる。拙作を展示するために、今朝搬入する。

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軽トラには、犬やタヌキや蛙が載せられている。
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周辺を散策する。日曜には、この国栖神社で写生大会が行われる。
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蝋梅を見に行く。まだ蕾で、咲く準備を健気にしていた。
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地蔵石仏、不動石仏に参る。
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いつも花が手向けられている。

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2018年1月14日 (日)

とんど焼き

我が住む団地で、自治会主催のとんど焼きが行われた。私は役をしているので、手伝いに参加する。

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ぜんざいを大鍋二つで作る。かき混ぜるのにかなり力を使った。
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もちを1000個余り焼いた。持ちがぷくっと膨れるのが、おもしろい。
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鏡開き!樽酒のふたを割る。
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とんどに火が付けられる。
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ぜんざいと、御神酒をいただくために、長い行列ができる。
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三人で、次々に器に盛っていく。なかなか行列がなくならない。
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とんどが燃え尽きる頃になると、人が少なくなった。
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樽酒の御神酒も、すっかり空になっていた。
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ようやく自分もぜんざいをいただいた。お酒は飲み損なった。
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この後みんなで片付け。共同作業が楽しい。

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2018年1月13日 (土)

柑橘類の収穫

わらべ地蔵は、だいぶこの地に慣れ親しんできたようだ。誰もいないときに、笑い声がする。

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当尾大門の陶芸工房へ歩いて行く。約4キロの適度の距離だ。
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途中にある、プラネタリウムと山の家は3月末で閉鎖が決まった。赤字だとは言え、その存在価値があるはずなのに、お役所は血も涙もない。
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真っ青な空だ。畑の柿も、鳥の食糧になっている。
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脚立を用意して、ハッサクの高枝を剪定する。

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イチョウの枝が青空に伸びる。
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このところ寒い日が続き、家陰では氷柱ができている。レモンの木にも、長い氷柱が。
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渋柿の渋が抜けて、とても甘い。何個でも食べられる。
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柑橘類の収穫。自由に採らせていただいている、畑の主に感謝する。

ハッサク
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レモン
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柚子

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スダチ

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しばらく陶芸に没頭。
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草刈りは腰が痛くなり、少しずつやっている。
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また、家まで歩いて帰る。

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今夜は、入籍した三男の夫婦を招いて、手作りの祝いをする。

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5月にささやかな結婚式を挙げる。嬉しさのあまりに、日本酒を飲み過ぎた。

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2018年1月 8日 (月)

島に渡れず

特急南風に乗り、丸亀駅で下車する。翌日本島に渡る予定である。本島は塩飽水軍の根拠地であり、今でもその名残がある場所だ。

安ホテルで、土佐の酒を味わう。昨日までが豪勢だったので、質素にする。

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雨だった。計画は崩れ、早めに発つことにする。それまで、新春フェスタが城界隈で行われると聞いたので、雨の中行くことにする。
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急坂を上る。「石の城」と称されるくらいに、石垣が実にみごとである。
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三の丸の庭園には、ちょうど十月桜が咲いていた。バラ科の花で、小さい可憐な花を咲かせていた。
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三階三層の天守閣に上る。日本一小さな現存木造天守であるという。
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丸亀港や本島、飯野山(讃岐富士)や瀬戸大橋を遠望した。雨でぼんやりとした形しか見えなかった。
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丸亀城を下りて、フェスタの行われている場所に行ったが、雨のために中断していた。鉄砲隊の砲撃を見たかったのだが、残念!
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雨宿りを兼ねて、丸亀うちわの作成を見る。大変な手作業だ。ものへの愛おしむ気持ちが、昔のほうがあったような気がする。
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讃岐うどんをいただく。やはり腰があって、実に美味しい。
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また、うどん県を訪ねてみよう。本島や、巨大なクスノキのある志々島を訪ねたい。

青春18切符で、加茂まで約5時間。疲れが出たのか、つい寝入ってしまった。

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2018年1月 7日 (日)

