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2018年5月

2018年5月31日 (木)

まるでファーマー

5月29日(火)、友人のIさんから、キャベツ採りを誘われた。Iさんは退職後、実家の農業を手伝っている。奈良県境の尾根道を行く。

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キャベツ畑は、県境の北側の奈良県にある。収穫が遅すぎて、大きくなりすぎ破裂したのもある。採ったキャベツは、バレーの仲間たちにプレゼントする。何日もキャベツばかりの料理となりそうだ。
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Iさんから、畑を自由に使ってもいいと、嬉しいお言葉。

早速、行動に移す。般若寺の近くにある、種苗店に行く。サツマイモ(鳴門金時、紅はるか、安納芋など)や、西瓜や南瓜、落花生などの苗を買い求める。
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5月30日(水)、雨が上がったので、Iさんと共に苗を植え付ける。サツマイモはマルチをした。根付いたら良いのだが・・・。
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山中の田植えは、すでに終わっている。川がないので、まさに「天水米」である。
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畑の周辺の草刈りをする。

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また別な日、Iさんと共に栗林の草刈りをする。栗の花が咲いている。花が落ちるころに、梅雨入りだということだ。

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3時間ほど、夢中で草刈りをする。汗をぬぐうときに、生きている実感がわき起こる。

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草刈り前。
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草刈り後。
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土と共に過ごす日々だ。

大門の陶芸工房そばの畑でも、草取りが忙しい。こちらは鎌で行うので、すぐに腰が痛くなる。ジャガイモの花は、実直そうだ。

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柚子の花の周辺には、高貴な香りが漂っている。
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南瓜の大きな花。
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ミニトマトがなり始めた。
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空豆を収穫する。
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一日が経つのが早すぎる。

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2018年5月20日 (日)

三峰山登山

木津川源流体験と銘打って、三峰山(みうねやま)登山。「忍者も使った薬草の宝庫、三峰山で修行」と、募集チラシにある。

木津川上流域河川レンジャーの池田氏がリーダーである。彼は忍者研究会の代表であり、元職場の同僚でもあった。その他、伊賀薬剤師会の3人がスタッフとして参加されている。

車で木津川の支流、名張川を遡る。名張市を越えると、人家も少なくてまさに清流である。

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スタッフを含めて、総勢20名。みつえ青少年旅行村の手前にある、登山口から歩き始める。
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薬剤師の堀内先生たちが、ていねいに野草や樹木の解説をしてくださる。その特徴や見分け方、どういう成分が含まれて、どのような効能があるかなど、興味は尽きない。なお、先生は三大上忍とされる百地家に縁があるということだ。
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毒草と言われる、トリカブトやハシリドコロ、バイケイソウを教えていただいた。例えば、「ハシリドコロ」の解説。「食べると錯乱して走り回ること、また根茎がトコロ(野老)と似ているところから。アルカイド類のトロパンアルカイドを主な毒成分とする。ロート製薬パンシロンと関係がある。」

池田氏は、これは忍者が毒草として、あるいは薬草として利用していたものと解説された。
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ルリセンチコガネは、まさに瑠璃色。
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ツチグリは、キノコの仲間である。
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不動滝でしばし休憩。滝飛沫が爽快である。
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オオブナに木登りして、忍者ごっこを楽しむ。
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大日如来碑が置かれている。
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三峰山の山頂から、周辺の山々を眺める。三峰山は標高1235mあり、奈良県御杖村、三重県松阪市・津市にまたがる。倶留尊山(1037m)や大洞山(1013m)などが、間近に見える。
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八丁平で、昼ご飯。ここからの眺望は、南方に位置する大台の山々が遠望できる。風が強くて、冷え冷えしている。
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八丁平の周辺には、シロヤシオ(ゴヨウツツジ)や山躑躅が咲き乱れている。
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この斜面には、ホソバヤマハハコが群生するという。また、ぜひ見に来たい。
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池田上忍は、猿に変身した!!その後、石仏にも!!
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下山する途中、水の流れ出るところで喉を潤す。ここが名張川源流にあたる。清冽な水を何杯も飲み、ペッドボトルにも汲む。木津川・淀川を通り、大阪湾に流れ込む。なお、南斜面の水は、伊勢湾へと流れ込む。
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二人静は、すみれ科の仲間だ。
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ギンリョウソウは、ユウレイタケともいい腐生植物である。
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イナモリソウは、赤目七草と言われる。

