音楽

2018年5月11日 (金)

童仙房・茶畑コンサート

5月5日(土)に、童仙房の布施田さんの山の家で、茶畑コンサートが行われた。童仙房は、京都府南東部に位置する標高4・500mの高原である。関西の軽井沢と言われている。蛇行する山道を上っていく。

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布施田さんは、精華9条の会で中心的に活動されている。平和を守ろうと心熱く実践されていて、いつも教えていただいている。

布施田さんの山の家は、茶畑に囲まれている。茶の新緑が、目にも心にも優しく伝わってくる。

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布施田さんと山菜採りに行く。暖かくなりすぎて、タラの芽やコシアブラは伸びきっていた。先の方の新芽を採集する。
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山の家に帰り、昼食交流会が始まる。旧知の友人にも会えて、愉快に談笑した。シシ肉やホルモンの網焼きをする。先ほど採った山菜の天ぷらが、実に美味しい。伊賀の酒も出てきた。車なので、飲めないのが悲しい。
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家の中には、9月1日(土)のピースライブのポスターが貼ってあった。
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コンサートが始まった。布施田さんが挨拶をされる。
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ケールというグループが、二胡の楽器やギターなどを演奏し、「この街で」や「365日の紙飛行機」などを歌われた。心地良い気分に浸った。
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マジョンナさんが、鮮やかなマジックを披露された。衣装を素早く替えられ変身されたことにも、とても驚嘆した。
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広岡明郎さんたちが、オリジナル曲を含めて演奏し歌われた。「校庭に東風吹けば」の映画の応援歌として、広岡さんが作曲された「東風よ吹け」は、深い感動がわき起こった。

平和集会でよく歌われる、「憲法九条五月晴れ」は広岡さんの作曲で、参加者もみんなで大きな声で歌った。
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広岡さんたちや参加者たちは、笠木透さんを敬愛している人たちであり、最後に「私に人生と言えるものがあるなら」をみんなで歌った。

6月2日(土)に、「伊賀・甲賀ピースナインコンサート」が行われる。「坪 洋子さんを笠木透さんの歌で励ますつどい」である。

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2018年4月 6日 (金)

岡山禁酒會舘マンスリーライブ204回

この退職記念旅行もいよいよ大詰め。そして、自分の中で最大の目的として位置づけていたのが、これだった。

「岡山禁酒會舘マンスリーライブLIVE=LIFE vol.204」に参加した。今回のライブの主題は、「雑花塾ファミリーシリーズ~その1 武部仁・ぺんぺん草をゲストにお迎えして」である。

今昔の岡山禁酒會舘の風景。會舘を紹介するプレートが、近くに建てられていた。1923年に建設以来禁酒運動の拠点となり、戦火を免れたことが解説してあった。

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入り口には、手作りのポスターが掲示してあった。気配りが嬉しくなる。
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主催者の尾崎ツトムさんが、今回の出演者のことをユーモアを交えながら飄々と説明された。歌はもちろん、話術も巧みだ。今回はゲストの持参された土産(草餅や地酒)のことを、面白く語られていた。

「自らが暮らす地域で、地道に『うた』を創り、歌い、コンサートを開催するという音楽活動を続け、『憲法フォークジャンボリーinおかやま』や、岡山禁酒會舘、そして1月末の200回記念ライブでも歌ってくれた。」
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観客の橋本省吾さんが、月桃の花歌舞団の「ガマ人間あらわる」の岡山公演のことを紹介された。さすが、敬愛する橋本さんだ。

この歌舞団は、沖縄や原発や労働破壊などの現代の諸問題を、「命どぅ宝」に基づき鋭く切り取られて劇にしている。私も奈良で視聴したが、命を蔑ろにする側への怒りがムラムラ込み上げてきた。ぜひ、岡山で観賞して欲しい!
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OZAKI UNITが、「小さな館」、「川は忘れない」、「生きる時代」などを歌われた。

いつも聞くたびに、次のことを思う。ここに今歌が生きている、熱い血潮を持って歌が流れていると。ありきたりの歌ではなく、今を懸命に生きる中で生まれ出た歌だと。

正直、私はいつもOZAKI UNITの歌から、矛盾だらけの社会に立ち向かう勇気と希望を与えられている。退職後の第二の人生をどう歩んでいくか、その決意が漲っていくのを覚えた。
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ゲストの登場。最初に、武部仁さんとぺんぺん草さんが一緒に歌われた。同じ鳥取県に住む者同士、息の合った演奏で、「矢車草」や「水田」を歌われた。

少し緊張しているのか、声がうわずっているようだった。これが、プロにはない魅力だと思う。歌はプロのものではなく、それを創る者たちのためのものだ。どこからか、笠置透さんの嗄れた声が聞こえてきた。
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武部仁さんが歌われた。「田んぼに暮らしながら」「いなかに暮らす」では、地元の鹿野町の風土や人の姿が浮かび上がってきた。一度訪ねたことがあるが、鷲峰山の麓に田園の広がる、のどかで朴訥な田舎である。それがそのまま、歌になっている。これがフィールドフォークなのだと、妙に嬉しくてたまらなかった。

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尾崎さんの評が、的確である。

「鳥取市鹿野町という地域の風景や人々の暮らしをテーマとした作品が多く、巧みなギターテクニックを駆使しながら、時にはしみじみと、時にはユーモラスに、歌い続けています。数年前から、「雑花塾」の新曲創作に参加するようになってからは、オリジナル曲が急速に増え、表現の幅が広がっているように思います。」
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「白紙の領収書」は、北川さんの詩に最近の問題を追加されて、批判精神に満ちて歌われた。「たかが歌されど歌」は、雑花塾の新曲創作の場で生まれた歌である。武部さんの詩に、尾崎さんが曲をつけられている。「抑止力」は、相づちをうちながら観客も歌った。
フォークだ、これがフォークだと、心の中で歓声を上げていた。権力への抵抗の中で生み出す歌こそフォークであると、常に考えているからである。