自転車遍路

ホテルで自転車を借りて、にわか遍路になる。学生の頃、自転車で土佐の四国霊場札所を全て回ったことがある。40数年ぶりに追体験をしようと、思いついたのだ。

道路脇に、よさこい踊りの像がある。昔は、それほど大きな祭りではなかったような気がする。

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約40分くらいで、四国霊場33番札所の雪渓寺に着く。雪がめったに降らないのに、このような名が冠せられている。長宗部家の菩提寺とされている。遍路さんが一人おられて、お経を唱えられていた。興味のある、石仏の方に視線が向く。帽子のかぶり方がおもしろい。
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更に自転車に乗って進むと、ようやく太平洋が見えてきた。その雄大さに心がときめく。
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桂浜に行く。太平洋の荒波に、油断していると足をすくわれそうだ。浜辺に座り小石を拾う。大岩の海鳥を撮影する。やはり危惧していた通り、突然波が伸びてきて、靴の上まで浸かってしまった。靴や靴下が濡れてしまったが、どうすることもできない。自然に乾かすしかないだろう。

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浦戸湾を遙か下に眺めながら、大橋を渡る。
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鰹を模した店がある。時間が無いので、通り過ぎる。
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五台山まで行き、自転車から降りて歩く。四国霊場31番札所の竹林寺に参る。初詣の人が多い。やはり石仏のほうに、目が向いてしまう。五智如来は、大日如来の悟りの世界を表す立体曼荼羅である。
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近くに牧野植物園がある。時間が無いので、パスする。もっと良い季節に、必ず訪ねてみたい。
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五台山展望台から、高知市街がよく見える。
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高知城まで行く。追手門から真っ直ぐ伸びる追手筋には、フェニックスやクスノキが植わっている。ここで、日曜市が開かれている。およそ400店というから、日本最大の市だろう。学生の頃には、何も買うものがないのによく来ていた。店主と買い物客との会話がおもしろいので。

本当にいろんな物を売っている。植木や園芸、骨董や手作り作品、魚介類や季節の野菜など、売ってないものが無いほどである。しかも安いのにはビックリするほどである。やはり食べるものが一番多い。文旦、春の七草、芋の天ぷら、トマト、キムチ、自家製パン、漬物、味噌・・・・、限りない!
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成人式を終えた若者たちも、遊びに来ていた。

日曜市の初市で、2時頃には早々と店じまいするところがあった。協力しながらてきぱきと店をたたみ、あっという間の作業だ。
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名残惜しいが、高知を後にする。
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土佐への旅で、いくらか青春を探すことができたような気がする。悲しすぎることだが、土佐の友人は死去していた。

3月上旬の「土佐のおきゃく(宴会)」の頃に、一度来てみたい。中心街を開放して、県内外の人たちが酒を酌み交わすらしい。

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2018年1月 6日 (土)

酒と鰹と海と

土佐二日目は、快晴だった。駅前の志士たちは格好良すぎるので、好きでなく足早に過ぎる。明治維新から150年経つ。歴史教科書では評価するように書かれているが、正しく検証する必要がある。

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今日は、青春18切符を使う。伊野駅を過ぎると、最後の清流と言われる仁淀川。小さい駅を何駅も過ぎて、ようやく土佐久礼駅に着く。

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中土佐町は、「土佐の一本釣りの町」として知られる港町である。この町に、江戸中期に創業した、県内最古の酒蔵がある。早速、酒蔵に直行。

四万十川源流の里でできた米を使い、仕込み水は四万十川伏流水である。試飲の酒を、各種何杯もいただく。地名を酒名にした「久礼」(生酒)を買い求める。蔵の奥から持ってこられた、作りたての酒である。
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海の方へ行く。漁港のそばで、アジを干物用にさばいている。
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津波一時避難タワー(純平タワー)がある。しばらく海を眺める。双子のような、双名島が見える。
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久礼八幡宮に参る。小賀玉の木に取り囲まれている。土佐三大祭の「おみこくさん」を、秋に見に来よう。
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久礼大正町市場に行く。魚がとんでもない安さだ。しかも、生きが良い。鰹のたたきと、天ぷらを買い求めて、再び浜へ行く。