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コアジサイも咲いている。
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名張川沿いには、タラの芽が生えている。
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全員無事で下山し終えて、車で移動して姫石ノ湯に入り、汗を流す。
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約10km約6時間の登山は、薬剤師と忍者の解説もあり、実に楽しく有意義だった。

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2018年5月18日 (金)

茶運びの肉体労働

童仙房で茶摘みの手伝いをする。精華九条の会の布施田さんから、実家の新茶摘みを手伝って欲しいと要請があったからである。激しい肉体労働だと聞いていたのではじめは断っていたが、大丈夫だということで引き受けた。今までは、どちらかといえば知的労働であった。それとは違う労働の在り方を、垣間見ることができればという好奇心も働いた。

6時半頃に家を出る。大河原から、急峻な道を上る。途中、奈良の山脈が雲海の上にかすかに見える。

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童仙房は、標高500メートルの高原だ。ないおん寺には、次のことばが掲示してあった。「今日一日ほほえみ忘れず」重労働でも、このことを心掛けることを願った。ツツジが今を盛りと咲いていた。
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全く人家のない、山中に茶畑が広がっている。高原の爽やかな涼風が吹く。

童仙房を開拓して宇治茶作りを始めてから、約130年経つ。1980年からは、完全無農薬有機農法に切り替えた。これまでの辛苦は並々でないであろうが、しかしそれ故に美味しいお茶が育つ。

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ベテランの二人が茶葉を機械で刈り取り、あと二人が茶葉の入った重い袋を担いで車まで運び、それを製茶工場まで運搬する。私は、急斜面の滑りやすい道を、何度も何度も担いだ。茶葉の重みが、ずっしりと肩にのしかかった。
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茶の品種は、「やぶきた」である。疲れを癒やすために、新芽を口に含んだ。刈り取ったあとは、段差になっているのでよく分かる。
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担ぎ手の相棒は30代の若者であり、あまりに急な坂を登るときや、袋に茶葉がめいっぱい入っているときなどは、その若者に頼って甘えた。そうしなければ、即刻ダウンしたであろう。
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軽トラックに乗せて、製茶工場まで運ぶ。自社工場であり、マイコンで制御された最新の機械が動いていた。袋から茶葉を取り出すのも、重労働だった。
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こういう作業を繰り返して行う。肉体は悲鳴を上げていたが、根性で何とか乗り切った。ほほえみは、次第になくなっていったけれども・・・・。

15日から18日迄、4日間別々な茶畑で作業を行った。何れも近くに清流の音がして、高山が遙か彼方に遠望できた。作業さえなければユートピアなのだが、厳しい肉体労働があるので地獄の様相になる。ただし、ベテラン勢は淡々と仕事をこなしておられる。
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夕刻に、童仙房を下りるときには、疲れはあったが清々しい気分だった。翌朝、筋肉痛で体を少し動かすことだけでもたいへんだったが、4日間続けた。我ながら、よくやったと誉めてやりたい。

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2018年5月12日 (土)

茶摘み体験講座

京都府立郷土資料館の主催による「茶摘み体験講座」が、府立木津高校で行われた。子どもが20年ほど前に通っていた学校ではあるが、私は初めて訪れた。1901年に相楽郡農業学校として創立して、多くの茶業人を生み出した。現在ではシステム園芸科のなかに、茶業専攻がある。

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運動場近くの茶園で、茶摘みをする。昔は山に囲まれていたが、今では城山台という大きな住宅地ができた。少し味気ない気がするが、時代の変遷で仕方ないだろう。50人ほどの参加者が、一芯三葉を手摘みをする。暑さで倒れる人も出て、救急車が来た。
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前年に成長した古い葉が、混ざらないことが大切である。これがなかなか難しい。茶の専攻生の学生は、両手で摘んでいく。作業しながら、学生たちと四方山話をするのが、とても楽しい。
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茶の葉を入れた籠は、地面にそのまま置かない。必ず、ビニールを敷く。GLOBAL G.A.Pを「荒茶工程」で取得しているので、徹底している。
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約25キロ収穫して、茶工場に持って行く。手もみではなく、機械化されている。

2016年に、「日本茶800年の歴史散歩 京都・山城」として、日本遺産に登録された。木津高校の茶畑や、製茶工場も構成資産として認定された。
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荒茶ができるまで、「お茶の種類と栽培について」と題して、教諭から講座がある。緑茶や紅茶、ウーロン茶が、発酵程度で分類されることを初めて知った。全く発酵させないのが、緑茶である。