武部さんは、きっと雑花塾の中で新風を巻き起こすことであろう。
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待ちに待った、ぺんぺん草(大森隆さん&大森典子さん)が登場された。憲法フォークジャンボリーで、非常階段の所で音合わせをされていた姿が、今もなお脳裏に焼き付いている。歌に対する思いが誠実で、飾り気のない真摯な歌唱や演奏が、とても好感が持てた。

笠置透作詞、山本忠生作曲の「焚き火」は雑花塾の中での名曲であるが、民衆の生きざまが滲み出るようにじっくりと歌われた。
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また、尾崎さんの的確な評をお借りする。

「ぺんぺん草のお二人は、オリジナル曲も創作しますが、自らの想いに重なるカバー曲も積極的にレパートリーに取り入れています。特に、敬愛する笠木透さんの作品は重要なレパートリーで、「アザミの花」や「希望」など、笠木透・山本幹子のコンビで創られた名曲を歌い続けていることは貴重です。」

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オリジナルの「錦町ストーリー」や「SONG」は、彼らの思いがいっぱい詰まっていた。貧困だったゆえに平和を追求すると、大森さんはスピーチされたが、まさにそのテーマが生き生きと描き出されていた。
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ぺんぺん草も自らの生きざまから、フィールドフォークを作り続けている。地味ではあるが、二つとして同じものがない。誰も知らないところで美しい花を咲かせる、雑草の花である。その美しさを知る人ぞ知る、雑草の花である。
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最後に、もう一度二組が登場して「雲は流れる」を歌われた。アンコール曲は、「私の子どもたちへ」である。笠置透さんがこの場に来られて、一緒に歌われているようだった。確かにその姿を見たような気がする。
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実にステキなライブだった。プロとは違う魅力が、ふんだんにあった。そして、このようなライブこそ、笠置透さんが望まれていたものであると、確信した。
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打ちあげは、ゲストの皆様を交えて、下津井港へ。主催者の尾崎さんは、ライブがどうなるか少し心配されていたようだが、成功裡に終わったので、嬉しさからかよく飲まれていた。武部さんも大森さんもライブの緊張がとれて、これまたよく飲まれていた。そして、フォークへの情熱を切々と語られた。
この場にいさせていただいているのが、嬉しくて仕方なかった。久しぶりに、私もよく飲んだ。大森さんの土産の吟醸酒は、とても美味しかった。あっという間に空になった。
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いつの間にか、日付が変わっていた。

退職記念旅行の締めくくりとして、このライブは特に大切なものになりそうだと思った。

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2018年2月10日 (土)

雑花塾コンサートツアーCD

雑花塾が昨年11月に、「行き倒れロードon theバンド コンサートツアー」を行った。そのツアーの報告記とコンサートのCDが、松本市の鈴木さんから贈られてきた。鈴木さんには毎回ご配慮頂き、身に余る光栄である。

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山口・光、香川・三木、広島・庄原、福岡・飯塚、鹿児島・川内、鹿児島・屋久島の6カ所で、雑花塾はコンサートを行った。友人たちの協力もあり、何れも盛況であったという。遠距離にわたって、旅を楽しみながらコンサートをした。屋久島まで行くとは、本当に驚きだ。雑花塾のネットワークは素晴らしい。

メンバーは、なるほど髪は白くなったり無くなったりしているが、「行き倒れ(いきたおれ)」するような老いぼれではなく、「生きた俺(いきたおれ)」を確認する青年である。今もなお、1年に1度合宿して新曲作りをするほど、音楽的にも飛翔続けている。

もちろん、「行き倒れ」というのは、彼ら特有のユーモアなのであろう。
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CDには、雑花塾のメンバーのそれぞれの代表曲とも言える歌が17曲も入っている。これから何度も何度も聴くことだろう。
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コンサートツアーの報告記は、文が上田さんと鈴木さん、イラストと編集が鈴木さんである。イラストの水彩画がとてもステキである。文章はとても面白く、一気に読んでしまった。

打ちあげでは、郷土料理に舌鼓を打ち、美味しい地酒をいただいたようだ。旬の蟹の差し入れもあったようだ。
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笠木透のことも触れられているので、紹介しよう。

「今回のツアーは新曲もあるが、笠木透の歌が主。彼の書いた詩を思い返し感じたこと。今まで気にも止めなかったけれど、意図的に笠木透が憲法を意識して書いたとは思えないが、彼の言いたいことは憲法が保障する普遍的な大事なものをわかりやすく表現したものが多いということ。これは新鮮な感動であった。その感覚で歌うと新しい歌のように感じたりもした。」
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「詩はメロディーを求めている。メロディーは詩を探している。詩とメロディーは歌ってくれる人を求めている。そんなことをかみしめながら、部屋で横になった。またきっとこの島に来ることだろう。」

このツアーのあとで、新曲が生まれることだろう。
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報告記は、この文で終わっている。「来年は中日本をみんなで回ろうと思っている。」

雑花塾コンサートツアーをぜひ実施して欲しい。4月以降自由人になるので、追っかけをしたいと願っている。

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2018年1月28日 (日)

マンスリーライブ・スペシャル!

