旅行・地域

2018年1月20日 (土)

米麹と春鹿

奈良に米麹と春鹿を買いに行く。

まず、京終(きょうばて)の井上本店。赤煉瓦の工場である。米麹を作っているのは、市内でここだけになってしまった。醤油作りが本業で、夏以外は米麹も作っている。製造元なので、とても安い。

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奈良町に行く。「しぼりばな春鹿」純米吟醸生酒を買い求める。岡山のOさんへの土産である。試飲できるが、車なので残念!室町時代に建てられた、今西家書院が隣接している。
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奈良町を少し散策する。浄土宗の興善寺に参る。水仙が、可愛いラッパを吹いている。

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蕎麦屋「玄」を訪ねる。残念ながら、売り切れ。
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奈良町には、洒落た店が多くできた。昔はもっと地味だったのだが。
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元興寺に参る。石仏にしばし心を洗われる。
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家に帰り、甘酒を作る。お粥をたき、米麹を入れてかき混ぜるだけだ。後は、炬燵に温度管理を任せる。55度前後が一番よく糖化する。50度以下だったら酸っぱくなり、60度以上だと甘くならない。
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昔はよく、どぶろくを造っていた。

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2018年1月19日 (金)

蝋梅

当尾文化祭が、20日(土)21日(日)当尾の郷会館で行われる。拙作を展示するために、今朝搬入する。

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軽トラには、犬やタヌキや蛙が載せられている。
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周辺を散策する。日曜には、この国栖神社で写生大会が行われる。
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蝋梅を見に行く。まだ蕾で、咲く準備を健気にしていた。
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地蔵石仏、不動石仏に参る。
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いつも花が手向けられている。

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2018年1月 8日 (月)

島に渡れず

特急南風に乗り、丸亀駅で下車する。翌日本島に渡る予定である。本島は塩飽水軍の根拠地であり、今でもその名残がある場所だ。

安ホテルで、土佐の酒を味わう。昨日までが豪勢だったので、質素にする。

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雨だった。計画は崩れ、早めに発つことにする。それまで、新春フェスタが城界隈で行われると聞いたので、雨の中行くことにする。
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急坂を上る。「石の城」と称されるくらいに、石垣が実にみごとである。
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三の丸の庭園には、ちょうど十月桜が咲いていた。バラ科の花で、小さい可憐な花を咲かせていた。
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三階三層の天守閣に上る。日本一小さな現存木造天守であるという。
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丸亀港や本島、飯野山(讃岐富士)や瀬戸大橋を遠望した。雨でぼんやりとした形しか見えなかった。
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丸亀城を下りて、フェスタの行われている場所に行ったが、雨のために中断していた。鉄砲隊の砲撃を見たかったのだが、残念!
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雨宿りを兼ねて、丸亀うちわの作成を見る。大変な手作業だ。ものへの愛おしむ気持ちが、昔のほうがあったような気がする。
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讃岐うどんをいただく。やはり腰があって、実に美味しい。
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また、うどん県を訪ねてみよう。本島や、巨大なクスノキのある志々島を訪ねたい。

青春18切符で、加茂まで約5時間。疲れが出たのか、つい寝入ってしまった。

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2018年1月 7日 (日)

自転車遍路

ホテルで自転車を借りて、にわか遍路になる。学生の頃、自転車で土佐の四国霊場札所を全て回ったことがある。40数年ぶりに追体験をしようと、思いついたのだ。

道路脇に、よさこい踊りの像がある。昔は、それほど大きな祭りではなかったような気がする。

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約40分くらいで、四国霊場33番札所の雪渓寺に着く。雪がめったに降らないのに、このような名が冠せられている。長宗部家の菩提寺とされている。遍路さんが一人おられて、お経を唱えられていた。興味のある、石仏の方に視線が向く。帽子のかぶり方がおもしろい。
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更に自転車に乗って進むと、ようやく太平洋が見えてきた。その雄大さに心がときめく。
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桂浜に行く。太平洋の荒波に、油断していると足をすくわれそうだ。浜辺に座り小石を拾う。大岩の海鳥を撮影する。やはり危惧していた通り、突然波が伸びてきて、靴の上まで浸かってしまった。靴や靴下が濡れてしまったが、どうすることもできない。自然に乾かすしかないだろう。

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浦戸湾を遙か下に眺めながら、大橋を渡る。
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鰹を模した店がある。時間が無いので、通り過ぎる。
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五台山まで行き、自転車から降りて歩く。四国霊場31番札所の竹林寺に参る。初詣の人が多い。やはり石仏のほうに、目が向いてしまう。五智如来は、大日如来の悟りの世界を表す立体曼荼羅である。
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近くに牧野植物園がある。時間が無いので、パスする。もっと良い季節に、必ず訪ねてみたい。
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五台山展望台から、高知市街がよく見える。
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高知城まで行く。追手門から真っ直ぐ伸びる追手筋には、フェニックスやクスノキが植わっている。ここで、日曜市が開かれている。およそ400店というから、日本最大の市だろう。学生の頃には、何も買うものがないのによく来ていた。店主と買い物客との会話がおもしろいので。