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太平洋を見ながら、「久礼」をいっぱい飲る。鰹のたたきが、たまらないほど美味しい。至福の時である。
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土佐新荘まで行く。道の駅「かわうその里すさき」で鰹のたたきを買い求める。ショップ「たけざき」で、出汁巻きを買い求める。富士ヶ浜まで歩き、太平洋を見ながら、またいっぱい飲る。
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須崎駅から乗車して、佐川駅で下車する。ここには、「司牡丹」の酒蔵がある。学生の頃、この酒が一番好きでよく飲んだものだ。搾られたばかりの「司牡丹あらばしり」を買い求める。
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ホテルでは、鰹のたたきがまた出てきた。やはり浜辺で食べた方が、格段に美味しい。
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部屋に戻ってからも、司牡丹をちびちび飲む。若かった頃の思い出が、走馬燈のように次々に浮かんでくる。

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2018年1月 5日 (金)

青春を探しに土佐へ

大学時代は、酒と学生運動と旅に明け暮れた。あまり勉強をしたような記憶は無い。太平洋にひかれて、初めて親元を離れて学生生活を送った。引っ越しも、失恋も、数え切れないほどした。

そんな大学時代の自分を探しに、土佐を流浪した。

岡山まではおとなび切符(2400円)、岡山からは高知観光きっぷ(特急往復、4日間有効、6480円)、青春18切符の格安切符を利用した。

大歩危・小歩危を窓から眺める。

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高知駅で下車して、まず飛び込んだのは坂本龍馬ではなく、「べろべろの神様」。これは、土佐の酔たんぽ(ヨッパライ)たちの願いを受けて、偶像化されたという。

学生時代に毎晩のようによく飲んだのを、懐かしく思い出した。べろべろに酔っ払って、一升瓶を担いだまま川に落ちたこともある。

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少し雨が降っていた。はりまや橋まで歩く。土佐国はやなせたかしさんの故郷であるので、アンパンマンがよく目につく。

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早速、ひろめ市場に行く。ここでは昼間から飲んでいる人が多いので、気が楽だ。
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お目当ては、大好物のカツオのたたき。藁焼きをしているのに、目を奪われる。簡単なようで、難しそうだ。
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今朝とれた「どろめ(鰯の稚魚)」や、鯨の竜田など、珍味を売っていた。これからの予定があるので、辛うじて飲むのを控える。
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高知城に上る。学生のころ図書館に来た折に、よく寄っていた。「板垣死すとも自由は死せず」の像が、樹齢約270年の栴檀(せんだん)の傍らに立っている。
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高知文学館では、ちょうど「酒と文学展」をしていた。

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雨が上がって、晴れ間が見えだした。宿泊するホテルに行き、自転車を借りる。これで、行動範囲が広がる。

龍馬の生まれたまち記念館を訪ねる。今年は、明治維新から150年に当たる。記念すべき年なので、この維新を美化するばかりではなく、どう評価するのか新しく捉えなおすべきだろう。
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鏡川を渡れば、母校がある。

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卒業後43年経ち、母校を訪れた。校舎も周辺も、たいへんきれいになっていた。なぜか寂しくなった。物足りなかった。

私の通っていた頃は、門や構内に学生運動の大きな立て看板が乱雑に置かれていた。それぞれのセクトが、違ったヘルメットをかぶりゲバ棒を持ち、ジグザグデモをしていた。大学が封鎖されたこともある。
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何度も引っ越しをしたが、最後にいた下宿先を訪ねてみる。家賃は確か、5000円であったと思う。風景が変わっていて、その場所が分からなかった。
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ホテルに戻り、夕食。ビールや日本酒を飲み、部屋に戻り、持参した焼酎を飲んだ。
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昔のことが次々に思い出されて、酒を飲みすぎたようだ。

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2018年1月 4日 (木)