岡山禁酒會舘マンスリーライブ200回記念、「マンスリーライブ・スペシャル」が、岡山市立オリエント美術館地下講堂で行われた。西アジアを中心とした美術品が多く展示されていて、岡山禁酒會舘のすぐそばにある。

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笠木透さんと、ピートシーガーの言葉が、まず眼に入ってきた。この二人は、尾崎ツトムさんの敬愛されている人たちであり、マンスリーライブの精神的・音楽的支柱なのであろう。
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以下、200回記念誌や、同封されたパンフから引用します。

実行委員長 北川文夫さんの挨拶

「岡山禁酒會舘マンスリーライブは、禁酒會舘の二階ホールで20年間200回のライブを開催してきました。(中略)マンスリーライブは、この禁酒會舘の建物に宿った反骨の魂が、今の日本のありように反骨の意思を示すたくさんのミュージシャンを呼び込んで歌わせてきたのではないかと思いを抱きます。」
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以下、出演者の歌を紹介します。

OZAKI UNIT の歌 「小さな館」・「木は立っている」・「君を想う」
黒瀬さん「2000年9月、これがオザキユニットの誕生です。全員記憶が曖昧ですが、禁酒會舘マンスリーライブには第30回頃から登場したようです。前座の慎ましく短い時間、ここには毎回尾崎さんの深いメッセージ、そしてゲストへの想いが詰まっています。個人主催のイベントが20年、200回続いているというとはまさに偉業。ですが、尾崎さんにはきっと通過点という意識で、これからもこの世の『理不尽』への怒りをバネに続けていくことでしょう。」
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大谷さん、渡部さん「私は人生の37%の年月をマンスリーライブとともに生きてきました。まさにLIVE=LIFEです。これからも、たくさんの方と刺激的でありながら疲れた心がじんわり温まる禁酒會舘マンスリーライブを共有できたらと思います。」
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ぺんぺん草 の歌 「アザミの花」

大森さん「困難な時代に真正面から立ち向かう表現の場として、自然体で楽しむ場として、くじけずに続けてこられたコンサートだからこそ、ステージに立つものが緊張の中でも、楽しく、歌い、語りかけることができるのだと思います。」
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武部 仁 の歌 「私が闘うということは」

武部さん「有名、無名にかかわらず出演者に平等に向き合い、それを受けとめて下さるお客さん、長年の積み重ねの賜だと思います。そういう場所にここ10年足らずですが、年に何回かお邪魔して楽しい時間を過ごさせていただき、本当にありがたいと思っています。(中略)近年は雑花塾の新曲合宿にも誘っていただき、ますます尾崎ワールドの魅力に取りつかれている私です。これからも『文化で闘う』の精神で思ったことを続けて下さい。」
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どすこいブラザーズ の歌 「共に生きる日を信じて」
市場恵子さん「音楽は人の心を慰め、和らげ、震わせ、勇気づけ、憩わせ、奮い立たせてくれます。平和や環境、人々の幸せを願い、その思いを歌に込めて歌う。歌う人や演奏する人と、聴く人が一体となって共感や感動を分かち合う。そうした営みが毎月一回、禁酒會舘で重ねられ、めでたく200回を迎えました。そのことが美しい『奇跡』です。床のギシギシ鳴るあの部屋で、古めかしいピアノや忘れかけたころに鳴る柱時計とともに、マンスリーライブが今後も回を重ね、温かい歴史を刻んでいくことを楽しみにしています。」
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雑花塾 の歌 「私に人生と言えるものがあるなら」・「黄昏」・「ワラの匂い」・「光の海」・「恵那山」・「メープルシロップ」

増田康記さん「表現者としてのオザキユニットやゲストの面々を支える岡山の人たちと、表現の場所としての禁酒會舘のあり様の中で、毎回毎回月を追うごとに野の花を咲かせ、岡山の地で根を張り、200回目の大輪を咲かせることになったのです。そのことに最大の敬意を持って祝福の拍手を贈ります。」
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上田達生さん「尾崎さん!!『あんたはえらい』としかぼくには言いようがない。ただ音楽が好きと言うだけでは200回も続けられるものではない。何が君を動かしているのか詮索してもしようがないが、きっと何か大切なことを君は探しているのだろう。」
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鈴木幹夫さん「尾崎ユニットと武部氏や地元の人たちの後に、第二部として約90分の長丁場のライブに突入するのだ。90分のステージは誰であろうといい加減な準備ではぜったいできない。上手い、下手の問題ではなくステージにどう向き合うかの姿勢が問われる.その誠実さを禁酒會舘のお客さんは見る。僕らのマンスリーライブに臨むスローガンはただひとつ、『尾崎に恥をかかせてはならぬ』。だから行きの車中はハーモニーの練習、松本から岡山までずっと歌いっぱなし。」

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川崎正美さん「毎月、こつこつと尾崎さんたちが続けてこられたマンスリーライブは、尾崎さんの表現者としての生きざまそのもののように思う。遠くで、確かに歩み、たたかう友人がいること、私には誇りであり、勇気の源である。ありがとう、尾崎さん。」
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Tune Delay の歌 「Will the circle be unbroken」(永遠の絆)・「Foggy mountain breakdown」

磯山好美さん「続けるってすごい!とあらためて。素晴らしいライブでした。この場の末席に加えていただいて光栄でした。」フェースブックより
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赤木一孝さん の歌 「スモモの木の下で」・「少年よ」・「人はそれでも」・「アンモナイトの朝」・「旅立ち」・「この光の中で」
赤木一孝「いつも演奏の始まる前には気になる路面電車の音が、演奏が進むにつれ何故か気にならなくなる。演奏する側とすれば、聴いてはる皆さんが近くにいらっしゃるので、どう誤魔化そうとしても実力以上のものは出せっこない。そういう意味では禁酒會舘は自分にとってはある種、修行のような場所なのかもしれません。」
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趙 博 さんの歌 「当世新説阿呆陀羅経」・「ワテらは陽気な非国民」・「息子よ、そのままでいい」・「ABE IS Over」・「ひでり」
趙さん「マルセ太郎、笠木透、賀川豊彦---忘れられない因縁を尾崎さんとお仲間の人々にいただきました。ぼくはこれを『岡山巴縁』
と密かに呼んで、喜んでいます。200回記念もご一緒できることを身に余る光栄と肝に銘じて、遙か300回を望遠している僕です。」