その後、学生から美味しいお茶の入れ方を教わる。湯の温度が大切であることを知った。適温にするために、湯冷ましを使った。さすがに美味しい。少量であるので上品に感じられたが、内心もっとガブッと飲みたかった。
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製茶工場で出来上がった荒茶を、50g袋に詰めて、土産としていただく。
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夕方から、畑に行く。ジャガイモの茎がぐんぐん伸びている。南瓜や西瓜、トマトやピーマンなどを植えた。

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土と共にある時間が、退職後に増えた。

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2018年5月11日 (金)

平和を守るために

9のつく日には、加茂九条の会は加茂駅でスタンディングをしている。6時半から1時間ほどである。私も4月から、毎回参加している。若手(?)が参加してくれたということで、たいへん喜ばれている。「平和憲法を守りましょう!」「安倍九条改憲に反対しましょう!」・・・・!ささやかな行動ではあるが、平和を守る一歩になれば嬉しい。

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それ以外の小さな動き。

4月16日(月)

立命館大学平和ミュージアムを訪問した。「15年戦争」「現代の戦争」「平和を求めて」の三つのテーマで、貴重な資料が展示されている。若者たちはこういう資料に大いに触れて欲しい。

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5月1日(火)
浄瑠璃寺前で、九条を守る署名活動をする。残念ながら、署名は拒絶される人が多い。心に少しでも平和憲法を守る気持ちが芽生えてくれることを祈りながら、笑顔を絶やさない。
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5月7日(月)

放送法遵守義務確認等請求事件の口頭弁論が、奈良地裁であり傍聴支援をする。NHK問題を考える奈良の会に、正式に入会した。原告に入りたいのだが、募集はしていないのでやむを得ない。

裁判長が替わり、この事件の経過や趣旨を、佐藤真理弁護団長がわかりやすく論述された。正義を希求する熱血漢だ。

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裁判後に、近くの奈良教育会館で報告会を行った。「視聴者主権のNHKを目指す」「政権からの自主独立を求める」「国民の知る権利を守る」ことを、再度確認した。
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NHKニュースは、公平・公正な報道であるべきだ。安倍宣伝マシンとしてNHKがあるのなら、受信料は払わない。





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童仙房・茶畑コンサート

5月5日(土)に、童仙房の布施田さんの山の家で、茶畑コンサートが行われた。童仙房は、京都府南東部に位置する標高4・500mの高原である。関西の軽井沢と言われている。蛇行する山道を上っていく。

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布施田さんは、精華9条の会で中心的に活動されている。平和を守ろうと心熱く実践されていて、いつも教えていただいている。

布施田さんの山の家は、茶畑に囲まれている。茶の新緑が、目にも心にも優しく伝わってくる。

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布施田さんと山菜採りに行く。暖かくなりすぎて、タラの芽やコシアブラは伸びきっていた。先の方の新芽を採集する。
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山の家に帰り、昼食交流会が始まる。旧知の友人にも会えて、愉快に談笑した。シシ肉やホルモンの網焼きをする。先ほど採った山菜の天ぷらが、実に美味しい。伊賀の酒も出てきた。車なので、飲めないのが悲しい。
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家の中には、9月1日(土)のピースライブのポスターが貼ってあった。
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コンサートが始まった。布施田さんが挨拶をされる。
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ケールというグループが、二胡の楽器やギターなどを演奏し、「この街で」や「365日の紙飛行機」などを歌われた。心地良い気分に浸った。
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マジョンナさんが、鮮やかなマジックを披露された。衣装を素早く替えられ変身されたことにも、とても驚嘆した。
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広岡明郎さんたちが、オリジナル曲を含めて演奏し歌われた。「校庭に東風吹けば」の映画の応援歌として、広岡さんが作曲された「東風よ吹け」は、深い感動がわき起こった。

平和集会でよく歌われる、「憲法九条五月晴れ」は広岡さんの作曲で、参加者もみんなで大きな声で歌った。
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広岡さんたちや参加者たちは、笠木透さんを敬愛している人たちであり、最後に「私に人生と言えるものがあるなら」をみんなで歌った。

6月2日(土)に、「伊賀・甲賀ピースナインコンサート」が行われる。「坪 洋子さんを笠木透さんの歌で励ますつどい」である。

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ものつくり

陶芸がまだものにならないにも関わらず、前から興味のあった木工にチャレンジする。

4月12日(木)

木工教室で、コーナーシェルフを作った。マンツーマンで、先生が丁寧に教えてくださる。ジグソーやトリマーを初めて使って、これが実に面白かった。

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4月25日(水)