本当にいろんな物を売っている。植木や園芸、骨董や手作り作品、魚介類や季節の野菜など、売ってないものが無いほどである。しかも安いのにはビックリするほどである。やはり食べるものが一番多い。文旦、春の七草、芋の天ぷら、トマト、キムチ、自家製パン、漬物、味噌・・・・、限りない!
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成人式を終えた若者たちも、遊びに来ていた。

日曜市の初市で、2時頃には早々と店じまいするところがあった。協力しながらてきぱきと店をたたみ、あっという間の作業だ。
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名残惜しいが、高知を後にする。
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土佐への旅で、いくらか青春を探すことができたような気がする。悲しすぎることだが、土佐の友人は死去していた。

3月上旬の「土佐のおきゃく(宴会)」の頃に、一度来てみたい。中心街を開放して、県内外の人たちが酒を酌み交わすらしい。

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2018年1月 6日 (土)

酒と鰹と海と

土佐二日目は、快晴だった。駅前の志士たちは格好良すぎるので、好きでなく足早に過ぎる。明治維新から150年経つ。歴史教科書では評価するように書かれているが、正しく検証する必要がある。

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今日は、青春18切符を使う。伊野駅を過ぎると、最後の清流と言われる仁淀川。小さい駅を何駅も過ぎて、ようやく土佐久礼駅に着く。

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中土佐町は、「土佐の一本釣りの町」として知られる港町である。この町に、江戸中期に創業した、県内最古の酒蔵がある。早速、酒蔵に直行。

四万十川源流の里でできた米を使い、仕込み水は四万十川伏流水である。試飲の酒を、各種何杯もいただく。地名を酒名にした「久礼」(生酒)を買い求める。蔵の奥から持ってこられた、作りたての酒である。
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海の方へ行く。漁港のそばで、アジを干物用にさばいている。
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津波一時避難タワー(純平タワー)がある。しばらく海を眺める。双子のような、双名島が見える。
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久礼八幡宮に参る。小賀玉の木に取り囲まれている。土佐三大祭の「おみこくさん」を、秋に見に来よう。
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久礼大正町市場に行く。魚がとんでもない安さだ。しかも、生きが良い。鰹のたたきと、天ぷらを買い求めて、再び浜へ行く。

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太平洋を見ながら、「久礼」をいっぱい飲る。鰹のたたきが、たまらないほど美味しい。至福の時である。
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土佐新荘まで行く。道の駅「かわうその里すさき」で鰹のたたきを買い求める。ショップ「たけざき」で、出汁巻きを買い求める。富士ヶ浜まで歩き、太平洋を見ながら、またいっぱい飲る。
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須崎駅から乗車して、佐川駅で下車する。ここには、「司牡丹」の酒蔵がある。学生の頃、この酒が一番好きでよく飲んだものだ。搾られたばかりの「司牡丹あらばしり」を買い求める。
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ホテルでは、鰹のたたきがまた出てきた。やはり浜辺で食べた方が、格段に美味しい。
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部屋に戻ってからも、司牡丹をちびちび飲む。若かった頃の思い出が、走馬燈のように次々に浮かんでくる。

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2018年1月 5日 (金)

青春を探しに土佐へ

大学時代は、酒と学生運動と旅に明け暮れた。あまり勉強をしたような記憶は無い。太平洋にひかれて、初めて親元を離れて学生生活を送った。引っ越しも、失恋も、数え切れないほどした。

そんな大学時代の自分を探しに、土佐を流浪した。

岡山まではおとなび切符(2400円)、岡山からは高知観光きっぷ(特急往復、4日間有効、6480円)、青春18切符の格安切符を利用した。

大歩危・小歩危を窓から眺める。

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高知駅で下車して、まず飛び込んだのは坂本龍馬ではなく、「べろべろの神様」。これは、土佐の酔たんぽ(ヨッパライ)たちの願いを受けて、偶像化されたという。

学生時代に毎晩のようによく飲んだのを、懐かしく思い出した。べろべろに酔っ払って、一升瓶を担いだまま川に落ちたこともある。

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少し雨が降っていた。はりまや橋まで歩く。土佐国はやなせたかしさんの故郷であるので、アンパンマンがよく目につく。