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よしだよしこ さんの歌 「鉱夫の祈り」・「私があなたを想うとき」・「忘れないということ」・「おやすみ愛おしい人」

よしださん「今自分は真剣か?一人のひとに誠実か?私がフォークシンガーとして生きていこうと、本当の意味で腹が決まったのは、この旧い館に集う方々との出会いが大きく強く支えとなったからだと想っています。それから、真剣、誠実な人たちがひとたび打ちあげの宴では、大いに飲んで笑い語る。その時間も私にとっては宝物です。思い出すだけで泣きそうになる宝物のようなシーンもあります。」
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尾崎ツトムさん「ライブの受付や映像などの記録でのサポートをしてくれたスタッフの皆さん、音楽以前と言われるわたしと一緒に我慢強く演奏してくれたOZAKI UNITのメンバーたち、照明音響といった面では最悪なライブ会場でも快く演奏してくださったミュージシャンの皆様、そして、私の思い付きや好奇心にお付き合い頂き、客席でゲストの表現を受けとめてくださった皆様に、心からのお礼を申し上げます。」
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北川文夫さんがプロデュースされた200回記念イベントは、非常に盛り沢山であった。昨日の記念パーティー、そして今日のスペシャルライブ、その後の打ちあげに至るまで、感激の連続で夢の世界のようであった。
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打ちあげでは、またまた飲み過ぎてしまった。人生の中の「ハレ」といえる、至福で貴重な時が流れていた。

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2018年1月27日 (土)

岡山禁酒會舘マンスリーライブ200回記念パーティー

岡山禁酒會舘のすぐそばにあるホテル・エクセルで、200回記念パーティーが行われた。

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1988年に、尾崎ツトムさんが音楽集団「木々の緑、風そして人々の歌」を旗揚げされた。「音楽を基盤にして、人々と時代や社会との関わりを求めることができたら」という趣旨である。

そして、その10周年記念として、1998年2月に第1回岡山禁酒會舘マンスリーライブが行われた。当初は、市民運動や社会運動の発表が主であったようだ。第1回はダム問題、第2回は「『沖縄の心』を生きる」、第5回は「放射能のゴミはいらない」など、この国の理不尽を先取りして、問題提起されていた。

今回、北川文夫さんが中心となって企画し、「200回記念誌」を作成された。この中に、200回のマンスリーライブのゲストや内容が詳しく載せられている。また、ライブに関わりのある人たちがメッセージを寄せられている。20年間の音楽活動や社会活動の、豊かな実りのある具体的な歴史が伝わってくる。

尾崎ツトムさんが次のように書かれている。「この200回のライブは何を生み出したか?と問われると、なかなか答え辛いものが有りますが、私達が生きる社会をより良い社会にしたいと願い、自らも『人間として』より良い生き方をしたいと願っている方々の胸の奥に、大切な何かを残してくれたように思います。また、それらの方々が互いに交流をもつ一助になったようにも感じます。」

まさに、岡山禁酒會舘に集う人たちの、ライブ=ライフである。

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パーティーは、北川文夫さんの思いのこもった司会で進められた。40名くらいの参加者は、始終満面の笑顔が溢れていて、和やかな雰囲気に満ちていた。笑い声があちらこちらから次々にわき起こっていた。私はこの中の一員であることが、嬉しくて仕方なかった。最初からもう込み上げるものがあり、夢を見ているようで、心ここにあらずというような感じだった。

OZAKI UNITの挨拶では、みなさんはさりげなく喜びを表しておられた。謙虚なスタイルに、好感が持てた。長老の尾崎さんと、若手の黒瀬さん大谷さん渡部さんとは、創造の世界に身を置く者として互いに支え支えられている。信頼関係という言葉では、到底言い足りない。

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北川文夫さんは、マンスリーライブへの思いを切々と述べられた。彼らしいと思われたのは、記念誌に笠木透の「無告の民」の呼びかけ文を同封されていたことである。北川さんの思いでもあるのだろう。「無告の民」の一部を、以下に載せます。

「私たちの生存の根源である、憲法九条が改悪され、この国が再び戦争をする国になることを許すわけにはいきません。私たちは、私たちと同じあなたに呼びかけます。一緒にやりませんか。あなたの参加を願い、心待ちしております。」
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尾崎ツトムさんは嬉しさはもちろんあるようだが、200回を淡々と迎えられたようだ。まだまだ通過点に過ぎないのだろう。今回は、北川さんの熱い思いに、全面的に協力されたようだ。奥さんはいつも「縁の下の力持ち」で、あらゆる面でフォローして下さっている。たいへんありがたい存在だ。

「ライブは、音楽を創る人、聴く人、その両者が出会う場を準備する人、その三者がいて初めて成立するものであり、その関係は対等かつ不可欠のものだと思っています。」

尾崎さんのこの言葉に、ライブが200回続く秘訣を教わったような気がする。
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ゲストミュージシャンのメッセージが続いた。