ハレからケに

正月が瞬く間に終わった。

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怠けた体をシャキッとするために、当尾大門の陶芸工房まで歩いて行く。冬枯れの田畑は、荒涼としている。

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新川から別れて、山を登っていく。
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千日墓地に参る。石仏に、今年もよろしくお願いしますと、お祈りする。温かい表情で迎えていただいた。
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しばらく陶芸に没頭する。土は冷たくて、根性がいる。30センチ内外の皿を、轆轤でつくる。
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昨年秋頃から作った作品が、焼かれるのを待っている。
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陶芸を終えて、畑に出てみる。ワサビ菜や水菜が、成長している。
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ハッサクを収穫する。ひとつ試食したが、甘くなっている。
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また、歩いて帰る。南天の群生がある。
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大門の石仏に、今年もよろしくとお祈りする。
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家まで、片道約1時間。寒風の吹く中、ひたすら歩いた。

ハレからケに、また日常が戻ってきた。

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2018年1月 2日 (火)

湖北

今年最初の流浪は、青春18切符を使って湖北へ。

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木ノ本駅で下車して、北国街道を歩く。正月から歩くような変わり者は、誰もいない。軒下には、残雪がある。
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酒蔵には、どうしても足が止まってしまう。
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旧庄屋の屋敷。江戸末期の1847年に建築。
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屋根の上には、福の神がおられる。
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家主は、1893年に薬剤師の一号免状を取得したという。昔懐かしい看板が掲げられている。
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また、酒蔵で足が止まった。「七本槍」の美味しい酒があるが、正月休みであった。
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醤油屋も数軒ある。
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洋風の古い建物も、随所にある。
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木之本地蔵尊に参る。初詣する地元の方たちで賑わっていた。
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また電車に乗り、長浜駅まで行く。

琵琶湖を見に行く。霙が降ってきたが、鳥たちは楽しく遊んでいる。
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長浜鉄道スクエア(現存する日本最古の駅舎)を過ぎる。慶雲館でまもなく盆梅展が開かれる。
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長濱浪漫ビールを過ぎる。この辺りは、とても風情がある。
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大通寺に参る。真宗大谷派の長浜別院である。
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北国街道に面する、黒壁スクエアに行く。1900年に建てられた銀行は、ガラス館として甦っている。無料の甘酒を振る舞っていて、これが実に美味しかった。
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1871年に建てられた開知学校。県下初の小学校という。
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歩き疲れたので、帰途につく。車内では、うたた寝が気持ちいい。

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2018年1月 1日 (月)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

拙ブログはマイペースで続けますので、お暇なときにご覧下さればありがたいです。

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年末年始は田舎に帰らず、京都で過ごす。人生初めてのことである。昨夜は除夜の鐘を撞きに来たかったが、飲み過ぎて早々就寝。

東京から息子家族が年末からやって来ており、浄瑠璃寺に初詣で。三重塔は開扉しており、薬師如来にお参りする。本堂前には大きな門松が。

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早々東京に帰る息子家族を木津駅まで送り、その後ひとりで行動する。

まず鹿背山不動へ。不動明王は、火炎を背に右手に剣を持ち、襲いかかる災難に立ち向かって人々を守る。左手には、羂索を持ち憤怒の形相で一人ひとりの形相を厳しく叱責する。堂内には立ち入れず、暗くてお姿は拝見できない。

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山に上り、「しょんべんたれ地蔵(鎌倉後期)」に参る。次に、「春日のおばはん(室町時代)」にまいる。お腹がぷっくら膨れているところから、名づけられた。面白いネーミングだ。
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近くには、「幻の大仏鉄道」の遺構がある。加茂と奈良との間を結ぶ約10キロの路線で、蒸気機関車が走っていたという。約100年前のことである。
鹿背山橋台、梶ヶ谷隧道、赤橋を見学する。

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まだまだ日が高いので、初詣を続けた。鹿背山ふもとの地蔵院に参る。十三重石塔がみごとだ。

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大野山ふもとの西明寺に参る。石塔が安置されている。
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元日が、早くも過ぎていく。




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