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早速、ひろめ市場に行く。ここでは昼間から飲んでいる人が多いので、気が楽だ。
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お目当ては、大好物のカツオのたたき。藁焼きをしているのに、目を奪われる。簡単なようで、難しそうだ。
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今朝とれた「どろめ(鰯の稚魚)」や、鯨の竜田など、珍味を売っていた。これからの予定があるので、辛うじて飲むのを控える。
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高知城に上る。学生のころ図書館に来た折に、よく寄っていた。「板垣死すとも自由は死せず」の像が、樹齢約270年の栴檀(せんだん)の傍らに立っている。
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高知文学館では、ちょうど「酒と文学展」をしていた。

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雨が上がって、晴れ間が見えだした。宿泊するホテルに行き、自転車を借りる。これで、行動範囲が広がる。

龍馬の生まれたまち記念館を訪ねる。今年は、明治維新から150年に当たる。記念すべき年なので、この維新を美化するばかりではなく、どう評価するのか新しく捉えなおすべきだろう。
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鏡川を渡れば、母校がある。

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卒業後43年経ち、母校を訪れた。校舎も周辺も、たいへんきれいになっていた。なぜか寂しくなった。物足りなかった。

私の通っていた頃は、門や構内に学生運動の大きな立て看板が乱雑に置かれていた。それぞれのセクトが、違ったヘルメットをかぶりゲバ棒を持ち、ジグザグデモをしていた。大学が封鎖されたこともある。
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何度も引っ越しをしたが、最後にいた下宿先を訪ねてみる。家賃は確か、5000円であったと思う。風景が変わっていて、その場所が分からなかった。
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ホテルに戻り、夕食。ビールや日本酒を飲み、部屋に戻り、持参した焼酎を飲んだ。
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昔のことが次々に思い出されて、酒を飲みすぎたようだ。

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2018年1月 2日 (火)

湖北

今年最初の流浪は、青春18切符を使って湖北へ。

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木ノ本駅で下車して、北国街道を歩く。正月から歩くような変わり者は、誰もいない。軒下には、残雪がある。
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酒蔵には、どうしても足が止まってしまう。
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旧庄屋の屋敷。江戸末期の1847年に建築。
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屋根の上には、福の神がおられる。
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家主は、1893年に薬剤師の一号免状を取得したという。昔懐かしい看板が掲げられている。
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また、酒蔵で足が止まった。「七本槍」の美味しい酒があるが、正月休みであった。
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醤油屋も数軒ある。
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洋風の古い建物も、随所にある。
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木之本地蔵尊に参る。初詣する地元の方たちで賑わっていた。
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また電車に乗り、長浜駅まで行く。

琵琶湖を見に行く。霙が降ってきたが、鳥たちは楽しく遊んでいる。
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長浜鉄道スクエア(現存する日本最古の駅舎)を過ぎる。慶雲館でまもなく盆梅展が開かれる。
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長濱浪漫ビールを過ぎる。この辺りは、とても風情がある。
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大通寺に参る。真宗大谷派の長浜別院である。
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北国街道に面する、黒壁スクエアに行く。1900年に建てられた銀行は、ガラス館として甦っている。無料の甘酒を振る舞っていて、これが実に美味しかった。
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1871年に建てられた開知学校。県下初の小学校という。
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歩き疲れたので、帰途につく。車内では、うたた寝が気持ちいい。

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2017年12月26日 (火)

わらべ地蔵

遠藤(野のほとけ)さん宅を訪ねる。家がはっきりと分からなかったのだが、近くまで行くとわらべたちの賑やかな話し声が聞こえてきたので、自然と分かった。わらべたちは大歓迎してくれた。嬉しくてたまらない。至福の喜びとは、こういうことを言うのだろう。

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遠藤さんは、ちょうど六地蔵を彫られていた。その渾身の作業を拝見する。ハンマーと鑿でこつこつこつこつと無心で彫られていく。あなたもやらないかと言われたが、不器用な私に、到底できるものではない。目や口の微妙な角度や窪みを彫られていく。さすが達人だ。修行をしているかのような、厳しさも伝わってくる。

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庭には、わらべ地蔵たちが思い思いに遊んでいる。たいへん硬い小松石から、柔らかい生を得て、いかにも生き生きと生きることを楽しんでいる。
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わらべ一人一人と話をしていく。表情や、腕の動き、手の形などみんな違う。人(仏)柄もみんな違って、個性をもっておられる。みんな違って、みんな良い。もちろん、その共通するところもある。地蔵として、衆生を導く慈悲の心だ。愚昧な民を見守る憐憫の情だ。六道輪廻の苦しみから、救済せんとする仏の祈りだ。
わらべ地蔵たちの、ほんの一部を紹介しよう。もう少し上手に撮れたら良いのだが。
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わらべ地蔵の彫られた水鉢もある。そこに、野の花をさりげなく入れられている。わらべ地蔵には、派手な花よりは、野草や野の花のほうがよく似合う。

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野のほとけさんの、繊細で変幻自在な感性のままに彫られたわらべたち。いつまでも見飽きることがない。冷気の中、わらべたちとの会話に夢中であった。