よしだよしこさんは、喉を痛めておられるようだった。岡山で、あらゆる面で成長させていただき、新しい曲もできたことを、心から感謝しておられた。翌日のライブに、よしださんの歌を期待しよう。
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趙 博さん(パギやん)は、「息子よそのままでいい」にまつわる、障がい者を持った親の立場に心を寄せられて話をされた。その後、めでたい朝鮮民謡を歌われた。問題の核心をズバリと指摘される、批判精神は抜群だ。
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赤木一孝さんは、FOLKS分裂後にリーダーの笠木透と岡山で再会されたという。このライブは、確かに出会いの場所と言えるだろう。高度なギター演奏、純粋な音色や、高音の伸びのある歌声、どれをとっても一流である。更にその話術は、故・桂枝雀を思わせるような、面白みと味わいがある。
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尾崎ツトムさんが、「ホーボーズ ララバイ」を叙情性豊かに歌われた。ピートシーガーをトリビュートされたのだろうか。マンスリーライブ200回は、尾崎さんにとって人生という旅の途上であるのだろう。まだまだこれから旅は続いていくのだろう。
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「雪のチャンプル」の川崎正美&草汰さんが、「君を想う」を歌われた。草汰さん作曲の、情愛のこもった歌である。参加者の心をぐっと引き寄せていた。私も初めて生でお聴きしたが、自らも優しい気持ちになっていくのがわかった。
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松本市から来られた鈴木幹夫さんは、雑花塾の一員である。鈴木さんと尾崎さんとは、音楽的感性が最もよく合うようで、互いに作詞作曲をされていて、笠木さんからの評価も高かったのではないだろうか。

今日は、「川は忘れない」を歌って下さった。この歌の主人公、大石誠之助が新宮市の名誉市民になったことも紹介されていた。鈴木さんの歌唱はダイナミックで、笠木さんを思わせるようである。繊細な感性を、随所に発揮されている。
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鳥取の武部仁さんが歌われた。尾崎さんの詩「酒を飲む」に作曲された歌を披露された。「朝飯に残り物の刺身があれば 朝から構わず酒を飲む・・・・」観衆の笑いを一挙に集めていた。歌のなかにも表情があると思わせる、民衆の中のフォークシンガーである。
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大山から来られた「ぺんぺん草」大森夫婦が、「ソング」を歌われた。二人の息がぴったりで、持ちつ持たれつで歌のありかたはこうでありたいと思った。聴いていて、実に心地良い世界に連れて行って下さる。
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姫路の大西隆志さんの歌は、迫力があった。特に最後は爆発的に歌われた。彼とは宴席が隣であったので、歌のことや社会問題のことなど、いろいろ語り合った。今を真摯に生き、熱くうたう詩人であった。

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マンスリーライブの聞き手側の人たちが、メッセージを次から次へと述べられた。写真はそのほんの一部である。

いかにこのマンスリーライブが生きがいとなっているのかを、それぞれよく伝えられていた。彼らにとっても、ライフ=ライブなのだろう。私も前に立ってスピーチしたが、思っていることが何も言えなかった。私らしい、のかも知れない。
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OZAKI UNITの大谷さんと渡部さんのお礼のスピーチは、心温まるものだった。ギターリスト黒瀬さんを含めて、若い感性をもたらし音楽的に肉付けされているバックボーンであるのだろう。初めて禁酒會舘を訪れたとき、受付にいた小学生だった娘さんも、今大きく成長されていた。
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最後に、「私の子どもたちへ」をみんなで歌った。あふれる感動が、次から次へと波のように打ち寄せていた。このように流れる時間を、「至福」の時というのだろう。
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市場さんが集合写真を撮って下さった。これも、実にありがたいことである。思い出が、形にのこるから。

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ビールに始まり、ワインをしこたま飲んだので、ビデオ撮影など、記録係としての務めはあまりできなかったようだ。

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2017年12月23日 (土)

24年目のイブイブコンサート

RPBのクリスマス・イブイブ・コンサートが、おおるり大ホールで行われた。なんと24回目だという。そのわけはコンサートを見ていたら、すぐわかるだろう。一度参加したら、きっとやみつきになる。私は昨年に続いて参加した。

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開場は4時、開宴(案内葉書にそう書いてある)は5時ということだ。「開演」と言うよりは、「開宴」というのがふさわしいコンサートだ。まさに、歌による楽しい宴なのだ。

絵は全て、紅ちゃんの手描きだ。懐かしくなるような、ノスタルジー漂う心温かい絵だ。彼らのコンサートを象徴しているようだ。

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我夢土下座の進藤さんと、久方ぶりの再会に固い握手をした。島田の仲間とも再会でき、嬉しさが込み上げる。

来年3月24日(土)に島田市神座で行われる「我夢土下座と岡田京子コンサート」のビラを、主催者の柴田さんと一緒に配布した。すっかり島田市民の顔になっていた。素晴らしいものは、自信を持って紹介できる。笑顔がこぼれながら配った。岡田京子さんは、昨日のステージにも立っておられた。
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最初に目に飛び込んできたのは、土着民による幟旗。これがあるだけで、雰囲気は和やかになる。
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いよいよコンサートが始まった。4人の息がぴったりと合い、四人四様の演奏、歌声が一つに調和する。個性や音楽の指向などがそれぞれ違っているだけに、一つにまとまるには至難の技であったろう。彼らは週一回の練習で、みごとに乗り越えられてきた。
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ステージに向かって、右側から紹介する。あくまでも小生の独断と偏見によるものなので、読み飛ばして欲しい。

リーダーのよっちゃん。演奏技術は抜群で、音楽性の追求には決して妥協しない。見た目は恐そうだが、面倒見が良くて包容力があるような気がする。一度帽子を取った姿を拝見したい。ナイーブな感性を持った、カッコイー男性だ。
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ソンバーさん。どこからあの伸びやかな美しい声が出るのか、きっと天性なのだろう。具志堅ネタはあまり出なかったが、話はいろんなところに飛ぶのでもおもしろい。「天王山」を歌われるときには、学生時代に戻っておられる。その青春風景が浮かび上がってくる。
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紅ちゃん。このグループでは彼の存在は空気のようなもので、当たり前のようにどこにでもありながら、これなくしては成り立たない。潤滑油のようなもので、人と人とのふれあいを、スムーズに温かいものにしていく。「ぼくが生まれた町」は、私も大好きな歌だ。紅ちゃんの優しさは、この町で、人と人との間の中で、培われてきたのだろう。進藤さんのデザインの「我夢土下座」のTシャツを着ておられた。できることなら、進藤さんと共演して欲しかった。
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マッキー。ベースをまさに没頭して演奏される。その高度なテクニックは、見ていて清々しい。オリジナルの歌は、聞き応えがある。もっと聞いてみたくなる。突然、おもしろいことを言われるので、寡黙に見えるだけそのギャップがおもしろい。
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RPBのオリジナル曲は、メンバーそれぞれが作られて持ち歌となっている。このコンサートの骨格となっており、これを聴かないことには、やはり物足りない気がする。

