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2018年8月 4日 (土)

福山平和フォークジャンボリー

8月4日1時から、福山市駅家町のカフェ・ドゥ・ララで、第3回「8.6福山平和フォークジャンボリー」が行われた。7月豪雨災害の救援チャリティーライブとして、収益金は被災者支援に当てられる。

私の実家から車で約10分くらいの間近であり、兄夫婦と参加した。クリームイエローの壁が印象的な、山小屋風の洒落た店である。

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まず、原爆犠牲者や7月暴雨災害での死者を哀悼して黙祷。

広島県では、原爆が生活のすぐ隣にある。73年経ち風化しつつあるが、忘れないための行動を懸命にされている。
地元の人たちが、平和に関する歌を披露された。「むらさきだいこん」、「リナフレンズ」、「あやみきこ」、「すきま風」、「アジアン」、「たそがれどんべえ」。初めてお聴きしたが、自ら歌ったように生きておられる人たちのように感じた。飾らずおごらず偉ぶらず、その人間性がそのまま現れていた。まさに、「雑木群生」の「雑木」たちであった。どこかの国の政治屋たちと、全く対極にある人たちだ。

我が故郷で、このように平和を希求しながら、自らの歌を創り、歌い続けている人たちがいることを知って、たまらなく嬉しかった。

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ゲストは、OZAKI UNITである。正直に言えば、彼らの歌が聴きたくて、ここへやって来たのである。始まったのは、予定の3時を大幅に過ぎていた。地元の人たちの熱唱が続いたからやむを得ない気がするが、兄たちは少しおしりが痛くなったようだ。
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QZAKI UNITのリーダーの尾崎ツトムさんは、今まで見たことがないような異様に輝く目で登場された。このステージにかける、強い意気込みが伝わってきた。
まず。大谷さんの「鳥の歌」の演奏。岡山でのフォークジャンボリーでもこの曲から始まった。室内の雰囲気が厳かになり、憲法9条の鳩たちの羽ばたきが聞こえてくる。
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「木は立っている」、「横並びに歩きたいね」、「雑木群生」、、「牛窓オリーブ園の丘にて」「今はワルツを」、「灯り」。

ここには紛れもない、「うた」があった。民衆の生活の中から生まれ出た、ビー玉のように懐かしくも心温まる歌たち。そして、理不尽なものに対してあらがい続ける、斧のように頑として強靱な歌たち。
聴衆は、OZAKI UNITの創り出す音の世界に親しみ、心がいつのまにか軽くなり、自由に飛翔するようだった。

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「アブラゼミが鳴いている」、「大浦湾は誰のもの」、「歴史教科書」、「愛するもののために」、「ホタル狩り」。
戦争前夜のような今の世の中に、終止符を打たなければというメッセージが、、インパクト強くストレートに伝わってくる。今に妥協するのではなく、今を変えていかなくてはいけないという勇気が、ふつふつと自然に湧きだしてくる。

それにしても、尾崎さんのこの日の歌唱は、鬼気迫るほどの何か凄い迫力があった。ビデオカメラを持つ手が、何度もうち震えたほどだった。
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「花はどこへ行った」、「原爆を許すまじ」、「メープルシロップ」、「恵那山」。

最後に「恵那山」を歌われたのは、笠木透さんのことを意識されたのだろう。亡くなるその年、2014年にこの地で病気をおして平和コンサートを開かれた。今回出演されている方たちが、たいへんよく世話をしてくださったということだ。そのお礼を込めて、尾崎さんは最後に歌われたのだろう。笠木透さんは三途の川を渡ってきて、今ここにおられるような気がした。どっしりとした大きな体躯が、嬉しそうに揺れ動いた。
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アンコール曲は、「風は」。尾崎さんの伸びやかな高音が、平和への思いを載せて会場内に巻き起こっていた。

聴衆の拍手が、いつまでも鳴り響いていた。

終わったのは、6時近くだった。5時間あまりの長丁場であり、兄たちは少し虚ろな表情をしていた。

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