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わらべ地蔵の何体かが、京都まで遊行されたいという声が聞こえてきた。やはり一体しか無理なので、いろいろ迷った揚げ句選ばせて頂く。

野のほとけさんとわらべ地蔵とのお別れは、悲しいというよりは美しいシーンだった。

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立ち去りがたかったが、遠藤さんに駅まで送っていただく。遠藤さん、大変お世話になりありがとうございました。

道中の安全を願って、御陣屋稲荷神社に参る。悪口コンテストの入賞作は、もひとつ捻りがないと悪口を言う。

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道中わらべとともに食べるために、鯛焼きを買いに行く。餡を詰める作業を、わらべは興味を持って眺めていた。
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島田駅を後にして、同行二人の旅を楽しむ。「青春18切符」ではなく、「幻冬65切符」であろうか。
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関西線の亀山駅と柘植駅間は、台風により長らく不通になっているので、代行バスに乗り換える。途中伊賀上野駅では忍者に遭遇。
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5時間の旅は、本当にあっという間であった。わらべ地蔵は体重を無くしてくれていて、重さを感じなかった。

わらべ地蔵は、妻に紹介すると、満面の笑みであった。大きな声で、よろしくお願いしますとおっしゃった。
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翌日、居場所を決めた。山桃の下、横に万両も植わっている。前に遊行されたわらべたちの隣に、置かせていただく。これで寂しくはないだろう。
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しばらくの間、わらべ地蔵は野のほとけさんのことや、故郷のことを恋しがるであろう。そのうち、浄瑠璃寺辺りを誰も知らないうちに散策などするようになるであろう。


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やくなし・ながいきのはし

島田駅から大井川に向けて歩く。途中浄化センターの前に、この看板があった。浜岡原発から、約23キロしか離れていない。柴田さんが反原発運動にのめり込んでいるのも、よくわかる。

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蓬莱橋に着く。長さは、やくなし(897.4m)で厄なしで、縁起が良い。世界一の長い木の橋で、「長生き」に通じる。蓬莱は、不死の仙人の住む幻の山だ。不死は富士に通じる。長い木の橋の上から、富士山がよく見えた。

寒風が吹きすさび、大井川に転落しそうだった。
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橋を渡ると、ひとり観光協会のテントがあった。遠藤さんの友人だということだ。早朝で、まだ開いていなかった.一度お話ししたい人だ。
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七福神を訪ねて歩く。恵比須・大黒・毘沙門・弁財・福禄寿・寿老人・布袋が、立っておられた。また、吉祥天女や道祖神もあった。
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山を抜けると、一面に茶畑が広がる。牧之原大茶園だ。

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富士山がくっきりと見える。カメラの性能がいまいちなので、写し取れないのが歯がゆい。
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茶園を開拓した幕臣の像が建っている。その向こうに富士山が。
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大井川緑地公園をひたすら歩く。川越遺跡を訪ねる。島田市博物館や、分館は閉まっていた。島田高の野球部員が清掃活動していた。挨拶してくれるので、嬉しくなる。「馬方は 知らじ時雨の 大井川」芭蕉の石碑がある。川越人足は、仕事がなくて暇そうだった。
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これから、わらべ地蔵に会いに行く。ウキウキと心が弾む。

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2017年12月25日 (月)

夕暮れの富士

金谷駅で下車して、牧之原へと山に上る。急傾斜できつい。

富士山が見えた!どんなにきつくても、その姿を眺めることができれば苦労は吹っ飛ぶ。しばらくの間見とれてしまった。焼津の方まで遠望できる。駿河湾が夕日に光る。

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諏訪原城跡の方へと歩く。芭蕉句碑がある。「馬に寝て 残夢月遠し 茶の畑」
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石畳の小径を降りる。金谷宿と見坂宿とのあいだにある金谷峠の坂道を、旅人が歩きやすいように山石を敷き詰めた。30mしか残っていなかったが、1991年に430m市民の手で復元された。すばらしいことだ。

すべらず地蔵に参る。頭は髪がなくて、滑るようになった。庚申堂には、三猿がいた。「良きことは大いにひろめ、悲しきことは見ざる聞かざる言はざるが良し」
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金谷坂の石畳を過ぎたところの茶屋から、夕暮れの富士山が見えた。夕日に包まれた富士山は、まさに「あはれ」の世界である。
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旧東海道を少し歩く。長光寺に参る。芭蕉句碑がある。「道の辺の 木槿馬に 食はれけり」
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焼津まで行き、安ホテルに泊まる。スーパーに買い出しに行き、旅の最後の夜に、ささやかな宴。黒はんぺんや刺身で、「開運」をいただく。
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明日はいよいよ、わらべ地蔵に会える。

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