カバー曲は、青春ソングのメドレーだった。「ブルーシャトー」「あのとき君は若かった」「思い出の渚」「学生時代」などで、つい一緒に口ずさんでしまった。「私鉄沿線」まで出てきたのには、もうビックリした。
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後半の最初は、やまゆりビレッジシンガーズとの共演。実は、これを一番楽しみにしていた。それぞれのグループが、ライブもされる実力派。「風」「遠い世界に」をこれだけ大人数で歌われても、演奏は一体となり、歌のハーモニーがとてもきれいだった。

特に、KEITOさんの天まで響くような歌が聞けて、本望を果たしたような思いだ。「エーデルワイス」を歌われて、心が清らかに洗われるようだった。この時、紅ちゃんが一番嬉しそうな顔をしていた。
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いよいよ大詰めである。「キーウィ」で、それぞれの生き方を肯定し勇気づけてくれた。「またあう日まで」で、きっと来年また会いたくなるような気にさせてくれた。
そして、いよいよ「満天の星」。この頃になると観衆はもう待ちかねたみたいで、アクションが自然と起こっていた。会場にペンライトが揺れ、星がキラキラ輝いた。

私も彼らに釣られて立ち上がり、「ひとりぼっちの君に降るのは 満点の星・・・・」と大きな声で歌い、腕を伸ばし指を立てていた。もう恥ずかしいなどとは言っていられないような気分だった。

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コンサートが終わり、RPBのメンバーたちはユニセフの募金活動をされた。昨年度だけで約19万円、これまでで約295万円になるという。このあたりにも、島田市民に深く愛されていることがわかる。みんな笑顔で、自主的に募金していた。
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クリスマス・イブイブ・コンサートが終わった。心温かい余韻のままに、しばらく夜風に当たっていた。

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2017年12月22日 (金)

いのちの輝き 希望のあかり

東京の調布市で、「いのちの輝き 希望のあかり」と題した、クッキングハウス30周年を祝う会が行われた。憲法フォークジャンボリーin岡山で、その存在を知り関心を寄せるようになった。こころの病気をした人たちが元気になる、小さな居場所である。

ジパング倶楽部に入会したので、新幹線で東京へ。富士山がくっきりと見えた。

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調布の駅から約5分歩いて、クッキングハウスを訪ねた。祝う会があり閉店していたが、町に溶け込んでいた。1987年精神科医療も福祉も貧しかった時代に、「病院ではなく、町の中で当たり前に人間らしく暮らして」いって欲しいと願って、「『おいしいね』から、元気になる場」を合い言葉にスタートした。
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近くには、布多天神社があり、1796年に建立された狛犬がいた。また、落雷で大半損傷したケヤキが、なおも小さな枝を空に伸ばしていた。生きることのひたむきさや尊さを感じざるを得なかった。クッキングハウスに集まる人たちの姿に重なった。
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文化会館くすのきホールに行く。クッキングハウスで作られたクッキーの樹木があった。約25年間関わり続けてこられた、笠木透さんの著作も置かれていた。
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特定非営利活動法人クッキングハウス会の代表である、松浦幸子さんが30周年を祝う挨拶をされた。

「いつの間にか夢と希望の発信基地となっていました。これからも心豊かに一人ひとりのいのちが輝いて生きるための居場所として、本当の幸せを求めて活動していきます。どうぞ、私たちが2年がかりでうたをつくり、練習を重ねたソシオドラマを一緒に楽しみ、明日への元気の素にして頂けますようにお祈り申し上げます。」

松浦さんは困難を乗り越えて信念を貫く強さを持ち、どんな人をも受け入れる包容力や真の優しさが溢れているような人である。深い敬意を抱かずにはいられない。
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ソシオドラマが始まった。その内容は、「30年間の社会状況の移り変わりと、こころの居場所クッキングハウスがこの時代に果たしてきた役割、そしてこれからの時代の展望」である。

心を病む人たちが、一人ひとりの思いを詩に書き、発表し、シェアし合い、メロディーをつけていき、一節でも思い浮かぶと発表するという繰り返しで曲が作られソシオドラマが作られていった。ソシオドラマ「こころの居場所 いのちの輝き」の構成は、次の通りである。

1「こころの居場所」、2「不思議なレストラン開店-仲間と一緒に仕事-」、3「学びと文化-メンタルヘルスの向上・やさしい福祉文化-」、「仲間との旅-旅は生きる張り合いに-」、5「社会に羽ばたく仲間-就労へのチャレンジ-」、「未来に向かって-それぞれのリカバリーこの街で-」

笠木透さんが、クッキングハウスに歌作りを勧めた。「こころの病気をした君たちだからこそ、歌が作れる。歌は訴えるもの。君たちには訴えたい思いがいっぱいあるだろう。一緒に歌を作ってみよう。」

その中でできたのが、笠木透作詞、山本忠生作曲「不思議なレストラン」である。奇しくも、今日が笠木さんの命日である。
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うつむいていた人が顔を上げ、笑顔を見せてくれるようになる。引きこもっている人が、ゆっくりとこころの扉を開けてくれるようになる。こころの病気をしても大丈夫、自分らしく自分のペースで生きていける。ソシオドラマで、そのことがよく分かった。