ままごとキッチンを作った。4人の受講生がいた。工程が多くて、なかなか難しく、落ちこぼれそうになった。孫の喜ぶ顔を思い浮かべて、悪戦苦闘しながら何とか完成。一日がかりだった。
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5月10日(木)
飾り椅子を作った。今回もマンツーマンで教わった。女性の先生は、妥協を許さず、時には厳しく指導される。
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陶芸は、相変わらずのらりくらり。

4月20日(金)

後ろの窯で、8月頃焼くつもりだ。
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4月22日(日)

蔭山先生が右肩の手術やリハビリを終えて、復活された。待ちに待っていたので、嬉しくて仕方ない。

あじさいホールの庭には、大坂城の残石が置かれており、その上に出来上がったばかりの拙作を載せて撮影する。

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4月29日(日)

うめだにカフェの小さな手作り市が行われて、出店する。粘土代や焼成代が出ないくらい、安い値段に設定した。まずまずの売り上げであった。ポン菓子屋さんが出張開店。

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さまざまな店が出ていた。プロの方の店もある。

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手作り市が終わり、室内で満点堂のライブ。吉田拓郎やさだまさし、かぐや姫などの70年代フォークを演奏し歌われた。観客のリクエストに何でもすぐに応じて、歌われたことに驚嘆した。
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木工や陶芸、他にもいろいろものつくりをしていくつもりだ。






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自然からの贈り物

当尾の工房そばの畑を使わせていただいている。本当にありがたいことである。

4月10日(火)

ドウダンツツジや乙女椿が咲き誇っていた。

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近所から筍を分けてもらった。朝掘り筍で、穂先が土から出ていないのを掘り出すそうだ。湯がいてそのまま食べたり、天ぷらや筍ご飯にしたりして、美味しくいただいた。
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4月18日(水)
ワケギやタマネギを収穫する。タマネギは小さいものが多く、少し残念。
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5月2日(水)
アスパラガスが次々できている。苺はすぐその場で食べる。
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畑には、ほぼ毎日のように行っている。我々は何れ土に帰る。それ故であろうか、畑に来ると時間感覚がなくなる。

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郷土の文化と歴史

岡山から帰ってから早くも1ヶ月経つが、まさに多忙な日々であった。仕事時代はパソコンに向かうときが多かったのだが、極力パソコンから離れることとした。

断捨離で、身辺のものをかなり整理した。特に、仕事関係の本や書類は思い切って捨てることにした。それでもなお、捨てきれないものが多くあった。

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第二の人生を、一目散に突っ走っている感じだが、そのテーマとして「平和」、「ものつくり」、「音楽」などを設定している。これは今までと同様である。

更に新しいテーマも見つけようとしている。「郷土の文化と歴史」である。

4月2日(月)

木津川を渡り、府立山城郷土資料館を訪ねる。65歳以上は、無料なのがありがたい。これから足繁く通うことになるであろう。

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庭には、大坂城の残石や、万葉歌碑が置かれている。
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企画展「仏とともに歩んだ画家 穐月明」が今日から始まった。穐月明は墨の「ぼかし」や「かすれ」だけで、野のほとけや花や山川などを表して、その画法は独自のものがある。

「文化財講演会「画家の仕事と背景-私の見た穐月明-」と出して、穐月大介氏が講演された。人嫌いで、短気で、気迫のあるオーラがあった」と、子どもの視点で語られたのが面白かった。
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4月22日(日)
大野山石切場跡の現地見学会に参加した。NPO法人ふるさと案内・かもの主催である。加茂9条の会でお世話になっている田中さんが、これを担当されていた。また、サッカー時代の友人もいて、話を聞いてみると、残石保存運動の中心を務めているらしかった。
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大野山は203mの低い山ではあるが、急峻な山道を上った。途中、道のないところもあった。中腹まで登ると、明らかに窪地があり、ここが石の切り出し場であると知れた。
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周辺には、残石が何個か見えている。約400年前、大坂城の修築のために、津藩の藩主藤堂高虎が切り出した。木津川まで降ろし、船で運んだのだろう。
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鑿を入れた矢穴や、切り出した者の刻印が残る石もあった。
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残席を見つけ出すたびに、あちこちで歓声が上がった。
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1975年の赤田川(木津川支流)護岸工事で、約70個の巨石が見つかった。大野山の切り出し場を含めて、保存運動をしていく必要があるだろう。
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コシアブラがすっかり大きくなっていた。
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「ふるさと案内・かも」にも、何れ所属することになるであろう。

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