第二部は、記念講演「希望のあかり」である。松崎運之助さんは、山田洋次監督「学校」のモデルであり原案者である。西野博之さんは、フリースペースえん代表で、不登校の子どもたちと共に育ち合う場を作り続けてこられた人である。

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最後にみんなで「ペンペン草」を歌い踊った。終始バックで演奏をされていたのが、雑花塾のメンバーである。増田康記さんは、歌作りも共にされてきた。山本忠生さん、安達元彦さん、岡田京子さん、佐藤せいごうと共に、クッキングハウスのソシオドラマや歌を下支えしておられた。
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「いのちの輝き 希望のあかり」を、こころにしっかりと抱きながら会場を後にした。

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2017年12月 6日 (水)

李 政美トーク&コンサート

仕事帰りに京阪電車に乗り換え、枚方市に。「まいかた」ではなく、「ひらかた」。誤りを逆手にとって、市を宣伝している。

メセナ枚方会館で、李政美(い ぢょんみ)さんのトーク&コンサートに参加した。タイトルは、「自分を愛し、人を愛すること」である。枚方市人権週間事業のイベントで、無料である。竹田裕美子さんのピアノである。手話をする人や、字幕つきの、障がい者に配慮したコンサートである。

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李 政美さんは,東京の葛飾生まれの在日コリアン二世である。小さい頃のことから、歌を作り始める頃のことまで、半生を淡々と語った。小さい頃のことで印象に残っているのは、李さんの家は廃品回収業をしており、あまり働かない父親が懸命に働く母親に暴力を振るうのが嫌でたまらなかったと言うことである。寒い日には道に水を撒いて、氷で父が滑って沁んでくれたならとまで思ったそうである。
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それに対して母親は必死に働き、子どもたちを育ててくれた。その思いを、「遺言」の歌に込めて歌った。「幻の荒野にいつか 立ちつくす子に 母は霜よけの草であったと 母も忍ぶ草であったと 一陣の風よ 伝えておくれ」。
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国立音楽大学を卒業しても、音楽とは無縁であったという。定時制高校の講師を務めて、在日や部落出身などの、荒れた子どもたちと接する中で、李さんは自己の立ち位置に目覚めた。今まで忌み嫌っていた、在日コリアンから遠ざかるような生き方から、在日コリアンとして生きるというアイデンティティーを身につけていった。そして、自然とその中から数々の歌が生まれた。

「京成線」、「ありのままの私」、「生きようよ」、「ありがとういのち」、「そのままで大丈夫」などを次々に歌った。

「わたしと小鳥とすずと」は、聴衆と共に手話を交えながら歌った。
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李さんはチャングーを持って、聴衆のみんなと「アリラン~珍島(ちんど)アリラン~密陽(みりゃん)アリラン」の朝鮮民謡を歌った。
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李さんの両親は、済州島の生まれである。現在、韓国と朝鮮民主主義人民共和国の二つに分断していることを悲嘆していた。そして、ミサイルの発射への過剰な防護について、在日コリアンの子どもはどんなふうにそれを思っているだろうかと、心配していた。在日コリアンへのヘイト(特に子どもに対して)についても、真摯に非難していた。

李さんは、平和や人権について、しなやかに自分の意思を訴え続けている。
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枚方人権まちづくり協会の方から、花束を戴いてとても嬉しそうだった。時間を延長して、更に「ローズ」を歌った。聴衆はみんな、深い感動の中に包まれていた。
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李 政美さんの思いが切々と伝わってくる、すばらしいコンサートだった。本当に「自分を愛する」ならば、「人を愛すること」につながることに気づかされた。他者愛を伴わない自己愛は、偽物である。
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李 政美さんの透き通った声が、いつまでも心のなかに響いていた。

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2017年11月 3日 (金)

岡山禁酒會舘マンスリーライブNo.199「ぽこ・あ・ぽこ」

岡山禁酒會舘マンスリーライブに、久しぶりに参加した。いつも気になっていたのだが、長らく足のケガで動けなかった。小さな館から、温かい光が漏れている。旅をし終えて、家に戻ってきたような気持ちになる。

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No.199は、松本市のぽこ・あ・ぽこをゲストにお迎えして開かれた。尾崎ツトムさんが端的に紹介されている。「笠木透の精神を受け継ぎ、エネルギッシュに活動を続ける」「敬愛する笠木透さんの想いを継承し実践している」

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OZAKI UNITは、岡山禁酒會舘をイメージした、「小さな館」を歌われた。次に、小生の拙作に尾崎さんが曲をつけて下さった「あなたが今ここに住んだら」。最後に、大逆事件に連座して殺された大石誠之助をうたった「川は忘れない」。

拙作「あなたが今ここに住んだら」は、人間の尊厳を踏みにじるものたちへの憤怒を詩にした。尾崎さんはオブラートに包んで軽快な曲をつけて下さった。それゆえに、歌を聴いていると、彼らへの批判皮肉の思いがじわじわと伝わってきた。権力との闘い方に余裕のある尾崎さんに、深く感謝している。
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鳥取から来られた武部仁さん。マンスリーライブでは、もうなくてはならぬ人だ。今回は、雑花塾の創作合宿で合格した「キープレフト」、「「私の村」であった。戦争へと傾きつつある現代の状況を、おもしろおかしく風刺して歌い、観衆を巻き込んでしまう。武部さんの歌唱につい引き込まれて、一緒に歌ってしまった。
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ぽこ・あ・ぽこのリーダー鈴木幹夫さんは家具職人のプロであるが、版画の名手でもある。笠木透さんの詩と、自然の生きものを描き、純朴な絵となっている。見ていると、心洗われる気持ちになる。
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最近出されたCD「雑歌繚乱」を含めて、ぽこ・あ・ぽこはCDを三枚作られている。「雑木誌」「雑奏雑歌」で、何れも「雑」を冠している。「雑」はごちゃごちゃという意味もあるが、むしろ「見向きもされないさまざまなものに命を与える」という意味合いもありそうだ。
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ぽこ・あ・ぽこの歌を聴きながら、すっかり心は北アルプスの麓の町へと飛んでいった。山国の自然やそこに生きる人たちの暮らし、生きざまなどが、熱い血の流れるように豊かに流れ込んできた。

尾崎さんの評が、全てを物語っている。「自身に正直な思いのこもった歌の連続であり、言葉もはっきり伝わり、それを支える演奏も音楽的であった」。
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リーダーの鈴木さんは、西田敏行さんに風貌が似ている。リーダーとして歌に対しては厳しく追求されるが、人間性は包容力があり、どこまでも優しい。北アルプスの山々のようである。お話の端端にそれが感じられた。
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松本から一緒に来られた丸山さん。60歳の退職後からギターを弾き始め、十年以上たち自分の世界を作っておられる。その弾き語りはユーモアが溢れて、観衆を笑いに誘い込んでいた。
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ぽこ・あ・ぽこのメンバーたちの声声は、高低取り混ぜてハーモニーが実に素晴らしい。北アルプスから吹き流れてきた涼風のようだ。
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岡山を代表する黒瀬さんのギターが加わり、「一本のギターがあれば」を歌われた。黒瀬さんのギターはまさに華麗でエネルギッシュであった。見ているだけで楽しくなる。反戦平和への想いを、したたかにアピールしているようだった。
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尾崎ツトム作詞、鈴木幹夫作曲「今はワルツを」は、岡山の歌姫である吉井江里さんと尾崎さんが加わり歌われた。吉井さんの歌唱は芸術性が高く、ずっと聞いていたいと思った。

尾崎さんと鈴木さんとの作詞作曲の歌は数多く作られ、雑花塾のなかでも高い評価を得ている。生きざまや歌への想いなど、相性がぴったり合うのだろう。
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作詞鈴木幹夫、作曲尾崎ツトム「恵那山」は、笠木透さんの姿を描いたものだ。「見上げれば恵那山 あなたがどんと座っているような 振り返れば恵那山 いつも見守ってくれている」。尾崎さんを交えて歌われた。笠木透さんがここに出てこられそうな気がした。
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商業主義に反して、みんなで作り歌い文化で闘うという、笠木透さんのフィールドフォークの思想が、ぽこ・あ・ぽこの歌の中にしっかり根付いて美しく多彩な花を咲かせていた。朴訥で飾らない雑草の花であった。

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やはり禁酒會舘は、私にとって「こころの原点」だと再確認できて、嬉しくてしかたなかった。

OZAKI UNITやぽこ・あ・ぽこのメンバーたちを交えて、打ちあげが「下津井港」で行われた。実に楽しすぎて、医者から禁じられていた日本酒まで飲んでしまい、午前様であった。久しぶりに、こころがわくわくした日であった。

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2017年9月 7日 (木)

中川五郎ライブ

奈良市北部会館市民文化ホールで、中川五郎ライブが開かれた。主催は、奈良脱原発ネットワークである。

仕事の帰りに、近鉄電車に乗り換えて高の原駅に到着。日がだいぶ短くなった。病院のすぐ近くなので、懐かしい感じだ。

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7時開演。「平和の大切さをたしかめあおう」のタイトルが素晴らしい。主催者代表の堀田さんが、軽妙にお話しされた。次に、地元のいちもとみつるさんの歌。初めてお聴きするが、心地良く声が胸に響いていく。

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中川五郎さんが登場される。フォークを歌い始めてから、50年経つという。その節目に、「どうぞ裸になって下さい」のCDを発売された。「問題作にして最高傑作!すべてが熟した愛と感動のライブアルバム」とのコピーが躍っている。

「運命・運命・運命」から歌い始められた。運命というのは命を運ぶと書くのだから、主体的に生きていったらどうかというメッセージが伝わった。

五郎さんの歌には、それぞれ明確なメッセージがある。それが聞く者に、押し寄せる波のように次から次へと届いてくる。厳しい高波もあれば、優しいさざ波もある。

「言葉」は奈良少年刑務所の受刑者の言葉に、五郎さんが曲を付けられた。五郎さんは、常に弱い立場の差別される側に身を置かれている。それゆえに真実の声が赤裸々に聞こえてくる。

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本来の「受験生ブルース」を歌われた。Tさんの歌より遙かに優れているのは、言うまでもない。「熊の言い分」には、放射能をばらまき自然をズタズタに壊したものたちへの怒りが、ひしひしと伝わってくる。

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「トーキング烏山神社の椎の木ブルース」の歌が、痛切に心に届いた。1923年の関東大震災の時に、朝鮮人たちがデマによって虐待されたが、現代においてもその構造は変わっていないことを、歌を通して強烈に訴えている。椎の木が植えられたのは、被害者を弔うためではなく、加害者をねぎらうためであったというその事実は、この国のあり方をよく物語っている。そして、今もなおヘイトスピーチが。

「かわろうとしないこの国のひとたちの・・・・・・椎の木をぶったぎってやりたい」
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ピートシーガーの「腰まで泥まみれ」、ボブディランの「風に吹かれ続けている」を、五郎さんは自分の骨肉とされているようだ。そして、そこに新しい血を注入しておられる。温故知新の言葉通りに、在来の音楽文化に、新しい意味を見つけておられる。
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いよいよ五郎さんの空中浮遊が行われた。その瞬間を狙っていたが、期待に応えて戴いたようだ。あまりにも高いジャンプ!いちもとさんもつられて、ジャンプ!
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時間を大幅に超えて熱演され、9時を過ぎていた。

帰りの道中、「運命・運命・・・・・」のフレーズを、つい口ずさんでしまう。周りの人は怪訝そうにこちらを見ていた。

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